第3艦隊の攻撃によって滅多打ちにされた太平洋艦隊は、乱れた艦隊陣形を再編して来るべき日本艦隊との

決戦に備えようとしていた。日も暮れ、もう日本軍機による攻撃は無いだろうと太平洋艦隊の将兵の誰もがそう思い

油断した。そんな油断を突くかのように、ミッドウェー島から飛来した攻撃隊が太平洋艦隊に襲い掛かる。

 攻撃隊は連山改32機、そして一式陸攻24機の合計56機から構成されている。

 ミッドウェー防衛のために急遽派遣されてきた陸攻と、使える重爆を掻き集めて編成した急ごしらえの混成部隊であったが

指揮官である野中五郎中佐は持ち前の統率力で巧みに部隊を取りまとめていた。


(何とかここまで来たな。あとは抱えた新兵器を叩き付けるだけだ)


 合計56機と機数こそ少ないもののこれらの機体が搭載している機材、兵器は、日本海軍でも最先端のものばかりであり、その

打撃力は恐るべきものがある。

 さらに言えば搭乗員達の意気も軒昂だった。何しろ漸く訪れた対艦攻撃、それも夢にまで見た宿敵・太平洋艦隊主力へ向けて

の攻撃なのだ。これまで獲物を機動部隊に奪われ悔しい思いをしてきた搭乗員達は、ここで大戦果を挙げて、空母艦載機乗りを

見返してやろうと思っていた。

 そんな雰囲気を察している野中は、彼らをさらに煽り立てる。


「野郎ども、いよいよ俺達の実力を見せる時が来た。アメリカご自慢の太平洋艦隊主力を、俺達の新兵器で木っ端微塵に

 してやるんだ!」


 操縦席のマイクで、部下達を煽る野中。この煽りに搭乗員達は声をあげる。

 勿論、通信によって彼の声が届く55機の搭乗員も同様だ。


「攻撃開始だ。高橋少佐、そちらは頼むぞ!」


 高橋少佐率いる陸攻24機は雷撃を敢行するべく、高度を下げつつ米艦隊に肉迫していく。


「いよいよ、俺達の出番だ。戦艦や水雷戦隊の出番がない位、喰ってやるぞ!」


 彼が率いる部隊は、海軍では珍しく夜間雷撃の訓練を積んだ部隊だ。さらに彼らの一式陸攻は夜間戦闘を考慮して

大幅な改造が施されており、対水上レーダーと最新型の火器管制装置を装備することで夜間であっても敵を捕捉して

攻撃する能力を有している。

 勿論、強化されたのは攻撃能力だけではない。搭乗員の負担を軽くするため、ジャイロを使った自動操縦装置も装備

されており、イザとなれば誘導波に乗って自動操縦さえ可能なのだ。

 これだけの装備を整えるには、かなりの労力が必要であったが、夢幻会が強力に後押ししてこれを可能とした。

 ちなみに最も強硬に夜襲部隊の設立を推し進めたのは『彗星夜襲隊』の愛読者とか、美濃部少佐のファンだったりする。

 彼らは「仮想(火葬)戦記で出番があまりない彼らに日の目を!」と言って嶋田に直談判するなどしていた。

おかげで嶋田の胃が少なからざる打撃を受けたのは言うまでも無い。

 この嶋田の胃痛と精神的苦痛と、宝石よりも貴重な時間を引き換えに送り込まれた攻撃隊は、米艦隊に予想だにしない

災厄を齎そうとしていた。


「夜間雷撃だと?!」


 敵機襲来の報告を聞いたパイは唖然とした。

 確かに彼我の実力差はこれまでの戦いで思い知っていたが、まさか夜間攻撃を仕掛けられるとは思ってもいなかったのだ。


「撃ち落せ! 何としても戦艦には近づけるな!!」


 艦隊決戦の要である戦艦だけは守らなければならない、そう考えたパイはそう厳命する。だがその瞬間、多数の照明弾が

艦隊の周囲を照らす。


