MS搭載型強襲揚陸艦ワスプを旗艦とする連合艦隊はパナマ基地を出航し、パナマ基地南方海域に移動していた。

この動きに連動するように他の多くの艦隊、地上部隊も動き出しておりアズラエルはその現状を作戦室で確認していた。

「ザフトの動きは?」

「はい。偵察機の報告では、バグゥを中心としたMS部隊が東部内陸から侵攻する構えを見せています。これに加えて我が艦隊の

 南方、及び北東方向から敵母艦群が接近しているとの情報があります。追加の偵察機を出して詳細な情報を収集中です」

「敵はパナマ基地を三方向から攻めるつもりのようですね。それにしても内陸部からの侵攻を許すとは、南米方面軍は何を

 やっているんでしょうね………」

「南米方面軍は未だに戦車が陸戦の主力ですから、彼らを責めることは難しいでしょう」

現在、MSの配備が進んでいるのは北米、南アジア、ヨーロッパ方面の部隊であり、アフリカ、南米方面の部隊にはMSの配備は

進んでいないというのが実情だった。尤も南米そのものは比較的戦火が下火で、MSの配備を急ぐ必要性が無かったせいもあるが。

「まぁ良いでしょう。こちらの配備は?」

「パナマ基地にはダガー隊が配備されています。さらに戦闘機隊もスカイグラスパーを中心に固められていますので、ディン相手でも

 互角に戦えると思われます。陸上戦艦『コレヒドール』は南部に、『アラモ』は北部に配置して敵の侵攻に備えています」

地球連合軍は火力でザフトを圧倒するつもりだった。時代遅れの戦艦とは言え、その火力は脅威の一言に尽きるのだ。

「MSの運用も、アラスカ戦での経験から陸上空母『ニューヨーク』『ニューメキシコ』を母艦にしていますので問題ありません」

報告される情報は、パナマ守備軍の戦力が史実のそれを大きく上回っていることを示している。尤もそれだけの戦力を集めるのに

彼が要した苦労はかなりのものであり、これで勝って貰わないと、アズラエルとしては立つ瀬が無い。

(これだけの戦力を集めたんだから、勝ってくれよ……)

アズラエルの働きかけもあり、連合軍最高司令部はパナマ防衛の為に中南米で送り込める戦力の大半をこの地に送り込んでいる。

何せパナマは地球連合軍に残った唯一の宇宙港。ここを死守しなければ宇宙での反攻作戦など夢物語だ。パナマのマスドライバーを

奪取(又は破壊)されれば、あとに残されたのはビクトリアのマスドライバーを奪還するか、オーブのマスドライバーを奪うかの

どちらか、あるいはその両方をしなければならなくなる。

(かと言って史実どおりにうまくいくとは思えないんだよな。仮にオーブ、ビクトリア両方で失敗すれば、宇宙への出口を全て失う)

一応はカオシュン宇宙港の奪還と言う選択肢が残っているが、ザフトがいつまでもマスドライバーを残して置くとは限らない。

(結局は、ここで踏ん張るしかないんだよな……まぁアラスカであれだけ痛めつけたんだから勝てるだろう)

アラスカでザフトに与えたダメージは、史実のサイクロプスを超えるものであった。無論、その見返りに連合も無視出来ない打撃を

被ってしまったが……。

しかしアズラエルはここで自分が過信しているのではないかと思い始める。

(いや、戦争には相手がいるんだ。連中も史実とは違う動きをするかもしれない。

 グングニールの他にも何か新兵器を投入してくる可能性もある。注意するにこしたことはない)

地図に表されている自軍の大部隊を過信(?)しそうになる自分を戒める。

(確かにTV本編よりもザフトが投入できる兵力は少なく、逆にこちらは多い。

 圧倒的有利な状況だが、絶対に油断することはできないな……何せ上の慢心は下に伝播するからな)

アズラエルはこちらが圧倒的有利な状況に置かれたとしても、決して慢心してはならないと考えていた。

(司令官の慢心は兵士の命をもって贖うことになる。その愚は決して犯してはならない)

