『ポーランド事変』と呼称されるポーランドでの混乱の引き金となった寒波は、欧州全域に大きな打撃を与えていた。
特に津波の被害が生々しく残るフランス北部は極寒と降雪に見舞われ、大海軍建設のために放置された被災者はますます困窮すること
になった。そして困窮した被災者達の怒りが(彼らから見れば)無能な政府に向けられるのは当然の流れだった。
「俺達を見殺しにする気か!」
「軍艦より、明日食べるパンを!」
大声を挙げて街中を進むデモ。このデモに参加する人数は日に日に増える一方だった。
そして2月になると北フランスでのデモ、いや暴動の規模と数は無視し得ないものとなっていた。
在仏の中国資産の多くを没収して、それを被災者の救済費用の一部に当てていたが焼け石に水であった。進まぬ復興、再び起こる
かも知れない大津波への備えが遅々として進まないことへの怒りと不安が市民を過激な行動へと駆り立てているのだ。
雪が降り積もる中、暴徒と化した北フランスの市民と軍、警察の衝突が相次ぎ、フランス北部は無法地帯と化す寸前だった。枢軸の
盟主であるドイツもこの寒波の影響によって交通機関が麻痺するなどの被害が発生し、経済活動に打撃を与えていた。
後にヒトラーが化学兵器の使用を決断した背景には、西欧の混乱があったとさえ言われる程、西ヨーロッパは津波の後遺症に
苦しんでいた。故に彼らは北米の地から富と資源を収奪し、アフリカやロシア、ポーランドの人々を踏みにじっていた。
当然、ヒトラーは自分達の苦境を知られまいとしたが、これだけの規模の事象を隠蔽することは不可能であった。北欧に拠点を置く
日本の情報機関は、ドイツ側の内情を詳しく調べて情報を本国に送っていた。
「……華の都『巴里』の栄華も、今は昔か」
夢幻会の後押しで設立された国策企業・帝国総合商社の重鎮である神成文吉は、雪が降り募るフィンランドの首都『ヘルシンキ』の
取引先に向かう車の中でそう呟いた。
史実では八甲田雪中行軍遭難事件で命を落とした彼であったが、この世界ではその事件が回避されたために生き延びることが
出来た。そして山口ユ(逆行者)の誘いもあって、国策企業に務めるようになったのだ。
そして冬戦争における対フィンランド支援で大きな成果を挙げた山口の後任として、神成はフィンランドで活動をしていたのだ。
(仏蘭西は最悪、内部分裂。良くても海軍拡張を断念せざるを得ないだろう。海軍のような金食い虫に投資するよりも、まだ植民地の
整備と再建に金をかけたほうが良い。西班牙も厳しいな。少なくとも欧州列強は海軍力の整備どころではないだろう)
彼がフィンランド支社の役員室で読んだ書類には、疲弊している欧州の現状が記されていた。
惨劇の舞台となったポーランド、革命に向けて突っ走っているように見える北フランス、津波と内戦からの復興に四苦八苦する
スペインと(枢軸にとって)暗い内容が目立つ。
衝号作戦が実施できる態勢を整えるため、夢幻会がスペイン内戦を長引かせるべく赤字を覚悟して大量にばら撒いた武器
はスペイン国内の治安悪化を招き、復興への足かせとなっている。また内戦が長引いたことでフランコ政権は独伊に対して多くの
負債を抱えることになり、その清算にも頭を悩めていた。
ポーランド以外の東欧地域(ハンガリー、ルーマニアなど)でも、2年連続での凶作と異常気象による打撃は大きく政情が
安定していない。ソ連から奪い取った占領地ではパルチザン活動が活発になっており、治安の悪化が進んでいる。
「帝国主義者を追い出すのだ!」
「大衆的英雄精神を発揮せよ!」
ロシア人(彼らの場合、半ば自業自得だが)を含む被差別民族は、そう叫び各地で反抗を続けた。
特にポーランド事変の勃発で混乱が起こると、その反抗は以前に増して強い物になった。しかしこれは当然ながら当局からの
弾圧を招いた。まして盟主国であるドイツが毒ガスを使ったのだ。現地の親独勢力が躊躇する理由は何一つなかった。
「修羅の世界は中国、北米だけでなく、欧州にも出現したようだな」
一連の報告を聞いた夢幻会の人間はそう苦笑した。
