200機もの烈風の迎撃を何とか掻い潜ってきた12機の米軍機パイロットが見たのは、2隻の空母と6隻もの

戦艦を中心に輪形陣を組んでいる51隻もの大艦隊であった。

 太平洋艦隊主力に匹敵する大艦隊を前に、パイロット達は興奮した。


「これがジャップの主力か!」


 ドーントレスの操縦桿を握るマックラスキー少佐は、日本艦隊を見て声を挙げる。

 しかし彼は気分を落ち着かせて日本艦隊の様子を見て、眼下の艦隊がお目当ての空母部隊ではないとすぐに

理解した。しかし艦隊を発進した直後は200機はいた味方の編隊が、今ではあたりに12機しかないという

状況から、これ以上この海域をうろついても全滅するだけと判断する。


「目の前の艦隊の空母を叩くか」


 眼下に見える空母はヨークタウン並みの大きさがある。少なくともこの空母に手痛い打撃を与えることができれば

十分な戦果と言えるだろう。


「……よし、あの空母を叩くぞ」


 マックラスキー少佐はそう言って、残っている辛うじて付いてきている12機のドーントレスを率いて

輪形陣中央にいる隼鷹、飛鷹に急降下爆撃を試みようとする。

 だが残念なことに、それを見逃すほど第1艦隊の将兵達は甘くも無ければ無能でもなかった。


「飛んで火に居るなんとやら、だ」


 砲座にいた兵士達はニヤリと笑う。

 電探と連動した12.7cm高角砲からVT信管付きの砲弾が12機の爆撃機に向けて放たれる。通常の対空砲弾は

タイマー式であり、滅多なことでは命中しない。だがVT信管は違った。信頼性の高い電子回路を組み込まれたこれら

の砲弾は電探と優秀な射撃管制装置、そして兵士達の高い技量によってドーントレスの至近に到達し、次々に炸裂した。

 瞬く間に6機ものドーントレスが撃墜される。そうそう簡単に当たるはずがない対空砲弾によって、次々に味方機が

撃墜されていくのを見てマックラスキーは驚愕した。


「馬鹿な、何でこんなに当たる?! 連中の砲弾には目でもついているのか?!」


 いきなり半数が撃墜されたが、ここで止まることは出来ない。残った6機は隼鷹に狙いを定める。

 だが12.7cm砲弾の洗礼を潜り抜けた彼らに、今度はVT信管付きの7.6cm砲弾、それにボフォース40mm

砲弾が撃ち込まれる。勿論、7.6cm速射砲、40mm機関砲は共に電探を搭載した射撃管制装置によって管制されて

おり、米海軍とは比べようが無いほど正確無比な射撃をマックラスキー隊に浴びせる。


「畜生、まるで炎の壁だ!!」


 空全体を包み込むかのような濃厚な対空砲火を前に、マックラスキーは絶叫した。

 ここまで濃厚な対空砲火は米軍でも張ることは出来ないだろう。たとえ津波前であっても。

 尤も日本側も、ここまでVT信管の出血大サービスなどそうそうできるものではない。実際、この戦いでばら撒かれて

いるVT信管を揃えるのに掛かった費用は無視できないものだ。しかしそれでも日本は必要な数を揃えた。


「金は大切だが、将兵の命には代えられない」


 自他共に認める金の亡者であった辻であったが、さすがの彼も金をケチって将兵を犠牲にすることはできない。

 尤も彼の場合、下手に死傷者を増やすと遺族年金とかの支払いが国庫を圧迫しかねないとも考えていたが……。

 何はともあれ、史実では散々に日本軍機を撃墜した40mm機関砲、それに特攻機の教訓から作られた7.6cm

速射砲は、この世界では逆に米軍機に牙を剥き、さらに5機もの米軍機を叩き落した。

 頑丈さに定評のある米軍機と言えども、40mm弾、7.6cm砲弾を雨霰と浴びせられたら堪った物ではない。

 マックラスキーは自機以外が全て撃墜されたのを見て歯噛みした。


「クソッタレ、何ていう精度だ! 日本人は魔法の目でも持っているのか?!」


 血走った目で隼鷹を睨む。


「こうなれば、貴様だけでも!!」


 死に物狂いで死の雨を潜り抜けたマックラスキー機に向けて20mm機関砲が火を噴いた。

