旧福建省省都『福州』。
 破壊と混乱が吹き荒れる中華の大地において飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続ける福建共和国の首都であるその街は、その国情を反映し 活況の最中だった。
 多数の日本企業が進出し、そこで行われる経済活動は多くの富を同地に齎していた。また帝国軍、そして帝国軍の支援を受けて創設 された共和国軍は周辺からの難民、そして無法な軍閥の侵入を断固として阻んでいた。これが安心を生み、国内の安定と経済の成長を 促している。
 その恩恵を受けている一般市民は、仕事に疲れても明るい顔で、夜の街に繰り出して飲み明かした。

「難民も入ってこないし、軍閥も静か。これも日本軍と共和国軍のおかげだな」

 酒を飲みつつ、男達は頷いた。

「日本軍か。それにしてもまさか日本軍があんなに強かったとは思わなかったよ」
「そうだな。正直、日本とアメリカの勝負となったらアメリカが有利になると思っていたが」
「やはり日本の高性能兵器、そしてそれを運用する軍人の質の差が大きかったな」

 満州と上海での会戦、フィリピン沖、ハワイ沖での海戦はどれも日本側の圧倒的な勝利で終った。
 中国大陸で見せた日本陸軍の強さは、多くの人間に大きな衝撃を与えていた。米中連合軍の戦車、対戦車兵器をものともせずに進撃し 米中連合軍を蹴散らしてく九七式戦車、米軍ご自慢の航空隊を赤子の手を捻るかのように叩き潰す隼と飛燕、火山が爆発したかのような勢いで砲弾を 叩きつける重砲群。それは日本=小国というイメージを木っ端微塵にするものだった。
 そしてユトランド沖海戦を上回る規模とも言われる大海戦『ハワイ沖海戦』は結果とその後の影響から日本海海戦の再来とも言われていた。 同時に同海戦での日本海軍連合艦隊の鮮やかな完全勝利は、有色人種を勇気付けていた。

「共和国軍は?」
「日本からの梃入れで、今後更に強化されるそうだ。日本側の意向と内陸からの侵入者を防ぐために陸軍が重視されそうだが」

 福建共和国はその地形ゆえに、陸軍が重視されていた。
 福建省と浙江省という山や密林などに囲まれた守りやすい地形の国ではあるが、少数の部隊であるなら国境を突破するのは容易い。 よって森林・山岳地帯での活動を想定した山岳師団のような部隊が創設されていた。
 中でも最精鋭と名高いのが日本陸軍熱戦教の指導を受けている第一師団『猛虎』であった。師団の紋章として虎が選ばれたこの部隊は 共和国陸軍実働部隊の要の一つとなっている。

「海軍も梃入れして欲しいよ。戦艦、いや巡洋艦が1隻でもあれば見栄えが良いのに」
「無茶を言うなよ」

 福建共和国軍は陸軍と空軍重視であり、海軍はせいぜい駆逐艦を揃えるのが関の山だった。
 今後は軽巡洋艦の導入も考慮されていたのだが、まずは国内の基盤づくりが最優先とされており、日本から軽巡洋艦を導入するのは もう少し後になると思われていた。

「日本は戦艦だけでも6隻(富士型は巡戦扱い)、空母も9隻も持って、さらに世界最先端の兵器も沢山作っているのに……」
「あの国が別格過ぎるだけだよ。あの国を物差しにして測ったら頭がおかしくなるぞ」
「そうそう。空母をひと月に1隻以上配備できる国だぞ。それに並行して核と富嶽まで作っているんだ」
「それでいて国内ではカラー映画を作っていたって話だ。あの国は常識をどこかに置き忘れている」

 日本側は戦時量産型空母『祥鳳』型を含め、多数の空母を建造していた。アメリカ合衆国が早期に滅亡したことで、活躍できた艦は 少なかったが、それでもアメリカが滅亡するまでに多くの空母が就役していた。43年に入ってからは殆ど月刊で空母が就役しており 諸外国からは『月刊空母(護衛空母含む)』の異名を頂くことになった。
 史実、そしてこの世界の米国の生産能力を知っていた夢幻会の面々からすれば過大評価もいい所だったが、その異名は日本の 強大さを言い表すものとしてあっさり広まってしまった。
 月刊空母と巡洋戦艦(富士型超重巡)を筆頭に多数の船舶を建造。それと並行して世界最高水準の中戦車を含めた強力な陸戦兵器を生産。 それでさらに超重爆や原爆等の画期的な新兵器の開発と生産も進め、尚且つ国民生活が他国ほど酷く圧迫されなかった国……これが日本帝国の評価となった。
 傍から聞くと「何てインチキ国家?!」と思われる類の話であり、日本人=魔術師と思われる理由の一つであった。

「何はともあれ日本と最初に組んでよかったな。おかげで今やあの鼻っ面が高い英国人でも、俺達を無碍に扱えない。連中の顔を見ているとこれまでの 鬱憤が晴れるよ」

 飲み屋で一人の商人が喝采を挙げた。これまで白人による露骨な差別を受けていた人間にとって、白人達が豹変した様はこれまでの 劣等感を一気に消し飛ばす痛快なものだった。