このように修羅の世界と化しつつある枢軸勢力圏の有力国の中で、比較的平穏なのは気象も比較的安定し国内経済もあまり
傾いていないイタリア位だった。
そしてそのイタリアは最近、積極的に外交を展開していた。欧州枢軸最強の海軍力を保有し、リビア油田開発にも成功したかの国の
影響力は増すばかりだった。
(……仏蘭西は伊太利亜の後塵を拝することになるだろう)
どちらにせよ、欧州内部のパワーバランスは大きく変化する。今後のことを考えつつ、彼は取引先に赴いた。
そこで彼ら帝国総合商社は、フィンランドに対して一つの薬品を輸出することになった。最初から決められていたことであり
茶番であったが……民間企業が行うという体裁が必要だったのだ。
「そうか、必要な量は確保できるか」
男は安堵した顔で受話器を置いた。
男の名前はマルネルハイム。フィンランドでは英雄と言われる人物だった。しかし男の顔は憂鬱そうだった。
「我々はどれだけの借りを日本に作ることになるのやら……」
冬戦争から継続される支援の数々。それはフィンランドという国の力を飛躍的に高めていた。
そして今回はドイツの化学兵器に対する防御手段として、飛燕に加え世界最高峰の戦闘機と言える烈風改とその発展型(超烈風のこと)の
輸出、そして「農薬の中毒症状に対する解毒剤」を名目とした化学兵器の解毒剤の輸出などなど……正直に言って、
フィンランドは日本から受けた借りを返しきれるのかどうか不安になる程の手厚い支援だった。
イギリスやソ連の関係者が涎をたらして羨ましがる厚遇振りだったが、いつ取り立てが来るのかと戦々恐々の本人からすれば恐怖だった。
(金にがめつく、絶対に損になる行為はしないと評される日本がこれだけするのだ。この先行投資の先に何があるのか……)
とりあえず、フィンランドは日本を裏切れないのは確実だった。
ノルウェー、スウェーデンもドイツに擦り寄るつもりは『今のところ』なかった。仮に全面戦争となれば日本側に立つつもりだった。
特にノルウェーは一度踏みにじられた経験があるため、「次に土足で国土を踏みにじろうとするなら、侵略者共の両足を喰いちぎってやる」とまで
息巻いていた。実際、それを可能とする力を彼らは蓄えつつあった。日本もそれを積極的に後押ししている。
「……何を考えているか判らないが盟友である日本を警戒するより、まずはドイツを警戒するべきだな」
化学兵器の大々的な使用は、マルネルハイムを驚愕させると同時にドイツへの警戒心を強めた。
幾らポーランドが戦前にやりたい放題していたと言っても、禁忌の手段を平然と使って民間人を大量虐殺するドイツの姿勢に懸念を覚える
のは当然だった。他の北欧諸国も似たような物だった。ソ連に至っては、強力な神経ガスの存在を知って恐慌状態だった。報復手段さえない
上、ドイツが戦略爆撃機を開発中となれば彼らが頭を抱えたくなるのは当然だった。
「インドの一件もある。次の戦いは近いかも知れん」
ようやく訪れた平和。それがつかの間の平穏でしかないかも知れない……マルネルハイムはそう思うと窓の外を見る。
そこには大西洋大津波にも、他国の軍靴にも蹂躙されずに済んだ町並みが広がり、人々が平和な暮らしを営んでいた。だがそれは
国際情勢と政府の決断次第で硝子細工のように砕ける脆いものであることを彼はよく理解していた。
マルネルハイムは窓の外から、壁にかけてある絵、いや掛け軸に視線を移す。
「……」
冬戦争の後、日本から送られたそれには鯉が滝を登る姿が描かれていた。開運を願う絵画と説明されたが、マルネルハイムから
すれば、絵の中の鯉はまるで時代の濁流という大きな流れに抗う小国の姿のようにも見えた。だがマルネルハイムは濁流に対して
怯むつもりはさらさらない。
(『幸福というチョウザメは、臆病の網ではけっして捕らえられない』、か)
提督たちの憂鬱外伝 戦後編12
フィンランドで某元帥がそんな憂鬱な気分に浸っていたのを聞いたら「贅沢言うな」と激怒しそうな人間達も存在した。
