嶋田繁太郎が呼び出されたのは、都内にある某高級料理店であった。

ここでいう高級というのは、単に料理が美味いというだけではない。それは訪れた人の秘密を守れるという事だ。単に美味い料理を食べたければ

安くてもおいしい料理の店に行けば良い。だが、そこでは秘密は守れない。いつ、どこで、誰が、何をしたか、話したか……それを守れる店こそ

が本当の高級店と言える。それが理解できるがゆえに、嶋田は仲居に案内され指定された部屋に向かう最中に冷や汗を掻いていた。


(どうする、どうする? というよりも誰が、どうなって。やはり史実にはないこと(潜水艦や航空機の勉強)をしたので感づかれたのか?)


 内心で少しパニックになりつつある嶋田。そんな彼の思考は仲居の言葉によって中断される。


「ここです」


 仲居の言葉を聞いて、嶋田は我に返る。そして改めて尋ねた。


「ここが?」

「はい。ここです」

「他の出席者は?」

「嶋田様が最後です。他の方々はすでに」

「・・・・・・判った」

「それでは失礼いたします」


  そういって仲居が障子を開ける。その次の瞬間、嶋田は思わず顔を引きつらせた。


「で、殿下?」

「何をしている。中に入れ嶋田少佐」

 そこにいたのは伏見宮博恭王、加藤寛治など史実では海軍艦隊派のTOP達。その周りには大角岑生など無能の烙印を押された軍人達。

さらにあたりを見渡せばかなり見知った顔があった。

「驚くのも無理はないでしょう。私も最初は驚きましたし」

「確かに」


 南雲忠一、近藤信竹といった艦隊派の中堅メンバーが苦笑している。さらに海軍乙事件で戦後に汚名を残した福留繁などなど、史実では様様な

失策、失敗を犯して戦後で散々な評価を得ているメンバーが揃っていた。


「………」


あまりの顔ぶれに絶句している嶋田は、仲居が退出していったことにも気づかず呆然とした。だがそんな彼をさらに驚愕させる人物が居た。


「殿下。彼が新しい、『貴方達』の仲間なのですか?」

「そのとおりです。伊藤公爵」

(い、伊藤博文!?)


 上座には、この世界では暗殺を免れて未だに在命中の伊藤博文と大久保利通、そして海軍では軍神扱いの東郷平八郎が居た。

 立て続けの精神的な衝撃を受けて唖然となった嶋田だったが彼は何とかして己を奮い立たせる。彼は自分に用意された座布団に恐る恐る座ると

自分が疑念に抱いていたことをすぐに尋ねた。


「殿下、これは……」

「ああ、そうだ。君が察している通り、ここにいるのは、伊藤公爵と大久保侯爵、東郷元帥を除いたら君と同じだ」

「………まさか、未来から?」

「そういうことだ。ここにいる人間は全員が突然として、この世界に連れてこられた面々だ」

「で、ですがそれなら、何故あの御方達が?」


 この疑問に大久保が答えた。


「我々は君たちの仲間によって命を救われたのだ。まあ最初は、私は君たちの言葉を信じていなかったがね」

(それは当然だろうな………)


