メキシコ軍とカリフォルニア軍の交戦、アリゾナ共和国での戦闘拡大という事態を受けて夢幻会は臨時会合を開き、どのような
対応を行うかを話し合っていた。尤も話し合うと言っても大勢は強硬路線に傾いていたが……。
「ではメキシコが引かない場合は戦うと?」
近衛の問いに嶋田は頷く。
「はい。我々がここで引き下がるわけにはいきません。あらゆる方法を使ってメキシコを止めます」
嶋田は丸秘と書かれた書類を回して説明を開始する。
「では対メキシコ戦争ですが、海軍としては第2艦隊、第3艦隊によってメキシコ太平洋岸を攻撃する用意を進めています。
まず初期の計画に従ってハバカリフォルニア州の要衝でありメキシコ陸海軍の基地があるエンセナーダを攻撃する予定です」
「エンセナーダか……確か、あそこは」
「はい。ここには商港、漁港として、また客船の寄港地としても重要な港があり、ここを叩かれるのはメキシコにとって大きな損害になります。
更にカリフォルニアに近く、彼らに対するデモンストレーションには丁度良いでしょう」
カリフォルニアは事実上降伏した。しかし嶋田は心底彼らが自分達に従うとは思っていなかった。
「メキシコは当て馬か」
伏見宮の言葉に嶋田は頷く。
「はい。カリフォルニア国民に、我々に逆らえば西海岸の主要都市がどんな目に合うか……それを自覚してもらいます」
「しかし2個艦隊で総がかりというのは」
「占領時代に米軍によって施設が拡張され、さらに旧米軍から接収した艦船も配備されています。先の戦いでホーネットの
空襲を受けましたが、目標はまだ幾らでもあります。空爆の後は艦砲射撃を行い破壊します」
この言葉を聞いて杉山が少し残念そうな顔で冗談を飛ばす。
「その分だと、エンセナーダの高級ワインは飲めなくなりそうだな」
「おや、杉山さんはそちらの酒がお好みで?」
「私の前世の趣味は旅先で、現地の酒を飲むことでね。日本だけでなく世界中で色んな酒を飲んだよ」
「アウトドアな趣味ですね」
「定年退職後は、色々と時間が余っていたからな。まぁ話を戻そう。エンセナーダを叩いても相手が認めなかったらどうするのだ?」
「補給を行った後、シナロア州マサトランの攻撃を通告します。ここはメキシコ最大の商港都市。
ここが叩かれるとなればメキシコ政府も折れざるを得ないでしょう。仮にそれでも折れないのであればここも灰燼に帰すことになるでしょう。
それでも折れないのであれば……」
「核か」
「はい。富嶽と空中給油機の配備は進んでいます。2日以内にハワイからメキシコに向けて発進できるようになります」
「目標は?」
「ハバカリフォルニア州の州都メヒカリ。カリフォルニアと隣接するこの街に犠牲になってもらうことを考えています」
しかしここで杉山が異を唱える。
「だがメキシコ人が頑強に抵抗する可能性もある。最悪の場合に備えて2発目を用意するべきでは?」
「原爆を2発ですか?」
「そうだ。ただの1発では打ち止めと思われるかも知れない。ならば……」
「しかしそうそう目標は……まさか」
「そのまさかだ。メキシコ合衆国首都・メキシコシティ。あの都市を消滅させる」
「メキシコの現政権を抹殺すると?」
「そうだ。核で地方都市を吹き飛ばされても止まらないのなら、それくらいしか方法は無い」
「そして残った者達に、帝国がその気になれば、メキシコの首都だろうがどこだろうが焼き払う力があることを誇示すると?」
「そうだ。現時点でメキシコ決戦などやりたくないからな」
杉山は苦い顔で話を続ける。
「仮に本気でメキシコ決戦をするとなれば……戦争は半年は長引く。勿論、犠牲も増えるだろう。
