シカゴ市庁舎にある臨時大統領執務室ではガーナーの怒声が響き渡っていた。
「これは一体、どういうことなのだ?!」
彼を激怒させたのは彼のパトロンである財界からの『トーマス・デューイを副大統領に就任させろ』と
いう内容の要請だった。
対日和平派であるはずのデューイを副大統領につけろという要請は、彼にとっては裏切り行為にしか
見えなかった。さらに言えば戦争継続を求めたのは他ならぬ財界であったのだ。それをいきなり翻すような
ことをされたら、彼でなくとも激怒するだろう。
これを見ていたハーストはガーナーを宥めるように言う。
「財界も、和平派の動きを封じたいのです。そのための暫定的処置ですよ」
「暫定的処置だと?! はっ、奴が本気で和平のために動いたら目も当てられんだろう!」
「落ち着いてください、閣下。和平というのは、こちら側が望んだだけでは不可能です。今の日本が穏便な
条件で和平を呑むとお思いですか?」
「……それはあり得んな。調子に乗った猿がそんな謙虚なわけがない」
「その通りです。今の日本なら、絶対に我が国が呑めないような条件を突きつけてくるでしょう。
それを利用して、和平というのが如何に夢想であるかを周知させるのです。和平ができないとなれば
当面は戦争を続けるしかありません。そしてその戦争を主導するのは、慧眼な閣下なのです」
「だが、財界はイザとなったら財界は私をスケープゴーストにして切り捨てるかも知れん」
相次ぐ敗北、そして留まることを知らない国内情勢の悪化。この2つを前にさしものガーナーも以前のように
強気ではいられなくなっていた。
さらにドイツやイギリスとの交渉がうまくいっていないことも彼の不安を掻き立てていた。内憂外患、無縁孤立の
状態に陥っていると判断したガーナーはハワイへ戦力を集めることを認めた。
しかしハワイに太平洋艦隊を結集させても彼の不安は消えることはなかった。そこに今回の対日和平派である
デューイの副大統領就任要請。それは彼に怒りと同時に、自身が切り捨てられるのではないかと考えさせるもの
であった。
「財界も、長期戦になればデューイの意見に耳を傾けざるを得なくなるだろう」
「確かに長期戦こそ財界も望まないでしょう。しかし日本に東アジアの全てを奪われた状況で手打ちするような
ことは認められません。それにアメリカが弱いと思われたままで戦争を終らせれば、後の外交に支障がでます。
最低でも日本に一矢報いる必要があります」
「ふむ」
ハーストの言葉を聞いて、ガーナーは落ち着きを取り戻した。
「そうだな。後のためにも、アメリカの力を見せ付けなればならない」
ガーナーが納得したのを見て、ハーストは内心で嘲笑した。
(ここに来て怖気づくとは、全く役に立たない老人だ。まぁ良い。お前には最後の最後まで踊ってもらう)
しかしそんな内心を露にも出さず、ハーストはガーナーを持ち上げる。
(さて、財産を西海岸に移す準備を急がなければならないな)
大統領執務室でそんな会話が繰り広げられている頃、デューイを中心とした一派は如何に和平を実現する
かで頭を捻っていた。
「現状で講和を行うとなれば、我が国がかなりの譲歩を強いられるでしょう。ですがあまりに大幅な譲歩を
行えば内陸の諸州の反発を招くのは確実。我々は外交と内政でかなりの苦労を強いられるでしょう。
私はまず内陸の諸州を回り、理解と協力を求めていきたいと思っています」
シカゴ市庁舎の一室に集まった面々は、デューイの言葉に渋々とだが頷いた。
