1939年11月30日、この日、ソ連軍はフィンランドへの侵攻を開始した。

 陸軍大国ソ連が本気を出せば、人口370万の小国であるフィンランドは成す術がない……多くの国が当初そう判断した。

 しかしその判断は当事者の行動ではなく、部外者である大日本帝国の行動によって修正されることになる。


「我が国は、ソ連の侵略を受けているフィンランドへの支援を実施する」


 ソ連がフィンランドへ侵攻する直前に成立した近衛内閣はフィンランドに対して出来る限りの支援を行うと発表した。

 支援の内容が明らかにされると、各国は驚愕した。何しろ義勇軍の派遣、大規模な物資支援、さらに資金援助まで行うと日本が

公言したのだ。ソ連に蹂躙されるばかりと思っていた国にとっては金を溝に捨てる行為であった。

 だがこれまで日本の先読みによって痛い目にあった国々の中に、フィンランドが勝算を持っている、又は持ち堪えるという確信を日本が

持っているのではないか、そう考える国が出てきたのだ。さらにフィンランドがソ連相手に強硬な態度を貫いたのは日本と密約があった

からではないか、そう勘繰る者さえ居た。


「フィンランドを煽っていたのは日本ではないのか?」


 総統官邸で一連の報告を受けたヒトラーは唸った。

何しろ連合国がフィンランド支援を名目にして北欧に進出すれば、ドイツは鉄鉱石の輸入ルートを閉ざされることになる。

それを恐れたヒトラーは史実で北欧侵攻を命じたのだ。だがこの世界では北欧に侵攻できるかどうかが微妙であった。

 ドイツはこの世界では史実以上に疲弊していた。ハイパーインフレや世界恐慌の際に日本が火事場の何とやらで、貧しいドイツをさらに

貧しくしてくれたので台所事情は史実よりも火の車であったのだ。このせいでドイツ海軍では装甲艦が2隻しか建造できず、ビスマルク型も

1番艦であるビスマルクの建造しか出来なかった。さらに日本海軍の長門型が出てきたときに備えて強引に42cm砲を積んだため、色々と

不具合が起こっていた。この状態で英国海軍と戦えるわけが無い。


「………しかしここで日本艦隊を交渉材料に出来る。少なくともフランスが片付くまでは日本を敵に回すべきではない」


 問題はソ連がドイツの行動に文句をつけるであろうことだが……ヒトラーはこれを何とか受け流すつもりであった。

もしここで日本を刺激すれば第二次日英同盟が復活しかねない。独海軍に対して優勢な日英海軍が北海封鎖に動けばどうなるかは明らかだ。

 ましてヒトラーは第一次世界大戦で、日本海軍によってドイツ海軍が叩きのめされたことを知っていたために、恐怖心がさらに募った。

 日本がこれ以上英国寄りになって欧州に本格介入することがないようにすること、さらに英国の介入を阻止すること、さらにソ連からの

抗議を受け流す……色々と面倒であったが、やるしかなかった。

 ヒトラーと同様に、イギリス内部でも日本が裏で糸を引いていたのではないかと思う人物がいた。

 首相官邸、その執務室で時の宰相・チェンバレンは海軍大臣チャーチルとフィンランドの問題について話をしていた。

 チャーチルは、まるで自分が官邸の主とばかりに堂々と椅子に座り、煙草の煙を吐き出すと感心したように言う。


「日本、あの国は中々にやりますな」


 チャーチルの言葉を聞いたチェンバレンは「ふむ」と呟くと、彼に半ば確認するように問いかける。


「フィンランドがソ連に引かなかったのは日本の後押しと?」

「でしょう。そして日本はそれが戦争に繋がることを理解していた……あの国はこれを機会にソ連を孤立化させたいのかもしれません。

 それにソ連がフィンランドで梃子摺るなら、ドイツはソ連を叩き易くなる。そしてドイツとソ連が争えば、日本はソ連を気にせずにいられる」

「日英双方の利益になる……それを見越して準備をしていたとなると、中々に侮れないか」

「彼らには頑張ってもらい、ソ連への盾となってもらいましょう。それに日本軍が役に立つことが判れば、再び連合国に迎えるのが良いかと。

 ドイツと戦うにも、味方は多いほうが良いですから」

「しかし日本からの欧州派兵の打診を断ってしまった以上、彼らがドイツ相手の戦争に乗るだろうか?」

「乗らざるを得ませんよ。ドイツ人がバルト海を封鎖すれば、我々と手を組まざるを得ません。ふふふ」