「くっ照明弾か!?」


 回りの護衛艦は慌てて迎撃するものの、当てずっぽうの対空砲がそうそう当たるわけが無い。


「敵との距離、5000!」

「1000で雷撃。以降は離脱し、味方を誘導する!(さて、野中中佐、そちらは頼みますよ)」










        提督たちの憂鬱  第42話









 雷撃隊が米艦隊に突入する直前、野中率いる32機の連山改は新型滑空爆弾の発射態勢に入っていた。

 野中中佐はフットバーを蹴り、機体を左に旋回させる。


「爆撃手、どうだ。二式、行けるか?」

「映像装置、誘導機構問題ありません。いつ投下しても問題ありません」

「そうか。頼むぞ。夜間攻撃ということで難しいのは判っているが、俺達がしくじれば、陸攻隊が危ないからな」

「任せてください。アメ公の戦艦にきつい一発をくれてやりますよ!」

「その意気だ」


 32機の連山改には、零式、並びに二式無線滑空誘導弾が搭載されていた。前者は和製フリッツXを目指して開発された

ものであった。本来は枢軸軍艦隊、特にドイツ艦隊とイタリア艦隊を撃滅するためのものであったが、対独戦争では大した

出番を得ることが無かった。故にこのたびの対米戦争で初めて本来の用途である対艦攻撃に使用されることになった。

 そして後者の二式は小型カメラを内臓したタイプのものだ。

 両者共にこの時代においては最先端といってもよい誘導兵器であり、これをぶつけられる米艦隊からすれば災厄であった。


「目標まであと30秒」


 現在の野中機の高度は3000メートル。風向きは北北西、風力は2メートルと二式の発射を行うには丁度良い環境だ。

 さらに照明弾があたりを照らしており、視界も悪くない。


「よし、攻撃を始めるぞ。10、9、8……」


 目標とさだめた米戦艦アラバマを見つつ、野中はゆっくりとカウントダウンをしていく。


「3、2、1、投下!」


 野中がレバーと引くと、野中の連山改から二式誘導弾が投下される。同時に爆撃手が誘導を開始する。

 爆撃手は初めての対艦攻撃ということで緊張しつつも、日ごろの訓練の成果を示そうと必死に誘導を続ける。


「目標、艦橋。命中まで、あと10!」


 震える声で爆撃手が報告する。自身の目で視認できない搭乗員の誰もが息を呑む。そして10秒後、明るい声が

機内に響き渡る。


「命中です! 敵戦艦の艦橋下部に直撃しました!」

「よし!」


 困難とされてきた無線誘導による対艦攻撃を、それも夜間で成功させたというのは、海軍技術史、いや海戦史に

残る快挙であった。さらに言えば命中弾を得たのは野中機だけではなかった。

 野中機を含む32機の連山改から発射された32発の誘導弾のうち、実に21発が目標に命中したのだ。

 太平洋艦隊主力の目が肉迫している雷撃機に目を奪われたこと、さらに日本軍のような電探連動の対空砲がない

故に、有効な弾幕をはることができず、連山改の接近を阻止できなかったことが大きな原因であった。

 そして連山改の接近を許したツケは大きかった。太平洋艦隊第1任務部隊の戦艦4隻全て、第2任務部隊の戦艦3隻が

直撃弾を受け大損害を被ったのだ。

 昼の空襲で魚雷を2発受けて、速度が落ちていたアラバマは実に4発もの誘導弾が直撃し、大破炎上した。米海軍期待

の新鋭戦艦は陥落した城砦のように燃え上がった。必死のダメージコントロールで沈没こそ辛うじて免れたものの、戦闘が

