プロメテウス、それは地球連合軍が開発したアルキメデスのコピー、いや改良型と言っても良い品物だった。
それは量子通信技術でオリジナルより迅速に展開し、かつ細やかな出力制御が可能になっていた。破壊力そのものはオリジナルの二割増といった
ところだ。使い勝手は悪くは無い。ただパトリックのような人間としてはプラントを焼いた兵器をコピーするのは心情的な抵抗があった。
だが一連の大敗による宇宙軍の弱体化、そして切り札だったジェネシスの喪失で、そんな我侭を言っていられる余裕は無くなっていた。
このために、プロメテウスはこの世に生を受け、そして自分のオリジナルである存在を生み出した地球連合軍に牙を向けたのだ。
数十万枚の極薄の鏡によって集めた太陽光は、刹那の後に第1連合艦隊の右翼を構成する第6艦隊を焼いていった。第6艦隊は旗艦である
アガメムノン級母艦『クズネツォフ』を含めて、艦隊の半数が消滅した。第6艦隊を半減させた太陽光は次に第1連合艦隊中央に布陣していた
第5艦隊にも容赦なく襲い掛かった。外周に展開していた駆逐艦が次々に蒸発し、中心部にいた戦艦や空母が次々に爆発・四散する。
「な、何が起こった?!」
「デブリ帯からの攻撃です。恐らく、アルキメデスと同様の兵器によるものと思われます!!」
「何?!」
ジブリールは思わず、デブリ帯の方向に目を向ける。その傍らでキャメルは被害状況を確認する。
「艦隊の被害は?!」
「『クズネツォフ』、『ルメー』、『マッカーサー』応答無し!!」
「第6艦隊は半数近くが消滅した模様です!」
オペレータたちの報告から判断すると第1連合艦隊は先ほどの攻撃で全体の30%の兵力を失ったことになる。加えて第6艦隊は旗艦が消滅した
ために指揮系統も混乱している状態だ。現状で攻撃を受けたら一溜りも無い。キャメルはここは引くことを決意した。
「一時的に退却するべきです!」
「ここまで来てか!」
「第6艦隊が使い物にならない以上は、引くべきです!」
「ぐっ……」
ジブリールは悔しげに唇をかむが、すぐに頷いた。
「いいだろう。一時撤退する!」
キャメルは即座に全艦隊に撤退命令を出す。だがそれを許すほどザフトはお人よしではなかった。
「再び核を使った野蛮なナチュラルどもを生かして帰してはならん! 必ず殲滅せよ!!」
このパトリックの命令を受けて、プラントの前面に展開していた艦隊と、デブリ帯に隠れていた艦隊が追撃を開始する。核攻撃によって5基もの
プラントを破壊されたザフト軍の追撃には情け容赦というものがなかった。指揮系統が瓦解した第6艦隊は動きが鈍く、集中的に狙われる。
「第6艦隊、陣形を維持できません。各艦から支援要請が来ています!!」
「くっ、右翼にMS部隊を差し向けろ! 敵MSの接近を許すな!!」
第6艦隊が総崩れになれば第5艦隊の右翼を突かれる、そう判断したキャメルは増援をまわそうとする。だがジブリールが反対する。
「第6艦隊など放っておけ! 我が艦隊の残存艦とピースメーカー隊の護衛に力を入れろ!!」
「し、しかし……」
「ユーラシアの連中など知ったことか! 盾にして置けば良い!! それよりもデストロイとシア達を急いで呼び戻すんだ!!」
だが状況は、シア達が戻ってくる時間を与えることはなかった。
「敵MS2機接近! これは、フリーダムとジャスティスです!!」
「何?! まだ敵には核動力MSがあったのか!?」
キャメルはオペレータの報告に目を剥いて驚くと、スクリーンにその映像を映し出させる。
「くっ、しかもミーティアを装備しているか、こちらの部隊で持ち堪えられるか?」
キャメルは渋い顔をしつつも、虎の子のアトランタ級巡洋艦3隻を向かわせて迎撃させる。だが、そのアトランタ級が放ったビームはその全て
が回避されてしまう。逆に2機の反撃でアトランタ級2隻が撃沈され、1隻が中破した。
「デストロイが潰した連中とは次元が違う。こちらが本命か!!」
キャメルは何とかしてこの2機の進入を阻止しようとするが、その悉くが失敗し、ついに第5艦隊の空母群に接近を許してしまう。
「同胞の仇だ!!」
ハイネはミーティアから次々にミサイルとビームを空母に向けて放つ。可燃物が満載されている空母は直撃を受けると、まるで松明のように
豪快に燃え上がり、そして宇宙の塵となっていった。
