日本の航空機開発の最先端を行く倉崎重工。その開発部門の中枢である三鷹研究所の一角に、海軍大臣となった嶋田の姿があった。


「……チートにも限界ってものがあるだろう」


 嶋田が唖然とした顔で見つめる先には、プロペラの無い銀色の機体、日本初のジェット機の姿があった。それは戦前、ドイツから買い

漁った技術と拉致、もといヘッドハンティングしたドイツ人技術者の協力によって作られた日本製He280と言える機体であった。

 やれやれ、とため息をつきつつ、嶋田は彼の近くに立っている倉崎潤一郎に質問をぶつけた。


「……これは使い物になるのか?」

「父の肝いりで開発された機体です。前線で、手荒な扱いを受けても大丈夫のように作られています」

「……あの飛行機マニアめ。第一線を退いたとは聞いていたのに。まさか零戦開発であっさり三菱と組んだのは、これが原因か」

「『こんなこともあろうかと、と言うのは技術者の夢』とよく言っています」

「どこの不沈戦艦の技師長の言葉だ……しかし、確かに一度は言ってみたい言葉だ」


 一応、元技術者であるがゆえに、嶋田は深く頷く。そんな嶋田に潤一郎は、すかさず売り込みをかける。


「ジェット機の開発、我々にお任せして頂けないでしょうか?」

「これを採用しろ、とは言わないのか?」

「確かに優秀ですが、この機体の航続距離は非常に短く使い勝手が悪い。局地戦闘機以外ではあまり用途がありません。

 それなら、より長く使っていただける機体を提供したほうがお互いに利益となるのでは?」

「確かに艦載機に使える機体が欲しいな。だが大量生産となるとMiG15と張り合える機体が欲しい。具合的なプランは?」

「すでにこちらに」


 潤一郎が取り出した書類を読んで、嶋田は思わず目を剥いた。


「日本製F86、いや、艦載機にするとなると日本製FJ4? よくここまで……まさか対空ミサイルのことも考慮して」


 嶋田は倉崎が将来の軍事技術の発展を考慮して、新型機の開発に当たっていることを痛感した。

 同時に技術開発競争では一歩先んじていること、そしてジェット機の時代になっても多少は経費を抑えられることに嶋田は安堵した。

 軍は高性能兵器を長期間使い続けることでコスト低減を狙っていたので、ジェット機でいきなりF86クラスの機体を導入することは

理にかなっていた。


「自分の趣味が絡むと莫大な金をつぎ込むくせに、こういうところはケチくさい。全く、こっちの立場も考えろって」


 第二次世界大戦に備えて海軍予算は大幅に増額されたものの、やはり辻の細かいチェックからは逃れられず、色々と横から口を挟まれている。

 辻の言うことは確かに正論だが、もう少し予算は融通しても良いだろうに、と思う人間も少なくない。特に嶋田は海軍省と大蔵省の間で色々と

翻弄されていたので、辻のやり方に対して不満も少なくなかった。

 しかしそうかといって大蔵省を敵に回すような度胸もないので、身内の飲み会などで不満を漏らしてストレスを解消するしかないのが現状だった。

 色々と嫌なことを思い出して気分が沈む嶋田。しかし思考がネガティブな方向に向かっていることを自覚すると、彼は慌てて思考を切り替える。


「どの位で出来る?」

「今すぐ開発を開始すれば4年で軍に納入できます」

「……『疾風』として採用できるな。判った、良いだろう。関係部署には、こちらから働きかけておく」


 そう言うと、嶋田は秘書と共に研究所を後にした。そして車で移動している中、秘書官に尋ねる。


「F86は待ち遠しいが、暫くはレシプロ機が主力となるだろう。そちらはどうなっている?」

「100オクタンガソリンの開発と生産が進められています。来年度には部隊に行き渡るようにします。烈風に関しても改良を進めているので

 米ソが本格的にジェット機を配備するまでは使えるはずです。あと三菱は烈風の改良型に意欲を示していますが」

「三菱にも利益を与えないと拙いか(まぁ倉崎にはジェット開発で利益を与えつつ、利益が薄い原爆専用機を任せるか?)」


 嶋田は頭の中で企業と軍の利害関係をどう調整するかで頭を悩ませた。国家が、経済が膨張するに連れて利権構造は複雑になってきている。

 海軍大将で、海軍大臣となるとそう言う生臭いことも考えなければならない。


(少将になったらさっさと退役しときゃ良かった。ああ、安心快適な老後の生活が。技術論文でも書いて静かに余生を過ごすつもりだったのに)


