アメリカが日本に突き出した最後通告・ハルノート。後にアメリカの命運を決したと言われるこの要求には批判が多い。
軍事基地の査察は兎に角として、通信・暗号の開示、現政権の退陣などは明らかな内政干渉であり、常軌を逸したものだ、と
後の識者達は言う。しかしそこにはアメリカなりの事情があった。
アメリカはワシントン軍縮会議以降、日本によって手痛い目に遭っていた。軍艦の保有量で譲歩させられ、日英同盟の存続を容認させられ
世界恐慌では金を毟り取られた。これらの出来事からアメリカは日本を警戒すべき国と考えていた。
仏印への日本軍の進出は、アメリカ政府の警戒感をさらに強めた。彼らは日本が連合国との関係を口実にして、東南アジアに進出するのでは
ないかと疑いを持ったのだ。そんな中、日本は連合国支援を隠れ蓑にして東南アジアを含む連合国諸国の植民地の独立派指導者に接触している
との情報が齎され、その直後にフィリピン沖で輸送船が沈没する事件が起きた。点と線が繋がり、疑惑が確信に変わるのに時間は掛からなかった。
勿論、外交交渉で日本を黙らせようと主張する人間も米政府内に少なからず居た。しかしその彼らも次の内閣総理大臣が軍人であり、その人物
が総研、いや夢幻会に近い人物であることが明らかになると次第に主張を取り下げた。日本は戦争を覚悟した――穏健派の人間はそう受け止めたのだ。
穏健派が次々に沈黙するのを見たロングは対日開戦を決断した。
「これ以上、日本を放置するわけにはいかない。そして、日英の関係が疎遠になった今こそがチャンスだ」
ロングはホワイトハウスで開いた閣議で政府内の穏健派を黙らせ、日本に最後通告とも言える要求を突きつけた。
ただしこの近代史でも例を見ない要求を突きつける役目を仰せ付かった国務長官ハルからすれば、あまり気分が良いものではなかった。
ハルの顔色を見たロングは、気にするな、とばかりに言う。
「太平洋を巡って、日本との戦争は避けられなかったのだ。気にすることはない」
「しかし、我が国がこのような要求をしたとなれば、彼らは死に物狂いで抵抗するでしょう」
「確かに抵抗するだろう。しかし、いくら日本軍が精強だと言っても、最終的には我が国と日本の間にある国力差の前には屈服せざるを得ない」
ロングは大西洋艦隊の大半を太平洋に回航して、日本海軍を押し潰す気だった。加えて1942年8月の段階で、ノースカロライナ級戦艦と
サウスダコダ級戦艦あわせて6隻が戦力化されている。アイオワ級戦艦、エセックス級空母も順次戦力化される予定だ。勿論、建造されているのは
戦艦や空母だけではない。巡洋艦、駆逐艦、潜水艦なども続々と建造されている。仮に太平洋艦隊が壊滅したとしても2年程度で再び今以上の艦隊を
編成して日本に差し向けることが出来る。
「いくら総研が優秀でも、この兵力差は覆せまい」
鼻息荒く言う大統領を見たハルは、こっそり肩をすくめた。
(彼らは、何かとんでもないことを仕出かすような気がしますが)
ハルの予感は的中していた。アメリカ合衆国に建国史上未曽有の国難を齎す存在が、大西洋の向い側で準備されていたのだ。
「起爆準備は?」
カナリア軍司令官の富永恭次中将は、ラ・パルマ島の地下に建設された司令部で、計画の進捗状況を参謀長に尋ねた。
「順調です。このままだと開戦時間には間に合うかと」
「そうか……ふふふ、汚い花火が見られそうだな。アメリカ国民よ、恨むのなら、自分たちの無能な政府を恨むことだな」
富永はそう言ってニヤリと笑うと、新たな指示を出す。
「……各部隊の撤退準備も急がせろ。あと例の準備も忘れるな」
「了解しました」
夢幻会としては衝号計画を一度実施すれば、この島々は用済みであった。故に彼らは速やかな撤退を命じられていた。
だが撤退する前に、『ある事』を彼らはやらなければならないことがあった。
(確かに彼らは知らない。いや、この世界の多くの人間は知らないだろう。たった一発であんなことができるなんて。だからこそ、今から
起こることが故意ではないと言い張れる。ふふふ、さすがは策士・辻政信だな)
自分達が故意に、この大災厄を起こしたと成れば、日本の名誉は地に落ちる。戦後の外交は著しく困難になるだろう。故に夢幻会はこの事態が
あくまでも事故と言い張るつもりだった。勿論、細かい調査をされればばれる可能性がある。しかし日本にはそう言い張るしか道はない。
今後の日本の命運を掛けた作戦の責任者に抜擢された富永は意気軒昂だった。何しろここで成功すれば出世は間違いない。うまく立ち振る舞えば
陸軍参謀総長だって夢ではない。
(私の出世のため、そして陸軍にさらなる萌えを、くぎみー主義の思想を広めるために、この作戦、何としても成功させなければ!)