「それに浙江が手に入ったおかげで、食糧も何とか余裕が出来た」
「ああ。余った食料は高値で売れるし、笑いが止まらないよ。そういえば、浙江の不動産はどうなっているんだ?」
「中々よい商売になりそうだよ」

 福建共和国は日本帝国と同盟を組んで、対米、対中戦争を戦った。
 そして日本帝国が事実上、戦争に勝利したことで彼らは勝ち組となった。第二次下関条約で福建共和国は旧浙江省を手に入れ、さらに 対米戦争での戦勝国に名を連ねることになった。
 実際のところ、対米戦争では大して活躍していないのだが、それでも福建共和国は事実上の宗主国である日本帝国に忠実に尻尾を 振り続けたことで国際的地位を一気に高めることが出来た。
 その結果が商人たちが言うような扱いの改善だった。特にイギリスは、日本の衛星国である福建共和国にもある程度の配慮を要求され ていた。そして最終的に福建共和国人は準日本人として扱われることになったのだ。
 男達は目の前に並ぶ福州料理に舌鼓を打ちつつ、話を続けた。

「そういえば、浙江財閥や宋美齢が動いているとの話を聞いたが」
「ふん、日本と福建をバックに返り咲きを狙っているんだろう? 上海は奴らの牙城だったからな」

 大戦後、半ば独立状態になった上海には日本を筆頭にした列強の軍、情報機関、各企業が進出していた。これに加え中国各地の軍閥や有力者、 更には犯罪組織も上海に拠点を置いている。このため商取引や非合法活動は盛んであり、『魔都上海』は戦前と変わらず活況だった。
 だがこの街はかつての大戦で一つ大きなケチがついていたのも事実だった。

「上海ね。あんな虐殺事件があったというのに」

 日米戦争の最中に起きた『上海大虐殺』。それは多くの忌まわしき記憶を後世に残す物だった。

「上海大虐殺を忘れないための記念碑を建てる連中もいたな。正直、あの写真を見たときには胸糞悪くなったけど……いまだと連中の自業自得 と思えるよ」
「おまけに犠牲者の数も水増ししている。全くあんな連中がいるから、俺達まで同じに見られるんだ。いい加減にしてもらいたいぜ」

 中国側は『上海大虐殺』の中国人の犠牲者(死傷者)は10万人以上と発表していた。
 当然のことだが、戦後になると詳しい調査が行われた。その結果、遺体の数、中華民国軍の脱走兵によって殺された人間、米国人から略奪しようと して返り討ちにされた人間の数を考慮すると、米軍によって殺された者は当時の発表より遥かに少ないことが明らかになっていた。
 中国側はそれでも被害者面をしたが、その前の裏切りによって全く相手にもされない。
 福建共和国人は状況によってはその煽りを受けることもあり、それがますます中華民国、より正確には漢人への怒りを煽る形になっていた。

「あの連中と同一視されたら、折角の戦勝国の立場が台無しだ!」

 彼らはそう言って憚らなかった。海外との貿易を手がける人間の中には、華僑の力を利用しようとする者もいたが、やはり内心では漢人のことを 厄介者扱いしていた。
 そしてそのような動きは福建だけではなく、華南連邦でも起こっていた。
 華南連邦は広西省、広東省、江西省、湖南省、貴州省、雲南省、四川省西部を配下に収めつつ、農業に向いた気候から英国の食糧庫としての立場を 得ていた。さらに日本からも投資を募り、経済は上向きだった。

「インドを手放したイギリスは我々のことを無碍にできまい。そして日本も華南に興味を持っている。我々が発展できる余地はある」

 汪兆銘は執務室で最新の経済情勢を記した報告書を読んで満足げに頷いた。
 表向きはイギリス寄りの態度を示しつつ、日本にも最大限の配慮を行うのが汪兆銘の考えだった。
 しかし日英にパイプを持ちながら、力を蓄えつつある華南連邦政府には華僑(華北出身含む)の接触が後を絶たなかった。貿易にとって有利になる繋がりなら まだよいが、華南連邦の力を借りて中華再興を目指す人間や単に己の利益のために日英とパイプを持つ華南連邦を利用しようとする人間も少なくないのは 汪兆銘にとっても頭の痛い問題だった。

「ただでさえ大陸出身者は冷たい目で見られているのだ。この上で華北に手を出して中華統一を目指しているなどと思われてはならん」

 汪兆銘はそう呟いて窓の外を見る。

(今は何より国力を養い、国内の基盤を強化するのだ。共産主義者や不穏分子を押さえ、国内を安定させる。 この世界を無事に乗り切り、未来を勝ち取るにはそれしかない! 負ければ全てが失われるのだ!!)

