ソ連とフィンランドの和平交渉は、スウェーデン王国の仲介によって、かの国の王都ストックフォルムで開かれた。
フィンランド側はこれまでの戦況からソ連に対して一歩も引かないとばかりの態度で交渉に臨んだ。
これに対してソ連側は戦争継続をチラつかせながら、尚も強気の姿勢を見せて交渉を行う。盗人猛々しいとはこのことだろう。
「赤い熊の面の厚さには脱帽ですね。まるで肥満したロシア人女性並の……なんで年をとるとあんなに」
夢幻会の会合の席で、一連の報告を聞いた辻は呆れ果て、次に嫌なものを思い出したかのような顔をして首を横に振る。
多くの出席者が「何か嫌な思い出でもあるのか?」と怪訝そうな顔をするが、白洲はそんな辻の様子を気にも留めず話を続ける。
「ソ連側はマンネルハイム線の撤去や現在の占領地の割譲については譲る気配がないそうです」
ソ連側の要求を聞いた陸軍軍人たちは呆れ果てた顔をした。
「……1対20の兵力差なのに、一方的に打ち負かされて尚その態度ですか」
「動員可能な兵力が1000万を超える国ですからね……本当に、あの国の兵士は畑から作られているような気がしますよ」
「いや物量だけがあの国の取り柄ではない。戦いが続けばソ連赤軍の能力は向上する。独ソ戦がそれを証明している」
確かに今のソ連軍はへタレであったが、いずれは史実同様に精強な軍隊が登場する可能性は高い……彼らはそう判断した。
同時に彼らはこれがフィンランドにとって最後で、最大のチャンスであるとも結論付けた。
「いずれにせよ、ソ連軍にはまだ余力がある。そこをフィンランドが勘違いすれば、戦争は継続でしょう」
東条の言葉を聞いて、辻は少し考えたあと、開き直ったように言う。
「ふふふ。まぁ万が一、フィンランドが滅亡したら、北欧諸国の危機感を煽り立てて日本製武器を大量に売り込みましょう。
兵器工場も現地で作って生産をするのも手ですね。サーブ社との共同開発も進んでいますし」
金儲けの種を見つけたとばかりに笑う辻。東条は呆れながら提案する。
「……いっそ、フィンランドから撤退するときに装備一式売り払いますか?」
「ははは、九七式中戦車や九六式戦闘機とか売っても、フィンランドに支払う力は無いですよ。それよりイギリスに売りましょう」
出席者達は怪訝そうな顔をする。
「イギリスに?」
「ええ。ドイツの攻勢で英国の大陸派遣軍は装備を根こそぎ失うでしょうから、売り込むにも丁度いい。
バトル・オブ・ブリテンでも九六式戦闘機を使ってもらえれば、良いデモンストレーションになる。結果によっては重爆や輸送機も
売りつけることが出来るでしょう。我々は金儲けも出来て、輸送費もケチれて、英国に貸しを作れる。いい事尽くめですよ」
「イギリスからはまだまだ毟り取らないと」と呟く辻の姿を見て、出席者たちは冗談半分で「この悪魔め」と呟いた。
勿論、辻が揺らぐ気配は全く無い。
「悪魔で構いませんよ。きちんと契約が履行され、お金が振り込まれるんだったら、何の問題もありません」
「……そこまでお嬢様学校が大事ですか」
「私は萌えを重視していますが、ただの趣味だけでそこまで推し進めるつもりはありませんよ。
私は良き母親となりえる女性を世に送り出したいのです。私は、モラルも、教養も、我慢強さも無い子供が闊歩する未来など見たくも無い」
「全ては未来の日本のため、ですか」
この言葉に辻は頷き、近衛が話を引き継ぐ。
「人は石垣。幾ら建物が立派でも、下が脆くてはいずれは崩れる。日本を砂上の楼閣にするわけにはいかない。
それとも、君たちは、この世界を史実の日本のようにしたいのかね?」
教育の失敗はいずれ手痛いしっぺ返しとなる……それを理解している人間達は近衛の意見に頷かざるを得なかった。
尤もコノミンとかフシミンとかの名前で色々怪しげなものを作っている連中には、言われたくは無いというのも心情であった。
近衛は素早くそれを察した。
「全ては現体制の支持獲得と日本文化が受容れられる土台作り。同人誌作りや特撮や映像編集は唯の趣味ではない」
