アメリカ海軍アジア艦隊が航空機による攻撃で全滅したという情報は即座に全世界に駆け巡った。

 旧式とは言え、4隻もの戦艦を含む大艦隊が空母艦載機の攻撃のみで海の藻屑と化したという情報は

世界中の人間を驚愕させた。

 日本国内でも驚きの声が挙がると同時に、史上初の快挙と日本海海戦に匹敵するパーフェクト勝利を

成し遂げた日本海軍へは惜しげも無い賞賛と多くの寄付が寄せられた。

 海軍軍令部総長と海軍大臣を兼務する嶋田は、この大戦果を誇る傍らで、本命である太平洋艦隊の撃滅に

向けて動き出していた。


「太平洋を帝国の海とするために、そしてアラスカへ侵攻するために何としても太平洋艦隊を撃滅する

 必要がある。真珠湾作戦の準備はどうなっている?」


 彼は会議の席で浮かれる軍令部員たちの気分を引き締めさせ、真珠湾攻撃作戦に向けた準備を急ぐように

促した。アメリカが体制を立て直す前に、アラスカに足場を築けるか否か、それがこの戦争の趨勢を決めると

信じている嶋田からすれば、準備が遅延することは絶対に許されないことだった。

 これを聞いた福留は顔を引き締めると、軍令部作戦課の意見を述べる。


「軍令部としてはウェーク攻略作戦を11月中に発動する準備を進めています。加えて陸軍と共同で青島攻略を

 11月に実施する予定です。いずれの準備も遅延無く進んでいます」

「ミッドウェーはどうする?」

「艦隊の休養と整備も考慮しますと来年1月が望ましいかと。全てが順調にいけば来年春に真珠湾作戦の発動が

 可能になるでしょう。尤もミッドウェーを攻略するとなれば、相応の犠牲も覚悟しなければなりませんが」

「それは判っている。私も弱体化したとはいえ、米海軍太平洋艦隊に無傷で勝てるとは思っていない」


 ハワイの目と鼻の先にあるミッドウェーを攻略するとなれば、太平洋艦隊が迎撃に出てくることが予測される。

 今の連合艦隊の実力ならば十分にこれを撃破することもできるだろうが、無傷で達成できると思うほど嶋田は

思い上がっていなかった。


(米帝相手に傲慢になるなんて、死亡フラグ以外の何物でもない)


