西暦1922年に結ばれたワシントン海軍軍縮条約。これによって日本はその海軍力に枷をはめられることになった。
それゆえに、彼らは補助戦力の強化に突っ走る……それが史実ではあったが、この世界では米国が友好国となっているので
そういった機運は高くは無かった。むしろ大蔵省の陰謀(海軍高官の主観)で予算を節約せざるを得なかった。
海軍の夢幻会派は、如何に予算を抑えつつ日米の戦力バランスを維持するかで頭を悩ませていた。
彼らは海軍省の一室にある防音処置済みの特別会議室に集まり、今日も今日とて会議を開いていた。
「新型の重巡洋艦だが、どうする?」
「重巡洋艦か………あまり気が進まないな。水雷戦隊の旗艦なら軽巡洋艦で良いのでは?」
「少なくとも将来的には空母の護衛には使えるし、一応、軍事バランスを保つためにも必要だ」
「だが現状では、そんなに数はいらないだろう。だいたい将来の艦隊の中核は最上型軽巡や大型駆逐艦の予定だろう」
「航空機が発展するまでは、現時点では重巡は貴重な戦力だ。それに水偵をつめて潰しの効く艦は何隻かほしい」
「あと逆転の思想だ。こちらが重巡を配備すればいずれ史実どおりロンドン軍縮条約を呼ぶ。そうなれば国力で劣る我々に有利に働く」
「なるほど。そういう発想もあるな。軍縮条約で補助艦艇を縛るか……確かにその考えは良いな」
「それに世の中何があるか判らないからな。今の対米戦略でも使える艦は必要だろう」
「通商破壊と太平洋各地の要所を要塞化して、米軍に犠牲を強いるか戦略のことか」
海軍の夢幻会派は現時点では侵攻してくる米海軍に徹底的なゲリラ戦を行う戦略を立てていた。米海軍が日本本土に侵攻するためには
米本土〜ハワイ〜マーシャル諸島〜マリアナの補給ラインが維持されていなければならない。だが逆にこれらのラインを遮断できれば米海軍
による日本本土侵攻は頓挫する。補給を絶たれた艦隊や航空隊など置物と代わらない。
よって狙いは輸送船や駆逐艦など脆弱な艦艇であった。これらの艦艇を高速戦艦で叩き、敵主力艦隊が迎撃に来たら離脱する。これを繰り返して
米海軍侵攻部隊の艦隊としての機能と士気を低下させるつもりだった。もし米海軍が輸送船団護衛のために戦艦を割り当てれば、戦艦に護衛された
水雷戦隊を集中して襲わせ、各個撃破することを考えていた。潜水艦は太平洋全域での通商破壊と哨戒網構築を行うことになっている。
また出席者たちは米軍が自軍に不利な状況で艦隊決戦を応じるわけがないとして、漸減邀撃作戦に基づいた艦隊決戦が起こらないものとしていた。
さらに艦隊決戦になっても、日本海軍は大きなダメージを受けてしまい、最終的に制海権を失って史実と同じように本土が干されると判断していた。
よって日本が生き残るには米海軍の艦艇を撃沈するよりも、より多くのアメリカ軍人を殺害して、本国で反戦ムードを盛り上げる方法を考えていた。
「しかしあれは陸軍との関係強化は必要不可欠だな」
「海軍の面子だけを重んじる馬鹿どもが煩いからな。まぁ内々に陸軍とは話をつけてある。問題は無い」
「石頭どもはあとで軍からたたき出せばいい。問題は満足に通商破壊ができるかだ」
「こちらの戦艦はすべて高速戦艦だ。連中に比べて数こそ少ないが捕捉される心配は無い」
「だが戦艦だけでは不足かもしれん。新型の重巡洋艦は小規模な艦隊を率いて敵後方に回り込むのが適切な使い方になるだろう」
「将来的には機動防御用の空母機動部隊と基地航空隊、潜水艦隊が主力で……重巡は軽空母と組ませて通商破壊か?」
「そうなるだろう。せめて10年から20年後くらいは見越したものを作っておかないと、あとで税金泥棒扱いされる」
「こう見ると大和型戦艦は必要ないな。しかしまるで独逸海軍だな……やたらと地味な海軍になるぞ」
「地味って言うなよ。余計に萎えるから。せめて太平洋の海賊と言ってくれ」
「パイレーツオブパシフィックか。日米戦争が起こったら半世紀ぐらいあとにハリウッドで映画化されるだろうな」
「日本が悪の海賊か?」
「ああ。ハリウッド映画ならそうだろう。さしずめ、悪の海賊である日本海軍の卑怯な戦術に米海軍は苦しめられるが、苦闘の末に勝利を
もぎ取るってエンディングだろうな」
「……ありそうだな。パール・ハバーとかいうふざけた内容の映画を作った連中だからな」
「正面きって連中を叩き潰したいが、無理だろうな。くそ、貧乏って奴は……まぁ貧乏だからこそ、ゲリラ戦か」
「そうそう。弱者の海軍としては仕方ないだろう。相手と比べて小規模な主力艦隊を作って決戦を挑んでも無駄に磨り潰されるだけだ」
「一応、我々は世界三大海軍の一角だぞ……やれやれ金満国家、超大国って奴と戦いたくはないな」
