政治家達の失態による民主政治の権威失墜と軍部の膨張という悪夢を何とか防ぎ、経済成長に乗った日本。

このままいけばいずれは欧米列強に真の意味で並び立てると、日本政府首脳が思い始めた頃、世界は激動の最中にあった。

経済的苦境に喘いでいたドイツやイタリアではファシズムが台頭。そしてスペインでは共産主義勢力が台頭しつつあった。


「このままいけばスペイン内戦は近いですね……まぁ問題は我々にはどうすることもできないことですが」

「世論が介入に積極的なら介入も可能でしたが、好景気に沸く現状で無理に介入はできませんね。せいぜい、義勇軍の派遣が手一杯」

「というか小規模の義勇軍でも、兵站を維持できるのか? 予算は新兵器開発や生産で手一杯だぞ?」

「「「ぐっ……」」」


 夢幻会でも、きな臭くなっている欧州情勢について話し合いが行われるものの、相変わらず寒い懐事情によって積極介入は不可能と

いう結論が早々に下ってしまう。


「九二式の輸出はうまく言っているんだろう? 何で陸軍がこんなにケチケチしないといけないんだ?」


 欧州派兵に備えるために色々と準備がいる陸軍を代表して、真崎が辻に予算をよこせと暗に主張した。


「九七式の開発は行っているでしょう? だいたい九七式は色々とコストが高いんですから文句を言わないでください。

 それに九七式並の戦車を運用するために港とか鉄道とか色々と手を加えざるを得ないんですよ? ふふふ、旅順を初めとした大陸の港の

 能力向上も併せれば幾ら掛かったと思っているんです? ああ、ついでにハーフトラックやジープの開発もありましたよね?」


 史実の九七式中戦車でさえ、日中戦争が無ければ採用されなかった。国力が大幅に強化されたとは言え、T34並の戦車の開発は高い買い物

であることには間違いない。まして『今』は『平時』なのだ。高性能戦車の開発を押し通すのは辻でも骨が折れた。

さらに戦車のみあっても意味が無い。それを運用するためにインフラ整備は必要だった。


「戦車の燃料代も馬鹿にはできないんですよ?」


 笑顔でドス黒いオーラを出す辻。しかし真崎も折れない。これに加えて永田鉄山が援護射撃を行う。


「我々は兵士達の命を預かっているんだ。彼らを欧州の、異国の地で死なせるのなら、出来る限りのことはしておきたい」


 この言葉にさすがの辻も口をつぐまざるを得なかった。そんな辻にさらなる追い討ちが襲う。


「第三次海軍補充計画、金剛型、5500t軽巡の代艦の建造、新型戦闘機の開発もお願いします」

「……言っておきますが、金剛型の代艦は2隻までですよ? 電子技術開発でも金使っているんですから」


 トランジスタの開発、それを利用した電子製品の開発には莫大な金が掛かっている。何せ高純度のシリコン精製だけでも骨が折れた。

ましてそれを量産する体制を整えたのだ。辻としては軍需のみに使うのはあまりに勿体無い……それが本音だった。


「それは呑みます。ですが戦闘機の開発、あと使い勝手の良い巡洋艦の建造については優先的に認めて貰いたいのですが」


 辻は嶋田の要望に顔をしかめる。


「既存の艦艇を使えないのですか?」

「勿論、使い潰すつもりです。ですが現状では後が続きません。下手をすれば英国同様に米国の艦艇の供与に頼ることになります」

「………ふむ」


 この言葉に黙り込む辻。軍が第二次世界大戦へ満足な状態で参戦するために、予算を欲しているのは彼も理解していた。

しかし無闇に軍に予算を与えれば軍の組織を肥大化させてしまう。最悪の場合は戦争。それを避けられても、次は財政破綻の危機だ。

辻は軍事予算の膨張による財政破綻を回避するため、健全な経済成長を実現するために、必死に軍事予算を抑制していた。

軍部も辻の真意を知るが故にこれに協力してきたが、第二次世界大戦への準備を行うには不足していることは否めなかった。


(準備不足のツケを兵士の命で払うわけにもいかない。それにドイツの技術力は侮れない……準備は万全を期す必要があるか)