 独英で色々と話題沸騰中の日本艦隊では、司令官である南雲が旗艦妙高の自室で頭を抱えていた。


「何てドリームチームだよ、これ。というか下手に消耗したら後々拙いだろう……損害をゼロにしろとでも?」


 南雲はフィンランドに送られる陸海軍航空隊の搭乗員達の名簿を見てぼやいた。そこにはある意味、豪華なメンバーが名前を連ねていた。


「加藤建夫、坂井三郎、篠原弘道、樫出勇、笹井醇一、柴田武雄。陸海軍から史実有名どころを片っ端から引き抜くか、普通……。

 これはどこのプロ野球の球団(読売ジャ○アンツ)ですか」


 史実日本軍の撃墜王オンパレード、このあまりに豪華な人員に南雲は頭を抱えざるを得ない。

 確かに戦力で言えば心強いことこの上ないが、フィンランドで消耗するには惜しい人材ばかりなのだ。一応、戦闘機不要論が木っ端微塵に

粉砕されたおかげで戦闘機搭乗員が転属せずに済んだので、本土で搭乗員が確保されている。しかし、それでも実戦経験が要るからと言って

日本から遠く離れた北欧の地で亡くなって貰っては困るのも事実だった。


「フィンランドへの支援が名目だ。あまり深入りしないようにしないと。しかしあまり消極的に戦うとデータが取れないし。

 それに私も闘志が低いなんて言われかねない……源田の二の舞になるのも嫌だしな」


 戦闘機搭乗員である源田は自論の戦闘機不要論を木っ端微塵に粉砕された上、嶋田たちなど海軍主流派(夢幻会派)や戦闘機派に

思いっきり睨まれ、窓際に追いやられていた。山本や大西は助かったものの、下手をすれば国防に大穴を開けかねない失態を犯したことは否定

できず、彼らの昇進は遅れることになる(夢幻会派の将官の昇進を優先させたいという生臭い理由もある)。


「胃が痛いな……はぁ」


 任務、艦隊の保全、それに自身の評判、様々なものに挟まれて南雲は苦悩した。

 様々な人間の思惑が交差しつつ、日本艦隊はフィンランドに向かう。








                提督たちの憂鬱 第12話









 フィンランドと開戦したソ連軍は開戦と同時に、同国首都ヘルシンキを筆頭にフィンランド各地に空爆を実施した。

日本が幾ら肩入れしたとしても、大した損害は無いだろう……そう思っていたソ連空軍は緒戦から思わぬ損害を受けた。

日本から輸出された九三式戦闘機によって迎撃を受けたのだ。


「何事だ!?」


 フィンランド国境に襲来したソ連軍の航空隊は九三式戦闘機の編隊に不意を突かれた。九三式戦闘機の編隊は彼らの頭上から次々に

襲い掛かり、ソ連軍パイロット達が襲撃と気付く暇を与えず、I−15複葉戦闘機3機を叩き落とした。

 ようやく敵の襲撃と気付いたソ連軍パイロットたちは慌てて体勢を立て直し、格闘戦に持ち込んで対応したが、損害は大きなものになった。

九三式戦闘機は複葉機であるが最高速度400キロ、7.7mm機銃2門と速度と武装はそれなりで、航続距離も700キロと

それなりに長いものであった。旧式(日本軍から見れば)とは言ってもソ連のI15チャイカと互角と戦える機体と言えた。

 フィンランド空軍は、日本から格安で売ってもらったこの機体で、ソ連軍航空隊を迎え撃ったのだ。


「あんな機体があるなんて聞いてないぞ!」


 首都ヘルシンキを襲ったSB−2も高速爆撃機であったが、勇猛果敢なフィンランド空軍の奮戦によって首都に入る前から少なからざる損害を

受けることになった。迎撃を振り切った部隊は日本の支援で密かに設置された高射砲群による歓迎を受け、手痛い損害を被った。


「ヘルシンキ空襲で大損害を受けただと?」


 フィンランド侵攻作戦総司令官クリル・A・メレンコフ上級大将は、開戦初頭から空軍が苦戦しているとの報告を聞いて驚愕した。


「日本軍の戦闘機の仕業か……くそっ情報部は何をしているのだ」


 緒戦から躓きを見せれば、スターリンの不興を買いかねない……メレンコフは焦った。何しろ下手にスターリンの怒りを買えば

シベリア送りか銃殺刑かのどちらかなのだ。何としても彼は目に見える成果を出さなければならなかった。


「所属する各航空連隊の稼動機を最大限投入して、空襲を継続させろ」


