パナマ攻略戦での敗退はプラントに暗い影を落としていた。

報道管制こそひかれて正確な情報は市民には伝わってはいないものの、ザフトが再度敗北した事は噂として広まっていた。

多くの市民は戦場に出征している自分達の家族を憂い、そして正確な情報の提示を政府に求めるようになっていた。

「情報管制はどうなっているのだ!」

パトリック・ザラは執務室で補佐官を怒鳴った。あちらこちらから責任追及の声が挙がっていることが彼を苛立たせていた。

彼から言わせれば、この一連の敗北の原因はクライン親子の情報漏えいであり、自分の責任ではない。

それにも関わらず自分の責任と言い立てる穏健派議員や市民……そんな彼らにパトリックは憎悪を超えて殺意すら抱いていた。

「情報管制は敷いていますが、これだけの敗北が重なるとどうしても情報の漏洩は防ぎきれません」

「それをどうにかするのが貴様の役目だろうが!」

んなことできるかい、と心の中で突っ込みを入れる補佐官。色々と出てくる不満を喉もとで押しとどめて宥めるように言った。

「わかりました。こちらでも色々と手段を講じてみます」

そう言った補佐官を睨みつけて、不機嫌そうにパトリックは退室を命じた。

だがパトリックも怒鳴り散らすだけの無能ではなかった。と言うか無能では最高評議会議長に上り詰める事などできない。

パトリックは自分の政治生命が絶たれる可能性を察知していた。スピットブレイクでの独断とパナマ戦での大敗北……この二会戦での

失態は言い繕える物ではない。

「このままでは失脚は免れんか……いや、このまま退場するわけにはいかん。私にはプラントの未来を守る責務があるのだ」

彼はナチュラル、正確には地球連合軍を徹底的に打倒してこそ、プラントとコーディネイターの未来があると信じていた。

たしかにブルーコスモスのような存在を見れば、パトリック・ザラの主張もわからないことではない。しかし同時に彼は失念していた。

過去から今に至るまで、彼らは己を優良種として驕り昂ぶり、ナチュラルを見下してきた自分達の態度を省みることはなかったことを。

そしてその態度がどれだけの恐怖と憎悪の種をナチュラルに植え付けたのか、そしてそれを話し合うことで取り除かなかったことを。

すべて彼らが悪いとは言わない。しかしこの事態の責任の一端は彼ら自身にもあるのだが、それを彼が悟ることは無かった。

「ラクス・クラインの罪を大々的に発表できれば、連中の罪を大きくすることが出来るのだが……」

核エンジンを搭載したフリーダムを敵のスパイに渡したこと、そしてそれはプラントが再度、核の脅威にさらされることを意味する

ことを大々的に公表すればラクスの人気はあっという間に失墜するだろう。しかしそんなことをすれば、何故プラントが核の力を復活

させようとしたのだと言う批判にさらされかねない。そんなジレンマに襲われている彼の元に、カーペンタリアに帰還したクルーゼから

ある情報が届けられた。

「これは……クルーゼ、貴様これをどうやって手に入れたのだ?」

パトリックはモニターに映し出される情報を見た瞬間、驚愕に彩られた顔でクルーゼに問い返した。

『私がどうやってその情報を入手したかはお教えできません』

このクルーゼの回答にさすがのパトリック・ザラも不愉快な顔になるが、この情報の有益性を考えると彼の態度を叱責できない。

「まぁよい。この情報、使わせてもらうぞ」

この情報のやり取りによって、歴史は大きく変動することになる。








 プラントで新たな動きが起こっている頃、地球ではアズラエルが新たな難題を突きつけられていた。

「オーブを攻撃する? 馬鹿な、ザフトだけでも苦しいのに中立国まで敵に回すつもりか?!」

アズラエルはモニターの向こう側に座っているであろう老人達に問い返した。だが彼らは動じない。

『理事、貴方のところにも書類が回っていると思いますが、オーブの掲げる中立政策によって、我らは多大な打撃を受けているのです』

『左様。彼らは戦争の影で、犠牲も出さずに、利益だけを貪っている。これは許されることではありません』

『オーブを放置しておけば、連合の戦争継続能力そのものに影響が出るでしょう。それは理事にとっても不本意なのでは?』

オーブが連合に与えている不利益に関しては、アズラエルも承知している。だがオーブを滅亡させては、アズラエルが望む戦後の

