真珠湾作戦の代わりに行われたジョンストン、パルミラ攻略作戦は、日本艦隊が上陸作戦の露払いのために

砲撃を開始した直後、守備隊が降伏を宣言することであっさり終った。

 祖国の崩壊によって将校の士気も、兵站も崩壊していたのだ。彼らにはもはや戦う気概も能力も残されて

いなかったのだ。


「呆気ないな」


 軍令部の総長室で報告を受け取った嶋田は驚くと同時に安心した。もはや旧米軍に戦う力がないことがこれで

明らかになったのだ。ハワイ侵攻作戦もスムーズに進むかもしれないと思うと、彼の気も軽くなる。


「仮想戦記におけるクライマックスであるハワイ攻略戦。まさかこれが消化試合のようになるとは、誰も

 思わないでしょう」


 福留の言葉に嶋田は頷きそうになる。


「い、いや。まだ米軍の中には動ける艦がある。実際、潜水艦の活動は確認されている。警戒を怠って史実の

 大鳳や信濃の二の舞は御免だぞ」

「判っています。崩壊寸前の米軍によって虎の子の空母を沈められたとなれば、何を言われるか判りません。それに

 対米戦後のことを考えれば、損害はあまり出せません」


 海軍ではすでに対米戦争が終った後のことに頭を悩ませていた。何しろ太平洋のほぼ全域が支配圏に入るのだ。

これまでの勢力圏だけでも維持には十分苦労していたのに、それが倍増するのだ。どこから艦や人をひねり出すかで

関係部署は頭を抱えていた。

 そんな中、虎の子の正規空母が、特に大鳳が撃沈、撃破されるようなことが起こったら責任者の首が飛ぶことは確実

であった。


「まぁ取りあえず、パルミラとジョンストンに航空隊を向かわせる」

「第一陣として台湾の第12航空艦隊から第8航空隊(戦闘機)、第15航空隊(重爆)を向かわせるのが適当かと」

「ふむ、良いだろう。細かい調整は任せる。これで真珠湾は完全に日干しにできるな。まぁ今でも十分日干しになっているが」


 ミッドウェーから連日行われる爆撃、潜水艦による海上封鎖によって、真珠湾の軍事拠点としての機能は失われていた。

 さらにアメリカ海軍はすでに西海岸に撤退。取り残された将兵の中では、祖国崩壊と物資不足によって厭戦ムードさえ

広がりつつあった。


「……いっそ、降伏を促す文書でもばら撒くか。降伏すれば本国に送還してやるとでも書いて」

「敵の士気を落すことはできるでしょう。やる価値はあるかと」

「よし、それじゃあやってみよう。何、うまくいったら儲けもの、上手くいかなくても米軍内の将兵に不和の種を撒く事

 はできるだろうし」


 このあと、日本軍は謀略放送で連合艦隊が着々と強化されていること、ハワイ沖で使った戦闘機よりも遥かに強力な

戦闘機を配備していることなどを高々と宣伝した。さらに真珠湾には米本土の惨状について書かれたビラが次々にばら撒かれる。

 日本情報部や英国から提供された情報を基にして作られたビラは、確実に米兵の士気を奪っていった。


「敵の謀略だ!」


 ハワイ防衛軍司令部は、ビラを回収するように厳命したが、本土がすでに内戦状態であることや補給が途絶していることから

このビラが真実であると誰もが思った。

 加えて緘口令が敷かれているが、ハワイ沖で太平洋艦隊が史上稀に見る大敗北を喫し、パイ提督がロジェストヴェンスキー二世

になったことも知られていた。そして太平洋艦隊を悉く葬り去った日本海軍が大挙して攻め込んでくるかも知れないとの情報は

軍人、民間人とわず恐怖のどん底に叩き落した。

 加えてアメリカ経済の崩壊によってハワイ経済も壊滅的打撃を受けていた。あらゆる物が不足し、民間人の多くは苦しい生活を

余儀なくされている。このことがさらに民間人の抗戦意欲を減衰させた。町のあちこちでは降伏論が囁かれる。