 企業の買収によって、ドイツの技術の底力を知った辻はドイツの力を軽視できなかった。


(まぁヒトラーを葬っておけばもう少しは楽だった……いや、楽じゃないか。最悪の場合はドイツ共産化でユーラシアに赤い連合出現。

 独ソ戦で消耗していないソ連とドイツを敵にするのは些か骨が折れる……まぁ予定どおりでいくしかないか)


 辻はぶつぶつと言いつつも、最終的には軍事予算の大幅な増額に同意することになる。

さすがの彼も、自身が予算をケチった結果、多くの人間が欧州やアフリカの大地で無為に死ぬことは避けたかったのかもしれない。




 日本が第二次世界大戦での対戦相手と見做していたドイツでは、反ユダヤ感情にあわせて反日感情が高まりを見せていた。

第一次世界大戦で他の列強と共にドイツから多くの富を強奪し、世界恐慌やインフレでは暴利を貪り、さらにドイツ企業を多数買収。

おまけに一部の驕り高ぶった日本人が白人女を買いあさるとなれば、反感を抱かれても仕方が無いだろう。


「忌々しい黄色人種どもめ」


 官邸で日本資本の動きについて報告を受けたヒトラーは、忌々しげに呟いた。


「我が国からあれだけ毟り取っておいて、まだ足りないというのか。中国人といい、全く黄色い猿はユダヤ人よりも性質が悪い」


 ヒトラーの機嫌が悪いのは他にもある。それは中国事情だった。

ドイツは元々、国民党と縁が深い。実際に軍事顧問団を現地に送り込んでいるほどだ。しかしその国民党は現在、危機に瀕していた。

米国の支援を受けた奉天軍閥は北京を含む華北部一帯を支配しており、さらに華南部へ進撃しようとしていたのだ。ドイツの顧問団の

様々な支援で辛うじて戦線は維持されているものの、好ましい状態ではない。

これに加えて中国は日本の工作で国民党主導の統一と近代化への道が急速に閉ざされており、このままではドイツの中国の市場と資源を

親独政権を利用して確保しようという目論みが潰えかねない状態だったのだ。そんな中、中国では日米資本が各地で浸透を続けている。

これが面白いと感じるドイツの為政者などまずいないと言って良い。


「国民党への梃入れはできないのか?」


 この言葉にゲッベルスが冷や汗を流しながら答える。


「ゼークト中将の報告では、国民党は半ば分裂状態にあるとのことです。求心力低下が著しく、民心の離反を招いているそうです」

「………中国の資源と市場は第三帝国にとって必要だ。何らかの手段を講じなければならない。あと日本の、総合戦略研究所の調査を行え」

「研究所をですか?」

「日本人が、独力で発展を遂げられるわけがない。何か種があるはずだ。それを暴くのだ」











                 提督たちの憂鬱  第8話










 スペインでの内戦勃発を予め知っていた日本であったが軍事面では打てる手は多くは無く、殆ど傍観するしかなかった。

ただし内戦勃発を知っていた日本は、予め準備していた物資をスペイン政府に開戦初期に売りつけて儲けた。

英仏の不干渉につけこんで、取引はすべて金貨で決済していた。ちなみに売りつけたのは恐慌の時に米国から安価で買い叩いた自動車や

大陸で売れ残った武器であり、ベニスの商人もびっくりな悪辣な商売振りと言える。


「………総研の連中は未来が判るのか?」


 同時に日本国内でも、総合戦略研究所、略して総研の先読みの力に不信感が抱かれるようになっていた。