構築に悪影響が出ることが懸念される。そのために彼は必死に方針の転換を試みる。

「さすがに口実もなしに中立国を攻撃すれば、問題になると思いませんか?」

『中立国というのは周辺の国々が、その国が中立であることに利益を得られるときだけに認められるのです』

『中立、条約破りはどの時代でも行われている。今更、何を躊躇うことがあるのです?』

第一次大戦において、中立国ベルギーはドイツ第二帝国によって踏みにじられた。第二次世界大戦末期、ソビエト連邦は不可侵条約を

結んでいた筈の日本へ宣戦を布告して攻め込んだ。これらの例に見られるように、状況によっては中立などはあっさり踏みにじられる。

中立を望むのなら、他の国々が攻め込めないような環境を作るしかない。だが、オーブはそれを怠っている。すでにかの国の中立を

認めるだけの価値を連合の幹部達は認めていない。

「しかしオーブには外交交渉の場として利用する価値がある筈ですが」

『理事はプラントを完全に破壊するつもりなのではないのですか?』

アズラエルがプラントとの外交交渉を言い出したことに、多くのメンバーは驚きを隠せない。

「……確かに昔はそうでしたが、今は違います。この戦争で受けた傷は決して浅くありません。この傷を癒すためには今しばらくの

 間はプラントを温存して、そこから富を搾取する必要があるでしょう。どうしてもそれが不可能な場合は殲滅しますが」

このアズラエルの言葉に、幹部達は彼の真意を図りかねた。まぁあれだけコーディネイター殲滅を煽っていたアズラエルが方針を

転換したのだから、その戸惑いも判らない事は無い。

『ですがブルーコスモスがそれを支持するでしょうか?』

「ブルーコスモスは僕がスポンサーを務めているんですよ。それに僕はNJCの確保などで実績を挙げている。

 多少の不満なら抑えられますよ」

『だがジブリールはどうするのです? 奴の政治力は決して馬鹿にはならないと思いますが』

「対抗手段はあるので安心してください。ただしこの発言は出来る限り口外しないでください。まだ公表できる時期ではないので」

そういうと、アズラエルはオーブの話題に戻した。

「オーブには武力行使ではなく、経済的な締め付けを行うということでどうでしょうか?」

具体的には関税の引き上げと、食糧の輸出規制などで少しずつ締め付けていき、最終的にオーブを屈服させるという作戦を

アズラエルは呈示した。実際にはオーブを武力で潰すのを引き伸ばすための、アズラエルの苦肉の策なのだが、アラスカ、パナマ戦で

勝利したことで地球連合はそれなりに引き締められているし、大西洋連邦の軍事力を知らしめることに成功していると考えている

幹部達はアズラエルの提案を渋々ながら承諾した。

『では、地球連合首脳部には理事から説得を行ってください』

「判っています」

また俺が汚れ役をさせられるのかと苦々しい思いを抱えつつ、アズラエルは通信を切った。




                       青の軌跡 第7話





 パナマ戦で連合が勝利を受けて、地球連合軍最高司令部『グリーンランド』では今後の戦略についての話し合いが開かれていた。

「パナマ防衛戦は見事だったよ、アズラエル」

「それにNJCの実物を手に入れることができたのは大手柄だったよ」

連合首脳はアズラエルの手腕を褒め称えた。何故ならパナマを守りきった事で、連合軍は迅速に宇宙で反撃に移ることが出来る上に

ザフト地上軍に甚大な打撃を負わせたことで、各地で連合は有利に戦況を進められると彼らは考えていたからだ。

さらにNJCの実物を入手できたこと、そしてそれを史実のように核ミサイルに搭載せずにエネルギー事情の改善に用いることを

アズラエルが推し進めたおかげで、地球連合各国では餓死者や凍死者が劇的に減ったのだ。

「いえいえ、僕だけの成果だけじゃありませんよ。兵士達ひとりひとりのおかげです」

アズラエルは連合首脳陣の賞賛に対して謙遜してみせるも、決して悪い気分ではなかった。尤もこれからオーブに対する経済的な

締め付けを主張しなくてはならないと思うと、いささか気分が重くなるが……。

「それよりも問題は宇宙での反攻作戦の準備です。まぁこちらのほうも急ピッチで進んでいますが」

ストライクダガーの量産は急ピッチで進んでおり、すでに1000機近くが配備されている。さらにエネルギー事情の改善によって