 日本海海戦並みのパーフェクト勝利を連続して得ることを期待するほうが間違っている。

 尤も本来の日米の国力差を考慮すれば、そんな宝くじの一等を連続して当てるくらいの幸運を得ないと勝負に

ならない(勝てるわけではない)というのが悲しい現実でもあったが……。


「しかし犠牲を抑える方法はある。第6艦隊の潜水艦を使ってハワイを日干しにしてやれ。

 いくら真珠湾軍港に備蓄があるからと言って、いつまでも太平洋艦隊すべてを支えることは出来んからな。

 それに西海岸で潜水艦が出没すれば、米軍はそれに対応せざるを得なくなる。連中の乏しい備蓄をさらに

 すり減らすことも出来るだろう」


 嶋田は米軍に対して兵糧攻めをするつもりだった。


「それに大西洋津波のせいで、米国の海運は崩壊寸前。

 ここで西海岸の航路も封鎖すれば、連中の経済活動に大打撃を与えられる」


 東海岸や南部の主要港が軒並み消滅するか、機能不全に陥っている現在、アメリカのシーレーンは西海岸に

集中していた。ここが潰されればアメリカは海外との貿易が困難となる。そればかりか外洋への進出そのものが

困難となり、北米大陸に閉じ込められる。

 いくら資源の大半を自給できるとは言え、全部を自給できるというわけでもない。完全に海外との貿易を遮断

されるようなことがあれば米国の兵器生産に大きな影響が出るだろう。

 この嶋田の狙いを察したのか、GF長官の古賀がすかさず了承した。


「判りました。第6艦隊に命じて、西海岸周辺の通商破壊も強化していきます」

「頼む」

「ですが、マーシャル諸島は如何しましょう? 万が一、太平洋艦隊が侵攻してきたときに備えていつでも

 放棄できるようにしていましたが」

「確かに現状では、太平洋艦隊が侵攻してくる恐れは無い。それにもしも米海軍に占領されたら、連中に

 勝利宣言をされかねない……福留少将、マーシャル諸島に守備兵と基地航空隊を再配置できるか?」


 福留は他の面々と相談した後、若干渋い顔で返答する。


「……不可能ではありませんが、太平洋艦隊と正面から戦うだけの兵力を置くのは難しいかと」

「判っている。しかし時間稼ぎにはなるだろう。その間に援軍を送ることは出来る」


 軍令部の部員達はマーシャル諸島を米軍に一時的に譲り渡すのは仕方ないと考えていたのだが、政治の

都合上、そうはいかなくなっていたのだ。

 米国政府を徹底的に追い詰めるためには、彼らにポイントを挙げさせるわけにはいかないのだ。


「(戦争は確かに政治の延長だが、政治に振り回されたら堪らないぞ)……了解しました」


 福留は渋い顔であったが、何とか兵力の捻出を了承した。


「しかし連戦連勝しているとは言え、使える駒も少ないですし、予備兵力も潤沢とは言えません。

 現在急ピッチで兵力の増強に努めていますが、暫くはギリギリの運用が続くと思われます」

「判っている。大蔵省や軍需省と掛け合っている。中国大陸での戦いの趨勢が見えている現状で、海軍への資源や

 予算の割り当てを増やすことは了承されるだろう」


 史実では陸海軍の資源や予算の割り当ての調整は困難であったが、この世界では表では軍需省、裏では夢幻会が

調整することで、史実よりは効率的な配分が可能になっていた。

 空母の建造は急務であるが、砲術屋を中心とした一派(水上砲戦艦艇の総合研究組織)の主張によって建造が

急がれている超甲巡洋や新型重巡洋艦の建造に遅れをきたしてはならなかったので、資源や予算の配分が海軍に

有利に傾くことはありがたかった。


(吾妻型重巡洋艦でも数で押されたら厳しいからな)


 確かに現状なら超甲巡は必要ないかも知れないが、衝号作戦の真相が知られれば英独が敵に回るのも確実なので

その場合に備えて可能な限り強力な艦艇が必要だった。

 尤もそれでも最優先で建造するべきは空母であることに変わりは無かったが。


(11月には空母隼鷹、飛鷹が完成する。12月には大鷹型空母2隻、来年からは祥鳳型空母や改装空母群、それに

 切り札である大鳳が順次完成する。史実米軍の月刊正規空母とまではいかないが、月刊軽空母くらいにはなるだろう)


 日本各地の造船所では24時間体制で艦艇の建造が急ピッチで進められている。造船能力の向上に加え、鉄鋼生産力

の向上によって十分な鋼材が確保されているため、造船所はその能力を存分に発揮していたのだ。

 史実に比べて大幅に強化された日本の造船能力をもって大鳳型空母1隻、祥鳳型軽空母8隻が同時建造されていた。

これの他に高速輸送船や客船などの艦船を空母へ改装する工事も同時に行っている。

 これらの空母がすべて揃えば、文字通り世界最大にして、最強の空母機動艦隊が出現することになる。

 しかしながら嶋田は楽観できなかった。


(和製コロッサス級を目指した軽空母とは言え、排水量が18200tもある祥鳳型を8隻同時建造。

 史実日本の貧弱な生産力を知る人間からすれば十分に驚嘆すべきところなんだが、それでも尚、圧倒は出来ん。

 何しろ西海岸と五大湖工業地帯が残っているからな。連中が体制を立て直したら厄介なことになる。

 それにアメリカが外交や謀略で巻き返してくる可能性も皆無ではない。ここで一気に攻勢にでなければならない)