それにメキシコ本土は狭くは無い。現時点で太平洋の向い側の広大な土地を力ずくで制圧するなど考えたくもない」
この意見に東条などの陸軍関係者が頷く。しかしこれに近衛を含めた文官の一部が反対する。
「今の政権は確かに問題児ですが、交渉相手であることには間違いありません。それに各国の人間も犠牲になる可能性を考慮しないと
いけません」
これを見た嶋田は妥協案を提示する。
「では、富嶽にメキシコシティ上空でデモンストレーション飛行させるというのは? ついでに冬戦争と同じように大量に
宣伝チラシと核攻撃の予告文をばら撒きましょう。原爆の投下時刻もある程度予告してやれば一般人も少しは逃げる余裕はあるでしょう」
「使う前に首都の人間を脅すと?」
「ええ。彼らの空は、もはや我々の空であることを示してやります。それでもダメなら……」
この意見に辻が頷く。
「確かに。いきなりメキシコシティを焼くとなると色々と問題が多いでしょう。貴重な文化財も失われ、色々と恨みを買いかねない。
全ての責任は頑迷に抵抗した政権にある、という形に出来れば言い訳も出来る」
「しかしそれでは……」
「首都を新型爆弾で吹き飛ばされた政権が、いつまで政権を維持できると思います? それに彼らとて一枚岩ではないでしょう」
これを聞いた杉山が情報局の長である田中に顔を向けて尋ねる。
「当てはあるのか?」
「あります」
このやり取りを見ていた嶋田は結論が出たと判断する。
「では海軍は当初の予定通り行動を取ります。一度目の核攻撃はその後で」
「「「異議なし」」」
提督たちの憂鬱 第55話
西暦1943年4月28日、この日、日本海軍第2艦隊、第3艦隊はメキシコ沿岸に到着した。
2個艦隊併せて正規空母7隻、軽空母5隻、戦艦6隻、超甲巡2隻を中核とした一大機動部隊。他の列強海軍など蹴散らせ、小国なら
あっという間に灰燼に帰すことも出来る強力な艦隊は、その威容を隠すことなく存分に周辺に誇示していた。
「やれやれ、アメリカとの戦いが終ったと思ったら今度はメキシコか」
第3艦隊旗艦赤城の艦橋で小沢中将は嘆息した。これを見た草鹿少将は苦笑しつつ宥めた。
「まぁメキシコ軍も、我々が展開すれば少しは頭を冷やすでしょう」
「そうだと有難いな。カリフォルニア艦隊は?」
「間もなく合流する予定です」
「そうか。この前まで、戦っていた相手と肩を並べて戦うというのも奇妙だが……」
「確かに奇妙ですが……ハワイ沖で彼らは様々な面で我が軍に劣っていました。ですが兵士達の敢闘精神は素晴らしいものがあります。
彼らと肩を並べて戦えるというのは心強いことだと思います」
「ふむ。しかし将兵の中には違和感を覚えたり、旧米軍を侮る者もいる。彼らが余計な摩擦を起こさないように気を配る必要があるな。
下手に亀裂が入れば……戦後に差し支える。彼らは『同盟国軍』だからな」
赤城の艦橋でそんなやり取りがされた後、カリフォルニア海軍太平洋艦隊はこの日本帝国海軍の大艦隊と合流した。
彼らは空母ホーネットを旗艦とした小艦隊であったが、カリフォルニア海軍は栄光あるアメリカ海軍の流れを引き継ぐ者として胸を張って
日本海軍を迎えた。
尤も堂々とした態度であっても、彼らは日本海軍の大艦隊の姿を見て色々と思うところはあったが……
「……これがジャップの、いや日本海軍の主力艦隊か」
ホーネットの艦橋から見える日本海軍の大艦隊に、わざわざサンディエゴから出向いてきたハルゼーは瞠目していた。
「特に、連中の新型空母『タイホウ』は信じられない巨艦だな。あれだけの巨大空母を建造していたとは……」
「それに彼らは新型機『レップウカイ』を配備しているとのことです」
