1940年4月、イギリス・フランス連合軍は中立国・ノルウェーに侵攻を開始した。
両国はノルウェー北部のナルヴィク経由でスカンジナビアからドイツに輸出される鉄鉱石を抑えることができれば、ドイツの
戦争継続能力を大きく低下させることが出来ると判断したのだ。
勿論、これをドイツ軍は座視することができず、遅れながらもデンマーク、ノルウェーに侵攻を開始し、北欧は再び戦場と化した。
史実と違って日本の暗躍で軍事力を強化させていたノルウェーであったが、英仏独三ヶ国から侵攻されることは想定していなかった。
彼らの中立は、ちり紙よりも容易く破り捨てられたのだ。
遣欧軍は40年2月末の冬戦争終結後、速やかにフィンランド国内から撤退し、スウェーデンに移動していたので、独英仏の交戦に巻き添え
にならずに済んだ。
しかしこの事態が予定外であることは変わらない。夢幻会は慌てて、この事態に対応するために会合を開いた。
「せいぜい、機雷による封鎖が関の山と思っていましたが、イギリスは思ったよりアクティブに動いたようですね」
会合の席で、辻も驚きの表情を隠せなかった。何しろ欧州列強は夢幻会の手によって経済をボロボロにされていた。その原因を作った人間の
一人であるが故に列強の情報を良く知っていた辻としては、イギリスの好戦的な戦略は意外なものであった。
「バトル・オブ・ブリテンの時点で、財政破綻が決定的になっていたというのに……連中、雛○沢症候群にでも掛かったんでしょうか?」
辻への生贄、もとい、大蔵省との交渉役として呉から呼び戻された嶋田は、辻の言葉にため息をついた。
(次の内閣改造で、俺は海軍大臣で、この男が大蔵大臣……こいつと連日、顔を突き合わせることになるのか)
海軍大臣就任は確かに喜ばしいが……この男と連日論戦しないといけないとなると、誰かにこの役を押し付けたいというのが本音だった。
しかし、そうかといって本音のまま行動できるのは子供だけだ。そのことを弁えている彼は、頭を切り替えて会話を続ける。
「この世界には、該当する村はありませんよ」
「判っていますよ。ジョークですよ。私はいつでもKOOLですよ(でも雛○沢症候群みたいなのを発症させられる兵器は欲しい)」
証拠の残らない生物兵器というのは、非常に魅力的なものだった。さらに価格も核兵器より安くて済む。
(BC兵器は欲しいな。水中から発射できるV2でも開発できれば西海岸を人質に出来る……いや、西海岸を潰しても米国は諦めないか。
万が一、日米戦になった場合、米国の戦争継続能力に致命的打撃を与えるために北米東海岸を叩く必要がある。点ではなく面による制圧か)
色々と物騒なことを考える辻を無視して、嶋田は話を続ける。
「彼らはドイツの兵站を破壊するつもりだったのでしょう。ドイツにとってスカンジナビアの鉄鉱石は生命線の一つです。費用対効果を
考慮すると先の大戦の西部戦線を再現するよりかはマシと判断したと思われます」
「ふむ……一応、今のところは空海軍の展開で、優位に立ってはいるようですが」
ただでさえ弱かったドイツ海軍は、日本の経済侵略のせいでさらなる弱体化を余儀なくされていた。
勿論、英仏軍も満足な状態とは言いがたい。しかしそれでもドイツ海軍よりかは遥かに恵まれた装備と人員を誇っていた。そんな相手と戦うと
なればドイツ海軍に勝ち目はなかった。この結果、ドイツは空軍のエアカバーが期待できるノルウェー南部を支配下に置くことしか出来なかった。
「このままだと焦ったちょび髭の総統閣下がフランスへ侵攻するのは間違いない……フランスの美術品の確保を急がないと」
「……また、それですか」
「人類の宝ですよ。それをむざむざと失わせるようなことがあってはいけません」
夢幻会メンバーは一瞬だが、辻の背後に壷をこよなく愛する某公国軍人がいるような錯覚を覚えた。
嶋田は頭痛を覚えながらも、そんな錯覚からいち早く抜け出して議題を進めた。
