アメリカの株価の大暴落に端を発した世界恐慌は世界各国に多大なダメージを与えていた。

多くの企業が倒産に追いやられ失業者、自殺者が急増した。さらに労働争議も多発。資本家達は財産を守るために神経質に

ならざるを得なかった。そんな中、日本は米国投資家や米国企業に提携を申し込んだ。


「うちに投資しないか? 勿論、色々と優遇するよ?」


 この誘いに、当初は多くの人間が躊躇した。何しろ、この不景気のご時勢に新しく投資をするのはリスクが高い。

しかし日本は人件費が安く、労働者の品質もそれなりに高い。そして近くには大消費地と目される中国があった。

中国に直接工場を作ろうという動きも無くは無かったが、彼らは上海での暴動やインフラの状態を見る限りはリスクが大きいと判断

して、比較的安心できる日本を選んだのだ。さらに日本陸軍が作ったコネクションもこれを後押ししていた。


「日本陸軍は機械化に興味を持っている。それに鉄道網の整備も盛んだ。これを利用すれば利益を吸い上げられるのではないか?」

「満州には文盲の多い中国人と朝鮮人を使って農場と簡単に棄てられる組み立て工場を作ろう。必要な部品は日本で作ればいい」

「日系移民を見る限り、彼らは上のものには従順だ。本国の人間よりかは扱いやすいだろう」


 アメリカの投資家や企業は日本のラブコールに応じるかのように次第に日本、そして満州への投資を増加させていった。

この投資や提携によって日本では工場が建設され、機械設備が更新されていった。日本で作られた安価である程度品質が確保された製品

は満州に輸出され、さらにそこで組み立てられて各地に流通していった。

 一方、投資される側の日本もただでは転ばなかった。工作機械の国産化、工業規格の統一の推進などを推し進めて工業力強化を図った。

日本はスポンジが水を吸い取るかのように、新しいものを次々に吸収して、成長していった。それを知る人間たちはあまり日本を大きくする

のは問題があるのではないか、と危惧したが、日本と満州が齎す利益が大きくなるに連れて、目先の利益に目がくらむ人間が増えていく。


「問題だな」


 共和党のフーバーを打ち破って大統領になったフランクリン・デアノ・ルーズベルトは、現状を聞いて忌々しそうに呟いた。

ホワイトハウスの大統領執務室にいた人間たちはこの声を聞いて遠慮がちに反論する。


「しかし極東の利権は旨みがあります。大恐慌に喘ぐ資本家達を押し留めることはできません」

「判っている。だがあまり資本が海外に流出しては、ニューディール政策にも影響が出る。それに悪戯に日本に利する投資をするのは、な」

「日本が脅威となると?」

「ワシントン会議で、世界恐慌で我々を出し抜いた連中が脅威ではないとでもいうのかね?」

「………」

「まぁ気が利く連中であるのはわかるがね」


 彼は自分が大統領になる前に三菱や倉崎などの日本企業の関係者が持ってきた貴重な切手のことを思い出す。


「だからこそ気を抜くのは禁物だ。奴らは悪知恵が働く。野放しにしていたらモンスターとなるぞ。危険な獣は封じ込めておくに限る」

「と、いうことは日英同盟の分断と対中支援を強化すると?」

「そうしてくれ」


 そういうとルーズベルトは溜め込んだ疲労を吐き出すかのようにため息をついた。


「大丈夫ですか、閣下?」

「多少、疲れがたまっているようだ。今日はもうそろそろ休む」


 史実以上に疲弊した米国を立て直すべく東奔西走しているルーズベルトの体は、史実以上のストレスに晒されていた。





 日本が大陸への軍事力による干渉をできるだけ抑えて深入りを避けるのと対称的に、米国は大陸へ深入りしていた。

米国は満州で経済面の主導権を握るだけでは飽き足らず、政治面の主導権そのものを奪取しようとする貪欲な姿勢を見せていた。

日本陸軍と繋がり、中国の事情を良く知る人間達はこの姿勢に危惧を示していたが、史実以上の恐慌で苦しむ米国はその慎重論を聞く

者が少なかった。


「米国はやはり米国か。全く強欲過ぎる」


 関東軍司令部の執務室で、諜報部の報告を見た東条はため息をついた。


「張作霖も、米国の誘いにほいほい乗りやがって。ああ、もうあの男は……まぁ米国の資本力を見れば、強気にもなるか」


 満州、特に南満州鉄道沿線地帯には、米国資本が多数進出し賑わいを見せていた。油田の発見もあって、満州には東洋有数のコンビナートが