 彼は細かい打ち合わせを終えた後、断固とした口調で部下達に言い放った。


「陸軍はアラスカ攻略軍第1総軍の編成を進めている。ここで我々海軍が躓くことは許されん。心して掛かってくれ」









         提督たちの憂鬱  第32話








「アジア艦隊が全滅したと?」


 臨時首都シカゴの臨時大統領執務室で、キンメルの報告を聞いたガーナーは唖然とし、そして次に激怒した。


「一体、どういうことなのだ、キンメル大将?!」

「私も信じられませんが、アジア艦隊は日本海軍空母機動部隊の艦載機による波状攻撃を受け、駆逐艦2隻を

 除き、全滅したとのことです。さらに司令長官ハート大将と幕僚達は旗艦オクラホマと運命を共にしたようです」

「戦艦を含む艦隊を、飛行機が、それも日本人が作った飛行機が全滅させたというのか?」


 大艦巨砲主義者であり、戦艦の信奉者であったキンメルにとっては、目の前の大統領の言葉に頷くことは耐え難い

ことであったが、真実から目を背けるわけにはいかなかった。


「その通りです。これまでの情報収集の結果、日本海軍は世界でも稀に見る空母の集中運用によって今回の戦果を

 得た模様です」

「ならば、我々も同様のことをすれば良い。幸い、我が軍にも空母が残っているはずだ」

「我が軍は正規空母を5隻擁しますが、ホーネットは予想以上に被害が深刻で、半年はドックから出られません。

 さらにワスプは船団護衛やハワイへの航空機や消耗品の輸送などにあたらなければならず、実質的に使える空母は

 エンタープライズ、レキシントン、サラトガの3隻だけです。

 一方の日本海軍は6隻もの正規空母に加え、6隻以上の軽空母を保有しています。戦力差は1対4。艦載機の数を

 考慮しても非常に不利です。同じ方法を用いても勝算は高くないでしょう」

「ワスプも加えれば良いだろう」

「それでは船団の護衛が不十分になります。日本軍の潜水艦から船団を守るには空母が必要です。

 なりふり構わぬ決戦を仕掛けるとなれば、参加させることもできますが……その後については保証できません。

 加えて日本海軍に決戦を仕掛けるとなれば、中部太平洋に侵攻することになります。

 その場合、我が軍は空母に加え、基地航空隊をも敵にします」

「………つまり、海軍は決戦に自信がないと」


 この臆病者め、と言わんばかりの表情で尋ねるガーナーに、内心の怒りを悟られぬようにキンメルは答える。


「はい。現状でマーシャル諸島に侵攻した場合、限定的な制空権の確保も不可能です。

 その場合、我々には勇戦したあとに、アジア艦隊のように全滅するしか道はありません」


 もしも米軍がいつもどおりの実力をもっているならば、アジア艦隊のようにあっさり全滅することはないだろう。

ノースカロライナ級、サウスダコダ級戦艦は十分な攻防能力を持った高速戦艦であるし、護衛につく艦艇だって

アトランタ級軽巡洋艦などの高い対空火力を持った艦が多いのだ。

 しかしながら今の米軍は、いつもの実力の半分も発揮できるか怪しかった。キンメルを筆頭に海軍作戦本部の

海軍軍人たちは、アジア艦隊を全滅させた日本軍の実力を考慮すると、現状で日本海軍と戦った場合は敗北する

可能性大と判断していた。


「日本海軍を相手に勝利を得るには、ハワイ沖にまで日本海軍を引き寄せ、ハワイ諸島の基地航空隊と連携して

 全艦隊で戦うしか方法はありません」

「フィリピンを含むアジアの権益を全て棄てろとでも言うのか?」

「日本と戦い続けるのであれば、それしか道はありません」