「……まぁそれは置いときましょう。問題はバトル・オブ・ブリテンをどうするか、です」
すでにフランスは死亡確定として、関連する話題は全く取り上げられない。彼らにとってフランスはイタリアと同類であった。
「現在、英仏の輸送船団がノルウェーに移動しているので、ダンケルク撤退が難しくなる可能性が高くなっています。
下手をすれば30万を超える連合軍将兵がフランスで討ち死にします。加えて現在、英国空軍は空母グローリアスを中心にした
部隊をノルウェーに送り込んでいます。ですがそれだけ英本土は手薄であり、バトル・オブ・ブリテンが起こった場合、英本土を
守りきれるかどうか疑問です」
「30万を超える兵士が戦死し、さらに本土航空戦でも敗退となれば……英国が折れる可能性があるか」
辻の言葉に嶋田は頷いた。
「はい。その可能性も否定できません。米国が史実以上に支援しない場合には可能性はさらに高くなります」
「全く、我々の献策を受容れて、さっさとドイツを潰していれば、こんな目に遭わないで済んだものを……」
辻はやれやれ、と首を横に振って嘆息した。
「遣欧軍の戦力では、ドイツ軍の西部攻勢を押しとどめることは不可能。かといってドイツ軍と正面から張り合える規模の部隊は
兵站の問題で送ることができないし、無理をすれば極東の軍事バランスが崩れかねない……」
米軍と奉天軍の連合軍が満州に展開している状態で、日本本土から大規模な部隊を出すことは憚れた。
米国は奉天軍と日本との関係を取り持つ旨を日本政府に伝えてはいたが、それを信じて素直に軍を出すような真似はできない。
「必然か、それとも歴史の神の悪戯か……全く世界は『こんなはずじゃなかった』ばっかり、ということか」
提督たちの憂鬱 第16話
辻の言葉に、出席者達は苦笑しつつ同意せざるを得ない。何しろ第二次世界大戦を早期に終結させるためにドイツ潰しを図ると、英仏に
邪魔され、第二次世界大戦を史実に近い展開にしようとすると、再び英仏によって邪魔されたのだ。皮肉にも程がある。
しかしいつまでも苦い顔をしたまま黙っているわけにもいかない。彼らには国家を操る権力もあるが、国家に貢献する義務もあるのだ。
「遣欧軍の部隊を向かわせれば、バトル・オブ・ブリテンで多少は持ち堪えられるでしょう。その間に英仏軍が帰ってくれば体制を立て直す
ことが出来ます」
嶋田は遣欧軍を使うことを提案した。しかし陸軍はそれに反発する。
「遣欧軍に派遣したパイロットは選りすぐりの精鋭だ。実戦経験を得た彼らを後方で搭乗員育成に当たらせないと、航空隊の編成に支障が出る。
大体、弱体化したとは言え、ドイツ空軍は強大だ。フィンランドのソ連空軍とは違う。満足な時間稼ぎにもならないだろう」
「……しかしここでイギリスが脱落すれば、冷戦体制を構築する戦略そのものに支障が出るのでは?」
イギリスがドイツに屈服すれば、ドイツは西部戦線を気にせずに対ソ連戦争に専念できる。そうなるとソ連が膨張できるか判らない。
ドイツに二正面作戦を強要することが対独戦争では必要……それを指摘する嶋田に、東条が反論する。
「それは否定できないが、遣欧軍の戦力では不可能だ。それに介入した結果、遣欧軍の航空部隊が壊滅したら目も当てられない」
米陸軍航空隊から日本本土を守らなければならない陸軍としては、実戦経験者は何としても欲しい存在だった。
「しかしこのままでは――」
嶋田の言葉を遮るように、近衛が口を開く。
「独英で和平が結ばれた時に備えて戦略を練り直すしかないだろう。あとフィンランドで経験を積んだ遣欧軍を失うわけにはいかない。
速やかに国内に戻して欲しい」
帝国の宰相を務める近衛の要請とあっては、嶋田もこれ以上反発するわけにはいかなかった。
「……判りました」
「だが何もしないというのも拙い。日本本土にいる戦闘機搭乗員から腕が立つ者を選抜して義勇軍として送り、Uボート対策として
護衛艦や対潜哨戒機に使える九五式飛行艇などを売却する。これでどうだね?」