ミッチャーの言葉にハルゼーは苦笑する。
「もう笑うしかないな。ここまで差があると……」
カリフォルニア海軍の主力は未だにF4F。陸軍航空隊は何とかP−77などの新型機を配備しているが、それとて烈風に対抗するための
ものだった。ここで烈風を超える機体が出てこられたら目も当てられない。
(仮に、我々の手にF6Fがあっても……勝てないかも知れん)
これまでに集められたデータから烈風がF6Fを超えるものであることが判っている。それを超える物が出てこられたら数で押し潰すしか
道は無い。しかし津波以降、その数を揃えることが米海軍には出来なかった。
「……仮に連邦政府が健在で、本土決戦を敢行したとしても勝てなかったかもしれないな」
ハルゼーは誰にも聞こえないように小声で呟いた。
猛将として名高いハルゼーとしては気弱な発言であったが、ハワイ沖で歴史に残るほどの大敗を喫してはそう思わずには居られない。
さらに日本軍が街を一発で吹き飛ばす新型爆弾を配備したとの情報があったことも、そんな考えを後押ししていた。
「戦前の見積もりは全くの出鱈目だったな。これだけ手強いと判っていれば……」
「ですが、『今』は我々の味方です。彼らと共にメキシコの暴挙を止めることに専念するべきです」
「そうだな。『今』、彼らが味方ということだけは……神に感謝しよう」
『神』と言う言葉に何人かが苦笑する。
神に祝福されたはずの人造国家『アメリカ合衆国』の無惨な最期を見ると、本当に神が居るのかという疑問を抱く人間がいるのは
当然だった。
「メキシコが片付けば小沢提督と面談も出来る。ハワイ沖で我々を下した提督と、どのような話ができるか楽しみだ」
日本海軍とカリフォルニア海軍が合流したという情報を受けたカリフォルニア政府は自国の勝利を確信した。
「勝ちましたな」
ハーストは政府庁舎で、史上最強とも言うべき日本海軍空母機動部隊がメキシコ近海に展開したという情報を聞いてニヤリと笑う。
「メキシコは虎の尾を踏んだ。馬鹿な連中です。もしも彼らが冷静に動いていたなら、我々を牽制する程度の役割は与えられたものを」
メキシコがもしも動かず、日本や欧州と協調外交を執っていたなら、メキシコは将来的にカリフォルニアにとって無視し得ない脅威になって
いた可能性があった。逆に言えば彼らは自らその可能性、北米の雄としてのし上れる道を捨てたのだ。そしてライバルの失敗はカリフォルニア共和国に
とっては大きな利益であった。
「軍内部には一気にメキシコに進撃すべしという声もあるが……」
「それは無理でしょう。確かに我々は奴らが西部方面軍と名づけた部隊を撃退しましたが、消耗は少なくありません。下手に消耗するよりは
西海岸を纏めて旧米国領内におけるナンバーワンの地位を得るほうを優先するべきでしょう」
イエローペーパーを経営していた人間にしては冷静な判断に、何人かは驚く。しかしそんなことを意に介さずハーストは続ける。
「それに、我々は今は主役ではなく脇役。主役は日本海軍です。主役の邪魔をすると観客兼スポンサーから不評を買いかねません」
「……確かに日本軍は強い。だが、我々の国軍もそう劣るものではない」
「日本に対して少しは強く出ても問題ないのでは?」
先のメキシコ軍との戦いでの圧勝から、一部の人間は自信をつけていた。尤もハーストからすれば、そんな自信など役にも立たないどころか
害悪でしかなかったが……。
(日本の支援が無ければ、メキシコと殴りあった挙句に共倒れになりかねなかったというのに……)
一時的に日本軍を押し戻せても、カリフォルニア軍はその後が続かない。経済は混乱中だし、日本がその気になれば西海岸一帯のシーレーンを