 キンメルの弱腰とも取れる発言を聞いたガーナーは、目の前の男をクビにすることも考えた。

 しかしながら、米海軍の舵を任せられる高級将校の多くは津波によってあの世に転属させられていることを

思い出すと、何とか思いとどまった。

 彼は罵声の言葉を喉元で押しとどめると、キンメルを下がらせた。

 キンメルが退室して少し時間が経った後、ガーナーは執務室で怒鳴り散らした。尤も怒鳴り散らしたおかげで

少しは気分転換ができたため、何とか冷静さを取り戻すことが出来た。


「現状では我が軍に、日本を待ち受ける余裕などないのだ。一刻も早く決戦に勝利しなければならない。

 だがそれが我が軍単独で成し遂げることができないとなれば、何らかの方策を練る必要がある」


 若造であったロングに副大統領の席を奪われただけでも屈辱なのに、後に大統領の席もロングに奪われ、さらに

第二次米墨戦争を通じて、これまで自分の支持母体であった石油産業の支持や支援まで奪われたことは、ガーナーの

精神を大きく歪ませていた。故に彼は『偉大な大統領』に固執していたのだ。

 しかし現状はそんな彼の望みを叶えてくれるほど甘くは無く、むしろ建国以来、初めて対外戦争で負けた大統領と

いう汚名を彼に与えそうな状態だった。

 しかし彼にとって頭痛の種は他にもあった。復興の遅れに加え、被災地では疫病が広がっていた。さらに経済恐慌に

よって幾つかの州では経済破綻が迫りつつあるとの報告があったのだ。それは連邦崩壊の危機を示すものだった。

 そんな状況で悠長にハワイに日本軍が迫ってくるまで待ち構える余裕は無い。

 さらに悠長に構えていれば、国内の政敵たちが何を言い出すか判った物ではない。短期で勝利することが、合衆国を

そしてガーナー自身の政治生命を守るために必要なのだ。

 ガーナーが色々と手を考えている時、側近であるハーストが入室してきた。


「どうされました?」

「どうもこうもあるか」


 そういうとガーナーはキンメルが言ったことを余すことなくハーストに伝えた。


「なるほど」

「全く、戦前に散々戦艦の建造に夢中になっていたくせに、いざ戦争が始まったら空母の数が足りないと泣き言を

 言うとは。海軍将校は無能の集まりか?」

「確かに日本人が出来たことを、鼻からできないと思っていたことは問題ですな。今は提督が必要ですが、将来は

 もっと柔軟的な思想の持ち主に作戦部長の席を与えるべきでしょう」

「そうだな。だが問題は今だ。我が国単独では戦えないとなると……」

「他の国を対日戦に参加させるしかありませんな。ですが、問題はどこの国を引き込むかです」

「そうだ。頭が痛い問題だ。対日戦争に即、役に立つ国は少ない」


 普通なら、同盟国である中華民国に期待するところなのだが、今の彼に中華民国に期待するつもりは皆無だった。

 上海での中華民国軍の手酷い裏切りと、民間人への狼藉は日本の映画界の総力を挙げた編集によって、インパクト

抜群のニュース映画にされて世界中に配信されていたのだ。

 おかげで世界中、特に欧米では反中感情と中国人への不信感が否応にも高まっている。


(ドイツと組んだとしても、距離的に対日戦争の手助けにはならない。さらにソ連と総力戦の真っ最中。

 ソ連を唆して日本と戦端を開かせようとしても、両国の間には不可侵条約があり、さらにソ連はドイツとの戦いで

 手一杯。あの老獪なスターリンがわざわざ条約を破棄して二正面作戦をするとは考えにくい。

 だとすれば、イギリスをこちら側に引きずり込むしかないが……連中が応じるか否かだな。

 しかしドイツやソ連を何らかの形で利用できれば言う事は無い。考える価値はある)