 メレンコフは『前線空軍にあらゆる損害を無視して空襲を行え』、と指示を出した。同時に各地の陸軍部隊に進撃を命じる。

 このように前線部隊に攻勢を厳命する傍らで、直接の上司であるソ連国防委員長クリメント・ヴォロシーロフには目の前の失態を

出来るだけ糊塗するように努めた。


「現在、軍団砲兵による事前砲撃と空軍による爆撃を継続中です。はい。もう暫く待ってくだされば吉報をお持ちできるかと」


 しかしながら、その言葉もフィンランド軍の抵抗によって説得力を失っていくことになる。






 ソ連軍によるフィンランド侵攻が開始された際、旅行を名目にしてフィンランドに派遣されていた兵士は即座に義勇兵として

フィンランド軍へ加勢した。極寒の寒さであるフィンランドでは大して役に立たないだろう……当初はそう思われた彼らであったが

カムチャッカや樺太、北海道である程度寒さに耐性をつけていた彼らは、フィンランド兵と並んでソ連兵と戦った。

 特に山口ユ陸軍少佐によって創設された冬季戦に特化した部隊・冬季戦技教育団(通称:冬戦教)から派遣された将兵は、フィンランド軍

が驚くほどの早さでフィンランドの冬に順応していた。

 彼らは使い慣れたスキーやスノーモービルで素早くソ連軍の先に回り、入り組んだ地形を利用して待ち伏せて奇襲を繰り返した。

慌てふためいたソ連軍が応戦しようとすると、彼らは素早く森の中に消えた。このような攻撃が日芬軍によって頻繁に行われるようになると

ソ連軍の前線部隊の動きは急速に鈍くなった。勿論、ソ連軍もただ座して攻撃を受けていたわけではない。彼らは攻撃を受けたと報告を

受けるや否や即座に救援部隊を向かわせていた。

 だがその部隊も奇襲を受けて大混乱。砲兵部隊で支援しようとしたら今度は司令部と砲兵部隊の間の有線通信網をズタズタにされ

無線で連絡しようとしたら偽の命令が飛び交って混乱中という有様でゲリラ部隊を殲滅することなど出来なかった。フィンランド軍の執拗な

抵抗にソ連軍上層部は業を煮やしつつあった。


「何としてもコッラを突破する。ここを突破すればフィンランド軍を南北に分断し包囲殲滅も可能なのだ」


 ソ連軍はフィンランドへ北部、中部、南部の3方向から攻め込んでいた。だがどの戦線でも思っていたように進撃することはできなかった。

故に彼らは中部戦線でフィンランド軍の防衛線を突破、その後に南北のフィンランド軍を包囲殲滅することを狙い攻勢に出た。


「数と火力、装甲で押しつぶせ。56師団、75師団はコッラを突破せよ!」


 ソ連軍第8軍は司令官の号令の下、ラドガ湖北方にある要衝・コッラを突破しようとした。

彼らは軍砲兵、師団砲兵を総動員してフィンランド軍及び日本義勇軍が立て篭もる陣地に砲弾の雨を降らせてから突撃を開始する。

突撃するソ連兵たちは、さすがにあれだけ砲弾を撃ち込めば……と淡い期待を持っていたのだが、その期待は容赦なく裏切られた。

フィンランド軍陣地から浴びせられる銃撃は、ソ連兵を次々になぎ倒していく。

身を隠すものが少なく、さらに足場が悪いという悪条件もかさなり、ソ連兵の犠牲は鰻上りであった。しかし数の面で圧倒している

ためか遂に一部の兵士がフィンランド軍の塹壕に取り付いた。


「よし、このまま……」


 だが取り付いた兵士たちを迎えたのは、見慣れぬ冬季迷彩を着た男たちからの、予期せぬ弾幕であった。

近距離から浴びせられる自動小銃と短機関銃による銃弾の雨。ソ連兵が構える銃剣などとは比べ物にならないリーチと破壊力が襲い掛かった。

 血飛沫を挙げ、体を穴だらけにされて、ソ連兵は次々に力尽きていく。

 銃撃から生き延びたソ連兵たちは、次々にやってくるフィンランド軍兵士たちによって銃で撃たれ、銃剣に衝かれ、スコップで殴られて

次々に命を落としていく。そして突入成功から数分も立たずして、動けるソ連兵は誰も居なくなった。

 ソ連兵が排除されたことを、前線のソ連軍将校は即座に察した。しかしここで前進をやめるわけにはいかない。


「損害に構わず前進せよ!」


 そう叫ぶソ連軍の将校。だが次の瞬間、彼は狙撃され頭部を吹き飛ばされた。脳漿を辺りに撒き散らしながら倒れる。

周りの人間が狙撃だと気付いた瞬間、その周辺の人間も命を次々に刈り取られていった。


