ミュンヘン会談の後、欧州情勢は一旦は平穏になったと思われていた。

しかしその影では戦争に向けて各勢力が着々と準備を進めていた。ドイツとソ連はそれぞれポーランドの侵攻を図り、英仏は

ドイツとソ連を噛み合わせることを狙っていた。当初、日本はこの平穏な時に欧州派兵の下準備を行い、大戦勃発と同時にドイツを

潰すつもりだったのだが……その目論見は潰え、準備していた軍備は他の用途に当てることになった。


「……まさか、ここまで持っていくとは」


 遣欧艦隊司令官に就任予定の南雲は、龍驤の格納庫に置かれている機体を見て呆れるように言った。


「上の連中、本当にフィンランドを新兵器の実験場にするつもりなのか?」

「ま、まぁ良いじゃないですか。下手に東アジアで緊張を高めると米国からの投資に影響がありますし」


 参謀長の福留は、周囲を気遣いつつ南雲を慰めた。


「まぁ下手に満州や朝鮮で国境紛争を起こすと、米国の投資家達がリスクを感じて撤退しかねないからな」


 南雲はフィンランドに義勇軍(遣欧軍)として送られる予定の兵器の数々を思い出して、どうすれば効率的にデータが取れるのか悩んだ。

東アジア、特に米資本の出資が著しい満州で緊張を高めかねない国境紛争をすれば、米投資家たちの顰蹙を買い、資本投下に影響が出る。

故に日本はソ連とのイザコザを極力避けていた。ソ連も自国の事情で満州や朝鮮に手出しができないので、満州などでは平穏が保たれていた。

まぁ共産ゲリラが出没するのが問題ではあったが……。


「しかし、これだけの艦と人員を危険に晒すのは、気が進まないよ」


 実際に危険に晒される将兵達のことを思うと、南雲は今回の出兵についてはやや懐疑的であった。


「それにこの艦は簡単にはすり潰せないんだぞ……」


 龍驤は航空工作艦として建造されてはいたが、対米戦争では非常に重要な艦になることを彼は知っていた。

この艦は排水量15200t、搭載機数52機、最高速度28ノット、武装が76mm連装高角砲4基8門、40mm連装機銃6基12門と

かなり豪華であり、内部には部品製造すら可能な規模の設備が備えられている。広い太平洋での作戦になった時、この艦の支援能力は不可欠だ。

おまけに今回は開発されたばかりのトランジスタコンピュータが積み込まれている。この艦が沈んだ時の損害など想像したくない。


「……南雲さん」

「そこは判ってる。この派兵が重要であることは。だがね、日本を敵視するドイツや、不信を抱いている英仏の勢力圏のど真ん中を突っ切るのだ。

 あまりにリスクが大きすぎる。唯でさえ、この艦は機密の塊なのだ」

「だからこそ、艦隊運用に定評がある南雲さんが選ばれたんじゃないですか」

「……期待しすぎだよ。全く。真珠湾奇襲を任された時の南雲忠一の気分を味わっているような気がするよ」

「ですが、辻さんたちが色々と根回しをしています。無謀な試みにはならないでしょう」

「……まぁこういうときには、あの男の能力は有難いよ。多少……いや、かなり黒いのがたまに傷だけど」


 辻は海軍予算を押さえ込む悪の帝王(海軍官僚視点)であったが、非常時で、かつ海軍の味方となったときには非常に有難い存在であった。

しかしその悪の帝王は、この非常時で、さらに悪辣なことを目論んでいた。


「………日本人陰謀論が蔓延りそうなことを」


 夢幻会の席で発表されたフィンランド軍の合法的な強化プランを聞いた嶋田は思わず頭を抱えた。


「唯でさえ疑われているのに、さらに疑われるのでは?」


 嶋田の質問というか異議申し立てを聞いた近衛は即座に反論する。


「だからといって、列強の視線を恐れて何もしないわけにはいかない。それに受身では最終的に歴史の変化に翻弄されるだけ。

 ここは一気に攻めに出るべきだろう」


 積極的に打って出て、イニシアティブを握るべき……軍人である嶋田もこれには頷かざるを得ない。しかし完全に納得した訳ではない。


