英国ロンドンの中心部に存在する、とある会員制クラブに5人の男達が集っていた。
英国にはもともと会員制クラブが多数存在する。卒業生クラブ、軍人クラブ、政治家クラブなど
その内容は多種多様だ。しかも会員になるには厳正な審査をパスしなければならない。
しかしそんな厳正な審査をパスし、そのクラブで休み時間や終業後のひとときを過ごすのは英国
紳士のステータスであった。勿論、そんなひとときを過ごすときには誰も余計な詮索を行わないと
いうのが暗黙のルールであった。故に密談をするには絶好の場であった。
尤も巨大津波によって手酷い打撃を受けた故に、英国でもこういった紳士の集まりであるクラブを
利用できる人間の数は限られていた。そんな状況下で利用できる地位にいるのが5人の男達であった。
「夢幻会との接触には成功するも、同盟関係の本格的な復活には消極的か……」
クラブのラウンジで報告された内容にエドワード・ハリファックスは顔を顰めた。彼自身、簡単には
成功しないだろうと思っていたものの、それでも改めて聞かされると落胆するものがあった。
しかし収穫がゼロだったという訳でもない。
「夢幻会でも中堅以下の構成員には、日英同盟の復活を望む者が少なくないということが判った
だけでも十分な成果と言えるでしょう」
英国の対外情報部を取り仕切るカニンガム卿の言葉に、男達は頷いた。
夢幻会という組織全体が反英ならば手を焼くだろうが、少なからざる数の人間が英国との同盟の
復活もあり得ると考えていることが判っただけでも十分な成果であった。
「目下、日英の再接近に邪魔なのが夢幻会の最高意思決定機関である《会合》です。
彼らは対米戦争の遂行を目指しており、我が国による和平の仲介を嫌がっています」
この報告にハリファックスは眉を顰めた。
「会合の人間は、日本の国力でアメリカを完全に屈服させられると考えているのか?」
「その通りです。情報収集の結果、日本はアメリカ本土を攻撃可能な兵器を開発中とのことです。
加えて画期的な新型爆弾、原子力を用いた兵器の開発を進めており、一部は実戦配備の段階にある
とのことです」
「原子力兵器?」
「はい。その威力は一発で、大都市ひとつを瓦礫の山に変えるほどとか」
この言葉を聞いた出席者達は顔面蒼白となった。中国大陸やフィリピンの戦いで露になった日本軍の
力だけでも頭が痛いのだ。これに原爆が加わるとなれば、目も当てられない。
「それらの兵器を組み合わせることで、アメリカを屈服させるというのが会合の目論見か」
「間違いないでしょう」
カニンガムの言葉は救いが無かった。しかし現実逃避をするわけにもいかない。
「確かにそんな切り札があれば、和平などするつもりはなくなるな」
ハリファックスは会合が対米戦争に何故自信があるのか納得した。
そして同時にそんな強大な軍事力と技術力を保有している日本を裏切ったことを後悔した。いや最初から
そんな力を日本が持っていたと知っていたなら、ドイツ相手に停戦することなどなかっただろう。
「カニンガム卿、アメリカはどうなっている?」
「どうしようもありません。東部州は大災害の被害から立ち直るどころか、疫病の蔓延によってトドメを
刺されようとしています。さらに経済の破綻によって連邦制の維持さえ怪しくなっています。
ガーナー政権は何とか統制を維持していますが、ワシントン消滅による中央政府の弱体化は否めません」
この場にいた男達は、日米戦争が遠からず日本の勝利に終わることを確信した。
「日米講和を斡旋して恩を売るというのは、むしろ逆効果になりかねないのでは?」
外相のイーデンの言葉に、ハリファックスは頷いた。
「確かに。連中からすれば、我々は勝利できる戦争を邪魔する存在でしかないな。むしろ日本に協力する
ことで恩を売るべきかも知れない」
そして衰えたとは言え、イギリス諜報部の実力は世界でも指折りだ。津波からの復興を最優先にしている