 彼は何とか隼鷹に爆撃を敢行しようとするが、ほぼ全周から浴びせられる20mm機関砲の前に、その努力は

徒労に終った。

 哀れなマックラスキー大尉は、その頭部に20mm弾の直撃を受けて何が起きたのかも判らないまま絶命。制御を

失った彼の機体は隼鷹から離れた海域に墜落した。


「天晴れだな」


 高須は最後の最後まで、全滅するまで隼鷹に食いつこうとしたマックラスキーの行動を賞賛した。


「米軍にもまだ闘志をもった人間がいるのだな……我らに大和魂があるように、奴らにはヤンキースピリッツがある

 ということか。まだ油断はできないな」


 そう言った直後、あらたな敵機の編隊が迫っていることが報告される。


「あれだけ烈風に追い散らされているのに執拗だな……気を引き締めなければ」









        提督たちの憂鬱  第41話










 3隻の米空母から飛び立った200機もの攻撃隊は、200機の烈風の迎撃によってその大半が進撃途上で撃墜

され、辛うじて迎撃を掻い潜った機体も、前衛の第1艦隊の鉄壁とも言ってよい防空網を突破することは適わなかった。


『畜生、ダメだ!! 追いつかれる!!』

『味方は?! 味方の戦闘機はどこにいる!?』

『堕ちていくのは、全部味方ばっかりだぞ。どうなっている!?』


 悲鳴のような無線通信が、空母エンタープライズのCICに満ちる。

 CICの士官達は、あまりの悲惨さに絶句した。すでにこちら側の問いかけに応答する味方機は指で数えられる程だ。

 それは第一次攻撃隊がほぼ全滅したことを意味する。


「敵艦隊にたどり着けたのは、マックラスキー少佐を含めて21機。その全てが交信を絶っている……」


 あれだけの規模の攻撃隊が、殆ど敵に打撃を与えることなく消滅したとの事実に、誰もが声を出せない。


「馬鹿な、そんな馬鹿な! 200機だぞ。200機!! あれだけの編隊が何も出来ないまま消滅?!

 そんなことがあってたまるか!!」


 士官の一人は現実が認められないように吼えた。しかし現実は変わらない。

 太平洋艦隊が自分に残された航空戦力の大半をつぎ込んで行った渾身の一撃は、見るも無残な結果に終った。

 ハワイの基地航空隊が現在、日本艦隊に向かっているが、どこまで打撃を与えることができるかは未知数だ。


「どうなるのだ……」


 士官が項垂れながら、そう言った頃、第5任務部隊旗艦ノースカロライナの艦橋では、ハルゼーが顔を真っ赤に

していた。


「クソッタレ! ジャップどもが!!」


 味方攻撃隊が一方的に全滅に追い込まれたとの報告を聞いたハルゼーは怒り心頭であった。

 しかしその怒りは味方攻撃隊を文字通り塵殺した日本軍だけに向けたものではなかった。様々な事情で満足な

訓練を彼らにさせることができず、練度が低いまま彼らを送り出した自分達へも向けられていた。


(俺達にもっと力があれば。彼らをこうも無残に空に散らさなくてもよかったものを!!)


 彼らが送り出した航空隊は、数こそ200機とそれなりの規模であったが、その内情はお寒い限りだった。

 津波発生によって混乱する兵站、そして士気やモラルの低下によって練度はただ下がりであった。日本軍の

恐るべき索敵能力を考慮すれば、超低高度で飛行し、相手のレーダーを掻い潜って接近するべきだったのだが

それを成すだけの練度は彼らにはなかった。


(いや、味方の報告によれば相手は100機以上の戦闘機を出していたことになる。一方的にこちらを叩いた

 ことを考慮すれば150〜200機は直掩に出ているだろう。だが出ている連中はある程度消耗している。

 ここで新手が出てきたとしても、ハワイから出た部隊なら突破は可能なはずだ)


 日本艦隊の空母の数から、向こう側の戦闘機数を推測したハルゼーは、現状ならハワイから飛び立った攻撃隊が

日本軍の迎撃を掻い潜って艦隊に取り付くことができると判断する。


(お前達の犠牲はムダではない)


