隕石が地球に向かっているとの情報を受けとった地球連合軍最高司令部は直ちに動ける部隊を隕石の迎撃に向かわせる決定を下した。
第一陣として周辺で作戦行動中だった独立部隊と、アメノミハシラのオーブ宇宙軍が相次いで隕石迎撃に向かう。しかしこれらの部隊は
隕石を護衛していたザフト宇宙軍によって次々に蹴散らされた。
「その程度で阻止できると思ったか」
護衛部隊はジャスティスとフリーダム各2機を含む強力な部隊だった。さらにゲイツと、ゲイツの改良型であるゲイツRが含まれている。
未だにダガーやその改良機が主力の部隊では勝てる道理がなかった。ダガーLを配備された正規艦隊は月から出撃したが間に合う見込みは
かなり低かった。衛星軌道から出撃してきた部隊にはブルースウェア艦隊の分艦隊もいたが、数は少なくなすすべもなく撃滅された。
「よし、このままいけば目標に命中することは間違いないな」
護衛部隊のMS隊の指揮を任されているは、ハイネは自機ジャスティスのコックピットから見える戦況に満足げにつぶやく。
「いいか、間違っても隕石の軌道を逸らさせるな。下手に地球に落ちたら目も当てられないからな」
「了解」
ハイネのいうとおり、この隕石の狙いは地球ではなかった。だがそれは地球のすぐそばにあるために連合は、この隕石が地球に向かっている
と誤認したのだ。ちなみにザフトは、仮に地球に隕石が落ちそうになったときには、内部に仕掛けられた爆薬で爆破してしまう予定だった。
だがそうならないに越したことはない。何しろこの攻撃が失敗すれば連合の反攻が早まるのは確実なのだから。
「さてさて、このまま行ってくれよ」
しかしここで思わぬ乱入者が現れる。それは彼らもよく知った人間であった。
『隊長! 天頂方向から艦影12!』
「連合の新手か!?」
『いえ、敵の中心にはエターナルがいます!』
「くそ、あの歌姫の部隊か!!」
地球連合の巧みな宣伝とこれまでの反逆行為の数々から、プラント襲撃事件でのプラント崩壊の原因は、ラクスがクーデターを起こすために
プラントに向かっていた際に連合軍と偶発的戦闘になったことで起こったことになっていた。このためこの場にいる人間の多くはラクスを
心底憎んでいた。比較的冷静なハイネはラクスが連合と連携して隕石へ攻撃を仕掛けてくるのを恐れて、ここで一気に仕留める覚悟を決めた。
「ミーティアを出せ! ここであれを仕留めるぞ!!」
『了解!』
「グラハム隊は、敵機動部隊を拘束しろ! 俺とホルン隊はその間に母艦を潰す!」
宇宙空間での戦闘において帰るべき母艦を失ったMSは無力な存在と化す。少なくともパイロットの士気低下は免れない……そう考えた故の
ハイネの作戦だった。まあミーティアで敵MSを潰すよりも、敵の母艦を潰したほうが効率的だというのも理由にある。何しろミーティアは
動く弾薬庫のようなものだ。そんな機体で格闘戦など考えたくもない。
エターナル級2番艦から送られたミーティアを装備したハイネのジャスティスと、僚機のフリーダムはその加速力にものを言わせてラクスが
乗っているであろうエターナルに向かった。勿論、ラクス軍はこの接近する2機、そしてその後ろから続くMS隊をキャッチしていた。
「敵機接近!!」
「近寄らせるな!!」
バルトフェルドは、MS部隊を迎撃に向かわせつつ、全艦に密集隊形をとらせる。彼はここで火力密度を向上させることで凌ごうとした。
だがプラントでの消耗によってMS隊はその数を著しく減じており、フリーダムとジャスティスを阻止することはできなかった。
切り札である3機のゲイツ改も、ミーティアを装備したフリーダムとジャスティスに追いつくことはできなかった。
「駄目だ! こちらヒルダ。敵機を阻止できない!!」
圧倒的加速で自分たちを振り切っていく2機の姿を、彼らは見ていることしかできなかった。これを受けて12隻の艦艇が一斉に
対空砲を放つが、ブルースウェアとの戦闘によって半減した艦隊では満足な弾幕を張ることはできない。
所詮、非正規軍であるラクスたちには、戦闘で消耗した兵力を簡単に補充することはできないのだ。ミーティアを装備した2機は
一斉にミサイルを発射して、次々に艦を撃沈していく。ナスカ級1隻、連合製駆逐艦2隻が相次いで撃破されて艦隊陣形に大穴が
開いてしまう。そこをハイネが見過ごすはずがなく、その穴をついて一気に艦隊中央に布陣しているエターナルの右舷から迫る。
「回避!!」
固有火力が弱いエターナルにはまともにミーティアを装備したフリーダムとジャスティスに対応できない。バルトフェルドはエターナル級
の機動力を使って何とか回避しようとするが、それは酷く緩慢なものだった。少なくともハイネの視線から見れば。
「遅いぜ!!」
そういうと、ハイネはミーティアが持つ火力全てをエターナルに叩きつけた。77の対艦ミサイルと4の大口径ビームがエターナルに
降り注いだ。優美な外観を誇っていたエターナルはこの一撃で、まるで廃艦一歩手前のような惨状になった。
「くぅうう……」
ラクスは自分のシートから投げ出されそうになるのを必死に耐えた。
「くっ被害報告!!」
警報が鳴り響くブリッジで、何とかバルトフェルドは何とか体制を整えようとするが、現実は非情であった。ジャスティスに続いて