「……必要経費が嵩みますよ。日本国内でもまだ物は必要でしょう」


 嶋田としては、貧乏国である日本がここまでする必要があるのか疑問であった。確かに日本は豊かにはなったが、大判振る舞いするのは

まだ早い……彼はそう主張した。だがこの主張を辻が退ける。


「向こうに輸出する機材は基本的に中古品です。使い捨てに出来る機材ですよ。日本国内で使い古したものですし、次の設備投資で廃棄される

 ものが多いんです。地球に優しい再利用、エコです」


 中古品の再利用、そういって辻は細かい機材の情報を提示する。嶋田は多少不満は残るものの、次の投資で補充できる上に、支援を行うことで

北欧諸国の国民感情を親日寄りにし、かつスウェーデンなど高い技術を持つ国と交流が堂々と出来るといわれてはこれ以上言いようが無かった。


「……この時代にそんな概念、あるわけ無いじゃないですか。というかそんな発想で支援するとは誰も思わないでしょうね」

「それより、護衛艦はどうなりました?」

「……海軍としては軽空母鳳翔、重巡洋艦妙高、足柄、軽巡洋艦最上、駆逐艦6隻を予定しています」

「戦艦を送れませんか? 金剛型は退役しますし、使い潰せるのでは?」

「戦艦を送るのはインパクトが大きすぎます。下手にソ連やドイツを刺激し過ぎれば制御不能の事態を招きかねません」


 この時代、戦艦という艦は核兵器に相当する戦略兵器であり、伝家の宝刀であった。無闇に行使するものではない。


「最上型は半自動装填装置を取り付けています。連射能力は大幅に向上しており、妙高型2隻と併せればかなりの投射能力を持ちます」

「イザというときは海上から直接支援ができると」

「はい。要塞と殴り合うのは無理ですが、敵地上部隊に一撃を加えることは出来るでしょう」


 この言葉を聞いて、他の出席者がこの編成で良いかどうかを話し合う。そして最終的にGoサインが出る。


「それでは、この編成でいきましょう。冬戦争前にマスメディアへの工作は進めておくので航路については安心してください」

「しかしドイツが引きますか? 独ソ間の秘密協定を遵守するのでは?」

「ドイツについては、重慶周辺のドイツ権益を盾に取ります。ドイツはすでに単独で在中ドイツ権益を保持するのは難しい。

 ここを我が国が保障するとなれば彼らも多少は譲歩するでしょう」


 ドイツは国民党との関係を維持していたが、その連絡線は非常に心細いものであった。何しろ長江、黄河の入り口は日米に押さえられた。

シベリア鉄道を使い、陸路を使って重慶にまで行くのも至難の技。彼らは中国大陸での権益喪失という危機に晒されていた。


「逆に怪しまれませんか?」

「ははは、スウェーデンの技術交流とか、色々と理由をつければ問題ないでしょう」


 歴史が変動していることから、第二次世界大戦勃発の時期もずれるのではないかとの危惧はあったが、暗号解読や現地での諜報活動

の結果、ポーランド侵攻時期については大して変化しないと判断され、そのスケジュールに従って計画は構築され、遂行されていった。





            提督たちの憂鬱  第11話





 1939年9月1日、史実と乖離することなく、ドイツ軍はポーランドへ侵攻を開始。ここに第二次世界大戦は勃発した。
 

「遂に始まりましたね」


 夢幻会の会合の席で、嶋田は顔の筋肉が自然と引き締まるのを感じた。

ここで何か選択を間違えれば日本が破滅しかねない列強同士のサバイバルゲーム、それが開幕したとなれば襟を正さずには要られない。


「取り合えず、ポーランドで失われる予定の芸術品などの幾つかは事前に運び出せたから良しということで」


 世界恐慌の時の荒稼ぎしたように、火事場泥棒で美術品を手に入れられたことを辻は喜ぶ。

一方の嶋田は残念そうな表情を浮かべて言う。


「未然に防げればベストだったんですが」

「まぁ仕方ありませんよ。ここは開き直って、いくしかないでしょう。有象無象の人間の生死より、貴重な文化遺産の確保成功を祝いましょう」