 心のうちでそう呟くと、ハルゼーは意気消沈する部下達に活を入れる。


「お前ら、俺達はまだ負けたわけじゃない! 気を抜くな!!」


 パイ大将もハルゼーと同様の考えに至っていた。彼はまだハワイ航空隊が日本艦隊に痛打を浴びせる可能性がある

と考え、艦隊を後退させるべきではないかと意見する参謀達を抑えていた。


「ここで後退すれば、日本艦隊が一気にハワイに迫ってくる。踏ん張るしかあるまい」


 そんな彼らの期待を一身に背負っていたハワイ航空隊であったが、その攻撃はやはり無残な失敗に終った。

 第一次攻撃隊とほぼ同数の機数からなる第二次攻撃隊たるハワイ航空隊は、第一次攻撃隊のときと同様に、自分達の

編隊とほぼ同数の戦闘機による迎撃を受けた。

 空の要塞と歌われ、重防御を誇るB−17であったものの、20mm機関銃の集中攻撃と、空対空ロケット弾の前に

次々とハワイ沖で散華していった。勿論、B−24やB−25といった他の爆撃機は言うまでも無い。


「どこが紙と竹で出来ている飛行機だ?! 嘘っぱちじゃないか!!」


 乗員達は口々に、戦前にいい加減な情報を教えた情報部を呪った。

 しかし彼らを呪っても、目の前の日本機が消えてなくなるわけではない。彼らは必死に密集隊形を取り、可能な限り

濃密な弾幕を張って烈風を近づけないようにする。

 だがその努力もむなしく、後ろから追いすがってきた烈風から放たれた多数のロケット弾の直撃を受けた1機のB−17が

火を噴きながら墜落していく。そしてこのロケット弾の攻撃によってさらに編隊が乱される。それは濃密な弾幕に穴が開く事

を意味していた。


「3番機、4番機は左に逃げるB−17を狙え! 2番機は俺について来い!!」


 藤田怡与蔵大尉はそう命令するや否や、一気に高度を下げて、下方に飛行している米爆撃機部隊に肉迫した。

 機銃手達が上方から接近してくる烈風に気付いたのか、慌てて弾幕を張るが、烈風の接近を阻止することはできない。

 藤田は狙いを定めたB−17まであと200mという位置で機銃の発射ボタンに指をかける。すると4門の20mm機関銃が

うなりをあげ、放たれた機銃弾がB−17の右翼に吸い込まれていく。そして直後に2基のエンジンが火を噴く。


「よし!」


 藤田が操縦桿を引いて上昇に移った直後、2番機がさらに攻撃を加える。これによってB−17はさらに左翼のエンジンが

火を噴く。


「堕ちるのは時間の問題だな」


 見る見る高度を下げていくB−17を見て、藤田は撃墜を確信する。

 あたりを見渡せば、米軍の重爆撃機群が次々に煙を吐きながら落下していく。空の要塞と謳われ、米軍が誇った重爆撃機が

かくも簡単に撃墜される……それは爆撃機のクルーにとって信じがたい現実であった。


「クソッタレ、味方の戦闘機は何をしている?!」


 重爆の乗員達は役立たずの味方の戦闘機隊と、忌々しいジャップの飛行機を罵る。

 だが残念なことに、彼らが罵ったはずの米軍の戦闘機はすでに大半が烈風によって追い散らされるか、撃墜されるか

されて事実上無力化されていた。戦場に踏みとどまっている者も、自分が生き残るので精一杯で、爆撃機隊を護衛する

余裕などなかった。


「我が軍の戦闘機はどこに居る?!」


 このB−17搭乗員の悲痛な叫びは、ハワイ沖で起きた悲劇を象徴するものとして語り継がれることになる。











「全滅だと………」


 太平洋艦隊旗艦サウスダコダの艦橋ではパイが信じられないといった顔で報告を受けていた。


「馬鹿な、400機だぞ。我が軍に残されていた虎の子の航空機400機が、全滅? 敵に大した損害を与える

 ことなく?」


 幕僚達も顔面蒼白といった様子だった。彼らだって最初はその報告を疑った。いくら日本軍が強力であっても400機

もの戦爆連合を撃退できるはずがない……彼らはそう思い、何度も確認させた。

 しかし現実は変わらない。400機もの米攻撃隊はこのハワイ沖で、その大半が海の藻屑となったのだ。

 それは米軍の作戦が破綻したことを意味していた。


(どうする?)