在中米軍、アジア艦隊が壊滅したとは言え、有色人種であるはずの日本に対して、降伏に等しい講和を
請うなどと言えば、内陸の保守派がどんな反応をするか想像に難くない。
「日本との交渉が決裂した場合、海軍としてはハワイ沖での決戦を考えています。ここで勝てば、イギリスの
仲介のもとに日本との対等に近い和平も可能になるでしょう」
キンメルの意見を聞いてデューイは首を横に振る。
「海軍の尽力振りに感謝します。ですがハワイ決戦に頼り切る訳にはいきません。何故なら日本軍がすぐ決戦を
仕掛けるとは言い切れないからです。さらに余裕のある日本が欧州各国を支援する動きを見せれば我が国は
あっという間に孤立してしまうでしょう」
「日本が欧州諸国を取り込んで対米包囲網を構築すると?」
「そのとおりです。ただ決戦を待っていただけでは状況が悪化する可能性があります」
そんな馬鹿な、と言い掛けたキンメルだったが、イギリスの変節振りやドイツの苦境振りを考慮すると
それが決してあり得なくはないことであると理解した。
そしてそんな事態になったら、どんなことになるかを考えて頭を抱えた。
欧州列強が敵に回ったとしても、本土が侵攻されることはないだろう。彼らもまた津波によって被害を受けて
おり、北米に侵攻することなど不可能だからだ。
しかしイギリス艦隊やドイツのUボートが本土近海に遊弋するようなことがあれば大変なことになる。
何しろただでさえ大西洋艦隊は弱体化しているのだ。ここで新たな敵が増えたら、間違いなく太平洋艦隊から
艦艇を回航しなければならなくなる。
「ここで太平洋艦隊から回せる艦はない。これ以上、兵力を分散させれば日本に対抗できなくなる」
キンメルの台詞に海軍関係者は一様に頷いた。同時にキンメルはガーナーの政策を思い出した。
「……だとすれば、ドイツに接近するというガーナー大統領の考えも、ある程度合理的かも知れませんね」
キンメルの言葉に、デューイは首を横に振る。
「ですが、恐らく失敗するでしょう。イギリスなら米独が接近する前に、ドイツとの関係改善をやって
のけてもおかしくない。そしてドイツとの関係が改善されれば我が国の圧力には屈しないでしょう」
「しかしそうだとすると、我々が打てる手というのが殆どないように思われるのですが」
「そうです。現状では我々の不利は隠しようが無いほどです。それも時間が経てば経つほど状況は悪化します。
だからこそ、屈辱的条件でも呑まざるを得ないのです」
「……どのような講和条件になると思いますか?」
「フィリピンを含めて東アジアの権益全てとグアム、ウェーキは日本へ譲渡せざるを得ないのは間違いないでしょう。
これに多額の賠償金の支払いが予想されます。尤も私は賠償金は物納など別の形にしたいと思っていますが」
「太平洋を日本に差し出すばかりか、多額の賠償金もですか」
キンメルたち海軍関係者は顔を顰めた。しかしアイゼンハワー達、陸軍関係者は仕方ないと言わんばかりの顔で
頷く。
「どちらにせよ、本国再建が最優先でしょう。本国さえ再建できれば、再び太平洋に進出できます。
それまでの辛抱です」
アイゼンハワーはそう言って海軍関係者を説得する。
「しかし決戦で日本海軍に大打撃を与えれば、多少はマシな条件を勝ち取れるはずだ。
日本海軍を挑発して、決戦場に引きずり出せれば……」
「日本海軍が決戦に応じるかどうかが判らないのでは? 仮に日本海軍が戦力の増強を待ってから攻勢に打って出た
場合、どの程度戦えますか?