宇宙艦隊の再建も急ピッチで進んでいる。プラントへの道は決して遠くは無い。尤も其の前にやるべきこともある。

「確かに宇宙での反撃も重要だが、我らとしてはヨーロッパとアフリカ、オセアニアからザフトをたたき出すのが先だと思うが」

地球連合軍はザフト軍に占領されているビクトリア宇宙港の奪還、そしてジブラルタルとカーペンタリア基地の制圧を目指していた。

早期にプラントを占領する必要があるのは彼らも認めていたが、まずは足元を固めたいというのが彼らの本音だった。

「わかっています。そちらに供給するMSの生産も順調ですのでご安心ください」

アズラエルがアラスカ基地に建設したMS工廠は本格的に稼動しており、そこから作られるMSはかなりの数に昇る。

デトロイトで製造されるMSと併せれば、史実を大きく超える数となる。尤もパイロットの育成が追いついていないのは問題だが。

「それでは地球連合軍は、軍事面ではビクトリア奪還を優先するということで宜しいですね?」

そう確認するように尋ねるアズラエルに、何人かの高官が首を振る。そして名案とばかりに自分の意見を披露した。

「我々としてはオーブに対する圧力の強化、出来れば武力を伴う制裁を提案する」

「確かにビクトリア奪還を目指すより、オーブにマスドライバーを接収したほうが効率がいい」

「それにモルゲンレーテ社も使えれば文句はありませんな」

この発言に数人の首脳陣がオーブの参戦を促すような発言をする。

(馬鹿な、何で史実では反対したはずのユーラシア連邦と東アジア共和国がそんな発言をする?)

ユーラシア連邦と東アジア共和国の発言に内心で驚きを隠せないアズラエル。だが、その発言は自分の提案に沿うものなので賛成する。

「確かにオーブへの圧力は強化しないといけませんねぇ。ですけど、今のところは経済的にお仕置きをする程度で良いでしょう」

尤もオーブ戦は避けたいアズラエルは、そう言ってオーブへの武力攻撃を回避しようとした。

(オーブ戦にMS回すならビクトリア、ジブラルタルの攻略戦に回したほうが遥かに有益だろうが。

 それに仮にオーブを攻めても得られるものなんてひとつも無いんだぞ?)

TV本編でウズミが自爆したのを思い出す。

(……しかし、あの爺さんは碌に戦後処理もせずに勝手にマスドライバーや各施設ごと自爆したよな。

 よく考えると、あれってかなり無責任じゃないのか……オーブの国民が後でどういう目にあうか分かってやったのか?)

アズラエルはウズミの行動を思い浮かべて検証した。

しかし深く考えれば考えるほど頭が痛くなるのが分かったので、アズラエルはそこで考えるのを止めた。

(まぁ……ようするに、オーブに攻め込んでも骨折り損のくたびれもうけになる可能性が大だからな。

 それにオーブにはプラントとの停戦交渉の仲介役になってほしいからな……まぁ暫くは経済的に締め上げておいて放置だな)

だが今回のパナマ戦の大勝利から連邦内部の強硬派が息巻いている。彼らは『今こそ地球圏すべての国家が手を携えてプラント

を打ち倒す時だ』と主張して止まない。アズラエルもこれには手を焼いているのが現状だ。

(表向きはオーブに地球連合に加わるように圧力をかけるしかないな。史実みたいにいきなり攻撃じゃなくて、経済的圧力をかけて

 連合に参加させることを促せばオーブも水面下ではこちらに協力するかも。ふむ、そうなればオーブは滅亡しないで済むな)

戦後にコーディネイターの迫害がさらに加速した場合にはコーディネイターを受け入れるオーブの存在は貴重なものとなる。

もし強硬派を止められずにプラントに核を打ち込むようなこととなったら……コーディネイターは絶滅する。

コーディネイターの力が今のところは必要であることを理解しているアズラエルはそんな事態は避けたかった。

このためにオーブは存続させておく必要がある。

同時に国民に後始末押し付けて自爆するような爺さんに助けを請わなければならない状況に忸怩たるものを感じていた。

(何であんな奴に頭を下げて頼む必要があるんだよ? 全く……)

心中で溜息をつきながら、サラリーマンって言うのはこんなに辛い思いをしなうちゃいけないのかね、と

モー○ングでやっているサラリーマン漫画を思い出す。そんなアズラエルの心の内など知る由もない首脳達はなおもオーブ攻略を望んだ。
「別に満足に資源のない国であるオーブを屈服させるのに、わざわざ武力を行使する必要もありません。

