世界最強の工業大国であったアメリカが無残に崩壊していく様は、世界中の人間に大きな衝撃を与えた。
世界の工業生産の半分を占め、莫大な富を蓄え、さらに侮れない技術力、科学力、軍事力を持っていた筈の大国が崩壊して
いくというのは、それほどまでに現実離れしていたのだ。
だが各国の指導者達はそんな衝撃からすぐに立ち直ると、今後打つべき手について協議を始める。特に列強が押し進めている
アメリカ分割は最重要の議題であった。
イギリス首都ロンドンの某所で開かれた会議には、日本、イギリス、ドイツ、イタリアの四ヶ国の代表が集まっていた。
日本からは全権大使として吉田茂、イギリスは外相イーデン、ドイツは外相リッベントロップ、イタリアはチャーノ外相が
参列するという仰々しいものだった。日本の外相は時間的に間に合わないので吉田が代理として出席することになった。
尤もアメリカを解体するとなれば、国家首脳が集まる問題なのだが、アメリカ崩壊が急であることや各国指導者の都合が
付かなかったので外相クラスの会談となったのだ。
それぞれ用意された椅子に座った4人は、円卓の上で視線をぶつけ合う。しかしすぐにそんなことをする時間も惜しいと
して会議を進めた。
「我が国はアラスカ、西海岸三州のワシントン、オレゴン、カリフォルニア、そしてパナマ運河の利権を欲しています」
吉田の言葉に独伊の外相が小声で相談する。そして話が付いたのかリッベントロップが顔を吉田に向けて口を開く。
「我々はテキサス、アーカンソー、ルイジアナ、オクラホマの4州を欧州側に組み入れ、フロリダ、それにキューバなど
の島嶼を制圧することを考えている。イギリスは?」
「基本的にはドイツと同じです。しかし我が国は内陸へ進出するよりもカリブ海の島嶼や沿岸、そしてパナマ運河を重視する
つもりです」
イーデンの言葉を聞いた吉田は余裕綽々の顔で尋ねる。
「それではパナマは日英の早い者勝ちと?」
「いえ、我々は仮にいち早くパナマを占領しても占有するつもりはありません。我が国は日本と共同管理を行いたいと
思っています」
「ほぅ……それは有難いですが、貴国に何のメリットが?」
「色々ありますが……最大の理由はこれ以上、貴国の神経を逆撫でしたくないからです。今ここで我々がパナマを横から奪えば
不快な思いをする方も多いでしょうから」
日本軍は在中米軍、アジア艦隊、太平洋艦隊を壊滅させた。これだけの大戦果を挙げた状態で、パナマ運河の利権をイギリスが
横から掻っ攫えば関係修復がさらに遠のくという考えがイギリス首脳部にあった。
だが別に理由はそれだけではない。イギリスは南北アメリカ大陸に日本を引きずり込み、オーストラリアやインドから目を
逸らせようと考えていた。そして日本の力を借りて北米を安定化させて国力の回復を図るつもりだった。
(それに有色人種の日本人が、白人のイギリス人と共同でパナマ運河の運営を行うとなれば、色々と宣伝に使える)
他にも色々と腹黒いことを考えるイーデン。日英関係修復は確かに必要だったが、国益の追求をしないわけにはいかないのだ。
勿論、リッベントロップ、チャーノも同じように腹に色々と抱えている。吉田はそれを察しているが敢えて何も言わない。
「まぁそういうことにしておきましょうか」
吉田は余裕を崩さず話を続ける。
「我が国としても、欧州各国が大西洋岸でやられることに首を突っ込むつもりはありません。ですが問題はアメリカ風邪です」
この言葉に誰もが苦い顔をする。すでに各国はこの風邪がペストに近いものであることを知っていた。
ヨーロッパの人間にとって、ペスト、いや黒死病はトラウマであった。そしてそんな悪夢の代名詞と言っても良い病気を
兵器転用しようとしていたアメリカに対して怒りを抱いていた。
「植民地人の不始末の後始末は大変ですな」
「全くだ」
アメリカ風邪は北部では何とか止まりつつあるが、南部での拡散は進んでいる。南部に進出しようとする人間からすれば災い
でしかない。これからのことを思い浮かべて欧州勢は忌々しそうな顔をする。
「まぁここは欧州からの救助という形をとることも出来ます。国際支援の名目でテキサスなどの各州に展開できれば