 しかしここで愚痴を言っても始まらない。自分が今の選択をした以上は、踏ん張らなければならない。逃げ道は無いのだ。


(倉崎のチートで空軍力は大幅に強化できる。問題は艦艇の建造か……)


 米国の両洋艦隊計画の規模は史実の計画に勝るとも劣らないものであった。このままだと米国との戦力差を10対6で維持できるかも怪しい。

だからと言って海軍、いや日本には米海軍と建艦競争をするような力はない。建艦競争に付き合えば日本が破産して、旧ソ連の二の舞になる。


「空母の大盤振る舞いは次の海軍補充計画で打ち止めだな……(それゆえの衝号計画か)」


 嶋田は口の中で苦々しく呟いた。

 辻が提案した計画は、成功すれば米国に致命傷を与えられるものであったが、成功した際には米国だけではなく、周辺諸国も甚大な損害を被る

ものであった。


(あんなことをやらなくても済むようにICBMやSLBMの開発を急がないといけない。しかしそうなると他のところに回す予算が)


 ミサイル開発は必要であったが、他にも整備しなければならないものは多くある。加えて核兵器の開発に関する予算も重荷になっている。

 無い袖は振れないのが実情だった。そんな実情に嶋田は頭を痛め、省内をどう取りまとめるかで頭を悩ませた。


「そう言えば俺ってあまり活躍していないような気がする。俺は書類整理と会議と地味な仕事ばっかりだよな。戦争ってこんなものか?」


 華々しい活躍が全く無い事と減るどころか増える一方の気苦労を思い出し、嶋田は深いため息をついた。







                 提督たちの憂鬱  第17話







 ドイツ軍の猛攻を受けて、ジブラルタル要塞は陥落した。海からの攻撃には強かったジブラルタル要塞であったが、陸からの攻撃には

意外に脆かった。地中海支配の要であったジブラルタル要塞を失ったことで、イギリスの地中海権益は危機的な状態を迎えた。イタリア軍は

相変わらず弱かったが、ジブラルタル経由での補給ルートが遮断されたことでイギリス軍は弱体化を余儀なくされたのだ。

 地中海での苦戦振りに慌てたイギリスはジブラルタル奪還を目論むものの、大陸派遣軍が壊滅したために大陸でドイツ陸軍相手に正面から

真っ向勝負を挑む余裕などある筈が無かった。

 これに加え、イギリスは北欧でさらに大きなミスを犯していた。そう、ノルウェー侵攻に来たフランス軍を敵に回してしまったのだ。

 フランス本国が占領されたことを見て焦ったイギリスは、ノルウェーに来たフランス軍艦隊に対して最後通牒を突きつけた。

それは『英国に組して戦う』、『英国に艦艇を譲る』、『西インド又はアメリカの港に行く』、『自沈する』、『戦闘を交える』のいずれかを

選べというものであった。

 フランス軍部隊としては3番目の選択肢を選びたかったのだが、フランス海軍本部と連絡が付かず最終的な決定を下せなかった。

 そしてその様子を見て痺れを切らしたイギリス軍がフランス軍に攻撃を開始し、北欧の地で英仏は激突することになった。それは戦術面で言えば英軍

の勝利であったが、ダンケルクを撃沈されて怒り狂ったフランス海軍がドイツ海軍に協力するという最悪の事態を引き起こしただけとなった。