 汪兆銘の考えは間違っていなかった。
 欧州、アフリカでは負け組みとされた人間達は全てを奪われ、歴史の狭間に消えつつあった。それがアジアでも起きないとは言えない。
 勝ち組とされるアジアの雄『大日本帝国』と、落ち目であるが宗主国である『大英帝国』の間を上手く渡り歩き、力を蓄え次世代に未来を託す……汪兆銘は そう決意した。
 彼は自分と自分の後継者が歩む道が決して平坦ではないと判っていた。だが同時に歩み道があるだけでも恵まれていると理解していた。 何しろこの世界には未来に続く道さえ奪われた者たちは掃いて捨てるほど居るのだから。




            提督たちの憂鬱外伝 戦後編5




 急激に拡大した勢力圏の管理に四苦八苦しているにも関わらず、国内では政争などで内憂も進む大日本帝国だったが、その表向きの姿は 磐石そのものであった。特に何も知らない一般人からすれば、日本は今や世界の半分を飲み込まんとする新興の大帝国であり、日の昇る国 だった。
 この大日本帝国に対抗する白人世界の雄と目されていたのが、前大戦の復讐を果たし、欧州の覇者となったドイツ第三帝国だった。 オランダ、ベルギーなどを手放すなどしたが、ドイツの勢力圏は東はウクライナ、西は北米南岸と広大な範囲に及んでいた。
 この広大な勢力圏だけを見れば、多くの人間は日本に匹敵する勝ち組とドイツ第三帝国を見做すだろう。しかしながら彼らの内情は 日本以上に厳しいものだった。

「本国の人間へ配る食糧こそ、何とかなったが……他の地域は悲惨そのものだな」
「仕方ないだろう。大西洋沿岸はボロボロだ。漁業は人と船、それに港をまとめて喪失している。復旧にはどれほど掛かることやら」
「フランスだと、被災した住人やワイン農家の生活が困窮して国内対立が深まっているそうだ」
「おかげでフランスのワインは品薄か。連中も踏んだり蹴ったりだな」

 ドイツ第三帝国のお膝元である帝都ベルリンでさえ、決して明るいとは言えない状況に多くの人間がため息を付いていた。 酒こそあるが、他の料理の乏しさが今のドイツの状況を示していた。

「ジョンブルには辛うじて勝ったが、スラブ人とは引き分け。これだけで青息吐息だ。一番得したのは、忌々しいが『あの国』だろう」

 具体的な名前など言うまでも無く、誰もが『一番得をした国の国名』を察した。

「大恐慌のときと同じさ。連中はうまく立ち回って、一気に自国の地位を押し上げやがった。全く、連中には凄腕の占い師でもいるのかね?」

 飲み屋でビールを飲みながら、男達はそうぼやいた。一般的なドイツ人からすれば日本というのは絶対絶命のような状況に陥っても そこから大逆転を遂げて躍進してくる忌々しい国だった。
 ドイツは先の大戦以降、幾度も日本によって痛い目に合わされてきた。第一次世界大戦以来の仇敵と言っても過言ではない。故に日本が第二次満州事変を 切っ掛けに孤立して日米戦争に突入していくのを見て、内心で拍手喝采したドイツ人は少なくない。いくら日本でも世界一の工業大国であるアメリカが相手 となれば勝ち目は無い……誰もがそう考えた。
 しかしその歓喜はすぐに落胆に変わった。日本は運さえ味方につけて、アメリカを滅ぼしてしまったのだ。そして日本を追い詰めていた欧米列強は 津波と異常気象で大打撃を受けた。このために日本が列強筆頭になるのを指を咥えて見るしかなかった。

「俺にはまだ信じられないよ。何故、連中は勝ち続けられるんだ?」 

 勝ち目がないと思われてきた日清戦争、日露戦争、そして日米戦争で悉く勝利し、世界中が貧困に喘いだ世界恐慌、世界を阿鼻叫喚に叩き込んだ 大西洋大津波と第二次世界大恐慌さえ追い風とする……普通なら信じられないほどの幸運の連続だった。

「あの守銭奴のことだ。神に賄賂を渡しているんだろう」
「ははは。東洋の神秘という奴か」
「今度、日本人に会ったら聞いてみよう。『お前らはどうやって神に賄賂を渡したんだ?』ってね」
「連中が肯定したら、教えでも請うか。教会に行くよりは御利益になりそうだ」

 有色人種≠日本人という区別がされると「なぜ日本人は他の有色人種と違うのか?」という議論が沸きあがった。様々な意見が出ていたが、一般市民の 間では日本人=魔術師or占い師という当の日本人(転生者除外)が聞けば呆れるか、苦笑する説が流布していた。
 尤も彼らの話題は、東洋の魔術師達からすぐに身近な話題に移った。

「お前の長男は?」
「何とかロシアから戻ってきたよ。でも心を病んでいてね。政府からは補償を得ているが……」

 男はそう言って俯いた。彼の息子はあのソ連軍の大攻勢で辛くも生き残った。だがその代償は……彼の心だった。
 トラウマを負って帰ってきた息子の姿を見た彼の妻は嘆き、絶望し……男の家庭は崩壊した。政府から補償は得られても、かつての掛け替えのない 日常は戻ってこない。そして尚救われないことに、この男のような父親はドイツでは決して少なくなかった。