「は、早すぎる……そ、それにこの精度は」


 次々に斃れていくソ連兵達。この血の匂いが漂ってきそうな凄惨な光景であったが、その光景を満足げに見ていた人間が陣地に居た。


「フィンランド軍に九六式、九七式狙撃銃を売却したのは正解だったな。それに露助の弱体化。参謀本部や情報局の情報どおりだったか」


 真っ白な冬季迷彩服に身を包んだ日本義勇軍の将校の一人は、ソ連軍の様子を思い出して事前情報と実際の強さが一致していることを

認識した。将校の隣にいた兵士は、首を縦に振って将校の意見を肯定する。


「確かに。単に突撃するだけでは……連中、満足に訓練していないんでしょうか」

「可能性はあるな。まぁ我々からすれば吉報だよ。敵が弱いことは好ましいことだ。特に我々陸軍にとっては」


 ソ連を仮想敵とする陸軍にとって、ソ連軍が思ったよりも弱体化していたことは朗報であった。


「九七式狙撃銃の量産、上に具申したほうが良いな。それにこいつもだ。五式小銃も良いが、こいつも中々使える」


 そういうと将校は自身が持つベ式短機関銃――第一次世界大戦後にドイツから分捕ったMP18短機関銃の改良型――に目を落とす。

彼自身、先ほどの戦いにこの武器を持って参加しており、その威力を身をもって理解していた。


「国境警備や将校が持つには十分だろう」


また試製九六式狙撃銃、九七式狙撃銃も戦場で高い戦果を挙げれることが確認した。特に後者は史実の九九式をモデルにして開発され、現在

軍で正式採用されている。ここでデータを取れたのは意味があった。


「開発した連中には感謝しないといけませんね……でも、この説明書は何とかなりませんか? 教本といい、ちょっと恥かしいのですが」

「気にするな。多少、扇情的な娘が描かれていても気にするな。判りやすければ問題は無いんだ……多分」

「はぁ……上の、偉い人たちは何を考えているんでしょうね」


 ミニスカサンタ姿の美少女が色々と銃器の取り扱いを説明している漫画風の取り扱い説明書を思い出し、彼は改めてため息をついた。





 最終的にフィンランド軍の頑強な抵抗で、ソ連軍のコッラ侵攻は多大な犠牲の末に頓挫し、中部戦線はこう着状態に陥った。

北部戦線では第163狙撃師団がフィンランド国内に侵攻したものの、スオムッサルミ村でフィンランド軍に包囲されて孤立させられた。

装備が整った精鋭の第44狙撃師団が救援に向かうものの、日本の早期支援のせいで装備が比較的向上したフィンランド軍によって散々に

打ち負かされて撤退を強いられる始末だった。

 ソ連空軍も必死に支援したが、日本からの支援、さらにスウェーデンから輸出されたサーブJ9戦闘機によって強化されたフィンランド空軍の

防戦によって少なからぬ損害を強いられていた。ソ連軍は手数で押そうとしたが、日本が気前良く(?)売った真空管レーダーや無線機が有機的に

機能し始めると、ソ連空軍も迂闊に攻撃することが出来なくなっていった。

 赤軍の苦戦が明らかになるにつれ、スターリンの機嫌は悪くなっていった。

何しろ相手は人口370万の小国なのだ。それを相手にここまで苦戦するようでは話にもならない。英仏独どころか、日本と戦っても勝てるか

どうかも判らない……そう思えてしまう。

 スターリンをさらに苛立たせているのは、日本海軍遣欧艦隊の存在であった。スターリンはドイツやスウェーデンに色々と圧力を掛けて

日本艦隊が現地に到着しないように画策したものの悉く失敗した。


「あの男め……まさかソ連を日英仏と敵対させて漁夫の利を得る気なのでは?」


 スターリンはヒトラーの態度から、ドイツがソ連の弱体化を図っているのではないかと疑うようになった。

元から猜疑心が強い彼はヒトラーへの不信感を強めていく。しかし不信を抱いたからと言って、ドイツと手を切ることも出来なかった。

フィンランドの問題で英仏など連合、それに米国など中立国との関係は悪化しつつある。ここでドイツまで敵に回せば世界から袋叩きにあう。

それは干渉戦争の再現に他ならない。


「くっ……ここはドイツと手を組むほか無いか。だが見ておれ、この借りは必ず返すぞ」


 赤い独裁者の中に、拭いがたい、ドイツに対する深い疑念、そして敵意が芽生えていく。







 