兵士ひとりを育てるのにかかる時間とコストは決して安いものではない。いくら人的資源に勝る連合とは言え、熟練の兵士と指揮官の

育成は一朝一夕で出来るものではない。だからこそ最小限の味方の犠牲で最大限の敵を倒すことが必要だった。

アズラエルがそう自分を戒めた時、ワスプの作戦室に緊急報告が入った。

「偵察機より入電。『我、ザフト軍潜水母艦多数発見』」

「位置は?」

「南東海域。距離は約120キロ」

「対潜哨戒部隊を発進させろ。パナマに近寄らせるな」

艦隊司令の横から、アズラエルは割り込むように尋ねる。

「パナマ基地の動きは?」

「パナマ基地は戦闘機と対潜哨戒機を発進させました。

 MS部隊と陸上艦隊は即応体制に入りました。陸上戦艦『コレヒドール』、『アラモ』も同様です」

「第14独立遊撃隊は?」

この第14独立遊撃隊とはあのソキウスシリーズを始めとするコーディネイター達が駆るGATシリーズからなるMS部隊のことだ。

彼らは連合正規軍の指揮系統ではなく、アズラエルの指揮系統に組み込まれ現在は陸上艦隊に配備されている。

「すでに陸上空母『ニューメキシコ』で臨戦態勢に入っています」

「そうか……よし、『ニューメキシコ』はEエリアへ移動させるように伝えておいて」

「……了解しました。そのように伝えます」

アズラエルの指示が伝達されてから数分後、驚くべき報告が司令部に舞い込む。

「た、大変です。攻撃に向かった部隊が迎撃を受けて半数を喪失。撤退の許可を求めて来ました」

「何!?」

騒然となる司令室。何せ派遣したのは戦闘機を含めて100機近く。それが簡単に撃退されることなど普通はありえない。普通なら。

「一体、何があったんだ!?」

「そ、それがたった1機のMSに蹴散らされたようでして……敵艦隊の上空に到達する前に攻撃機や哨戒機を潰されて

 撤退を開始するとの報告が」

たった1機のMSと言う言葉を聞いた途端にアズラエルは何が起こったかを半ば悟る。そしてそれは攻撃隊から送られてきた

敵MSの映像を見た瞬間に確証に変った。顔を少し引きつらせながらマイクをとり、アズラエルは出撃命令を下した。

「カラミティ、フォビドゥン、レイダーを出せ」

予定より明らかに早い出撃。多くの将校は顔を見合わせるが、口を挟めない。

『宜しいのですか?』

格納庫からも困惑した担当者が恐る恐る尋ね返したが、アズラエルは気にもしない、いやそんなそぶりを見せなかった。

「構わない、目標はパナマに接近してくる敵新型MSだ。何としてもあれを拿捕しろ」

『だ、拿捕ですか?』

「そうだ。手足と頭は潰しても構わない。胴体だけは確保しろと伝えておいてくれ」

そう言って通信を切ると、アズラエルは少し不安げに戦況を示す地図を見つめる。

(まさかジャスティスを出してくるとは……あれはフリーダム奪還に持っていかれると思っていたのに)