「息子のような人間がまだ増えると思うと、心が痛むよ。早く平和な時代になってほしいものだ」
「「「………」」」

 ドイツは新たに獲得した新領土の維持とソ連への備えのために膨大な戦力を外地に張り付かせていた。
 ソ連の弱体化を考慮して、兵力は削減しつつあるが、動員が解除されたとは言えない状況だった。さらに占領地で頻発する抵抗活動によって 少なくない消耗をドイツは強いられていた。

「政府の連中は『ゲルマン民族の偉大なる勝利』と言ってるが……実際には辛勝だろうに」
「まぁ辛気臭い話はなしにしようぜ」
「そうだな。ユダヤ人やポーランド人に比べればマシと思うしかないだろう」

 ドイツ国内は周辺国と比べれば平穏であった。あの忌々しい大津波を引き起こした火山の噴火によって冷害が発生し 食糧生産に多大な打撃を受けていたが、それも海外の占領地からの徴用、そして航路が漸く回復した南北アメリカ大陸からの輸入で何 とか凌ぐことができたのだ。

「食糧の安定供給は欠かすな!」

 折角、共産主義に勝ったのに、お膝元で革命が起きては目も当てられないとヒトラーは食糧の安定供給を命じ、さらにその強権をもって 統制を強化してドイツの窮地を『辛うじて』救った。
 ナチを嫌う者さえ、この強権があったからこそドイツは大混乱を避けることが出来たと認めるほどなのだから、当時のドイツの窮状が 判る。だがここで重要なのは、救われたのは『ドイツ』ということだ。
 前述のようにドイツは救われた……だが、ドイツの占領下にある、或いは津波後に占領から解放された地域は悲惨そのものだった。
 フランスは占領時代にドイツに収奪された状態で、更に津波の被害を受けたことが傷を深くしていた。北部では被災した沿岸部の住人、そして 困窮したワイン農家などを中心に怨嗟の声さえ広がっていた。
 だが最も割を食ったのが占領地の住民であるユダヤ人とポーランド人、ロシア人だった。食糧難や新領土開発のためにドイツは彼らを徹底的に 酷使していた。
 真冬のワルシャワ駅からは、連日、多数のポーランド人を載せた(誤字に非ず)列車が東に向かって出発していた。そして帰りには ロシア占領地から収奪した物資を載せて戻ってくるが、それがポーランド人の手に渡ることはない。

「「「………」」」

 絶望に打ちひしがれた者達は、虚ろな目で次々に列車に押し込まれていく。
 中には逃亡を図る者もいたが警備隊、そしてドイツ軍親衛隊によって捕らえられるか、射殺されていった。勿論、働き手を奪われた ポーランド市民は貧困に喘いだ。
 この窮状に怒らないポーランド人は存在しない。彼らは自由と食糧を求めて幾度も蜂起した。だがそのたびに彼らは蹴散らされ、逆に 多くの人間が奴隷として捕まっていった。
 あまりの悲惨さに近隣地域に逃げようとする者もいるが、ポーランドによって痛い目に合ったことがあるウクライナ、ミュンヘン会談の時に 裏切られた旧チェコの住人は過去の遺恨を忘れてはいなかった。

「因果応報だ」

 ドイツはそんな反ポーランド感情さえ利用した。ドイツに向けられる悪感情をポーランドに向けさせ、ガス抜きを図ったのだ。
 そんなポーランド人にさらなる追い討ちが襲った。ポーランド総督府はヒトラーからの指示に基づき、旧ポーランド内の学校、図書館の 破壊を進めたのだ。

「ポーランド人、ロシア人に教養は必要ない」

 ヒトラーにとって東方の生存圏はドイツ人のものであり、そこに住む人間の権利など考慮するに値しないものだった。ましてそんな 者達に教育の場を与えるなどもっての外だった。
 この祖国の窮状を知った旧自由ポーランド政府は日本帝国に対して、自国民の救出を嘆願した。

「このままではポーランド人はこの世から消滅します。ナチスの蛮行を止めるために力を貸していただきたい」

 旧亡命政府首班だったヴワディスワフ・シコルスキは、嶋田にそう嘆願した。だが嶋田の回答は無情なものだった。

「申し訳ないが、貴方方が北米で生きていけるように手を打つだけで精一杯なのです。東欧にまで手を伸ばす力は我が国にはありません」
「しかし貴国が動けば、ドイツも無視は出来ないでしょう」
「内政干渉になります。そして日独関係が悪化すれば、アメリカ風邪の封じ込め政策にも影響が出ます。そうなれば世界の危機を招きかねません」
「ですがドイツに甘い顔を見せればどのような事態が起きるか、それを貴国はよくご存知では?」

 ナチスドイツの危険性をいち早く英仏に警告し、遣欧軍の派遣を打診したのは他ならぬ日本だった。シコルスキは「あれほどの先見性を持つなら、ドイツを 放置するのが如何に危険であるか判るはずだ」……そう訴えた。