「空母『サッチャー』、『キャラガン』、『グアム』撃沈!!」
「空母部隊が……」
沈み行く3隻のエセックス級空母を見て、キャメルは呆然とした。この3隻の空母だけでも150機以上のMSを扱っていた。逆にいえばこの
3隻が沈んだことで150機を越えるMSが帰るべき場所を無くしたのだ。それはMSのパイロット達を動揺させ、動きを鈍くした。
「防衛ラインが次々に突破されていきます!!」
プロメテウスで多数の艦艇を撃沈されたことで対空砲火は薄くなっていたうえに、MSの動きが鈍ったことから連合艦隊は各地で良いように
突き崩されていく。そしてついにザフト軍の攻撃はジブリールが乗るキュリオテテスに及んだ。
「正体不明機接近!! 新型と思われます!!」
「弾幕を張れ!」
「駄目です、突破されました!!」
コートニーの操るプロヴィデンスは、キュリオテテスの正面に進入すると、ドラグーンシステムを展開して全方位から攻撃を浴びせた。
「回避!!」
「駄目です、間に合いません!!」
ブリッジに迫り来る光の雨、それこそがジブリールがこの世で見た最後の光景だった。キュリオテテスはブリッジに被弾したあと、四方からビーム
を20発以上浴びて轟沈した。それは第1連合艦隊の指揮系統が崩壊したことを意味した。辛うじて指揮系統が生きている第4艦隊は何とか脱出
していくが、指揮系統が完全に崩壊した第5艦隊、第6艦隊は烏合の衆と化して、次々に各個撃破されていった。もはや総崩れであった。
デストロイなど一部の部隊は奮戦しているものの、大勢を覆すには至らない。これを見ていたパトリックはにやりと笑う。一方、入院していたにも
関わらず無理を押して、プラント本国の軍事衛星にいたエザリアは、この攻撃で連合の怒りと憎悪を煽るのではないかと不安を感じていた。
「よし、第二射の用意だ。目標は、敵の先鋒集団」
パトリックは必死に脱出しようとしている第4艦隊に向けて第二射を浴びせようとする。だがその時オペレータが悲鳴のような声で異変を告げた。
「90隻以上の艦隊が、デブリ帯の外縁部に出現しました!!」
「何だと?」
それは第2連合艦隊とは別行動をとっていた第1機動艦隊であった。哨戒網を破壊されたことでザフトは直前まで気付く事が出来なかったのだ。
このために彼らは切り札であるプロメテウスの背後を取られる事になった。
第1連合艦隊が叩き潰されていく様子を旗艦リパリスで見たフレーザーはあまりの状況に驚きを隠せなかった。
「一方的な展開ではないか。ジブリールの奴は何をしたんだ?」
「如何しますか?」
参謀長の問いにフレーザーは何を当たり前のことを聞くんだという顔をして答える。
「決まっている。友軍の救出と、ザフト軍の撃滅だ。尤もうちだけだと両方をやるのに数が足らんが、とりあえずはあの忌々しい鏡を叩き割る」
フレーザーはそういうと攻撃開始を命じた。第1機動艦隊の戦艦から放たれるビームが宇宙空間を切り裂きながら進み、何千枚ものガラスを
叩き割る。残っていた守備隊は必死に応戦するものの、90隻もの大艦隊を相手にすることは不可能だった。
「まあこれだけ第1連合艦隊が叩かれれば、暴走する危険はないか……」
フレーザーは人知れずそう呟いた。
第1機動艦隊の乱入のせいで、ザフト軍はプロメテウスを放棄。加えて追撃を中止しヤキン・ドゥーエや本国に部隊を引き上げた。
第1連合艦隊の実の半分の艦艇を撃沈したものの、ザフト軍は12隻の艦と100機ほどのMSを失っていたのだ。それは指揮系統が瓦解して
混乱している状態で、いかに連合軍が奮戦していたかを示すものだった。
尤も第1連合艦隊の被害はさらに酷いものだった。指揮系統は壊滅し、艦艇の半数を喪失、残った艦も修理を必要としていた。また最終的に
大型空母を4隻も失ったことで航空兵力は激減していた。MSの未帰還率も60%に昇り、第1連合艦隊は編成表から消滅したと言っても良い
大打撃を蒙っていたのだ。この敗残兵同然の第1連合艦隊は、第1機動艦隊と大敗北の報を聞いて駆けつけた第2連合艦隊と合流していた。
「………」
ブルースウェア主力艦隊旗艦サンダルフォンのブリッジで戦果と被害に関する報告を聞いたアズラエルはとりあえず深い深い溜息をついた。
「幾らなんでもこれは酷すぎでしょう。12隻沈めるのに、こっちは60隻以上沈められるなんて……全く拙攻に出て返り討ちにあうとは」