彼自身としては全くの想定外。もしジャスティスの投入を予期していたら、もっとパナマに近い位置に艦隊を置いていただろう。

「司令、艦隊をパナマに近づけてください。それと陸上戦艦『コレヒドール』のブラットレー少将にパナマ守備軍司令部が

 破壊された際には守備軍全軍の指揮権を任せる旨を伝えてください」

「え?」

「このままではパナマ守備隊は苦戦を強いられます。恐らく司令部はあれに破壊されるでしょうから」

アズラエルはジャスティスが雷撃戦が得意なMSであることと、ジャスティスの進行方向がパナマ基地司令部にであったことから

ザフトの狙いを悟った。勿論、ジャスティスの情報を知らない艦隊司令はアズラエルの言葉に半信半疑の様子であったが、最終的には

アズラエルに命令どおりに実行した。

連合艦隊が慌ててパナマに向かって舵をとる様を見ながら、アズラエル遥か遠くの空を飛ぶ機体に向かって呟く。

「『正義』か……俺から見ればあれはとんだ疫病神だな。だが、ある意味でチャンスでもある」

地球のエネルギー不足を解消するのにはNJCは必要だ。

ここでNJCを確保できれば原子力発電が可能になり、地球のエネルギー事情は大きく改善できる。生産能力を回復させれば

圧倒的な物量を揃えることが出来る。そうなればザフト軍を揉み潰すことが出来るだろう。それに大西洋連邦がNJCを

手に入れることは他の地球連合軍構成国に対して大きなアドバンテージを得ることを意味するばかりでなく、アズラエル自身が

政財界高官に対して大きな発言力を手に入れられることを意味する。

「もっともこの判断、吉と出るかな……それとも」

一方で自分の判断で犠牲になるかもしれない人間を思うと彼は暗い気持ちに囚われる。

最小限の犠牲で最大限の効果を得ること……それが彼のように戦争を指導する者の務め。

だが最小限の犠牲に含まれる人々は果たしてそう簡単に納得してくれるだろうか……人が持つ命は唯の一つしかないのだから。

「……俺がこの世界で死んだら、地獄行きは確定だな」

そう寂しく小さ声で呟くアズラエルの横顔には、微かに平凡な生活への未練が漂っていた。




                青の軌跡 第4話




 地球連合軍の攻撃隊を撃破したジャスティスはパナマ基地司令部に急接近しつつあった。そのあまりの速さに守備軍は全く

組織的に対応することができず、次々に防衛線を突破されてしまう。この事態にパナマ守備軍司令部は恐慌状態に陥った。

「防空隊は何をしている!?」

パナマ基地司令官は部下を叱責するも、事態は好転するわけがない。

「駄目です! 敵の侵攻阻止できません!」

「迎撃に向かった戦闘機隊消耗率10%に達しました!」

「対空陣地は何をやっている!?」

「敵機はPS装甲を持っている模様です! 実弾兵器が通用しません!!」

「くそ! 第13独立部隊を出せ! それと陸上艦隊に支援要請!」

「構わないのですか?」

ブルーコスモス嫌いである基地司令が、ブルーコスモスの部隊に出撃を求めるとは信じられない部下が聞き返す。

「構わん! 使えるものは使え!! 我々の任務はパナマ防衛だ」

「了解しました」

急進するジャスティスに対して、地球軍は本来はザフト軍が上陸してきた際に前線に投入する予定だったストライク・ダガーを

出してジャスティスに対して迎撃を開始した。さらに対空用レーザー砲を搭載している陸上戦艦も攻撃を開始する。

一部の部隊は効かないと判っていながら、せめてジャスティスの足を止めようとして必死に実態弾を撃ちあげる。

「さすがに数が多いな」

ジャスティスのコックピットでアスラン・ザラは舌打ちした。何せ地上から打ち上げて来る対空砲火は、まさにビーム&レーザーの

スコールと言っても良い密度のものだ。これに加えてダメージが無いとは言え、多くの実体弾が放たれてジャスティスの至近で爆発

しており、スピードを幾ばくか削られている。核エンジン搭載型MSのジャスティスとは言え、これだけの攻撃を浴び続ければいつか

深刻な被害を受けるだろう。本来なら、砲戦に長けたフリーダムの支援を受けつつ突入するのが定石なのだろうが、残念ながら

フリーダムは奪取されてしまいこの場に無い。かと言って、ジャスティスが単独で引き上げるのは許されないことだ。何故なら、

パナマ基地司令部をジャスティスで叩くことが作戦の根幹となっているのだ。彼の失敗はこの作戦の失敗に直結してしまう。

「こうなれば!」

アスランはジャスティスを急降下させて地球軍が狙いをつけにくい超低空から司令部に迫る。

確かにこの選択でジャスティスに向けられる砲火は減ったが、だがジャスティスが超低空で飛行すれば今度は戦車やMSが迎撃してくる。
もっともその迎撃は対空射撃のような濃密さはない。そして精密さも劣っていた。