ために軍はあまり役に立たないが、英国の力は無視できるものではない。
そこまで考えた後、ハリファックスは出席していた海軍財務次官に尋ねる。
「我が国の海運はどうなっている?」
「喜望峰回りの本国航路については、ある程度復活しつつあります。ですが、大西洋の主要航路が潰れ
地中海の航路の使用が困難であるために、経済への打撃はまだ続いております。さらに反乱が続く
インドへの増援は負担になっています。中東方面軍の維持もこのままでは難しいかと」
この言葉に誰もが眉を顰めた。何しろ大英帝国は絶賛崩壊中なのだ。しかしハリファックスは何とか
事態を打開しようと策をめぐらす。しかし何をやっても現状では手詰まりと言えた。
(日本と手を組むしかないが、日本と手を組んだことを明確にすれば、ガーナーはドイツと組みかねない。
いや、それどころか日本と同様に、アメリカ国内で反英感情が高まることになりかねない)
大西洋の両岸に反英国家が樹立など悪夢でしかない。
(いっそアメリカを滅ぼし、北米をもう一度植民地にするというのも手だろう。インドだけでは再建に時間が
かかりすぎる。北米の半分でも手に入れば、長期的にはプラスとなる。それにアメリカを再び植民地に
することが出来れば借金も全て踏み倒せる。ただ事は慎重に運ぶ必要があるな)
カニンガム卿も似たようなことを考えたのか、ハリファックスの顔を見て頷いた。
ハリファックスはその場でカニンガムに密かに日本への支援と交渉を命じることを決めた。
また同時に当面の方針を決定する。
「何はともあれ本国の復興、及び植民地の維持は最優先事項だ。アメリカが何か言ってきても何とか
回答を引き延ばして時間を稼ぐ」
この時、ガーナー政権はイギリスに対日戦争への協力を要求してきていた。
「よろしいのですか?」
イーデンの問いかけに、ハリファックスは逆に問い返した。
「ではアメリカの提案に乗って禁輸措置でも取るか? あっという間にアジアの植民地は日本に
奪われるぞ。いやオーストラリアでさえ危ないだろう」
「ですがアメリカ側が反発します。米独と敵対すれば、我が国は……」
「それならばもう一方と和解するまでだ。独ソ戦で苦しい戦いを強いられているドイツに、技術や
兵器をくれてやればいい。それに最悪の場合は、戦略資源の幾らかを輸出すると打診する。
得るものが少ない米独同盟よりかは、我々の提案を呑むだろう」
「……判りました」
「当面は植民地維持に力を注ぐ。まずはベトナムの独立運動だ。これを潰さなければならない」
「しかし兵を送る余裕はありませんが」
「兵を送る余裕がある国があるじゃないか」
「日本ですか?」
「いや、日本に必要以上に借りを作りたくない。ここは華南連邦を使う」
「中国兵をですか?」
上海での虐殺事件の余波は世界各地に及んでいた。津波によって混乱しているイギリスにもその報告は
入っており、反中感情の原因となっている。
「構わない。せいぜい憎まれ役を引き受けてもらう」
かくして大英帝国は動き出す。
提督たちの憂鬱 第36話
1942年12月。巨大津波発生による被災から4ヶ月余りが経った北米大陸に新たな災厄・異常気象が
襲い掛かっていた。
アメリカ東部、北部では各地で例年以上に気温が低下。一部地域ではブリザードが猛威を振るっていた。
経済の破綻と流通の混乱によって暖房用の燃料さえ事欠く地域においては凍死する人間が続発した。
被災していない地域でさえ凍死や餓死が生じるのだから、被災地はより絶望的な状況であった。ただでさえ
必要な物資が足りない状況下で、例年以上の気温の低下とブリザードの嵐が襲えばどうなるかは想像に難くない。
「各地で暴動が多発しています」
ニューヨーク州知事のトーマス・デューイは、州庁舎でため息をついた。