形成されつつあった。さらに米国は大規模な農園の建設さえ計画していた。

 この計画のために日本企業には多数の機材が発注され、さらに満州にも合弁工場の建設が予定されている。だが、一方で米の資本家達の

手によって満州の基盤の整備が行われるに従い、張作霖率いる奉天軍閥が著しく強化されていたのだ。さらに米国の支援で大規模な軍需工廠

が建設されると彼の鼻息は荒いものとなっていた。

 鼻息が荒くなる奉天軍閥に対して、予算不足になく日本陸軍は九二式、八九式戦車や、沿線警備のためのトラックやバイクを配備している

程度であった。おまけに車両の数が少ないので警備には騎馬を重用している有様だ。


「北満州は実質ソ連の影響下だから、簡単には暴走はしないと思うが……」


 懸念を抱えると同時に、東条はこれを利用して予算を取れないかを考え始める。


「大陸で戦うには戦車や砲兵、ハーフトラックが欲しい。歩兵の火器強化もいるが、特に戦車がな。九二式の改良型だけだと不安だし。

 しかし八九式の量産は無理だし、九七式の前倒しが……やっぱり無理か。安上がりでできるとしたら航空戦力と地上戦力の連携強化か。

 畜生、海軍の連中め、こっちだって苦労しているのに、新型空母を建造しようとは……」


 そう呟いたあと、東条は不景気と資金不足に悩む中小企業の経営者のようにため息をついた。


「はぁ〜。一応、保険のために、海軍の砲を借りれるように根回ししたほうがいいか。旧式高射砲でも戦車に載せたり、野砲に

 すれば戦力にはなる……まぁ参謀本部の石頭連中を納得させないといけないが、まぁその辺りは東京の連中の奴らにやらせよう。

 たまには苦労を分かち合ってもらわないとな」


 彼はそういうと必要な書類の作成に取り掛かる。しかし今後のことを考えると幾らでも愚痴が出てくる。


「やっぱり愚痴を言える相手が欲しいなぁ……無線機のネットワークの整備を辻にせかすか。民需で需要が生まれれば弱電分野でも

 技術の蓄積が可能だし。ふん一石二鳥だな。ああ、あと正体がわからない様に変声機が欲しいな。コ○ンの蝶ネクタイみたいな奴が。

 ……今度、技術関係の人間に言っておくか」


 かくして技術分野の人間の仕事がまた一つ増え、辻は通信網整備のために色々な部署と折衝するはめになるのであった。










                  提督たちの憂鬱     第7話







 大陸情勢が緊張の度を増していた頃、日本では夢幻会が設置した海軍省の特別室で、公表されることの無い戦いが繰り広げられていた。

そこでは多数の屍が築かれており、そこが如何に激戦が行われているかを示していた。


「お、俺はもうだめです。あとはお願いします」

「死ぬな、嶋田!!」

「そうだ、ここでお前が倒れたら!!」

「ダメだ。もう意識が……」


 そう言うや否や嶋田は机に沈んだ。


「嶋田ぁあああ!!」


 号泣する同僚達。ある意味でノリノリである彼らに、嶋田は冷静に突っ込んだ。


「……何で同人誌を作らないといけないんですか。というか寝かせてください。いや、本当に冗談じゃないですよ」


 その言葉に伏見宮が冷静に突っ込む。


「お前が提案した文化祭のせいだろう。陸軍だって色々とやっているだから、こっちも相応のものを出さないと拙いだろう」

「……何で将官まで同人誌出品しないといけなくなったんですか。あれは学生が中心のはず」

「………ははは、ああ、それは去年、私が試しにこっそり出品したせいだ。いやぁ評判が良くてな」

「あんたのせいかぁああああああ!!」

「はっはっは、この場では、わしのことは『フシミン』でいいぞ、ペンネームだし」

「呼べるか!!」


 そういうと、嶋田は再び机に突っ伏した。


「あの人、あんなキャラだったか? すでにキャラブレイクってレベルじゃないよ?」


 嶋田の呟きに、南雲が達観した表情で答えた。



「……人生を楽しんでいるんですよ。この世界では楽しみが少ないですから」

「人生謳歌し過ぎだろう、JK……」

「気にしたら負けですよ。というかここは開き直らないと」

「そうですか………ふふふ、本当に、誰かこいつら止めてくれ。もう疲れた。あと、せめて栄養ドリンクをくれ」