ズタズタに出来る。そうなれば兵器生産に必要な資源など入ってこない。また仮に資源があってもその兵器を従来のように生産し運用できるかも怪しかった。
何しろ連邦崩壊が早すぎたせいで工場の移転は完全に終らなかった。生産施設の問題に加え、技能者も十分な数が居るとは言えないのだ。
この状態で無理に軍需ばかりに力を入れれば民生に大きなしわ寄せがいく。その果てにあるのは破綻だった。
日本の庇護に縋らなければ、この国が行き詰る可能性が高い。それは元々、白人至上主義者であるハーストからすれば認めがたいことだったが
彼は自分の主義主張より、自分が持つ財産のほうが重要だった。
「仮に多少強く出るとしても、経済の再建が終った後にしたほうが良いでしょう。今、彼らを怒らせればメキシコの二の舞です」
ここで前駐日大使であり、カリフォルニア共和国外務大臣のジョセフ・グルーがハーストを援護する。
「我々の立場を主張するのは確かに必要でしょう。ですが度を越せば日本は我々を敵視する可能性があります。悲しいことですが我々はかつての
アメリカのような強者ではないのです」
自分達が弱者である……それは世界最強国家であったアメリカの国民だった彼らにとっては認めたくない事実だった。しかし認めなければ前に進めない
というのも事実だった。
(神よ、我々が何をしたというのです……)
高官の一人は口の中でそう呟いて、神を呪った。
だがこのとき、後に彼らをさらに打ちのめすことになる巨大な爆撃機が日本軍の支配下にあったハワイの上空に姿を現していた。この巨人機を
外国人として初めて目撃したハワイの住民達は目を見張った。
「な、何だ、あれは……」
「ジャップがあんな巨大な飛行機を作っていたというのか。信じられん」
自分達が見慣れたB−17などの米軍の重爆撃機よりも遥かに大きな巨人機は、ハワイの住民に大きな衝撃を与えていた。
元々、日本の重爆に米軍が手も足もでなかったことを知っているだけに、日本の爆撃機が信じられないほど高性能である
ことは悟っていたが、それでも尚、これほどの機体を見ては驚かざるを得なかった。
だが富嶽に一番驚かされたのは……他ならぬ旧米軍関係者だった。
「あれが、日本軍の新型爆撃機か……」
専用飛行場に降り立つ巨人機、転生者ならば「Tu95?」と呟きそうな機体を見て、彼らは嘆息した。
6発のエンジンと後退翼を持つ巨人機。それは米軍でさえ実現できなかった品物だった。超空の要塞『B−29』は計画されていたが、大西洋
大津波とその後の連邦崩壊で計画は頓挫。この世に出ることなく消えていた。
「勝てないわけだ……」
誰もが項垂れた。
開戦以降、彼らは、アメリカ軍は負け続けた。いくら必死に戦っても一矢報いることも出来ず、敗退を続けた。
起死回生を図って、万全の用意をして挑んだハワイ沖海戦では、アメリカ太平洋艦隊は第二のバルチック艦隊となって
ハワイ沖に消え、ハワイは日本軍の猛爆にさらされた。
誰もが思っていた。津波さえ無ければ日本軍に負けはしないと。しかしそれが単なる思い込みに過ぎなかったのではないかと
彼らは思うようになっていた。
「我々は負けたのだな……あらゆる面で」
富嶽が降り立った飛行場は、日本陸軍の第二〇四設営隊が短期間で作り上げたものだった。彼らの能力は米軍の工兵と
比較しても負けず劣らず、いや一部では凌駕するものだった。
「……これからどうなるのでしょうか?」
新兵だった若者の問いに、中年の男性が吐き捨てるように答える。
「ジャップを主人と仰いで生きていくしかないだろうよ。俺達は負けたんだ」
「「「………」」」