これらの州をうまく支配下に組み込めます」
イーデンの言葉に欧州勢は頷く。彼らはあくまでも国際支援として各州を支配下に組み込んでいくつもりだ。
さらにこの病気の原因が、連邦政府にあったと喧伝すれば連邦復活を望むものは皆無となると考えていた。
欧州勢もアメリカを再統合するつもりはなかった。このような化物国家を大西洋の向こう側に置くことなど出来ない。
「ですが欧州の救援を当てにした東部住民が流れ込みますな。いやテロリストが細菌を持ち込むやも知れませんが」
吉田の言葉にリッベントロップは平然と答える。
「人間細菌兵器のような人間は容赦なく抹殺する。そもそもこの災害は合衆国政府、民主主義によって選ばれた
議員が構成する政府によって引き起こされたもの。議員を選抜した市民がその責を負うのは当然のことだろう」
「防ぎきれると?」
この問いにリッベントロップは前半は自信満々に、そして後半は探るように言う。
「防衛体制、防疫体制は整える。それに貴国ならば、早期に治療法が確立できるのでは?」
「はい?」
「津波への対応、第二次世界恐慌への対応、異常気象への対応……目を見張るほど見事なものでしたな」
「ははは」
「貴国のことです。今回の疫病も予め予期していたのでは?」
「いや、それは無いでしょう」
吉田はそう言って否定しつつも、内心では夢幻会が主導する政府が何かしら手を打っている可能性があると考えていた。
何しろあまりに前科がありすぎた。今回の大災害も実は予見していて適切な手を打っている、または準備している可能性は
十分にあった。
(あの連中のことだ。また世界をあっと驚かすことをやっていても不思議ではない)
すでに世界をあっと驚かせることをやっているのだが、それを知る由も無い吉田はポーカーフェースで話を続ける。
「まぁ何はともあれ、アメリカ風邪の対応は急務です。封じ込めに失敗すれば南米にまで拡散しかねない。これ以上、悲劇を
繰り返すわけにはいきません」
続けて彼らは南米の分割も話を行い、その結果、大まかに太平洋側と大西洋側で分断することで決着した。
さすがのドイツも南北アメリカすべてを飲み込むような力はなかった。勿論、イギリスも。このため彼らは気味が悪い
そして規格外の黄色人種である日本人をゲームプレイヤーとして招き入れることにしたのだ。
かくして日本は太平洋全域、南北アメリカ大陸の太平洋岸までに手を伸ばすこととなる。それは幾ら強化された国力を
持つ日本とは言え、余りに広い勢力圏であった。
(もともと小国に過ぎない我が国が、世界の覇権をかけた争いに参加することになるとは……大きなゆり戻しがなければ良いが)
吉田は会談の結果に満足しつつも、祖国の将来を憂いた。
だがこのとき祖国の将来を憂いたのは、彼だけではなかった。赤い帝国の皇帝・スターリンもこの事態に頭を抱えていた。
(アメリカの崩壊が早すぎる……このままでは)
余裕を取り戻した日本が北進するという最悪の事態を考えて、スターリンは執務室で頭を抱えた。
いくら日本軍が強力であってもシベリアを超えてヨーロッパ・ロシアまで攻め込んでくることはないだろうが、極東でロマノフ
王朝の再興を宣言されたら、ソ連の体制が瓦解する可能性がある。何しろソ連の体制はロマノフ以上に庶民に圧制を強いている。
共産主義の理想も度重なる五ヵ年計画の失敗、重工業化の頓挫、そして独ソ戦争での苦戦によって色あせている。祖国防衛という
錦を旗にして国内をまとめているが、それとてこのままいつまでも続く筈が無い。
(ドイツと手打ちをして満州に攻め込むか? いやそうなれば工作機械や軍需物資の提供が止まる。他から手に入れようにも
イギリスは日本の肩を持つだろうし、ドイツは足元を見る。それに確実に満州で短期間で勝てるとは考えられない。
満州で長期戦となれば、再びドイツが背後から襲ってくるだろう)
八方塞とはこのことだった。
(こんなことなら、日米関係を破局させるような指示を出さなければ良かった)
スターリンは自分の過去の行いを思いっきり後悔しつつ、日本との関係維持を最優先にすることにした。
同時に日独が接近しないようにあらゆる手を使って妨害することを決意する。日独による挟撃など悪夢でしかないのだ。