「降伏しよう。勝ち目は無い」

「太平洋艦隊は全滅。政府は崩壊。これじゃあ戦っても意味が無い」

「でも日本軍が来たら、財産を奪われる可能性が無いか?……それに日系人がこれまでの恨みを返そうとするのでは」

「日本はこれまで条約や同盟を守ってきた国だ。金には汚いが法は守るだろう。中国よりはマシだ」

「それにこのままだと貧困層の暴動が起こる。そうなれば暴動で命諸共、財産を奪われる。それならまだ降伏したほうがいい」


 一部の財産を持つ人間からすれば暴徒よりも条約、同盟を律儀に履行して、極東の憲兵を忠実にこなしてきた日本のほうが

信用できた。そしてそれは軍人も同じだった。軍人が集まる酒場でさえ、降伏論が毎回話題に上る。


「もう降伏しよう」

「そうだ。フィリピンだって、日本に屈したんだ。これ以上戦っても意味が無い」

「だいたい、今の兵器じゃ日本軍に勝てない。旧式兵器のまま戦っても犬死だ。それにその旧式兵器だって満足に動かなく

 なっている」


 日本軍の強さを思い知り、祖国が崩壊したことを知った男達はこれ以上の抗戦を無意味として降伏を主張する。


「だがここを日本軍が占領すれば、次はカリフォルニアだぞ」

「そうだ。神聖な北米大陸をジャップの、黄色い猿の軍靴に踏みにじらせるつもりか?」

「ハワイ住民はどうするつもりだ? ジャップの手に差し出すのか?!」


 ハワイや西部出身者が反論するが、降伏論者達は冷淡だった。



「俺は無駄死には御免だ。意味のある死なら兎に角、今戦っても無意味に死ぬだけだ」

「だからどうした。俺はミズーリ出身だ。カリフォルニアが火の海になったところで知るか」


 これに他の内陸出身の州出身者が頷く。これを見たカリフォルニアや西部出身者は激昂する。


「何だと?!」


 これを見た他の兵士達が慌てて仲裁する。


「落ち着け。日本はこれまでの行動を見る限り、国際間での取り決めには忠実だ」

「それに中国では民間人に被害が出ないように、注意を払っているらしい。ハワイだって基地は叩かれても市街地へは

 流れ弾以外に被害は無い。西部が火の海になることはないだろう」

「上海で捕虜になっている弟からの手紙だと、捕虜の扱いも丁寧らしい。無法な真似はそうそうしないだろう」


 だが白人至上主義者は、尚も不満そうな顔をする。


「……神に選ばれた白人が、黄色い猿に跪くのか?」


 そんな言葉に、比較的冷静な人間が突っ込みを入れる。


「ふん。神が居るようなら、東部が壊滅するなんてことはないさ」


 少なくない人間が頷いた。何千万人もの同胞の命を一瞬で奪われ、国さえ消滅した。これだけの被害が出れば神など

信じられなくなるのも同然だった。そしてそれは旧合衆国艦隊司令長官であったハルゼーも同様だった。


「これが栄えある合衆国海軍の成れの果てとはな……神は我々を見放したか」


 ハルゼーは自嘲した。カリフォルニアに集結したアメリカ海軍であったが、祖国である合衆国が崩壊したことで

政府組織である軍も崩壊した。ハルゼーは建て直しに奔走したが、辛うじて動けるのは極僅かの艦。

 戦艦ワシントンを筆頭に多くの艦は操るべき乗組員が足りないか、物資が不足しているかで港に繋がれたままの状態で

朽ち果てるのを待つだけだった。

 体当たりを前提とした特別攻撃も、祖国の崩壊による士気の低下で、実施が困難になっていた。もはや失うものが無い

東部出身者はやる気であったが……彼らだけでは大した戦果は期待できない。

 一方で日本海軍は着々と戦力を増強しつつある。戦前の調査から建艦計画が変化していないとしても、超大型空母や軽空母