沈痛な空気が場を包んだ。だが一人の男が凛とした表情で自身の決意を述べる。
「西海岸は何とか独立は維持できる。日本人の下で生きるのが嫌な人間はそこにいけば良い。俺はここに残る」
「ここに?」
「そうだ。日本人が優れた技術をもっていることはわかった。だから、今度はそれを余さず学び取ってやるんだ。
忘れたのか? 日本人に近代文明を伝えたのは我々の先祖だぞ。我々から学んだことを彼らは発展させて我々に打ち勝った。
同じことが我々に、白人に出来ないと誰が決めた?」
「……」
「現実を受け入れられないなら、どこまでも逃げれば良い。だが俺は逃げないぞ。絶対、日本人に追いつき、追い越してやる。
認めよう。俺達は弱者だ。だから負けた。だが俺達は弱者であっても、臆病者でも無能でもない!」
アメリカ人らしく男は不屈だった。
「いつか追い越してやる」
男はそう言って富嶽をにらみつける。日本の技術の結晶にして軍事力の象徴のような機体こそ、彼が目指し、追い越す目標だった。
だが彼は知らない。活用次第では人類の発展に貢献できる技術の結晶が、人類を破滅に追いやりかねない危険なモノを
扱うためだけに生み出されたことを。
こうしてメキシコのこれ以上の暴挙を押さえるための役者は揃った。
海には現時点で世界最強の空母機動部隊、ハワイには原爆を運用できる超重爆撃機。大日本帝国政府はこの2つのカードをもって
メキシコ政府に最後勧告を出すことになる。
「大日本帝国政府は北米地域におけるこれ以上の混乱を避けるため、メキシコ政府に対して無条件での即時停戦と旧アメリカ合衆国領内からの
早期撤退を求める。これが受け入れられない場合、遺憾であるが、帝国政府は断固たる措置を取る」
断固たる措置というのが、太平洋に展開する大艦隊とハワイの超重爆による攻撃であることは明白だった。
この武力を背景にした最後通告とも言うべきもの、後に『嶋田ノート』と呼ばれるものがメキシコ政府に突きつけられた。
尤も突きつけた当人は苦い顔だったが……。
「やれやれ、我々がこんな強面外交をする破目になるとは……こういうのはアメリカの専売特許だろうに」
首相官邸で嶋田はそう言ってため息を漏らした。
「独裁者の面目躍如じゃないですか。何しろ今や嶋田さんはヒトラーやムッソリーニに並ぶ存在ですよ?」
「辻さん、面白がらないでください。独裁者なんて私の柄じゃないことくらい判っているでしょう」
「ははは。判っていますよ。ですが『それ』が嶋田さんに求められているのです。諦めてください」
「全くもって給料に見合わない仕事ですよ。尤も今更全てを投げ出すつもりはありませんがね」
そう言って嶋田は再びため息をつく。
「まぁボールはメキシコ人の手に渡しました。あとは彼ら次第でしょう……彼らが引いてくれれば良いのですが」
「私も、そうなることを願います」
日本からの最後通告を受けたメキシコ政府は喧々諤々となった。
彼らの切り札である西部方面軍はカリフォルニア共和国軍に敗北したが、東部方面軍は順調に進撃を続けていたのだ。この戦況から
今回の出兵を主張した者たちは日本の最後通告に猛反発する。
「我々はカリフォルニア軍には負けた。しかしアリゾナでは勝っているのだ! 無条件で手を引けるか!!」
強硬派はそう言って頑として首を縦に振らない。
戦争を主導した以上、何かしらの見返りがなければならないのだ。
「兵を引くにしても、何かしらの見返りが無ければ話にならん!」
アメリカの傀儡政権を倒す際に功績を立てた民兵出身のダビット少将は強硬にそう主張した。
(そもそも、日本は我々に近い立場ではないか。何故、我々の行動を理解しようとしないのだ?!)