アズラエルは確かにジブリール達が壊滅することを密かに望んでいた。だが、ここまで一方的に叩かれるとなれば話は別だ。
それに核攻撃が中途半端に成功していたのも面倒だった。彼としては完全に成功するか、失敗するかでいて欲しかったのだ。
「ラクス軍も存外役に立たなかったな。全く折角カーペンタリアで洗脳した捕虜を武器弾薬と一緒に渡してやったというのに」
捕虜のうち、何名かは今は亡きラクスに忠誠を誓うように洗脳した後にラクス軍に襲撃させる予定の輸送船に乗せていたのだ。
元々クライン派だった将兵はあっさり洗脳できたので比較的作業は容易だった。彼らはラクス軍を支える物資として扱われたのだ。
「それにしても、仮にプラントを殲滅するとしても、これでは到底予定通りの包囲網を作れない可能性が高いですね」
第2連合艦隊と第1機動艦隊は、プラントが壊滅した場合脱出してくるであろうザフト軍残存部隊を包囲殲滅するのが仕事だった。だが現状では
第1連合艦隊は使い物にならないので、2個艦隊(4個正規艦隊)でプラント攻略に乗り出さざるを得ない。
アズラエルは今後の予定を協議するために、月を経由して地球連合軍最高司令部グリーンランドと通信回線を開いた。
「手負いの獅子は意外としぶといようです。どうします?」
グリーンランドの連合高官たちは顔を顰めて話し合う。宇宙艦隊の被害が特に大きかったユーラシア連邦の高官などは顔面蒼白の状態だ。
だが東アジア共和国やユーラシア連邦は逆にザフトの戦力を過大評価し、徹底的にザフトをプラントごと潰すべきだと主張した。特に東アジア
はプラントを叩き壊すだけではなく、月都市に疎開した民間人もすべて強制収容所に収容し、一人残らず抹殺するべきだとさえ主張した。
だがここでプラント本土攻撃に拘っていれば、ヤキン・ドゥーエから艦隊側面に攻撃を受ける可能性がある。最終的に地球連合軍最高司令部は
エルビスの目標を宇宙要塞ヤキン・ドゥーエへ変更し、この地でザフト軍に決戦を強要することを決めた。そしてヤキン・ドゥーエ陥落後に
改めてプラント侵攻を行うことを決定した。また第1連合艦隊の損失を穴埋めするため第8艦隊と、新たに編成したピースメーカー隊を増派する
ことが決まった。アズラエルとしてはアルキメデスも持っていきたかったが、隕石攻撃に備えるために衛星軌道に必要ということで却下された。
ただし一連の増派によって第2連合艦隊は5個艦隊を指揮下に置き、ザフト軍を数の上では完全に圧倒しており、プラント本土攻略も可能な兵力
であったが、アズラエルのごり押しでヤキン・ドゥーエが陥落した時点で、プラントが降伏するのなら本土侵攻は無しとされた。
「……ジブリールは役立たずどころか足を引っ張るし、他の連合もアホばかり。全くどいつもこいつも、人がどれだけ苦労してきたと思っている」
会議が終わった後、アズラエルはうんざりするような顔で吐き捨てた。そして幾つかの罵倒の言葉を並べて気分を静めた。
「まあいいさ。これでヤキンを潰せば、クーデターも成功しやすくなる。そうなれば戦争は終わる。尤も問題は……」
さらに差し迫った問題がある。そう彼の命にかかわる問題だ。アズラエルは自分の死を免れるために、自分が乗るサンダルフォンの対空砲を
可能な限り強化し、莫大な金で凄腕の傭兵を何人も雇ってサンダルフォンの防衛に当てていた。また護衛艦艇も力を入れて整備していた。
サンダルフォンを守るためだけに12隻(戦艦2隻、巡洋艦4隻、駆逐艦6隻)が配備されている。ブルースウェア主力もフェイタルアロー
で受けた損害から回復させた。まさに金持ちの道楽としか思えない充実振りだ。負傷したときに備えて医療スタッフもきちんと用意している。
万が一、撃沈された場合に備えて、脱出艇も最高級のものを、いつでも使えるように準備させている。
本来ならもっと後方の艦艇に乗り込みたかったが、あまり艦隊後方の艦艇に乗っていると状況判断が遅れる可能性があったし、面子の問題もある。
ジブリールが陣頭に立っていたのに自分だけ後ろにいるというわけにもいかない。
「………勝てるか? いや勝てる、必ず勝てる。勝って戦後を迎えてやる」
アズラエルはそう呟くと、部屋を後にした。
青の軌跡 第47話
第2連合艦隊と第1機動艦隊は、第1連合艦隊と同じ失敗をしないために、プラント周辺に大量の偵察部隊を送り込み、何か仕掛けられて