 そしてフランスとイギリスのゴタゴタの隙を突くように、ドイツ軍はノルウェー北部に侵攻を開始した。Uボートによって空母グローリアスが

撃沈されるなど不運に見舞われたイギリスは、ノルウェーからの撤退を余儀なくされた。この結果、連合軍のノルウェー侵攻は当初の目標を達成する

どころか余計な敵を増やした上に、英軍の貴重な空母を失うだけに終わった。

 西欧、北欧、地中海の全ての戦線で大損害を被った挙句に劣勢に立たされたイギリスは、必死に体制の立て直しを図った。彼らは連邦諸国から

人員を掻き集めて軍の再建を図った。同時に莫大な借金をして日米から大量の物資を購入していく。

 イギリスに大量の物資を高く売り付けることに成功した辻は、非常に上機嫌であった。


「イギリス軍はスエズ防衛のために戦力を掻き集めています。ここで物資をさらに売りつければ、さらなる儲けが期待できます」


 そんな辻に、白洲がイギリスからの要望を告げる。


「地中海、いえ、北アフリカが初戦となると思っていましたが、イギリスはジブラルタルの奪還を狙っているようです」

「ジブラルタルの奪還?」


 嶋田の言葉に白洲が頷く。


「はい。イギリスとしてはジブラルタルを経由した補給線の復活を図ると同時に、仏伊両海軍が大西洋に出てくるのを阻止したいと」

「……気持ちは判らないでもないが、艦隊が要塞に挑む愚というのをイギリスは学習していないのか?」


 要塞に艦隊が挑むのは、危険であることは第二次世界大戦の時代でも変わらない。仮に要塞を落とすのなら、迂回ルートを通って要塞の

背後を突く必要がある程だ。

 軍部はあまりにリスクが高い作戦に二の足を踏んだ。しかしそのとき嶋田はあることを思い出した。


(この際、カナリア諸島を占領してしまうか……)


 Uボートの基地ができたら厄介だし、いずれ必要になるのなら、さっさと占領してしまったほうが良い……彼はそう考えて提案を行った。


「むしろ、スペイン領カナリア諸島を攻略するというのはどうでしょう?

 カナリア諸島に侵攻して枢軸軍が何もしなければそこを拠点化、同時にドイツが同盟国を見捨てたと喧伝。仮に枢軸軍が出てきたとしても

 こちらの圧倒的な海軍力で彼らをすり潰すことが出来ます。加えてUボートの拠点になりえる拠点も事前に潰せます。損は無いかと」


 この提案に、カナリア諸島の重要性を知る辻は頷いた。


「それは良いかもしれません。ついでに自由フランス軍も攻撃に加えれば、ヴィシーフランスへの嫌がらせにもなりますね。

 ヴィシーフランスが増援に出てきて戦闘になれば、フランス国内にも動揺を与えられますし、フランス人がカナリアを攻撃したとなれば

 スペインとヴィシーフランスの関係に何らかの悪影響を与えられるでしょう」


 こうして日本はイギリスに対してカナリア諸島の攻略を提案することになる。


「こうなると自由フランス軍にも物資を売りつけたいですね。ふふふ。タイと仏印との武力紛争も間近ですし、色々と要求を出しやすい」


 タイとフランスは領土問題で対立を深めていた。タイは強硬な姿勢を崩しておらず、両者の開戦は必至と思われていた。


(むしろ、タイとの武力紛争を起こしたいのはお前じゃないのか?)