不可能どころか、航行にさえ支障が出た。

 しかしそれ以上に不幸だったのはインディアナだった。彼女には3発が直撃した。そしてその内、第二砲塔の傍に命中した

1発が弾薬庫の弾薬を誘爆させた。こうなってはどうすることもできず、インディアナは乗組員の過半を道連れにして沈んだ。

 サウスダコダは1発、マサチューセッツは2発の直撃を受けた。両艦は大損害を受けたが、重巡洋艦2隻が盾になった

おかげでその程度で済んだと言えた。何せ2隻の戦艦の盾となった2隻の重巡洋艦サンフランシスコとインディアナポリス

は1発ずつの命中弾を受けて炎上した。

 第2任務部隊は戦艦メリーランドとウエストバージニアが2発、カリフォルニアが4発被弾した。戦艦カリフォルニアは

時速1000キロで突っ込んでくる1トン超の徹甲弾に耐えらなかった。インディアナのような轟沈こそは避けられたものの

インディアナの後を追うようにハワイ沖に沈んだ。残りの2隻は中破し、出せる速度も15ノットに低下した。

 だが彼らの災厄はそれで終わりではなかった。そう、陸攻隊が襲い掛かったのだ。

 彼らはサウスダコダ、マサチューセッツ、アラバマに襲い掛かり、それぞれに2発の魚雷を命中させた。これによって

アラバマはトドメを刺された。そしてさらなるダメ押しとばかりに、陸攻隊は軽巡洋艦へレナを撃沈していった。


「戦艦インディアナ、アラバマ、軽巡洋艦へレナ沈没。サウスダコダ、マサチューセッツは中破。重巡洋艦サンフランシスコと

 インディアナポリスは大破……」


 被害報告を聞いたパイは目の前が真っ暗になった。

 アメリカ軍将兵の必死の努力にも関わらずサウスダコダは最高速力が20ノットにまで低下。マサチューセッツは1番砲塔が

使用不能になった上、速力に至っては18ノットが限界という惨憺たる有様だった。

 昼の空襲とあわせて、第1任務部隊は戦艦2隻、重巡洋艦3隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦3隻を喪失。戦艦2隻中破という大損害

を被っていた。健在なのは軽巡洋艦2隻、駆逐艦17隻のみ。はっきり言って第1任務部隊は壊滅したと言ってよい状態だった。

   第2任務部隊も5隻いた戦艦のうち、1隻が沈没。2隻が中破という大損害を被っている。

   太平洋艦隊残存戦力、それも大きな被害を受けていない軽巡以上の艦は戦艦3隻、重巡洋艦5隻、軽巡洋艦7隻という有様だ。


「長官、撤退するべきです。これ以上進撃すれば、太平洋艦隊は全滅してしまいます」


 ドラエメル参謀長はパイに対して撤退を提言した。

 この意見に誰もが反対しなかった。ハワイから出撃した4個任務部隊のうち、2個は壊滅。1個も大損害を受けている。

このまま戦えば全滅する……誰もがそう考えた。


「我が軍には失った艦を補充する力はありません。いえ、将兵を補充することも困難です。これ以上、ここに留まり

 日本海軍と戦い続ければ、アメリカ海軍の再建は永遠に不可能になってしまいます!」

「………」


 パイは迷った。戦術的には撤退するのが正しい。だがここで引いても最終的な結果は同じだと彼は考えていた。


(3ヶ月もすれば日本海軍は攻撃機を搭載した空母機動部隊、それに強化されたミッドウェー航空隊の支援の下で

 ハワイに押し寄せるだろう。そうなれば最終的に太平洋艦隊は壊滅してしまう)