国内でさえ、そう思われるのだから、海外ではさらに不信感を抱かれる破目になった。特に米英独ソは総研について細かく調査すると共に

その調査の手を次第に夢幻会そのものへ伸ばしつつあった。


「やりすぎた、ということですかね?」


 急遽開かれた夢幻会の会合の席で、辻はそういってわざとらしく肩をすくめた。これを他の出席者も咎めなかった。


「夢幻会の情報が漏れたか? まぁ設立してから70年近くはたつからな。露見しても不思議ではない、か」

「未来から情報を手に入れているなんて、まず信じないだろう。総研が非常に優秀なシンクタンクで、総研の後ろ盾が夢幻会とすれば良い」

「優秀なシンクタンクか。実態を知ったら優秀(藁)とされかねないところがあれだが……」

「……一応、人材は優秀だぞ? まぁこの国の実質的な権力中枢だから優秀な人材が集まるのは当然と言えなくとも無いが」


 自覚があるのか、皆気まずい顔で視線をそらすが、即座に伏見宮によって議論が再開される。


「総研の未来予測は、まぁ明治維新以後の国民教育や情報分析機関強化の成果とかで誤魔化そう」

「夢幻会は総研設立以来の支援団体ということにしておけばいい。あまり詮索されても困るが、そういう団体なら向こうも納得するだろう」

「しかし未来の情報とは判らなくても、何らかの方法で我々がもつ情報が漏れる可能性がある。これは阻止せねばならない」

「特に原子力関係ですね。米国の原爆開発を遅らせる必要がありますからね。邪魔する準備は整っていますよ」

「「「うむ」」」


 ここで嶋田が突っ込む。


「日本での原子爆弾開発は何時から開始するんです?」

「第二次世界大戦に参戦してからです。連合艦隊をもう1セット揃えられるような予算を捻出するのは戦時でもなければ不可能ですよ」

「しかし辻さん、こちらはある程度作り方が判っているんですから、もう少しは安くできるのは?」

「……予算抑えて事故を起こしたら目も当てられませんよ。必要なものには十分な予算を与えないと失敗します」

「ですが原子爆弾を開発してもそれを目標に投下する能力がなければ意味が無いでしょう。それはどうするのです?

 B29とまでは言いませんが、原爆専用機のようなものを開発する必要があります。これも開発には時間が掛かるのでは?」

「つまり、両者の開発を同時に進めろと」

「可能ならば、です。あまり欲をかかれると通常戦力の予算が削られかねませんし」


 日本ではB29のような超重爆撃機の量産は不可能であった。

しかし小型化して、ICBMやSLBMなどに搭載するにしても今はまだ飛行機からの投下型が主流となる。


「そちらについても十分な予算は回します」

「予算があるんですか?」

「伊達に7年近く世界中から富を毟り取ってきたわけではない、そういうことです。まぁ今でも経済面では毟り取っていますが。

 何しろ軍拡というのは本当に金が掛かりますね。他国が日本と関係ないところで勝手に戦争をしたいなら止めることはしませんが。

 ………まぁ欲を言えばもっとスペインから毟り取りたかったですね。全く惜しいことです」


 そう言いつつも、ニヤリと笑う辻の顔を見て、多くの人間は確信した。


(((こいつ絶対Sだ! とんでもない弩級のSだよ!! というかこんな奴を野放しにしていたほうがやばいよ!!)))