 パイは迷った。日本海軍を撃退するには、水上砲戦を挑むしか手が無い。だが水上砲戦を挑む前にアジア艦隊を全滅させた

航空攻撃を受ければ大打撃を受ける。その上で日本海軍の水上打撃部隊と戦えば敗北は必至だ。

 しかしここで艦隊を退避させても追撃を受ければ大損害、仮に艦隊を無視してハワイを直撃されれば太平洋艦隊は西海岸に

後退せざるを得なくなる……そう考えたパイは決断できなかった。八方塞とはこのことだった。

 そんなパイに太平洋艦隊参謀長のドラエメル少将が意見を出す。


「長官、彼らは空母の艦載機の大半を戦闘機にしているのではないでしょうか?」

「何だと?」

「確かに日本海軍の戦闘機は恐るべき実力を秘めています。先の真珠湾空襲で使用された日本軍爆撃機の性能は我が軍の

 どの爆撃機よりも優れているとのレポートもあるので、F4Fを圧倒しているのは間違いないでしょう。

 ですがいくら強力とはいえ400機もの航空隊を、この短時間で一方的に殲滅するには、どうしても数が要ります。

 そして報告によれば第一次攻撃隊、第二次攻撃隊はともに200機以上の戦闘機によって迎撃されたとあります。

 確認されている日本空母の数から考えれば彼らの艦載機の大半は戦闘機で構成されているのではないかと」

「馬鹿な、それでは彼らはこちらを攻撃することが……っまさか?!」


 パイはこのとき漸く気付いた。日本軍が何を目論んでいたのかを。


「奴らの目的は太平洋艦隊とハワイの航空戦力をすり潰すことか」

「間違いないでしょう。彼らの狙いは決戦ではなく、単に我が軍の航空戦力を殲滅することだったのでしょう」


 パイは愕然とした。そして同時に彼は自分が敵の罠に見事に嵌ったことを悟った。

 虎の子の航空戦力400機の喪失。それは今の米海軍にとっては致命的と言ってもよい大打撃だ。今回失った航空戦力を

補充する力は、今の米海軍にはない。失った兵力の穴埋めは不可能だ。

 そして次に日本海軍が全力で来襲すれば、太平洋艦隊は航空機の傘を失った状態で文字通り袋叩きにされるだろう。


「………」


 パイを含めて太平洋艦隊司令部の幕僚達は呆然自失となった。

 しかしそんな彼らにさらなる追い討ちが襲う。


「サ、サラトガが敵潜水艦の雷撃を受けました!」

「何?! 被害状況は?!」

「左舷に4発が命中しました。懸命の消火活動が行われていますが、艦を救うことは不可能であり、退艦命令を出さざる

 を得ないと」

「………」


 敵の一太刀浴びせることなく、こちらの戦力だけが削られていく。まさに悪夢であった。


「回りの駆逐艦は何をしていたのだ?!」

「全く探知できませんでした。加えて雷跡も殆ど確認できなかったと……」

「ホーネットのときと同じか」


 パイは歯噛みした。何しろ敵に一杯食わされた上に、良い様に攻撃され、反撃すらままならないのだ。

 そんな彼らに今度は偵察機によって発見されたとの報告が入る。しかも邀撃に向かったF4Fは偵察機に全く追いつけ

なかったというダメ押しがされる。


(我が軍と日本海軍には、これほどの差があったというのか?!)


 パイは不屈の精神をもって何とか思考を切り換える。


(連中の艦載機が戦闘機中心なら、空襲を恐れる必要はない。それにミッドウェーの基地航空隊だけが脅威なら

 ここは打って出るべきなのでは?)