 パイの脳裏に驚異的な攻撃力を持つ日本軍機の飽和攻撃によって見るも無残に沈められていく太平洋艦隊の姿が鮮明に

映し出される。しかしここで戦ってもドラエメルの言うように全滅するのがオチだ。


「……ハワイに撤退する」


 パイは苦渋の決断を下した。そしてそのあと、最後の決断を下す。


「だが現状では追撃される恐れがある。よって殿を残す必要がある」

「し、殿ですか?」


 ドラエメルは驚きつつも、パイの意見に賛成せざるを得なかった。実際、勢いに乗った日本艦隊が追撃してくれば

太平洋艦隊はハワイに逃げ切る前に捕捉される可能性があった。


「速力が落ちたサウスダコダ、マサチューセッツ、メリーランド、ウエストバージニアの4隻を中心とした殿を編成する」

「ですが、誰が率いるのです?」


 このドラエメルの問いかけに対して、パイは米海軍史上最も短い言葉で宣言した。


「私がする」


 悲壮な覚悟で死兵となることを宣言するパイ。


「この敗戦の責任は私にある。責任は取らなければならない。諸君は、日本海軍がどれだけ強いか、そして我々が

 今度どのように変わらなければならないかを政府やキンメル提督に伝えてくれ」

「ちょ、長官……」

「そう、暗い顔をするな。別に死ぬことが決まっているわけではない。生きて帰ったら、軍法会議の席で証言して

 やるさ」


 だがこのとき、幕僚達はパイが死を覚悟していることを悟る。

 ドラエメルがパイに敬礼すると、他の幕僚達も次々にパイに敬礼する。これを見たパイは何も言わず答礼した。

 このあと、太平洋艦隊は殿部隊の編成に取り掛かる。当初、パイは損害を受けた戦艦4隻を中心とすることを考えていたの

だが第2任務部隊の艦長たち、特に戦艦コロラドとテネシーの艦長は反発した。


「我に友軍を見捨てる習慣なし」

「ノー」


 旧式戦艦の艦長たちは自分達も残ることを希望し、より多くの巡洋艦、駆逐艦を逃すことを提案した。

 これまでの戦いで彼らはこれからの戦いが航空機と潜水艦によって決まることを思い知っていた。次世代の戦いに

必要なのは航空機とそれを運用できる空母、そしてそれを護衛できる高速戦艦や巡洋艦、駆逐艦と考えたのだ。


「エンタープライズ、ホーネット、ワスプ、ワシントン、ノースカロライナ、この次世代の戦いの中核となる5隻のために

 できるだけ多くの護衛艦を残しておく必要がある……それにこの船の速力では、ジャップの追撃からは逃げ切れん」


 ビック7と呼ばれ、米海軍の誉れとされた戦艦コロラドの艦長は時代の流れを正確に読み取っていた。故に彼らはパイと

共に死兵となることを選んだ。


「老兵の戦いぶりを、ジャップ共に見せ付けてやるさ」


 かくして太平洋艦隊はパイ大将を指揮官に6隻の戦艦、2隻の重巡洋艦、3隻の軽巡洋艦、駆逐艦16隻からなる殿部隊を

残してハワイに退却した。残存艦隊の指揮を言い渡されたハルゼーは自身も残ることを主張したが、パイの厳命を受けて

太平洋艦隊の幕僚達を乗艦ノースカロライナに乗せた後、ハワイに退却した。


「死ぬなよ、パイ」


 適わぬ望みと知りつつも、ハルゼーはそう呟いた。

 ハルゼー部隊が分離し、ある程度距離が離れた2410時、遂に米艦隊は開戦以降、初めて日本艦隊と合間見えることになる。







 航空決戦において大勝利を得た日本艦隊では、さらなる追撃を行うか、この場は引き上げるべきかで意見が分かれていた。

 小沢中将はすでに勝利は確定したのだから、速やかに引くべきだと主張したのに対して、高須中将はここでさらなる追撃を

行い、米海軍にダメ押しをするべきと主張した。


「航空決戦で敗北した米海軍は混乱しています。ここで一気に追撃を行い戦果を拡大するべきです」


 高須の意見に第3艦隊の将校は渋い顔をした。

 第3艦隊は確かに大戦果を挙げたものの、その消耗は決して無視できるものではない。確かに戦闘で失った機体こそ少ない

ものの被弾した機体は意外と多かった。第3次攻撃隊で出せる機体が少なかったのもそのためだ。

 さらに弾薬の消耗も激しく、一度は後退して補給を受ける必要があった。


「一度、ミッドウェーにまで後退して態勢を整えるべきだろう。それに太平洋艦隊もあれだけ叩かれれば無茶はせんだろう」


 小沢はそう考えて、即座に追撃することをしない方針を決めていた。

 しかしその方針は太平洋艦隊がミッドウェーに向けて直進しているとの報告によってひっくり返る。


「第1艦隊、それに第3艦隊の護衛部隊によって水上打撃部隊を編成。米艦隊を迎え撃つ」


 小沢の決断によって悪天候のために出撃できなかったミッドウェー基地航空隊は、出番が来たとばかりに出撃した。

 さらに第3艦隊の護衛部隊から、戦艦6隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦6隻、駆逐艦24隻をひねり出し、第1艦隊と