 戦慄する出席者たち。しかし嶋田はもはや辻や伏見宮の奇行(?)に付き合って、彼らに慣れてきていたために、さくさく話を進めた。


「まぁ議題を進めましょう」

「……突っ込まないんですね?」

「もう構わないでしょう。彼は自分なりに国のために仕事をしているんです。それなら任せておきましょう。

 たとえ性格と嗜好に問題があって、奇行に走る人物でも、優秀な働き者には十分に働いてもらったほうが良いですから」

「嫌味にしか聞こえませんが」

「それは辻さんの気のせいです。さて、つぎの議題は米国の動向です。情報局、外務省とも連絡を取り合ったのですが

 どうやら大統領選挙で史実と違う動きが見られます」


 この言葉に出席者達は眉をひそめる。


「ルーズベルトが落選すると?」


 中央情報局局長・土肥原が詳細を報告する。


「いえ、確かにニューディール政策はうまく機能しているとは言いがたいですが、ルーズベルトの支持率は低くはありません」

「では何が?」

「実は副大統領候補が、ガーナーからヒューイ・ロングに代わりそうなのです。どうやら、この世界では暗殺を免れた上に、ルーズベルト

 と袂を分かつことは無かったようです」

「ヒューイ・ロング? ああ、ポピュリズムの……」

「そうです。一部では人種差別主義者と言われている人物です」


 出席者達は「げっ」とした顔を浮かべる。ルーズベルトだけでも厄介なのに、さらに副大統領まで人種差別となると厄介だった。


「支持率が史実よりも低いですから、人気が高いロングを取り込んで人気取りをしようとしているのでしょう」

「いよいよ、歴史が乖離を始めた、ということでしょうね」


 ぼやきの声が響く中、報告が続く。


「中央情報局の分析では、ロングを迎え入れたことでルーズベルトの再選は確実と判断しています」

「外交方針で何か変化は?」

「今のところは変わりありません。副大統領人事が変わったこと以外については変化はありません」

「ふむ……ルーズベルトが倒れるまでは、あと8年以上はあるが……それまでに何とかしないと拙いか? しかし暗殺は論外。

 ということは簡単に日米戦争にならないような状況を作り出しておく必要があるな」


 これ以降、日本はより積極的にワシントンでロビー活動を繰り広げることになる。






 たとえ日米関係が良好であっても、日本海軍の仮想敵はアメリカであった。

故に海軍は対米戦争に備えた軍備を整えていた。勿論、最初から勝てるわけが無いことは誰しも判っていた。

しかしそれでも尚、米国に対日戦争が割が合わないと思わせる程度の軍事力の保持は必要と、海軍軍人たちは考えていた。

その考え方が、組織の膨張を好む官僚達の思想と一致した結果、史実の海軍艦隊派の暴走を呼び、最終的に大日本帝国という

国家そのものを滅ぼす遠因となった。

 そのことを知る人間達は、何とかこの国家の番犬たちに歯止めを掛けようと懸命であった。彼らは反発する官僚達を押さえ込み

何とか軍備を対米6割で我慢させていた。勿論、この軍縮ムードは航空機の分野にも及んでいる。

だが大艦巨砲主義者と航空主兵主義者は共に大人しく軍縮を受容れていたわけではない。前者は条約体制の打破を狙い、後者は艦艇の

出番を奪い去るような新型機の開発を推し進めた。

 特に航空機の分野では未来情報によって、開発が効率化したことで大きな進歩を遂げた。しかしその結果、夢幻会が危惧していた

ような戦闘機不要論が海軍内部で吹き出すことになった。

彼ら戦闘機不要論者は、九五式陸上攻撃機(史実の九六式陸上攻撃機に相当)の高性能振りに過信し、爆撃機に中々追いつけない戦闘機など

不要と声高々に主張した。九六式戦闘機の登場で戦闘機不要論はある程度抑えることには成功したものの未だに不要論は根強かった。

特に航空主兵主義者たちは、大艦巨砲主義者と目される伏見宮や建軍以来のライバルである陸軍が戦闘機隊の派閥に肩入れしていることに怒り

さらに身内である戦闘機パイロット達を裏切り者扱いして攻撃する始末であった。

 この事態を打開するべく、嶋田は大幅なショック療法を行わざるを得なくなった。

具体的には鼻高々になっている爆撃機パイロットたちの自信を木っ端微塵にするために実戦訓練を、それも開発したばかりの電探まで使った

防空訓練を行うことにしたのだ。