 いきなり未来から来ましたとか言われて信用する人間はいない。普通は狂人扱いされるのがオチだろう。


「だが君たちの仲間達は私の暗殺や、他の未来の事件を尽く当てて見せた。だから信用することにしたのだ」


 大久保の言葉を肯定するように、伊藤は肯く。嶋田はすでに仲間(?)が歴史上の人物達からすでに信頼を得ていることを実感した。


「我々は明治の元勲達から信用を得ている。さらに同士は海軍だけではなく、陸軍や財界、政府機関にも多数居る」

「陸軍や財界にもですか?」

「そうだ。新興企業・倉崎重工はその最たる例だ。あとは三菱だな。三菱の元を作った坂本家と我々は深く繋がっている」

「坂本竜馬を助けたのも貴方達だと?」

「正確に言えば、我々のグループではない。そもそも我々がここまで組織だって動くようになったのは日清戦争辺りからだ」


 伏見宮は未来人たちがどのようにそれぞれの時代で暗躍しているかを話し出す。


「元々、未来人、いや正確に言えば逆行者たちはバラバラに動いていた。己の理想とする日本を実現するために」

「理想とする?」

「そう。坂本竜馬を助けたのは、彼を信奉していた逆行者だ。彼は坂本竜馬の生存が日本の未来のためになると思っていた。あと鉄道省の役人に

 憑依した鉄道マニアは、史実では狭軌鉄道だった日本の鉄道を広軌鉄道にして、国内での輸送量を大幅に向上させた。それに倉崎重工の社長は

 熱狂的な飛行機マニアで、航空機大国・日本を作る為に未来の知識を使って資金を集め、会社を立ち上げた」


 大角岑生が続けるように言う。


「お嬢様学園を増やしたい為に、中産階級を増やすべく経済改革に取り組む連中もいましたな」


補足するように南雲が言う。


「他には日常生活での不便さから下水道や上水道、ガス、電話線などのインフラを推し進める者も大蔵省の役人にいました」

「気のせいでしょうか。いささか自分の欲望というか、欲求にしたがって動いている連中が多すぎると思うのですが……」

「いや君の感じている通りだ。だから逆行者の組織ができたのだ。利害を調整するためにな」

「利害ですか?」

「そうだ。未来人といっても知識だけでは何もできない。自分の目的を果たそうとすれば資金や権力がいる。だが資金や権力は無限にあるわけ

 ではない」

「つまりお仲間同士で資金と権力を奪い合っていると?」

「まあそんなところだ」

(人間3人集まると派閥ができるという言葉は真実だな・・・・・・)


 嶋田は自分がまたこの世の真実に近づいたなと、心のどこかで呟いた。






                  提督たちの憂鬱 第2話





「しかし、そんなに好き勝手なことをしていて、政府と対立しないのですか?」


 嶋田は横目で大久保や伊藤を見ながら伏見宮に尋ねる。だが、その問いに答えたのは聞かれた本人ではなく、大久保であった。


「勿論、我々として君たちのような存在が好き勝手に国を動かすのは憂慮している。だが君たちのしてきたことの多くがよい方向に転んでいる」

「つまり日本に貢献するのであれば、動機については問わないと?」

「今の日本にそんな余裕は無いのだ。ロシアに何とか勝ったとしても、未だに欧米列強には及ばないのが今の状況だ」

 伊藤が補足するように言った。

「勿論、我々も君たちが逸脱した行動を取らないように、こちらの世界の人間も君たちの組織に加わっている。尤も未来の知識について知って

 いるのは我々を含んだごく少数だが」

「まあ仕方ありません……」


 伏見宮は苦笑しながら、現政府の措置に同意する。


「我々のやることが日本の利益に繋がる限りは、政府と歩調をあわせていける………分ったかね、嶋田君」

「分りました。それにしても、何故私が逆行者だと気づいたのですか?」

「軍人の逆行者の中には、昭和の軍人達に詳しい人間がいるのだ。彼らの記憶をもとに史実と違う性格を示す者、行動をする者を探すのだ。

 さらにその中から、我々の存在を嗅ぎ回っている者を探し出す。そうすれば大抵が逆行者だ」


 大角が補足するように言う。


「それに逆行してから長い時間が経つと、大抵、感覚的に同類がわかるようになってくる」

「……なるほど」

「いずれ、各派閥の長達も集まって会合が開かれる。君のお披露目もそのときにすることになるだろう」

「そういえば私の派閥は……」

「君は基本的に海軍、及び海軍寄りの逆行者たちの派閥に属するようになる。異論はないだろう?」

「勿論ありません」


 嶋田自身、海軍軍人であった。彼は仮に陸軍や財閥の派閥に加わってもあまり利益がないと考えたのだ。

 それに下手に目の前の人物の機嫌を損ねれば、左遷される可能性もあった。実際、史実で海軍条約派は伏見宮によって海軍から追放された。


(ここは自分の未来の為にも従っておくのが良い。この時代で無職のプーはやばいからな)