合流させて(この際、第5機動戦隊は一部を残して分離)水上打撃部隊を編成した。

 臨時に編成された水上打撃部隊は戦艦12隻、重巡洋艦9隻、軽巡洋艦9隻、駆逐艦40隻の合計70隻という大部隊だ。

 太平洋艦隊との決戦ということで打撃部隊の将兵達は、いよいよ自分達の出番が来たとばかりに意気軒昂であった。

 何しろ夢にまで見た米太平洋艦隊との艦隊決戦なのだ。これまで空母、潜水艦、基地航空隊ばかりが活躍して肩身の

狭い思いをしてきただけに、喜びもひとしおだった。


「太平洋艦隊と空母部隊の連中に、日本海軍の戦艦部隊の実力を思い知らせてやるんだ!」


 砲術畑の士官はそういって部下達に発破をかける。

 日本海軍の対米戦略は通商破壊戦と航空決戦の2つに重点が置かれており、戦艦の出番はどうしても陰に隠れがち

だった。アメリカに対しては人的被害を与えるのが最も効果的な作戦であるとは、海軍士官の誰もが判っている。

 しかしそれでも、自分達の分野で活躍したいと思うのは当然だった。特にこの大災害でアメリカが大打撃を受け

イギリスもボロボロである以上、この戦争が終れば日本海軍と正面から戦う力を持った敵国はいなくなる。

 対米戦争で活躍できなければ、戦後の冷や飯食いは確定。故に誰もが必死であり、猛烈な闘志を燃やした。

 そして1月20日午前0時10分、日本艦隊旗艦長門のレーダーが米太平洋艦隊を捉えた。


「砲雷撃戦用意!」


 長門のCICにいる高須中将の命令が全艦艇に伝えられる。


「敵艦隊に何か動きは?」

「ありません。敵は1時方向、速度15ノットでハワイ方面に向かっています」

「アメリカ海軍の電探は我々のものより性能が悪いようだな」


 こちら側が米艦隊を捉えているというのに、アメリカ艦隊には何の動きも無い。これは米艦隊が未だにこちらを

捉えられていないことを意味している。実際、米海軍のレーダーは長門が装備しているものより劣っていた。

さらに言えばサウスダコダとマサチューセッツは積んでいたレーダーが先ほどの空襲の影響で故障してしまった。このうち

マサチューセッツのレーダーは修理できたものの、調子は今一歩だ。しかし旧式戦艦に至ってはレーダーを搭載していない。

よってマサチューセッツが自艦のレーダーを有効に使うために艦隊の殿を務めている。

 これに対して日本海軍は全艦が電探を装備している。勿論、その運用方法も習得済みだ。


「ふむ。敵の大型艦はこちらと同じ単縦陣を組んでいるか」

「はい。加えて敵の殿の艦が電探搭載艦のようです」

「よし、敵の殿を叩く。砲術長、電探連動射撃管制装置を使うぞ」

「任せてください」


 砲術長は自信満々に答えた。これを見た高須は満足げに頷くと作戦参謀に尋ねる。


「敵との距離が2万になったら砲撃を開始する。水雷戦隊の突入を準備させろ」

「了解しました」


 このとき日本海軍は戦艦12隻が単縦陣(長門型、伊吹型、伊勢型、扶桑型、金剛型の順番)をつくり、右翼に

重巡洋艦、左翼に水雷戦隊が展開していた。

 高須中将としてはまずは戦艦による砲撃を仕掛け、敵艦隊の注意を引き付けておき、重巡洋艦を頭にして水雷戦を

仕掛けるつもりだった。

 戦艦が囮になっている隙に、水雷戦隊を突入させる。列強からすれば狂気の沙汰とも言うべき戦術が日本海軍の

御家芸であった。

 ちなみに水雷戦隊の人間もやっと出番がきたと意気軒昂。突撃命令を今か今かと待ち侘びている。

 だが残念なことに彼らの獲物は思ったよりも少なかった。


「しかし相手の数が少ないな。連中は損傷した艦を置き去りにしたのか?」


 電探による反応から、敵艦隊は戦艦らしき大型艦6、巡洋艦らしき中型艦5が中心となっている。これほどの

規模の部隊なら当面は第1艦隊のみでも戦えるほどだ。高須は伊吹型や金剛型を分離させて行動させればよかったかも

しれないと思ったが、今何を思っても後の祭りなので考えないようにした。


「……まぁ良い。目の前の敵を始末して、余裕があれば後を追えば良い」


 高須がそう言った直後、電探士が声を上げる。


「2時の方向、敵との距離2万!」

「右砲戦、目標、敵6番艦!」


 戦艦長門、陸奥の50口径41cm砲18門が米艦隊の殿を勤めている戦艦マサチューセッツに狙いを定める。

 このとき、ようやく日本艦隊を発見したのか、米艦隊が慌しく動き始める。


「気付いたか。だが遅い」


 すでに長門の発射準備は終えている。あとは発射ボタンを押すだけだ。


「撃て!!」


 長門の砲術長の命令と共に、発射ボタンが押され、長門の41cm砲9門が轟然と火を吹いた。同時に陸奥も斉射する。

 合計18発の徹甲弾が数十秒おいてマサチューセッツに降り注ぎ、マサチューセッツ周辺に18本の水柱が出来る。

 これを見たマサチューセッツ艦長は驚愕した。


「初弾で夾叉だと?!」


 砲戦、特に夜間戦闘では砲弾というのはそう簡単に命中するものではない。しかし相手はいきなり夾叉弾を得たのだ。


(連中、よっぽど良いレーダーがあるのか、それとも魔法の目でも持った見張り員でもいるのか?)