 ぐったりした様子で嶋田は話を続けた。


「というか、第二次ロンドン軍縮会議はどうするんです? もうそろそろ始まると思いますが」

「そのままロンドン軍縮会議の中身を更新して兵力バランスを維持する。まぁ現状維持だ。イギリスが主張する質的制限はあまり

 好ましくないし、全体の兵力を2割削る米国の提案を呑んだら、省内の不満がさらに高まる。無難な落し処でいくしかない」


 伏見宮はそういって同人誌の作成に取り掛かる。


「量については主張しないと?」

「今、対米で7割あっても、米国が本気を出せば10対6が20対6になるのは目に見えている。

 それなら量にこだわっても意味は無いだろう。戦時に備えて基地航空隊と早期警戒網の構築をしたほうが効率がいい。

 特に電探による警戒網整備には金が要る。正面装備だけ充実させても意味が無いのは史実でも証明済みだ」

「……暫くは赤城型2隻、飛龍型2隻の4隻体制ですね。翔鶴型がでるのは何時になることやら」

「辻に海軍補充計画の原案の大半を容認させただけでも奇跡と言えるからな……」


 新設計の2万トン級空母である飛竜型。その建造費用は艦載機を含めば、超甲巡より高くついた。

維持費となれば目もくらむ金額となる。それを何とか辻に容認させた反動が、この同人誌製作だった……かもしれない。


「まぁ史実のように経済が破綻しないためにも、色々と工夫するしかないだろう」

「問題は史実を知らない人間が納得するか、です。戦闘機無用論さえ展開する連中がいる始末ですから……」

「それはそっちで何とかしてくれ。そのために空母の艦長になったこともあるんだからな」

「……あの気性の荒いヤ○ザみたいな連中を納得させろと?」

「給料のうちだよ」

「………了解しました」


 嶋田はサメザメと泣きつつ、「ああ、また胃が痛くなる」とぼやく。


「問題は米国による日英分断工作ですね。どうします?」


 南雲の問いに伏見宮は渋い顔をする。


「できるだけかわすしかないだろう。下手に英国との関係を分断されたら史実の二の舞だ」

「しかし海軍省の一部では対米協調を目指すのなら、日英同盟維持は目的にそぐわないのではないかとの声もあります」

「連中には日米関係で必要以上に卑屈になるつもりはないと伝えろ」

「海軍内部の意思統一だけでも大変ですね」

「全くだ。楽しみがなければやってられんよ。まぁ辻のように仕事を趣味にできれば話は別だろうが」

「ああいう風にはなりたくはないですね」

「ふむ」


 海軍はあっさり軍縮条約をそのまま締結する方針を採ることになった。

勿論、海軍内部には軍備拡張を目論む人間が多数存在したが、史実のように東郷や伏見宮が味方しなかったために求心力に欠けた。

この結果、艦隊派は夢幻会を中心とした条約推進派に押し切られてしまう。

 夢幻会は条約反対派を押し切る一方で、史実では条約を巡るゴタゴタで予備役に放り出された堀など多数の提督を自陣営に引き込んだ。

しかし仮想戦記で海軍良識派の定番である米内、山本、井上の海軍左派トリオに対しては具体的アクションを起こさなかった。


「堀さんを引き込むとなると、海軍左派トリオも引き込むんですか?」


 この人事を不審に感じた嶋田の質問に、人事権を握る大角は首を横に振る。


「米内についてはこちらに引き込むつもりは無い。日中戦争のときの対応、ロシア・ソ連の駐在時代のこと、色々と黒い噂もある」

「親ソ派、いえソ連と繋がっているということですか?」

「日中戦争を強引に拡大させたのに戦犯の指定さえ受けなかったんだ。怪しすぎる……もしソ連と内通しているのなら史実の奇妙な

 事象の多くが理解できる」

「しかし高木や前田のように共産主義思想の持ち主とも思えませんが」

「単にハニートラップに引っかかったのかもしれんが注意は必要だ。下手に要職につけて日中戦争と同じようなことをやられたら

 目も当てられない。あの男には反夢幻会派の人間を集めさせる。あれも担ぎ上げられればそう動くだろう。

 最悪の場合は米内と博打好きの山本には纏めて消えてもらう。高級将校のポストの空きが二つ出ると思えば問題ないだろう」


 あっさりとんでもないことを言う大角を見た嶋田はドン引きした。


(こ、この組織でまとも、というか白い奴はいないのか。どいつもこいつも真っ黒じゃないか……)