 心の中で密かに嶋田達はそう思ったが、口には出さなかった。そんな中、東条が口を開く。


「しかしタイと仏印が衝突したとき、我が国はどうするつもりです? まさか混乱のドサクサに進駐を行うつもりでは無いでしょうな?」

「まさかそんなことはしませんよ。それはどうみても死亡フラグですよ。進駐するにしても自由フランス軍を前面に出す必要がある

 でしょう。私は自由フランスに恩を売りつけておいて、ニューカレドニアのレアメタルを手に入れたいと思っています。

 経済ブロックの下では、中々自由に開発することが出来ませんから」

「……だとすると、海南島に居る熱戦教と、さらに1個師団ほど要りますね」


 この世界の日本陸軍は幾つかの特殊部隊を創設していた。その中の一つが熱帯での戦闘を想定した熱帯雨林戦技教育団、通称『熱戦教』だ。


「大した抵抗は無いでしょうが、いい実戦訓練にはなるでしょう」


 日本のカナリア諸島攻略作戦の提案は、即座にイギリスに伝えられた。

 これに対しジブラルタル攻略に拘っていたイギリスは、日本に対してアフリカ戦線と地中海の両戦線で戦うために6個師団と2個艦隊の派遣を

要請した。この無茶な要請を聞いた東条や嶋田など軍高官は飲んでいたお茶を吹き出した後、断固として拒否した。


「出来るわけが無い! 総兵力の約4分の1を地球の反対側に出したら、国防に大穴が開く」

「空母はもう出せないぞ。今、正規空母は飛龍と蒼龍しかないんだ。全部出払ったら米国どころか、ソ連への睨みさえ効かなくなる」

「旧式駆逐艦はすでに売却しているだろう。強欲にも程がある」


 ソ連や米国の動向に注意を払う必要がある日本にとって、現在の遣欧軍以上の兵力を送るのは難しかった。

 しかしそんな日本の事情など知らぬとばかりに、イギリスは日本に対して粘り強く要請を行った。イギリスの動きに併せるように米国も日本に

追加の派遣を働きかける。

 夢幻会の面々は米英が日本を弱体化させようと目論んでいるのではないかと考えるようになった。


「連中、どうやら日本の強大化がよほど目障りなようですね」


 辻の言葉に会合の出席者全員が同意せざるを得なかった。


「だがここで米英に屈して、二流国になるわけにはいかない。ここで軍事力を消耗すれば後々響く。米英の要求については拒否するべきだろう」


 近衛の言葉に軍人達は頷く。しかし白洲や辻などはやや渋い顔であった。


「我が国の国富は米英との貿易で成されていることを考えると、無碍に断るのは難しいのでは?」


 白洲の言葉に近衛も頷く。


「それは判っている。しかしここで要求を呑めば、彼らは際限なく要求してくる。ここは断固とした姿勢を見せるときだ」

「断るにしても口実が必要ですね……ふむ、中国共産党に騒いでもらって中国の治安をもっと悪化させましょう。ついでにその背後にソ連の影が

 チラつくようなら、ソ連の脅威を強調できます。独ソが開戦するまで、あの国にはとことんヒールを演じてもらいましょう」


 近衛は辻の言葉に頷くと、即座に東条に尋ねた。


「確か、陸軍は上海の裏社会と繋がりがあったと記憶しているが?」

「ありますが……そのルートで武器を流すと?」

「そのとおり。幸い、米軍によって上海を追い出されたものも多いはず。その彼らが米軍を恨んでいないわけが無い」

「しかし英国の目があるのでは?」

「そのための情報局。そのための特務機関だ」


 予算の分だけ仕事はさせる……この言葉に情報局関係者は顔を顰める。

 しかしここで「出来ません」とは言えず、彼らは英米の情報機関の目に注意しながら、死に物狂いで謀略を行うことになる。そして最終的に

ソ連極東軍がスターリンの命令で大幅に増強されていることが明らかにされると、英米も日本に対する圧力を弱めざるを得なくなっていく。







 様々な駆け引きが行われつつも、日英海軍はカナリア諸島攻略作戦を発動した。

 日本海軍からは第2遣欧艦隊として編成された第7艦隊が参加した。第7艦隊は伊勢、日向、金剛、榛名の戦艦4隻と、天城、赤城の空母2隻を

主力としていた。

 伊勢型戦艦は、基準排水量37800tという巨体に加え、36cm砲3連装4基という重武装と、最高速度26ノットという性能を持ち、この

時代では十分に強力な高速戦艦であると言えた。また航空機の発達に備えて12.7cm連装高角砲8基16門、ボ式40mm四連装機関砲8基32門

ボ式40mm連装機関砲9基18門、20mm単装機関砲50基50門と十分な対空能力も備え付けられていた。

 しかし時代の趨勢を知る人間からすれば主力は空母であった。そして第7艦隊に編入された赤城と天城は旧式ではあるものの十分な打撃力を有して

いる。この2隻は38800tという巨体に搭載機91機(常用66機)もの艦載機を搭載した上に、世界に先駆けて6度のアングルドデッキを採用

していたのだ。

 この他に重巡洋艦2隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦24隻が編入されており、第7艦隊は世界でも有数の戦力を持つ機動艦隊と言えた。