津波によって壊滅的な被害を受けて以降、彼は必死に働いて事態を打開しようとしていたが、その努力も
徒労に終わろうとしていた。
「連邦政府からの支援は?」
この問いかけに、部下の一人が首を横に振る。その表情には怒りと絶望が入り交ざっている。
「梨の礫です。政府もニューヨーク州だけ特別扱いできないと」
この言葉に多くのスタッフが激怒する。
「馬鹿な。あの男は何を考えているんだ?!」
「何が特別だ。碌な支援さえ寄越さないくせに!!」
「対日戦争に金と物を使うくらいなら、こっちに使え!! 政府は国民を何だと思っているんだ!!」
津波による被災直後から必死に働いてきたスタッフ達も限界に達しようとしていた。無為無策(に見える)の
政府への怒りを彼らは隠すことができなかった。
そんな様子を見ていたデューイは暫く休憩を取ると言ってその場を後にした。
「やはり、あの話に乗るべきか」
そう呟くと、デューイは州庁舎のある一室に向かった。そこには2人の男、いや2人の米軍軍人が居た。
デューイが入ってくるや否や、一人の男がデューイに声をかけた。
「決心されたのですか?」
「………そうだ。もはや今の政府に、この国の舵取りを任せてはいられない。私も可能な限り協力させて
貰いたい。この国と、国民の未来のために」
「ありがとうございます」
アメリカ国内で講和に向けた動きが始まる一方、現大統領であるガーナーは外交によって事態の打開を
図ろうとしていた。
アジア艦隊と在中米軍を容易く粉砕した日本軍に抗するためには、少しでも多くの兵力が要ると彼は
考えていたのだ。その彼が最も期待していたのはイギリスだった。
日本は対米戦争を遂行するための資源を、イギリス連邦から輸入している。南満州や大陸の傀儡国家から
も輸入しているものの、数量で言えば対英貿易は無視できない。これを絶つだけでも日本に耐え難い打撃を
与えられる。さらにイギリス海軍がアジアに来航すれば、日本に二正面作戦を強いることが出来る。
しかしながらイギリスは、日本とは準軍事同盟を締結しており、さらに下手に禁輸処置を取った場合には
日本軍の南進を招くとして協力には消極的であった。
アメリカ側は脅したが、今度は対日戦が勃発した場合の植民地の安全を米国が保障することを求められた。
難色を示すアメリカに対して、イギリスはさらに安全確保に失敗した場合は、損害を補償するように要求。
最終的にアメリカは折れざるを得なかった。
ガーナーはこの結果に激怒したが、彼はまだ諦めなかった。彼が次に目をつけたのはソ連だった。
ソ連はこれまで散々に日本によって煮え湯を呑まされている。対ドイツ戦争で苦しいかも知れないが
米国側の条件次第によっては何らかの行動を起こす可能性もあると考えたのだ。しかしながらガーナーが
考えていたような可能性は分析官たちの手によって否定される。
「ソ連は対ドイツ戦争の苦戦のために、対日戦争には乗り気ではないでしょう。むしろ対ドイツ戦争を
戦い抜くための支援を欲する可能性が高いと思われます」
「加えて中国国内の反日運動も低下しています。共産ゲリラは中華民国軍による狩り出しによって
激減しており、期待できません。これまでの経緯を考慮するとソ連による中華民国への支援も望み薄
かと思われます」
分析官たちの報告を聞いてガーナーはコメカミに血管を浮かべるが、怒鳴り散らすような真似はしなかった。
「つまり、イギリスもソ連も対日戦争では役に立たないと?」
「その通りかと」
「………」
不機嫌そうに黙り込んだガーナー。しかし暫くすると、何か妙案が浮かんだかのように笑みを浮かべる。
「ならばドイツを使おう」
「ドイツをですか?」
「そうだ。我が国がドイツと手を組むとなれば、イギリスも、こちらの注文にいちいち文句はつけれまい」
「米独同盟を結び、イギリスを脅して対日戦争に引きずり込むと?」