堂々と言い切る近衛、そして強く頷くMMJのメンバー。良識派(自称)はすでに突っ込む気力が無い。
近衛に編集された遣欧軍の活躍の映像は日本国内でも大好評で、政府や軍への支持に貢献していた。これでは嫌味も言えない。
(((会議の進行役を押し付けるためにも、嶋田さんには早く戻ってきてもらおう)))
このとき、呉で順調に仕事をしていた嶋田は思わず寒気を覚えた。
「何か、東の方向から、変な思念が飛んで来ているような気がする……」
まさか、と思い直す嶋田であったが、後にそれが予兆であったことを嫌というほど知ることになる。
提督たちの憂鬱 第15話
『冬戦争』と呼ばれた戦いはフィンランド軍の奮戦と日本義勇軍の支援によって、史実よりフィンランド側が有利な形で終幕した。
だがそれでも、フィンランドは最終的には工業都市ヴィープリを含むカレリア海峡南部をソ連側に譲渡せざるを得なかった。
フィンランドが屈した理由として、ソ連がモロトフ・リッペントロップ条約を盾にしてドイツに対フィンランド戦争について協力すること
を同意させ、同時に1700万人にも及ぶ自国の動員可能兵力にものを言わせて戦力の増強を行い、その戦力を背景にしてフィンランドに
圧力を掛けたことが挙げられる。
英仏がこの時点で北欧に軍を派遣していれば、何とかなったかもしれないが、ただでさえ軍備の整備が遅れがちの英仏軍が迅速に部隊を
展開することなど出来るわけが無かった。おまけにドイツはノルウェーやデンマークに、より強硬な姿勢で圧力を加え、連合軍の通過を妨害した。
ドイツは軍拡の影響で財政が火の車となっており、有数の貿易相手国であるソ連に配慮せざるを得なくなっていたのだ。
サーブJ9など新型機を次々に導入しているが、独ソを敵に回して本国を戦場にする危険性がある決断を彼らは下せなかった。
こうして強気であったフィンランド政府も、ソ連軍の総攻撃があれば今度こそ自国の滅亡は避けられないと判断せざるを得ない状況をソ連は
作り出したのだ。一連の動きは、二正面作戦を避けたいためのブラフであったが、十分な脅しにはなっていた。
史実の知識からソ連の動員可能な兵力を知っていた夢幻会であったが、改めてソ連の底力を思い知らされることになった。
「あの国と正面から勝負するのは、米国と真っ向から喧嘩するのと同じくらい危険だな」
真崎は大蔵省の大盤振る舞いによって、次々に配備される強力な兵器に舞い上がる対ソ強硬派の若手将校の引き締めに走り、東条や永田は
大陸(満州以南)に武力で進出することで米ソに対抗しようと目論む一派の押さえ込みに力を注いだ。
軍上層部は強硬派の台頭に神経を尖らせる傍らで、米軍(又はソ連軍)による本土空爆を考慮して防空能力の強化を推進した。
陸軍はすでに信頼性の高い地上設置型対空電探を設置することで全天候下での対空早期警戒網を築き、さらに航空無線の充実で地上指揮所と
航空部隊との綿密な連絡体制も確立していた。しかしこれでも足らないとして軍は『機械化防空網』の構築を四段階に分けて推進した。
第一段階として電探と連動した高射兵器の配備促進。第二段階として電探を装備した早期警戒機の配備。第三段階として対空指揮所・電探部隊
高射部隊・航空部隊間における情報伝達の密度と速度の向上。第四段階として戦術データリンクの構築。傍から見れば途方も無い計画で
あったが、米国の重爆撃機に祖国を焼かれるのは避けたいという心理、技術の発展を考慮すれば十分に実現できるという判断が、この計画を
後押ししていた。
一連の計画に基づいて、陸軍は航空戦力増強のために零式戦闘機『隼』(海軍名『烈風』)に加え、P51と飛燕の中間的な存在である『飛燕』を
一式戦闘機として採用することを決定した。
「……チートしすぎたか?」
本土防空で陸軍との協力関係の構築を進めていた嶋田は、関連する資料を読んで、思わず乾いた笑みを浮かべた。