 日本海軍空母部隊の打撃力を恐れる必要がないのは今だけ。ここで彼らが後退して、日本本土で攻撃機を搭載してやってく

れば太平洋艦隊は殲滅されかねない……パイはそう判断した。


「日本艦隊に対して攻勢に出る」

「長官?!」


 誰もが信じられないという顔をする。


「一旦、引くべきです。これ以上損害を増やすべきでは!」

「いやここで打って出るしか道は無い。ここで奴らが後退していくのを指を咥えて見過ごせば、3ヶ月以内に我々は

 殲滅されるだろう」


 ここで幕僚達はパイが何を言いたいのかを悟る。そしてその意見に賛同せざるを得ないことも。


「「「………」」」


 座して死を待つか、それとも打って出て死中に活を見出すか、2つに一つ。ただし後者を選んだとしても失敗する

可能性は非常に高い。だが前者よりはまだ勝算があった。ここで日本艦隊を痛撃できれば、多少なりとも日本軍の進撃を

食い止めることができる。それに自分達の面目も保てる。


「し、しかし日本艦隊が後退した場合は?」

「ミッドウェーにまで出る姿勢を見せる。そうすれば奴らも応戦せざるを得なくなるだろう。それに一応、最低限の

 直掩機は残っている。基地航空隊の攻撃ならある程度は凌げる」


 重爆は対艦攻撃にはあまり向いていないというのが、米軍の常識だった。


「異論はないな?」


 かくして太平洋艦隊は日本艦隊に向けて突撃を開始する。









 米艦隊が日本艦隊に向けて突撃することを選んだ頃、日本海軍第1艦隊、第3艦隊は戦果の集計を行っていた。


「撃墜した敵機は最低でも320機。来襲したのが440機程度(実際は400機)ということを考慮すれば上出来だ」


 赤城のCICで、草鹿少将は満足げな顔をした。実際、来襲した敵機の80%近くを撃墜したとなれば大戦果と

言えた。さらに残りの20%も大なり小なり被害を与えている。


「ハワイ諸島に展開している米航空機は空母艦載機を含めて600機余り。先の真珠湾空襲で叩くことが出来たものを

 含めれば400機あまりを撃墜、撃破できた、か。現時点で蜂一号はほぼ成功と言ってよいな」


 小沢の言葉に草鹿は頷く。


「特に敵の爆撃機、雷撃機はその大半を撃墜しています。敵の攻撃力は著しく減じたと言ってよいでしょう」

「そうですな。それに戦闘機の戦果もさることながら、対空砲火も凄まじい威力でした」

「殆どの機体は、輪形陣中央に近寄ることすらできませんでしたからね」


 司令部の幕僚達は大した損害を受けることがなかったことに安堵すると同時に、敵の航空戦力を予定通り、いや

予定していた以上に順調に漸減できたことに満足した。

 こちらが撃墜された烈風はわずか20機。修理不能機を含めれば損失機は29機だった。さらに艦艇の被害も軽微で

小破以上の艦はない。これに対して、撃墜できたのは320機。さらに空戦でのキルレシオは実に1対10というトンでも

ない数字であった。

 完全勝利と言っても過言ではなく、嶋田あたりが聞けば『火葬戦記、乙』と言ってもおかしくないほどのものだ。

 だが小沢はこの大勝利でも満足していない。彼はこの勝利をより完璧なものとするべく、反撃を決断する。


「出せる流星は50機。数は少ないが、これで健在の米空母2隻を撃破する」


 このとき呂24からの報告で、4発もの魚雷をサラトガ型空母に命中させたとの報告がすでに齎されていた。

 4発もの魚雷、それも酸素魚雷が命中したとあれば、いくら元巡洋戦艦の艦体を持つとはいえ、唯ではすまない。

偵察機からも空母1隻が炎上中との報告が入っており、小沢は残った健在の空母の撃滅を決意した。


「烈風で、元艦爆乗りが乗るものは爆装させてくれ」

「了解しました」


 こうして第3艦隊は搭載していた流星50機を全てつぎ込んだ攻撃を行う準備を始める。


「それとミッドウェー基地にも支援要請を。ここで可能な限り米軍に打撃を与えておくんだ」


 かくしてミッドウェー基地航空隊、そして第3艦隊航空隊による米艦隊たこ殴り作戦が始まった。

 まず流星50機、爆装、或いはロケット弾を装備した烈風44機、そして護衛の烈風60機の合計154機の攻撃隊が