そう、第二次世界大戦、日米戦争を通じて散々に評判を落としたイギリスだった。欧州枢軸諸国の多くで政情不安が発生したのと
同様にイギリスもこの寒波で大きな打撃を受けていた。
帝都ロンドンの某所に集まった円卓の面々は各地から集められた報告に顔を顰めた。
「交通網があちこちで寸断されています。既に120の村が孤立している状況です」
「加えて流氷が各地に現れています。これによって海上輸送も危険な状態です。石炭の輸送にさえ支障が出ています」
「農業と畜産への被害も甚大です。羊だけでも全体の10%以上が死亡しているとのことです」
凶報の数々に、円卓の面々はどうするべきかと囁きあった。
しかし相手が自然ということもあって根本的な対策など打ちようがない。
「電力と食糧確保を最優先にしろ」
英国の発電所は石炭を用いた火力発電所が多い。仮に石炭が運び込めず、発電が停止すればイギリス経済は大打撃を受ける。
ただでさえ津波と戦災でボロボロなのだ。ここで大停電など起せば企業の倒産が相次ぎ、英国の産業は壊滅してしまう。
英国は生き残りを賭けて生き残った大企業を中心とした産業界の再編を押し進めていたのだ。ここで工場が操業停止に
追い込まれて産業崩壊となったら目も当てられない。
また食糧確保も必要不可欠だった。ただでさえ労働者階級には苦しい生活を強いているのだ。下の階級である彼らは普段は
上流階級に対して攻撃することはないが、彼らの生活を脅かすようなことが続けば革命を起す恐れがあった。
「食糧も備蓄を切り崩すしかないでしょう。この様子だと、ジャガイモも再び配給することになるでしょうが」
津波直後の混乱時には、ジャガイモも配給の対象となった。44年には解除されたが、この寒波を受けては
再びジャガイモすら配給するしかない。
「……戦時中よりも辛い暮らしになるな」
対独戦争でイギリス市民の生活は大幅に悪化。さらに市民の士気も大きく下がっていた。満足に飯を食べられないような
状況で負け戦が続けば士気など上がるはずがない。対独休戦とアメリカからの支援で何とか一時持ち直したが、その直後の
津波で全てが水泡と帰した。
英国沿岸部は多大な被害を受けた。帝都ロンドンでさえ2mもの津波が押し寄せ大きな被害を被った。あの津波から2年
以上が経ったが、全ての被災地が復旧したとは言えない状況だった。
ここまで痛めつけられて尚、立っていられるのはイギリスの底力と言えるが、負担を負わされている市民、特に労働者階級の
不満が高まっているのは言うまでも無い。
苦しい状況を見て出席者の多くが苦い顔だった。その中で一人目を瞑り熟考する男がいる。彼の名前はオズワルド・モズリー。
イギリスファシスト連合(BUF)の長を務める人物であり、英国次期首相の有力候補だった。
(我々の主張は正しかったというわけだ)
戦前からイギリスファシスト運動の有力者だったモズリーは、議会制度の解体と有力者による会合である『集会』の開設を求めていた。
彼は大戦勃発で逮捕されたが、英独停戦後に釈放された。そしてイギリス政府の失策によって高まる政治不信、そして貧困層に蔓延る共産主義
思想へのカウンターとして勢力を拡大させた。その結果、彼はここに居る。
モズリーはこの会議に出席した際、自分が理想とした組織を日本人が遥か前に実現し、日本を世界最強の座に押し上げたという事実を知って
驚愕した。だがそれ以上に、日本人がそのような組織や制度を作って成果を出していたにも関わらず、無為無策のまま戦争に挑み祖国を衰退させた
自国政府と議会制度に対する不信感と怒りはさらに強くなった。
(……まぁ良い。今は英国の再建を図るのが優先だ。忌々しい議会を潰すにしても我々が成果を出した後でよいだろう)
ある意味で余裕たっぷりに見えるモズリーを見たイーデンを含む政治家達は顔を顰めた。
(あのファシストが、この国の首相になるとは……大英帝国も零落したものだ)
だがイーデンが何を言おうと政治は結果が全てだった。
既存の政党は多くの失点を続け、大英帝国の没落を決定付けた。そして今回の大寒波。市民の我慢も限界だった。革命が