零式艦上戦闘機『烈風』(陸軍名:『隼』)は、日本製ダブルワスプ・栄(2200馬力)を搭載し最高速度672キロを誇る高速機だ。
日本機のネックであった機体強度も、ジュラルミンと強化繊維による複合材で構成して軽量化をはかりながら、強度を高めることで解決。
さらに武装も20mm機関砲4門、爆弾も1.5tまで積めるという、史実の日本の航空機からすればトンでもない化け物だった。
その気になれば米軍最強のレシプロ戦闘機F8Fとだって互角に戦えるのだ。現時点では世界最強と銘打っても良い戦闘機であった。
ちなみに命名については陸軍では色々と葛藤があった。杉山などは日本軍機でも最強と謳われた『疾風』の名前をつけようと提案した。
しかし「『疾風』よりも、終戦まで日本陸軍航空隊を支え続けた『隼』のほうが良い」という意見が出され、最終的に隼となったのだ。
この影響のためか、現在開発中の新型戦闘機には『疾風』の名前が当てられることが内々に決まっていた。
一式戦闘機『飛燕』は、マーリンエンジン・流星(1600馬力)を搭載し最高速度702キロを誇り、かつ機械式加給機を備えること
で高高度での迎撃戦闘も容易にした戦闘機だ。さらに武装も20mm機関砲4門、空対空ロケット弾8発を搭載可能と充実している。
また価格も安い。史実のP−51DがP−40と同価格(P−47の半額)であったように、価格も抑えられており、戦車師団や砲兵の
整備も必要な陸軍としては非常にありがたい戦闘機だった。勿論、辻もこの戦闘機の採用を後押ししていた。
尤も、こんな化け物クラスの戦闘機といきなり戦わされる敵のほうが哀れとも言える。
「……まぁこれだけあれば戦争初期は、こちら側が押すことが出来るだろう。さすがの米軍も、大損害を覚悟して戦略爆撃を
ごり押しするのは難しいだろうし」
戦略爆撃を継続して行うには、莫大な労力が必要になる。その労力に見合った成果が出せないとなれば、米軍も手を引くだろうと
嶋田は思っていた。尤も嶋田は、米軍に手を引かせるだけで終わらせるつもりはなかった。
「大陸沿岸を機雷で封鎖できれば、米中海軍の動きを封じることができる。色々と根回しする必要があるな。
それに戦術爆撃機も纏まった数があれば中国やフィリピンの米軍基地に有効な爆撃もできる。だとすると一式陸攻が必要か」
戦闘機無用論を粉砕したものの、太平洋を戦場にする以上は脚の長い陸上機が要るとのことで、陸攻無用論はでなかった。
その流れの中、山本たちは機体の大型化と重武装化を進めた。片や夢幻会は小型化と高速化を重視した。彼らは陸軍も巻き込んで陸海で
運用できる新型攻撃機の開発を進めたのだ。その結果、金属製のモスキートと言ってよい機体の一式陸攻が完成した。
「それにしてもマーリンエンジンを量産か。史実で彗星のエンジンに四苦八苦していたのとは雲泥の差だよ。本当に」
日本の技術水準は分野によっては10年以上進んでおり、国力も3倍以上(鉄鋼、造船、機械工業は約4倍)にまでなっていた。
細かい行政指導や品質管理の徹底の賜物か、工業製品の信頼性も向上している。陸海軍の軍需工場が仕切られているなどという馬鹿げた
ことは行われておらず、部品や人員の融通も利くようになり、生産効率はさらに上がっている状態であった。
十分な資源があれば、年間に3万機の航空機の生産が可能になる状態だ。
「H○I2風でいうと、ICが3倍、技術開発も青写真全部もって、電子計算機のおかげで研究効率が大幅に向上。
貿易も順調で資金と資源に不足はなく、逆に若干の余裕がある。おまけに1940年の時点で原子炉建設中ってところか。
どうみてもチートだ。でも米国はそれ以上にチートなんだよな……」
資源の大半を自給できて、週刊護衛空母を作れる国とは戦争はしたくないよな〜、と嶋田はぼやきつつ、仕事に取り掛かる。
しかしながら彼の危惧を他所に、日米が鍔迫り合いを続ける中国大陸では、火に油を注ぐように戦乱を煽る動きが加速していた。