近衛の言葉に全員が同意した。嶋田も一応、救援を出すという自分の意見が多少なりとも受容れられたので文句は言えなかった。
イギリスが降伏した場合も考慮した戦略については次回に持ち越しとなり、他の議題を優先して審議することになった。
全ての議題の審議が終わると、出席者達の多くが部屋を出て行く。彼らも色々と忙しく、ゆっくりしている暇はなかった。
だが多忙なはずの辻は、嶋田や近衛など次の内閣に参加する予定の人間と、皇族であり海軍元帥である伏見宮と共に部屋に残っていた。
「歴史がこうも変化した状況では、米国との戦いも視野に入れる必要があります。
ですが仮に日米戦争となれば通商破壊や海上ゲリラ戦だけで押しとどめるのは難しい……新たな手を打っておく必要があります」
この辻の言葉に残っていた人間たち、特に海軍関係者は苦い顔をしつつ頷いた。
「だがどうするというのだ? 日本には米本土を、ワシントンDCを攻略する能力は無いぞ」
「米東海岸主要都市を破壊する方法はあります。ただ成功する可能性が高いとは言えませんし、成功すれば日本は大量虐殺の汚名を被る
ことになりますが」
「……何をするつもりだね?」
近衛の問いかけに対して、辻は自身の考えを語った。そして全てを語り終えたとき、出席者達は顔面を蒼白にしていた。
近衛でさえ顔色はよくなかった。嶋田は自身の気分を落ち着かせてから、冗談半分で言う。
「辻さん、貴方は人類○完計画を遂行しようとする悪の秘密結社のボスですか?」
「むしろ、ジ○ン公国の総帥ですよ。やろうとしているのは、彼らと大差が無い。全く現実は小説よりも奇なりとはこのことです」
そういって自嘲の笑みを浮かべる辻。
「これはあくまでも最悪の事態に備えての保険ですよ。で、賛成して頂けるのですか?」
暫くの沈黙と目線でのやり取り。そして近衛は決断を下した。
「リスクが高すぎるが……万が一の事態に備えて必要になるだろう。日本が敗戦に追い込まれれば全員縛り首だしな」
嶋田を含めた他のメンバーも、強張った表情であるが、賛同の意を示した。
「それでは、これを衝号作戦と名づけておきましょう。あと、計画遂行のためスペインでの工作を強化しましょう。
うまくすればドイツ軍の目をジブラルタル周辺に釘付けにすることができるでしょう。さらに独ソの関係にも楔を打ち込めます」
「スペイン内戦を使って独ソ関係に楔を打ち込み、独ソ戦を誘発すると?」
近衛の問いに、ニヤリと笑って辻は頷いた。
1940年5月、ドイツ軍はフランスに侵攻を開始した。
ただでさえ史実より戦力が低下していたにも関わらず、ノルウェーに戦力を振り向けていたフランスに、このドイツ軍の大攻勢を
凌ぐことはできなかった。加えて史実より経済面で追い詰められていたドイツは、この一戦で決着をつけようと積極的な攻勢に出ていた。
この結果、ダンケルクはドイツ軍の手によって素早く占領され、脱出口を塞がれてしまった連合国軍は袋のネズミ状態にされた。イギリスの
大陸派遣軍とフランス第一軍は、ドイツ軍によって包囲・無力化されていき、30万人の将兵が連合国から失われることになる。
ちなみに、イタリアはドイツが優位に立ったのを見てフランスに宣戦布告したが、史実と変わらず、逆に叩きのめされていた。
大陸派遣軍の壊滅を予期していた日本は、直ちにイギリスに対して大量の武器輸出を提案した。陸軍の第一線師団の大半が装備ごと根こそぎ
消滅したために、なりふり構っていられないイギリスは日本の申し出を快諾した。それどころか、イギリスはフィンランドでの戦いで日本の
電探が目覚しい活躍をしたことから、電探の売却も依頼する有様だった。
「旧式の電探なら売ってしまっても構わないでしょう」
辻はそういって売却にGoサインを出した。しかしイギリスからの参戦要請については明瞭な答えは出さなかった。