発進し、太平洋艦隊空母部隊へ向かった。


「第二次攻撃隊の準備も急げ」


 小沢の命令によって第3艦隊は慌しく攻撃準備を進める。第3艦隊の将兵は反撃の時だ、と言って意気軒昂となった。

 勿論、意気軒昂なのは搭乗員たちもだ。今まで作戦の都合とは言え、一方的な受身に徹さざるを得なかったために、非常に

ストレスが溜まっていた。彼らはこのストレスを米艦隊にぶつけるべく、己の士気を奮い立たせる。

 尤も米海軍の将兵が彼らの行動を見れば、そのストレスは作戦を練った日本海軍上層部にぶつけるべきものであり、自分達に

ぶつけるのはお門違いだと言うに違いない。

 だが、そんな正論が通るわけが無い。故に彼らは搭乗員達の鬱憤をその身に受けることになる。

 日本軍攻撃隊は、前衛の太平洋艦隊主力を無視し、その後方に展開していた空母部隊に殺到した。

 日本軍機来襲の報告を受けたハルゼーは、残された戦闘機を全て差し向けたものの、すべては徒労に終った。20機程度の

F4Fでは迫り来る150機もの編隊を食い止めることはできなかった。逆に、彼らは自分達の3倍もの数の烈風に囲まれて

1機残らず殲滅されることになる。

 米艦隊の直掩機が蹴散らされるのを横目で見つつ、攻撃隊長の友永少佐は視界に米艦隊の姿を捉える。
 
  彼の視界の先には2つの輪形陣があった。2つとも空母1、戦艦1、巡洋艦5隻から構成されている。彼らはまず手前側の

サラトガ級空母を中心に輪形陣を組んでいる部隊を叩くことを決意する。


「攻撃開始!!」


 彼が隷下の部隊に攻撃命令を出すと、各部隊は即座に攻撃態勢に入る。

 雷撃機が超低空から進入していき、爆装した烈風が急降下爆撃を仕掛けようとする。勿論、米軍も黙ってこれを見て

いるわけがなく、彼らは必死に対空砲火を放った。

 だが日本軍のように高性能電探によって管制されたわけでもなく、さらにVT信管でもないので、簡単には攻撃隊を

捉えることが出来ない。さらに練度の低下によって、その射撃もお世辞にも上手なものとは言えない。

 このため日本軍攻撃隊は次々と弾幕を突破していった。何とか日本機の輪形陣への進入を阻もうとあがく外周の駆逐艦

だったが、逆に烈風から多数のロケット弾を浴びて次々に炎上。そして速度を落とし艦隊から脱落していく。


「ダメだ。連中を阻止できない!」


 駆逐艦ウォーラーの艦長はダメージコントロールを指示しながら、自分達を飛び越えていく流星の編隊を見て歯噛みする。

 輪形陣に進入した流星は一気に輪形陣中央に鎮座するレキシントンに殺到する。


「何としても撃ち落せ!」


 レキシントンの艦橋でフレッチャーが檄を飛ばすが、日本軍機を止めることはできなかった。

 攻撃隊は雷爆同時攻撃を仕掛ける。レキシントンは懸命に回避しようとするが、到底回避しきることはできない。

 烈風から投下された500キロ爆弾3発が飛行甲板に直撃し、次々に炎が上がる。爆弾の直撃によって動きが鈍った

隙に、合計16機の流星が左右から肉迫し、至近距離から魚雷を投下する。

 レキシントンの艦長は何とか回避しようとするが、左右から迫る16発もの魚雷を回避することなど不可能だった。

レキシントンは左舷に2発、右舷に3発の魚雷を受ける。


「ダメージレポート!」


 レキシントン艦長がそう怒鳴るが、戻ってきたのはさらなる爆音、そして衝撃だった。

 艦橋のガラスが全て割れ、あちこちから炎が上がる。新たに急降下爆撃を敢行してきた烈風から投下された

爆弾が艦橋下部に命中したのだ。

 これによってフレッチャー以下、艦橋にいた将兵達は死傷した。フレッチャーが負傷したので艦隊の指揮は次席指揮官

に引き継がれたが、このとき、第7任務部隊の動きが鈍ったのは言うまでも無い。

 このあとレキシントンはさらに2発の魚雷を右舷に受け、傾斜の復元が不可能となる。レキシントンの沈没は時間の

問題となっていた。

 魚雷や爆弾が余った機体は、レキシントンの惨状から攻撃目標を変更し、残る大物であった戦艦ワシントンに殺到した。