 だいたい、連中を屈服させるのだったら経済封鎖をすれば良いのです。資源の輸出を止めるだけで事足りるでしょう」

アズラエルはオーブへの制裁は経済制裁のみを主張するが、ユーラシア連邦と東アジア共和国の首脳はさらに強硬だった。

「それは分かっている。我々も正面きってオーブを叩こうとは思っていない」

「かの国は資源もなければ、食糧も無い。潜水艦によるシーレーンの遮断と、マスドライバー上空の宙域を機雷で封鎖すれば

 あっという間に干上がるだろう。そのくらいしないとあのオーブの獅子は動揺せん」

ユーラシア連邦、東アジア共和国は洋上艦隊こそ大西洋連邦のものより貧弱だが、潜水艦部隊は侮りがたい戦力を持っている。

このために彼らは無制限通商破壊戦を挑むべきだと主張した。だが最終的にはオーブへの直接侵攻を企んでいるのは明らかだった。

(おいおい、史実とはまったく逆の展開かよ……それとも歴史は異なる流れを修正しようとしているのか?)

ユーラシア連邦と東アジア共和国があえてオーブに強行姿勢を示したのは、皮肉にもパナマ戦で連合軍、正確には大西洋連邦軍が勝利

したためであった。パナマを自力で守りきった大西洋連邦軍に対して、散々に敗退を重ねているユーラシア連邦、東アジア共和国軍は

地球連合軍内部での地位が低下して不満を抱えていた。特にアラスカで多大な犠牲を払ったにも関わらず、影響力を確保できなかった

ユーラシア連邦は強い不満を抱えていた。そんな彼らはオーブを自分たちの影響下に置くことで大西洋連邦を牽制したいと思ったのだ。

尤も彼らがオーブ侵攻を望んだ理由は他に存在するのだが……。

「兎にも角にも、これ以上戦線を抱えるわけにはいかないんですから」

アズラエルは己の権力を使ってオーブへは、あくまでも経済的な締め付けを行うことに留めさせ、当面地球連合がなすべきことを

『中立国に対する更なる圧力強化』、『ビクトリア奪還作戦発動』、『宇宙艦隊の早急な再建』とした。

またこちらが核ミサイルに搭載できるNJCを確保したとザフトに悟れないために、欺瞞情報、具体的には連合の開発したNJCは原発に

取り付けることしか出来ない大型のものであるとの情報を流した。さらにこの情報を信じさせる為に、連合軍月面基地に保存されて

いる核兵器の一部を放棄する計画を行わせた。これは連合にとって核兵器が未だに無用の長物であると印象付けるための作戦だ。

一部とは言え使えるようになった核兵器を捨てるのは好ましくなかったが、プラントに連合が核を使えると知られるよりかは遥かに

ましだと彼らは判断していた。もし侵攻前に知られてはザフトに対抗策を立てられる危険性がある。その対抗策がどんな内容で

あれ、そんなことになれば連合の犠牲は大きくなるのは目に見えている。NJ、MSとザフトの技術を思い知った連合からすれば

当然の処置であった。







 不満を残しつつも、ユーラシア連邦軍、東アジア共和国軍は自分達が主力となっているビクトリア奪還作戦の準備を急いだ。

ユーラシア連邦軍、東アジア共和国軍を中心としたアフリカ反攻軍は生産力に物を言わせて量産したリニアガンタンク、航空機、

さらに大西洋連邦から供与されたMSであるストライクダガー、さらにXナンバーの機体を動員していた。

その数は連合の生産力と底力を示してはいたが、錬度に関してはお寒い限りだった。開戦以来の消耗は、地球連合軍全体の錬度と

将兵の質の低下を招いていた。さすがに兵士や将官は即席ではできないのだ。この質の低下を聞いたアズラエルはMSの開発における

脱出装置の改善と、病院船の建造の促進、さらに医療関連の人員の確保を急がせることになる。

しかし、そんな彼に見えないところでうごめく勢力があった。

「やはりブルーコスモスの思想に染まった将官や役人が多いか」