MMJのメンバーであり、ツンデレ至上主義、そして夢幻会きっての邪気眼の使い手と言われる男は「うずくぜ、俺の右腕が」とか一人芝居を
しながら、来るべきときを待つ。
提督たちの憂鬱 第22話
カナリア諸島で衝号計画の準備が着々と行われる傍らで、日本では中華民国とアメリカに対して攻勢に出る準備が進められていた。
日本は衝号計画の実行と同時に、一気に自国のテリトリーの周辺に展開する米中連合軍を徹底的に潰すつもりであった。当初は、中華民国軍を
誘い込み一気に撃滅するつもりだったが、米国が予想以上に在中米軍を増強していたために、初期のプランは放棄せざるを得なかったのだ。
何しろB−17、B−24などの爆撃機群に加え、P−38が大量に配備されたとなれば、幾ら日本がチートしても防御は至難の業の技であり
仮に日本本土が攻撃されるようなことが起これば多大な被害がでることが想定された。故に日本は先制攻撃に出ることにした。
しかしその先制攻撃も簡単に決められたものではなかった。何しろアメリカ軍に対して先制攻撃を仕掛けるというのは、夢幻会の人間からすれば
自殺行為であった。故に激しい反対があった。そんな中、嶋田はアメリカ軍への先制攻撃を主張した。
「史実ではドイツに向けられていた国力まで、対日戦争に向けられている。もはや受身で戦うことは不可能だ」
嶋田は彼我の国力差から、受身で戦うような余裕は無いと主張した。
「しかしアメリカに先制攻撃を仕掛けるのは危険すぎる。アメリカ国民が先に手を出してきた日本を許すとは思えない」
「戦争序盤に中国大陸沿岸およびフィリピンに展開している米中連合軍を早急に撃滅しなければ、我々の勝ちは無い。
もしも中国大陸沿岸にアメリカ軍が展開し続ければ、華南連邦がどう動くか判らない。さらに日本が苦戦しているとみれば、オーストラリアや
亡命オランダ政府が血迷って早期に参戦してくる可能性が高いのだ。我々に三正面作戦を行う力はない」
夢幻会の会合の席で、嶋田はそう言って先制攻撃に反対する人間を説得した。
イギリスやオランダなど欧州列強が敵に回るのは時間の問題であったが、日本軍侮りがたしの印象を与えることが出来れば、少なくとも参戦を
躊躇させることは出来る。いくら日本をチートの限りを尽くして強化していると言っても、米英中蘭豪を全て敵に回した多正面作戦などしたくはない。
嶋田は当面の敵を米中に絞りたかった。
これには辻も賛成した。形骸化したとは言え、イギリスはまだ日英安全保障条約を結んでおり、日本とは準同盟国の関係にある。しかも日本は
ドイツとの戦いで二度も血を流している。簡単には敵に回らない筈だ。
「華南連邦を経由して日英の貿易を維持することが出来れば、資源をある程度輸入することが可能になります」
辻の言葉に、多くの出席者が耳を傾けざるを得なかった。資源なくして戦争継続は不可能だ。
「我々はいつかは敵に回るであろう国家を、今しばらくはこちら側に繋ぎ止めておく必要がある。もし衝号計画が発動すれば、イギリスも被害は
免れず、極東に構う余力はますます無くなるだろう。ここでアメリカ軍が頼りにならなければ、彼らは日本を完全に敵に回すような政策は
取れなくなる」
嶋田の説明を聞いて、先制攻撃に反対していた出席者たちは次第に沈黙していった。
こうして日本は政治的、経済的理由から、アメリカ相手に先制攻撃を仕掛けるという戦略を採った。
勿論、先制攻撃を仕掛けると言っても、史実のように真珠湾を奇襲するような奇抜極まりない作戦を行うつもりは一切なかった。
「我々が目指すのは第一に、大陸沿岸に展開する在中米軍と中国軍の撃滅、そしてフィリピンにいる極東米軍の空海戦力の撃滅だ。
真珠湾奇襲をするような余裕は無い」
嶋田はそういって、戦力の大半を南方と中国大陸での戦いに投入することを決定した。米太平洋艦隊が空になったマーシャルに侵攻してくる