 一方、いきなり夾叉弾を得た日本艦隊は沸きかえっていた。


「連動斉射、成功です!」


 長門のCICはこの報告に沸きあがる。


「落ち着け。まだ命中弾を得たわけではない」


 高須は回りを落ち着かせつつも、自身の興奮を必死に押し隠した。

 同時に技術部の人間が太鼓判を押して自慢していただけのことはあると納得した。彼らを興奮させたのは

海軍技術部が開発した新型のレーダー連動射撃管制装置だった。この装置をもってすれば長門と陸奥の2隻の戦艦の

主砲を長門1隻で制御できる。将来的には第1艦隊の戦艦全てを統制できるようにするつもりだ。


「しかし夜戦で、初弾から夾叉を得られるとは、時代は変わったな」


 高須の言葉に砲術長は得心した顔で頷く。


「はい。自動射撃管制装置のおかげです」


 トランジスタの開発によって電子機器の小型化に成功した海軍は射撃システムそのものの自動化を進めていた。

 何しろ仮想敵は『あの』米海軍。例え既存の戦艦を潰しても数年もあれば新型戦艦を補充できる連中なのだ。

日本も建造能力を向上させているが、対米戦争になれば戦艦の建造は後回しにせざるを得ない。つまり手持ちの戦艦で戦う

必要がある。故に建艦以外で強大な米海軍に対抗する術を身に着けなければならなかった。

 そこで海軍が採用したのが射撃システムの自動化。人の手に依らない、つまり人的ミスが起こらず、一部の熟練した技術者

に頼ることなく高い命中率を得られるシステムの開発を日本海軍は推し進めた。

 その結果、砲塔の仰角、俯角の調整さえ自動で行うという状態となった。勿論、海軍内部にも反発はあったが、最終的には

夢幻会のバックアップを受けた古賀が反対派を押し切った。

 だがそれでもこのシステムを搭載しているのは長門型2隻と伊吹型2隻の4隻のみ。さすがの日本海軍も対米開戦までに

全ての戦艦に装備させることはできなかった。

 だが4隻であっても米海軍にとっては脅威であった。

 長門型2隻に続けて砲撃を開始した伊吹型は、マサチューセッツに命中弾を浴びせる。50口径41cm砲から放たれる

高速弾は堅牢なはずの米新型戦艦の装甲を貫き、艦の奥深くで爆発する。

 さらに日米艦隊の距離が詰まってくると、伊勢型、扶桑型、金剛型も次々に砲撃を開始する。


「長官、敵艦隊はどうやら同航戦を挑んでくるようですが……」


 艦長の言葉を聞いたパイは頷く。


「そのようだな。各艦に敵1番艦の長門型に攻撃を集中するように伝えろ。敵の指揮系統を乱すんだ!」


 マサチューセッツは、使える6門の主砲で応戦を開始。さらに前方にいた5隻の戦艦もそれぞれ砲撃を開始する。

 しかし米側が命中弾を与える前に、長門型2隻がマサチューセッツに向けて再度18発の徹甲弾を放ち、そのうち4発が

立て続けに命中。辛うじて機能していたレーダーをなぎ払い、米艦隊の電子の目を奪い去る。


「何と言う命中率だ」


 海戦が始まってから僅か数分でマサチューセッツが好きなように叩かれている様を見たパイは歯噛みした。

 41cm砲弾が短時間のうちに立て続けに命中したことで、マサチューセッツの戦闘能力は一気に落ちた。艦尾を貫いた

2発の砲弾は3番砲塔を旋回不能にし、さらに爆風と衝撃でタービンにダメージを与えたのだ。

 2番砲塔は辛うじて砲撃を続けているものの、放たれる砲弾は日本艦隊から遠く離れた位置に落着している。加えてタービンが

ダメージを受けたせいで速度がさらに落ちており、艦隊から取り残されつつある。


「拙い。このままでは敵の水雷戦隊の餌食になるぞ」


 パイは焦るもどうしようもない。彼の手元にはマサチューセッツを助けるだけの戦力はなかった。

 一方、マサチューセッツが脱落していくのを確認した高須は、残り5隻に向けて攻撃を開始することを命じた。


「敵の目は潰した。後はもみ潰すだけだ」


 両者の距離が18000になり、両者が併進しての砲撃戦となると、ますます脱落気味のマサチューセッツを助ける余力は

なくなった。何しろ戦艦の数は日本側12隻に対して、米国は6隻。そのうちすでに1隻が先制攻撃の集中砲火で脱落気味。