 何かとヘタレな発想をする嶋田であった。だが、ひとつだけ確認しなければならないことがあった。


「殿下、ひとつ質問してよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「我々は何を目指すのですか?」

「太平洋の覇者だよ」


この答えにはさすがの嶋田も絶句する。


「………ほ、本気ですか?」

「ジョークだ。半分はな」

「そ、それでも半分本気なんですか? 太平洋を手に入れるということは、お米の国と戦うということですよ?」

「……まぁどちらかといえば3分ほどだ。我々だってあの化け物国家の打倒がそうそうできるとは思っていない」

「では3分というのは?」

「現実的な路線として、西太平洋における日本の自主性の確保だ」

「西太平洋のですか?」

「そうだ。さすがに日本一国で太平洋全てを支配するのは難しいからな」

「………しかし西太平洋での自主性を維持とすると、今の勢力を保つということですか?」

「そうなる。だがアメリカは自国の安全を確保するには、太平洋、大西洋の両洋を確保する必要があると思っているからな。

 いずれにせよ、何らかの締め付けが行われるだろう」

「……で、ですが満州での権益を共有して利害が一致していれば簡単に敵に回らないのでは?」

「確かに今はな。だがアメリカからすれば、我々は同じ海軍国の商売敵だ。我々が発展すればいつかはぶつかるだろう。

 史実の冷戦のように米国の目を逸らすようにはするが、それとていつかは限界がくる。そのときこそが試練のときとなる。

 冷戦後の米中による日本叩きのようにな。これはここにいる出席者全員が同意していることだ」


伊藤や大久保、さらに東郷が同意するように頷く。


「で、ではいずれはアメリカと戦うと?」

「そうだ。まぁ30年から半世紀は非戦というのが方針だ。可能な限り、連中との決着は来世紀に持ち込みたい。

 その間に我々は、日本は力を蓄える。富を、知を、そして武を。奴らと渡り合い、そして打ち破りうる力を。

 そのための時間稼ぎが日英同盟の延長と、満州以南への不干渉なのだ」


 史実日中戦争の教訓から、日本は極力満州以南への干渉を避けていた。満州でさえ米英に加えて、連盟も絡めて戦後秩序に組み込んだ。

これらは国際的孤立がいかに大きなデメリットかを学んだ末の方策だった。


「アメリカとは同盟を結び協力関係を結ぶべきでは?」

「必要なら彼等とも手を組む。だが最終的には雌雄を決することになる。未来の知識や技術を利用すれば、将来的には日本が経済戦争で勝てる

 可能性は低くは無い。だがあの拝金主義のアメリカが経済戦争で負けそうになって大人しくすると思うか?」

「まぁ自分に都合の良いようにルールを勝手に変えるでしょう。それで勝てないなら合法、非合法問わず妨害。それでも駄目なら……」

「そういうことだ。まあ堅苦しい話はこの辺りにしよう。今日は、他のメンバーと親睦を深めてくれ」

「わ、わかりました。あ、そういえば逆行者たちの組織の名前を教えていただけないでしょうか?」

「ああ、そうだな。我々の組織の名前は『夢幻会』という」

「夢幻ですか」

「そう。異邦人である我々からすれば、普通に考えれば今の世界は夢幻のような存在だ。そして、この世界の住人からすれば我々の存在もまた

 同様の存在だ」

「我々からすれば、今のような逆行は夢か幻のような出来事、そしてこの世界に生きる人からしても、我々の存在は夢か幻のような存在……と?」

「そうだ。我々の組織の名に相応しいだろう?」

「確かに」


 嶋田、いや正確には彼に憑依した神崎としては、今の出来事はまるで夢幻のようなものだった。


「さて、それでは嶋田君、我々を君を歓迎するよ。今宵は、他の同士と親睦を深めておくといい」

「解りました」


 集まった面々が話し出す前に伊藤と大久保、そして東郷は用事があるからと言って席を立つ。


「仕事があるので、帰らせて貰うよ」

「それではこの辺りで失礼する」


 最後に東郷は振り返り、嶋田に言う。


「嶋田君、君の国家への貢献を期待しているよ」

「誠心誠意貢献させていただきます!」


 緊張した面持ちで答える嶋田を見て、大久保達は笑いながら退出していった。







「貴方は逆行前にどんな仕事を?」


 南雲に話しかけられた嶋田は苦笑いしながら答えた。


「私は某重工で飛行機の開発に携わっていました。まあ色んな部署を回っていたので経理や労務などもやっていましたが」

「ほう。かなり幅広くやっていたのですな」

「ええ。南雲さんはどうです?」

「私は海上保安庁の職員でして」

「海保の?」

「はい。一応、来年から新型巡視艇の副長になる予定だったのですが……」

「それはまた………ご愁傷さまです」

「ははは、全くです。ですが、こうなった以上はこの世界で生きていかなければなりませんし」

「全く災難ですね」

「まあ我々がうまく立ち回れば史実みたいな悲惨な形での太平洋戦争は避けられるかもしれない。そう考えればやる気も湧きます」

「それはどうしてです?」

「私の祖母は祖父をこの戦争で失って、私の母を育てるのに苦労したと聞きました。家も、何もかも失って惨めな思いをしたとも。そんなこと

 だけは、この世界で繰り返してはいけない」

「確かに………」


 敗戦とは惨めだ。まして史実のような国土全てを焼き尽くされ、挙句に民族としての気概や愛国心すら破壊磨耗しつくす敗戦は最悪だ。


(まあ史実であれだけ平和が叫ばれるようになったのは史実の日本軍上層部の無為無策、無責任ぶりが原因だろうな)