 フィンランド軍の抵抗でソ連軍が悪戦苦闘を重ねていることは、日本や英国の情報操作もあり、あっという間に世界中に喧伝された。

一般国民は圧倒的兵力で侵略を行うソ連に果敢に戦うフィンランド軍という好印象を与えていた。しかしある程度、情報を掴める人間達は

戦争前からの日本の姿勢から、この情報を冷静に受容れていた。

 そして彼らの関心は、日本から到着する本格的援軍(表向きは義勇軍)に向けられた。情報分析能力が高いことに定評のある日本が差し向けた

援軍、果たしてその実力は……誰もがそちらに興味を持った。フィンランド軍総司令官・マンネルハイム元帥は日本の義勇兵が極寒の地である北欧で

十分に戦えることを知って、新たに到着した日本軍に期待していた。


「日本の支援には感謝しております。貴国の支援が無ければ、我が国もここまで粘ることはできなかったでしょう」


 フィンランド軍最高司令部内の会談の席で、マンネルハイム元帥は遣欧軍司令官・杉山元大将にそう礼を述べた。


「いえいえ、優秀なフィンランド軍将兵の努力の賜物ですよ(リアルでゴ○ゴ13が大勢いる軍隊だもんな〜羨ましい)」

「恐縮です。ところで、到着した日本軍の扱いなのですが……」


 時間が惜しいため、マンネルハイムは直球で来た。


「貴方達には、独立遊撃部隊として活動して頂きたいのです」

「つまり我々には戦場の火消し役となって欲しいと?」

「日本軍将兵が優秀なのは判っています。彼らには、フリーハンドを与えたほうが、戦果を期待できます」


 マンネルハイムは日本軍将兵をべた褒めしつつ、話を続ける。


「ソ連軍は戦車部隊や航空隊を増強しています。恥ずかしながら我が国では全戦線で彼らに対抗できる装備を揃えるのは難しい」

「だから少数であるが、装備の整った我々を使うと?」


 今回派遣された遣欧軍は1個旅団(戦車連隊1個、歩兵大隊1個、砲兵大隊2個、戦闘工兵大隊1個、輜重大隊1個)と2個航空戦隊、

さらに鳳翔の戦闘機隊が主力であった。質の面では選りすぐりであったが、如何せんソ連軍と正面から相対するには数が不足しているのは

否めない。


「そのとおりです」


 マンネルハイムの要請は理にかなったものであった。杉山自身、フィンランドの大地でソ連軍と正面から戦って消耗したくはなかった。

この申し出は好機である、杉山はそう判断した。


(火消し役、独立遊撃部隊か……ふふふ、出番も増えるな。日本の、帝国軍の評判を高めるには丁度良い舞台だ……)