戦前の情報によれば日本海軍は、大型空母1隻、中型空母(祥鳳型)を7〜8隻、さらに巡洋戦艦(富士型)を
数隻建造していると聞きます。これらが決戦に参加してきた場合、いくら太平洋艦隊が精鋭でも厳しいのでは?」
「………」
キンメルは押し黙った。何しろ日本海軍の建造ペースは被災前の米国には及ばないが、他の列強と比べれば
かなりのものであった。これに対して、現在の米国は戦艦どころか巡洋艦の補充すら難しいのだ。
さらに言えば、士気やモラルの低下、訓練不足により戦闘力自体が低下している。決戦をしてもどこまで
戦うことができるかは不明瞭だった。
しかし根拠地であるハワイにまで防衛線を後退させ、戦力を集中させた状態で負けるとは彼には言えなかった。
「判りました。講和に備えて、海軍内部の継戦派への監視と締め付けを行っていきます。
ですが海軍としては万が一に備えて、決戦の準備も進めておきます」
だが彼らは知らなかった。決戦を誰よりも欲していたのは他ならぬ日本海軍であったことを。
提督たちの憂鬱 第38話
アメリカが和平派のデューイを副大統領に就任させたという情報は、即座にイギリスの知る
ところとなった。
「表向き、超党派で国難にあたるポーズとなっているが、実質的には和平派に根負けしたと
いったところか」
首相官邸の執務室で報告を聞いたハリファックスは、暫く考え込むと机の前に立っている
外務大臣のイーデンに尋ねる。
「アメリカが本気で講和を願っている、そう考えてもよいのかね?」
「半々といったところでしょう。ガーナーはいまだに強硬姿勢を崩しておりません。恐らく
和戦両方の構えでいくつもりかと」
「しかし大きな変化だ。あの傲慢な植民地人が、極東の島国相手に和平を請おうというのだから」
彼ら欧州人からすれば、アメリカなど歴史のない礼儀知らずの成り上がり者でしかなかった。
「しかしアメリカがよほど譲歩しなければ、戦争は終わらないだろう。日本は海軍が健在だし
切り札だって持っている。しかもこれまで連戦連勝だ。これだけ優勢な状況なら我が国だって
簡単には和平には応じないだろう」
ハリファックスは、現状で講和は成り立たないと考えていた。
しかしそれは同時にイギリスにとっては好都合であった。
「カニンガム卿から面白い報告が届いている」
ハリファックスはそう言うと、机の上にあった書類をイーデンに渡した。
イーデンはそれを読み進めていくうちに、目を見開いていく。
「こ、これは………」
「そうだ。アメリカの財界は、ボロボロになった東部を切り捨てようと考えているようだ。
連中、五大湖さえ切り捨てる覚悟のようだ。まぁ五大湖周辺にも疫病が広がりつつあるとの報告もある
からな。この際、汚染されていない地域だけで仕切りなおしたいのだろう」
「ですが、これだけボロボロの状態では、我が国が占領するだけの価値がありませんが」
「そうだな。少なくとも東海岸は再植民地化するだけの価値はないだろう。
だとすれば、ねらい目は南部だな。南部沿岸も被災しているが、内陸への被害はない。この豊かな資源地帯を
我々の影響下におけば、戦後の復興もしやすい。それに中南米への橋頭堡にもなる」
「しかし我が国がすべて独占するようなことがあれば、ドイツが煩いですぞ」
「判っている。アメリカ分割には、ドイツ、いや欧州各国も噛ませる予定だ。恨みは分散させるに限る」
ハリファックスはそう言うとニヤリと笑った。そんなハリファックスにイーデンは尋ねる。
「しかしドイツと本格的に関係を改善するとなれば、各国の亡命政府はどうなされるおつもりで?」
「今のところは棚上げだ。しかし最悪の場合は切り捨てもあり得る」
「……それは拙いのでは?」
「あくまでも最悪の場合だ。あまり簡単に亡命政府を切り捨てれば、大英帝国の信用が損なわれかねない。
亡命政府の問題は棚上げにしておき、ドイツは戦略物資の輸出や技術提携などで黙らせる。ソ連相手に
苦戦が続く連中なら、細かいことは言わないだろう」
「ですがドイツのみに肩入れするのも問題でしょう。私としてはイタリアをうまく利用できないかと
思っています。かの国ではドイツへの不満が高まっています。ここでイタリアをうまく煽り立てて