 現状は12対5という目を覆いたくなるような劣勢だった。長門には何とか数発の命中弾を浴びせたものの、長門が脱落する

気配は見られない。

 これに対して日本側は長門が攻撃を一身に受けてくれたために、他の11隻は反撃を受けることなく、砲撃を続けられた。

 敵に撃たれながら砲撃するのと、敵に撃たれることなく砲撃するのでは、その命中率に大きな差があることは自明の理だ。

 パイが乗るサウスダコダは長門型戦艦2隻掛りの砲撃を受けて大きな被害を受けている。3番砲塔は破壊され、後部のマストは

海に叩き落された。上部構造物も滅茶苦茶で艦橋が無事なのが不思議なほどだ。艦内の被害も酷い。

 他の戦艦も似たようなもので、あちこちから煙が上がっている。テネシーに至っては前檣楼を直撃されて、かご型マストが

無残にも折れていた。

 パイはやむを得ず、各艦艇に各個に照準を合わせことを命じる。だが彼の命令はそれだけではなかった。


「15000まで接近しろ。このままでは一方的に撃たれるだけだ!」


 パイは近距離砲戦で、一発逆転を狙った。何しろこのままでは何も出来ずに沈められてしまうのは確実だった。

 故にパイはせめて一矢でも報いるためにさらなる接近を命じた。

 ボロボロになりながらも、日本艦隊に向かう米艦隊。距離が縮んでいくに従って、日本側の戦艦も被弾し始めた。

特にコロラドは扶桑に対して立て続けに砲弾を命中させ、扶桑の3番砲塔を叩き割るなど奮戦した。だが距離が近づくと

言うことは日本艦隊の放った砲弾の威力も増すことに他ならない。

 テネシーは山城の放った砲弾によってトドメを刺され力尽きたかのように沈んでいった。

 そんなリヴァイアサンの狂宴が繰り広げられている頃、栗田少将率いる第7戦隊(旗艦妙高)を中心とした水雷戦隊が躍り出た。


「水雷戦隊の出番を根こそぎキングクリムゾンされるかと思ったぞ」


 栗田少将は回りの人間が理解できないことを呟きつつも、突撃の指揮を執った。

 数で勝る日本の水雷戦隊が接近してくることを知ったパイは自軍の重巡、軽巡、駆逐隊に迎撃を命じた。ここで魚雷を受けては

堪らないからだ。

 しかし栗田は、米巡洋艦部隊が接近してくるのを見て、内心で小躍りした。


(大井と北上も連れてきて正解だった。まとめて喰ってやる!)


 栗田は獰猛な笑みを浮かべながら、艦隊を米艦隊に肉迫させる。熾烈な砲撃戦を展開した後、近距離から雷撃を敢行した。

 重雷装艦の北上、大井、雷撃能力を高められた利根型軽巡洋艦利根、筑摩、米代の3隻、さらに第1水雷戦隊の特型駆逐艦

16隻の21隻から放たれた128本もの魚雷(半数が誘導魚雷)が米艦隊に向かう。

 勿論、米側は日本艦隊の雷撃を阻止しようとしたが、15.2cm自動砲8門を持つ最上型軽巡洋艦4隻、それに防空戦隊の

駆逐艦の熾烈な砲撃を受けて、接近することさえ出来なかった。


(この日のために用意した酸素魚雷128本。たっぷり喰らうといい!)


 栗田は魚雷を撃ち終わると、すぐに反転する。彼は闘志溢れる指揮官であったが、さすがに巡洋艦で真正面から戦艦と殴り合い

をする無謀な指揮官ではなかった。

 近距離で、それも一斉に網を打つように放たれた魚雷を回避する術を米艦隊は持ち合わせていなかった。重巡洋艦ペンサコラと

ミネアポリスが瞬く間に被雷する。


「ダメージレポート!」


 2隻の艦長は被害状況を把握しようとするが、次の瞬間、新たに酸素魚雷が命中して轟沈した。

 最上型軽巡洋艦の砲撃によって上部構造物を滅茶苦茶にされ、速度も落ちていた3隻の軽巡洋艦は誘導魚雷の餌食となり、次々に

海底に引きずり込まれた。砲撃によってダメージを受けていた駆逐艦3隻も同様の運命を辿った。

 残りの駆逐艦は何とか回避したものの、隊列は大きく乱れ、日本の水雷戦隊を追撃するようなことはできなかった。

 アメリカの駆逐隊にできるのは味方が壊滅したことを報告し、その場から離れることだけだった。


「ぜ、全滅? たった10分で、こちらの水雷戦隊が壊滅?」


 21隻からなる巡洋艦、駆逐隊が成す術も無く壊滅したとの報告を聞いて絶句した。そして同時に艦隊の全滅を悟った。


(もはやここまでか……)