「酷いことを」


 躊躇うことなく『美術品等の工芸品>越えられない壁>ポーランド国民の命』を言い放つ辻の言動に、何人かが顔をしかめる。

しかしここで他国の国民の命の重要性を語る暇など無い。彼らはすぐに頭を切り替える。


「……海軍としては、遣欧艦隊第二陣の下準備をしておく必要がありますね」

「そのとおり。いずれは英仏から支援要請が来る。ここで準備をしておくことに越したことは無い」


 嶋田の言葉に情報部長として辣腕を振るう堀中将が賛同した。情報戦の最前線にいた堀は、この場で一番、欧州情勢に精通していた。


「序盤の内は、イギリス海軍とは言え、苦戦は免れない。ここで日本の参戦を高く売りつけることができれば、見返りは大きい」


 世界恐慌に加えて、日本の金融攻勢でイギリスは史実以上の損害を受けていた。この結果、一部の建艦スケジュールは遅延していた。

おまけに八木アンテナなどの電子技術を日本が囲っているために、レーダー網の整備についても遅れがちであった。

これで本当に英国本土決戦を生き残れるのか………軍人達は不安を覚えざるを得なかった。


「いっそのこと、ドイツと組めばよかったか?」


 冗談半分に東条が呟いた言葉を聞いた辻は、思わず目を剥いた。


「その手の冗談はこの場だけにして置いてくださいよ。ただでさえ反英感情が低くは無いんですから」


 遣欧軍の派遣を断られたことは、政府内部で英国に対する不信と反感を煽っていた。そして第二次世界大戦が起こると「それ見たことか」、

とか「英国のために軍を派遣する必要など無い」といった意見が出る始末であった。しかし連合入りを目指す夢幻会はそういった意見の封じ込め

を図っていた。


「まぁ、話題を戻そう。我らの『盟友』であるイギリス、フランスの苦戦は避けられない、と?」


 伏見宮の言葉に、新たに中央情報局局長に就任した田中隆吉が答える。


「欧州の諜報網から上げられる情報から判断すると、堀中将の分析と同様、連合国の苦戦は免れないかと。

 遣欧艦隊が西方戦役の際に、フランスのガソリンスタンドを事前に爆撃して電撃戦を頓挫させるという手を使うなら話は別かもしれませんが」

「……余りやりすぎると、後始末が大変になる。その方法は無しだ」

「というか無茶言わないでください。下手したら日本に帰れなくなります」


 伏見宮と嶋田は田中の提案をあっさり却下した。


「連合国が欧州から叩き出されることを前提に、遣欧艦隊、及び遣欧軍の準備に取り掛かる必要がありますね。原爆開発もあるのに……」


 やれやれ、と辻はため息をつく。


「原爆開発に必要な資金はどうなっているんです?」

「取り合えずは色々と会計をごまかして資金を集めています。ウランは戦争前に色んなルートで買い集めたので大丈夫でしょう」

「何でそんな面倒なことを?」

「唯でさえ、色々と疑われている日本が大々的にウランを買うわけにはいかなかったんですよ。一応、この時代でも原子力兵器について

 は実現可能と結論が出ているんですから……ここで日本がウランを買い集めているなんて情報が流れたら列強の反応が怖いでしょう?」

「た、確かに」

「偽装工作や他国の原爆開発妨害の経費で情報局に追加予算を出さないといけませんよ。おまけに目の前の冬戦争に必要な予算の確保、続いて
 
 遣欧軍と原爆開発。トドメに陸海軍が推し進める軍備計画……軍需関係の公共事業が立て続けです。全く」

「しかし祥鳳型軽空母、翔鶴型正規空母、それに護衛艦艇は譲れませんよ? 幾ら米国相手に厳しいといっても最低限の軍備がないと。

 国内でもメキシコの二の舞を恐れる声も挙がっています」


 国内の石油資源の国有化を図ったメキシコは、米国によって蹂躙されて、その政策を完全撤回させられた。

メキシコは首都メキシコシティを米軍の軍靴によって踏みにじられ、誇りを徹底的に蹂躙されてしまった。米軍に協力した資本家達や地主達