おきなかっただけでもマシだった。まぁ欧州対岸の様子があまりにも酷いことが、市民を自重させただけかも知れないが……。
しかしイーデンの顔を更に歪ませる報告は続く。
「それより問題はカナダ東部です。正直に申しまして、カナダ東部の復興支援は削減せざるを得ません」
「「「………」」」
イギリスは乾いた雑巾を無理やり絞るように無理をしてカナダへの支援も行っていた。
宗主国である以上、例え雀の涙であっても被災したカナダへの支援を絶やすわけにはいかなかった。しかしこの寒波がイギリスの余力を
奪い去ろうとしていた。
さらにドイツ軍のポーランドでの凶行への対策も問題だった。イギリスはその諜報能力でドイツの化学兵器について様々な情報を
収集した。だがその結果、イギリスが保有する化学兵器より遥かに強力な毒ガスであること、そしてイギリスにその対抗手段がない
ことがすぐに明らかになった。イギリスは何とか同種の兵器を開発しようと考えたが、ドイツとの差は大きく、そうそう容易に作る
ことはできなかった。
だが彼らをより驚かせたのは、日本が同種の兵器の開発能力を持ち、そしてすでに解毒剤まで有していることだった。
「日本と戦端を開かなくて本当に良かった」
下手をしたら憎き裏切り者ということで核兵器のみならず化学兵器も使われていた可能性さえあるのだ。イギリスの高官達はそろって
安堵した。
尤も日本から解毒剤を入手できる見込みはたったが、問題は山積みだった。いくら解毒剤があってもドイツと再戦となれば多大な
被害は免れない上、ドイツが日本と同じような弾道弾を配備するようなことがあれば防御もできず英本土は危機的状態となる。
実際、日本の弾道弾開発に触発されたドイツは弾道弾開発を進めており、史実ではV1と呼ばれた飛行爆弾『フィーゼラーFi103』
が形になりつつあった。当のヒトラーは大演習に目玉として間に合わないこと、そして飛行爆弾の性能に不満だったが、
ビスマルクの二の舞を恐れた技術者と高官達が宥めた。
その結果、まずはフィーゼラーFi103を完成させ、その技術をさらに発展させていく形に落ち着いていた。
一方の日本側も薄々と飛行爆弾の情報を察知しており、天災と戦災のダブルパンチを受けているにも関わらず新兵器開発を着実に進めて日本に
追いすがるドイツの底力を見た嶋田たち軍人一同は「ドイツ侮りがたし」との評価を下すことになる。
片や辻や阿部は「貧血で立っているのもつらいのに無茶な運動をするな〜」とドイツの官僚達に半ば同情気味だったが……当の本人達が
聞けば「誰の所為だ、誰の?!」と机を叩き、血涙を流して激怒することは請負だった。
しかしドイツの内情が苦しかろうが、イギリスにとってはドイツが脅威であることには違いない。何しろイギリスはドイツ以上に
苦しいと言える状態なのだから。
「それでも最低限の支援はできるか。ドイツが建設していた北フランスのUボート基地や沿岸砲台が軒並み津波で洗い流されたのが救いだな」
フィリップス海軍大将が苦い顔で呟くと、周辺の出席者の多くが同意するように頷いた。
「不足する分はモズリー氏が主張しているように、カナダ復興に積極的に日本資本を誘致して補うしかないか」
「だが日本にその余力があるのかね? 彼らもかなり無理をしているだろうに」
「かの国は赤い熊と中国人から金を毟っている。まだ余裕はあるだろう」
「むしろこの荒廃した世界で余力があるのは、天災と戦争で疲弊していないあの国だけだろう」
「日本人は東アジアのみならず、アフリカ市場にも食い込もうとしているからな」
日本は北欧諸国だけでなく、友好国ベルギーにも様々な物品を輸出していた。武器は勿論、ベルギー領コンゴ開発に必要な資材まで供給していた。
日本側は資源とのバーターを認めて、コンゴから産出されるダイヤモンドの輸入に務めている。
「有色人種の盟主である日本が、植民地支配を助ける真似をするのか?」と言う声もあったが、辻達は「現地人だけで統治できないでしょう?