 上層部の無為無策ぶり、さらに作戦が失敗しても責任をとらず下のものに押し付ける態度。さらに補給を考えない作戦を強行されて餓死寸前に

追い込まれれば、愛国心などなくなるのは疑いがない。


「まあ我々に出来るだけのことをしましょう。この世界と私たち自身のために」


 安穏な老後が送りたいし……嶋田は心の中でそう付け加える。


「しかし嶋田さんが飛行機の開発に携わっていたのなら、日本の航空機の将来は明るいですな」


 近藤の言葉に他のメンバーも頷く。


「将来は航空機の戦いが戦局を左右しますし」

「そのとおりです。航空戦に敗れれば艦隊決戦どころではない」


 太平洋戦争時の航空機の性能では戦艦を含む強力な艦隊を、丸々葬り去るのは難しい。だが制空権を失えば艦隊の行動は大きく制限される。

そのような状態で艦隊決戦に望むとなると、リスクが非常に高くなる。


「だが航空機を数だけ揃えても意味がない。パイロットの育成体制、航空機、いや兵器の量産体制も史実より改善しなければならない」

「それは日本の重工業そのものの底上げが必要ですよ……やれやれ、面倒な仕事が山積みですね」


 嶋田はため息をもらす。その嶋田に念押しするように大角がいう。


「だが仕方ない。やるしかないのだ。帝国主義真っ盛りの時代で軍事力で劣る事は国の滅亡に繋がりかねない」

「まあ平気で人種差別がまかり通っている世界ですからね。出来れば中国など有色人種との連携ができればいいのですが」

「それは無理だな。中国の人間は中華思想にどっぷり浸かっている。連中はこちらを利用することしか考えていない。まして朝鮮をパートナーと

 考えるのは自殺行為だ」

「未来であの国のあの法則と言われたもののせいですか?」

「私はそんな法則を信じる気はない。純粋に、あの国の国力のことを見極めて言っているだけだ」

「まあ借金だらけ、インフラもない、学校教育も碌にない、さらに旧習の身分制度による社会の硬直……近代国家とはいえませんね」

「自力で近代化するのも無理だ。日本で近代化させるには莫大な金がかかる。だが日本にそんな余力はない。そんな国をパートナーとして選ぶ

 余裕もない。かといって半島が日本にとって敵対勢力の手に落ちれば、日本版キューバ危機だ」

「さらに、仮に今のままで同盟国にしても足を引っ張るだけ………ですか」

「だからこその保護国化による属国化だ。朝鮮開発にはイギリス資本を利用することで進める」

「と言う事は、将来は英米の経済的植民地ですか。連中の小中華主義で排外運動が巻き起こらなければいいのですが」

「かの国が中立であれば問題ない。それらの問題は多くはかの国の国内の問題だ。それに日本からの投資は最小限だし問題は大きくならない」

「そもそもこの時代では国家を守れないことそのものが悪なのだ。平成の甘っちょろい感覚は通用しない」


そのことは、海外で駐在武官を経験した嶋田も理解できた。時代は未だに弱肉強食。正義感溢れる甘っちょろい主張など通用しない。


「全く、日本の周りにはマトモな国はないんでしょうか」

「ありはしないさ。そもそもあったとしたら日本はここまで苦労はしない」

「やれやれ、ですね。そういえば何故、貴方は夢幻会に加わったのですか?」


 この質問に大角はあっけらかんとした表情で答えた。


「何、夢幻会についておけば便利だと思ってね」

「貴方は日本を何とかしようという考えは無いのですか?」