「狙いが甘い!」

彼はビーム攻撃のみを最小限の動きで避け、ビームライフルやフォルティスビーム砲の火力に物を言わせて次々にストライク・ダガーを撃破する。

戦車など比較的戦闘能力の低い敵はバルカンで薙ぎ払って行った。

次々にあっけなく撃破されていく地球連合軍部隊の姿はかなり情けないものであったがジャスティスの火力は砲戦MSに匹敵する。

白兵戦を主任務とするダガーや戦力面で遥かに劣る戦車で勝負するのは土台無理な話であった。

圧倒的な火力と機動力のジャスティスによってダガー部隊は次々に分断され各個撃破される。おかげで部隊の再編もままならない。

「MS部隊は何をやっているのだ!?」

次々に突き崩されていく防衛ラインを見た基地司令官は怒りのあまり怒鳴った。

「コレヒドールとアラモに艦砲射撃を要請しろ!」

しかし次の瞬間、さらに恐るべき報告が入る。

「た、大変です。ザフトの両用MSが次々に上陸を開始! 海岸線の部隊が救援を求めています!」

「持ちこたえさせろ! 敵は少数だぞ!!」

「しかしいくつかの陣地が敵に制圧されています。それにミサイル攻撃も」

海岸に接近してきたザフト艦隊による支援射撃でかなりの被害を陣地は受けていた。

それにMS部隊の攻撃で海岸に張り巡らせていた防衛ラインはあっという間にズタズタにされた。

各地からザフト軍の浸透が報告されてくる。

「沿岸周辺に配置した砲兵部隊にザフト軍MS部隊に制圧射撃を行わせろ!」

「しかしそれでは友軍も巻き込みかねません!」

「構わん!! それよりも接近している敵MSの撃破を急がせろ!」

だがその命令はとどけられることは無かった。

「敵MS発砲!!」

悲鳴のようなオペレータの報告の直後、ジャスティスのフォルティスビーム砲から放たれたビームが司令部施設を直撃する。

正義の名を冠する機体から放たれた光の矢は司令部の防壁、隔壁を融解させ司令室を一瞬で消滅させた。

司令部内で指揮を執っていた幕僚や指揮官は幸運(?)なことに痛みを感じる間もなく戦死し、さらにパナマ守備軍全軍の

指揮系統を一時的に麻痺させることになった。かくして指揮系統が麻痺した地球連合軍各部隊は連携が取れないまま少数のザフト軍に

各個撃破されると言う失態をさらす羽目となるのであった。一方で、第5洋上艦隊は南方のザフト軍潜水母艦群へ攻撃隊を送りこんだ。

第5洋上艦隊司令官はジャスティスを強化人間で押さえ込んでいる内に、南部から上陸を試みようとするザフト軍の

意図を粉砕しようとしたのだ。無論、ザフトはディンやVTOL戦闘機で応戦したが、スカイグラスパーを中心とした攻撃隊によって

あっさり駆逐され、制空権を失ったザフト軍潜水母艦は対潜ミサイルの攻撃を浴びて全滅した。

「ジャスティスがない南部のザフト軍なんてものの数じゃあなかったな……」

アズラエルは南方のザフト艦隊壊滅を聞いて、『勝てるかも』と思ったが、そんな甘い考えは悲鳴のような報告によって打ち消された。

『こちら、第3歩兵中隊救援を!』

『第11戦車中隊被害甚大! 後退の許可を!!』

守備軍から相次いで入ってくる凶報の数々は彼らの苦戦振りを明確に示していた。それは司令部が破壊され、指揮系統が分断された

ことを意味している。この事態にアズラエルは思わず舌打ちした。

「こちらの3機が到着するにはあとどのくらいかかります?」

「は……はい。あと3分ほどです」

艦隊司令官の返答を聞くと、アズラエルは暫しの熟考のあと第14独立遊撃隊を一時的にブラットレー少将の指揮下に編入する

ことを伝えた。これに加えて第5洋上艦隊所属の航空部隊を増援として送るとに伝えた。

「リンカーンとインドミダブルは?」

第5洋上艦隊に配備されている正規空母の状況を尋ねる。

「15分以内に航空隊の発進準備が完了するとの報告がありました」

「そうですか……守備軍全軍の指揮はブラットレー少将が?」

「いえ、掌握しきれた部隊は全体の3分の1程度です。あとは各個に中級指揮官の下で動いている模様です」

「拙いな……このままでは敵に降下ポイントを制圧されかねない」

最悪のシナリオを思い描き、不安を脳裏によぎらせる一方でアズラエルは苛立ちを募らせる。

(お前らも給料分の仕事をしろよ! 全く俺は民間人なんだぞ!!)