欧州では連合国とドイツによる『まやかし戦争』が行われる一方、中国大陸は米国の介入で文字通りカオス状態になっていた。
奉天軍はソ連軍を相手にして善戦したこと、ソ連に譲歩させたことに驕り、北満州そのものをソ連の手から奪還できると思い始めていた。
張学良は米国の意向を受けて満州全土を戦場にするような真似はできなかったが、その配下の者達を完全に制御できているとは言えなかった。
情報局や日本陸軍は尾崎などの諜報員達を使ってこういった動きをソ連側にリークして中ソの離反を図った。これと平行して外務省と情報局は
奉天軍の動きが何れは列強の利権を強引に回収する動きに繋がると列強、特に中国で最大の利権を持つイギリスに吹き込んで危機感を煽った。
「このままでは親米勢力が中国を統一することになります。そうなれば極東におけるバランスは大きく崩れます」
「米国の威を借りて香港の返還を迫るかもしれません」
「中国での民族運動が他の植民地に飛び火すれば、対ドイツ戦争に支障が出ますよ」
同時に日本は列強による中国の分割を示唆し、列強の協力を求めた。
イギリスは軽挙妄動こそしなかったが、米国の膨張に危機感を抱いていたため、日本の意見に耳を傾けていった。
何しろ、このままでは貪欲な米国に中国市場が独占されるどころか、英仏の他の勢力圏に手を出す可能性もある。奉天軍の暴走振りを
考慮すれば、それは決して無いとは言えないものであり、英仏にとっては無視できないものであった。
「米国の傀儡となった中国軍が、香港やビルマに牙を剥くような事態は避けなければならないでしょう。全く面倒なことです」
首相官邸で英国宰相チェンバレンと共に中国に関する報告書を読んでいた海軍大臣・チャーチルはそう言って肩をすくめた。
「やはり四川や雲南、広東を分離するかね?」
チェンバレンの言葉に、チャーチルは頷く。
「はい。ここは我が国の植民地に対する防壁として華南部を、特に香港の利権を守るために広東を独立させたほうが宜しいでしょう。
ここで問題は国民党です」
「蒋介石か。あの男は中国統一に拘っている……尤も今となっては、あの男がやれることなど無いだろう?」
「はい。あの男はすでに役目を終えています。いえ、役目を終えることができなかったというべきでしょうか。全く、貨幣制度改革で
色々と手を貸してやったというのにこの体たらくでは」
若干の苛立ちを籠めたチャーチルの言葉を聞いて、チェンバレンは蒋介石を切り捨てる時期が来たことを悟る。
元々民族主義の思想が強い上に、排外運動を煽って米国を怒らせたことが、蒋介石の評価と価値を押し下げていた。
「あの男を切り捨てるのは構わないが……我々が中国を分断する動きに出た場合、アメリカがどう動くかが問題だな」
中国を植民地化しないことを約束した九ヶ国条約に違反するといわれるのではないか、チェンバレンはそれを懸念した。
しかしチャーチルは、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「連中の行動そのものが九ヶ国条約を揺るがしているのです。さらに第二次大戦勃発を口実に軍縮体制そのものを打破し、植民地化をしない
ことで合意した中国にテロ対策を口実にして軍を派兵し勢力圏を拡大する。そんな無作法な連中に我々を非難する権利はありません」
米国を散々に貶したものの、米国が何らかの行動を取ることも想定しなければならないことをチャーチルは理解していた。
「ソ連との対立を煽り立てて奴らの目を北に向けます。満州事変の影響は少なくありません。うまく煽れば簡単に火は付くでしょう」
戦火を煽ることに定評のある大英帝国ならではの言葉であった。
「ドイツに資源を提供するソ連は潰す必要があります。植民地人の手でそれが成せるのであれば越したことはありますまい」
独ソ不可侵条約を結んでいるソ連は、英国から見ればドイツの準同盟国であった。
「ふむ。四発爆撃機の整備も遅れ気味だからな……これではバクーへの爆撃も難しい」