フリーダムが攻撃を加えたのだ。そしてそれに耐え切る力をエターナルは持ち合わせていなかった。
機関部で爆発が起こり、さらにその爆発は拡大していく。ダメージを抑えるべく隔壁を降ろそうとする乗組員たち。だがすでに被害は
隔壁程度でとめることができるものではなくなっていた。
「ラクス様、退避してください!」
「で、ですが……」
渋るラクスをダコスタは何とかして脱出させようとする。
「ラクス様が生きていれば再起は可能です! ここでラクス様が亡くなれば、同志達の死は無駄になります!!」
「………わ、判りました」
ダコスタの必死の説得でラクスが脱出することに同意した瞬間、彼らは信じられないものを見る。
「敵機接近!」
「「なっ!?」」
ブリッジの前に、ジャスティスがいたのだ。そしてそれはミーティアのビームソードを縦に振り下ろした。大出力のビームソードは
ブリッジにいた人間達を一瞬で気化させ、続いてエターナルの装甲をまるで紙のように切り裂いていく。そして最後にはエターナルそのもの
を両断した。真っ二つに裂かれたエターナルはその数秒後、ひときわ大きな炎を吹き上げて爆発四散した。
宇宙空間での戦闘は、わずかであるが夜間の地上から見ることができた。尤も見ることができたのは、都市の輝きがないような場所で、
それも戦闘で発生する閃光のごく一部であったが。しかし視力がよく、宇宙空間で戦ったことのあるものはそれが何を意味するのかを理解
していた。その一人の少年が砂浜でこの様子を眺めていた。そのTシャツに短パンというどこにもいそうな格好をした少年の背中には言い
知れぬ悲しみがあった。そんな少年に、同年齢くらいの少女が夕食を告げる。
「もうそろそろご飯だって」
「ごめん。すぐに行くって伝えておいて」
「どうしたの?」
「ちょっと、昔のことをね……」
「大丈夫よ。ここは戦争とは無縁とまではいかないけど、それなりに平和なところなんだから」
「そうだね」
「それよりも、早く行こうよ。遅いと父さんが煩いよ。ねえ聞いてる、キラ?」
青の軌跡 第43話
エターナル撃沈を機にして、ラクス軍は崩壊した。ラクスのカリスマによって成り立っていた軍事組織は、その中心人物が死んだこと
であっさり瓦解したのだ。エターナルを撃沈してラクス軍を蹴散らしたザフト軍は、そのまま隕石を護衛しつつ地球に向かった。
だが隕石が地球に近づいてくるにつれて、連合は軌道計算から隕石の軌道が僅かばかりであるが、地球と直撃するコースから逸れている
ことを導き出した。
「どこに向かっているのだ?」
その答えは、すぐに明らかになった。隕石は地球軍の衛星軌道防衛の要であるアメノミハシラに向かっていたのだ。慌ててアメノミハシラ
の防衛に乗り出す連合軍だったが、稼動部隊の多くはアメノミハシラの固定火器が支援できる範囲の外の宙域での戦闘で壊滅していた。
パナマから部隊を打ち上げようとしても、パナマは防衛戦の最中。宇宙艦隊を打ち出せる余裕はない。かといって放置できるものではない。
アメノミハシラが破壊されれば、軌道防衛は大きな修正を強いられる。少なくとも反攻は3ヶ月は遅れるだろう。
「動かせる艦隊すべてを出せ! アメノミハシラを死守しろ!!」
だが隕石を食い止めるために慌てて部隊を送り出したことで、動ける部隊の大半は各個撃破されていた。このために地球連合軍最高司令部は
アメノミハシラに向かっていく隕石をただ見ていることしかできなかった。
オーブ宇宙軍は必死に抵抗したものの、2時間後にアメノミハシラはザフト軍の放った隕石によって破壊されてしまう。そしてそのデブリが
大量に衛星軌道にばら撒かれることになる。だが連合軍にとっての不幸はそれだけに留まらなかった。一時的にがら空きとなったパナマ宇宙港
上空にザフト軍の小艦隊が侵入して、そこで大量の機雷をばら撒いたのだ。これによって実質パナマ上空は封鎖されたも同然だった。
カオシュン宇宙港が使えるようになったので、すぐに補給が途絶するわけではなかったが、パナマ基地の物資を即座に宇宙に打ち上げられなく
なったのは事実だった。これによって連合の輸送効率は大幅に低下した。デブリの掃除に費やす労力も必要になったことで、反攻作戦を大幅に
延期せざるを得なくなった。
南米軍とザフト軍を壊滅させたと引き換えに、衛星軌道を守っていた兵力の大半を失い、衛星軌道防衛の支柱のひとつだったアメノミハシラを
失い、さらに機雷とデブリが地球軌道にばら撒かれたとの報告を受けて、アズラエルは卒倒した。だが不屈の闘志で精神を立て直すと再度尋ねた。
「………それは本当ですか?」
アズラエルは搾り出すような声でサザーランドに電話で尋ねた。あまりの状況にさすがのアズラエルも顔面蒼白だったが、その顔色を良くする
ような返事は返ってこなかった。
『申し訳ございませんが、本当です。連合軍最高司令部は一連の打撃によって、プラント本土侵攻作戦は3ヶ月は遅延せざるをえないとの見解に
達しています』
「何てことだ……」
さすがのアズラエルも虚脱状態になった。ゼッフ○ル粒子でもばら撒いて機雷を除去できたらいいな、とかアズラエルはぼんやり考える。だが……
(いや、ここで現実逃避してどうする!! 厄介ごとはまだ沢山あるんだぞ!!)