枢軸同盟に楔を打ち込むことができれば、交渉面でより有利に立てるかと」
「ふむ。ヴィシーフランスと話し合いをするよりは、よっぽど有益だな」
そう言ってハリファックスはニヤリと笑う。
「まぁ他の亡命政府は兎に角、自由フランスは潰しても構わないと思っているがね。正直言って
目障り極まりない。気位ばかり高い連中ほど鬱陶しいものはない」
「では潰すと?」
「我々が表立って潰したら拙いだろう。彼らが内輪もめの挙句、勝手に瓦解したのなら問題はないはずだ」
「……判りました。しかしそうすると仏印の扱いが問題になりますが」
「どこに帰属するかは仏印の総督府が自主的に決めることだ。我々は彼らの決定を最大限尊重する」
『自主的に』という言葉を強調して言うハリファックスの真意を悟ったのか、イーデンはため息をつく。
「……彼らがヴィシーフランスに帰属するとなれば、日本が煩そうですが」
「欧州各国が対米戦争に協力するとなれば、日本もそうそう不満は言わないだろう」
尤も英国含め欧州各国が対米戦争に協力すると言ってもやれることは多くは無かった。
何しろ津波と第二次世界恐慌の打撃が大きすぎた。このため、当面は軍事活動は控え、諜報活動や技術協力に
力を入れるしかない。
英国は諜報機関を使って、南部諸州で反連邦感情を徹底的に煽りたてて、連邦からの分離独立の下地を
作っておくつもりだった。無論、米財界とも共謀して西部の独立も煽る気満々だった。
しかしそうかといって、いつまでも諜報活動だけに力を入れるわけにはいかない。
「シーレーンの復旧が終わったら、ある程度、海軍の梃入れをしなければならないな。
南部を独立させるにしても、こちら側が何もアクションをとれなければ絵に描いた餅になってしまう」
英海軍は津波によって少なからざる被害を受けていた。主力艦に沈没艦こそなかったが、津波によって
ダメージを受けてドックで修理待ちという艦も多かった。従来なら戦艦の修理を優先させただろうが、今は
フィリピン沖で日本艦隊がたたき出した大戦果から、英海軍は期待の最新鋭装甲空母であるイラストリアス級
の修理を最優先にしていた。
米が分裂した暁には修理を終えた空母と損害が少なかったKGV級戦艦を中心とした艦隊を送り込み、独立勢力
を支援するつもりだった。
「あと時期を見計らって、アメリカの動きを日本に教えてやる。これで多少は恩を売れるだろう」
ハリファックスとしては米国を崩壊させる手伝いをすることで、日本に恩を売るつもりだった。
同時に英国の力を示し、英国が同盟国足りうる存在であることを認めさせた上で、日英同盟の復活に繋げる
つもりだった。しかしながらイーデンはそれに懐疑的だった。
「しかし、それだけで日本が恩を感じるでしょうか? 何しろ我々は彼らに手酷い裏切りを働きました。
政府だけではなく、国民感情も反英になっています。同盟復活は容易ではないでしょう」
「……だとすれば、縁談しか方法がないか」
ハリファックスは渋い顔で呟いた。
「夢幻会の重鎮である伏見宮家には、12歳の男子がいる。それにロマノフの血を引く男子もいる。
殿下たちの嫁ぎ先は十分ある」
「ですが、それは国民感情が許さないのでは?」
「判っている……有効な方法であるが、それがネックだな。下手に日本人に王族を嫁がせるなどと言ったら
反政府運動が起きかねない」
白人至上主義の欧州において、白人の王族を有色人種の皇族に嫁がせるなど狂気の沙汰であった。
ただでさえ政府の支持率が低下している今、そんなことをすれば現政権が転覆しかねない。
「今のところは地道に、夢幻会の幹部達とコネクションを作っていくしかないか」
「恐らく、それが今出来る最善でしょう。日本の最高意思決定機関である夢幻会、特に会合と呼ばれる
集まりに出席できる人間達とパイプが作れれば、交渉がしやすくなります」
「そんなことは判っている。しかし、どちらにせよ、長い道のりだな」
イギリスが如何に夢幻会要人とコネクションを作るかで悩んでいる頃、ソ連は尾崎を介して
近衛と接触していた。近衛はソ連相手に物資を輸出することに当初難色を示したものの、最終的に
夢幻会の会合でソ連への物資輸出を行うことを提案することにした。
「まぁ否定的な意見が多そうですが、どうでしょう?」