提督たちの憂鬱 第48話
アメリカ崩壊の影響は世界各地に影響を及ぼしていた。ドルは完全に紙切れとなり、在外のアメリカ人の資産の多くは
ゴミ屑と貸した。勿論、海外に駐留していたアメリカ軍は宙ぶらりんになった。
フィリピンに展開していた在比米軍は祖国が事実上崩壊したとの情報が伝わると、将兵の士気は地に落ちた。それどころか
日本軍に降伏して捕虜となることで、本国へ帰還しようという動きさえ出てきた。
一方で、東部出身者の中には、東海岸で壊滅し、謎の疫病で東部で多数の死人が出ていると聞いて自暴自棄となり軍規違反を
犯すものが現れた。酷いときには、フィリピン人に対する暴行、略奪さえ行う始末だ。米兵による婦女子暴行事件の件数は鰻上り
であり、現地の反米感情を高めている。
「このままでは一戦も交えることなく、日本軍に降伏せざるを得なくなる……」
司令部でマッカーサーは悔しげな顔で俯いた。彼の部下達も同様だった。
プライドの高い彼にとって、1回も日本陸軍と戦うことなく降伏を強いられるというのは、それほどまでに屈辱的なこと
だった。加えてこれまでの戦いでフィリピン経済は事実上破綻していた。フィリピンに多数の利権を持っていたマッカーサーは
甚大な被害を受けていた。
つまり彼はプライドも、財産も何もかも失ったのだ。圧倒的な日本軍を相手に一歩も引かず、フィリピンで踏ん張ったと主張でき
なくはないが、それは日本軍がフィリピンを封鎖するだけに留めたために過ぎないから出来たことであり、誇れるものではない。
「合衆国が、偉大なアメリカが、あんな東洋の島国に負ける。こんなことが許されるのか、神よ」
マッカーサーは優秀な軍人である。だが同時にこの時代の白人らしく黄色人種への偏見は強い。彼らにとって黄色人種など取るに
足らない存在であったのだ。だがこの現実はこれまでの概念を根底から否定していた。
「それとも、今が黙示録だというのか」
世界を覆う戦争、天変地異、疫病……マッカーサーからすれば、今はまるで聖書で示された黙示録のごとき有様だった。
だがそんなマッカーサーの嘆きを他所にフィリピンの情勢はますます悪化していった。海上封鎖、絶え間ない爆撃と機雷封鎖で
物資不足、燃料不足はフィリピン全土で問題となっていた。
フィリピン人の怒りは、最初は日本軍に向けられていたが、今ではフィリピンに居座り戦争を続けているアメリカ軍に向けられ
つつあった。さらにドルが紙切れとなったことで、アメリカ軍は現地から合法的に物資を調達できなくなっていた。マッカーサーは
フィリピン政府から金を融通してもらったり、あるいは軍票まで出して調達を強行せざるを得なかった。
だがそれがさらにフィリピン経済に打撃を与え、反米感情を助長させている。
軍のモラル、士気、統制は崩壊し、現地住民からは憎悪の視線を向けられる。フィリピン政府もすでにアメリカ軍へ協力できない
と言ってきている。
孤立無援。四面楚歌。これらの言葉がぴったりと当てはまる状況だった。そしてこのまま放置すればマッカーサーはこの地で不名誉な
死に方を強要される可能性が高かった。
「あの無能な暫定政府が、戦争を継続するからこうなるんだ!」
マッカーサーは帽子を床に投げつけ、悪し様に罵る。だがいくら悪し様に罵っても現状は変わらない。多少気が晴れるかも知れないが
ただそれだけだった。
「暫定政府は何と言ってきている?」
サザーランド参謀長はやるせなげに首を横に振って答えた。
「応答ありません。シカゴで大規模な暴動が起こり、政府機関は完全にマヒ状態となっているようです。無政府状態と言えるでしょう」
「……そうか」
アジア艦隊は脱出直後に全滅。最後の希望であった太平洋艦隊はハワイ沖で壊滅し、フィリピンへの救援の手立ては失われた。
加えて本国は天変地異と疫病で中央政府が消滅。連邦そのものが瓦解している有様。在比米軍は空海戦力は壊滅。陸軍も要塞を
破壊されて持久戦も不可能な状態。マッカーサーの手に日本軍と戦う術は残されていない。
かくしてマッカーサーは最後の決断を下す。
「……我々に指示を出すべき政府は存在しない。そして我々が守ろうとした国もまた消え去ろうとしている。