大西洋連邦軍の古株であり、穏健派の将軍で知られるアンダーソン将軍は、情報部長カリウス提督の報告に顔をしかめた。

「はい。さらにアラスカ、パナマ、カリフォルニア基地がブルーコスモスの影響下に入っています。プトレマイオス・クレーター基地

 も、いずれはブルーコスモスの思想を持った勢力の影響下に入る可能性が高いと思われます」

「由々しき問題だな」

「大西洋連邦軍のうち空軍は、比較的まともな将官が多いのですが、消耗が著しい海軍、陸軍、宇宙軍には……」

MSの登場以降、陸軍、海軍、宇宙軍は戦闘になるたびに多大な消耗を被っていた。

つまり、この3軍が最もコーディネイターに多くの同胞を殺されている。それは憎しみを呼び、そしてブルーコスモスの思想にはまる

将兵を一気に増やす結果となってしまったのだ。無論、アズラエルの長年の政治工作も甲斐もあったのだが……。

「それにブルーコスモス派と一部強硬派はアラスカ、パナマ戦の結果を受けて、さらなる強硬路線を取ろうとしています」

「何と……本気か? これ以上戦火を拡大させると言うのか?」

「連中は本気です。まぁ連中の言い分もあながち間違いではないとは思いますが……」

中立国に圧力を掛けて連合に参加させようとしている強硬派にとって早期の戦争終結のためには手段を選んでいられないと

言うのが本音だった。

「個人でも脅威であるコーディネイターが国家を形成すれば、我々ナチュラルが劣勢に追いやられるのは目に見えていますから」

コーディネイターを憎むブルーコスモスの構成員の多くは、内心でコーディネイターに拭い難い恐怖心と劣等感を抱いている。

彼らの多くはかつてコーディネイターに散々に苦杯を舐めさせられた人間達であり、コーディネイターの力というものをその身で

嫌というほど思い知った人間なのだ。コーディネイターたちの住処である宇宙での戦いには少しでも多くの戦力がいる。まして彼らの

能力をもってすれば、我々が驚愕するような新兵器を次々に作り上げて襲い掛かってくるだろう……そう考えている彼らとしては、

戦争をいたずらに長引かせれば、被害が増えるだけだ。だからこそ、地球圏の国家すべての力を結集しなければならない、そう考えた

ゆえの行動だった。無論、それは間違っているとは言えない。同時に絶対に正しいとも言えない。

だが彼らは自分達こそが正しいと思い込んでいる……その点が、カリウス提督とアンダーソン将軍にとっての

頭痛の種であった。自分が絶対に正しいと思い込んでいる人間ほど、相手にするのに面倒な奴は居ないのだから……。

「しかし彼らに対しては接し方というのもあるだろうに。戦前のような一方的搾取をすればどうなるかは判るだろうに……」

「確かに。まぁ政府はコーディネイターに下手に余力をつけさせると、独立戦争を挑んでくると考えていたらしいですが」

仮にコーディネイターたちに少しでも譲歩すれば、彼らの要求はエスカレートしていく……理事国は本気でそう考えていた。

まぁ移民の歴史を振り駆ればわからないこともない。過去の移民の中には、仲間が事件を起こして逮捕されたら

集団で警察署を襲って仲間を連れ出したり、そのことを記事にした新聞社や記者に襲撃や嫌がらせをした民族だっているのだから、

彼らの気持ちもわからないことはない。

「まぁブルーコスモスの思想はさすがに拙かったですね。

 差別だけでなく、コーディネイターを抹殺しようなんて動きがあれ彼らだって武器を持ちたがるでしょうし」

「やはり。連中を何とかしなければならないか」

「そうなるでしょう。少なくとも連中に対抗できる派閥は作っておかないと、彼らの暴走を止められなくなってしまいます。

 私としてはアンダーソン将軍にその派閥の中心人物をしてほしいのですが」