のではないかと危惧する声もあったが、嶋田はマーシャルの放棄も止む無しとした。
「マーシャルが欲しいのならくれてやれば良い。我々はマーシャルとハワイの間で徹底的な通商破壊を行い、奴らを弱体化させられる。尤も彼らが
マーシャルに侵攻する余力があればの話だが」
そう言って嶋田はニヤリと笑う。その黒い笑みに出席者達の腰が思わず引ける。そんな中、連合艦隊司令長官に任じられた古賀が疑問をぶつけた。
「閣下は、この戦争をどう決着させようと思われているのですか?」
アメリカと戦争をするとなれば、主役は海軍、そして連合艦隊となるのは間違いない。その主役を任じられる以上、古賀は政府がどんなビジョンを
もって戦争をするか知らなければならなかった。
「政府は短期決戦で、アメリカから和平を引き出すのですか?」
「確かにそれが一番、妥当だろう。しかし海戦で、いくら米艦隊を撃破しても、彼らは和平など呑むまい。彼らは何回でも立ち直れる力がある。
衝号計画が最もうまくいったとしても、20年後にリベンジを挑まれたら、戦う意味が無い。この際、アメリカが根を上げるくらい、奴らを
叩き潰すしかない」
「まさか、ホワイトハウスに日章旗を掲げるとでも? 真珠湾への侵攻さえ困難だというのに?」
日本海軍は夢幻会のおかげで、後方組織が大幅に拡張され、遠隔地でも十二分に戦えるようになっていた。しかし、その力をもってしても真珠湾へ
侵攻するのは至難の業であった。補給の問題もあるがハワイの真珠湾基地は要塞化されており、ここを真っ向から戦いを挑むのなら、多大な被害が出る
ことが予想された。特に要塞砲は脅威であり、連合艦隊の戦艦すべてを掻き集めても、これらの真珠湾を守る要塞砲を制圧できるか判らない。
「真珠湾を占領するつもりはない。真珠湾は徹底的に破壊するだけに留める。我々の狙いは、アラスカだよ」
「アラスカですと?」
この言葉に軍人達が度肝を抜く。
「無理です。アラスカに侵攻するくらいならハワイに行くほうがまだマシですよ」
「何も恒久的に占領するわけではない。我々の目的は、五大湖などの工業地帯への攻撃だ。ドイツ人技術者の協力で、ロケット兵器の開発は
順調だ。日本版A10とも言える大型ミサイルは、命中率はそこまで当てにできないが射程は5000キロに及ぶ。五大湖を叩くには十分だ。
加えて、我々が原爆をもっていることを示してやれば、ロケット兵器と原爆がいずれ組み合わされることを彼らは理解するだろう」
「2発目の原爆で正式な核実験を?」
「……そうだ。連中の面前で核実験をすることで、米英は否応無く我々が世界で最初に核兵器をもったことを知ることになる。その状態で五大湖などの
東部を日本が叩けることを彼らが知れば、間違いなく折れるだろう」
嶋田は第二次太平洋戦争を起こすつもりは無かった。彼はアメリカに日本と戦うと損害が多くて利益にならないことを嫌というほど思い知らせて
やるつもりだった。
こうして嶋田の主導の下、日本は短期決戦によってアメリカを屈服に追いやることを決定した。
アメリカを屈服させるための対米戦略は大きく三段階に分かれてた。第一段階がフィリピン及び中国に展開する米軍の撃滅。続く第二段階がハワイの
真珠湾基地の破壊と無力化及び米艦隊の撃滅、そして第三段階がアラスカへの侵攻とアメリカ政府への脅迫だ。
第三段階でアメリカが屈服しなかった場合は、その段階で手持ちのミサイルすべてを五大湖周辺に叩き込み、さらに原爆で西海岸の都市を順次破壊し
てアメリカの戦争継続能力を徹底的に叩き潰してから、再度アメリカに降伏を迫る気だった。
(東西両海岸の都市が壊滅すれば、半世紀はあの国は立ち直れまい。私の幸せな老後のために、徹底的にやらなければ……)
短期決戦を目指す嶋田は建艦計画でも大鉈を振るった。
短期決戦で決着をつけるために必要なのは、まず航空戦力であるとして、嶋田は戦争に間に合いそうに無い大鳳型空母2号艦『白鳳』の建造を