これ以上、我々がここで意地を張れば悪戯に被害が増すばかりだ……無念だが、日本軍に対して降伏を宣言する」
1943年2月13日、開戦以降、4ヶ月に渡って日本軍の猛爆に耐えてきた在比米軍は降伏を宣言した。一兵も戦うことなく
フィリピンという巨大な牢獄に閉じ込められたまま、米軍の将兵は日本軍に引き渡されることになる。
それは同時にアメリカによるフィリピン支配の終焉でもあり、新たな独立国家の誕生を意味していた。
フィリピンの在比米軍が降伏した頃、メキシコでは反乱が益々過熱していった。アメリカが事実上崩壊したことで傀儡政権は
頼るべき相手、いや主人を失った。傀儡政権はメキシコ軍を動かして反乱鎮圧を目論むが、政府の命令に従うメキシコ軍部隊は
存在しなかった。
「今こそ、祖国を取り返すときだ!」
メキシコ軍は民衆と共に各地で挙兵し、浮き足立っている米軍を次々に撃破していった。
万全な状態ならアメリカ軍が圧勝したのだろうが、祖国が崩壊、さらに命令系統や補給も途絶となればどうしようもなかった。
敗走する米軍はテキサス、アリゾナ、カリフォルニアに退却していった。
メキシコが米国の支配から脱却したのを見た他の南米諸国も次々にアメリカの支配や影響を排していく。アメリカ資本は次々に
没収され、非合法の工作に従事していた者、米政府の工作員やそれと通じていた政府高官なども次々に排除されていく。
中南米に築かれていたアメリカ人の富は次々に現地の人間によって収奪されていった。勿論、現地にいたアメリカ人も次々に
襲われ始める。
「やめろ、貴様ら、こんなことをしてただで済むかと思っているのか?!」
白人の農場主は小作人たちを脅かすが、小作人たちは聞く耳を持たない。むしろこれまで受けた屈辱を変えすように
農場主を取り囲み、一斉にリンチする。勿論、残された妻や娘の末路は言うまでも無い。
何とか警察にかけこんで助けを求めようとする者もいたが、警察も国を失ったアメリカ人を積極的に助けようとしなかった。
アメリカ人も賄賂として通じていたドルが紙くずとなっているので、警官を動かせない。
「た、助けてくれ!」
悲鳴を挙げ、町のあちこちで助けを請う男だったが、その願いが届くことはなく数発の銃弾が男を貫き絶命させた。
国家の庇護を失った彼らを積極的に守ろうとする者はいなかったのだ。この光景は中南米各地で広がっていた。
これらの動きを見て、カリフォルニアの米財界人は顔面蒼白となった。国内の富の多くを失ったばかりではなく、南米にあった
富まで失ったとなれば、その被害総額は目を覆うばかりの金額となる。
加えて各州が勝手に行動を開始したことで、財界による統制が効かなくなっていた。各州は独自に通貨を発行して、独自の軍備を
整えて、戦乱の時代に備えようとしている。
「各州はすでに我々の統制下から離れている。それぞれが勝手に通貨を発行している」
「加えて我々の財産を接収する動きがある。中南米各国でも財産の収奪が相次いでいる。この損害、無視できるものではないぞ」
「盗人共め!!」
カリフォルニアこそ完全に統制下においていたものの、このままでは日本とまともに付き合うことは不可能だった。
いくらカリフォルニアが西海岸では最も有力な州であるとは言え、単独で日本と戦うような力は無い。それに今は北上してくる
かも知れないメキシコ軍、カリフォルニアの富を奪おうとする他の州との戦闘に備える必要がある。
「このままではカリフォルニアまで戦場となるぞ。連邦軍の囲い込みも進めているとは言え、かなりの被害が出る」
「そういえば海軍は?」
「海軍はもはや機能不全だ。ハルゼー大将は何とか軍の統制を維持しようとしているようだが、連邦崩壊と共にモラルブレイク
が起きた。士気は地に落ち、脱走兵が相次いでいる。給料さえ遅配気味なのだ。いやドルが完全に紙切れになったせいで
兵士どころか、後方要員の給料さえ払えん。組織そのものが消滅するのは時間の問題だろう」
「では、我々が雇うというのは?」
「無理だな。今、我々が必要なのは陸軍と空軍だ。海軍を養うだけの余裕は無い。沿岸警備を行わせるのが手一杯だ」
「どちらにせよ、このままでは多大な軍事費のためにカリフォルニアも凋落してしまう。経済の再建など夢のまた夢だ」