「やれやれ、君はこの老兵にそんな難題を吹っかける気かね?」

「しかしアンダーソン将軍以外に、彼らに対抗できる将軍はいません」

「ブラットレーがいる。あれなら能力的にバークにも十分に対抗できるだろう。儂は後見役として睨みを利かせればよい」

「確かにブラットレー少将ならば、バークとも互角の勝負ができますが、何分キャリアの差があります。

 ユーラシア連邦のウランフ中将や、東アジア共和国のチャオ大将、ナガセ中将のような面々を同じ派閥として固めるには

 やはり将軍が必要です」

カリウスが挙げた名前は大半が各国の反ブルーコスモス派の将軍、提督たちであった。ブルーコスモスに支配されていると思われる

地球連合軍だが、実際にはかなりの数の反ブルーコスモス派の軍人も存在するのだ。

「プラントとの停戦交渉を進めるにしても、彼らの協力が必要です」

大西洋連邦国務省とアンダーソン将軍派は結託して、水面下でプラント穏健派と停戦交渉を進めていたのだ。これをさらに進めるには

大西洋連邦のみならず、地球連合各国が協調する必要がある。

「やれやれ、老兵は死ぬことも消えることも許されぬか……これが祖国に対しての最後の奉公になることを祈るしかないな」

アンダーソンは彼が被るであろう負担を思い、思わずため息をついた。しかし彼らの悩みはこの数日後にさらに深刻なものになる。






 アンダーソン達がブルーコスモスの動きに対抗すべく活動を開始したころ、連合は中立国に対して地球連合への加盟要請(要求)を

行っていた。派遣された特使は連合が持つ圧倒的武力を前に出して、各国を連合へ加盟させようとした。

無論、各国はその傲慢な態度に腹立たしいものを感じてはいたが、かと言って下手に逆らえばどうなるかは判りきっていた。

かくして中立国が次々と地球連合への参加を表明することになる。これに連動するかのように地球連合軍はザフト軍に

占領された宇宙港ビクトリアの奪還を目的としたアフリカ反攻作戦を開始。ユーラシア連邦軍、東アジア共和国軍を主力とした

地球連合軍は圧倒的物量を持ってビクトリアに向かった。ザフトの同盟国『アフリカ共同体』の軍はザフトに比べても弱体であり

圧倒的物量を誇る地球連合軍に対抗できる力は無い。ましてザフトはアラスカとオーブ戦で余剰戦力を使い果たしており、

消耗戦になれば勝てる……誰もがそう考えた。だが、地球連合軍は予想外の苦戦を余儀なくされることとなる。

「予想以上に苦戦しているね……」

アズラエルは電話越しにサザーランドの報告を聞いて思わず唸った。何せ圧倒的物量を誇るはずの連合が散々に翻弄されているのだ。

しかも相手は少数の部隊。これでは地球連合の威信に傷がつく。

「ユーラシア連邦は一体、何をしているというんだ? あれだけご自慢の機甲師団を集めたのに」

『所詮は田舎兵士ということです』

サザーランドは醜態をさらすユーラシア連邦軍兵士を見下すが、アズラエルは敵指揮官の名前を見て思わず納得した。

(砂漠の虎か……確かにこいつは苦戦するな)

正規軍にとってゲリラ戦は、非常に苦手なものであった。古今東西、ゲリラに悩まされなかった軍は存在しないだろう。

そして砂漠の虎は砂漠での戦い、ゲリラ戦にも精通している。まして与えられている兵力はザフトのアフリカ方面軍の半数近く。

これではいくら兵力で圧倒するユーラシア連邦でも苦戦するはずだった。

(とっとと退場してくれていればよかったものを……)

アズラエルは、ジブリールを抑える対抗馬であるマリア・クラウスをブルーコスモスに再度迎える準備に忙しかった。

そんな彼からすれば、余計な厄介ごとを増やしやがってというのが正直な本音だ。

(何か嫌な予感がする……まさかここまで戦力差があるんだから、負けることはないと思うけど)