が着々と就航している筈だった。これに巡洋戦艦2隻、多数の巡洋艦、駆逐艦、潜水艦が加わる。勝ち目は無かった。


「詰んだな……」


 合衆国の終焉、そして自分が人生を捧げてきた合衆国海軍の終焉をハルゼーは感じた。









          提督たちの憂鬱  第49話








 アメリカ合衆国の事実上の崩壊、ジョンストン、パルミラの呆気ない陥落。そしてハワイ包囲網の完成によってハワイの

早期陥落、そして日本による太平洋の支配が確実になったと誰もが考えるようになった。それは諸外国だけではなく、日本

国民も同様だった。国民の多くは太平洋戦争の勝利が目前と考え(事実その通りだが)、戦勝気分に浸った。

 政府は冷静さを呼びかけているが、国民の浮ついた気分を完全に抑制することはできなかった。マスコミもそれに乗せられ

威勢のいい記事を載せ始める。


『帝国、太平洋の覇者へ!』

『超大国日本』

『世界新秩序の構築を!』


 敗者であるアメリカの勢力圏を引き継ぎ(と言うか奪い取り)、日本帝国が太平洋の全域を支配するという威勢のいい

意見が活発に出始めたのだ。

 いやそういった意見はまだマシだった。明治維新以降の日本の躍進振りを過信して、世界中の植民地を日本人の手によって

解放し、その後に日本を頂点とした体制を構築するという馬鹿げた妄想まで主張する人間まで現れる。


「日本軍は世界最強であり、英独伊が束になって掛かってきても勝てる!」


 日本軍の圧倒的強さ、そして大西洋大津波による欧州諸国の被害が明らかになるにつれて、一部の人間が今こそ絶好の

好機と考えるのも無理は無かった。だがそれに乗せられるほど日本政府は、いや夢幻会会合メンバーはお調子者ではなかった。


「……連中の脳みその中にある日本ってどんな国なんだろうな? 某ゲームに出てくるような超大国か?」


 某料亭で開かれた会合の席で嶋田はため息を漏らしつつ眉間を指で揉んだ。


「日本が覇権国になる? アホか。どれだけの負担が必要になると思っているんだ。唯でさえ拡大する勢力圏の消化に

 四苦八苦するのが確実なのに、まだ手を広げるなんて自殺行為だということが判らないのか。美味しい料理でも食べ過ぎれば

 腹を壊す。子供さえわかることが何故判らない?」


 議会で論戦をはり、総理として、海軍大臣として、軍令部総長としての日常の業務もこなし、夢幻会の会合では国家戦略の

立案と重要事案の協議、組織間の調整をするという殺人的な仕事量をこなしている嶋田は、お気楽な意見を言う連中を本気で

呪った。もし、この場に藁人形があったら、ストレス解消も兼ねて五寸釘を全力で打ち込むだろう。


「しかしアメリカが津波で壊滅したということで防災意識を高めたり、日本も人事ではないということである程度は浮ついた

 気分は止められるのでは?」


 杉山の言葉に嶋田は首を振る。


「完全に押さえ込むのは無理です。何しろ開戦以降、日本軍は完全勝利の連続でしたから……それに欧州戦でも枢軸軍相手に

 奮戦し、さらに仏西連合艦隊には完勝しました。アメリカが死に掛けていたから日本軍は圧倒的な勝利を得られたという

 のは中々難しいです。あまり言い過ぎれば身内の功績を否定することになりますし」


 これに近衛が頷く。政界を纏める彼も苦労しているのか、若干の疲労の色が見られる。


「……ははは。お疲れ様です」


 向い側に座る辻が珍しく同情的な視線を嶋田と近衛に向ける。


「……同情するなら、睡眠時間と安息をくれ。いや本当に。栄養ドリンク漬けの生活はもう嫌だぞ」

「ははは。それは無理ですよ。何しろ戦後処理の問題は山積み。私たちだって激務に追われているんですよ。労働基本法って