西海岸諸州を中心に経済圏を作ることが出来なければ、頻発する紛争によって経済はジリ貧となる。
カリフォルニアから石油や穀物を日本に輸出できれば、確かに利益は得られるが、その利益は周囲との対立に備えるため
の軍事費に消える可能性が高い。そうなれば社会への投資ができなくなる。インフラの整備も、新技術の開発も停滞するだろう。
そうなればますます日本との格差が開く。日本の経済的植民地として生きながらえることになるだろう。
「さらに、今回のアメリカ風邪がペストの亜種だとすれば、欧州はアメリカ人を敵視するだろう。
たとえカリフォルニア共和国として独立したとしても、元アメリカ人ということで白眼視されることは間違いない」
「日本と同盟してもか?」
「日本に隷属して、黄色い猿の北米における番犬となれば、多少は和らぐだろう。だが耐えられるのかね?」
「………」
「カリフォルニア共和国は、西海岸の1中小国、日本の傀儡国家として扱われるだろう。国際的影響力は低く
経済力も日本とは比べるべくも無いほどの規模となる。福建共和国が少し大きくなった程度しかないだろう。
そして日本がその気になれば切り捨てられる脆弱な立場だ」
「「「………」」」
自由経済など夢のまた夢。国防のために多額の予算をつぎ込まざるを得ず、さらに日本の顔色を一々伺わなければ
ならない未来図に誰もが暗い顔をする。
「カリフォルニア経済も、急な連邦の崩壊で混乱している。通貨の価値は滅茶苦茶だ。そして東からは大量の難民と
アメリカ風邪が迫っている。おまけに回りは敵だらけ。これを打開する方法は一つしかない」
「……まさか」
誰かがその方法を察したのか信じられないという顔をする。だがそれに構わず男は話した。
「日本にカリフォルニア州を併合してもらう。ここが日本の大地となれば周りも簡単に手は出せない」
「し、しかし市民が納得しますか?」
「勿論、納得しないだろう。だがメキシコ軍が、近隣の州が侵攻してくれば? さらに日本軍がその気になれば
我々を容易に制圧できる軍事力を持っていたと判れば?」
「……交渉の機運が高まります。財産と命が保障されるなら、最終的に彼らは日本に靡くでしょう」
「そこで何とか好条件で日本帝国に組み込んでもらう。まぁ自治領扱いになるだろうが、大量の日本人の移民を受け入れ
れば日本は簡単にカリフォルニアから手を引けなくなる。それに日本企業が多数進出してくれば雇用の場も広がる。
我々のような投資家が活躍する場も広がる。それに日本の力を利用して再び太平洋、大陸で投資が出来る。これは大きい」
この言葉に出席者達はどよめく。経済的な問題を考慮すれば十分に魅力的だった。だが反感を持つ者も居る。
「黄色人種の支配下に入るというのですか?」
「不本意だがな。だが日本人が単なる黄色い猿ではないということは判っているだろう。技術力、経済力、軍事力あらゆる面で
彼らは白人と勝るとも劣らない、いや一部は凌駕するものを持っている。有色人種の突然変異と言っても過言ではない存在だ」
「……ですが」
「判っている。私とて面白いわけではない。だが今は必要だ。我々単独で事態を好転させる方法はない」
「ですが市民の反発を考慮すると、事は慎重に運ぶ必要があります」
「段階的に進めていくしかないだろう」
様々な思惑が交差する中、2月24日、日中講和条約である第二次下関条約が締結された。
この条約によって中華民国は7億円もの賠償金と3億円分の資源、食糧を日本側に支払うことになった。さらに海への
出口を悉く封鎖されたため、中華民国は完全に大陸に閉じ込められることになった。
屈辱的と言っても過言ではない条約であり、中国国内では反日感情が高まってもおかしくなかった。だがその感情はむしろ
無残な敗戦を遂げた中華民国政府(奉天派)と日本軍に太刀打ちできないような兵器を高値(?)で売却したばかりか、上海で
多くの一般市民を虐殺した米軍に向けられた。
これに加え中華民国は賠償金の支払いのために、さらなる増税を行ったため民心はますます離れていった。これを好機とみたのか
重慶に引篭もっていた蒋介石は共産党と手を組んで反攻の準備に取り掛かった。