いないかを入念に探った。これにはかなりの艦を割り当てる必要があったが、第1連合艦隊から幾つか使える部隊を偵察任務に投入できたことと
ジブリールの戦死を聞いたシアが復讐の念に駆られ、偵察を妨害しようとしたザフト部隊を次々に殲滅したことによって偵察は順調に進んだ。
「どうやら、鏡はワンセットしかなかったようですね」
アズラエルは偵察部隊からの報告を聞いて安堵した。だがそのあと突如として不満げな顔をする。
「それにしても、まったく無断でコピーをするとは。とんでもない輩ですね。戦後に特許料を徴収しないと」
この期に及んで金のことを言うアズラエルを見て、ハリンはあきれたような顔をする。これを見てアズラエルは不機嫌そうに言う。
「お金、されどお金ですよ。軍人さんは無頓着でしょうけど、お金がないと世の中で何もできないんですよ?」
「それは判りますが」
「第1連合艦隊が、敵の半数以上を道連れにしていたのなら良かったんですが。まったく」
アズラエルは、思わず長々と愚痴りたくなった。だが、この場はそんな状況ではないと思い、何とか口を紡ぐ。
「まあ今はバーク提督のお手並み拝見といきましょうか」
アズラエルがそういった数時間後、艦隊再編を終えたバークは全艦艇に通信をつなげてヤキン・ドゥーエへの進撃を宣言した。
『連合艦隊の全将兵に告げる。これより、我が軍はザフト軍宇宙要塞ヤキン・ドゥーエの攻略作戦を開始する。これまでの長き戦いで幾人もの
同胞が倒れたが、その悲劇もこの戦いで終わりとするのだ。私は連合艦隊総司令官として諸君のこれまで以上の奮闘と、諸君と共に勝利の
美酒を味わえる日を期待している。以上!』
演説が終わると同時にまた歓声が上がった。第1連合艦隊の敗北で大なり小なり落ち込んでいた将兵も、バークの演説で士気を取り戻した。
誉れ高い戦績を誇るバークだからこそ、演説が功を奏したと言える。
『全軍、進撃開始!!』
バークの言葉と共に、エセックス級空母12隻、インディペンデンス級軽空母8隻、アークエンジェル級強襲揚陸母艦6隻を中心にした270隻の
艦艇と1500機のMS、MAを保有する無敵艦隊が進軍を開始した。
合計して270隻になる地球連合軍の大艦隊が、ヤキン・ドゥーエに押し寄せた。これを迎え撃つのは50隻程度のザフト艦隊であった。
艦艇数、MS数で5倍の差という絶望的なものであったが、プラントを核ミサイルで攻撃された以上は、逃げるわけにもいかなかった。
同胞を守ることこそが、ザフトの存在意義なのだ。また第1連合艦隊を追い返したこともあり、将兵たちはまだやれると意気軒昂であった。
「何度でも追い返してやる!」
そう言って、多くの兵士が前線に赴く。だがそこで彼らは圧倒的な数の暴力を思い知ることになる。
マスドライバー艦からの隕石攻撃に始まりアークエンジェル級4隻のローエングリンと戦艦からの砲撃が行われる。そして続いて駆逐艦からの
砲撃と対艦ミサイル攻撃が開始された。ザフト艦隊は必死に応戦するものの、数の差がものを言い、数をすり減らしていく。
「MS戦闘に持ち込めば勝ち目はある。それにヤキンからの支援も期待できる!」
ヤキン・ドゥーエには、『ブリューナグ』がある。この誘導ミサイルがあれば、連合軍のMSが如何に押し寄せようともある程度対抗できる。
ザフト軍は直掩機を大して残さずにすみ、より多くのMSを攻撃用に転用できるのだ。ゆえに彼らはまだ勝算があると読んでいた。
だが地球連合軍はわざわざ相手の得意分野で戦うつもりは一切なかった。
艦隊の先鋒を務める4隻のアークエンジェル級からは、あいついでMSが発進していく。その中でも不沈艦として名高いアークエンジェルからは
目新しい機体が出撃しようとしていた。そう、アズラエルが不本意ながらキラのために調達した新型機・ストライクノワールである。
そのキラは同じく出撃準備に入っているフレイのストライクルージュと通信回線を開いていた。
『大丈夫だよ。フレイ、君は僕が守るから』
『キラ……』
アズラエルが聞いたら、無性に髪を掻き毟りたくなるようなことを平然というキラ。そしてなぜか色っぽい目をするフレイ。そんな状況を見ていた
オペレータのミリィはすかさず突っ込む。
「ちょっと二人とも、いちゃいちゃはあとにしてくれない?」