「……あの時とは状況が違います。我々は共通の脅威であるアメリカ風邪に対抗しなければなりません。共産主義よりも遥かに脅威である疫病を 封じ込め、撲滅するためにはドイツの力も借りる必要があるのです」
「彼らがアメリカ風邪を兵器に転用しないといえますか?」
「確かに『絶対にない』とは言えないでしょう。しかし現在、優先するべきはアメリカ風邪封じ込めであり、ドイツと戦うことではないのです」
「だがドイツは貴国が甘いことを良い事に、インドにすら手を伸ばしている。彼らを放置すれば、次の大戦を呼び込むことになりかねないのでは?」
「インドがドイツに接近するのは、彼らの意思ですよ」

 嶋田は素っ気無かった。

「勿論、彼らがドイツと近づきたいのであれば勝手にすれば良い。ただし……」
「ただし?」

 嶋田は不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「その後、どうなっても全て彼らの責任です。自分の足で立ち、我々と同じゲームの盤面に立つのなら、その程度は覚悟してもらわなければ」

 それは旧自由ポーランド政府に向けて放たれた言葉でもあった。
 「日本が与えた世界で満足するならそれでよし。もしも与えられたもの以上のものを求めて、列強のパワーゲームに立ち入るような真似をすればどうなるか…… 判っているだろうな?」、そんな脅しが含まれていた。
 そしてシコルスキは嶋田が言外に含めたメッセージを正確に理解した。そして嶋田は目の前の男の反応に満足して話を続けた。

「我々もドイツを筆頭にした枢軸国を警戒していない訳ではありません。空母『白鳳』を建造し、今後は更に新型戦艦2隻を建造する予定です。 兵器の更新も進めます。これは内密に願いますが……来年のカリブ海大演習では、我が軍の最新鋭戦闘機を、既存の戦闘機とは一線を画する戦闘機を 公表する予定です」
「?!」

 日本陸海軍が配備している『烈風改』。これに対抗できるのはドイツ軍の最新鋭戦闘機『ドルニエDo335』しか存在しない。しかし配備された ばかりの機体であり、加えてコストの高さから数も多くない。それにも関わらず、ドイツをさらに引き離す真似をしてのける日本の底力にシコルスキは 畏怖を覚えた。
 だがその畏怖は、次に放たれた嶋田の言葉によって驚愕に塗り替えられる。

「カリブ海大演習後に、人道上の理由からドイツに対して労働力にならない人々を、女性や子供を北米に移送できないか打診するつもりです」
「そ、それは内政干渉になるのでは?」
「ドイツが嫌うのは、労働力を奪われることです。今の状況なら食い扶持を減らせる提案を拒否はしないでしょう。まぁ輸送力や、食糧供給の問題から 全員は救えないでしょうが……一人でも多くのポーランドの子供達に未来を残すことは出来ます」
「……」
「再び貴方方が独立国家となるのは難しいかも知れません。ですが人口が増えればポーランドの名を冠した自治領の創設は可能でしょう。 そのための支援は惜しまないつもりです」
「……ありがとうございます」

 負けた国は何もかも奪われる世界で、救いの手を差し伸べられることは無いと言っても良い。しかしこの会談でポーランド人は僅かながらも救いの手を 得られた。シコルスキからすれば、たとえ祖国が奪還できなくとも、一人でも多くの同胞を救えるとなれば満足しなければならなかった。
 傍目から見れば日本の慈悲深い行動と言えなくともないが、実際には色々と生臭い理由もあった。

(ふむ、これで自由ポーランド軍は北米方面で盾にし続けられるな)

 嶋田は会談の結果に満足した。日本の手が足りない以上、人件費が安く、尚且つ忠誠心が期待できる傭兵は必須だった。嶋田、いや夢幻会はその 役割をポーランド人に割り振るつもりだった。
 ただし手綱は握るつもりであった。勝手に動かれて第三次世界大戦勃発となったら目も当てられない。

(ついでに慈悲深い日本と、民族浄化を進めるドイツと対比も出来る)

 自国勢力圏に収まった国々を統制するための宣伝にも使える……彼はそう考えていた。
 敗北すれば奴隷にされるとなれば日本の傘下に収まった有色人種の国々は死に物狂いで戦うだろう。盟主である日本に多少の不満を持っていても ドイツが新たに盟主になるよりは余程マシ……彼らはそう考える。そのように彼らを仕向けるためにも一定の美談は必要だった。
 勿論、美談だけでは不足であるので、インドの惨状を裏切り者の末路として宣伝する用意も進めていた。

「やれやれ、忙しいことだ。偶には暇な日があって欲しいものだ。折角、趣味で園芸も始めようかと思っているのに」

 適わぬ望みとは知りながらも、嶋田はそう呟いた。だがこの時の呟きを彼は終生忘れなかった。
 後に嶋田はその日のことを思い出してこう言った。「あの台詞はフラグでしかなかった」――と。