中止させ、余った予算や資材を全て航空戦力の増強に当てた。さらに空母の建造も祥鳳型軽空母か商船やタンカー改造の空母のみに留めることにした。
祥鳳型はイギリスのコロッサス級空母を参考にして設計していたので、その気になればジェット機の運用も可能な空母だった。故に嶋田は
戦時において量産するに相応しい空母と認めたのだ。
「戦いは数だ。完成していない不沈空母1隻より、装甲が薄くても使える空母2隻のほうが有難い」
そう言って嶋田は対米戦争での消耗に備えて、1隻でも多くの艦艇を建造しようとした。空母(ただし急造空母)の大盤振る舞いの復活であった。
同時に嶋田は、機動戦隊という名前の戦隊を創設した。これは史実の米軍の1個任務部隊(空母2〜3、軽空母1〜2、戦艦1〜2、巡洋艦4〜6、
駆逐艦10〜20)に相当するものだった。本来なら艦隊になるがこれだけの規模で艦隊となると中将クラスの人材がいる。しかしこれから戦時急造の
空母が次々に就役して空母が増えていけば航空戦に長けた中将などあっという間に足りなくなる。故に航空機に精通した少将クラスの将校でも艦隊が
指揮できるように、この機動戦隊という戦隊を創設したのだ。戦隊指揮官に任じられた少将には、指揮官の間のみ中将の権限が与えられることになる。
アメリカのように少将を中将や大将に一気に昇進させることが出来れば、こんな措置は要らなかったのだが、さすがの夢幻会も年功序列を簡単に崩す
ことはできなかった。ゆえに例外的に中将の権限をもった少将を作ることになったのだ。不満を漏らす人間も多かったが、それは嶋田が強引に黙らせた。
彼は辻のやり方を見習い、誠意溢れる説得をして回った。連日の疲労で幽鬼のような雰囲気を漂わせている彼に、反対を唱えていた人間も即座に黙った
と言われている。
機動戦隊を創設した嶋田は次に海上保安庁と海援隊を海軍の指揮下に入れた。史実で日本の輸送船が散々に沈められたことを知る嶋田としては、1隻
でも多くの護衛戦力が必要だった。海上保安庁には多数の海防艦が配備されており、海援隊もかつて海軍に所属していた旧式艦を改造した艦が多数在籍
していた。彼らを護衛に当てようと考えたのは、当然であった。しかし経済産業省など一部の省庁からは、史実の海上護衛総隊のように連合艦隊の下請け
のように使い潰されるのではないかと危惧する声も挙がった。これを受けた嶋田は、シーレーン防衛に全力を尽くすことを確約し、時には夢幻会の決定に
半ば強引に与えられた独裁者の権力も使ってそういった反対意見を抑えた。
「………疲れた。24時間働けますかを、実践することになるとは」
開発されたばかりの高価な栄養ドリンクを飲みながら、嶋田は己の職務に励んだ。そこには独裁者ではなく、過労に苦しむサラリーマンの姿があった。
嶋田が、対米戦争を戦い抜くために制度改革に励んでいる頃、海軍軍令部や陸軍参謀本部では如何にして対米戦略の第1段階をクリアするかについて
議論が行われた。史実と違い、陸海軍はお互いに腹を割って話し合いを行った。
「上海は遣支艦隊と基地航空隊で叩いた後に、支那派遣軍の中支方面軍を杭州に上陸させ、上海を包囲すればいいでしょう。幸い、米中はともに第一次
上海事変で我々が七了口に上陸したことから、そちらのほうに注意が向いているようですし」
支那派遣軍司令官の東条は、真っ向から上海に上陸するのを避けて、後方から上海を突くつもりだった。
中国と米国は、先の上海事変で日本が素早い勝利を成しえたのは、制海権と制空権を握った上で、七了口に侵攻して国民党軍の背後を突いたためと
分析していた。このため七了口方面は厳しい警戒が行われていた。しかし何故か杭州周辺は警戒が薄かったのだ。
この戦略には海軍も文句は無かった。敵前上陸をして犠牲を強いられるよりかは、マシだったからだ。