は旧政権支持者や社会主義者たちへの弾圧を始めている。


「第一次世界大戦に加え、中国やメキシコで見せ付けられた米国の軍事力を見れば、対米戦争が清水寺から飛び降りるよりも無謀であることは

 誰の目にも明らかでしょうに」

「誰でも目の前に縋るものがあれば、縋りますよ」

「それを口実に軍拡を?」

「不安をある程度解消しなければならないでしょう。それに、万が一に備えて最低限の装備は必要です。この先、対独戦争もあるのです」


 嶋田の言葉に、東条が続いた。


「ソ連を牽制するのに予算は要りますよ。あと陸軍も戦車師団や航空隊の整備は譲れません」

「ちょっと、東条さん、幾ら何でも両方は拙いでしょう。まずは制空権確保のための航空隊で、次に戦車でしょう」

「何を言うんです、嶋田さん。我々はいずれは欧州にも行くんですよ。両方必要になるじゃないですか」

「海軍だって巡洋艦以下の艦船の更新、順調じゃないんですよ。あまり分捕られては困ります!」


 限られた予算の分捕りあい……些かに泥臭いが、官僚でもある彼らにとっては避けては通れないものであった。

話し合いが平行線になったのを見て、辻が決断を下した。


「……良いでしょう。それらの予算、認めましょう。その代わり、無駄には使わないでくださいよ」

「……まさか、全額を認める、と?」


 嶋田は恐る恐る尋ねた。


「ええ、全額認めましょう。この非常時では止むを得ません。どうせ、米国は大戦勃発を受けて軍拡を開始するでしょう。

 非常に不本意ですが、ある程度は付き合います。ですが、国を傾けるような規模の軍拡はしないので、そのつもりで」


 辻は海軍の進める第五次海軍補充計画、陸軍の第二次三カ年計画、原子爆弾開発計画(以降G計画)を全面的に承認した。

その後も、彼らは細かい折衝を続けた。そしてひと段落した時、嶋田はぼそっと言った。


「あとは、遣欧軍の奮戦を祈るだけですね……」

「そうですね。彼らには頑張ってもらいたいものです」


 辻は嶋田の言葉に頷きつつ、口の中で小さく呟く。


「これだけ金と労力を使ったんだ。死んでも任務を果たして……いや、死ぬ前に給料の3倍分は働いて貰わないと」








 ポーランドが蹂躙されたあと、世界は再び静寂に包まれた。

連合軍盟主のイギリスは独ソの分断と対立を煽るのと並行して戦備を整える準備に忙しく、その同盟国フランスは絶対の自信を持つ

マジノ線に引篭もった。片やドイツは西方攻勢の準備を押し進めていた。こうして双方共に手を出さない奇妙な戦争が起こることになった。

そんな中、日本はスターリンによって引き起こされるであろう冬戦争への準備に突っ走っていた。冬戦争勃発に備えて、フィンランドに

人員と物資を送る準備を進めていたのだ。


「フィンランドに、行きたいか〜〜!?」

「「「お〜〜!!!」」


 フィンランドへの派遣が内々に告知された夢幻会関係者はそういって気炎を挙げた。

この光景を見た嶋田は頭痛がするのを感じながら、一応突っ込みを入れておいた。


「アメ○カ横断ウルトラクイズのノリで行かないでくださいよ」


 日本は海援隊や陸軍の冬季戦技教育団の将兵を、旅行など様々な口実でフィンランドに事前に送り込んでいた。

全員がノリノリというわけではなかったが、それでもソ連と戦うことになると聞いては陸軍軍人たちは気持ちが高揚するのを抑えられなかった。

何しろ実戦は久しぶりであり、ここで陸軍の存在感を示せば、予算のさらなる増額も夢ではない……かもしれないからだ。

盛り上がる陸軍を他所に夢幻会は「北欧の冬のレジャーの目玉商品」と銘打って、軍用部分をオミットしたスノーモービルを輸出していた。

当初は軍用を輸出する気だったのだが、さすがに軍用そのままを輸出するのはソ連が妨害しており難しかったのだ。ただし軍用備品は現地で取り付ける

ことも出来るので、夢幻会は問題はないと判断した。