その予感は翌日、明らかになる。

「マスドライバー奪還に失敗ですか……」

アズラエルは報告書を見て、何度目か分からない溜息をついた。それも無理はない。何しろ、あれだけの費用と戦力をつぎ込んで

作戦を成功させることが出来なかったのだ。溜息の1ダースはつきたくなる。

『はい。EMP兵器らしき兵器を使用して、ザフトはマスドライバーを崩壊させた模様です。またマスドライバー周辺に展開していた

 ユーラシア連邦軍、東アジア共和国軍の部隊もかなりのダメージを被った模様です』

「連中の主力部隊が潰えたってこと?」

『正確には行動不能になったと言うべきでしょう。人員の消耗は極端に酷いものではないので、武器を供給すれば再建は可能です』

「と言うことは再建後は、ヨーロッパ反攻軍に組み込まれることになりますね」

『連合軍最高司令部はジブラルタル攻略作戦の発動を急いでいます。それとカーペンタリアの攻略も視野にいれているようです』

「カーペンタリアか……と言うことはオーブを橋頭堡する必要があるってこと?」

『オーブを基地として使えれば攻略は楽になるでしょう。尤も政府は武力攻撃の明確な大義名分を欲しがって居ますが』 

アズラエルはこの大義名分に心当たりがあった。尤もオーブを武力攻撃したくない彼としては使いたくはないのだが…。

「どうするかな……使いたくは無いんだけど」

アズラエルがどうするか悩んでいた頃、ユーラシア連邦首都ブリュッセルでは連邦首脳陣が頭を抱えていた。

「軍は何をやっているのだ! あらだけの戦力をつぎ込みながら失敗するとは」

「そのとおり。これでは我が国の面目は丸つぶれだ」

政府首脳部はこぞって、連邦軍高官を非難した。何しろあれだけの戦力をつぎ込んで失敗したのだから文句も言いたくなる。

「これでは、パナマを守りきった大西洋連邦に対抗できないではないか!」

さらに大西洋連邦がパナマを守りきったことで、大西洋連邦の株価が急上昇しているのも彼らにとって歯がゆいことだった。

独自の宇宙港を保有している事は、地球連合軍内部で強い影響力を持つ事を意味しているのだ。

「アフリカのジブラルタル対岸地域の攻略にはどの程度の時間がかかる?」

「アフリカ反攻軍の再編には2ヶ月程度あれば出来ます。ジブラルタル攻略は大西洋艦隊を使い、海上と陸上から挟み撃ちにします」

ビクトリアを奪い返せなかった今、ジブラルタルの奪還は必要不可欠だった。

「ううむ……だが、今回のような失態があってはたまらんぞ」

このうち、少なからざるMSが機能を失ってしまった。その喪失は非常に大きく、連邦軍首脳部は兵力のやり繰りに頭を痛めている。

この危機に対応するためとは言え、ライバルである大西洋連邦に頭を下げなければならないのは彼らにとって腹立たしい限りだった。

(このままでは我が国は大西洋連邦に頭を垂れなければならなくなるな……)

ユーラシア連邦首相は内心で苦々しいものを感じていた。

何せ大西洋連邦から供与されるNJCはコアとなる部分が完全にブラックボックス化されており、ユーラシア連邦は触れる事も出来ない。
さらに言えば、ユーラシア連邦に渡されるNJCはどれも大型のもので核ミサイルにはどうあがいても搭載できないものだった。

これは核を自在に使えるのは大西洋連邦だけということを意味している。これに対してユーラシア連邦はNJCの提供だけでなく

MSすら大西洋連邦に依存している……これは好ましいことではない。何故なら、この状況が続くことは地球連合内部における

大西洋連邦の支配力が確固たるものになり、ユーラシア連邦が大西洋連邦の属国扱いを受けるようになることを意味するからだ。

しかし大西洋連邦の支配が嫌いだからと言って、プラントに乗り換える事などできない。プラントは元々は理事国3ヶ国が資本を

出し合って建設したものなのだ。それをあっさり手放す事などできる訳が無いし、そんなことをすれば自分達の首が飛ぶ。

(しかしこのまま手をこまねいていれば、後世で笑い者になるな)