近衛が会合の席で説明し終わると、大多数の出席者は反対意見を述べた。
特にソ連を不倶戴天の敵と見做している陸軍関係者は顔を真っ赤にして猛反対した。彼らからすれば
ドイツとの戦争が終わった途端に満州になだれ込んで込みかねないソ連に、物資を輸出するなど自殺行為
そのものだった。
「地政学には『隣国を援助する国は滅びる』という格言があります。それをお忘れですか?!」
陸軍参謀総長の杉山はそう言って大反対した。
しかしながら近衛は飄々とした表情で答える。
「援助ではありません。あくまでも取引ですよ。引き換えにドイツ製兵器が多数手に入ります。
独ソ戦の結果、進化し続ける陸戦兵器、特に戦車の技術情報の入手は重要なのでは?」
「それはそうですが、ソ連軍を必要以上に超え太らせては……」
「超え太らせるほどの物資を輸出することなど出来ませんよ。ただソ連がドイツ相手に講和を強いられ
ないようにするための物資は輸出してやるべきでしょう。資源さえあれば十分に捻出は可能なはずです」
日本の重工業はほぼドイツ並みか、分野によってはそれ以上の水準に達していた。そのため生産量も相応に
増大していた。おまけに現在は中国戦線が終結し戦線が太平洋のみに限定されている状況のため、軍需物資に
ある程度余裕があった。まぁ本命であるアラスカ侵攻が控えているので無駄遣いはできないが。
「それに手に入るのはドイツ製兵器だけではありません。ソ連から大量の資源も輸入できます。
そうなれば今のようにイギリスや自由オランダからの資源のみに依存しなくても良くなります」
この発言を聞いた辻は近衛の真意に気付いた。
「つまり、今のような資源を連合国に依存する状態を脱却するためと?」
「そうです。私だってソ連が如何に信用できない、約束破り上等の国だということは理解していますよ。
ですが現状のようにイギリスに資源を頼りきるというのもよくない。かの国が如何に腹黒いかというのは
皆さんもお分かりでしょう」
イギリスによる手酷い裏切りを経験した面々は、近衛の言葉に同意せざるを得なかった。
「それに我々が物資を提供することで、ソ連軍が遠くはなれた土地で、ドイツと戦って消耗してくれるのです。
実にありがたいことではありませんか。共産主義者が全体主義者と殺し合いをしたいと言っているのです。
我々が物資を融通することで、それが成せるのなら断る理由はないはずです。
それに我々がソ連に物資の輸出を認めるとなれば、ソ連側も共産テロを控えざるを得ないでしょう。
それは大陸沿岸の安定に繋がります。そうなれば資源や物資の輸入もより容易になるでしょう」
近衛は内陸深くへ進出するのは嫌っていたが、大陸沿岸で商売をすること自体については反対するつもりは
なかった。彼としてはシーパワーの及ぶ範囲での活動については許容範囲であった。
「近衛公は独ソをこのまま戦わせ続けて冷戦状態にもっていきたいと? しかしあの国がそう簡単にこちらの
意図に乗ってくれますか?」
「乗らざるを得ないでしょう。これだけドイツに好き勝手にやられたのです。落とし前をつけなければソ連の
面子は失墜します」
「まぁ独裁国家はヤ○ザみたいなものですからね……舐められたら、周辺国を脅すことも出来なくなる」
「そうです。故に彼らは戦って勝つしかない。ですがドイツは占領地で史実以上に酷い収奪をしているようで
仮に占領された地域を奪還しても、復興は容易なことではないでしょう」
「そしてソ連全体が疲弊して、動けない間にいる間に、核戦力を整備すると?」
「そうです。精々ソ連にはドイツと踊ってもらいましょう。ドイツとソ連の双方が疲弊すればするほど
戦後に日本にとっての脅威は減ります」
ここまで聞いた辻は納得したように頷く。
「判りました。しかし、ソ連が示すレートではこちらの旨みが少ないので、もう少し吹っかけましょう。
ついでにソ連製兵器も寄越せと言ってやりましょう」
「……さすがにそれは無理では?」
無茶言うなよ、と言わんばかりの表情で言い返す近衛。しかし辻はそんなことは気にもかけない。
「こちらだって国家の存亡をかけた対米戦争の真っ最中なんです。ひとかけらでも多くの資源を得たいと
思うのは当然ですよ。そう思いますよね、豊田さん?」