「連中、やっとジブラルタル攻略を諦めたな」


 第7艦隊旗艦である戦艦伊勢の艦橋で、第7艦隊司令長官に任命された古賀峯一中将が、ほっとした顔で言った。

 要塞砲が置かれているジブラルタルに正面から挑んだら、どれだけ犠牲がでるか判らない。あまり犠牲がでれば自分自身が無能の謗りを受けるのだ。

艦隊を預かる人間としては、ジブラルタル攻略作戦が取り下げられて一安心であった。


「大して要塞化されていない島嶼の攻略……これなら思う存分、撃てそうだ。ふふふ」


 戦艦派であり熱狂的な大砲屋である古賀としては、この戦いは「税金の無駄使い」と言われることなく弾薬庫を空にするまで大砲を撃つことが出来る

絶好の機会であった。夢幻会の人間らしく、彼もまた変わった嗜好の持ち主であった。


「スペイン艦隊は出てきているのか?」

「いえ、偵察機からは何の連絡もありません。兵力に差がありすぎるので、本国に篭っているのではないでしょうか?」

「こっちとしては出てきてくれれば有難い。圧倒的戦力で包囲殲滅することだって不可能じゃないからな」


 1941年1月12日、カナリア諸島に対して日英仏連合軍が侵攻を開始した。

 赤城と天城から発進した航空隊によって、カナリア諸島に駐留していたスペイン軍の航空部隊はあっさり粉砕された。もともと内戦の影響で碌な

装備が無かった彼らに、九六式戦闘機を食い止めるような力は無かった。

 制空権を掌握した日本海軍は、地上の目標に対して爆撃を加えた。史実の彗星に相当する九七式艦爆が急降下爆撃で500キロ爆弾を容赦なく

目標に叩き付け、天山に相当する九七式艦攻が水平爆撃で800キロ爆弾を投下し目標をなぎ払っていく。まるで島そのものを更地にせんとばかりの

苛烈な攻撃が行われていく。


「攻撃あるのみだ。弾薬庫を空にするくらい爆弾を落としてやれ!! 終わったら続いて艦砲射撃を行う。あの島を更地にしてやれ!」


 そういって部下を鼓舞する古賀であったが、内心では小躍りするほど浮かれていた。


(この香り、この音、この衝撃……ふふふ、やはり大砲は良い物だ。ミサイルなど邪道。大砲こそが男の浪漫にして王道よ。MMJの言うような萌え

 など戦場には不要だ。軟弱な連中は何故、こんなことが判らないのだ)


 そんな古賀の心情など露知らず、制空権と制海権を握った日英海軍は、カナリア諸島に執拗なまでの艦砲射撃を加えた。

 日本海軍の36cm砲40門、20cm砲16門(+英軍の支援)の猛打に対抗できるような力を、駐留しているスペイン軍は持ち合わせていなかった。

 彼らは昼夜問わず撃ち込まれる砲弾の雨によって戦う力と意欲を削り取られていった。窮地に立たされた彼らは悲鳴のような救援要請を本国に行った。

 フランコとしてもカナリアを失いたくはないので、海軍に救援を命じたが、あまりの戦力差に海軍は尻込みした。かつて無敵艦隊を擁したスペイン

海軍は、いまでは旧式戦艦1隻を中心とした弱小海軍に過ぎなかったのだ。ここでカナリアに展開している日英海軍と戦えというのは「死んで来い」

と部下に命じるに等しい。


「カナリア諸島に展開する日英軍を我々だけで排除するのは不可能です」


 海軍首脳部の言葉を受けて、フランコはヒトラーに支援を求めた。ヒトラーはこれを受けてヴィシー・フランス海軍に、カナリア救援を要請する。

 だがヴィシー・フランス海軍も新鋭戦艦ダンケルクをノルウェーで失っていたので、艦隊を動かすには慎重になっていた。しかしそうかといって

何もしないわけにはいかず、戦艦プロヴァンスとブルターニュ、水上機母艦コマンダン・テスト、駆逐艦10隻を出撃させた。

 フランス軍が出撃したのを見てスペイン海軍も虎の子の戦艦アルフォンソ13世と重巡洋艦1隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦4隻を出撃させる。