「今のところは殿下の言うとおり半世紀は太平洋戦争を回避することかな。私が生きている内に太平洋戦争が起こって海軍が潰されたら困るし」

「はあ………良いんですか、そんなことを言って?」

「構わんさ。まあ万が一の戦争に備えて海軍を近代戦に適応できるように手を打つつもりだ。どうせなら私は歴史に名将として名を残したい。死んだ

 あとでいろいろと言われるのは嫌だからな。君も悪役の代名詞として後世で使われるのは嫌だろう?」

「はあ……まぁ確かに無能だったり、冷血漢の大艦巨砲主義者扱いされたり、クーデター起こしたりする役を割り振られたら嫌ですね」


 嶋田も自分の死後にいろいろと言われるのは嫌だった。さらに自分の死後に残されるであろう子孫にまで嫌な思いはさせたくない。


「やることはやまほどある。取り敢えずは情報部門の強化を考えている。まあ第一次大戦で総力戦を経験したお陰で石頭たちからの文句も少ない。

 それにもうすぐワシントン軍縮会議で戦艦建造が中止になるから予算は確保できる。その際に君にも手伝ってもらいたいのだが……」

「勿論、協力させて頂きます」

「感謝するよ」

「いえいえ、海軍軍人として当然の義務です。そういえば、ワシントン軍縮会議はどのような手をうつおつもりなのですか?」

この質問にはワシントン会議に同行する予定の加藤が答えた。

「戦艦は対米6割、航空母艦の保有量を対米8割にまでもっていく予定だ」

「空母で対米8割ですか?」

「そうだ。維持費用は馬鹿にならないが、将来的には役に立つだろう」

「米国が認めますか? それに大艦巨砲主義連中が対米6割を呑むのですか?」

「米国については陸奥を交渉の材料に使う」


 日本は日露戦争で鹵獲した戦艦を売り払い、新型戦艦の開発と建造に当てていた。これによって史実では遅れていた戦艦の整備が比較的早く

進めることができた。このために陸奥は文句を付けることができないような早期に配備することが可能になっていた。

勿論、あまりに早すぎると米英の戦艦建造を早めるので、ある程度、完成までのスケジュールは管理していたが。


「このままでは日本が16インチ砲を搭載した戦艦を2隻持つことになる。ここを突けば米からある程度は譲歩を強いれるだろう」

「では国内の反対派は?」

「大丈夫だ。連中も艦隊決戦だけで戦争にケリがつくわけではないと知っただろうし、裸の戦艦が意外に脆いこともわかっただろう」

「つまり補助戦力整備に力を入れることで説得すると?」

「そうだ。まぁ当面は巡洋艦以下の戦力の整備を進める。これでロンドン軍縮会議が開かれるだろうが、まぁシナリオ通りになる」

「それは意図的に軍縮会議を開いて米英の軍事力を束縛するという意味ですか?」

「そうだ。対米で6割を維持できるだけでもまだマシだからな。尤も現状の国力では過剰な軍備といえなくとも無いが」

「海軍軍人が、いえ海軍の役人としては口が裂けても、自分達の予算を積極的に減らそう何て言えませんね」

「宮仕えのつらいところだよ。官僚である以上は予算がないとな……まぁ対米6割で我慢してもらうしかない」

「貧乏って奴は本当に面倒ですね」

「全くだ。金と資源がないと何もできん………はぁ、長門型の建造でもどれだけ大蔵の連中に嫌味を言われたことか」


 この夜、嶋田は情報収集と並行して、多くの仲間と親交を深めた。まぁ半ばは愚痴の言い合いと言えなくともないが。


(それにしても、まさかこんなに逆行者がいるとは思っても見なかったな……)