まさか現地人が自立できるまで我が国が面倒を見ろと?」と取り付く島もなかった。
尤も夢幻会は戦前のやり過ぎ(他国からの資本の収奪)が、日米戦争の遠因になったことをよく反省しており、露骨に欧州諸国の警戒や敵意を
煽るような取引は慎んでいた。しかしいずれはコンゴのみならず、アフリカ全体が日本に蚕食されるのではないかとイギリスは危惧していた。
「……締め出せないのかね?」
この問いかけにイーデンは首を横に振る。
「ベルギーはコンゴに本国機能を移すつもりです。そのために日本との関係は維持するでしょう。下手な圧力を掛ければやぶ蛇です」
「ふっ。確かに異常気象が続き、隣には狂犬国家がいる欧州から逃げ出したいのはよく判る」
「ここは静観するしかないでしょう。日本側も自重しています。下手に騒げば枢軸に利するだけです」
「「「………」」」
日本が我慢の限界を超える暴利を貪らないなら目を瞑るべき……それが円卓の総意となった。
しかし彼らは知らなかったが、夢幻会は将来に備えてアフリカ大陸で遺伝子情報の収集も進めていた。
学術調査など目立たない項目で夢幻会はアフリカから多くの遺伝子情報を持ち帰った。そしてそれが後に日本の遺伝子工学と関連産業の発展を
齎すことになる。列強がその真相を知った時に地団駄を踏んだのは言うまでも無い。
「まぁこの寒波も予報では2月までのはず。日本への対策よりも、まずはここを乗り切ることに集中すべきでしょう」
モズリーの意見に対して反対する者はいなかった。
ポーランドで起きた様な大規模蜂起が英国内で発生したら国家転覆の危機だ。ドイツがポーランドで梃子摺り、フランスが北部住民の対策で頭を
痛めているのが幸いと言えた。
出席者達は、己の使命を全うすべく再び顔を突き合わせて議論を開始する。それを見ていたモズリーは誰にも気付かれない程度に軽く口の端を
吊り上げる。
(金の貸し借りでは、金を貸した方より、借りた方が強いときもある)
日本は第三勢力(日本寄り)であるイギリスが崩れることを望んでいないためか、国内の反発を抑えて支援を続けている。
モズリーはこの姿勢を逆手にとって、日本の外交方針を雁字搦めにするつもりでいた。勿論、下手な手を打つと母屋を乗っ取られる危険がある
ため慎重な手を打たなければならない。
(解毒薬、前倒しで発表される新型戦闘機『疾風』。そして烈風改をさらに発展させた新型機。彼らの技術力は脅威だが……策略では
こちらに一日の長がある)
イギリスはインド問題で日本と手を組んでドイツを嵌め込む準備を進めると同時に、南北アメリカ大陸での外交工作を続けていた。
新たに編成された特務飛行隊(日本機と英国機の混合)と、日本とイギリス、そしてイギリスの同盟国(実質は属国)が共同で編成を進めている
潜水艦隊、大演習本番で日本が公開する目玉が各国の度肝を抜けばその工作はさらに順調に進むと考えられていた。
(しかしやりすぎると、こちらのアフリカの植民地統治にも支障が出る。宣伝には注意が要るな)
化学兵器を用いた無差別攻撃さえ行われたポーランドでは、2月上旬までに120万人が死亡していた。
ドイツ国防軍と武装親衛隊による攻撃、そしてドイツ軍と叛徒による戦闘で引き起こされた物流の麻痺と物資不足、そして今回欧州を
襲った寒波などがあわさって膨大な死者を生み出していた。
ドイツ側はポーランド人が合流するのを阻止するため、各地の交通網や通信網を押さえるか、又は破壊していた。これが叛徒とされた人々の
活動を阻害していた。幾ら数が多くても、合流なり連携できなければ各個撃破の的だった。
便衣兵として活動しようとしても、ドイツ軍は「動く物全てを排除せよ」という命令で動いており、相手が子供だろうが、ドイツ軍が攻撃を
躊躇することはない。破れかぶれに突撃しようものなら、銃弾の雨が彼らを歓迎し、都市のどこかに固まっていようものならカール自走臼砲に
よって都市区画ごと粉砕されるという有様だった。トドメを刺すようにインフルエンザ、結核など様々な病気が蔓延しつつあり、一箇所に大人数が
固まっているのも危険な状態となっていた。