「杭州から上陸して、上海を孤立させ、あとは地道な空爆を行えば上海は陥落する。問題は要塞化された青島だが……海軍としては速やかに攻略をお願い
したいのだが、どうだろう?」
古賀たち海軍軍人としては、潜水艦や水雷艇の拠点となる基地は早々に潰したかった。しかし陸軍には青島を早期に攻略する余裕は無かった。
「陸軍は、上海攻略と満州での敵野戦軍の撃滅で手一杯です。青島は、機雷封鎖で抑えられませんか?」
「機雷で封鎖したとしても、確実とは言い切れません。加えて空爆を行うだけでは基地機能を完全に麻痺させることは不可能です」
「別に永遠に封鎖してくれというつもりはありません。あくまで敵野戦軍を撃滅するまでです。満州で敵の野戦軍を撃滅した後に陸軍は青島の攻略に
取り掛かります」
「時間はどの程度掛かります?」
「2ヶ月以内に片をつけます。また海軍の手を煩わせないように航空戦力も全力を投入します。出し惜しみはなしです」
東条がそう断言するのを見て、海軍の人間も陸軍の戦略に同意した。
「あとはフィリピンですが……あの島には戦艦4隻を配備された強力なアジア艦隊が展開しています。海軍は第1艦隊、そして第3艦隊の総力を
挙げてこれを叩きます。陸軍の上陸は完全な制海権を得た後ということで宜しいですか?」
「勿論です。海軍が補給線を維持してくださるのなら、陸軍はその威信にかけてフィリピンを落して見せましょう」
こうして日本海軍は正規空母6隻(赤城、天城、飛龍、蒼龍、翔鶴、瑞鶴)を基幹とした第3艦隊をフィリピン作戦に投入することを決定した。
これと平行して山本五十六大将が指揮する軽空母5隻(龍鳳、瑞鳳、祥鳳、大鷹、雲鷹)を中心とした遣支艦隊が上海基地への攻撃と日本近海で
出没するであろう米中軍の潜水艦の掃討を行うことが決定された。
軍上層部の決定に基づき、巨大な艦隊が、2000機を越える大航空部隊が、世界でも最高クラスの性能を誇る戦車群が次々に配置についていく。
太平洋戦争に向けて部隊の配置が進む傍ら、嶋田は対米戦争において主導権を発揮するために天皇陛下を担ぎ出した。
彼は始まったばかりのTV放送に、昭和天皇を出演させて、嶋田繁太郎に対米戦争の主導権を委ねること、国民は彼に協力してこの国難に当たって
欲しいと発言してもらったのだ。これによって嶋田は名実ともに太平洋戦争における日本の最高指導者となった。
「……負けた場合、貴方がA級戦犯で処刑は免れませんよ?」
「辻さん、今でも十分A級戦犯ですよ。それなら、使えるものは何でも使い、自分の指導力を高めて、悔いのないように対米戦争を指導するしか
ありませんよ」
「随分と割り切って考えられるようになりましたね」
「こんな立場になれば、自然とそうなりますよ」
そして開戦を望む者、望まない者、様々な思惑が交差する中、日本は運命の開戦を迎える。
1942年8月16日、大日本帝国政府はアメリカ合衆国に対して宣戦を布告した。
だが宣戦布告の2時間前に、ラ・パルマ島から悲鳴のような電文が発信された。そしてそれは日本を含め、世界各国で受信された。
「ケンブレビエハ火山が噴火。それと同時にラ・パルマ島基地に対して、何者かによる大規模な破壊工作が行われ、基地に多大な被害が出た、か」
閣議の席にもたらされた報告に、嶋田は眉をひそめた。しかし彼は内容に眉をひそめたのではない。
この電文を合図として開始される衝号計画の真の姿を知るが故に、彼はひそめたのだ。
「さて、火葬戦記ならぬ、水葬戦記の始まりだ」
ラ・パルマ島。かつてスペインの領土であったこの島にはケンブレビエハ火山と呼ばれる山がある。
この時代では大して注目されていない山であったが、未来の情報を知る夢幻会は、この山に戦略的価値を見出していた。何故ならこの火山が
大規模な噴火すれば、大西洋沿岸に巨大な津波を引き起こすような大規模な地滑りを起こす可能性があったからだ。