 美味しいの?ってレベルで仕事をしているんです。嶋田さんだけが逃げるなんて許されませんよ」

「……山本大将を、海軍大臣に任じたいと思っているんだが」


 この言葉に会合メンバーは少し驚いたような顔をする。


「夢幻会以外の人間を、海軍大臣の要職に当てると?」


 杉山の問いに嶋田は頷いた。


「夢幻会の人間だけで要職を独占し続ければ、不満が溜まりますよ。それに戦後のデリケートな問題を考えると私が兼務し

 続けるのも難しい。となれば、夢幻会に露骨な敵意を持たず、こちらと協調でき、かつ優秀な人間を当てるしかありません」


 嶋田の大粛清によって、夢幻会派が完全に主導権を握っていたものの、非夢幻会派や反夢幻会派とも言える人物を完全に

排除できた訳ではない。それにこの大粛清が行われたのは、対米戦争をスムーズに遂行するためであった。対米戦争が実質的に

終了しつつある状況で、これ以上の要職独占は海軍という組織の団結を考えた場合、避けたほうが良いと嶋田は考えていた。

 そんな嶋田の考えを理解した伏見宮は頷いた。


「確かに。彼は軍政家としては優秀だからな。尤も今では、君のほうが軍政家としての名は高いようだが」


 意地悪な視線を向ける伏見宮。これに内心で憮然としつつ、ポーカーフェースを保ったまま、嶋田は答える。


「私の体は一つしかありません」

「山本を夢幻会に入れることは出来ないのか?」

「出来ないことはないかも知れませんが、それをやると結局は夢幻会派による要職独占になります」

「ふむ。だが、山本大将にこれまでのような調整ができるのかね? それに曲がりなりにも海軍省を任せるとなれば

 部外者である彼を夢幻会の会合の席に招く必要があるぞ」


 「衝号作戦の秘密が漏れる可能性はないのか?」と言う危惧を伏見宮が抱いていることを見抜いた嶋田はすぐにそれを

否定する。


「国家最高機密を漏らすほど、彼は愚かではないでしょう。それにそれを使って無意味に政治的闘争を挑めばどうなるかは

 判っているはずです。判っていなければ……私が『責任』をもって対処します」

「ふむ……良いだろう。ただし海軍次官以下は夢幻会派で固めて置くように。必要以上に夢幻会派以外を要職につければ派閥の

 求心力が低下する」

「その辺りのサジ加減はお任せください」


 そう言う嶋田を見て、数名の出席者が「本当に前世は技術者だったのか?」と内心で疑問を抱くが、それを口にする人間は

いなかった。何しろ「お前の前世は本当は何だったんだ?」と疑問を抱かせる人間が夢幻会には大勢いるからだ。一々聞いて

いたらキリが無い。

 何はともあれ、山本五十六を海軍大臣に就任させるという提案は会合によって承認された。これを見て嶋田は安堵すると同時に

ふと呟いた。


「それにしても戦後に向けた体制作りか……」

「どうしました?」


 この呟きが聞こえたのか、右隣に座っている東条が尋ねた。


「いえ、アメリカ相手にほぼ完全勝利した上で、戦後体制に頭を痛めるという状況がどうも……」

「あ〜判ります。確かに、『あの』アメリカ相手の戦争でしたからね……」


 仮想戦記における大ボス。史実の枢軸国どころか、他の連合国が束になっても勝てないであろう超大国。それがアメリカだ。

まともに戦いを挑めば、勝算など清水寺から飛び降りた時に生き残る確率よりも低いことは確実だ。史実を詳しく知る人間ほど

悲観的になるのは当然だった。

 故に軍を預かる嶋田たちは、相変わらず頭痛の種が多い状況に内心で悲鳴を挙げつつも、自分達が生き残れたことに安堵した。


(A級戦犯で縛り首という事態は避けられたな)