「叛徒共の道は3つ。塒で死ぬ(病死・餓死・凍死)か、それとも我々の物資を求めて自殺的な攻撃に打って出るか、ポーランドの外に逃げるか、だ。
尤も3番目の選択肢も生き残る可能性は低いがな」
司令官室で報告を聞いたハイドリヒはそう嘯いた。
独ソ戦でドイツを苦しめ、古くはナポレオンを敗退させた寒波が、ここではポーランド人にとっての死神と化していたのだ。包囲されたり
孤立した市町村では多くの市民が飢えと寒さに苦しんでいた。
かつて独ソ戦の際、食糧供給が途絶したレーニングラードでは食糧としての人肉を得るために子供の誘拐が多発したが、それと同様の事態が
起こりかねない状態だった。
「閣下、すでに叛徒共は抵抗する力を失いつつありますが……ガスによる攻撃を続けますか?」
「放って置いても死ぬ連中に使うのは勿体無い。後始末の問題もある」
ハイドリヒは部下に攻撃目標を選定するように命じて、部屋から下がらせる。そして部下が下がったのと見た後、ハイドリヒは
机上の書類を見て今後のことを考える。
「そう、問題は後始末……さて」
やたらと化学兵器を使っては後始末(除染、死体の処理)が面倒でもあった。経済的価値も唯下がりとなり、ドイツにとってはデメリット
も大きい。それに何より、枢軸の盟主であり世界の三大国となった『ドイツ第三帝国』の面子を傷つけた不届き者への報復はすでに済んでいる。
「……潮時だな。交換手、ベルリンに繋げ」
ドイツ側は事態の収拾を目指して動いていた。
一方で片方の当事者であるポーランド人たちは今後の方針に迷いが生じていた。
投降しても待ち受けるのは死。だがこのまま戦っても死しかない。「ドイツ軍に一矢報いる!」と意気軒昂な面々を除けば、何とかして
生き延びる道を探っていた。
その中で、ある噂が飛び交っていた。
「一部のポーランド人が日英の手引きで海外に脱出している」
一笑に付す人間もいたが、その噂はほぼ事実だった。
同盟国であった日本とイギリスは、ポーランド事変の最中に、協力者達、或いは協力者達の家族を海外に脱出させるべく手を打っていたのだ。
協力者は見捨てないという姿勢を見せておかなければ、今後、協力者を得ることが難しくなる。
日英は義理を通すため混乱するポーランドから100名ほどの人間を脱出させていた。周辺国の人間にもドイツの蛮行に眉を顰め、その
脱出劇に協力する、或いは見て見ぬ振りをする人間は存在していたため、脱出は順調に進んだ。
彼らは中立国である北欧諸国とイギリスを経由して北米に逃れることになる。
これだけで終るなら、日本とイギリスにとって当初の想定どおりだった。だが問題はこれらの脱出劇の情報が拡散したことだった。
ポーランド各地がドイツ軍と親衛隊によって分断されたといっても、人の往来は完全に遮断された訳ではない。
そしてこの絶望的状況下において、人は希望に縋りつくものだ。
「逃げよう。リトアニアには日本の領事館もある」
多くの人間は少しでも生き残る道を探して、海外を、特にリトアニアを目指すことになる。
ポーランド人が生き残ろうともがいている頃、大日本帝国軍、政府関係者はドイツの蛮行への対処をさらに進めていた。
疾風の公開前倒し(1ヶ月以上前倒し)、そしてイギリス、北欧諸国支援に続いてカリフォルニア、オレゴン、ワシントンの各共和国政府
への支援を拡充するべく関係者が動いていた。
北米で枢軸勢力と対峙している友邦への支援が欠かせないのは当然だった。特に西海岸の最有力国であるカリフォルニア共和国が、折れたら
困るため日本は相当の梃入れが必要になると考えていた。
「中古の武器だけでなく、駐留軍の増強が必要だ。ポーランド軍は動揺が激しく戦力として期待できない」
閣議の席で陸相の永田はそう具申した。
当然、大蔵省や内務省からは「負担が大きすぎる」と反発の声が挙がるが、ドイツ軍の蛮行を前にすれば多少の反対意見など
瞬く間に消えてしまう。
「仮にテキサス共和国主導で旧アメリカが再統一された場合、我が国は再び東西から挟撃される」
そんな懸念さえ軍内部から吹き出ていた。