この様子を見ていたミナカタ艦長をはじめとするブリッジクルーは笑みをこぼす。
「さて、判っているだろうが、我々の任務は敵MSから味方の艦を守ることだ。こちらから手を出す必要はない」
連合軍は、ザフト軍が精密誘導兵器を開発したことから、MSをすべて防御目的に使用することにしたのだ。確かにMSは画期的な兵器であったが
接近されなければどうということはないのだ。そしてMSを無効化できれば、あとは純粋に艦艇の数がものを言う。
「あとヤマト少尉、不殺などやっても無駄だという事は分っているな?」
『……はい』
キラは躊躇いながらも肯く。これを見たミナカタは満足げに肯くと、緊張しているサイやその他新米パイロットを安心させるように言った。
「パイロット各員に告ぐ。無理はするな。何、味方はたくさんいるからな」
ザフト軍はハイネがのるミーティア装備のジャスティスを先鋒にして連合艦隊に取り付こうとしたが、その彼らに対して連合艦隊は容赦のない
艦砲射撃を浴びせた。ハイネは辛うじて避けたものの、少なからざる機体が砲撃によって撃墜された。さらにこの砲撃でザフト軍MS部隊の陣形は
大きく崩されてしまい、直後に迎撃に来た連合艦隊のMS部隊との戦闘になってしまう。まずトライデントが長距離からアグニを撃ちこみ、続けて
バスターやバスターダガーが94mm高エネルギー収束火線ライフルを撃ちこむ。対艦攻撃用のバズーカを持ち動きが鈍いジンはこの攻撃で撃墜
されてしまう。ゲイツやゲイツR、ザクが応戦するが、連合は陽電子リフレクターを持つ大型MAザムザザーを前面に出して、その攻撃を封じる。
「何だよ、あの防御力は反則だろう」
ハイネはあまりの防御力に嫌気が差したような顔をするが、連合軍のパイロットからすればミーティアの化け物じみた攻撃力のほうがよっぽど反則
だと言える。だがハイネをうんざりさせていたザムザザーは、コートニーの乗るプロヴィデンスによって撃破された。
「ここは引き受ける。お前達は地球軍の母艦を叩け」
「わかった!!」
ハイネはプロヴィデンスに任せて直属部隊と共に強引に敵の防衛線を突破した。だが突破した先には別のMS部隊が待機していた。
「おいおい、何て数だよ」
ハイネは持ち前の火力で、10機近くのMSを一撃で吹き飛ばす。しかしそれでも連合軍は減る気配が無い。このときバークが全MSを防衛戦に
まわしたことで、現在前線に出ている連合軍のMS、MAの数は実に600機を越えていたのだ。後詰めの部隊も存在しているので突破は非常に
困難と言えた。そしてザフトの攻撃部隊は圧倒的数を誇る連合軍MS部隊にもみ潰されようとしていた。
「すごい、これが地球軍の力……」
ストライクノワールのコックピットで、キラは地球連合軍の圧倒的物量を見て驚きを隠せないでいた。見渡す限りの軍艦、そして宇宙を覆わんばかりの
数のMS、MAの群れ……こんなのを相手にしていたことを思い出して、キラは自分のしてきたことが如何に無謀だったかを改めて理解した。
「現実を見て、そして動けか……」
キラはアズラエルの言葉を反芻した。彼はこのとき、本当に現実を理解した。一兵士に過ぎない自分ができることは限られていることに。
同時にキラはアズラエルが商人としては信用できる、ある意味で尊敬(?)できる人物だと思った。元ブルーコスモスでありながら、利益のため
ならコーディネイターとも取引する……それはダブルスタンダードとも思えるが優先順位だけは、はっきりしている。
「アズラエル理事が利益の為に僕を利用するのなら……僕は、貴方の力を利用してでも、フレイを、皆を守る!」
キラは決意を新たにするとアークエンジェルを守るべくザフト軍MSに襲い掛かった。ストライクノワールはIWSPを改良したノワールストライカー
を装備しており、長、中、近距離に対応できる万能機と言えた。キラはまずリニアガンとビームライフルを撃ち、正面のゲイツとゲイツRの2機を撃破。
そして残っていたザクが怯んだのを見て、一気に接近。ビームブレイドを抜いて真横に切り裂いた。
「もう誰も死なせない!!」
これまで不殺を心がけていたキラであったが、レナ・イメリアの猛訓練とミナカタの説明を受けて考えを変えていた。たとえ戦場で自分だけが
不殺をしても、戦闘不能なMSはたやすく撃破され、結局は死んでしまう。それにもし相手側のパイロットが救助されれば、再び自分達に銃口を