 ガーナーは閣僚や補佐官達を集めて、英独ソをうまく対日戦争に利用する方法を検討させることにした。

 同時に、大災害と連敗で落ち込んでいる国民の士気を高揚させる戦果を挙げる方法を考えさせることにした。


「ハースト、何とか世論が敗北主義に陥るのを阻止するのだ。我々はまだ負けたわけではないのだからな」

「わかっております。ですが、経済の混乱が長引けばコントロールが効かなくなります」

「……わかっている。財界の人間とも協議して何とか経済の混乱を食い止めるようにする」

「ありがとうございます」


 ガーナーとハーストが対日戦争の劣勢を挽回するべく、色々と策を練っている頃、米経済界の重鎮達はこの

非常事態に対処するために、業界間の垣根を越えて動いていた。しかしそれは絶望的な状況を改めて認識させ

られるものでしかなかった。


「現状では、合衆国軍は日本軍に勝利するのは難しいということか?」

「残念ながら、現状ではアメリカが勝つのは困難と言えるでしょう。太平洋艦隊の正面戦力こそ巨大ですが

 それを維持するだけの力が今のアメリカにはありません」


 アメリカ合衆国が誇る巨大な工業都市・デトロイト。その一角にある高層ビルの一室に集まった米経済界の

重鎮達は憂鬱な表情で状況の報告を聞いている。それはどれもアメリカという国が崩壊の危機に立たされている

ことを示すものであった。


「キンメル提督を筆頭に、海軍将校達は必死に軍の秩序を維持しようと懸命のようですが、このままでは

 将兵の士気とモラルの低下に歯止めをかけるのは困難でしょう。最悪、軍が崩壊しかねません」

「やはりか。ガーナーは一回限りの戦いなら勝てると踏んでいるようだが……」

「アジア艦隊を一方的に全滅に追いやった日本軍の実力を考慮すれば、一回限りでの戦いでも難しいだろう。

 まして日本軍の庭とも言える中部太平洋で戦うとなればなお更だ。短期で決着を付けるのは不可能だろう」

「まさか、ここまで日本軍が強いとは」

「いや、それ以上に問題なのは、この天変地異だよ。仮に日本軍が強くても、戦前の計画では5倍もの物量を

 ぶつければ勝てると読んでいた。しかし今や、量と質の両面で我々は逆に日本軍に押し潰されようとしている」

「それ以上に問題なのが貴重な財産の多くを失ったことだ。全く踏んだり蹴ったりだ」

「東海岸一帯が壊滅したために発生した恐慌の影響は留まることを知らない。経済的に厳しい州はいくつも

 存在するし、暴動が多発している」

「治安の急速な悪化のせいで、正常な経済活動が難しくなっている。対外戦争は好ましいが、内戦は困るよ」


 会合の出席者達は憂鬱な表情になる。

 会合の出席者の多くは、衝号作戦によって発生した津波、そしてその後の異常気象によって多くの財産を

失っていた。尤も財産が残っている人間はまだ幸運なほうで、財産を根こそぎ失って自殺に追い込まれたり

津波に巻き込まれ死亡した重鎮達も大勢いる。

 かといって残された人間達は、死んだ人間を悼むこともなく自分達の財産と生命を守るためだけに汲々と

していた。彼らは当初、一刻も早く日本軍を打ち破り、アジア地域における覇権を確固たるものにすると同時に

中国や日本から富を収奪することで国家と自身の会社の再建を果たそうと目論んでいたのだ。

 しかしながらその目論見は水泡を帰そうとしていた。


「単なる内戦だけならまだマシだ。都市が押し流されただけではなく、農地が海水に浸かったせいで塩害が酷い。

 数年は農地として使い物にならん。牧草も生えないから畜産も駄目だ。このままでは飢餓が始まるだろう」

「さらに拙いことに、流通も混乱している。内陸からの食糧の配給が滞れば、ロシア革命の二の舞になるぞ」


 彼らの脳裏にアメリカが赤化するという、恐るべき、そして最悪の未来が浮かぶ。


「日本に喧嘩を売ったのは間違いだったな。まさかここまで手強いとは」

「下手をしたら、連中、今回の災害が起こることを知っていたから、我らの挑発にあえて乗ったのかも

 知れませんね」

「さすがにそれは無いだろう。まぁ今までの連中の所業を考慮すれば、仮にそうだったとしても驚かないが」


 戦前、日本によって散々に経済的に痛い目にあわされた男達は、ロングを焚き付けて対日戦争に踏み切った。