サンタモニカ会談で日独英による世界秩序の構築が約束されたと言っても、インド、そしてポーランドの一件からドイツが果たして
約束を守るのかと疑問に思う人間が増えるのは当然だった。
「条約破り上等の連中の言う事なんて信用できるものか。約束を交わしても反故にされるなら交渉自体が無意味だ」
某陸軍将校はそう公言した。
加えて、日本がすでにドイツの化学兵器に対する対処法を確立していたことも強硬論者を後押しした。
「ドイツが何か仕出かす前に一撃を加え、あの無法者を大人しくさせるべきだ!」
「今ならドイツを相手にしても勝てる」と考える者が増えてもおかしくなかった。だがそれを嶋田は抑えた。
「一撃で倒せなければ、泥沼になり共倒れだ。それに防疫線も崩壊しかねない。その後に起こる惨劇に責任が貴官に持てるのかね?」
そう言って嶋田達は強硬派を黙らせた。だが黙らせるだけでは不満が溜まるだけだった。
最終的に陸軍は北米へ『一時的』に増援を送ること、海軍は情勢が安定するまで北米西海岸近海での訓練を増やすことを決定する。
「第3航空戦隊(翔鶴、瑞鶴)が張り付けば、カリフォルニア政府も少しは安心するだろう」
連合艦隊司令長官の近藤大将は、GF司令部でそう呟いた。
そして北米への梃入れだけではなく、軍備の増強も決定された。まずは大和型戦艦の建造スピードを早めることになり、連山改に替わる
ジェット爆撃機の導入も加速させていくことになった。しかし大鳳型の追加建造などはなく、些か地味と言われる内容だった。
一部では当然不満の声もあった。しかし……夢幻会はそれを抑えた。その時の彼らの本音はただ一つだった。
「米帝の真似ができたら、苦労はない!」
乏しい戦力でやり繰りしている夢幻会派の軍人や官僚は心の中で、そう血涙を流した。
だがそれを理解しているからこそ、夢幻会は外交に打って出ることを目論んだ。日本との関係を維持することこそが利益となることを
知らしめるため、日本政府は穀物生産を飛躍的に高める『緑の革命』について大々的に発表を行った。
「この新たな革命が波及すれば、(日本勢力圏と親日勢力限定で)人々は飢えの恐怖から解放されるでしょう」
発表の席で、報道官は高らかにそう言い放った。
さらにカリフォルニアを見捨てるつもりはないこと、そして旧敵国だろうがカリフォルニアを重視している証として『緑の革命』に
関する研究施設を同地に建設することも宣言した。
「またフィリピンにも研究施設を建設し、同研究所を拠点として東南アジア諸国の支援も行う」
食糧供給が重要視される中、この重要施設の誘致に成功したフィリピン政府高官は内心で拍手喝采だった。
韓国からは「何故、うちにそんな施設が建設されないのか?」と不満の声も聞こえてきたが、日本は「自国の状況を省みろ」と一蹴した。
何はともあれ食糧事情が一気に安定し、情勢が安定すると見た日本勢力圏の住民達は将来に対して、より強い希望を抱いた。
一方、愕然となったのは欧州枢軸やインドだった。
「またしても先手を打たれたか」
総統府で報告を聞いたヒトラーは忌々しげにそう呟いた。
ポーランド事変の影響もあり、『ドイツは奪う者、日本は与える者』という印象が益々強くなりかねない。しかし今はポーランド事変の
後始末の最中であったため、出来ることは多くない。
インドでは、日独と均等に付き合うべきという声が挙がった。彼らは日本とイギリスがインドから手を引きつつあることから、日英主導による
分離独立が立ち消えになったと考えていたのだ。それさえ無ければ、日英側とも付き合うことは出来る。何より緑の革命によって得られる食糧の
増産は魅力的だった。
しかし日本と英国からすれば「甘いし、何もかもがもう遅い」という評価に尽きた。
「指導者が甘い見通しで、国家を主導したツケを彼らは払うことになるだろう」
報告を聞いた近衛はそう断じた。
何はともあれ、日本政府は日本と友好的に共存することがお互いのためになると宣伝する一方、日本は外交を活発化させたイタリアとも接触を
開始し、ドイツとの交渉の窓口を確保する努力を進めた。