しかし彼らが装備している軍備は、中華民国陸軍と比べて貧弱なものばかりであり、さらに何とかソ連から届いたドイツ製兵器は
交換部品が少ないのであまり頼りにはならない。
このため反撃といっても奥地の山で声を挙げるのが精一杯だった。共産党も元々奉天派によって弾圧されていた上、共産党を騙る
敗残兵によって農村が荒らされていたので、農民の支持が集まりにくくなっていたこともあり、共産革命など夢のまた夢といった状態
であった。
むしろ中央政府の威信が失墜したことで、各地の方面軍が勝手に動き出しているほうが問題と言えた。彼らは次の覇者となるべく
裏で画策する。中華らしいといえば中華らしい、年間行事であった。
「連中の頭は、三国志の時代から変わっていないのか」
会合で報告を受けた嶋田は呆れ果てた。尤も大陸の話題はすぐに隅に置かれた。4月に行われるパルミラ、ジョンストン島の
攻略部隊の編成が終ったからだ。後は必要な訓練を行った後、出撃するだけだ。
尤も事前の偵察からあの2つの島には大した兵力がないことが判っていたので、あまり危険な任務という感覚はなかったが。
「しかし出撃するのが第4機動戦隊、第5機動戦隊と少なくないか?」
杉山はそういって懸念を示す。実際、出撃するのは隼鷹、飛鷹、海鳳、大鷹、雲鷹、神鷹の6隻の空母だ。
海鳳以外は全て改装空母。速力も、防御力も高く無い。被弾すれば大打撃を受けるのは間違いない。
「私としては第2機動戦隊をつけることを考えたのですが、軍令部内では過剰だという意見が大勢を占めまして。
それに来るべきハワイ攻略戦のためには烈風改への機種変更を急ぐ必要があるので、ここで第2機動戦隊を出すのは
拙いと判断しました。幸い、米空母部隊は全て西海岸にいるようなので」
そう言いつつも嶋田は苦い顔だった。それが彼の内心を如実に示していた。
「崩壊したとは言え、無抵抗とは限らないぞ」
「万が一に備え、VT信管は装備させています。また金剛、榛名を第4機動戦隊に、伊勢、日向を第5機動戦隊につけ
護衛を強化しています。残存艦隊が出てきても対応は可能です。監視のための潜水艦も配備済みです。
またミッドウェーからの爆撃も強化しています。真珠湾から横槍が入る可能性は低いかと」
真珠湾は度重なる爆撃によって、軍事拠点としての価値を喪失しつつあった。ハワイ沖海戦で生き残っていた飛行機も
飛行場が叩かれ、さらに潜水艦による封鎖のせいで部品や燃料が届かず、大半が案山子同然となっていた。
「予期せぬ抵抗で作戦失敗というのはよしてくれ。作戦中止が何度も続くのは面白くないからな」
「判っています」
話がひと段落したと見た近衛は、話題を変える。
「あとは原爆実験ですな。これをいつするかが問題です」
「やるとすればハワイ攻略前が宜しいのでは? 降伏を迫るための脅しにも使えます」
杉山はそう言うが、嶋田が首を横に振る。
「仮に連中が徹底抗戦したら本当に使わないといけなくなる。西海岸への橋頭堡となるハワイに原爆を叩き込むと
いうのは避けたい。海軍としては絡め手でハワイを弱体化しておくことを提案します」
この言葉に杉山は黙った。これを見た辻が口を開く。
「まぁハワイについては、海軍に任せるとして、原爆実験の時期はハワイ攻略前で宜しいかと。欧州による北米派遣も
近い。ここで我々が超兵器を開発したことを示せば、北米での動きをある程度掣肘できます。それに東南アジアに関する
交渉でも色々と有利になるでしょう」
「それでは4月のマーシャル諸島で?」
「はい。どうでしょうか?」
反対意見はなかった。かくして夢幻会は1943年4月に核実験を行う事を決定する。
こうして世界は、日本の底知れぬ力を今一度見ることになる。
あとがき
提督たちの憂鬱第48話をお送りしました。
インターミッション的はお話でした。でも日本は疑われすぎのような(笑)。
さて次回、パルミラ、ジョンストン攻略作戦。そして欧州連合艦隊出撃になります。実に貧相な陣容ですが。
それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。
提督たちの憂鬱第49話でお会いしましょう。