 日本人からすれば横暴極まる行為であったが、ここにいる男達からすれば当然の行為だった。何しろ世界恐慌後に

散々に金を毟り取られて多くの有力な企業、銀行が倒産するか、その間際にまで追い詰められた。

 中国大陸の武器市場では、日本企業のせいで予想していたよりも利益を挙げられず、第二次世界大戦前には日本企業の

製品は米企業の製品とある程度勝負できるようになり、企業の経営を圧迫しはじめていた。

 資源もない小国の島国が、近代化してわずか70年で自分達を脅かすところまで来たのだ。これに恐れを感じないほう

がどうかしている。

 しかしその結果、アメリカは無縁孤立のまま崩壊の危機に立たされているのだ。男達が悔やんでも無理は無い。

 かといってここで後悔していても話は進まないのも事実だった。


「何はともあれ、東海岸の再建は絶望的だな。このままでは放棄せざるを得ない」

「放棄どころか封鎖さえ必要になる。ニューヨークでは正体不明の疫病が発生しているとのことだ」

「それは恐らく『研究所』が原因だろう」

「あり得ますな、それは……」


 この言葉にロックフェラー一族の人間達が顔を顰めた。何故なら彼らには心当たりがあったからだ。


「ニューヨークにあった『ロックフェラー研究所』。あそこから未知のウイルスが流出したのでは?」

「それは判らん。だが、あり得ないことではないだろうな。あそこはBC兵器開発にも一枚噛んでいた」

「だとすればますます、東海岸、特にニューヨーク周辺の復興は絶望的ですな」

「それどころか、東部には軍の防疫施設があった。あれがつぶれているとなれば、他の地域でも疫病の

 発生は不可避だろう」

「最悪の場合、東部全域に疫病が蔓延することになる……」


 この救いがたい結論に、誰もが憂鬱な表情になる。


「我々の選択肢は市場としての価値を失い、崩壊しつつあるこの国と最後まで運命を共にするか、それとも

 新たな宿り先を見つけるか、どちらか一つだろう」

「まぁ答えは明らかだがな」

「しかし工場などの不動産を多く持つ人間には辛い選択ですね」

「仕方ないだろう。ここは損切りと思うしかない。それに今すぐに放棄するわけでもない。

 暫くはガーナーに手を貸してやらなければならないからな。今すぐにこの国が潰れるのは拙い」

「中南米の混乱を一時的にでも抑えてもらう必要がありますからな。我らの財産を守る手筈を整えるまでに」

「何れにせよ、この国を棄てるのは徹底的に富を搾り取った後だ」

「日本はどうする? 連中、忌々しいことに今回の大災害さえ利用して金を毟り取っていったようだが」

「太平洋の覇権は彼らに与えるしか道はないだろう。合衆国軍に彼らを止める手立てはない」

「むしろ戦後には取り込むべき相手だろう。総研、そしてその背後に居る組織は優秀であることがよく判った」

「彼らはこの戦いの後に満州、中国の大半を力で抑えるだろう。加えて日本を中心とした地域は津波に

 よる被害が少なく、購買意欲も高い地域だった。市場としての価値は十分にある」


 かくしてアメリカ経済を牛耳ってきた人間達も動き出した。










 一方、頼りのアメリカから実質的に見捨てられた形となった中華民国では、張学良を首班とした体制の

崩壊が始まりつつあった。

 満州や上海での連敗によって正規軍が著しく弱体化した上に、上海での蛮行が世界中に明らかにされたことで

欧米列強から総スカンを受けてしまい、外交交渉そのものに支障をきたすようになっていた。

 張学良は必死に体制の立て直しを図ったが、腹心の張景恵は満州で捕虜となり、馬占山は上海周辺の戦いで

子飼いの部隊が甚大な被害を受けて影響力を減じていた。いやそれどころか馬占山は上海での蛮行について責任を

追求される始末だった。

 本来なら状況を打開するために方策を練らなければならない時に、中華民国首脳部は敗戦の責任の擦り付け合い

に終始していた。

 上層部がそんな状況では現場の人間がやる気を出すはずが無く、現場責任者は物資の横流しや公金の横領を

平然と行い、兵士達は部隊から脱走したり、阿片を吸って現実逃避する始末だ。