米軍の上海、満州への展開を考慮すれば、下手に戦力を出すわけにはいかない。イギリスは貿易上での優遇措置と中東市場への参入許可を
アメリカは日本と奉天軍との関係強化の仲介役を買って出たり、在中米軍からの必需品の発注等を餌を前面に出していたが、夢幻会を動かす
には到らなかった。
何しろ米軍がその気になれば日本本土も爆撃できる。あまりに早く欧州に参戦して、ドイツ相手に正面から総力戦をした場合、軍の疲弊を招き
米国や奉天軍に利するばかりになる……夢幻会はそう判断して、まだこの段階での参戦は見送った。
日本が参戦しないとイギリスがドイツに屈服してしまうのではないかとの懸念もあったが、幾つかの理由でその可能性は否定された。
主な理由としてドイツ海軍の力で制海権を奪えない以上、イギリスを屈服させることは難しいこと、イギリスが欧州を統一した勢力の存在を容認する
とは考えられないことが挙げられた。勿論、一時的な停戦はあるかもしれないが、如何にしても独英の融和は難しく、日本が付け入る隙はあると夢幻会
は判断していた。
日本は米英と裏で駆け引きを繰り広げる一方で、スペインでの工作を強化した。スペインは内戦初期の日本の干渉によって、未だに内戦が
続いていた。日本は左派の共和国軍に対して、さらなる支援を打ち出すことで、ドイツのスペイン内戦への干渉を煽った。ドイツは内戦の勃発
以降、フランコ将軍率いる右派の反乱軍に支援を行ってきた。ここでスペインの内戦に再び引きずり込めば、イギリス本土への圧力が減る。
ジブラルタルが陥落するというケースも考えられるが、そのときはドイツの目を地中海に向けることが出来る。そうなればソ連は対独戦争に
備える準備期間が出来て、独ソ戦でソ連軍は有利に戦える。いずれにしても損はないと彼らは思ったのだ。
加えて『衝号作戦』のためには、日本が参戦するまでスペインが敵であるほうが望ましかった。
日本は欧州で謀略を進めるのと平行して、米国でのロビー活動にも力を入れた。
反日政策を推し進めるヒューイ・ロング率いる民主党に対抗するために、日本は野党の共和党へ接近した。
夢幻会はトーマス・デューイなど共和党の有力者に多額の献金を行い、連邦議会での親日派の梃入れを目論んだ。連邦議会が対日戦に反対
すれば、如何にロングが強硬派といえども簡単に対日開戦をすることはできないからだ。
ロングを大統領選挙で落選させる工作を仕掛けることも考えられたが、現在のロングの支持率を考慮すると、ロングは再選される可能性が高く
下手な工作は後に禍根を残すことになると判断され、積極的な工作は実施しなかった。
「現職のロングが再選されるとなると、奉天軍、いえ中華民国政府への支援が強化されますね」
夢幻会の会合で、一連の報告を聞いた嶋田はため息をつく。というかため息をつくしかない。
現在、米国は中国での正統政府は中華民国政府であるとし、華南連邦や福建共和国の存在を公式に認めていなかった。加えて米国は、中国の
再統一が望ましいとしており、日本の主張と真っ向から対立していた。さらに、中華民国自身も中華統一を掲げており、日本にとって頭痛の
種は尽きなかった。
「中華民国軍は米軍によって強化されていますが、統制が今一です。史実の関東軍並に暴走しやすいと思われるので、警戒が必要です」
情報局の報告を聞いて、誰もが顔をしかめる。何しろ現在の大陸の状況は史実の日米の立場を逆転させたかのような状態なのだ。
日本が大陸での泥沼を回避したと思ったら、米国を中心にして似たような状況が出来ている……幾ら、米国を泥沼に誘導したのが日本で
あったとしても、それは皮肉としか言いようが無かった。
「世界の意思という奴でしょうか……GS○神とかに出てきたようなのがあるんでしょうか」
「だとしたら、世界を歪めようとしている我々は負けたほうの某魔王ですか……縁起でもない。というか辻さん、ネタが古いですよ」
嶋田の突っ込みを辻は「はっはっは」と軽く受け流した。