 ほっとする嶋田達。だがそんな軍人たちを見て、辻がわざとらしい咳をする。


「さっさと議題を進めましょう。無駄に出来る時間はそう多くは無いんですから」


 この一言で我に帰った出席者達は、会議を進めた。


「取りあえず浮ついた国民を抑えるために防災意識を高め、日本もいつアメリカと同じ目にあうか判らないと思わせる

 方法でいきましょう。不幸中の幸い(?)ですが、ここ数年は天災が相次ぐ予定ですし」


 辻の意見に誰もが頷いた。自分達の政治力で何とかできない以上は自然に頼るしかない。

 尤も一部の出席者は「まるで史実日本のようだ」と自嘲した。対米戦争で神風に頼ったように、今度は自分達が国民に冷や水を

浴びせるために天災に期待するのだ。何とも皮肉であった。


「しかし国民の犠牲は最低限に留める必要があるのでは?」


 嶋田の意見に辻はすかさず頷いた。


「勿論です。復興予算については色々なところに分散してとっておきます。軍も準備は忘れないでくださいよ?」

「勿論」

「あと防災を盛り上げる以上、ビジネスチャンスも生まれます。これらは三菱、そして経団連に加わった連中に主導権を握らせる

 ことも提案します」


 この辻の言葉に三菱財閥出身者が目の色を変える。


「ほ、本当ですか?」


 彼が目の色を変えるのも無理は無かった。何しろこれは三菱が倉崎より目立つというビックチャンスであった。三菱は規模の

割にはかなり地味な印象をもたれている。零戦で多少は名を馳せたが、やはりこれまでの積み重ねのせいか、倉崎の後塵を拝して

いるのだ。勿論、夢幻会に属しているおかげで莫大な利益は得ている。だが知名度で負けているというのは三菱の人間に忸怩たる

思いをさせるには十分だったのだ。


「三菱さんには、地味目の仕事をやってもらってばかりですし。この辺りで大きな、目立つ仕事をしてもらうのが適当かと」


 そう言って辻は周囲を見渡す。他の出席者はどうしたものかと囁きあい、倉崎と関係が深い人間は不満を漏らす。

 しかし嶋田が言っていたように、利益を一部に独占させるのは組織の団結上宜しくないとの考えが大勢を占めた。


「それでは三菱さんを中心に、防災ビジネスをやってもらうということで」


 この決定に三菱出身者、それにその関係者は狂喜乱舞した。そんな中、伏見宮が毅然とした口調で切り出す。


「だが盛り上げる以上、何らかの象徴、マスコットキャラがいるのではないかね?」


 この言葉を聞いた瞬間、嶋田は「は?」と目を点にした。そんな彼を尻目に『オタ』の方々が立ち上がる。


「た、確かに」

「ですな。ここはやはり萌えキャラを」

「馬鹿を言うな。ここは子供にも受ける可愛らしいキャラのほうが」

「いやいや、今までの改革で萌えキャラでも受け入れられる土壌はありますよ」


 オタ談義になっていくのを見て嶋田は頭を抱えた。


(そういや、こいつら根本はアレだったな……)