 日本が日英同盟を機軸とし、対米英協調外交を推進したものの、米英はそれぞれの思惑を持って動き出していた。

米国は日英の分断と米中による日本包囲、そして東アジアへの更なる進出を目指し、英国は日米を争わせ自国の利権を守ろうとしていた。

米国はこの戦略に基づいて日英同盟の解消を主張し、英国は日本と協調する振りを見せつつ、日本を矢面に立たせようとした。


「日英同盟がある限り、現状の兵力バランスは著しく不均衡なものだ! 日英同盟は解消されるべきだ!!」


 米国は軍縮会議の席で日英同盟の解消を強引に主張した。これに対して日本と英国はこれに頑強に抵抗した。


「それなら日米英で三国同盟を組めばいい。我が国は米国が同盟に加わるのなら喜んで迎える用意がある」

「英日同盟は別に米国と戦うための同盟ではない。二国の国益を守るためのものだ。解消する理由は無い!」


 しかし米国は譲らない。


「日英同盟を維持するのなら、我が国の保有量を日英あわせた量がいる」

「そんな無茶な」

「それに我々は日英同盟をただ解消しろといっているわけではない。米英仏日による四ヶ国条約を結び、双方の領土を尊重すればいい」


 日英関係に楔を打ち込みたい米国は様々な方法で揺さぶりをかける。

英国には同盟を解消しないなら第一次世界大戦で貸した資金の返済を求めるといったり、英連邦諸国の有力国であり、米国の隣国である

カナダを使って揺さぶりを掛けた。

 一方の日本も負けてはいない。日英同盟が解消されることで危険度があがるオーストラリアやニュージーランドをダシにして英国に

同盟継続を呼びかけた。さらにこれまでの同盟によって英国の受けたメリットや、米国の中国への過度の干渉を前面に出して交渉に当たる。







 第二次ロンドン軍縮会議でのゴタゴタは即座に日本にいる夢幻会メンバーにも知らされることになった。


「アメリカに梃子摺っているようですね」


 ふう、とため息をつく辻。


「梃子摺っているようですね、では済みませんよ。どうします?」

「それを考えるのに集まったんでしょう、嶋田さん」

「まぁそれはそうですが……実際、何か打てる手ってあるんでしょうか? ここまで米国が頑固だと打てる手が思いつきません」


 これに夢幻会の出席者たちも渋々同意する。


「このままでは条約派内部でさえ、軍縮条約重視派と日英同盟重視派で分裂する可能性さえあります。

 さらに野党の中には日英同盟解消を政局に利用しようとする者もいるようです。与党内部でも主導権争いの気配があります」


 軍情報部の重鎮に据えられた堀の状況報告に、多くの人間は頭を抱えた。


「国難のときだというのに……これでは政治家達にはいつまでも統帥権を渡せないな」

「各省庁の人事権も、だ。人事権を政治家、いや政治屋どもにうっかり渡したら、とんでもないことになるな」

「そんなことはあとだ。それよりも、今はこれをどうするか、を考えるべきだろう」


 この伏見宮の言葉によって会議は本題に戻る。しかしそれぞれの立場からの主張で中々意見は纏まらない。


「問題は日英同盟を維持したとしても、引き換えに米国との関係悪化は避けられない。そうなれば満州経営で支障が出る。

 経済的には英国との同盟の解消は止むを得ないのでは?」

「日英同盟によって我が国は、英国からある程度、先進技術の入手ができるのだ。それが絶たれればドイツと連携せざるを