 心の中でガッツポーズをとった後、杉山は申し出を受託することを伝えた。部隊の消耗を気にしていた南雲も、比較的消耗が少なくて

済みそうだと胸を撫で下ろした。

 フィンランド軍最高司令部の決定に基づき、主に豊原に駐留している第15師団から抽出された部隊で構成された混成第51旅団(宮崎旅団)は

即座に南部戦線に送られ、マンネルハイム防御線で遊撃任務に当たることになった。

 旅団長・宮崎繁三郎少将は現地に着くや否や、即座に自分の目で戦場となる場所を確認していった。


「ふむ、確かに参謀本部が15師団から部隊を選抜したのは正解だったな。下手をすれば我々が露助の二の舞になるところだった」


 −40度にもなる極寒の大地にさすがの宮崎も圧倒された。同時に参謀本部が対ソ戦の要である15師団から部隊を引き抜いたのも納得がいった。

もしもこの大地の寒さを甘く見ていれば、大した防寒装備もないソ連軍の二の舞となり、凍傷によって部隊の戦闘力は激減していた。

またカムチャッカや樺太に配備されたことのある人間なら、この極寒の環境にもすぐに慣れて、存分に戦えるだろう。


「驚きました。ここまで日本軍の防寒装備が整っているとは……」


 フィンランド軍連絡将校が日本軍の用意周到さに脱帽した。極東の島国である日本がここまで防寒装備を整えていたのは驚きだったようだ。

何しろ温熱給水用の沸水兼給水自動車や携行式組み立てストーブまであるのだ。これだけ充実していれば驚くのは当然であった。


「我が国も北方でソ連と国境を接していますから」


 宮崎の言葉を通訳が伝えると、連絡将校は納得したように頷いた。


「我が国も見習う必要がありますね」

「そういって頂けて幸いです。我が軍は寒冷地でも戦闘を行うだけの準備はしています。ですが御国の地形や自然環境は特有のものでしょうから

 よろしくご指導をお願いします」


 こうして宮崎旅団は比較的友好的な雰囲気でフィンランド軍と協力関係を築いていくことになる。

 一方で、宮崎旅団の到着を知ったソ連軍はさらなる攻勢に出ることを決断した。何せ開戦以降、あまりに不甲斐無い戦いぶりを演じてきたために

何かしら大きな戦果を挙げなければ自分達の首が危ない。普通の国なら更迭程度で済むが、共産主義国家では文字通り首が飛ぶ。


「日本軍もろともフィンランド軍を撃破するんだ!」


 ソ連軍司令部はそういって前線部隊に檄を飛ばした。そして前線部隊も政治委員の視線が怖いのか、本格的攻勢に出た。

これ以上失敗したら粛清されるかもしないという恐怖が彼らを突き動かした。T−35、T−100など多砲塔戦車多数に、KV−1など新型重戦車

も投入されていたことから、彼らの気合の入れ具合が伺える。

 ソ連軍将兵はこの無敵の重戦車部隊があればフィンランド軍の陣地など簡単に突破できる、そう思っていた。

 だが片方のソ連軍と相対する日本軍将兵も、ソ連軍の戦術の稚拙振りを見て勝てる、と読んでいた。


「連中、歩兵との連携が出来てない」


 戦車部隊を率いる西竹一少佐は、ソ連軍の弱点を見透かした。彼は即座に歩兵部隊との連携を決断した。


「一木中佐、支援をお願いします」


 この無線での要請に、歩兵大隊大隊長の一木中佐は快諾した。彼は戦車連隊が敵と激突する前に、歩兵部隊を展開する準備を整える。


「包囲殲滅戦は男の浪漫だからな……」


 怪しげな笑みを浮かべる彼だったが、部下達はいつもの事、と相手にもしない。ただ、陸軍で主流派と言われている人には変人が多いんだな、と

思いはしたが……。

 日本軍は九七式中戦車8両を押し出して、ソ連軍を迎え撃った。

 日本式T−34と言える九七式は、史実で散々に装甲を撃ち抜かれたことを反省し、砲塔前面95mm、前面75mm(傾斜35度)、側面45mm

(傾斜45度)という十分な装甲と傾斜による防御力を持たされている。攻撃力も65口径76.2mm砲を主砲に採用することで十分に確保されている。

これだけでも史実日本の戦車と隔絶していたが、これに加えて600馬力の液冷エンジン(ミーティア)を使うことで最高速度を49キロに高めていた。


「これならソ連の戦車なんて目じゃないぜ!」


 戦車開発に携わった夢幻会の将兵はそう言って戦車の出来に非常に満足していた。尤も彼らは自分達がソ連軍のライバル戦車(主にT−34)を合法的に

潰していたことに後で気付いて凹む事になるが……。