 こうして戦艦3隻を中心とした20隻の艦隊がカナリア救援に向かうことになったのだが、日本は暗号解読と現地の諜報員の情報から、スペインと

フランスの連合艦隊が出撃したことをすぐに察知した。


「やっと出てきたか」


 古賀は通信参謀からの報告を聞いてニヤリと笑った。


「索敵機を増やせ。九七式艦攻を偵察に回しても構わん」

「しかしそれでは攻撃力が低下します。それに地上支援が疎かになるのでは?」


 航空参謀が異議を唱えたが、古賀は自分を押し切る。


「敵を見逃すほうが問題だ。ここでスペイン・フランス艦隊を撃破できれば、大西洋での軍事バランスはこちら側に傾く。

 陸戦については英軍と自由フランス軍のケツを叩け。特に自由フランス軍のケツを、だ。連中には高価な玩具を与えているんだからな」


 日本はニューカレドニアの利権と引き換えに自由フランス軍に大量の武器を供与していた。領土そのものを買い叩くことも考慮されたが

本土から遠すぎて管理と防衛が難しく、下手に領土拡張を目論むと英米から警戒されることを理由に取りやめになっていた。

 自由フランス政府のトップであるド・ゴールは、日本へ利権を与えることに難色を示したが、インドシナを巡る諸問題(仏印の帰属問題や

タイとの領土紛争)から、植民地の維持のためには日本との妥協が必要と判断して、最後には日本の要求を呑んだ。この結果、自由フランス軍は

早期に装備を充実させることに成功し、このたびのカナリア諸島攻略作戦に参加できたのだ。尤も日本軍上層部は自由フランス軍の戦闘能力について

不信を拭えずに居たが……。


「陸戦は現有兵力でも十分に勝てる筈だ。今は敵艦隊の発見に全力を注ぐように」


 こうして第7艦隊は北方から来るであろうスペイン・フランス連合艦隊を捕捉するために、ありったけの偵察機を繰り出した。

 古賀は特に九七式偵察機に期待をかけていた。九七式偵察機は史実の彩雲をモデルにした機体であり、世界に先駆けて日本海軍が開発した

機載対艦・対空電探を搭載していた。さらに増槽を使用すれば5500キロもの航続距離を得ることが出来るという優れものであった。


「電探によって敵を早期に発見できることを示せれば、頭の固い連中も文句は言えなくなる。『彩雲』の開発にも弾みが付く」


 レーダーの開発と運用に後れを取ったために、散々痛い目にあったことを知る人間としては、九七式の活躍に期待せざるを得なかった。

 そして古賀の期待を裏切ることなく、九七式偵察機の1機がスペイン・フランス連合艦隊を発見することに成功する。


「第一に駆逐艦、第二に空母(水上機母艦)だ。巡洋艦は余裕があったら狙え。戦艦は……最後で良い」


 古賀は先制攻撃をかけるべく第1航空戦隊に命じて攻撃隊を発進させた。

 第1航空戦隊は第一次攻撃隊として九六式戦闘機12機、九七式艦爆32機の合計44機を発進させた。だがそれで終わりではない。

第一次攻撃隊を見送った後、即座に第二次攻撃隊の準備も開始される。こちらは九七式艦攻を中心とした部隊だ。第7艦隊は第一次攻撃隊で

敵艦隊の対空砲火を沈黙させそのあと、雷撃機を突入させるつもりだった。

 第一次攻撃隊の存在を察知したスペイン・フランス連合艦隊は、コマンダン・テストから水上機を発進させて迎撃しようとした。水上機で

できることなど限られていることは、彼らもわかっていたが、何もしないよりかはマシと判断したのだ。しかし彼らの行動は単に第一次攻撃隊の

護衛を勤めている戦闘機搭乗員たちにスコアを献上しただけに過ぎなかった。

 邪魔者を排除した第一次攻撃隊は、戦艦の周りを取り囲むようにして航行している駆逐艦に向けて攻撃を開始した。周りにいた駆逐艦もまさか