ダビットは憤懣やるかたなしといった心情だった。
彼からすれば日本は、アメリカによって様々な嫌がらせを受けた挙句、戦争に追い込まれた国だった。そんな国が自分達の行動や
感情を理解せずにカリフォルニアの肩を持つ行動をするのは腹立たしい限りだった。
勿論、彼もアメリカ風邪の封じ込めは必要であると理解している。だがこのまま何もしなければ国がもたない以上は、何かしらの
利益を得る必要があった。
(カリフォルニアから十分な利益が得られれば、兵を引いても構わない)
彼らは国内を納得させ、かつ自分達の面子が保たれる形であれば撤退しても構わないと考えていた。しかし逆に言えばそれが達成
できないのであれば、兵を引くつもりはなかった。
「西部方面軍を一時撤退させ、本土の予備と合流。後にカリフォルニア国境に配備して逆襲と日本軍の侵攻に備えることを提案する」
「馬鹿な、日本とも戦う気か?!」
「それだけの気概が無ければ交渉にならん!」
一方の穏健派は太平洋岸に展開する機動部隊の存在、さらにハワイに超重爆が配備されたとの情報から、引き際であると判断していた。
「しかしこのままズルズルと戦えば太平洋岸は火の海だ。さらに大西洋からは欧州艦隊が来る。世界を敵にすれば、この国が滅ぶぞ!」
日本の行動に倣うように、大西洋の欧州連合軍も動いていた。
実際、イギリス海軍を主力とした欧州連合艦隊がメキシコの大西洋岸に向かっていた。日本艦隊に比べれば小規模であるが、それとて
メキシコ海軍など蹴散らせるほどの能力を持っている。
「何としても引くべきだ!」
「ここで引いて、次があるのか?! カリフォルニアは今後、日本から支援を受けて西海岸を纏めるだろう。彼我の格差は開く一方だ。
そうなれば、我々は再び侵略されかねない。いや、侵略されなくとも隷属の道しかない!」
「しかし国は残る! そうすればまだ機会が」
「国民が納得するか? 経済の混乱でただでさえ不満が溜まっているんだ。
何も得ることなく撤退すれば、国内の不満が爆発して第二の革命が起こるぞ。そうなれば……」
ダビットが何を言おうとしているのかを、そこにいた誰もが理解した。
(((我々は軒並み失脚。そして第二の戦争か……)))
保身を重視する者は、自分達が権力を失うのを恐れ、祖国を憂う者たちは勝ち目の無い戦争をした挙句、祖国が滅びる未来に恐怖した。
「それに我々の同胞が迫害されているのは事実だ! 彼らを見捨てることは出来ん!!」
アメリカ合衆国崩壊後、旧アメリカ合衆国領内ではメキシコ人は手酷い迫害を受けていた。勿論、数少ない日系人や在米邦人も
似たようなものだった。
ただし西海岸ではカリフォルニアの独立によって日系人や日本人の待遇は表向きは改善されつつあった。同盟国、いや自分達の後ろ盾と
なってくれる国の人間を粗末には扱えなかったのだ。
「撤退と引き換えにメキシコ人が迫害で被った被害を補償すること、メキシコ人の安全を保証することを条件にするというのは?」
「あと旧アメリカ資本の接収の黙認も必要かと」
「ふむ……それで彼らが納得するか? 彼らは無条件で兵を引けと言ってきている」
「ある程度の筋は通ります」
「ふむ……」
こうしてメキシコ側の回答は決まった。
この回答を受け取った日本政府、いや夢幻会はメキシコに対していかなる対応をとるか協議に入った。尤も大多数の人間はメキシコの
回答に対して頭を抱えていたが……。
「我々の忠告を無視して北上し、旧アメリカの混乱に拍車を掛けた上、撤退するにも金を寄越せと……」
会合の席で嶋田はため息をついた。
「盗人猛々しいというか、何と言うか」
「もしくは舐めているというしかないでしょう。この条件は北進する前なら認めても構わなかったかも知れませんが、現状で認められる
ものではありません」
辻の言葉に多くの人間が頷いた。
メキシコの行動によって北米地域の混乱はさらに拡大している。その事態を齎した本人が「兵を引いてやるから金寄越せ」というのだ。