 何はともあれ日本陸軍期待の星である九七式中戦車は、祖国から遠くはなれたフィンランドの地でデビュー戦を迎えることになった。

 九七式戦車部隊と最初にぶつかったのはKV−1戦車であった。夢幻会の史実資料や情報局の情報収集の結果、日本陸軍はKV−1の細かいデータを

把握していた。ゆえにその対処も容易であった。


「あのデカ物は足が遅い! 煙幕を張って接近、撃破する!」


 九七式戦車は、煙幕を張りつつ6両のKV−1と距離を詰める。勿論、彼らはただ距離を詰めるだけではなく、高い機動性を活かしてKV−1の

側面に回り込もうとする。これに気付いたのか、KV−1の乗員は一両の九七式中戦車に主砲を向け狙いを定める。

 そして若干の間をおいて発射された砲弾の一発が、九七式中戦車の正面に直撃する。しかしその直後、ソ連兵の砲手は硬直した。


「な、こちらの砲弾を弾き返した?!」


 九七式戦車の傾斜した正面装甲が、KV−1から放たれた76mm砲弾を見事に弾き返したのだ。

自軍の戦車砲が通用しない。この事実は、ソ連兵を動揺させた。その動揺に付け込むように九七式戦車は次々にKV−1の側面に回りこむ。


「一時方向、敵戦車、距離800!!」


 車長を勤める西の言葉を聞いて、砲手が照準を定める。


「了解、照準よし!!」

「撃て!!」


 車長の命令一下、76.2mm砲が咆哮した。放たれた砲弾はKV−1の側面を突き破り、行動不能にしてしまう。


「よし、一両撃破だ。次に移るぞ」

「了解!」


 無敵と信じていた重戦車が次々にやられていく光景に、ソ連軍は浮き足立った。

 彼らは慌てて離脱を試みるが、一木中佐によって巧みに展開されていた歩兵部隊が退路を塞ぐべく立ちふさがった。


「メイドインジャパンのパンツァーファウスト、確りと味わうが良い」


 弾幕はパワーだぜ、と言わんばかりに火力の強化にまい進してきた一木にとって、これは晴れ舞台でもあった。

 何しろ彼自身が開発にも携わった九五式対戦車噴進弾のデビューでもあるのだ。


「撃ち方はじめ!!」


 一木の号令の下、和製パンツァーファウストが北欧の地で咆哮した。

 頼みの重戦車部隊がボコボコにされるのを見たソ連軍は慌てて後退を開始する。しかし、それを宮崎が見逃すわけがない。

 彼は即座に追撃に移り、重戦車部隊の後方にいた狙撃師団や軽戦車部隊も撃破していく。それは余りにも一方的な戦いであった。

 勿論、ソ連軍司令部がこの苦戦を座して見ていたわけではない。彼らは可能な限り支援のために航空部隊を出撃させる。

 しかしその彼らを日本軍戦闘機隊が迎え撃った。陣容は加藤中佐率いる九六式戦闘機24機、柴田少佐率いる九六式戦闘機12機。

陸海軍それぞれのエースパイロットの卵というべき人材を与えられた精鋭部隊であった。

 九六式戦闘機も最高速度562キロ、12.7mm機銃を4門搭載し、さらに航続距離2200キロを誇る当時最強の戦闘機であった。

そして、これに対抗できる戦闘機を、ソ連軍はフィンランドに投入していなかった。

 最高速度、武装で勝る日本軍の戦闘機部隊は、I−15やI−16で構成されたソ連軍戦闘機部隊を次々と撃墜していく。

 特に加藤戦隊は1500馬力エンジンに物を言わせ、全力で急上昇した後、ソ連軍編隊の頭上に占位すると、急降下、先制攻撃を開始。

いきなりソ連軍の指揮官機を撃墜すると、乱戦状態に持ち込み、ソ連軍機の半数以上を撃墜してしまう。

 この日本軍の奮戦に刺激されたのか、遅れてやってきたフィンランド空軍も獅子奮迅の働きを見せ、派遣されたソ連空軍部隊は文字通り壊滅。

大した成果も残せないまま、編成表上からの消滅を余儀なくされることになった。


「空軍に続け!」


 空で圧倒的優位に立っていることを知ったフィンランド軍は、地上で反撃に出る。

 日本軍による援護の下、彼らは果敢にもソ連軍の戦車に対して肉弾攻撃を仕掛けた。ある者は火炎瓶を戦車の機関部の排気管めがけて投げ込み

ある者は車体に駆け上がり、抱えていた爆薬を砲塔の死角に押し込んだ。直接戦車を狙わない者は、無限軌道の前に対戦車地雷を放り込んだ。

この攻撃で次々に重戦車群は急停止、爆発炎上していく。

 戦車がやられ、空軍もボロ負けとなり、ソ連軍の士気は地に落ちた。元々士気が低かった彼らは、我先に後退し始めていく。

 それは、ソ連の攻勢が頓挫したことを意味していた。






 破壊されたソ連軍重戦車の残骸は、各国のマスコミによって瞬く間に世界に報道された。