しかも津波と言っても、最悪のケースでは高さ30mもの津波が、時速670キロで北米東海岸に押し寄せるというトンでもないものだった。
仮に最悪のケースが起これば北米東海岸にある都市は勿論、フロリダ半島は水没し、カリブ海に浮かぶ島々も地図上から消えうせるという事態が
発生する。そうなれば犠牲者は数百万人では済まない。
そして衝号計画とは、核兵器を使って人為的にケンブレビエハ火山を噴火させ、この巨大津波を引き起こそうというものだった。
イザとなったら核兵器の使用も躊躇わない夢幻会であったが、アメリカの民間人だけではなく中立国や、カナダなどイギリス連邦を構成する国に
さえ多大な損害を与えかねないこの計画を遂行するのは抵抗があった。
何しろ、自分達がこれをやったとなれば、あとで世界から袋叩きにあうのは目に見えているのだ。故に彼らは、これを最悪の国際情勢、イギリスに
裏切られ、アメリカに喧嘩を売られた場合にのみ使用することにしていた。そうあくまでも保険の意味で用意していたのだ。しかし事態は、夢幻会が
想定した最悪の情勢を突き進んだ。イギリスは日英安全保障条約を結んでいるにも関わらず、対ドイツ戦争のために日本を切り捨て、アメリカはそれを
好機として中国と肩を組んで日本に喧嘩を売った。
ここに至り日本に取れる道は一つしかなかった。そう、欧米列強を排除して、自分の勢力圏を築き上げるという道しかなかった。
「もはや是非も無し」
国際的孤立に陥った夢幻会は、大量虐殺の汚名を被る覚悟でこの計画を発動せざるを得なかった。勿論、彼らはこの津波が自分達が意図的に起こした
と思われないように偽装する事も忘れなかった。何しろ、あまりに非道な計画な故に、もしも真相がばれたら非常に拙かった。アメリカなどの被災国が、
復興を成し遂げたあとに復讐戦を挑んでくることも考えられた。
故に日本はイザとなったら新型爆弾の爆発が、何者かによる破壊工作か火山の噴火のせいであると主張するつもりだった。勿論、ばれる可能性もあった。
しかしながら真相が暴かれる前に独自の勢力圏を築き上げ、ICBMを実用化しておけば、各国が復讐を望んだとしても日本が滅ぶ可能性は大きく減る。
「たとえ、日本を疑ったとしても、火山の噴火がすぐに地滑りを起こすと我々が知っていたと判るまでには時間が掛かるでしょう。そのうちに我々が
ICBMと核兵器を大量に配備できれば、日本に簡単に手を出せる国は無くなります」
近衛内閣が組閣する前の夢幻会の会合で、辻はそういって、この非常識かつ非道極まりない計画の承認を迫った。
彼には勝算があった。何しろこの時代では、まだケンブレビエハ火山の危険性は知られていない。被災した国々が調査をしたとしても時間が掛かる。
大規模な調査を行う前に偽装工作をすれば真相をある程度ごまかすことが出来る、彼はそう考えていたのだ。
「例え虚実でも、否定されなければ、それは真実になります」
すでに取れる道がなかった日本は彼の言うとおりに真相を欺き、イザとなれば永遠の冷戦を展開するしかなかった。彼らは不退転の覚悟で計画の
発動を承認したのだ。
「そして、その責任者に抜擢されたのが俺ってことさ」
誰も居ない空間に視線を向けて気障っぽく決める富永。
「………誰に言っているんですか、閣下?」
「気にするな。何かそんなモノローグが流れたような気がするだけだ。偽装工作とか色々と大変だったから幻聴が聞こえたのかも知れないな」
(((大丈夫か、このおっさん……)))
周りの人間は、宇宙人を見るかのような視線で富永を見るが、本人は全く気にしない。
「さて、時間も来たし、さくっとやるか」
そう言うと、富永は髑髏マークが書かれた赤い起爆ボタンを持ってこさせる。
多くの人間が固唾を呑んで見守る中、彼は仰け反って叫ぶ。
「俺のこの手(というか指)が唸って光る。勝利を掴めと轟き叫ぶ! 必殺エターナルフォースブリザード、発動承認!!」