 しかしながら彼は後日、陸軍や財界、さらに各官庁の仲間とあったとき、その多さにさらに驚かされることになる。









 嶋田は海軍派の人間と顔をあわせた3日後に、3日前と同じ料亭で、何人かの海軍軍人と一緒に陸軍や財界の仲間達と顔をあわせていた。


「ひょっとして、ここに集まっているのは………」


 陸軍のメンバーと顔をあわせた嶋田は唖然とした顔で呟いた。この呟きに他の陸軍メンバーは苦笑しながら同意する。


「まあ君の言うことも分る。何しろここに集まっている未来人は……」


 陸軍からは東条英機、杉山元、牟田口廉也、寺内寿一など大戦中で散々な評価をされた面子が多かった。


加えて陸軍での逆行者たちの協力者である山県有朋などもいる。色々な意味で豪華な面子の顔を見ながら、ふと嶋田は疑問に思った。


「辻正信はまだいないのですか?」


 この疑問に何人かの面々は苦笑する。この反応をいぶかしむ嶋田。奇妙な空気が流れる中、嶋田の疑問に背広を着た男が答えた。


「私、辻正信は大蔵省の人間です。この世界では」

「え!?」

「私がこの世界にきたのはかなり幼いときでしたので。それと私は史実よりも若干早く生まれていまして」

「あと、彼は優秀な成績で、奨学金を得てから東大に行き、さらにそこから大蔵省に入ったのだ」


 東条の説明に嶋田は驚きを隠せない。


「逆行者の中には軍人になるのはごめんだとして、他の官庁や民間に勤めている者も少なくない。この場に来ていないが阿部君もそうだ」

「阿部君……まさか阿部信行大将のことですか?」

「そうだ。彼は今、内務省で中堅幹部をしている」

「確かに、現代人で軍人になりたがる人間は多くは無いでしょうね……」


 かなりの問題発言だが、嶋田も日々の仕事や海軍における様々な問題(特に陰惨な虐め)を見ていたので、この点については同意する。


「貴方たちはどのような日本を目指しているのですか?」

「海軍と変わらない。当面の太平洋戦争の回避と日本の繁栄だ。この時代では有色人種である日本人が日本人として生きられるのは日本だけだ。

 尤もやり方については個々人で差があるが……」

「陸軍としてはどのようなヴィジョンを?」

「満州を大陸市場への橋頭堡として維持、英国と共同歩調で中国権益を維持するつもりだ。米国にもある程度満州の市場を開放して機嫌は取る」

「大陸と深く関わるのですか? それは………」

「史実の二の舞をするつもりはない。満州国をつくるつもりはない。あと陸軍も日英同盟の存続を政府に主張するつもりだ」

「陸軍が、ですが?」

「大陸経営には、経験豊富な英国の助力と資本がいる。ドイツと組んでもろくに連携でもできないし、メリットも殆ど無い」

「はあ………」


 史実で散々に悪名を轟かしている東条から正論を言われたことに面食らう嶋田。これを見て東条は苦笑する。


「意外かね?」

「………いえ」

「我々は比較的海に近い満州の南部や大陸沿岸は押さえる。だが米国、ソ連、中国全てを敵に回す内陸への進出をする気はない」

「……ということは大慶油田はどうするんです? 仮想戦記では早めに開発するのがデフォですが」

「大慶油田を開発しても、ソ連に取られたら目も当てられない。海に近い遼河油田の開発を優先することになる」

「つまりリムランドの資源地帯を抑えると?」


 この言葉に多くの人間がうなずく。


「陸軍は海軍のような大目標といいますか、そのようなものは無いのですか?」

「基本的には海軍と似たようなものだ。日英同盟堅持で力を蓄える。尤もうちは米国よりも、ソ連や中国の膨張のほうを警戒している」


 夢幻会の陸軍関係者は米国への脅威は感じていたが、中国やソ連がより身近な脅威であった。

島国にとって対岸に強大な統一勢力が存在するといのは脅威であると言えた。このため陸軍は武力での侵攻は論外としても仮想敵の一角

たる中国を分裂した状態にしておきたかった。

同時に中国伝統の夷をもって夷を制する戦略が日本と米国に適用されるのを防ぎたかった。何せ制される夷は弱者である日本になる

だろうし、そこでソ連が史実のように日米の仲を引き裂く工作を続けてくれば、日米戦争が勃発しかねない。

逆行者の中には第一次世界大戦の戦場で総力戦の何たるかを生身で体験したものもいる。

彼らからすれば日米戦争は勝っても負けても日本を破滅に追いやる最悪の道であり、絶対に避けなければならないものだった。

ゆえに彼らは特務機関を用いた周辺国(特に中国)の徹底的な弱体化と分断を目論んでいた。



「海軍はソ連や中国海軍なぞあっという間に潰せると思っているが、相手がゲリラ戦で長期戦を仕掛ければ負担は大きくなる」

「しかも相手は悪知恵に長けた乱暴者の熊と無法者の龍。用心に越したことは無い。ある程度は大陸に干渉する必要はある」

「本音としては、もっと将兵や予算が欲しい。しかし軍事偏重は国の弱体化に繋がるからそうそう文句は言えん」

「経済が崩壊すれば戦争も失うからな。しかし正面戦力を減らしすぎると、今度はソ連の南下を牽制できない」


 軍事偏重は、国家そのものの弱体化を招き、最終的に軍備も弱体化する。かといって日本があまり軍事力を抑えればソ連の勢力拡大を

招き、日露戦争ならぬ日ソ戦を招く危険がある。対ソ連で米国を巻き込むために東アジアに呼び込んだが、それとて絶対ではない。

陸軍もかなり苦悩していた。


(陸軍も陸軍で、大変だな……)


 陸軍は基本的に自国勢力圏防衛に重点をおいていた。というよりそれ以外に手を出したくないというのが本音だった。この消極的姿勢には兵力の

不足が大きく関係していた。日露戦争で徒でさえ被害を受けたのに、第一次世界大戦でかなりの兵力を消耗したのだ。さらに日本は第一次大戦の

特需で稼いだ資金、ロマノフ王朝の遺産を利用して産業の再編を行い戦後不況も巧みに切り抜けつつある。また都会の発展や樺太、カムチャッカ

開発に伴い余剰人口が都市部や樺太、カムチャッカへ移動して小作農が大幅に減少していた。失業者も、貧しい農民も少なくなっているために

軍への入隊者は大幅に減少。陸軍は兵力のやり繰りに苦労していたのだ。

 「50年後を語るより、現在の兵士の補充を!」、これが政府に対する陸軍の切実な願いだった。陸軍高官の中には女性職員の採用を検討する

べきではないのかと考える人間すらいるのだから、その深刻ぶりが伺える。


(何と言うか、海軍のほうがよっぽど過激というか、野心が溢れているような気がするんだが?)