 得なくなる。そうなれば史実の二の舞だ」

「それに日英同盟がないとなれば、大陸問題で米国に何もいえなくなる。深入りするつもりはないが介入が不可能になるのは拙い」


 これらの主張を聞いていた辻だったが、さすがの彼も全員を納得させるだけの意見はなかった。

そんな中、嶋田はふと、あることを思いついた。


「いっそのこと時間を稼ぐか……いや、しかし」


 この言葉を聴いた辻は、「何か意見があるんですか?」と嶋田に発言を促す。


「ああ、はい。え〜基本的に日英同盟を解消することにすればいいと思うんです。ただ即座に解消というわけではなく、第二次世界大戦

 勃発の直前まである程度引き延ばします。この時期になれば、一国でも味方が欲しい英国は日英同盟を解消するとは絶対に言えない筈です。

 解消されていたとしても、親英国である我が国は連合国に入れます。米国も欧州情勢が緊迫すればそこまで文句は付けれません」

「なるほど引き伸ばし戦術か。それならある程度、筋は通る」


 大半の出席者は賛同する。しかし中には納得できず突っ込みを入れる人間もいた。


「しかし解消が決定されるとなれば大陸経営で支障がでないか?」


 これに辻が答える。


「大陸経営では、英国が推進する貨幣制度改革にうまく口を挟めれば影響力は残せます」

「米国が煩くないか?」

「表向きは同盟解消を呑むのです。その程度は黙らせることはできるでしょう。反日運動の抑えこみは中国の内戦を利用します」

「内戦を?」

「ええ。反日運動の背後には中国の民族資本があります。彼らは日本の進出が自分達の害になると思っています。

 だったら、日本の進出を容認することが自分達の保身に繋がると思わせればいいのです」


 ここで辻の真意を察した真崎が驚きの声を挙げた。


「辻、貴様、まさか!!」

「お察しの通り。ソ連と中国共産党を利用します。嶋田さんが仰ったように押してだめ、引いてもだめなら、横にずらすんです」




 夢幻会は方針を受けた日本代表は、軍縮会議の交渉の席でこれまで主張してきた日英同盟の維持を撤回した。

ただし、同時に即座に日英同盟を解消するのは難しいと主張し、日英同盟は1938年までは維持することで妥協するように米国に

求めるようになった。米国は軍縮条約締結後、間を空けずに同盟を解消することを求めたが、最終的に米国は折れざるを得なかった。


「これで東アジアで、我が国は優位に立てるな」


 やや不満は残るもののルーズベルトはにやりと笑い、さらなる日英分断工作と、東アジア進出を命じた。

これを受けて米国は張作霖率いる奉天軍閥にさらなる支援を行い、中国統一、そしてそれによる米国の市場の拡大を図るようになる。

勿論、英国も黙ってはいない。英国は日本と組んで華南で通貨制度改革を実施して、経済面で華南を強化し同時に英国経済圏に取り込んだ。

また日英は蒋介石に大量の武器を売りさばいて大量の銀を手に入れた。日本も英国ほどではなかったが、ある程度の利益を得ることができた。

日本はためた資金を、国内投資につぎ込み、国内の開発を加速させていった。

 東北の貧農対策として八郎潟の干拓も大金をつぎ込んで推し進めた。莫大な金が掛かるとして反対意見も少なくなかったが、辻は貧困を無くす