「というか、どこの時間犯罪者だよ、あんなところ(北米)に超大国を作ったのは。おかげで我々が苦労する」
「まさかと思うが、今の米国こそ、我々のような時間犯罪者が作ったんじゃあないだろうな?」
「はははアメリカ版夢幻会か……ありえそうで怖いな。B29で赤ペンキを富士山にばら撒いて真っ赤にしようとマジで考えた連中だからな」
「こんな(ふざけた)組織が二個も三個もあってたまるか」と誰も言わない辺り、出席者と嶋田は大きく感性が異なっていることが受け取れる。
「まぁ今はぼやくよりも、新型巡洋艦に集中しよう」
その言葉によって、出席者たちは皆、襟を正す。
「結論から言えば史実のような妙高型重巡洋艦を作るわけにはいきませんね」
「当たり前だ。というか、攻撃力偏重で、構造が複雑で一回ドック入りしたら当分の間でれない艦はいらん」
この言葉に多くの人間が苦笑いする。彼らはカタログ性能で優れた艦艇に魅力を感じていたのだ。
しかしそんなアホなことを言っても、夢幻会の会合では却下されるのがオチだ。特にあの辻が認めるわけが無い。
「米国との戦争になれば、一回で戦いが終わるということにはならない。第一次世界大戦で独逸海軍が戦術的にユトランド沖で
勝利しても戦争が終わらなかったのをみれば一目瞭然だろう。それに我々は艦隊決戦のための重巡洋艦を欲しているわけではない」
「そのとおり。攻撃力より、打たれ強さや量産性こそ必要な項目と言える」
「あとは修理のしやすさですね。統一規格を早く導入しないと。特に大型駆逐艦の大量建造には必要ですし」
史実の日本海軍の艦艇は、性能を少しでも上げようとして艦の構造が複雑になった。よって損傷すると復帰までに時間が掛かった。
また攻撃力に特化しすぎたせいで一度守勢に回ると弱いというのも問題だった。ダメージコントロールが考慮されていないのも痛い。
まぁこれは日本海軍の対米戦略、漸減邀撃作戦に大きく影響されていたためと言える。
「………まぁとりあえず目指すのはアメリカ海軍のような汎用性の高い艦艇か。いずれ対艦戦闘、対地戦闘、対空戦闘に投入されるからな」
「そうだろう。まぁ史実の砲戦結果を見る限り、魚雷は当分搭載する必要があるが」
「やれやれ、ダメージコントロールが面倒になるな」
ぶつぶつ言いつつも、彼らはさまざまな意見をぶつけ合う。その結果、武装はそこそこで船体を大きくするという結論に達した。
これには以下のような利点があった。
1.船体強度、予備浮力をたっぷりとれる。
2.防御を厚くできる。
3.悪天候の揺動に強い。
4.散布界の向上によって砲の命中率が増す。
5.将来の改装にも対応できる。
6.弾をたっぷりつめる=補給なしで遠距離行ける。
7.燃料を多くつめる=補給なしで遠距離行ける。
8.居住スペースがとれる=遠距離航海でもOK。
特に条約で排水量制限がされたので、武装を多少減らしてその分を他のことに当てるという結論に到った。
何せ対8インチ装甲をバイタルパート全体に施した場合、1万トン重巡で古鷹程度の武装しか施せない。かと言って史実の妙高型のように
10門の8インチ砲を搭載しようとすれば基準排水量は15000tに達する。実際に米軍のボルチモア級も14700tになった。
「軽量化するために電気溶接を使うというのは?」
「技術的にまだ習熟していない。それにいきなり、大型の重巡洋艦でやるのはまずい。失敗したら大きな責任問題になる」
「そうそうブロック工法と電気溶接は輸送船でもう少し経験を積んでからだ」
「だとすると、とりあえず艦体構造をできるだけ簡素にする必要があるな……速度が多少落ちるが、直線部分を増やすか」
「建造ペースがあがるな。ついでに安く仕上げられる。戦時量産型のプロトタイプとしては問題ない」
「早くて(建造ペースが)、安くて(建造価格が)、旨い(使い勝手が良い)か。どこぞの牛丼屋のキャッチフレーズみたいだな」
「そのキャッチフレーズ良いな。いっそのことそれで建造プランを提案するか」
「おいおい、ふざけ過ぎると粛清されるぞ?」
「ははは、まさか。ここはソ連じゃあないさ」
そういって彼らは笑い飛ばした。
「武装は20cm連装4基、魚雷連装発射管4基を基本にするか。古鷹よりも発射管が少ないが、まぁ仕方ないだろう」
「おい、20cmの連装砲ではなくて、最上型に載せた15.5cmの3連装砲塔を4基載せたほうがよくないか? そのほうが命中率が良い」
「………新型の15.5は開発が間に合わん。大蔵省がけちったせいで予算もないし、技術的にもまだ無理が多い」
「まぁ列強に対抗するためにある程度、火力は上乗せだな。あと開発した次発装填装置も載せる。それでも不満があれば大臣にも力を借りる」