「寝言は寝てから言え……これが当てはまりますな」
「もしくは『それはひょっとしてギャグで言っているのか?』でしょう」
近衛と東条が辛辣な感想を述べる。ちなみに東条の感想を聞いた瞬間、出席者の脳裏に2人の某高校生のAAが頭に浮かんだのは言うまでも無い。
会合の出席者達が否定的な意見しか出さないことを見て、伏見宮は口を開く。
「……メキシコの回答は拒否。かの国には断固たる措置を取る」
この問いかけに誰も反対しなかった。こうして会合の方針は決した。
そして別の議題に入ろうとした瞬間、情報局の局員が突然室内に入ってくる。
「田中局長、加墨国境で紛争が起こりました」
「……詳細は?」
「不明です。ただカリフォルニア軍は後退。メキシコ軍の一部がカリフォルニア国境を越えたとのことです」
これを聞いて杉山は呆れる。
「馬鹿な、メキシコ軍は何を考えている?」
「日墨交渉の最中に北進とは……我々を馬鹿にするにも程がある」
普段は穏便な東条でさえ腹に据えかねると言わんばかりの顔になる。
「しかしこれでは」
「いや外務省を通じて向こうの真意を確認するべきだ。それからでも」
「向こうはこの交渉中にこの暴挙に及んだんだぞ! 我々が断固たる態度を取らなければカリフォルニア政府にどう思われるか」
だが凶報はそれで終らない。先ほどの局員が慌てて戻ってきて、再び北米での異変を告げた。
「旧ニューメキシコ州から大量の難民がアリゾナに流入。また治安が悪化しているアリゾナ内で難民が反乱を起こしたようです」
「……」
「ユタやテキサス周辺でも不穏な動きがあるとの報告があります」
事態は加速度的に悪化しつつあることは明白だった。
場が騒然となる中、嶋田、辻、近衛、伏見宮は視線を交差させる。
「もはや一刻の猶予もない、か」
「一部の暴走か、それとも現政権によるものかは判りませんが……やってくれたものです」
「あの問題児の暴走をこれ以上許せば、帝国の力量が疑われることになる」
「……」
伏見宮は少しの間、口を紡ぎ、腕を組んで黙り込んだ。だがすぐに目を開くと重々しい口調で告げた。
「熱狂している彼らは脅すだけでは止まらないようだ。彼我の実力差が判らないなら……その身をもって知ってもらうしかないな。
北米で蠢動する勢力への見せしめにもなる」
「それでも高い教育費になりそうです。我々にとっても、彼らにとっても」
辻が肩をすくめる仕草をする。これを見て、この2人が何を考えているかを会合の面々は悟る。
「警告なしには……」
「残念ながらもう遅いのです」
嶋田は反対意見を遮る。
「通常兵力だけでなく核戦力による抑止が必要になるでしょう。そのためには実戦で核を使うしかありません」
「「「………」」」
「メヒカリに落します」
反対意見はなかった。かくして決断は下された。
あとがき
お久しぶりです。提督たちの憂鬱第55話をお送りしました。
今度こそ、と思ったのですが日本軍の出番は56話に持ち越しになりました。何故話が地味になるのだろうか……
メキシコはとりあえず痛い目に合うと思います。米軍が惨敗した理由を身をもって理解してくれることでしょう。
拙作ですが最後まで読んでくださりありがとうございました。
提督たちの憂鬱第56話でお会いしましょう。
それと富嶽のコンペですが、辺境人さんの案を採用させていただきました。
ただし登場時期の関係上、三式とさせていただきました。ご了承ください。
三式戦略爆撃機<富嶽>
全長:49m 全高:17m 全幅:65.5m
最高速度:819km 航続距離:12000km(空荷で長距離用増槽を装備した場合は1万8千km)
実用上昇限度:1万2千m
自重:100200kg 乗員数:8名
エンジン:<極>ターボプロップエンジン12800hp×6
武装:20mm連装機関砲×1(尾部)、爆弾15トン搭載可能