頭を抱えそうになる嶋田を見て、出席者達は苦笑する。


「安心しろ。当面は海軍と協力して日本の繁栄を目指す」

「そのあとは?」

「半世紀後は、そのときの世代が決めることだ。我々の仕事はあくまでも日本が繁栄する基盤をつくることだよ」

「アメリカに負けない国力を身につけることは簡単ではないからな」


 嶋田は陸海軍の関係者の相違に頭を抱えつつも、取り敢えず当面は何とかなるかもしれないなと思った。




 嶋田が夢幻会に加わったとしても、彼自身の生活は極端に変わりはしなかった。まあ夢幻会派に加わったことで、海軍内部では伏見宮の派閥に

属していると周囲から見られるようになったが……。


「さて次のイベントはワシントン軍縮会議か。まあ頑張って貰うしかないな」


 日々の仕事をこなしつつ、時折、自分達の派閥の影響力拡大を図る動きに手を貸しつつ嶋田は次なる歴史イベントであるワシントン軍縮会議が

どのようになるかを待った。そしてその結果を見て彼は米国が思ったよりも日英同盟に脅威を感じていることを実感した。


「米国にとって、やはり日英はライバルということか」


 史実ではワシントン軍縮会議開催時で、戦艦陸奥の建造が終わっていなかった。一応は海軍に配備されたものの、列強は陸奥を完成艦として

認めず廃艦を迫ったのだ。だがこの世界では日本は、完成した陸奥に対抗するためのメリーランド級3隻保有や中国進出の後押しを材料にして

日英同盟延長と空母での対米8割を勝ち取ろうと考えていた。しかし米国は予想よりも強固に日英同盟延長に反対した。

 米国は日英同盟解消を要求し、もしこれが受容れられない場合は軍縮条約を締結せず、日英に対抗できる海軍力を築くと主張した。

日本としては日英同盟を失うのは、英国の情報網から切り離されることを意味した。それは世界規模の情報網を持たない日本にとって致命傷に

なりかねない。故に呑むわけにはいかない。しかし米国も自国の安全保障上、両洋の強大な海軍国家が組み続けることを良しとしなかった。

 ただ米国としても、日英に対抗できる海軍力を建設し維持するのは些か負担が大きすぎた。さらにあまり日本とぶつかりすりぎると満州を出城

にした中国進出が頓挫する可能性がでてくる。このため米国は最終的に譲歩せざるを得なかった。


「まぁ日英同盟があれば大陸に関わるにも有利だし世界恐慌のときでもある程度は協力体制が取れる。あと空母の保有量を増やしたせいで飛龍と

 蒼龍を大型化できる。問題はいかに水雷屋を牽制して航空関連の予算を確保するかだな。何しろ酸素魚雷があるからな……」


 ちなみに海軍は史実よりも早く酸素魚雷の実用化に成功していた。このため駆逐艦でも戦艦に対して有効な打撃力を持つことが可能になった。


「史実で開発に成功したのは1933年だからな。10年以上早く配備されれば改良ができるが……太平洋戦争では役に立たないだろうな」


 航空機の発達に伴い1940年代からは戦いは、海中と空の重要性が増した。もし史実どおり駆逐艦を夜戦重視の思想の元に建造すれば時代に

取り残される可能性がある。だが酸素魚雷が早期に開発された以上、水雷戦隊の強化を求める声が大きくなるのは目に見えている。


「さてどうするか……」


 尤も即座に夢幻会は手を打った。


「土佐を航空機で沈めると?」

「そうだ」


 呼び出された会合で聞いた提案に、嶋田は尋ね返す。


「ですが、今の航空魚雷の性能で可能なのですか?」

「今すぐとまではいかないが可能だ。航空魚雷と雷撃機の開発は進んでいる」

「それも照準機やエンジンは倉崎重工のものを使っているから、かなり信頼が置ける」

その発言を受けて、会合に出席していた倉崎重工の長、倉崎重蔵に視線が集まる。

「本当ですか?」

「本当だ。少なくとも動かない目標を沈めるのは造作も無い」


 身長175センチという当時の日本人ではかなり高い身長と隆々とした筋肉、さらに渋い黒髭を生やている男から出される声はかなり渋かった。

倉崎重工は日本で初めて航空機を開発し飛ばした会社であり、その技術力には定評がある。品質管理の概念を早くから導入しており品質も高い。

倉崎重工はトラックや自動車の関係から陸軍との関係が深い会社であった。一方の三菱は海援隊の関係から陸海軍双方との関係が深かった。

尤も最近は倉崎重工も海軍からの受注を受けようと画策しており、三菱とは競合する分野も出てきていた。このため、三菱側の出席者は倉崎に