 攻撃側は九五式陸上攻撃機で編成される山本自慢の航空部隊。防御側は九三式戦闘機(最高速度400キロの複葉機)であった。

勿論、相手が九六式を出さないことを知った山本は嶋田に舐めているのかと会議の席で食って掛かった。


「これはどういうことだ!!」

「決まっている。勝つ自信があるからだよ。正面戦力だけが決定的な戦力の差ではない、そういうことだ」

「何?」


 あまりに不敵な笑いをする嶋田を見て山本は唖然とした。しかしすぐに我に帰ると嶋田同様に不敵な笑いを浮かべて言った。


「ふん、なら見せてやろう嶋田。俺達、海軍航空隊の力を」


 自信満々の山本。しかし彼の自信は実戦訓練によって木っ端微塵に打ち砕かれることになる。




 九五式陸上攻撃機は、目標となった基地へ攻撃を図る。しかしその編隊の存在は直ちに電探によって探知された。

また基地周辺に幾重にも設置された防空監視所から電話や無線で正確な位置と速度が齎される。そして集められた情報は基地司令部に

集められる。


「該当空域を担当している戦闘機隊を向かわせろ」

「了解しました」


 嶋田の指示が伝えられると同時に、地図上に敵爆撃機を示す駒が置かれ、それに向けて戦闘機を示した駒が動かされる。


「BOBのやり方……現時点では、ややチートだが仕方ないか」


 防御を担当する嶋田は哨戒網構築、情報処理について史実の大戦のやり方にならっていた。


「まぁいい。とりあえず勝てばいいのだ。勝てば……」


 正確な情報によって誘導された戦闘機隊は優位な体制から九五式陸上攻撃機(以降、九五式陸攻)を攻撃できた。

さらに彼らは嶋田や東条が推し進めた無線による連携を行うことで、迎撃がより効率的に行われることになった。

そんな彼らに九五式陸攻の編隊はいいようにやられてしまう。それは、日中戦争で複葉機によって九六式陸攻が次々に撃墜された

光景の再現であった。

 普通ならここで引くのが当然であったが、九五式陸攻の指揮官はそうはしなかった。彼らは普段日ごろ、戦闘機不要論をぶち上げ

戦闘機パイロットを嘲笑してきたのだ。ここで引くわけにはいかなかったのだ。

しかしそんな彼らを予備兵力として温存されていた戦闘機隊が誘導に従って襲い掛かった。かくして大勢は決した。


「攻撃側が全滅だと………」

「そんな馬鹿な……」


 山本と大西は、この結果に呆然となった。

源田は即座に前線指揮官の指揮が拙かっただの、搭乗員が未熟だったからだだの、とすぐに前線の人間に責任を転嫁し始める。

まぁ前線指揮官の指揮が悪かったのは否定はできないところであったが、そんな指揮官を宛がったのが誰だかを彼は忘れていた。

そんな彼らに嶋田はきっぱりと言った。


「複葉機によって九五式が全滅するんですから、制空権確保のために戦闘機隊の維持と拡大は必要不可欠、これが結論です。

 戦闘機の搭乗員を他のものに転向させるのは不可ですよ」

「「「くっ………」」」


 かくして三人の持論であった戦闘機不要論は木っ端微塵に打ち砕かれた。

一方的な敗北を喫したことで、源田や大西といった戦闘機不要論者達はその影響力を大きく減衰させた。

 主導権を得た夢幻会は、演習結果を元に戦闘機による制空権確保を目指し、戦闘機の開発を大々的に推し進めていくことになる。

陸上攻撃機については、今回のように大量に撃墜されたら、多数の搭乗員を一気に失うとのことで、今後は機体を小型化するなり、防弾を

強化するなどして少しでも損害を減らす方針が採られるようになっていく。

 一方で、今回の戦訓から早期警戒網の構築の必要性が証明されたことで、海軍は本格的に防空体制を整えていくことになる。

勿論、防空の重要性から第三次海軍補充計画で建造する伊吹型戦艦は高角砲を増やすなど防空力を重視する方針となった。

さらに対空兵器の強化のためにスウェーデンと交渉して金星エンジンと引き換えにボフォース40ミリ機関砲を入手することになる。








 海軍の第三次海軍補充計画、陸軍の三ヵ年計画が承認されると、日本は第二次世界大戦に備えた軍備増強路線にシフトした。

各地の軍需工廠では久しぶりに活気に包まれ、軍の基地では訓練が厳しくなっていく。特に海軍は電探やボフォース機関砲の装備などで

相次いで艦艇がドック入りするのと平行して、呉と長崎では金剛型の代艦である伊吹型の建造が開始される。