 このとき、旗艦サウスダコダは長門型2隻の集中砲火を受けて、大きな打撃を受けていた。主砲はまだ使えるものの射撃電路を

破壊され、斉射ができなくなっていた。

 さらにSHSに相当する長門の41cm砲弾は、サウスダコダの装甲を食い破り、艦内のいたるところに大きな傷を残していた。

浸水も起きており、左に5度傾いている。

 元々中破していたメリーランドとウエストバージニアはそれぞれ伊吹型2隻と伊勢型2隻の集中砲火を受けて青息吐息の様相だ。

 コロラドは扶桑型2隻、金剛型2隻の4隻の砲撃を受けて大破していた。コロラドは16インチ砲搭載艦とは言え、その装甲は

対14インチ砲に過ぎない。幾ら堅牢な作りの米軍戦艦とは言え、4隻の戦艦の集中砲火を受けて無事で済むはずがなかった。

 コロラドは扶桑に4発ほど命中弾を送り込んでいたが、扶桑を黙らせるには至らなかった。


「老兵には、戦いに参加する資格すら無かったと言う訳か」


 殆ど無駄なく(米側視点で)命中弾を送り込んでくる日本艦隊を見てコロラドの艦長は艦橋で自嘲した。

 艦隊から脱落気味のマサチューセッツは金剛型2隻と高雄型重巡洋艦3隻の集中砲火を浴びて、テネシーの後を追うかのように

太平洋の海底に沈んでいった。

 そんな息も絶え絶えの米戦艦に多数の魚雷が迫っていた。


「左舷より雷跡多数接近!!」


 見張り員からの報告を受けて、サウスダコダは慌てて舵を切る。だが見張り員は信じられないという声色で報告する。


「ぎょ、魚雷が追いかけてきます!!」

「馬鹿なことを言うな! 魚雷が目標を追尾することなど……」


 艦長が怒鳴りつけようとするのを、パイが遮る。


「先ほどの空襲では、日本軍は追尾機能がついた新型爆弾を用いた。なら魚雷に追尾機能があってもおかしくない」

「………」


 この直後、戦艦群に向かっていた64本の魚雷のうち、16本が4隻の戦艦に命中した。

 サウスダコダとコロラドには5本が、メリーランドとウエストバージニアには3本の魚雷が命中した。戦艦同士の戦いで

深手を負っていた4隻が、この被雷に耐えられる訳が無かった。4隻全てで退艦命令が出る。


「長官、退避してください!」


 艦長の言葉を聞いたパイは首を横に振る。


「この敗戦は全て私の責任だ。私の勘違いと作戦ミス、そして日本海軍に対する認識の甘さが被害の拡大を招いた。

 私は艦に残る」

「しかし……」

「早く行くんだ。この艦はあと10分ももたないだろう」


 それでも尚、退艦を懇願する部下達に、パイは静かに言う。


「ノー・サンキュー」


 パイの決意を籠めた言葉に、艦橋にいた人間達はパイを脱出させることを諦めた。

 彼らは静かにパイに敬礼した後、サウスダコダから退艦していった。サウスダコダは艦長が艦から離れると力尽きた

かのように他の3隻と共に沈んでいった。

 かくして後にハワイ沖海戦と呼ばれる一連の戦いの幕は閉じた。

 アメリカ海軍太平洋艦隊の実質的な壊滅という形で。














 あとがき

 提督たちの憂鬱第42話をお送りしました。

 更新が遅れてすいません。何しろリアルが大変だったのと、無謀にも新しいSSを始めたので。

 (でも気晴らし兼実験SSのほうが人気があるような気がするのは何故だろう(爆))

 さて、書いた本人が言うのもなんですが、何という火葬戦記(笑)。ここまで一方的に米軍が負ける話は

 昨今中々ない気がします。あと日本側の命中率が高すぎたような気も。

 それにしても海戦というのは書くのが難しいです。世の中の仮想戦記作家の皆さんは凄いですね。自分は

 この話を書き終わるだけでも一苦労でした。おまけに出来も良くない気がしますし(苦笑)。

 本当、戦闘シーンは難しいですね……。

 さてハワイ沖海戦はここで終了です。次回は日米双方の被害報告になります。

 キンメル提督が卒倒しそうですけど……。

 それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第43話でお会いしましょう。





 今回活躍した艦のスペックです。

 大井型軽巡洋艦
排水量:6千8百トン 巡航速度:17ノット 最高速度:33ノット
武装:15.5cm連装砲2基4門、40mm連装機銃4基8門、
   53cm魚雷発射管四連装10基40門