 尤も横領や横流しなら可愛いほうで、中には気に食わない一般市民を、日本に内通する裏切り者として処刑する

ような軍人さえ居た。

 このために中華民国政府は国民からの支持さえ急速に失いつつあった。

 そしてそのような中華民国の悲惨な状況についての情報は上海に置かれた支那派遣軍総司令部に余すことなく

届けられていた。


「無様だな」


 執務室で報告書を読んだ東条は呆れた表情で呟いた。


「連中、今がどんな状況か判っているのか?」

「判っていても、擦り付け合いをせざるを得ないのではないでしょうか? 目の前の破局から目を背けるために」


 そう答えたのは相変わらずビジネススーツの上にコートを着た村中大佐であった。


「まぁおかげで私も自由に動き回れましたが」


 この男は日露戦争のように大陸各地で匪賊や国民党、共産党残党を巧みに扇動して、各地の中華民国軍と

衝突させていたのだ。これによって中華民国軍の弱体化は加速しており、日本への反攻どころではなくなった。

 おかげで日本軍は各地で容易に中華民国軍を打ち破っていた。そしてつい先日、奉天も陥落した。これにより

南満州全域はほぼ日本軍の支配下に入り、日本の有力な資源地帯であった南満州の安全が確保された。


「君のおかげで青島攻略作戦も発動できそうだ。感謝するよ」

「いえいえ、部下達のおかげです」

「謙虚な男だな、君は」


 そう言って笑うと、東条は話題を切り換える。


「青島が陥落すれば、実質的に大陸での戦いは終焉を迎える。参謀本部は内陸へ深入りするつもりはないからな」

「北京や南京ならすぐに占領できると思いますが?」

「連中が奥地に逃げたら面倒だし、下手に市街戦になれば後処理が面倒になる。上海の例を見れば判るだろう」

「ということは、再び我々の出番ということですか?」

「その通りだ。中華民国要人をこちら側に引き込んで欲しい。

 尤も華僑の人間達がこぞってこちら側に寝返り始めている以上、そこまで難しくは無いと思うが」


 大陸における日本軍の連戦連勝に加え、アジア艦隊が一方的に全滅させられたことが伝わると、中国人達は

一気に日本側につくようになった。

 中には日中同盟を結び、米英を中心とした白人世界を打倒するべきなどと戯けたことを主張する輩まで出る

始末で、この変わり身の早さに東条は思わず頭痛を覚えたほどだ。

 しかし彼らの変わり身の早さを利用しない理由は無い。陸軍は中華民国軍から裏切り者を出すことで

中華民国軍を分裂させることを狙っていた。

 といっても完全崩壊させるような真似はせず、内陸でひたすらに内ゲバに明け暮れることを軍は望んでいた。

 内陸に深入りしてもコスト的に見合うものは得られないし、米本土攻撃のために莫大な物資が必要なのだ。

ここで無駄遣いできる物資などない。さらに下手に内陸に手を出してイギリスと仲が悪くなったら面倒だった。


「連中を同士討ちさせておき、奴らを内陸へ封じ込めるのだ」

「了解しました」

「頼むぞ」


 村中が退室するのを見た後、東条はため息をついた。


「やっと中国戦線が決着すると思ったら、これか」


 彼の頭痛の原因は内地から極秘に命じられた731部隊の研究施設設置と被験者の確保、そしてそれに

関する情報の機密保持の厳守であった。


「気のせいだろうか、面倒な仕事ばかり増えているような気がする。

 会社員だったら仕事があるのは良い事だ、と言えるんだが軍人が忙しいというのはどうかと思うぞ」


 中国大陸で全戦全勝を飾り、内地では常勝将軍とまで謳われる東条の悩みは尽きなかった。












 あとがき

 提督たちの憂鬱第32話をお送りしました。

 ガーナーは自分達だけでは日本は手に負えないということでパートナー探しをします。

 尤もどこの国も即役に立つ状態ではないので、色々と頭を悩めるでしょう。

 まぁそれまでにアメリカという国が残っていればですが(爆)。

 日本軍はアジア艦隊撃滅成功を受けて、いよいよ太平洋艦隊撃滅へと動きます。

 ただ史実よろしく空母艦載機のみによる空爆ではなく、基地航空隊の拠点を確保しつつ

 前進という形になります。下手に失敗したら長期戦に突入ですので、その辺りは慎重です。

 次回も戦闘は多分ない話になると思います。

 それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第33話でお会いしましょう。



2015年10月18日改訂 吾妻型重巡洋艦の就航年を1941〜1942年から1942年へ修正。



 長門型、大鳳型空母のコンペ結果の発表と祥鳳型、吾妻型の性能です。



長門型戦艦
基準排水量:44,500t
全長:245m
全幅:38.5m
ボイラー:重油専焼缶 8基 
主機:ギアードタービン8基・4軸推進 132,000馬力(設計上限)
最大速力:28.5ノット(公試時) 27ノット(実績値)
航続距離:16ノット/10,000浬(計画値) 18ノット/8,000浬(計画値)
武装:50口径41cm3連装砲    3基9門、
   45口径12.7cm連装高角砲 8基16門(砲塔型)
   50口径7.6cm連装高角砲 8基16門
装甲(基本)
・垂直部 水線305mm(傾斜18°)、水中弾防御兼水雷防御隔壁76〜50mm
・水平部 機関部甲板120+50mm(中甲板)+38mm(下甲板)、弾火薬庫甲板127+50mm(中甲板)+38mm(下甲板)
・その他 バーベット381+50mm、砲塔前楯460mm、同天蓋200mm、司令塔75mm





大鳳型超大型攻撃空母
基準/満載排水量:54,000/76,000t
全長×全幅:315m×水線部39.5m / 最大75m
飛行甲板:315m×75m
ボイラー:重油専焼缶 12基 
主機:ギアードタービン8基・4軸推進 220,000馬力(竣工時) 280,000馬力(設計上限)
最大速力:33.5ノット(公試時) 32ノット(実績値) 25ノット(最大巡航)
航続距離:16ノット/10,000浬(計画値) 18ノット/8,000浬(実績値) 26ノット/4,000浬(実績値)
武装:54口径12.7cm連装高角砲 2基4門(砲架型・艦橋前後に振り分け)
   50口径7.6cm連装高角砲 8基16門(史実フォレスタル5in砲と同配置)
   20mm以下は省略
装甲(基本)
・舷側 水線90mm(傾斜15°)、水中弾防御兼水雷防御隔壁76〜50mm
・水平部 機関部甲板65mm(中甲板)+38mm(下甲板)、弾火薬庫甲板65mm(中甲板)+38mm(下甲板)
・飛行甲板75mm(格納庫上面)
・その他 3重底(船体の60%)、420kg対応水雷防御、機関のユニット配置(史実大和と同配置)、ガソリン配管の露出配管…等
搭載数:130機(計画) / 100機+25機[予備](実績) / 70〜60機(ジェット時代)
カタパルト:艦首2基 アングルドデッキ先端2基(油圧式)
エレベータ:舷側4基(右舷前方2基、後方1基、左舷後方1基…要はキティホークの配置)
格納庫:密閉型(ただし戦闘時はエレベータハッチや舷側非常扉を開放する)




吾妻型重巡洋艦
基準排水量:16,140t
全長:207.80m
全幅:21.38m
ボイラー:重油専焼缶8基
煙突:一体型1本
主機:4基、4軸推進
機関出力:136,000馬力
最大速力:34.0ノット
航続距離:18ノットで8,650浬
武装
・五〇口径20.3cm三連装砲3基9門【前部2基・後部1基】
・61cm五連装魚雷発射管4基20門【艦中央部左右舷側各2基】(魚雷搭載本数:30本)
・四五口径12.7cm連装高角砲4基8門【艦中央部左右舷側各2基】
・七〇口径40mm四連装機関砲4基16門【艦中央部左右舷側各2基】
・七〇口径40mm連装機関砲2基4門【艦尾左右舷側各1基】
・20mm単装機銃52基52門
搭載航空兵力:ヘリコプター4機
船体装甲
 弾火薬庫・機関部舷側:127.0mm(傾斜15度)
 弾火薬庫・機関部甲板:38.1mm+25.4mm
同型艦:「真妻」「高妻」「乙妻」
竣工年:1942年




祥鳳型航空母艦
基準排水量:18,200t
全長×全幅:210m×27.4m(アンクルドデッキを含めた場合 37.5m)
主機:艦本式高中低圧ギヤードタービン4基4軸 102,000馬力
主缶:重油専焼缶8基
速力:30.0ノット
搭載機数:航空機42機(+補用機8機)

主兵装
40mm連装機銃8基16門