 ここで止めないと会議が進まない。しかし下手に議論を止めたりするのも拙い。何しろ自分達の派閥のTOPが

乗り気なのだ。


「……まぁマスコットキャラについては委員会を立ち上げましょう。政府、軍、それに民間から有識者を募って

 決めるというのはどうですか? 最後は国民投票にするというのもアリかと」


 この言葉に誰もが頷き、伏見宮がマスコットキャラ選定委員長になることが決定された。勿論、嶋田は極力自分が

関わらないようにした。これ以上仕事を増やしたくないし関わりたくも無いからだ。彼は周りが迷惑しない程度に自由に

出来る環境を委員会に与えて、後は放置するつもりだった。


「嶋田さん、彼らの扱い方、うまくなりましたね」

「慣れですよ。あまり慣れたくはなかったですが……」


 嶋田は悲しそうに南雲に答えた。この答えにさすがの南雲も笑うしかない。


「良いじゃないですか。私なんて、ここ暫く海保にいたせいで、すっかり海保の人間扱いですよ。仕事も地味で面倒なもの

 ばっかりです。私が海軍軍人だってこと、覚えている人……どのくらい居るんでしょうね?」

「変人の相手をしたいのなら、いつでも復帰してください。私の地位が欲しいなら、喜んで代わってあげます」

「……丁重に辞退させて頂きます」

「……ですよね」


 「はぁ〜」と再びため息をつく嶋田。普段の疲れもあってか、体のだるさを覚えた嶋田は休憩を提案した。


「そうですね。一度、休憩にしましょうか」


 こうして一度休憩が挟まれた。









 常備している栄養剤を飲み別室で少し横になって元気になった嶋田は、会議が再開されると精力的に動いた。


「国内の引き締めはそれで良いとして、問題は外交ですね」


 嶋田の言葉に近衛が同意する。


「欧州各国との関係改善は何としても行う必要があるでしょうな。まぁ問題は山積みですが……」


 アメリカ分割を考慮すると欧州列強との関係は重要だった。しかし欧州との友好関係を構築するために解決しなければ

ならない問題は山積みだった。

 国民や軍からすればイギリスは土壇場で裏切った卑怯者であり、ドイツは人種差別を公然と行う第一次世界大戦以来の仇敵。

フランスやイタリアはそのドイツの同類。日本国民からすれば、そんな欧州枢軸よりも自由オランダやベルギーのほうが余程

信頼できる。まぁ英国が日本を連合国から追い出した際に、それを実質的に黙認したことから、これらの国々への信頼もかなり

損なわれているが、それでも『枢軸国よりはマシ』とは思われている。

 そのことを理解している辻は渋い顔で発言する。


「敵(米)の敵は味方という論理で手を組むことなら、何とかなるでしょうが、本格的に関係を構築するのは無理でしょう。

 下手に近づくよりは、冷戦時の米ソのような関係を構築するのが適当でしょう」

「だが諸外国を敵視する雰囲気が国民に定着するのは好ましくない」


 近衛の意見を誰も否定できない。


「確かに、欧州とすぐに関係を改善するのは難しい。フィンランドなどの北欧諸国を仲介にして少しずつ関係を改善していく

 しかないでしょう」

「数少ない友好国にして、信頼できる国ですからね……」


 嶋田がため息をつきながら言う。フィンランドは小国ではあるが、高い技術力を持ち、さらに冬戦争で肩を並べて戦った

友邦だった。


「ただフィンランドに仲介を期待するなら、フィンランドへの支援も必須だ」

「近衛さん、あまりやり過ぎると対ソ貿易に支障が出ますよ。一応、ソ連はお得意様なんですから」


 日ソ間の貿易は両国のイデオロギーの対立など問題にならないとばかりに拡大していた。勿論、夢幻会は日ソ貿易があまり

表沙汰にならないように情報機関を使って手を打っているが、それでも規模は大きかった。

 最初はトラックなどの輸送機器、無線機や食糧などが中心だったが、最近は中古の工作機械の輸出も行われている。

スパイ情報によればソ連軍内部には、役に立たない自国の軍需工場より、日本の軍需工場を当てにする動きさえ出ていた。

 日本はそんな窮状のソ連の足元を見て、多くのゴールドとレアメタルを手に入れた。おかげで日本は笑いが止まらない。

勿論、辻も笑いが止まらない人間の一人だった。

 尤も日本はソ連と貿易で儲ける傍らでフィンランドとも友好関係を依然として維持していた。兵器の売却(と言うか供与)も

行われるなど、日本にとって数少ない友好国として優遇されている。


「ソ連から奪い取った資源、特に金や希少金属は、コンピュータ開発、宇宙開発など次世代の産業のために使われる予定です。