 西暦1944年11月15日。この日、日本帝国政府は「本日正午に緊急発表を行う」ことを全世界に対して発表した。

「政府からの緊急発表? この時期に?」
「何かあったのか?」
「判らん。だが只ならぬ様子だぞ」

 緊急発表が行われることを聞かされた報道関係者や国民は固唾を呑んで発表を待った。
 アメリカは滅び、中国は瓦解。ソ連は極東方面から軍事力を撤収させつつある。さらに東南アジアは日本の影響下に入った。思い上がった 恩知らずのインドに対しては不満と不信を抱いていたが、政府が緊急発表をするような異常事態はまだ起きていなかった。

「第二次満州事変は中華の自作自演だって噂だが」
「その関連かも知れん」
「だとしたら、さらに連中の悪評が高まるな」

 冗談半分で語る記者達。だが、彼らはその冗談が実は『真実の半分』を言い当てていたことを知ることになる。

「総理、時間です」
「うむ」

 秘書から時間が来たことを知らされた嶋田は会見場に向かった。
 会見場に向かう中で、嶋田はこれから自分が発表する内容が全世界にどのようなインパクトを与えるかを考えて、少し背筋に寒気が走った。

(これによって中国は世界の敵のレッテルを貼られ、福建や華南出身以外の中国系の人間は全世界から排除されるだろう。その際の混乱がどれだけの ものになることやら)

 今から彼らが発表しようとしているのは、ソ連から齎された『第二次満州事変』の真相についてだった。

(主に連中にとって地獄の釜が開くな)

 口の中で小さくそう呟いた後、嶋田はシコルスキとの会談があった日の翌日に開かれた夢幻会の会合のことを思い出した。

「これは本当なのか?」
「いや、あり得る話ではないのか? あの張学良とロングのことだ。あり得ないことはないだろう」
「しかしこれが真実となると大変だな」

 ソ連からリークされた情報の詳細を知った夢幻会は驚愕した。だが同時に鵜呑みにはしなかった。これが大嘘だったら目も当てられないのだ。

「現在の状況でソ連が我々に意図的に偽情報を送るとは考えにくいが……情報の精査は必要だろう」

 近衛の意見に会合の面々は異を唱えなかった。そして精査の結果、この情報が真実だと判ると最初に米中に対する怒りの声が広がった。何しろ この第二次満州事変の所為で、日本は孤立していったのだ。そして衝号作戦をしなければならない立場に追いやられたのだ。

「そこまでして日本を滅ぼしたかったのか、あの連中は!」

 嶋田でさえ怒りの声を挙げた。だが彼らはすぐに冷静さを取り戻した。怒っていては冷静な判断など出来ない。そして冷静になった嶋田は ソ連がこのような情報をわざわざ無料で寄越したことに驚いた。

「それにしても、ソ連からこのような情報が無料でリークされるとは」
「それだけ必死なのでしょう。今やソ連はメキシコに匹敵する世界の敵です。世界中から白い目を向けられている状況で有効なのは……」

 少し間をおいて、辻は言い放った。

「自分を上回るヒールを仕立て上げることでしょう」

 辻はソ連の目的が何なのか……それを察していた。

「ですが、今回はこれに乗ってやりましょう。『連中』に東南アジアをかき乱されたり、福建共和国を乗っ取られたら堪りません」

 北京の尾崎からは華北出身の華僑達が活発に動いていることがすでに報告されていた。そして情報局でも華僑が大陸で隆盛しつつある華南連邦や福建共和国に 浸透を図っていることが確認された。
 確かに上海での蛮行、その後の中華民国政府の行いの数々で中国系の人間への信用と信頼は失墜していた。だが華僑の影響力が完全に消滅した 訳ではない。各地には中華街が存在し、そこを拠点に活動する人間は多い。

「折角、我々が投資した福建共和国を丸ごと乗っ取られ、中華帝国の復活に利用されるのは絶対に阻止しなければなりません」

 辻の意見に反対意見は無かった。

「アメリカ、インドという市場が消滅した状態で、さらに中国まで潰えさせるのは面白くない……そんな声もありますが、こればかりは譲れません」

 大市場が次々と消えるのは面白くない……そんな声は経済界から挙がった。
 だが夢幻会は「安全保障優先」を掲げて、それを押し切った。夢幻会の面々から言えば中国人とは絶対に相容れない存在であり、彼らの隆盛は 日本の存亡を脅かすと信じて疑わなかった。

(前の世界でラルフ・タウンゼント氏の著書を見れば彼らの本性がよく判るだろう。いやこの世界で義和団の乱を見れば、連中がいかに危険か、そして 信頼が置けないか判るだろう)