これだけでもかなりの規模であったが、それでも夢幻会は満足することなく、フィンランドの梃入れを図った。

彼らはスノーモービルの輸出と並行して、兵器の自給を可能にするために工作機械、飛行場・陣地整備に必要な重機の運搬も密かに開始した。

開戦となった暁には、車両や航空機だけではなく、真空管の対空レーダー、無線機、燃料などが運び込まれる予定であった。

陸海軍は特に制空権維持を重視しており、航空機とその補給用物資の調達を至上命題とした。

軍上層部はこの問題の解決のために外務省、情報省と協力してあらゆる方法を取るつもりだった。


「燃料は海軍に運んでもらうにしてもいつかは不足する。いざとなればバルト海を突破してもらう必要がある」

「現地での備蓄に加えて、補給船団の第二陣を予め用意しておく必要がありますね。高速タンカーを手配しないと」

「それと運び込む航空機の金星エンジンはスウェーデンから調達、と」

「現地企業の生産は間に合うのか?」

「そのための龍驤ですよ。ドイツも中国利権を盾にされれば、小艦隊程度の通過についてはあまり文句はつけないでしょう。

 英国も我が国が共産主義の盾となることには異議を唱えない」


 担当者同士でさくさくと話を進めていく。そこには縦割り行政という文字はなかった。


「………しかし、何かあまりの用意周到さに疑われそうな気もしますね」


 嶋田は乾いた笑みを浮かべるが、杉山は仕方ないでしょうと肩をすくめる。


「それは仕方ない。日本から何もかも持っていくとなるとコストが高いし、消耗戦となると近くから調達しないといけない」

「駐在武官たちからの何かを探る視線に耐える日々ですね」

「……どちらかというと、それは私の仕事」

「………お疲れ様です」


 遣欧軍、厳密に言えば遣芬軍(表向きは義勇軍)司令官とされている杉山に、嶋田は思わず同情した。

しかし本人はそれを全く苦としていなかったようで、ケロッとした顔で言った。


「まぁこれまで陸軍が育ててきた航空隊が、どこまでソ連軍相手に戦えるかを試す良い機会だ」


 陸軍航空隊整備に尽力してきた杉山としては、これまで丹念に育ててきた我が子の晴れ舞台と言えた。

ここで踏ん張らなければ、どこで踏ん張る……そう言って彼は気炎を挙げる。


「少ない予算の中、九一式中間練習機とか整備しておいて良かったよ。おかげで搭乗員については余裕が出来る」

「あと整備兵もですよ。あまり公言したくはないですが、辻さんのおかげで自動車普及が進みましたからね。搭乗員、整備兵双方を

 揃えやすくなりました」

「確かに。航空機の性能は上がっても、乗る人間や整備する人間がいなければ張子の虎だからな……」


 ちなみに性能向上には嶋田も一役買っている。彼は夢幻会の他のメンバーと協力して地味ながらも地道に品質改善に取り組んでいた。

おかげでエンジントラブルは減っており、前線での航空機の稼働率は大幅に向上すると思われていた。


「この世界では誉エンジンを配備しても十分に使えるだろう。ふふふ、『疾風』の早期量産の暁には独軍など蹴散らしてくれる」


 周辺の人間もこの言葉に頷く。この点では誰もが辻の功績について認めざるを得なかった。しかし光あるところには影もある。


「まぁ辻さんの功績については認めますが、ちょっと気になったのが」

「何を?」

「フィンランドに送る遊撃教本なんですが……何故にこんなに漫画、それも萌えを使っているんです?」

「文句ならMMJに言ってくれ。連中がごり押しして、さらに軍内部でオタクを広げやがったんだ。おかげで影ではエロ同人誌が

 参謀本部内で回覧されているとの噂だってある。フィンランドに送る連中がオタク文化を広めないか心配だよ」

「心配しすぎですよ。それに、文化交流には丁度いいのでは? 漫画だとムーミンあたりが受けそうですが」

「……他人事のように言わないでくれ。ちなみにエロ同人誌の作者の一人はそっちの元帥閣下だぞ?」