チェンバレンはそういってため息をついた。イギリスは対独戦争を考慮して軍拡を急いでいたが、十分な軍拡ができたとは言えない。
何しろ防空網はロクに整っていなかった。特に日本が八木アンテナを手放さなかったためにレーダー網の整備は遅れ、史実とは程遠い状態だ。
スピットファイアやハリケーンの生産も順調とは言えず、ドイツ空軍と殴り合って勝てるとは言い切れない状態だった。
KGV級戦艦は完成が遅れ気味であり、2番艦であるプリンス・オブ・ウェールズが海に浮かぶのは当分先。ドイツのビスマルクに対抗する
ために設計を変更した3番艦は、設計変更の影響で建造がさらに遅れていた。戦艦でさえ遅れているのだから、空母の建造はさらに遅れており
イラストリアス級3番艦が完成するのは来年に持ち越しであった。巡洋艦以下の艦艇は連邦諸国に負担させ、何とか整備を進めている。
「あとは中国南部独立は一時的なものであるとし、最終的には統一することで米国と話をする必要があるな。彼らも奉天軍という暴れ馬を
制御するために時間が要るだろうから、乗ってくると思う」
チェンバレンは『奉天軍では占領地域の統治は無理で、遠くない将来、民心の離反を招く』と判断していた。
奉天軍が壮大に自爆している間に、英国主導で華南地方の整備を行い基盤を整備すれば、弱体化した奉天軍に対して優位に再統一をすることが
出来る……やや回りくどいが、これがチェンバレンの目標であった。
「問題は日本だな。彼らは中国大陸を本気で分断したいようだが……」
「今のところは、連中の思惑通りに物事が進んでいると思わせておきましょう。恩を着せ、欧州へより多くの兵力を送らせるのが良いでしょう」
チャーチルは日本軍を第一次大戦以上に欧州に深入りさせて、英国の盾を作り、かつ日本の戦力を削ることを狙っていた。
「先の大戦と同様に日本海軍を呼ぶのかね?」
「はい。彼らを利用すれば北海を楽に封鎖できます。スウェーデンから鉄鉱石を入手できなくなったドイツは大打撃を受けます」
「しかしビスマルク級に勝てるのか?」
「軍艦の性能の差は、決定的な戦力の差ではありません。ロイヤルネイビーならば、それを証明してくれるでしょう」
方針を決すると、英国の動きは迅速であった。
彼らは国民党の反蒋介石派の汪兆銘を煽り立ててクーデターを仕掛けさせたのだ。汪兆銘は一連の敗北の全責任を蒋介石やその一族に被せる
と同時に、中華民国とその政権を担っていた国民党の解体、そして華南部を纏める新国家・華南連邦の樹立を宣言した。
「この大地を混乱させていたのは、蒋介石を首魁とした国民党である!」
汪兆銘は排外テロの首謀者として国民党を糾弾しつつ、旧国民党の支配地域を華南連邦の配下に加えていった。
その中で、日本は英国の黙認の下で、台湾の対岸にある福建省を『福建共和国』として、大陸から分離・独立させた。大陸をバラバラにして
背後の安全を確保したい日本にとって今回の一件が格好のチャンスであったことが、この大胆な動きを後押ししていた。
米国はこれらの動きを忌々しげな目で見ていたが、奉天軍の暴走やメキシコの不安定化などを考慮すると、これ以上敵を増やすのは得策では
ないとして、これらの動きを黙認したほうが良いとの意見が大勢を占めた。
ホワイトハウスの執務室で、一連の報告を聞いたロングは暫し考え込んだ後、決断を下す。
「中国で国民党によるテロが沈静化するのなら、ある程度黙認するしかないだろう」
ロングは中国の完全制覇の目論みを挫かれて不満であったが、さすがに日英ソ全てを敵に回すような真似は出来なかった。
しかしここで諦めるつもりもなく、今後のために色々と手を打つつもりだった。
「ハル。奉天軍の統制を強化しろ。簡単に暴走しては今後の戦略に支障が出る」
「しかし大統領閣下、奉天軍はあくまでも正当防衛を主張しています。ここでやり過ぎると反米勢力を助長させることになります」
下手をすればソ連と戦うことになり、満州全土が戦場となっていたのだ。満州に多額の投資を行っている米国としては、そんな事態は