ことが国家の安定に必要であると主張して、各部署を説いてまわってこれを実現させたのだ。


「少しぐらいは、軍事予算を……戦艦の改装くらいは」

「次は陸軍ですから、海軍は後回しですよ? 航空機の予算くらいは出してもいいですが」


 辻の言うとおり、第二次海軍補充計画を実現した海軍の次に予算を振り分けられたのは陸軍であった。

来るべき第二次世界大戦に備えて、陸軍は火器の強化を図った。自動小銃、対戦車バズーカなど携帯火器の開発と生産を行う一方で、戦車の

強化も推進した。日本版T34である九七式戦車はあまりにコストが掛かりすぎるとして、陸軍は九二式の改造を推し進めたのだ。

陸軍の戦車開発班は自走砲にしたり、装甲車にしたりと、陸軍はこの九二式を次々に魔改造していくことになる。

陸軍中央が色々と戦力の強化に励むのを尻目に、帝国中央情報局は関東軍の一部と結託して大陸での謀略工作を推し進めていた。








「共産党だ!!」

「逃げろ!!」


 内戦が続く中国では共産党と匪賊による富裕層への強奪が頻発していた。これを取り締まるべき警察機構は賄賂攻勢によって機能を

停止させており、未来人なら「リアル北斗の拳」と言うであろう世界が展開されていた。

 まぁ中国国民党が求心力があるのなら、治安はまだ安定していただろうが。上海事変の敗北、米との関係悪化と中国統一の失敗、そして

英国主導による貨幣制度改革と排外運動に燃える人間達を落胆させることが多く、その求心力は低下していた。

 華北の奉天軍閥は、米国の力で勢力を拡大させてはいるが、民衆への圧制から求心力は低かった。このことがさらに治安を悪化させていた。

この隙を縫うように共産党が勢力を拡大するのは当然であった。


「思い知ったか、帝国主義の狗どもめ!!」


 正義の名の下に、荒され荒廃していく富豪の屋敷。助けに来るものなどなく、このまま一族皆殺しにされると誰もが思った矢先に助けは来た。


「大変だ、海援隊が来たぞ!!」


 エンジン音と共に、トラックやバイクで海援隊が現場に乗り込んだ。


「見敵必殺、容赦は要らない。叩き潰せ!!」


 指揮官らしき人物の命令を受けて、バイクやトラックから降りた隊員たちは、次々に匪賊を排除していく。これまで一方的にやりたい放題

していた賊はこれに怯み、逃げ始める。


「倭猿どもが!!」

「頭、もう逃げましょう! 奴らがきたら話にならねえ!!」


彼らは帝国の最新鋭の武装と高い錬度によって、私設軍とは思えないレベルの戦闘能力を保持していた。大陸ではガードマンの仕事も

請け負っていたことから、彼ら共産党、というか匪賊にとっては天敵でもあった。


「ちぃ!! ずらかるぞ!!」


 忌々しげにリーダー格の人間が撤退を命じた。勿論、これを見逃すほど海援隊も甘くは無い。


「逃がすな!!」


 両者によって展開される追撃戦。白熱する戦い。だが、この様子を冷静に写真に収める人物がいた。


「尾崎さん、どうです?」

「ええ、いい写真が取れました。ありがとうございます」

「いえいえ」


 新聞記者・尾崎。日本でも指折りの大陸通といわれるこの男は、にこやかに海援隊の人間にインタビューして帰っていった。





 魔都・上海。その一角で尾崎はある男と接触していた。


「これが海援隊に関する情報だ」

「さすが、同志尾崎。素晴らしい」