「まぁ白人の方々からすれば我々は黄色い魔王でしょう。ですが、負けるつもりはありませんよ」
『衝号作戦』の内容を知る人間たちは、若干表情を硬くする。
(中立国すら巻き添えにする作戦を、やっても良いのだろうか……)
成功すれば米国の戦争継続能力に甚大な損害を与えられるが、日本の仕業とばれたら、世界から袋叩きにされてしまうのではないか
と嶋田は心配していた。しかし米国が中国やメキシコで見せたような戦意を持って、本気で日本に攻めてきたら敗戦は免れない。
そうなれば自分達は史実の戦犯たちと同じように処刑されるか、戦犯のレッテルを貼られ、犯罪者のような扱いを一生受けるだろう。
そんなことは絶対に受容れるつもりはなかった。
(最悪の場合は、どんな外道な方法を使っても勝つしかないのだろう。安穏な老後を手に入れるためにも)
嶋田は腹をくくった。開戦するとなれば徹底的に、絶対的に、完璧に勝利する……それしか道はないのだ、と。
尤も今は対米戦争ではなく、欧州の戦争について話し合うべきだと考えて、彼は話題の転換を図った。
「アメリカは欧州での大戦に積極的に参加するつもりなんでしょうか?」
この質問に辻が答える。
「今のところは、積極的に戦うつもりは無いと思います。独英双方に物資を売りつけて金儲けに専念、そんなところでしょう。何しろ米国は
中国やメキシコの戦争で費やした金を補填しないといけません。これまでの交渉から、米国は自分達が力を蓄えている間に、日本を欧州の
戦争に引きずり出して消耗させようと目論んでいる、と考えられます」
「イギリスがドイツと戦い続けていた場合、米国も自分達の準備が終われば参戦すると?」
「彼らは不十分な軍備で強敵と戦うような愚は犯さないでしょう。陸軍の整備だけを考慮するなら42年初頭、海軍力の整備も考慮するなら
43年以降に米国が参戦する可能性が高いと思われます」
「では、我々はその前に戦争に参加する必要がありますね……タイミングにもよりますが、最初の戦場は地中海と北アフリカでしょうか」
「米英との交渉しだいですが、その可能性が最も高いです。軍の準備は?」
「海軍は赤城、天城を中心とした遣欧艦隊の準備を進めています。翔鶴型空母、祥鳳型軽空母も41年から42年にかけて順次戦力化できる
ので太平洋の防衛には穴は開きません」
「陸軍は?」
この問いに、東条が答える。
「第5師団、第18師団の2個師団の派遣準備を行っています。第5師団は上陸作戦の訓練を最も多く行っており、強襲上陸では存分にその
力を発揮できるでしょう」
航空隊の準備も整っているとの報告を受けて、出席者達は満足げに頷いた。
「陸軍2個師団と海軍1個艦隊、さらに1個航空艦隊(基地航空隊)。第一次世界大戦の遣欧軍にプラスアルファを加えた程度。この程度なら
予算も問題ないでしょう。皆さん、何か他に問題は?」
辻が異議があるかどうかを尋ねるが、誰も異議を挟まない。この決定によって、日本軍では遣欧軍の編成を本格化していく。
同時に技術開発に、より力を注いだ。チートを繰り返して何とか列強に追いついたが、列強が本気で技術開発を進めれば、追い越されるのは
目に見えている。驕り高ぶれば史実の二の舞になるとして、夢幻会は莫大な資金と史実の知識をつぎ込んで技術開発を進めた。
「金が掛かりますが、ジェット機とミサイルの開発は必須ですね」
烈風や飛燕は最強クラスのレシプロ戦闘機であり、これ以上のレシプロ戦闘機を開発するのは難しい。よって次の新型機はジェット機になる。
尤も航続距離の関係で、レシプロ機がすぐに引退を余儀なくされることはなく、既存の機体の改良は進めるつもりだった。
新型ジェット機の開発に並んで、ミサイルの開発も推進された。陸海軍それぞれの思惑もあり、ミサイル技術の開発は強力に進められた。
海軍としては太平洋戦争中盤から後半にかけて米機動部隊の防空能力は飛躍的に向上することで、航空攻撃が犠牲の割りには戦果が出せなく