「すみませんでした」


 嶋田は速攻で頭を下げた。他の海軍関係者は露骨に目を逸らす。居た堪れない空気が場を支配した。


「………それでどうします、綱紀粛正は?」

「実害がないところは放置するしかないだろう。下手に取り締まってさらに裏に隠れられたら面倒だ……まぁこの話題は置いておく。

 前線の指揮は宮崎に任せる」

「宮崎って、宮崎繁三郎ですか?」

「そうだ。実戦指揮は彼に任せる予定だ。能力的にも、部隊の規模で考えれば妥当だろう」


 この言葉を聞いた嶋田は今だ見ぬソ連兵たちの冥福を祈った。


「………ソ連の人的損害が、大幅に加算されそうですね」








 日本の怪しげな動きはソ連も掴んでいた。スターリンはフィンランドに侵攻した途端に日本によって後ろから刺されるのではないか

との懸念を強めていた。フィンランドがソ連の要求を跳ね除けたことも、この懸念を後押ししていた。

しかしここで引き下がるつもりは彼には無かった。


「この動きを放置すれば、干渉戦争の二の舞だ。ソ連の安全を確保するにも、世界革命のためにもフィンランドを解放しなければ」


 スターリンは日本を牽制するために極東軍の戦力増強を図るのと並行して、フィンランドと開戦することを決断することになる。

しかしその動きでさえ、日本の予想通りであったことを彼は知る由も無かった。そしてそれが非常に特殊な嗜好を持っている人間が

関わっていることも。

 変態たちと独裁者によって北欧で暴風が吹き荒れようとしている頃、中国大陸でも新たな嵐の種が撒かれようとしていた。


「同志、その情報に間違いは無いのか?」

「勿論だ。北京の連中から聞き出したことだ」

「そうか」


 中国大陸・華中の一角で、数名の男が密談を繰り広げていた。


「しかし本当にやるのか? 下手にばれたら我々のほうが危ない」

「ここで米帝の傀儡を何とかしなければ、我々はいずれにせよ放逐される。あの男は日帝の、米帝の、資本家達の狗だぞ」


 中国大陸の戦争は、半ば小康状態になっていた。蒋介石は重慶に引篭もり持久戦の構えを見せた。

米・張連合軍はこれまで制圧した地域の維持で忙しく、早急な進撃は望まなくなっていた。ただし米国からより大規模な支援があれば

張作霖が進撃するのは不可能ではなかった。だがここで無理な攻勢に出るほど張作霖も無謀ではなく、今は足元で巣食う共産党や匪賊の

掃討に力を入れていた。


「ここで我らが動かなければこの大陸は奴らの手に落ちる。幸い、漢民族の復権を志す人間は、奴の配下にもいる。我々が手を取り合えば

 この地に中華の栄光を蘇らせることも不可能ではない」


 中華思想、いや、すでに変質してしまい漢民族中心思想となったその思想を持つ者たちは一様に頷いた。


「それでは、奴を?」

「ああ。奴が消えれば満州の連中も混乱するだろう。そして蒋介石との戦いも泥沼化していくだろう。そうなれば我らも動きやすい」


 そして彼らは行動を開始する。










 あとがき

 最後まで読んでくださりありがとうございました。

日本軍の総オタク化は順調に推移しています。このままだと最前線でも同人誌即売会のネタで盛り上がる日も近いでしょう。

あと、冬戦争突入できると思ったんですが、出来ませんでした。すいません。次回こそは冬戦争に突入したいと思います。

投稿掲示板に投稿して下さった色々なアイデアを使わせて頂きました。ありがとうございました。

第二次世界大戦まで遠いです……というか海軍の活躍が……。最上型については、日本版クリーブランド型を想定しています。

次回で冬戦争、そして中国での事件勃発となる予定です。

そのあとにやっと日本海軍の出番が……あるかな。対米戦争まで遠いです(苦笑)。

それと各国軍の弱体化をどうしましょうか。あまり弱すぎるのも面白くないですし……是非、ご意見をお願いします。

それでは提督たちの憂鬱第12話でお会いしましょう。