向けてくる……それは友人達が死ぬ可能性を増やす事に他ならない。これまで多くのものを失ってきたキラは、これ以上何かを失いたくなかった。
キラのストライクノワールの鬼神のような働き、さらに月下の狂犬のモーガン・シュバリエ、乱れ桜のレナ・イメリア等の優秀なパイロットの奮戦
そしてアークエンジェル級が作り出す炎の壁のような猛烈な対空砲火によって、ザフト軍MS部隊は蹴散らされていく。
「アークエンジェルに続け!!」
バークは先鋒集団の奮戦を見て、全軍を激励する。戦闘艦艇はMSの傘に護られながら、ザフト軍艦隊に猛烈な艦砲射撃を浴びせ続ける。
連合艦隊は通常のパイロットにはダガーの他にダガーLとザムザザーを、エースにはウィンダムとアヴァリスなど次世代のGを与えていた。
加えて強化人間やソキウスには核エンジン搭載型MSを宛がっており、質の面でも連合艦隊はザフトを圧倒していると言えた。
これに対してザフト軍は第1連合艦隊との戦闘で少なからざる消耗を受けており、本調子とは言えない状態だった。
だがそれでもハイネたちは引き下がるつもりは一切なかった。この戦いに負ければ後は無く、次の戦いに備えて戦力の保持するなんて事を考える意味
はなかったのだ。彼らは必死に戦い連合艦隊に少なくない消耗を強いたが、戦況を覆すことは出来ない。勇戦したからといって戦争に勝てるわけ
ではないのだ。
「MS部隊を根こそぎ出せ! なんとしても地球軍の進撃を食い止めるのだ!!」
パトリックはそう言って攻撃を続行させようとする。何しろMSで連合艦隊を叩けないことが、じわじわとザフト宇宙軍を追い詰めていたのだ。
艦艇数で5倍もの差がある。いくら性能が高いザフト軍艦艇だからといって対抗しきれるものではない。
「戦艦アプリリス撃沈!」
「戦艦クリオメデス大破戦線離脱! カリポス被弾!!」
次々に増える艦艇の被害にパトリックはだんだん表情を引き攣らせ出した。
「フリーダムとジャスティスは、ヴェステンフルス隊は何をしているのだ!? プロヴィデンスは!?」
「敵MSに阻まれて進撃できないとのことです。さすがにこれだけ敵が多いとなれば」
「そんなことは判っている! だからこそのミーティアやドラグーンシステムだろう!!」
だがパトリックの期待もむなしく、ヤキン・ドゥーエの司令部に齎される報告は、その大半が劣勢を告げるものであった。
物量で勝てないから超兵器やエースに頼って一発逆転というのは古今東西さまざまな国が試みてきたが、戦局を逆転させた例は1つも無いのだ。
「せめて、全てのザクを核エンジンにすることが出来れていれば……」
投入されているザクの大半はバッテリー式であった。もし初期の計画通りザクを核エンジン式にしていれば、戦況は大きく変わっていただろう。
だがそれをなすだけの国力をプラントは有していなかった。連合との圧倒的国力差がここに来て響いていた。
第1連合艦隊を撃退したときの楽観ムードは、完全に消し飛び、司令部は暗然たる思いにとらわれていた。
ザフト軍首脳部が暗然たる思いにとらわれていた頃、アズラエルは戦況が有利に進んでいることに安堵した。
「戦況はこちらに有利ですね」
「はい、このままいけば今日中にヤキン・ドゥーエを陥落させることも出来るでしょう」
ハリンの言葉に満足げに、アズラエルは満足げにうなずく。実際には命の危険がほぼなくなったことへの安堵が大半であり戦況についてはあまり
満足していなかった。
「確かに。それにしても、ここまで粘るとは驚きですよ。恐るべきはザフト脅威のテクノロジーといったところでしょうか」
連合艦隊は各戦線でザフト軍を押している。だがその被害は馬鹿に出来ない。第3艦隊はすでに60機ほどのMS、MAを失っていた。
他の艦隊の被害も少なくない。戦力差が隔絶しているわりには、連合軍は大きな損害を出していると言える。
(おいおい被害が出すぎだろう)
彼は過激派や思想的に問題がある連中は戦場で始末し、同時に今回の失態の責任を取らせて生き残った連中も粛清する予定だった。
しかし第2連合艦隊の被害が大きくなり過ぎると、今度はアズラエル自身も批判される可能性がある。
(というか何であの夜逃げガンダムが出てくるんだ? あれのせいで被害甚大じゃないか。それに何で新型機を配備してここまで苦戦する?)