 それが夢幻会会合メンバーの共通認識だった。
 欧米は侵略の尖兵として宗教を使っていたこともあったが、少なくとも地元住民のために長らく尽くしてくれた高齢のイギリス人女宣教師を 残酷な拷問の末に処刑したり、奴隷同然の境遇から救い、将来のため教育を受けさせてくれたミッション・スクールを放火したりする人間と 好き好んで共存したいと思う人間はそうそういない。
 政府がそういった人間を取り締まるなら、まだマシだっただろう。だが時の中国政府は違った。彼らはむしろそのような動きを後押しした。 史実の中国政府は多くの外国人を「逮捕」(実質は身代金目当ての誘拐)し、中には殺害された人間もいる。
 「愛国運動」の名の下に行われた蛮行であった。だが彼らはそれを反省することなどしない。むしろそれが有効であると判断すれば平然と 何度でも行う。普段は愛嬌を振る舞き、何かあると豹変して激しく攻撃してくるのだ。
 それはこちらの世界でも変わらない。日本が建国を後押しした福建共和国出身の人間であっても、夢幻会の面々はそうそう簡単に信用する つもりはなかった。

「著作権とかオリジナルに敬意を払えない連中を心から信用、信頼するなんて無理だろう。JK」

 それが彼らの本音でもあった。

「たとえ中国人が高級服を着て、高級外車に乗れる時代になっても、連中の性格は変わりません。注意は必要でしょう」

 これに反論する人間はいなかった。むしろ陸軍の長である杉山は深く頷く。

「連中が豹変することは義和団の際の動きを見れば明らかだからな。尤も戦争中の上海での裏切りと虐殺、そして北京政府の卑劣な申し出を考えれば 誰もが判ると思うがね」

 不快そうな顔をする杉山。陸軍の軍令のトップであるが故に、彼は主戦場となった中国の事情に精通していた。故に彼は不快だったのだ。あのような 信頼も信用も置けない人間達が住まう大地が。そしてそんな大地に誘惑される人間も不愉快だった。

「仮に中国に投資を行うとしても、すぐに撤退できるように事前に用意すること、投資する資金は回収できなくても問題ない程度に留めること、 日本企業であることを表に出さないことなどが必須でしょう。それほど用心しないと連中によって寝首をかかれます。本音を言えば物の売り買いだけに 留めて投資などしたくはないのですが」

 倉崎潤一郎は若き経営者であった。それでも大陸に投資する際の注意点は心がけていた。
 彼は父の薫陶を受け継ぎ、優秀な技術者であったが、同時に優秀な経営者でもあり、歴史学者の端くれでもあった。彼は歴史から故事を学び、それを 活用することを心がけていた。
 ちなみに彼は富嶽、またはその関連技術を利用した旅客機、輸送機開発を推進して戦後の市場で更なる躍進を狙っていた。同時に水上機などの価値の 下がった機体について積極的にイギリスや北欧への売却も進めていた。最初は使い勝手が悪い高価な機体をイギリスに売りつけてやれ、との意見もあったが 彼はそれを押さえた。

「料金を払っていただく以上、彼らはお客様だよ。ならば我々は『料金分』の仕事をしなければならない」
「船団護衛、それに北米防疫線の監視には水上機で十分。価値が下がっていく商品なら適正価格で売りつけてやっても十分に利益になる」
「客を満足させれば……次の商機を呼び込むことにも繋がる。勿論、技術漏洩には気をつけろ。将来の商売のためにも」

 彼はそういってイギリスとも取引を行った。当然だが、裏切り者イギリスと平然と商売する姿勢に、不満を持つ者も少なくない。
 だがこの男にとっては『国家の不利益にならない』範囲で商売するなら、自社のシェアを獲得するために何だってするつもりだった。彼自身としても イギリスの裏切りには怒りを覚えたし、技術を漏洩させかねない相手として不信感は持っていた。だからといって商売をしないという選択肢を選ぶつもりもない。 それに日英関係が永遠にこのままとも潤一郎は思っていなかった。いずれ日英関係が改善した時には、どん底であった英国と取引した時のコネクションが 役に立つとさえ考えていた。
 何はともあれ、彼は商機と見るや、貪欲に食いつく男だった。そんな男でも大陸への直接投資は二の足をふむ程にリスクが高すぎるものだった。

「しかしそんな大陸に誘惑される人間もいるからな」

 近衛の言葉に、誰もが苦い顔になる。
 尾崎からの報告を受けて調査した結果、件の政治家と役人はアジア連合構想を練っている人間であることが判った。勿論、アジア連合といっても 彼らが創設を図っているのはアジア諸国が平等な立場を持った組織ではなく日本を頂点とした組織であった。
 中国人を昔の小作農のように扱き使って、大陸を開発し、そこから得られた富と資源を活用して欧州枢軸に対抗する……それが彼らの主張であった。

「アジア連合と言っても、実際には友好の名の下に大陸を搾取する政策というのが笑えるな」
「『侵略者』というのは大抵、耳障りのよい言葉を掲げるそうですよ。ヒトラーだって平和のためと言って、チェコスロバキアを解体したではありませんか」

 この意見に誰もが同意する。

「かの大地が多額の費用と犠牲を支払ってまで侵略するに相応しい地であったなら、否定しないのですが」

 嶋田の意見に苦笑が広がる。中華の大地は資源地帯としては魅力的だったが、そこに住まう人間が大きくその価値を下げていた。

「不良民族を多数抱えた場合、維持費だけでも赤字になりそうですよ。短期的に搾り取るならまだ黒字になりそうですが」
「しかしあの二人はそれなりに海外経験もあるだろうに。何故、アジア連合など?」