何せ本来なら指揮を執るべき司令官やその補佐をすべき幕僚が思考を停止しているのだ。ジャスティスの桁外れの戦闘力と司令部の

壊滅は、彼らの中に潜んでいたザフトへの恐怖心を呼び起こすのに十分な働きをしたようだ。

「アズラエル様……我々は一体、どうすれば……このままでは」

さすがにこれにはアズラエルはキレた。守備軍司令部が壊滅し、浮き足立つのは分かるが艦隊司令が見せる態度ではない。

「取り乱すな!! 将が狼狽し、冷静さを失えば勝てる戦にも勝てなくなるぞ!!」

アズラエルは狼狽する幕僚達を一喝し、冷静さを取り戻させようとする。

「ブラットレーは熟練の用兵家だ。時間を稼げば戦局を持ち直すことはできる!!」

幕僚達の瞳に微かに理性の光が見て取れるようになる。

「では、支援として戦闘機で稼動状態の物の半数を向かわせましょう」

しかしこの参謀の意見はアズラエルに却下された

「最低限の直掩機を除いた全稼動機を送れ! リンカーンとインドミダブルの2隻の航空隊と併せれば時間を稼げる!!」

「し、しかしそれでは艦隊の防空に穴が」 

「この作戦の目的はマスドライバーの防衛だ。もしそれが達成されなければ敗北なんだ。

 どんなにザフトのMSを破壊しようが、コーディネイターを殺そうが、全く意味の無いものに成り果てるのは自明だろう!」

それでも尚不満げな幕僚にアズラエルは説得するように言った。

「ザフトにこの艦隊を攻撃できるほどの兵力はない。連中にはアラスカで失った兵力を即座に回復できるほどの補充能力はないんだ」

「ザフトはパナマに攻め込むだけで精一杯と?」

「そうだ。戦力はこっちが圧倒しているんだ。冷静さを保てば勝てる」

アラスカの消耗を考えれば、確かに今回のザフトのパナマ攻撃軍はそう多くは無いはずだ。そして南方から襲い掛かろうとしていた

ザフト艦隊が壊滅したことで、ザフト攻撃軍の戦力は3分の2程度に低下している。

これを一旦理解すると、幕僚達の行動は迅速だった。次々に必要な指示が飛び、艦隊の各艦から次々にVTOL戦闘機が発進していく。

そして彼らは艦隊上空で編隊を組むと、あっという間に陸地に向かって飛び去っていった。








 パナマ守備軍臨時総司令官にされてしまったブラットレー少将は指揮系統の建て直しを急いでいた。

だが、守備軍は指揮系統の麻痺と言う軍事作戦においては最悪の事態に見舞われて混乱の真っ最中。

陸軍部隊についてはかなりの数を掌握したが、それでも全体の2分の1、陸海空全軍に至っては3分の1に過ぎない。

救いようのない現実に暗い雰囲気に飲み込まれる司令部内。だがそこにワスプからの連絡が入る。

「あの敵の新型を抑えられるのでしょうか?」

連絡文を読んで、副官であるミッチャー大佐が半信半疑に言う。

何せジャスティスによって齎された被害は甚大の一言であり、目の前でその脅威を知った人間ならそう反応するのは当然だった。

「奴が出来ると言うならやって頂くさ。何せこちらの負担がとてつもなく多い。これが軽減できるなら誰が来ても構わん」

ブラットレーの言うとおり、彼らはこれ以上無駄に戦力を使いたくなかった。

現在は第13独立部隊の全MSとスカイグラスパー、追加装備としてビーム砲を装備させたネオサンダーボルトが

束になって押さえにかかっているがそれでも押され気味と言うのが現状であった。

これら部隊は全部バークが指揮下に収めた部隊で、本来なら前線の建て直しを行うための兵力でもあった。

その彼らが使えないことで部隊の運用に悪影響を及ぼしている。故にブラットレーからすれば増援は願ったりのことだった。

「新型がついたら第1から第5中隊は補給の後、前線へ投入しろ。残りの部隊はその場で待機。

 もし増援の機体が相手を抑え切れなかったら援護しろ。抑えきれるようだったら消耗の激しい部隊から順次補給にかかれ」

「了解しました」

「閣下、第14独立遊撃隊がニューメキシコと共にEエリアでザフト軍と交戦中です」

「14、あのXナンバーの部隊か……Eエリアの戦況は?」

「第5戦車大隊が壊滅し、戦線が後退していましたが第14独立遊撃隊の活躍でかなり押し戻しています」

戦況図を見つめてバークは暫し考える。

(Eエリアは比較的敵兵力が多数展開している。しかしここで他の戦線に回す兵力を足止めできれば……)