日本海軍はこのとき、すでに魚雷の装填装置を開発していた。つまり列強と違って戦場で迅速に二発目の魚雷を装填できるようになった。
「まぁ次発装填装置があれば多少は静かになるか」
「それよりも対空火器の強化を進めたほうがいいのでは?」
「当面は対空砲火を指揮所の指示で集中できるよう電話を充実させて、対空射撃の訓練と研究をすればいい。かなりの効果が出るはずだ」
「それだけか?」
「………仕方ないだろう。予算がないんだから。安上がりで、かつ効果の出る方法をやるしかないんだ」
「くそ、辻め、国防を何だと考えているんだ」
何人かの出席者は「いつか誤射ってことで大蔵省に艦砲射撃をお見舞いしてやる」とか「あの変態ロリコン野郎め」と忌々しげに呟く。
だが「話題を元に戻そう」という意見が挙げられると、彼らは即座に気分を切り替えた。
「私としては20cmは降ろせばいいと思っている。どうせこのままでは大して役に立たん」
出席者のひとりがそういって20cm砲を扱き下ろす。どうやら史実の命中率の低さがよほど気に入らないようだ。
「しかしレーダー射撃が可能になれば使い物になるのでは?」
「何年後の話だ。それに20センチ砲は発射速度が遅い。重巡洋艦でも15.5cm砲弾を一度に大量に撃ちこまれれば戦闘能力を失う」
「つまり小口径の砲を使って一気に敵の戦闘能力を奪うと?」
「そうだ。戦いは数だろう」
この言葉を受けて出席者たちが話し合うが、予算不足を理由にして却下された。
ただ軍縮条約締結後は重巡洋艦の整備よりも、1万トン級の軽巡洋艦の整備を優先すること、そして型の15.5cm砲の能力次第では妙高型を
順次、軽巡洋艦に改装することも決定された。
「やれやれ、あの日本海軍が攻撃力以外の要素を重視するようになるとはね」
「仕方ないだろう。カタログスペックだけ考慮しても意味が無い。それに米に勝とうとすれば無理な設計になる」
「まぁな。いっそのこと利根型のように主砲を前部に集中するか? あの形状なら散布界を良好にできるし、命中率が上がるだろうし。
後部には水偵を搭載すれば良い。うまくやれば司令部機能もつけれる」
「あと砲塔の集中配置すれば弾薬庫防御の強化と重量節減ができる。浮力を維持している間に間接防御(ダメコン)を行えば打たれ強くなる」
「史実の藤本さんの考え方だな。だが平賀さんが煩そうだな」
「構わないだろう。宮様と軍神様がOKを出せば文句はつけれん」
「いっそのこと雷装をもっと減らすか?」
「出来ないことは無いが、あまり減らすと攻撃力が減りすぎる。かの英国海軍でも重巡洋艦から魚雷を降ろしていないぞ」
「全廃するのは先だ。それより利根型みたいにするのなら、高性能の水上機よりもヘリが欲しいな」
「海上自衛隊の護衛艦みたいにする気か?」
「ああ。ヘリコプターがあれば対潜哨戒でもかなり役に立つ。史実みたいにボカボカ潜水艦で撃沈されたら目も当てられない」
「確かに……だがヘリコプター開発となると、また金がいるな。使い物になるものを作るとなると、さらにかかる」
「……当分は水上機の開発を進めておこう。技術の蓄積は重要だ」
「予算、もっと増えないかな?」
「無理」
このあと幾つかの会議を経て日本海軍の一翼を担う妙高型重巡洋艦の建造が決定した。
妙高型重巡洋艦
排水量 12000t
全長 192m
全幅 19m
武装 50口径20cm連装砲4基、45口径12cm連装高角砲4基、20mm機関砲24門、61cm魚雷連装発射管4基
搭載機 水上機8機
最高速度 33ノット
艦隊決戦とは異なる任務、特に通商破壊に投入することを考慮した4隻の妙高型は、一部の保守派からは忌み嫌われた。
だが彼女達の建造の元になった、打たれ強さ、量産性重視は今後建造される日本巡洋艦に受け継がれ、日本海軍に大きな利益を齎すことになる。
あとがき
提督たちの憂鬱裏話1をお送りしました。今回は海軍の対米戦略と妙高型巡洋艦についてでした。
日本海軍はどちらかというと独逸海軍のようになっていくと思います……違和感ありすぎです(笑)。
まぁ彼らの多くは米国に比べて、自分たちが弱者であるということを理解しているので、今回のようになりました。
突っ込みどころ満載のような気がしますが(苦笑)。あと、この分だと史実のような大和型戦艦の出番はなくなりそうです。
和製サウスダコダ級か、それとも和製ヴァンガード級になりそうな気がします。
ちなみに主人公(?)たる嶋田は、この時点ではまだ一佐官ですので会議には出席していません。
伊勢型、扶桑型戦艦が高速戦艦なので、色々と活躍できそうです。長門型は逆に切り札として温存されて出番が薄いかも(苦笑)。
駄文にもかかわらず最後まで読んでくださりありがとうございました。