「そうだ。この事態を打開するためには、手段を選んではいられない。我が国にそんな余裕は無いのだ」
かくしてこの日を境に、アメリカはドイツへの接近を図るようになっていく。
ガーナーはこのとき、ドイツにはまだ余裕があると思っていた。しかしながらそれは大きな間違いであった。
アメリカと同様に、ここ西欧でも例年以上の気温の低下、及び大量降雪が発生していた。
津波によって多大な被害を受けた地域では、復興の遅れと例年以上の冷え込みによって多くの
人間が息を引き取ることになった。
これによって欧州各地で欧州の事実上の盟主であるドイツへの不満が高まりつつあった。
さらにソ連との戦いがうまく進展していないことから、ドイツ以外の枢軸国からの不満や不信も
出始めた。
特に少なくない数の部隊をソ連に派遣しているイタリアの国内では、このままドイツの戦争に
付き合い続ければイタリア経済の破綻を招くとの意見が台頭し、ムッソリーニ政権の支持率を押し
下げている。
ヒトラーはブラウ作戦の失敗に怒り、南方軍集団の将校を次々に解任したものの、事態は一向に
改善しなかった。
何しろソ連軍に多大な打撃を与えたものの、目標であるバクー油田を攻略できず、さらに受けた
損害が莫大であったことから、スターリングラードの攻略すら諦めて後退せざるを得なかったのだ。
加えて補給の問題もあった。史実よりも弱体化した国力では、ソ連の奥深くまで軍を送り込み
長期間展開させ続けるすることが困難だった。しかしそれでもヒトラーは諦めるつもりはなかった。
「補給と再編が完了次第、再びバクーへ侵攻するのだ!」
ヒトラーはそういって消耗した南方軍の再建を図っていた。
T−39の改良型に加え、さらに新型中戦車のT−44など次々に新型戦車を開発するソ連軍に対抗し、
ドイツ軍も膨大な開発時間を投じた新型戦車X号戦車パンターA型を開発して前線に投入することを決定した。
パンターは機動兵器としては失敗作と言えるY号戦車と違い、信頼性、整備性、瞬発性、不整地走破性、
走行安定性、操作性、速度という機動兵器にとって重要な面すべてを改善した画期的な戦車であった。
(尤も、もともとY号戦車は一時凌ぎのための戦車であったので、十分な役割は果たしたとも言える)
しかしながら、BOBまでの戦いで散々に消耗したドイツは、半ば息切れを起こしつつあった。
史実では周辺諸国、特にチェコなどの工業国の生産力をも使っていたが、この世界では日本が世界恐慌で
散々に世界中を荒したために、欧州の生産力そのものが下がっていた。故にドイツは史実よりも余力が
乏しかったのだ。
だがそれで根を上げるようなヒトラーではなかった。占領した東欧地域の人間やユダヤ人を強制労働に
つかせたり、国の足を引っ張る人間を徹底的に間引きするなどして戦争の継続を図っていた。
そんな中、軍や政府の一部からは、弱体化したイギリスを攻め落として属国とし、ドイツに協力させる
ことをヒトラーに上申する者も出始めた。特にゲーリングは日本が急降下爆撃で戦艦を撃沈したことから
「イギリス海軍を空軍だけで撃滅してみせる!」と自信満々に言って憚らなかった。
しかしヒトラーは動かなかった。ソ連相手に手を抜くことはできなかったし、何より下手にイギリスを
攻め落すような真似をすれば、日本がどのような手を打つか彼には判らなかった。
「イギリスを攻め落として属国にしたとしても、日本が混乱のドサクサに中東や東アジアの植民地を
奪ってしまえば、イギリスを属国にした意味が殆ど無くなる。いや、それどころかイギリス国民を養う
負担を新たに背負い込むことになれば面倒なことになる」
ヒトラーは総統官邸に張られている世界地図を見ながら、忌々しそうに呟く。
「イギリスを強引に味方に引き込んでも、あの忌々しい国、日本がどうでるかが問題なのだ」
勿論、ヒトラーとて、現状を打開しなければならないことは理解している。