バークは戦況図を頭の中に描きつつ戦況をシミュレートする。そしてそれに満足な結果を得ると決断を下した。

「第14独立遊撃隊は、敵の突出部を引き付けておくように伝えろ。ダガー2個部隊を回り込ませて挟撃させる」

「了解しました」

「コレヒドールは、ダガーを支援するために前進。ザフトに40センチ砲の威力をとくとを思い知らせてやれ!」





 そのEエリアではソキウス達が6機のGを駆り、縦横無尽に暴れまわっていた。彼らはデュエル又はストライク1機とバスター2機

で1個小隊を組んでいた。そして2機のバスターが長距離の敵を蹴散らし中近距離の敵を牽制してデュエルの視界に追い込むと言う

シフトを組んでいた。2機のバスターの射撃であっけなく破壊されていくジンやグール。

反撃を加えようと接近するも、今度はバスターの牽制を受けて動きを封じられ、デュエルの精密射撃で一撃で大破していく。

運良く攻撃できたとしてもPS装甲を持つGには、損傷を負わせることも出来ない。ザフト軍MSは一方的に狩られる哀れな獲物に

成り下がっていた。

「くそ、こいつらは本当にナチュラルなのか!?」

突入してくる6機のGの余りの強さにジン隊のパイロットに動揺が出始める。そして動揺は容易に恐怖へと変る。

恐怖に駆られたパイロットはがむしゃらに撃つか、逃げるだけとなる。連携は『れ』の字も見られない。これではソキウス達の

絶好の的にしか過ぎなかった。彼らは次々に屍をさらしていく。

「何て未熟な兵士達だ……」

余りの動きの悪さに呆れつつ、イレブン・ソキウスはまるで訓練時の的のようなジンに狙いを定める。

2機のジンはデュエルが発砲しようとするのに気づき、慌てて回避しようとするが、それは遅すぎた。

ジンは回避の努力の甲斐も無く、コックピットにビームの直撃を受けて爆発。

最初の攻撃を免れたもう1機のジンが敵討ちとばかりにライフルを放つが、デュエルはその全ての弾道を見切り右へ飛ぶ。

そして空中から不安定な体勢でライフルを発射。寸分たがわずジンのコックピットを撃ちぬいた。

その精密な攻撃振りはまさしく戦闘マシーン……だが、その戦闘マシーンは内心で歓喜に満ちていた。

(戦っている、ボク達が、ナチュラルのために)