 ロシア系の白人と思われる男が、尾崎の報告書を見て褒め称える。


「多少は役に立っていますか?」

「ええ、勿論ですよ」


 終始にこやかに会話をするふたり。しかし二人の表情には口調とは引き換えに友愛の文字は無かった。


「それではこのあたりで。次も期待していますよ、同志尾崎」


 そういって男は上海の街中に消えた。そして十分に距離が離れたことを確認すると、尾崎は物陰に向かって言った。


「連中の動きはつかめたか?」

「はい。ですがどうやら、連中でも末端の人間を完全には制御しきれていないようです」


 そう言いつつ、物陰から先ほどとは別のロシア系の白人男性が現れる。


「まぁ仕方ないだろう。何しろ、共産主義の親分であるスターリンが銀行強盗をやっていたくらいだからな。

 引き続き調査を頼む。共産主義の脅威を世界に示すためにも。白衛軍だった君のご先祖のためにも、ね」

「わかっています」


 そういうと男は再び物陰に消えた。それを見た尾崎はやれやれと首を横に振ってため息をついた。


「全く、二重スパイなんてすることになるとは……」


 尾崎はソ連のスパイとして真偽の混ざった情報をソ連に流して撹乱工作を行い、それに並行して彼は中国共産党や匪賊を意図的に暴発

させて中国を内部からかき乱していた。

 勿論、ただかき乱すだけではない。彼らを中国富裕層にぶつけることで、中国人同士を敵視させあわせて、不信感を煽りたて中国の精神面での

統一を妨害する気だった。労働者層が富裕層を襲えば、会社は成り立たなくなる。そうなれば中国近代化のプロセスは挫折するだろう。


「相互不信をあおり、危機感を募らせた中国人富裕層に日本の商品や労働力を売りつけるか。えげつない方法だ」


 しかしそれが必要であることも彼は理解していた。


「やれやれ、さっさと帰ってフシミンの本を読もう。ああ、コノミンのほうがいいかな。まぁ『萌えによる世界革命』を成し遂げるには

 この程度は必要か」


 嶋田が聞いたらSAN値を激減させかねないことを言いつつ、尾崎はその場を後にした。

 中国では日本の謀略、列強のそれぞれの思惑によって内戦と社会での相互不信は拡大していく。

日本はその隙を縫うかのように、自国や満州で生産された安価で品質が保たれた製品を流し込んだ。これによって中国で工場を建てるより

小売として儲けたほうが効率が良いものとなり、次第に中国民族資本による工場は苦境に追いやられることになる。

反日運動も次第に抑えられるようになっていき、列強は日本が欧州列強に劣らない有能な差し手であると認めるようになっていく。

だが大陸におけるメインプレイヤーの一人である日本の背後に、色々な想像だにできない思惑があることを世界は知る由も無かった。











 あとがき

 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。提督たちの憂鬱第7話をお送りしました。

大陸情勢は混迷の度を深め、日米英の思惑がそれぞれ蠢きます。……第二次世界大戦に何時は入れるんだろうか?

次回は、第二次世界大戦の前哨戦であるスペイン内戦に突入します。あとヒトラーも登場予定です。

それではこの辺りで失礼します。


 コノミンはいずれ登場する予定です。ええ、色々と愉快な性格の持ち主として(爆)。