ある程度、イギリスを脅して資源の輸出を認めさせることは考えていた。やはりバクーを含むソ連南部の
資源地帯を押さえることができなかったのは痛かったのだ。
さらに津波の影響で中立国経由での資源の輸入ができなくなっていることも頭痛の種であった。大西洋沿岸
諸国が揃って大打撃を受け、シーレーンがズタズタにされたことはドイツにとっても痛手であった。
「英国との和解は兎も角、日本を同盟国とすることは、国民感情が許すまい。何しろこれまで散々に反日感情を
煽ってきたのは他ならぬ余自身だ……こんなことになるのなら、『我が闘争』でも煽らなければ良かった」
もしも日英独三国同盟とでも言えるものを締結できれば、事態は劇的に改善する。ソ連を東西から挟撃できる
上に、イギリスからも多くの資源を輸入できるだろう。
しかしながらそれはこれまでの自身の所業の結果、不可能であった。何しろヒトラーはこれまで散々に日本の
ことを扱き下ろし、自身の著書の『我が闘争』でも、史実以上に散々な評価を出している。我が闘争の原本を見た
井上成美は、あまりの酷評振りに激怒したほどだ。日本国内では日本語訳された我が闘争が出回り、反独感情を
思いっきり助長させた。
「どちらにせよ、今は目の前の対ソ連戦に専念するしかない」
欧州のほぼ全域を支配するドイツ第3帝国の支配者であるヒトラーの悩みは尽きなかった。
米英独から注目の的となっている日本では、来るべきミッドウェー作戦に向けて準備が進められていた。
対米戦争勃発時には兵力が不足気味であったが、対米戦争前、つまり対独戦争時から建造を進めていた
艦が順次完成してくると、戦力不足は少しずつであるが解消されつつあった。
「空母飛鷹、隼鷹が完成。護衛空母も順次完成。それに利根型軽巡洋艦以下の艦も順次完成しつつある。
これで旧式化した5500t軽巡洋艦を順次外せるな」
海軍省の大臣室で、嶋田は満足げに頷く。しかしそれに古賀が待ったをかけた。
「大臣、現状の計画では、将来的に重巡洋艦以上の艦が不足してしまいます」
「旧式化する戦艦や重巡洋艦の代艦を建造しろと?」
「そうです。超甲巡や吾妻型重巡洋艦では到底、数は足りません。それにあまり戦艦派を冷遇すれば
夢幻会からの離反もあり得ます」
「しかし戦時下で、戦艦や重巡洋艦の建造はできないぞ。ただでさえ、この戦いは短期決戦で決着を
つけるつもりなのだから」
「判っています。ですから、戦後に建造をお願いしたいのです」
「戦後に? ただでさえ戦後は軍縮されるのが確定だというのにか?」
口では否定的に言うが、嶋田も水上艦艇建造の必要性は理解していた。海軍を割らないようにする
ためには、ある程度、水上艦艇の派閥にも利益を与える必要があるからだ。
「そうです。金剛型、扶桑型の旧式化は否定できません。大改装するにしても限界というものがあります」
「だとすれば伊吹型の追加建造あたりが妥当だな。超甲巡とあわせればそれなりの戦力になる」
しかしこれに古賀が首を横に振る。
「戦艦派としましては最低でも長門型に匹敵する戦艦、可能であれば大和型に匹敵する戦艦の配備を
望んでいます」
「……前者は兎に角として、どうやったら後者の案が出てくる?」
「長門型、伊勢型、扶桑型はともに敵艦隊の火力を吸引するという役目を持っています。
しかしながら扶桑型、伊勢型は建造されてから年数が過ぎており、代艦の建造が必要です。そして
代艦には敵艦隊の火力を吸収するために相応しい能力が要ります」
「しかしアメリカ海軍が潰えれば、そんな船は沢山要らないだろう」
「アメリカ海軍を完全に潰しきったとしても、復活しないという保障はありません。
それに戦後にはまだ大英帝国やドイツ、それにイタリアなどの列強が残っています。
英国は衰えたといえ、世界第一位の海軍国。イタリア海軍も無視できる存在ではありません」
「………」