なることが判っていたので、アウトレンジで米軍を攻撃できる対艦ミサイルは必須だった。日本版フリッツXの開発も進めているが米軍と戦うには
心もとない。出来れば艦載機に搭載できるサイズのミサイルが欲しかった。
陸軍としては、いずれ現れるであろう列強の強力な重戦車(特にソ連のISシリーズ)に対応するために、対戦車ミサイルの開発が必要だった。
こちらも高性能な重戦車を開発するという手もあったが、重戦車の開発競争をやっていたら金が足らなくなる。陸軍は一足先に対戦車ミサイルを
配備することで重戦車に対抗しようと考えたのだ。
「「是非、予算をお願いします!」」
嶋田や東条は必死に辻に陳情した。しかし莫大な開発予算を前に、辻は若干顔を引きつらせる。
「軍事予算で国を傾けるつもりですか?」
「米海軍と戦うには、この程度は必要です。米軍の防空網を突破する際に発生する犠牲に比べれば十分に安いかと」
「米ソと重戦車の開発競争を行い、実際に前線で運用する際の費用と比較すれば、非常に安価であると言えます」
2人の意見を聞いて辻は顔をしかめた。しかし彼らが正論を言っていることも否定はできず、辻は不承不承ながらも予算を承認した。
かくして日本は多くの列強が新兵器開発の負担に苦しむ中、さらに次の世代の軍備を整えていくことになる。
日本が陰謀を張り巡らせていることを知らないドイツは、フランコ率いる反乱軍への支援を名目にスペインへ侵攻を実施した。
ヒトラーはイギリスへの侵攻も考えたが、ドイツ海軍があまりに貧弱なために英本土侵攻は不可能と軍から反論されて、断念を余儀なくされた。
だからと言って何もしない訳にはいかないので、ヒトラーはイギリスの地中海支配の拠点であるジブラルタルを攻略することで、イギリスに打撃を
与えようと目論んだのだ。
スペインの共和派は必死に抵抗したものの、ドイツ軍の攻撃によって粉砕されてしまい、ここにスペイン内戦は終了した。
スペイン共和派を粉砕したドイツ軍は、ジブラルタル要塞を占領するために南下を続けた。長く続いた内戦によって交通インフラが破壊されて
いたために、その進撃は当初の予定より遅れたものであったが、満足に防衛体制が整っていないジブラルタル要塞は彼らを防ぎきることはできない。
このため、ジブラルタル陥落は時間の問題と言えた。
「ジブラルタルの陥落は時間の問題か……」
イギリスの劣勢振りを知ったロングは顔をしかめた。米国としても、大西洋の向い側に強大な軍事国家が出現するのは好ましくなかった。
イギリスは独立戦争以来の脅威であるが、ドイツのような全体主義国家が欧州を統一するほうがよっぽど脅威であった。もしもイギリスを降した
ドイツが南米に手を出せば、パナマ運河の権益すら脅かされかねない……米政府はそれを警戒していた。
米国が参戦して、ドイツを叩けば問題はないのだが、世論は欧州への介入には否定的であった。
「イギリスに戦い続けてもらうためには、援軍が必要だな………黄色い猿に譲歩するのは、忌々しい限りだが、仕方あるまい」
米国は日本が懸念していたB−17の上海と満州への配備を見送ることを伝えた。加えてイギリスと共に、ドイツを打倒した際には
欧州の市場を日本にも開放すると伝えた。
中東、欧州市場の開放、加えて米軍のB−17配備見送りは、日本にとって満額回答とはいかないが、それに近いものであった。
それゆえに日本は対ドイツ戦争への参加を決意することになる。
西暦1940年10月12日、日本政府はドイツ政府に対して宣戦を布告し、欧州の大戦に本格的に参加していくことになる。
あとがき
提督たちの憂鬱第16話をお送りしました。
日本は対ドイツ戦争への舵を切る一方で、対米戦争に備えて新たな作戦に着手します。
さらにミサイルの開発も急ピッチで進みます。チートな日本軍が登場しそうです。
拙作ですが最後まで読んでくださりありがとうございました。
提督たちの憂鬱第17話でお会いしましょう。