これまでの軍縮モードを一気に吹き飛ばすような景況であった。

勿論、日本の真の目的を知らない米英は、日本陸海軍の急速な軍備拡張路線に不信を抱く。特に日本によって何度も出し抜かれる失態を

犯した米国では、日本が何かしらの、深遠な目的があって軍備の増強を行っているのではないかと勘繰った。

ホワイトハウスでは日本のこの動きについて協議がなされていた。

 
「急速な軍備増強か……日本め、今度は何を考えている?」


 二選を果たしたルーズベルトは、日本の一連の動きが記された報告書を読んで唸り声を挙げた。

ルーズベルトは人種差別主義者であったが、差別しているからといって日本を不当に評価することもしなかった。


「何をするにせよ、奴らの狙いを知ることが必要だ。我々は無知であってはならない」


 この言葉に他の出席者が頷く。情報というものが如何に重要であるかを、誰もが理解していた。


「さらなる調査を命じます」

「頼むぞ、ハル。奴らの動きを知るために少しでも情報が欲しい」


 国務長官コーデル・ハルはルーズベルトの言葉を聞くや否や、すぐに頷いた。


「はい。お任せください」


 その言葉を聞くとやや安堵したかのようにルーズベルトは肩の力を抜いた。

だが完全に安堵しているというわけでもなかった。


「それにしても、まさか日本がここまで手強いプレイヤーだったとは思いもしなかったな」

「はい。彼らの政策に乗ったせいで、こちらは大陸に深入りせざるを得ませんでした。さらに満州から安価な製品が流れ込んでいる

 せいで国内の製造業は国外生産を重視するところが増えています。また日本製品そのものが質も向上しています」

「我が国が無理やり国際社会に日本を連れ出したのは重大な誤りだったのかもしれんな………」


 日本の産業の状況を記した書類を見ると、これが近代化して70年程度の国なのか、そう思えてきてしまう。

整備された交通インフラ、年間生産量が2000万tに達した粗鋼生産能力、倉崎、三菱などを中心とした優秀な航空産業や自動車産業。

金融も優秀なのは、これまでの経緯からも明らかだ。米英は確かに日本へ色々と支援したが、ここまでなるとは思いもしなかった。


「我々は自分の手で、自分の手に噛み付くかもしれない存在を育てているのだ。全く馬鹿げた事だ。ふぅ……中国の状況は?」

「華北は奉天軍閥の支配下にあります。華北政権といっても良いでしょう。中国海軍も海軍基地の建設に続き、水雷艇、潜水艦の配備が

 予定されています。3年以内には巡洋艦の運用を可能にします」

「ならいい。東アジアに地域覇権国を作るわけにはいかない。分断していがみ合わせておかないと、我が国にも牙が向けられる。

 そんな事態はなんとしても避けなければならない」

「ですが、最近は張作霖の態度が大きくなっています。我が国の支援があるとはいえ、やや調子に乗りすぎていると思いますが」

「我が国に都合が悪いのなら退場してもらうだけだ。後釜の候補は?」

「息子の張作良を含む数名が候補に挙げられています。如何しますか?」

「そうか………まぁ今はまだいいだろう。奴にはまだまだ利用価値がある」

「判りました」


 ハルがそういって、2人の会話は終わった。ハルは仕事に戻りますと告げて執務室から出て行く。

しかし扉を閉じてすぐに室内から何かが倒れる音がした。


「?」


 ハルは不審に思って、再び、執務室の扉を開けた。そしてその直後、彼は硬直し、そして驚愕した。


「閣下?!!」


 彼の視線の先には、執務机の上に倒れこんでいるルーズベルトの姿があった。

フランクリン・D・ルーズベルト倒れる………夢幻会すら予想できなかった、歴史の変化が起こった瞬間であった。











 あとがき

 拙作ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。提督たちの憂鬱第8話をお送りしました。

スペイン内戦を予想して、金を毟り取っていた日本でしたが、ついに日本の予想を超える事態が発生しました。

まぁある意味で、日本というか夢幻会が心労をルーズベルトに与え続けた結果なんですが……。

さて、次回はルーズベルトが倒れたことによる歴史の変化と、第二次世界大戦勃発までを予定しています。

やっと大戦に入れます……それでは提督たちの憂鬱第9話でお会いしましょう。