「まさか、あの国に本気で頼ることになるとは」
首相官邸で在日イタリア大使や特使と話をした後の嶋田は、歴史の皮肉に苦笑せざるを得なかった。
「史実では『次はイタ公抜きでやろうぜ』と言われたのが嘘のようですね」
辻の意見に嶋田は頷く。
「さすがは、かのマキャベリを生んだ国だけはある」
「何はともあれ、我々も不要な戦争をする訳にはいきませんからね……」
「当然でしょう。戦争は外交で決着がつかない場合に、確たる目的と意思をもって行うものですよ。頭がお目出度い連中のように
早々、再戦するなんて冗談じゃありませんよ。戦うにしても全面戦争などお断りですよ。戦線は絞らないと」
全面戦争となれば日本は北欧、南北アメリカ、インドと三正面で戦うことになりかねない。それは悪夢だった。
これは辻も同意見だ。
「……そう言えば、殿下は今日も?」
「具合が優れないそうだ」
昭和20年になると伏見宮は体調を崩して、床に伏せることが増えた。
史実を知る者達は伏見宮の寿命がいままさに尽きようとしていると判断し、誰もが心配していた。海軍の纏め役は嶋田となり、今後は
他の皇族方や近衛と共に夢幻会を纏めていくことになることは決まっている。しかしそれでも功労者である伏見宮が軽く見られることは
ない。
「……曲がりなりにも、ようやく太平洋は平和になったのだ。殿下にはもう少し長生きして、この平和を享受してもらいたいが」
色々と頭が痛い問題を押し付けてた上司だったが、嶋田は伏見宮を嫌ってはいない。彼にとって伏見宮は敬意を払うべき上司だったのだ。
(コミケといい、映画と言い、色々と問題が多かったが、纏め役の苦労を発散するために必要だったのかも知れないな)
しかし同時に、同人誌製作を手伝わされた記憶が蘇る。エロとか燃えとか萌えとか……徹夜の日々が脳裏に過ぎった。そして
一歩間違えれば自分もストレス解消のために伏見宮の後を追って同人誌を作る破目になっていたのだろうかと思うと、戦慄した。
(……いや、悪いが、それはないな)
暫くはパズルゲーム、余裕が出来れば別の『遊び』にも手を出してみるかと思って、嶋田は窓の外を見る。
「さて次はカリブ海大演習の前夜祭か。喜んでもらえればいいが……」
「感動の余り、涙で書類を濡らすと思いますよ。ドイツの空軍省と各メーカーの面々は特に」
辻がそう言った後、二人は相手を見る。そして同時に口の端を吊り上げて「ニヤリ」と笑う。
「非常に楽しみですね」
嶋田は非常によい笑みを浮かべてそう言い放った。
その台詞の奥底には「余計な仕事を増やしやがって」という負の感情が見え隠れしている。
「ええ。折角、ドイツ人が祭りの前に(血生臭い)前夜祭を自腹を切って開催してくれたのです。ならば彼らにも楽しんで踊ってもらわないと」
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々、と」
「ええ。我々だけが踊るのでは、不平等でしょう」
辻の台詞を聞いた後、嶋田の脳裏に脂汗を流して必死に踊る某肥満元帥の姿が浮かぶ。勿論、表情は作り笑い全開だ。
「……少しはあの元帥のダイエットになりますかね?」
「ダイエットの前に、モルヒネを絶たないと無理でしょう。それに、あの元帥はあのままでいたほうが我々にとっては都合が良いと思いませんか?」
「確かに」
ドイツ空軍だけでなく、世界各国の空軍関係者に大きな衝撃を与える『前夜祭』の開催が迫っていた。
あとがき
提督たちの憂鬱外伝戦後編12をお送りしました。
次回、漸く疾風が飛ぶことになると思います。大演習につくまで後何話かかるのやら(汗)。
しかし緑の革命と解毒剤で切り返され、さらに疾風で技術面での日本優位を強調されるドイツ……技術でドイツが日本に負ける仮想戦記って
少ないだろうな(苦笑)。
何はともあれ、次回で肥満元帥も少しはダイエットできるかも知れません。
それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。
提督たちの憂鬱外伝戦後編13でお会いしましょう。