 しかしワシントンは曲がりなりにも次世代の高速戦艦であり、さらに多数の対空火器を装備していた。このために攻撃隊

はなかなかワシントンに痛打を浴びせることはできなかった。

 それでも執拗な攻撃でワシントンは3発の魚雷と3発の命中弾を浴び、速度を低下させてしまう。他に巡洋艦3隻が沈没し

2隻が大中破、さらに駆逐艦5隻が沈没するという大損害を第7任務部隊は受けた。


「フレッチャーが負傷した上、第7任務部隊は壊滅……」


 ただの一撃で1個任務部隊が壊滅したという事実にパイは打ちのめされた。

 しかし彼が立ち直る暇も無く、続けて小沢が放った第二次攻撃隊が残された空母エンタープライズに殺到した。

 第二次攻撃隊は爆装した烈風が中心であったため、雷撃こそ受けなかったが、エンタープライズは3発の500キロ爆弾の

直撃を受けて飛行甲板が使用不能となり、空母としての価値を喪失した。

 尤もすでに載せる艦載機もないので、飛行甲板が使えなくても何の問題もなかったが……。


「………」


 このまま前進を続ければ全滅するのではないか……そんな考えが太平洋艦隊司令部を覆った。

 確かに第二次攻撃隊に雷撃機がいなかったことから、日本軍が戦闘機中心の編成でいることは確認できた。だが少数の

攻撃機であっても、十分な脅威であることは第7任務部隊の惨状が証明している。

 しかしここで引き下がれば全てはムダになる。故にパイは前進を決意する。


「確かに敵雷撃機は少数でも脅威だ。だが彼らもそう何度も反復攻撃はできないはずだ。それにもうすぐ日が暮れる」

「ですが、このままでは」

「判っている。エンタープライズはハワイに下げる。最低限の護衛はつける。これ以上空母を失うわけにはいかん」


 レキシントン、サラトガという2隻の主力空母を失っている状況で、さらにエンタープライズまで失うようなことが

あっては米海軍の再建はさらに遠のいてしまう。まして現在、エンタープライズには載せるべき航空機がない。

 このまま艦隊と行動を共にしても、意味が無い。まぁ囮くらいにはなるかもしれないが、次世代の海戦の主力を囮に

することはパイにはできなかった。

 かくして空母エンタープライズは中破した戦艦ワシントン、巡洋艦シカゴと護衛のジュノー、駆逐艦6隻と共にハワイに

後退した。

 そして艦隊からこの10隻が離脱していった直後、この日、第3艦隊からの最後の攻撃隊となる第三次攻撃隊が

太平洋艦隊に襲い掛かった。

 第三次攻撃隊は流星24機、烈風40機から構成されていた。彼らは空母が見当たらないと、すぐに眼下の太平洋艦隊主力

に矛先を変更する。

 特に新型戦艦が集まった第1任務部隊に攻撃が集中したが、機体の数が多くなかったこともあり重巡洋艦1隻、駆逐艦3隻

を撃沈し、戦艦インディアナの2番砲塔を使用不能にし、戦艦アラバマに2発の魚雷を命中させるのが限界だった。


「何とか凌いだな」


 去っていく攻撃隊を見てパイは一息ついた。

 来襲した数や時間からして、これ以上はないとパイは判断した。


「日本艦隊もミッドウェーを直撃されるとあっては出てこざるを得なくなるだろう」


 パイはそういって来るべき艦隊決戦に備えようとする。だが彼は知らなかった。日本海軍基地航空隊が恐るべき対艦攻撃能力

を有していることを。そしてその刃が自分達の喉元にまで迫っていることを。







 あとがき

 お久しぶりです。earthです。

 提督たちの憂鬱第41話をお送りしました。

 え〜色々とゴタゴタがありましたが、何とか書き上げました。リアルで色々と凹むことがあり、気分が乗らなかった

上に、新しい連載(実験SSですが)までしたので掲載が遅れてしまいました。申し訳ございません。

……それにしても戦闘シーンというのは本当に難しい。うまく描写できたか非常に不安です。

さて次回は野中一家による襲撃と、皆様お待ちかねの艦隊決戦になる予定です。やっと長門の主砲が火を噴きます。

 拙作ですが最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第42話でお会いしましょう。