軍用機の発注を奪われるのではないかと言う危機感があった。


「それなら宜しいですが」

「東郷さんも、土佐を沈めたら航空機開発を推してくれるそうだ」

「ですがそうなると他の派が五月蝿いのでは?」


 予算は無尽蔵にあるものではない。仮に航空機に多数の予算を投じるとなれば他の兵科の反発も強いだろう。


「そのための軍神様だ。それに幾ら反対しても、航空機が無視できない威力を持っていることを知れば、頑迷な連中も黙らざるを得ない」


 焦りを感じた三菱財閥の代表者が頼み込むように言った。


「出来ればうちにも発注をお願いしたいのですが……」

「倉崎以上の飛行機を作れるのなら。まあ例の重機開発についてはこちらも支援しますので安心してください」

「………ありがとうございます」


 飛行機こそは後れを取るが、他の製品である程度は挽回できると読んだ三菱は引き下がる。日本は凍土であるカムチャッカの開発で重機が多数

必要としており、特にかの土地で金鉱が見つかってからは新型の重機開発は急務と言えた。


「陸軍としては航空機の部品の共用化を進めていくことを提案する」


 陸軍から来ていた杉山元の発言に、賀屋興宣、辻正信を含めた大蔵省の役人たちが賛同の意を示す。


「第一次五ヵ年計画のためには一銭でも多くの予算がいります。ですので無駄な出費は……」

「加えて関東大震災の損害はかなりの規模になります。対処を誤れば最悪の場合は史実の二の舞です」


 これを受けて出来る限り、航空機の部品については共用化を進めることで一致した。だが大蔵省は海軍の艦艇にも文句をつけ始める。


「米英協調である以上は海軍力の整備はそこまで重視しなくても良いのでは?」

「つまり、建造する艦の数を減らせ、と?」

「はい」

「徒でさえ軍縮に対して不満がある状態で、これ以上は……」

「そこを何とかできませんか? 数が減らせないなら、量産性を重視して頂ければ……」

「おめーらはどこのドケチ主婦だよ。けち臭いぞ。日本の国家予算は年々増えているのだろう?」


 日本は列強の満州進出を後押しすることで、満州の発展を促していた。日本は満州開発での現地発注元としてかなり潤っていたのだ。

朝鮮半島開発をせずに国内の開発に振り向けたこともあり、日本の成長率はかなり高い数字を維持していた。さらに樺太の油田の開発が進んだ

おかげで石油をある程度自給でき、外貨の支出が抑えられていた。だが日本は自国が発展するために、まだまだ多くの資金を必要としていた。


「日本にはまだ投資しなければならない部門が幾らでもあります。それを等閑にするのですか?」


 かくして、どこから予算を削るかで殺気を漂わせながら担当者が話し合いを始まる。この会話を聞きながら、嶋田は思った。


(貧乏は嫌なもんだな………)


 いまだに先進国とは決していえない日本の現状を肌で確認した嶋田であった。



 だが日本の状況が好転するのを苦々しく思っている者も存在していた。そう米国だ。

かの国は太平洋の向い側に強大な海軍国家(しかも有色人種の帝国)が建設されるのを指をくわえてみているつもりはなかった。

米国は満州を足がかりにして大陸に進出を図りつつ、巧みに中華民国政府と接近していくことになる。彼らは史実で日本が行ったような

大規模な財政支援を実施し、政府内に食い入っていく。また満州だけではなく華北全域にも投資を拡大させていく。

しかし、それは米国が大陸に深入りするのと同義であった。






 あとがき

 改訂版米国は日英同盟離反を目論みましたが失敗。次に米中連携に乗り出します。

尤もソ連の脅威に対抗するには日本の協力も必要となれば、恐らくそうそう悪い扱いはされないでしょうが。

……まぁ中国を変に買いかぶっている連中じゃあ、そこまで判断できるかは(苦笑)。

日本でも海軍は太平洋を膨張してくる米を第一の脅威と見做します。陸軍はソ、米、中の順です。

尤も陸海軍ともに大陸深入りは避けたいために沿岸部や島嶼の占領を中心にした戦略を構築していく予定です。

(陸軍過激派も日露と第一次大戦でかなりのダメージを受けているので、消耗が激しい内陸での戦闘を主張しにくいですし)

おかげでお互いが歩み寄ることも可能になるでしょう。尤もそれでも両軍の溝は深いと思いますが(笑)。

それでは拙作にも関わらず最後まで読んでいただきありがとうございました。

第3話でお会いしましょう。