「次に砲艦外交の役割は果たせます。世界最強の空母機動部隊に加え、世界最大最強の戦艦を有すると
なれば相当の抑止力を期待できます。抑止力は別に核のみによって成されるものではありません。
さらに対地砲撃でも有効なのはウェーキでの戦いで明らかです。確かに戦艦の時代は終焉を迎えつつ
ありますが使い道が無いというわけではありません」
「ふむ……英国は兎も角、今更イタリアと戦うことになるとは思わないのだが」
「最悪の事態は常に想定するべきです」
粘り強く交渉する古賀を見て、嶋田は戦艦派の鬱憤が相当溜まっていることを察した。
「……やれやれ金食い虫の空母機動部隊の維持に加えて、新規に戦艦の建造か。辻に何と言われることやら」
ため息をつく嶋田。しかし最強の戦艦というのは、やはり心に響くものがあるのも事実。
「判った。判った。考えておく。それで世界最大、最強の戦艦ということは、名前は『大和』か?」
「勿論です。男の夢と浪漫です」
「あまり夢と浪漫で軍備を語るなよ。辻の耳に入ったら大変なことになる」
「しかし日本最強と言えば、大和でしょう。戦艦派の中には将来的には宇宙戦艦ヤ○トを軍のバックアップの
下で放送したいと思っている者もいます。うまくすれば軍のイメージアップにも使えると思いますが」
「でも、あれって史実では放送自体は確か打ち切りだったような気がするんだが……」
「軍がスポンサーにつけば、問題ないと思いますが」
「……まぁその辺は好きにしてくれ」
そう言って嶋田は古賀を下がらせた。そして暫くするとぼやくように呟く。
「最悪の事態か。その時には大和型戦艦があってもなくても大して変わらなくなっているさ」
しかし古賀が言うとおり、戦艦による抑止力というのも無視できない。
「建造した祥鳳型軽空母を何隻か売り払って、少しでも建造費を捻出するしかないか。
あとは長門型以外の戦艦を順次退役させていくというのも手だな。新型戦艦と超甲巡、それに
長門型と伊吹型を加えて10隻前後の砲戦艦艇あれば、抑止力としては十分だろう。
尤も辻が認めるかどうかだな……あの男のことだから戦略原潜と攻撃型原潜の開発や
伊吹型のイージス化のほうに予算を割けとか言いそうだ」
戦争が終わったら、さっさと退役したかったが、このままでは当面は退役できそうにないことを
彼は悟った。何しろ現在、利害調整にかけては嶋田の右に出る者がいない状態なのだ。
「全く、どいつもこいつも金、金、金。折り合いをつけるために、毎回、俺が駆けずり回らなければ
ならない。全く金は天下の回りものというけど、実際に金の流れを作る人間の立場にもなれって。
片付けなければならない問題はいくらでもあるというのに」
現在、日本は韓国政府内部の裏切り者の粛清を進めていた。同時に韓国政府の人間に対して徹底した
警告を行っている最中だった。
日本側としては今回の一件で問題を決着させ、半島の安定化を図りたかった。しかしながら事態は
彼らの予想の斜め上をいっていた。
韓国政府高官たちは、今回の失態を糊塗するため、そして日本の歓心を得るために積極的に反日派の
狩りだしを開始したのだ。さらに密告合戦まで始まりはじめ、事態は泥沼化し始めていた。
「パワーゲームはいいから、さっさと自分の仕事しろよ、もう」
嶋田は頭を抱えたものの、どうしようもなかった。
彼に出来るのは朝鮮半島の混乱が、現地邦人や内地に飛び火しないように手を打つことだけだった。
「まぁ難民が来たら、南雲さん達の海上保安庁に頑張ってもらおう。今はミッドウェー作戦に集中しなければ」
しかしながら、そのミッドウェーでは嶋田が予想しなかった事態がおきつつあった。
「ミッドウェーを放棄する」
太平洋艦隊司令部で、パイはそう宣言してミッドウェー防衛を放棄したのだ。
もはやハワイ維持さえ怪しい太平洋艦隊には、ミッドウェーを維持できない。彼はそう判断したのだ。