 ここでソ連との関係を必要以上に拗らせたくないですよ」


 辻は日本の次世代の産業を育てるためにソ連の資産を食いつぶすつもりだった。ソ連で金やレアメタル採掘のために多くの

人間(子供含む)が使い潰されていることなど気にもしない。彼にとってみればその程度の悲劇や犠牲など些事に過ぎない。

 辻の人間性が何かおかしいのは誰も理解していたが、辻の発言については理解できると嶋田を含む軍人達は頷いた。


「戦後の軍縮を考えると、質の強化は必要不可欠ですからね」


 急速に拡大するであろう勢力圏。一方で財政上の理由である程度の軍縮は不可避だった。量の不足を補うために質を向上させる

しか選択肢はなかった。尤も諸外国からすれば、これ以上、日本軍の質が強化されるなど冗談ではないだろうが……。

 さすがの近衛も財務と軍人の連合軍相手には分が悪く、言葉を濁す。しかし軍人達も現状のままで良いとも思わない。

特にフィンランドで実際に戦い、基本的に反ソである陸軍軍人は近衛の意見を全否定するつもりはなかった。


「防御戦で使える中古兵器のさらなる供与と、フィンランド軍の質、特にソフト面を強化するべきかと」


 東条の言葉に杉山が頷く。さすがに爆撃機などソ連に大きな脅威を与えるものは供与できないが、それ以外なら多少は何とかなる。

ちなみに、この決定が基になり魔改造された九二式軽戦車がフィンランドに送られることになる。


「軍人、技術者の交流などを活発化させるのが良いだろう。幸い、フィンランドは技術面で秀でている。多少天狗になっている

 我が国の技術者の鼻っ面をへし折ってくれるかも知れん」


 辻もさすがに強く言えないのか、これに同意する。


「あとはイギリスか」


 近衛の言葉に嶋田は苦い顔をする。


「イギリスについては、ほとぼりが冷めるまでは厳しいでしょう。我々が音頭をとっても、国民がついてこないでしょうし」

「確かに」


 全員が頷く。やはり土壇場の裏切りというのはフォローできる限界を超えていた。しかしイギリスとの関係は重要だ。

何しろアメリカの分割ではイギリスの協力が必要だった。


「4月の核実験で、世界は日本が神の火を手に入れたことを知るだろう。そうすれば北米分割で枢軸もイギリスもふざけた真似は

 そうそう出来なくなる。だが力だけに頼るわけにはいかん」


 伏見宮の意見に渋々ながら嶋田が頷く。


「確かに。あまり不仲となればイギリスをドイツ寄りにさせてしまいます」


 西部三州を中心とした傀儡国家を建国し、アメリカ合衆国崩壊で失われる市場を多少は補うと同時に、太平洋の支配を完全な

ものとし、さらに中南米への橋頭堡にするというのが夢幻会の戦略でもあった。ここで欧州列強が団結して日本の戦略を妨害する

ような事態は避けなければならなかった。


「吉田や白洲との交流だけではイギリスを安心させられないだろう。夢幻会会合と直接コンタクトできるコネが必要だ」

「ですが、誰がイギリスとのコネクションを?」


 この嶋田の疑問に対して、伏見宮があっさり答える。


「辻に任せよう」


 この言葉に誰もが絶句する。あの辻に対英外交のキーマンを任せるというのだ。驚かないほうがおかしい。


「……さ、さすがにそれはどうかと思いますが」

「だが腹黒紳士と遣り合える人材は多くない。それに搦め手で会合に出席できる人間が取り込まれたら目も当てられない」

「……」


 嶋田は恐る恐る辻のほうを見る。そこには黒い笑みを浮かべる辻の姿があった。


「つまり、私に腹黒紳士と遣り合えと?」

「時には、日本人に恨まれる覚悟もいる。やってくれるか?」


 多くの日本人から恨まれているイギリスと日本の関係を取り持つ役。一見、貧乏くじなのだが、辻はニヤリと笑って

引き受けた。


「よいでしょう。あの腹黒連中に、日本人がどんなに怖いかを思い知らせてやりましょう」


 このとき嶋田を含めて大勢の出席者は、このあと苦労するであろうイギリス人と大英帝国に黙祷を捧げた。










 あとがき

 提督たちの憂鬱第49話をお送りしました。尤も、相変わらず会議で1話を使ってしまいましたが……。

 少し余裕が出てきた夢幻会です。でも好事魔多しとも言います(邪笑)。さて彼らはうまく切り盛りできるか。

 次回は会合の続き、そして他の勢力の動きになる予定です。

 何故だろう、仮想戦記なのに戦闘シーンのほうが少ない(爆)。

 それでは拙作ですが最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第50話でお会いしましょう。