避けなければならない。しかし今回の一件で奉天軍がソ連軍に対して正当防衛(表向き)の戦いで一定の戦果を挙げたことを無視することは
できなかった。
「ここは穏便な方法で奉天軍に自制を促したほうがよろしいのでは?」
反共に熱心な奉天軍を萎縮させると、今度は財界、特に反共に熱心な某自動車会社から文句が来るのは目に見えていた。さらに反米勢力が
拡大するようなことがあれば、今後の経済進出に支障が出る可能性も高くなってくる。
「……良いだろう。今回についてはペナルティは無しだ。だが、今回のようなことが度々起こらないように顧問として将校を送る」
ロングは奉天軍を自国の指揮下に置き、対ソ連、対日戦争に備えるつもりだった。
奉天軍を使い、遼河油田を素早く制圧することが出来れば、日本の継戦能力を大きく低下させることが出来る……彼はそう考えた。
「朝鮮半島の反日組織との接触も行え。いざとなれば連中を扇動して、日本の背後を脅かす」
「判りました」
対中戦争による軍需、第二次世界大戦による特需は米国経済を急速に回復させていたことがロングを強気にしていた。
「それにしても、まさか国民党と蒋介石を切り捨てて中国そのものを分裂させるとは思わなかったな」
「日英がお互いの権益を守るために動いたのでしょう。特に英国は奉天軍が香港などの在中権益を無理に回収するかもしれないと警戒して
いるようです。あと国民党はあの体たらくで蒋介石は我が国では恨まれていましたから、権益を守るための番犬にも出来なかったのも動機
と思われます」
「ふむ……日本の、いや、総研の暗躍は無かったのか?」
「日本の外務省と情報機関関係者が英国と色々と接触していたとの報告があります。何かしらの準備をしていた可能性はあります」
「そうか。やはり連中は手強いな。少しでも油断すると寝首をかかれかねない……連中の調査はどうなった?」
「はい。彼らは欧州での戦争に関わるつもりのようです。軍の整備計画から判断すると、入念に参戦する準備をしていた可能性もあります」
「彼らは欧州大戦が起こることさえ、正確に予知していたということか……やはり対日戦で最大の障害になるのは彼らだな」
技術開発能力、戦略立案能力、政治力ともにずば抜けた組織である総研は、彼にとって目障りなことこのうえない存在であった。
忌々しげな顔をするロング。しかしその表情はすぐに変わった。
「連中が欧州戦に加わりたいのなら、加わらせてやろう。徹底的に日本をこき使って弱体化させてやる」
日米英の思惑が複雑に交差する中、ドイツ軍と連合国軍が北欧の地で激突した。
それは『まやかし戦争』の終焉と第二次世界大戦の第二幕の幕開けを告げるものであった。
あとがき
拙作ですが、最後まで読んでくださりありがとうございました。
提督たちの憂鬱第15話をお送りしました。
ソ連の圧力でフィンランドは譲歩を強いられてしまいました。ソ連軍の動員可能兵力は異常ですね(爆)。
遂に中国は分裂。華北の中華民国、華南の華南連邦、福建省の福建共和国と3つ巴になりました。
日米の代理戦争をさせることが出来れば良いんでしょうが、代理戦争で済むかどうかは微妙です。
九九式戦闘機を一式戦闘機として採用させていただきました。ご意見ありがとうございました。
兵器スペック
<烈風>零式艦上戦闘機
全長:10.7m 全高:4.1m 全幅:11.9m
最高速度:672km 航続距離:2500km 上昇限度:1万2千m
自重:3340kg
エンジン:<栄(ダブルワスプ)>空冷エンジン2200馬力
武装:20mm機関砲×4(翼内)、爆弾1.5トン(またはロケット弾8発)
<飛燕>一式戦闘機
全長:9.2m 全高 :3.2m 全幅:12m
最高速度:時速702km 航続距離:2800km 実用上昇限度:1万2千m
自重:3200kg 乗員:1名
エンジン:<流星>液冷エンジン二段過給機付き1600馬力
武装:20mm機関砲×4、空対空ロケット弾×6