そういって辻は軍需大臣の豊田に同意を求めた。
「え、ええ。確かに軍需を司る人間としては資源は欲しいですね」
これを見た辻は続けて杉山に話を振る。
「ソ連製兵器、欲しいですよね?」
「ま、まぁ確かに研究材料としては欲しいが……良いのか?」
「別に新品を寄越せ、と言っているわけではありませんよ。スクラップでも十分に研究材料になります。
単なる軍事技術だけではなく、品質からソ連の生産技術についても、ある程度知ることが出来ますし」
(((うわぁ、この人、スターリンからも毟り取る気だよ……)))
出席者達は、かの大魔王スターリンから色々なものを毟り取ろうとする辻の精神構造に冷や汗を流した。
「しかしあまり毟り取れば、反日感情のもとです。今大戦の原因を考えれば、危険な行為かと」
近衛はそういって反対した。痛いところを突かれた辻は暫し黙り込む。
「……まぁ『今のところは』、あまり吹っかけないようにしましょう」
(((それでもレートを吊り上げることは否定しないんだな)))
出席者達の内心の突っ込みを他所に、辻は話を続ける。
「みかんも良いですが、りんごも輸出しましょう。高く売れそうです。あとイチゴジャムを紅茶葉とセット
で売っても良いかも知れません。ロシア人には受けが良いでしょうし」
「……商魂逞しいですな」
「当たり前ですよ。近衛さん。儲けられるときには出来るだけ儲けておかないと」
かくして、夢幻会はソ連が必要とする物資を輸出することを決定した。
一方、軍令部では如何に米太平洋艦隊を引きずり出すかで頭を悩めていた。
「太平洋艦隊を引きずり出して、決戦を強いる場所としては、やはりミッドウェーが適当かと」
福留の意見に会議の出席者達は頷いた。
「しかし問題はどうやって引きずり出すかだ」
古賀はそういって渋い顔をする。何しろ米太平洋艦隊は自分達が不利だということをわかっている。
そんな相手を引きずり出すとなれば、それは並大抵のことではない。
「……米軍が穴倉に篭っているというなら、その穴倉に火をつけて追い出すしかないな」
古賀の意見を聞いた福留は顔を顰めた。
「ということはミッドウェーを拠点化して、真珠湾を爆撃すると?」
「そうだ。連山改で真珠湾軍港、特に燃料タンクやドックを集中的に狙う。勿論、夜間空襲でだ」
さすがに、護衛戦闘機をつけられない状態で、昼間爆撃をするつもりは古賀にはなかった。
貴重な四発爆撃機を無駄にすり減らすわけにはいかないのだ。
「断続的に夜間爆撃を行い続け、米軍に常にプレッシャーを与え続ける。さらに第6艦隊の潜水艦で
補給線を完全に遮断し、増援を絶つ」
「しかしそれは米軍にも出来ることだと思いますが」
「連中がミッドウェーを孤立させようとして、潜水艦や航空機を使うなら儲けものだ。逆に護衛を強化して
連中の戦力をすり潰すだけだ。ハワイを無理に攻めるよりかはまだマシだろう」
「しかしそれだと時間が掛かりすぎます。効果が出るのに時間が掛かりすぎるのでは?」
「仕方ないだろう。ミッドウェーの攻略を従来のMI作戦どおりに行い、連合艦隊主力はトラックで待機させ
米海軍の襲来に備える」
しかしここで神重徳が反対意見を述べる。
「それでは消極的すぎます! より積極的に打って出て米軍の戦力をすり潰すべきです!!」
この世界では神重徳は夢幻会派にして、逆行者であった。しかし、神重徳の中の人物は自重するような性格では
なく、会議のたびに強硬な意見を述べる困った人物でもあった。
かと言って古賀もあまり神重徳を無碍には扱えなかった。何しろ彼は有力な戦艦派であったし、史実とは違って
航空機の扱いも悪くなかった。
「……では、君の意見を聞こうか」
古賀の言葉を聞いた神重徳は自信満々の顔で自身の意見を述べる。
「私はまずミッドウェー海域での決戦ということ自体が消極的であると考えます。相手が出てくるのを
待っていれば、戦争の主導権を失う可能性があります」
「では敵が待ち構えるハワイにまで出ると? それは本末転倒だぞ」
「いえ、その通りです。ミッドウェー攻略後、ミッドウェー航空隊と連携し、一気にハワイ近海にまで
連合艦隊主力を出します」
この意見に誰もが絶句した。