ザフトが死に物狂いで応戦しているのは核攻撃が中途半端に成功したためだ。ある者は故郷を守る為、ある者は故郷を焼いた連合軍に復讐する為
に前線で決死に戦っている。そういった人間を相手にするとこちらの被害も馬鹿に出来ないレベルに達する。
「ザフトはこの戦いで完膚なきまでに叩き潰しておく必要がありそうですね。今後の為にも」
そう言うアズラエルの脳裏には、デラーズフリートのようなザフトの敗残兵が、地球にコロニー落としをする光景が浮かんでいた。
(まあ、あんな禿親父のような気骨のある、というかキチ○イじみた奴はザフト軍にいるわけないだろうけど)
アズラエルは忘れていた。暴走しそうな人間は味方にいそうなことに。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、皆殺しにしてやる!!」
ジブリールが死んだことを知ったシアは、復讐鬼となっていた。第1連合艦隊が再編されることになり、後方に下げられることになったにも関わらず
彼女はジブリールの仇を討つ為にあえて残ったのだ。といってもデストロイは補修部品を積んだ母船を撃沈されていたので継戦能力を失った。
このため第1連合艦隊と共に後退した。だがシアは敢えて危険な最前線であるアークエンジェル級4隻の護衛に当たっていた。
先鋒集団の護衛をこなしつつ、彼女はザフト軍のMSを次々に血祭りに挙げていた。大破したMSから脱出したザフト軍パイロットも逃すことなく
確実に殺していく。
(許さない、許さない、許さない!! 私から何もかも奪い取っておきながら!!)
怒りと悲しみと憎悪に身をゆだねて、彼女は破壊を撒き散らした。正確無比なミサイルでザフト軍MSを次々に撃破し、ビームでコックピットを貫く。
シアによってザフト軍MSは先鋒集団に近づくことすらできず、アークエンジェル級の攻撃を阻止することができなかった。
4隻のアークエンジェル級はローエングリンやゴットフリートを容赦なくザフト艦隊に撃ち込み続けた。
「苦しみなさい、私とお兄様の分も、いえ、貴方達に夢を希望を奪われた全ての人たちの分も!!」
そう言って狂ったかのようにシアは笑う。だが同時にジブリールを殺した犯人である新型機も探していた。
「お兄様を殺した愚か者は私が殺してやる!。生まれてきたことを後悔するように殺してやる!!」
アークエンジェル級による攻撃で、ザフト軍の戦艦は相次いで脱落していく。そしてついにザフト艦隊旗艦であるルネ・デカルトが直撃を受けて
爆発四散した。エターナル級戦艦2番艦『マーズ』の艦長であるタリア・グラティスは、旗艦轟沈を見て絶句した。
(最悪の事態だわ………)
瞬時に旗艦が沈むというのは、彼女の考えるとおり最悪の事態だ。これによって指揮系統は完全に崩壊し、艦隊は集団として機能しなくなる。
第1連合艦隊が数の上では、ザフトを圧倒しておきながら壊滅したのは、旗艦が撃沈され指揮系統が瓦解したためだ。それが今回、ザフトでも
起ころうとしていた。だがそれは連合にとっては好機に他ならない。
「敵旗艦轟沈!!」
「よし、一気に攻め込むぞ!!」
バークは一気にザフト軍とヤキン・ドゥーエを叩き潰すべく攻勢防御から全面攻勢に転じた。
「MS部隊も攻撃に出せ! ただし敵の誘導ミサイルの迎撃があるだろうから、まず敵の抵抗力を削ぐ。トライデントにヤキンを叩かせろ!!」
これまで防衛に徹していた連合MS部隊は、この命令を受けてこれまでの鬱憤を晴らすかのようにヤキン・ドゥーエとザフト艦隊に襲い掛かった。
これを迎え撃つザフト軍にはこの大攻勢を止める手立てはなかった。
アークエンジェル級と戦艦群は一斉にヤキン・ドゥーエへ砲撃を開始した。ザフト軍は切り札であるブリューナグを撃つが、連合艦隊はアトランタ級
巡洋艦とアークエンジェル級を盾にして、その大半を撃墜してみせた。他のビーム砲やレールガンによる攻撃はザムザザーが陽電子リアクター
で弾いていく。そしてヤキン・ドゥーエの攻撃が艦隊に向けられた隙をついて高機動のトライデントが襲い掛かった。
コロニーに一発で穴をあけられるアグニによって次々に残った要塞砲も潰され、対空砲はばら撒かれた小型ミサイルによって片っ端から潰される。
ブリューナグは何発か命中するもののミサイル1、2発で撃墜されるほど防御力は低くは無い。トライデントは暴風のように暴れまわってから