最初に自分達を攻撃してくるとは思っていなかったのか、この日本軍の攻撃に動揺が走った。その動揺は対空砲火にも現れた。九七式艦爆はその

動揺を突くように、疎らになった対空砲火を突破して250キロ爆弾を駆逐艦に命中させていった。加えて戦闘機隊も機銃掃射を行い、駆逐艦の

甲板上にあるものを片っ端から破壊していく。魚雷発射管に機銃掃射を受けて爆沈する艦さえあった。

 第一次攻撃隊によって駆逐艦5隻が撃沈され、2隻が大破もしくは中破するという大損害を負ったことで、連合艦隊の陣形に大きな穴が開いた。

そして混乱している彼らにトドメを刺すかのように、村田少佐率いる第二次攻撃隊(九六式戦闘機8機、九七式艦攻32機)が襲い掛かった。

 コマンダン・テストが真っ先に被雷し、続けてスペイン海軍の重巡カナリアス、軽巡レイナ・ヴィクトリア・ユージニアの右舷に水柱が上がる。

この3隻は瞬く間に大西洋に引きずり込まれていく。そしてこの光景を見ていた連合艦隊の将兵の士気は崩壊した。


「撤退する!」


 これ以上の進撃は困難として、連合艦隊は撤退を開始した。尤もそれは撤退というより敗走といった様相であった。

 一方的に叩きのめされた連合艦隊の将兵は憔悴しきり、これ以上、敵によって攻撃されないことを祈った。しかしその願いは叶えられることはなく

第三次攻撃隊、第四次攻撃隊に襲われて保有する艦艇の過半を沈められるか、航行に支障がでる状態に追いやられた。それはもはや壊滅を通り越して

全滅と評してもおかしくない状態であった。だがそれでも尚、第7艦隊は攻撃をやめなかった。


「1隻たりとも生きて帰すな。心を鬼にして、徹底的に叩き潰すんだ!」


 伊勢の艦橋で、古賀はそう言って徹底的な追撃を命じた。第7艦隊は全速力で連合艦隊を追撃し、最終的には水上砲戦に持ち込んだ。

尤もそれは海戦とは言えるものではなかった。何しろ片方は戦闘能力を殆ど失った艦隊なのだ。もはや虐殺と言っても過言ではなかった。

 伊勢が最後まで浮いていたブルターニュに近距離から主砲の36cm砲を撃ち込んで文字通り轟沈させ、後にカナリア沖海戦と呼ばれる戦いは

幕を閉じた。

 救援に向かったはずの艦隊が全滅したことによって、カナリア諸島で抵抗を続けていたスペイン軍は降伏しカナリア諸島を巡る戦いは終結した。

 旧式とは言え、3隻の戦艦を含む艦隊を一方的に殲滅したカナリア沖での大勝利は、即座にイギリス政府によって喧伝され、同国の戦意を大いに

高めた。一方で貴重な艦隊を壊滅させられたフランス、スペイン両政府は激しく動揺し、彼らの盟主であるナチスドイツは、特にヒトラーは激怒した。


「イギリスを屈服させ、日英海軍の脅威を取り除かない限りは、西欧の安全を確保できん」


 外交努力によって、何とか枢軸に組み入れたスペイン、ヴィシーフランスの手前、ドイツが何もせずに引き下がる訳にはいかない。


「イギリスを屈服させるのだ。何としても!」


 このヒトラーの命令が、後にイギリス本土航空戦、バトル・オブ・ブリテンを引き起こすことになる。













 あとがき

 提督たちの憂鬱第17話をお送りしました。

 カナリア諸島は陥落しヴィシーフランスとスペインは大打撃を受けました。尤もそれがBOBに繋がります。

 古賀さんがちょっとアレな人になってしまいました(汗)。まぁたまには萌えに興味の無い人間もいるということで……。

 投稿掲示板のご意見、色々参考にさせていただきました。ご意見のご投稿ありがとうございました。

 それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第18話でお会いしましょう。