「何を考えているのだ。いくら弱っているとは言え、太平洋艦隊とハワイ基地航空隊を両方相手にして
ただで済むと思っているのか?!」
古賀が詰問するように言うが、神は意に介さない。
「確かに太平洋艦隊とハワイの基地航空隊の両方を撃滅するのは犠牲が大きいでしょう。ですが太平洋艦隊の
空母艦載機と基地航空隊を撃滅するなら、やり方次第で不可能ではないでしょう」
「つまりこの作戦の目的は、太平洋艦隊の空母艦載機とハワイの基地航空隊のみを叩き潰すことだと?」
「そのとおりです。あくまでも決戦を優位に進めるための前哨戦です」
この言葉を聞いて出席者もある程度納得した。
「……しかしどうするのだ?」
「第3艦隊、そして第5機動戦隊の流星の大半を降ろし、換わりに烈風を載せます。
約450機の戦闘機の傘を持ってすれば、米空母部隊とハワイの基地航空隊が向かってきても十二分に対応
できるでしょう。仮にミッドウェーで決戦となっても制空権を確保したままで決戦を行えます」
策を用意しているとは言え、それは連合艦隊の屋台骨そのものを囮にすることを意味した。
故に古賀も簡単に頷くことは出来ない。
「楽観的ではないのか?」
「大陸、フィリピンでのキルレシオを考慮すれば問題はないかと。それに戦闘機隊を突破されても我々には
切り札である近接信管があります」
日本版VT信管も、この時期ようやく十分な量が前線部隊に配られるようになっていた。
海軍としては、もっと早く配備したかったのだが、史実米国並みにレーダー搭載の砲弾を何万発も短期間で生産
する力は、日本にはまだ無かったのだ。
「それに第1艦隊を前面に出すことで敵の攻撃を分散させることは出来ます」
「つまり、君は第3艦隊だけではなく、第1艦隊をも囮にして米軍の航空戦力を誘引撃滅すると?」
「そのとおりです」
「しかし被害は少なくないのでは?」
「無傷で勝てる戦いなど、そうそうありません。ですが収支を考えれば十分にやれる作戦であると愚考します」
出席者達はどうしたものかとお互いに顔を見合わせる。そんな中、神はさらに話を続ける。
「今の米国に、数百機もの航空機を一度に補充する力はありません。ここで敵の航空戦力を撃滅してしまえば
真珠湾作戦、そして太平洋艦隊との決戦でも有利に戦えるでしょう」
「……しかし博打が過ぎないかね?」
「時間があれば、古賀長官の案のほうが良いでしょう。しかし短い夏の間にアラスカに橋頭堡を築くためには
短期決戦で米艦隊を撃破するしかありません。そのためには航空兵力と水上艦艇を各個撃破するのが良いかと」
「仮にハワイの航空戦力を撃滅した場合、そのあとはどうする?」
「予定通り来年4月に真珠湾作戦を発動し、太平洋艦隊にトドメを刺します。仮に空母が数隻参加できなくとも
パルミラ、そしてジョンストンなどを攻略すれば十分な航空支援が可能となるでしょう。
三式双発戦闘機双飛燕の開発も順調です。戦闘機の護衛は期待できます」
これを聞いた古賀は暫く考えると、福留に視線を向ける。
福留は古賀が自分のほうを見ている意味を察して、神の案を採用することを宣言する。
「君の案をもとに作戦を構築する。その後、総長に承認を求める」
かくして日本海軍は動き出す。
あとがき
提督たちの憂鬱第38話改訂版をお送りしました。
改訂前の話だと、いまいちしっくりこなかったので色々と変更しました。
それでは拙作にも関わらず、最後まで読んでくださりありがとうございました。
提督たちの憂鬱第39話でお会いしましょう。
それと、超甲巡のコンペですが、下記の案を採用させていただきました。
皆様、ご意見ありがとうございました。
富士型超重巡洋艦
基準排水量=28,000t
全長=228m 全幅=31.5m
主機出力=オールギヤードタービン4基4軸・130,000HP
最大速力=30kt 航続距離=18kt/10,000海里
武装
45口径35.6cm3連装砲 2基(前部1基 後部1基)
40口径12.7cm両用砲 2連装6基(砲塔式、米クリーブランド型と同配置)
50口径7.6cm速射砲 連装砲8基
20mm機銃 2連装10基
舷側装甲-主装甲帯195mm(20度傾斜) 甲板装甲120mm
砲塔装甲-前楯454mm 側面257mm 天蓋127mm