颯爽と去っていった。この一連の攻撃でヤキン・ドゥーエの対空防衛網は壊滅し、切り札であったブリューナグは封じられた。
そしてブリューナグの支援を失ったザフト艦隊に、連合のMS部隊が容赦なく襲い掛かった。懐に潜り込まれて沈められる艦が続出する。
「味方のMSは何をしている?!」
タリアはオペレータに尋ねた。
「味方のMS部隊は半ば壊滅状態です。救援にはいけないと……」
「くっ」
ザフト軍MS部隊は、前半の戦いで積極的な攻撃に出ていたが、それだけ多大な消耗を強いられた。連合軍がすべてのMSを防御用に回した
ために圧倒的な数の敵MS部隊と戦うはめになったのだ。結果論では愚策と言えただろう。だがそのときザフトにはそうするしか手が無かった。
艦艇の数で5倍もの差があったのだ。航空戦力で連合を叩く以外に道は無かった。だがその方法をとったが故に、彼等は貴重な航空戦力を失い
後半戦で、敵の航空戦力に一方的に叩かれる事態に陥った。
「カンヌパス、レスリー・ペルチャー轟沈!!」
マーズの右側にいた2隻のローラシア級戦艦が相次いで沈む。そしてその2隻が沈んだ事で開いた穴からダガーL3機がマーズに迫る。
「右舷弾幕薄い!」
タリアはそういって叱責するが、もともと固定火器の少ないエターナル級では現状が手一杯だった。だが迫ってきた3機のダガーLは駆けつけて
きたジャスティスとフリーダムによって撃破された。
『大丈夫か?』
「何とかね。でも、味方はかなり拙い状況よ」
ハイネはタリアの言葉を聞いて苦い顔をする。
「敵の旗艦を叩けない?」
『連中が攻勢をかけてきたせいで、多少は防備が手薄になっているだろうから、不可能じゃあない。だがその前に補給を頼みたい』
「ここは危険すぎる……補給はマーズをヤキン・ドゥーエの影に後退させてからで」
『了解した』
だがその約束は果たされる事無かった。エターナル級を確認した連合軍は、戦艦による集中砲火を浴びせてきたのだ。
「エターナル級を逃すな!!」
第3艦隊司令官ブラットレーは、マーズとその搭載機を最大の脅威として、徹底的な追撃を命じる。何しろ核動力MSには散々に痛い目にあって
いるのだ。ここでその母艦を見逃すほど連合は寛大ではない。
「くそ、補給さえ出来れば!!」
ハイネは悔しそうに顔をゆがめる。だが戦術的に勝つのが容易ではない敵と同じ土俵で戦う必要はないのだ。戦争というのは最終的に勝てばいい。
戦場で幾ら敗北を重ねても、最後に立っていた者が勝者なのだ。
ザフトの防衛ラインが崩れたと判断したバークはある決断を下す。
「ピースメーカー隊を出す」
バークはヤキン・ドゥーエ内部にMSや歩兵を送り込み占領するつもりはなかった。狭い要塞内部での戦いでは、兵士の技量や能力の差が戦果に
大きく影響する上に連合お得意の物量作戦が不可能になる。そうなればさらに被害が拡大する可能性が高い。バークは要塞を占領するメリットと
それに必要なコストを天秤にかけて、破壊した方が得だという判断を下したのだ。アズラエルもこの判断を支持し核攻撃が決定されたのだ。
バークの指示を受けて核ミサイルを搭載したメビウスが相次いでヤキン・ドゥーエに向っていくのを見たアズラエルは苦笑いをしつつ、これを
見守った。マリア・クラウスがいたら何か言うかもしれないが、彼は有能な専門家の判断に口を挟むつもりはなかったのだ。
いつまでも起こらないクーデターに失敗したかもしれないなと思い始めていたが、そこまで焦りを感じてはいない。
「まぁヤキン・ドゥーエを叩き潰せば、多少は考えも変わるだろう」
アズラエルは小声でそう呟くと、戦況を映したスクリーンを注視した。
あとがき
earthです。青の軌跡第47話をお送りしました。すいません、決着がつきませんでした。あと次で決着と戦後処理になると思います。
第1連合艦隊は何とか撃破したものの、圧倒的物量と、名指揮官によって追い詰められザフトはいよいよ最期の時が迫ってきました。
もしザフトにもう少し余力があれば第2連合艦隊にも打撃を与えて講和(?)に持っていけたかもしれませんが、それも現状では叶わぬ望みです。
駄文にもかかわらず最後まで読んでくださりありがとうございました。
青の軌跡第48話でお会いしましょう。