そう叫び終わると同時に、彼は起爆ボタンを押した。そしてその瞬間、世界で最初の原子爆弾が起爆した。
世界で最初の原子の炎は、周囲の物体を瞬く間に蒸発させていき、そのエネルギーを地下にあるマグマに届けた。長らく停滞していたマグマは
そのエネルギーに刺激され、長きの眠りから目覚めた。
「ははは、来たれ! 世界を切り裂く者よ!! 混沌を齎すものよ!!!」
巨大な揺れに襲われつつも、富永は歓喜の声を挙げた。
次の瞬間、富永の望み通りに日本初、いや世界初の原子爆弾はケンブレビエハ火山を噴火させた。巨大噴煙があがり島を振るわせる。余りの振動に
司令部の人間も数名が倒れた。
そして巨大な振動に続いて、地面が割れる轟音が鳴り響く。核兵器の爆発とそれによって引き起こされた噴火は、地面を引き裂き、巨大な地滑りを
発生させたのだ。膨大な量の土砂が海に落ち、それによって津波が形成されていく。
「計画は成功だ。撤退するぞ」
富永は巨大な津波が起こるのを確認すると、即座に撤退を開始する。もはや長居は不要であった。
この津波はまず1時間40分後にスペイン沿岸に到達した。堅牢なことで知られるジブラルタル要塞は、自然の驚異の前に成す術もなく津波に
飲み込まれて破壊された。さらにその20分後、ダカールなど北アフリカ沿岸諸都市が津波に襲われた。これまで津波という自然の脅威に晒された
ことのない住民達は、避難する余裕すら与えられず、津波に飲み込まれ命を落していった。
この巨大津波によって、北アフリカの主要な沿岸都市は軒並み破壊され、アフリカの大西洋沿岸の航路はズタズタに破壊されることになった。
これによって周辺の貿易は殆ど停止し、莫大な経済的損失が生じることになる。
欧州で、アフリカで多大な損害を発生させた巨大津波は、その勢いを弱めることなく、発生から6時間後に大西洋を横断してアメリカ大陸へ
襲い掛かった。
北米東海岸に達した際の津波の高さは約20m。最悪のケースよりかは、低かったが、それでも20mの高さの津波が時速約600キロで押し寄せた。
津波による深刻な被害を経験したことのないアメリカは、大西洋の向い側で発生した巨大な津波が、自国に襲い掛かることを予想できなかった。
そのため彼らは、この巨大な津波による災害を対岸の火事としか認識できなかったのだ。そのツケを彼らは嫌というほど払わされることになる。
「ニューヨークが海に飲みこまれただと」
突然齎された信じられない報告を聞いて、ロングは呆然となった。しかし彼が茫然自失となる時間もそう長くは与えられなかった。
アメリカ東海岸沿岸一帯を瞬く間に破壊した津波は、その勢いを維持したまま、ワシントンDCに迫っていたのだ。
「津波が、水の壁がワシントンにも迫っています。直ちに脱出してください!」
ロングは、部下の勢いに押されて脱出を決意したが、すでに時機を逸していた。彼が脱出しようとホワイトハウスを出たその時、ワシントンDCを
世界最強国家の中心を、巨大な津波が蹂躙した。
超大国に成り得る人工国家の中枢は巨大な自然の力によって破壊尽くされていった。ホワイトハウスが、合衆国議会議事堂が、リンカーン記念館が、
連邦政府を支える各省庁が、そして日本から送られた桜の木までもが次々に濁流に飲み込まれ、押し流されていく。
まともに避難する時間も無かったため、連邦政府を支えていた人員も建物と共に濁流に飲みこまれた。こうして連邦政府を支えていた屋台骨は
事実上圧し折られ、アメリカ政府はその機能を停止することになる。
あとがき
提督たちの憂鬱第22話改訂版をお送りしました。
色々なご意見を受けて、第22話を改訂しました。さて、連邦政府の中枢は完全にマヒ状態に陥りました。ロングが生きているかな?
連邦政府は事実上、機能停止状態となります。米軍はジ○ブローにコロニー落しを受けた某連邦軍のようになるでしょう。
それではこの辺りで失礼します。
提督たちの憂鬱第23話でお会いしましょう。