自分達の存在意義が証明されている、その思いが彼にかつてない充実感を与えている。

操縦者の昂揚感を現すように、デュエルの動きもまた急速に速くなる。

「凄い……」

増援に来たダガー隊のパイロット達はソキウス達の6機のGの活躍ぶりに目を見張る。

「おい、見とれてないで給料分の仕事をしろ!」

「あ、す、すいません」

隊長の叱責を受けて正気に返り、彼らも戦闘に加わる。

「いいか、あの連中に遅れを取るんじゃないぞ!」

このソキウスの驚異的な活躍で地球連合軍がEエリアと呼ぶ地域においてザフトが押し戻されていることは即座に潜水母艦で

指揮を執るクルーゼの知るところとなった。

「Gが6機もか……奴らも中々味なことをするな」

PS装甲を有するGにジンでは対抗できない。

おまけに相手のGは乗り手がよほど腕の良いのか、それともOSが良いのか分からないがやけに動きが良い。

すでに6機のGによってジンを含めて15機以上のMSが撃破されている。

このまま彼らが暴れまわれば、地球連合軍がEエリアと呼んでいる地域を中心に戦線が崩壊しかねない。

「それにカーター隊が壊滅した以上は、現有戦力だけで戦わねばならないが……いささか厳しいものがあるな」

連合軍艦隊によって殲滅されたカーター隊の抜けた穴は非常に大きい。これによって南部の連合軍は東部内陸部から侵攻してくる

ザフト軍と正面からぶつかる様になり、ザフトは苦戦を余儀なくされている。クルーゼは最悪の事態を防ぐ為にこちらに唯一残された

Gであるイザークのデュエルを彼らにぶつけることにした。





 イザークはオーブ近海でのアークエンジェル追撃戦で負傷して一時的に戦線を離脱していたが、アラスカでの消耗とパナマ攻撃の

決定によって、前線に呼び戻されたのだ。無論、愛機となっているデュエルと共に。

「くそ、生意気なんだよ、ナチュラル風情が!」

イザークはしつこく攻撃をしてくる戦車部隊をビームライフルで蹴散らし、彼らの背後にあった小うるさい砲兵陣地に攻撃を加える。

もっとも防御力の低い砲兵はデュエルのイーゲルシュテルンや小型ミサイルで十分で、連合軍の兵士達はあっさりと蹴散らされる。

だが、幾ら潰しても攻撃は緩まる気配がない。五月雨式に降り注ぐ砲弾、ミサイルの嵐。

それに加えて、アズラエルが差し向けた航空隊の支援が始まるとザフトの消耗は一気に加速した。

「連中め、一体どれだけの兵力をここに集めている!!」

潰しても潰しても湧いて出てくる地球軍に忌々しさを覚えるイザーク。

指揮系統を潰されて、各個に動き回っていた守備軍を撃破することはそう難しいことではなかったがこうも数が多いと話は別だ。

最初は補給に戻る余裕もあったが相手の指揮系統がある程度再建され、航空支援がなされるようになっては前進できない。

それに加えて部隊の物資も心もとなくなっている。こちらの兵力が少ないので部隊を交代させることが難しいのだ。

イザーク自身は先ほど補給を済ませることが出来たが、ジン部隊はそうはいかない。

(あと一歩で降下ポイントを制圧できると言うのに!)

目の前に降下ポイントがあるにも関わらず足止めを食っていることに苛立ちを募らせる中、母艦からの通信が入る。

『イザーク、聞こえるか?』

「隊長?」

『そうだ。すまないが君にはミサカ隊の増援に向かってほしい』

「しかし……所詮、相手はナチュラルです。ミサカ隊がそんなに支援を必要としているとは……」

『地球軍のMSはどうやらGなのだ。それも君の機体と同じデュエルとバスターでね。しかもあわせて6機もいる』

「!! Gが6機!?」

『そうだ。ミサカ隊はこいつのせいで大分苦労している』

確かにに6機のGを相手にしてはジンでは荷が重いだろう。

しかし6機ものG相手に自分ひとりが向かっても、と言う考えが頭によぎる。

彼とて猪武者ではない。アカデミーを次席で卒業した切れ者なのだ。

その理性の働きによって、仮に自分1機が増援に向かっても6機ものGを同時に相手には出来ないことを理解していた。

「ですが……」

『君1機だけを行かせるつもりはない。虎の子のバグーも向かわせる。

 それと、そちらにはジンを4機ほど向かわせて戦線に穴は開かないようにする』

「……わかりました。直ちにミサカ隊の援護に向かいます」

クルーゼの答えに納得したイザークは即座にミサカ隊の援護に向かった。

だが、彼はこのとき自分が戦う相手がストライクに負けず劣らず手強い相手であることをまだ知る由も無かった。




 一方でアスランは次から次へと現れるダガーに手を焼いていた。

「くそ、これじゃあキリがない!」

ビームライフルで17機目のダガーを血祭りにあげるも、まるで台所に出てくる黒い虫のように湧いて出てくるダガー隊。

いくらNJC搭載機だとしてもこれだけの数をたった1機で相手にするのは酷だった。

その上相手は指揮系統を建て直してたのか、最初に比べてかなり動きが良くなっている。

それだけでも厄介なのにザフトのMS部隊は足止めを食っているので、ジャスティスは孤軍奮闘を強いられている。

だがそんな拙い状況をさらに悪化させることが起こる。

警告音と共にコンピュータが今までと全く違う敵機が接近していることを告げたのだ。

慌ててその正体を確認したアスランは敵機の映像を見て忌々しく呟く。

「あれは地球軍の新型MSか……よりにもよって、こんな時に」

アスランの見つめるモニターにはカラミティ、フォビドゥン、レイダーの3機が映し出されていた。



「あれが、獲物か」

オルガはジャスティスを確認すると、シャニが尋ねる。

「たしか、多少は壊しても良かったよな?」

「そうそう」

クロトがしたり顔で頷く。

「ったく、面倒くせえ事をさせるな、あのオッサンは」

そう不満げに呟くも、オルガはカラミティをレイダーから降ろした。

そして地上に降りると、ジャスティスに照準を合わせる。

「それじゃあ、僕も行きますか」

一方でカラミティが降りて軽くなったレイダー、そしてフォビドゥンがジャスティスに迫る。

パナマ攻防戦は新たな段階を迎えようとしていた。