「……黒海艦隊の太平洋への回航は終わっているか?」

「現在はシンガポール基地で補給を受けています。必要となるMSも積み込みは終了しています」

「そうか………外務大臣、東アジア共和国への根回しは?」

「すでに完了しています」

ビクトリア攻略戦が開始される前から、彼らはある懸案について東アジア共和国首脳部と極秘裏に交渉を行っていた。

そしてそれは、幾度の交渉の末に両者の合意を得た。

「ですが大義名分がないと大西洋連邦の横槍が懸念されます。かの国はことさら正義に拘りますから」

「血のバレンタインを演出した連中など放っておけ………それに大義名分がないのなら、作ればよいのだよ」

大統領は薄い唇を吊り上げて言い放つ。この形相に他の高官は寒気を覚えた。

ユーラシア連邦軍と東アジア共和国軍が洋上艦隊を出動させる用意に取り掛かっているとの情報は、即座にアズラエルの元に

届けられた。彼はこの動きがオーブ侵攻の準備なのではないかと疑って、連合軍最高司令部を通じて真意を問いただした。

しかし彼らはただ共同訓練のためだとの一点張りでまともな回答をしなかった。この回答にアズラエルは苦りきった顔をした。

「どこが訓練だ。連中の狙いはオーブへの侵攻じゃないのか」

ユーラシア連邦軍ご自慢の黒海艦隊と、東アジア共和国の虎の子の空母機動艦隊、この2つが上陸部隊を伴って向かう先は

今のところオーブしか存在しない(さすがにカーペンタリアは無理)。

「しかし何故、連中がオーブへ侵攻する? それもこんな急に……しかも大義名分もなしに」

アフリカで受けた消耗は決して少なくない。それなのに、今回の急なオーブ侵攻作戦……これは明らかに常軌を逸している。

アズラエルはこの動きの影に何かしら、自分の知らぬ勢力の介入があったのではないかと疑った。

「軍需産業連合理事、ブルーコスモス盟主と言っても、出来る事は限られているな……所詮、一人の人間に出来るのはこの程度か」

アズラエル、いや修は自分がこの体に憑依したとき、自分が何と驕った考えを持っていたかを自覚した。

「それにしても、こうも独走する連中がいるんじゃ、こっちも自身の軍事力を確保する必要があるな」

アズラエルは私設軍のさらなる強化と、宇宙での拠点の確保を決意した。地上ではアラスカ基地を拠点にしているが、これから宇宙で

戦うようになるのであれば、宇宙での拠点は必要だ。

「プトレマイオス・クレーター基地を使うのは、連合穏健派を刺激しすぎるし首脳部にも要らぬ警戒心を持たれるよな……

 ということは独自の基地が必要か」

アズラエルが暫く悩んだ結果、かつてザフト軍基地であったローレンツ・クレーター基地を使うことにした。ここは現在、放棄されて

無人基地となっている。ザフトは撤収する際に主要施設を破壊、もしくは回収しているので再建にはかなりの時間と費用が掛かるが

軍良識派に文句を言われることはないだろう。

「こっちが好き勝手にできる基地を確保することを優先するべきかな」

アズラエルは月面での生産力強化をお題目として掲げて、ローレンツ・クレーター基地を再利用する事業を始めることにした。




そのころ、オーブ軍所属のイージス艦の艦長は自分達の鼻先を我が物顔に航行する3隻の艦艇を見て、苦々しいものを感じていた。

「ユーラシア連邦軍所属のリューリク、ロロ、オレーグか……連中め、脅しでもかけているつもりか?」

副長がこれを肯定する。

「恐らく連中は示威行為でもする気なのでしょう」

昨今、地球連合による経済的締め付けはオーブ国内の情勢を不安定にしていた。地球連合への加盟を強く求める連合軍と中立に

拘るアスハ政権はその主張を真っ向から対立させており、状況が改善する見込みは無い。そんな状況で焦った連合がオーブを

脅すために大規模な艦隊による訓練を行うと情報が飛び込んできた為にオーブ国内で反連合感情が高まっていた。

この艦長も反連合感情を持っているひとりであった。

「連中がオーブ近海に入ってきたら、即座に(威嚇)砲撃してやるものを」

残念ながら、ユーラシア連邦軍所属の3隻の艦はオーブ領海ギリギリを航行しており、オーブ軍は彼らに手が出せなかった。

しかしこの艦長は次の瞬間、驚くべき光景を目にする。

「爆発?」

ユーラシア連邦軍所属の3隻のうち1隻、ロロの後部甲板で突然爆発が起こったのだ。そしてこの数秒後に大爆発を起こして

ロロは沈没してしまった。この様子にさすがの艦長も唖然とした。だがそれも次の瞬間に怒りへと替わる。

「地球軍艦艇から入電『ロロに対する攻撃の意図を知らされたし』」

「馬鹿な、勝手に沈んだのは連中じゃないか、言い掛かりだ!! 哨戒機も飛んでいるはずだ、あれなら証拠がある」

「そ、それが先ほどから哨戒機と連絡が取れないのです」

「何?! くそ、至急本部に……」

彼は本部に状況を知らせようとしたが、残念ながらそれは成す事は出来なかった。

「敵艦、ミサイルを発射、こちらに向かっています!!」

「迎撃しろ!」

「駄目です! 間に合いません!!」

オーブ軍イージス艦は2隻の艦艇からの攻撃を受けて沈没することになる。そしてこの事件から3時間後、ユーラシア連邦政府は

オーブ近海でユーラシア連邦軍所属の駆逐艦ロロがオーブ軍の卑劣な奇襲攻撃にあって沈没したと発表し、直後にオーブ政府に

対して宣戦を布告、さらにその数分後には東アジア共和国もユーラシア連邦に続いてオーブへ宣戦を布告した。

かくしてオーブ攻略戦と呼ばれる戦いの幕が開ける。