勿論、ハルゼーなど一部指揮官は反発したものの、ウェークの例を出されては黙るしかなかった。
ただしミッドウェーが日本軍に占領された場合、ハワイが日本軍機の攻撃圏内に入ってしまうので
防空用の戦闘機がより多く必要になることは明らかだった。
故にパイは本土で動かせる戦闘機、それも高高度を飛行できる機体を送ってくれと打診し、了承を
得た。
「奴らは来るだろう。ここハワイ、いや真珠湾に。それならここで準備万端整えて待ち受けたほうが
良いだろう」
パイの言葉を聞いたハルゼーは疑問を呈した。
「しかしよく政府が納得したな」
「キンメル提督が動いたのさ。政府も現状での決戦は難しいと判断したのだろう」
「ふん。海のことを判っていない大統領だと、やりにくいことこの上ないだろうな、ハズも」
「そう言うな。あの大災害以来、何とか合衆国をまとめてきたのは彼らなんだぞ」
「ふん。だが連中のおかげで戦力は分散気味だ。今から掻き集めたとしてもどこまで集まる
ことやら」
色々な問題を抱えつつも、米海軍は戦力をハワイに集結させて、日本海軍との決戦に臨む
準備を整えつつあった。
あとがき
提督たちの憂鬱第36話をお送りしました。
次回からいよいよミッドウェー作戦です。尤も空振りに終わる公算が大と言えますが。
アメリカ海軍は残存兵力を結集させて、最後の決戦を仕掛ける目算ですが、米本土は
大変なことになりつつあります。このままだと勝っても負けても碌なことなさそうな
気がヒシヒシと(笑)。
あといよいよイギリスが方針転換をします。これでうまくやれば日本も共犯者を手に入れる
ことができるでしょう。
それでは拙作にも関わらず、最後まで読んでくださりありがとうございました。
提督たちの憂鬱第37話でお会いしましょう。
今回採用させて頂いた兵器のスペックです。ご意見ありがとうございました。
T−39中戦車1942年型
車体長:6.88m 全幅:3.24m 全高:2.67m 全備重量:40t
エンジン:V−2−KS 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル 600馬力
最高速度:時速43km 航続距離:250km 乗員:5名
装甲厚:18〜75mm
サスペンション:トーションバー方式
武装:51.6口径76.2mmZIS−3野砲×1、
7.62mm機銃(同軸機銃含む)×2
T−44中戦車
全長:6.4m 全幅:3.27m 全高:2.4m 重量:33.9t 乗員:4名
エンジン:V−2−KS 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル 600馬力
最高速度:時速58km 航続距離:210km
装甲:砲塔前面120mm、車体前面90mm、側面45mm、背面45mm
サスペンション:トーションバー方式
武装:56口径100mm戦車砲D−10S×1(32発)、
12.7mm重機関銃DShK(同軸機銃含む)×2(500発)、
煙幕弾発射筒6基
X号戦車パンターA型
全長 9.22m 車体長 7.10m 全幅 3.44m 全高 2.73m
重量 39.0t 乗員 5名
エンジン マイバッハHL230P30水冷4ストロークV型12気筒エンジン700HP
懸架装置 ダブルトーションバー
操向装置 オートマチックトランスミッション
転輪 中型転輪
駆動方式 RR(パワーパック方式)
速度 55km/h 行動距離 200km
70口径75mm戦車砲KwK42×1
7.92mm機関銃MG34×2
装甲
砲塔 前面80mm/20度 側面60mm/25度 後面50mm/20度
車体上部 前面60mm/60度 側面50mm/50度 後面40o/30度
車体下部 前面60mm/55度 側面50mm/ 0度 後面40o/30度