 創意工夫でソ連軍戦車を撃破したフィンランド軍の奮戦や、ソ連軍の重戦車が日本軍の新型中戦車によって一方的に撃破されたことが

報道されるとスターリンは激怒した。同時にこのままソ連軍が不甲斐無い戦いを続ければソ連の威信失墜だけではなく、列強の介入を招く

ことをスターリンは恐れた。

 スターリンは自分に責任が及ばないようにメレンコフを更迭し、別の、それも経験豊富な軍人を総司令官にすることを決断することになる。

 スターリンが苦い顔をする一方で、夢幻会は日本軍の快勝を聞いて祝杯を挙げた。


「赤い熊達をカレリア地峡やコッラ川やラーテ林道で、大量の肥料に変えれたことに乾杯しましょう」


 辻の言葉に出席者たちの多くは同意し頷いた。

 その傍らで嶋田たち、戦闘機重視派は九六式戦闘機が活躍していることに胸を撫で下ろした。何しろここで戦闘機が役に立たなかったら

目も当てられない。


「これで零戦の導入にも弾みが付く」


 この言葉に東条も頷いた。制空権の有無が勝敗を左右することを理解している彼らとしては、新型戦闘機開発と導入は急務であった。


「あと問題はソ連の総攻撃をどう乗り切るか、です」

「確かに。ソ連が本気でフィンランドを押しつぶそうとしたら勝敗は明らか。最悪の場合に備え遣欧軍の撤退時期も考慮すべきでしょう」

「バルト海の安全もです。やれやれ……これでは当面は引退出来ませんよ」


 栄達よりは、快適な引退生活を夢見ていた嶋田であったが、今の情勢が彼の我が侭を許さなかった。


「海軍大臣か、連合艦隊司令長官か、それとも軍令部総長か。選り取り好みですな」

「面倒ごとが増えるだけですよ………宮様の腰巾着と言われるし」

「ははは。出世が早いと、嫉妬も強いものですよ」


 東条の言葉に、嶋田は改めてため息を付く。


「簡単に言ってくれますね。男の嫉妬と言うのは」


 そこまで嶋田が言った直後、緊急連絡が会合の席に飛び込んだ。それはこの場の誰もが予想しなかったもので、そして史実の悪夢を

呼び覚ますものであった。


「張作霖が乗った列車が!?」


 かくして、中国で新たな動乱が幕を開ける。











 あとがき

 提督たちの憂鬱第12話をお送りしました。

 ソ連軍はチートで強化されたフィンランド軍と義勇軍として参加した日本軍にぼこられました。

でもその分、本気を出しそうな気も……次回で決着させたいと思います。あと中国での動乱も細かい説明に入りたいと思います。

投稿掲示板の兵器、使わせて頂きました。アイデア、ありがとうございました。

一応、主な登場兵器の設定を明記しておきます。



九六式艦上戦闘機
全長:9.1m 全高:3.6m 全幅:11.3m
最高速度:562km 航続距離:2200km 上昇限度:1万m
自重:2850kg 乗員数:1名
エンジン:<金星四四型>空冷エンジン1500馬力
武装:12.7mm機銃×4、爆弾250kg搭載可能



サーブJ9戦闘機
全長:8.3m 全高:3m 全幅:11.2m
最高速度:510km 航続距離:1000km 上昇限度:9千m
自重:2280kg 乗員数:1名
エンジン:<金星三ニ型>空冷エンジン1100馬力
武装:13.2mm機銃×2、7.9mm機銃×2、爆弾150kg搭載可能



九七式中戦車 
車体長:6.8m 全幅:3m 全高:2.76m 全備重量:36t
エンジン:<流星(ミーティア)>液冷ガソリンエンジン600馬力
最高速度:時速49km 航続距離:170km 乗員:5名
装甲厚:砲塔前面95mm、前面75mm(傾斜35度) 側面:45mm(傾斜45度)
背面40mm(傾斜40度)
武装:65口径76.2mm砲1、12.7mm機銃1(砲塔上)
   7.7mm機銃1(砲塔同軸)、煙幕弾発射装置8



試製九六式狙撃銃
全長 128cm
重量 5.3kg
弾数10発

半自動化された狙撃銃。二脚装備。7.7mm弾使用と7.62mm仕様がある。



九七式狙撃銃
史実の九九式の経験を基に設計。二脚装備。スコープは6倍率。銃身にクロームメッキ使用。
7.7mm弾使用。ボルトアクション弾数5発
全長 1300mm
重量 3800g



ベ式短機関銃(MP18改)
口径:9mm(パラベラム弾) 装弾数:32発 銃身長:820mm 重量:4kg
発射速度:毎分500発 作動方式:オープンボルト方式・ストレート・ブローバック