 永田の疑問に阿部が肩を竦める仕草をする。

「どうやら海外で、有色人種だからといって謂れの無い差別を受けたのがトラウマのようです。そしてそのトラウマと今回の戦争、そしてドイツの 奴隷制復活が相乗効果を齎したのでしょう」
「ふむ……」
「それに彼らの危機感、欧州枢軸に圧倒されるという危惧も別に不思議ではないでしょう。何しろドイツは幾らでも使い捨てが出来る労働力に物を言わせて 復興を進めるつもりです。今は混乱していますが、欧州全体が立ち直って日本を追い上げれば」
「だからこそ、我々は英国と協力関係を結んでいるのだがね」
「連中から言わせれば『英国など、どうせ危機に陥ればすぐに欧州に寝返る。ならば自力で力を蓄えるべき』なのでしょう」
「故にあっさり連中に篭絡されたわけか」

 彼らは予想以上に問題の根が深いことを理解した。

「大陸への深入りが、逆に日本の国力を疲弊させることを地道に宣伝していくしかないでしょう」

 この嶋田の意見に反対意見はなかった。
 しかし同時に華僑が日本にとって不利益な行動を取りかねないことも今回の一件から確認された、と言うのも彼らの共通認識だった。

「あとは満州事変の真相を公表しましょう。これで大陸封鎖は万全となるでしょう」

 辻の意見に近衛は頷く。
 現在、中国大陸は日本が築き上げた封鎖線によって海への進出を阻まれていた。そして南部には福建共和国と華南連邦が、北には日本領となった東遼寧や ソ連の勢力圏が存在して彼らを包囲している。
 だが列強の動き、或いは日本国内の動向によってはこの封鎖線が破られる可能性が無いとは言えなかったのだ。しかしここで第二次満州事変の真相を 発表すれば、封鎖線が破られる可能性は著しく減ることになる。それは日本の利益に繋がる。

「同時に、この第二次満州事変の真相は福建共和国への手札にもなるだろう。日本を裏切れば、中華と同一視されるとなれば早々、我らに歯向かえまい」

 国家に永遠の友人は存在しない。たとえ今は忠実な同盟国であっても、それが永遠に続くとは限らない。
 故にこの第二次満州事変の真相というカードは同盟国であるはずの福建共和国に対しても、非常に有効であると近衛は判断していた。

「ただ、あまり彼らが敵視されないように手を打つ必要もある。それと福建や華南出身の華僑が被る不利益も最小限にする努力も」
「同盟国と友好国の人間の利益を守る必要がありますからね。それに東南アジアから華僑が完全に排斥されるのも拙い。何しろ彼らは東南アジアの経済や 政治に強く結びついていますから」

 これには誰もが賛同した。華僑を排斥したはいいものの、引き換えに東南アジアが混乱し日本の負担が増したのでは洒落にならない。

「それに福建や華南出身の華僑と華北出身の華僑を争わせるのも良いでしょう。分断して弱体化させるのは定石ですから」
「確かに。それと中華のイメージ悪化で福建共和国に進出している日本企業が損失を被らないようにしなければならない。それと朝鮮の反日派封じ込めにも 使う用意を進めておくのも良いだろう」
「なるほど。反日派を中華の手先とすると?」
「現在の政権は反中華政権であると内外に喧伝し、同時に反日を封じる。今の力関係なら押し潰すことも出来るが、一々構うのは煩わしいと思わないかね?」

 相変わらずどす黒い会話を進める面々。嶋田もその会話に参加しつつ、内心ではため息をつく。

(こうも、どす黒い会話ばかり聞いていたら心が荒むな……帰ったら飼い猫と戯れるか、いやそんな暇もないな。新しい趣味をする時間も当然だが無いな)

 何はともあれ、日本帝国の方針、そして華僑達の運命はその日の内に決することになった。
 そして回想が終ったころ、丁度、嶋田は会場に着いた。そして彼は再度の覚悟を決めた。

(さて中華よ、今回の戦争で色々とやってくれたツケ……そして我々のシナリオを破綻させる遠因を作ってくれたツケを纏めて支払ってもらうぞ)

 こうして運命の発表が行われた。
 そしてそれは、夢幻会の想定どおり世界に混乱と中国への敵意を煽り立てることになる。







 あとがき
提督たちの憂鬱外伝 戦後編5をお送りしました。
本当は、発表の影響も書こうかと思ったのですが長くなるので次回に回すことにしました。
さて中国(+海外に住む華僑)にとって受難の時です。
世界がどんな反応を示すか……少なくとも旧アメリカ系の勢力は大激怒でしょうね(汗)。
どれだけ影響が広がることやら(汗)。
まぁ仮に徹底的に叩かれても華僑はしぶといので、生き残って再起を待ちそうな気もしますが。
それでは提督たちの憂鬱外伝 戦後編6でお会いしましょう。