彼は崩れ落ちそうになる自分を何とか奮い立たせるとサザーランドに、反攻作戦を早く実施できるように命じると同時に、ブルースウェアに命じて
ばら撒かれた機雷やデブリを除去させることを伝えた。サザーランドからの礼を聞いた後、アズラエルはさっさと電話を切ってマリア・クラウスに
電話をかけた。
「過激派の動きはどうなっています?」
『非常に活発化しています。はっきり言えば危険な状態といえるでしょう』
「やれやれジブリールも困ったものだといいたいですが、さすがに化学兵器が使用されたとなれば当然でしょうね」
アズラエルはため息をつく。マリアのいったとおり、南米で化学兵器が使用されてから急速に過激派が台頭しつつあった。さらに言えば、ブラジリア
基地の生き残りの証言で、連合内部のコーディネイターが裏切ったことが暴露されると、これまで鳴りを潜めていたコーディネイター排斥論が急速に
復活した。まだアズラエルに報告されていないが、コーディネイター系市民への嫌がらせが相次いでいる。
「まったく、これで私たちがしてきたことが台無しですよ」
アズラエルは穏便に戦後を迎えるために、これまでできるだけコーディネイター排斥論を抑えようとしていたが、今回の一件でその全てが吹き飛んだ。
『こちらもです。まあ調査委員会を立ち上げて真相解明を急いでいますが、結果次第では本当にコーディネイター市民の本格的排斥が始まります。
最悪の場合は、コーディネイター系市民をすべて強制収容所に収容して隔離するしかないでしょう』
「ということは軍に従事しているコーディネイターも外す必要がでてきますね」
『はい。すでに国防総省ではコーディネイター系将校を重要なポストから外そうという動きがあります』
「馬鹿なことを。新型MSの開発が予定より早く進んだのは、彼らの協力があってこそなのに……」
『そのとおりですが。残念ながら正論は通用しないでしょう。オースチン大統領も自国の、それもコーディネイター系兵士が裏切ったことで、野党から
攻撃されているので、何らかの対応を迫られるでしょうし』
「……コーディネイター系将校は、ほとぼりが冷めるまでアラスカ基地に送っておきましょう。あそこは現状では重要拠点ではないですし」
元地球連合軍最高司令部のあったアラスカ基地は、ユーラシアに睨みを利かせるための拠点であるが、対プラント戦略では一生産拠点に過ぎない。
核兵器の直撃にも耐えうる構造を持ち、連合でも有数の生産力を誇る拠点ではあったが、現在では後方拠点だった。
「この機に、プラント殲滅論が台頭するのは何とか避けなければなりません。政府機関を抑えておいてください。僕は軍のほうを抑えます」
また余計な出費がいるなと思うと、アズラエルはため息をつきたくなった。何しろブルースウェアの分艦隊が壊滅してしまったことで
再建費用がさらに必要になっていたのだ。これはアズラエルにとっても痛い出費であった。
アズラエルはいくつかの打ち合わせをしたあと電話を切った。
「全く、ここまできて、ここまで来て躓くとは……酷い頭痛がするな」
アズラエルは机の引き出しから頭痛薬を取り出す。さらに最近は抜ける髪の毛の数が増えているので用心のために育毛剤も取り出す。
「ああ。もう嫌だ。もう何もかも放り出したい……戦争の勝利は確実なんだからここで放り出しても」
すでに連合の勝利は確実だ。あとは全てを投げ出しても、彼が死ぬ可能性は殆ど無いのだ。だが彼にはそんなことはできなかった。
「ここで投げ出すのは無責任だよな……俺を信じて協力してきた人達を裏切る事になるし」
そんな無責任は彼が最も嫌うものだった。またマリア・クラウスやサザーランド、ハリンの顔が浮び、彼は己を奮い立たせる。
「自分でまいた種だ。それなら、自分で摘むしかない。まずは情報の収集とアンダーソン達との関係強化だな」
その後の情報収集でラクス・クラインの乗っていると思われるエターナルが撃沈されたことを知って、彼は僅かばかりだが気が軽くなる。
アズラエルたちが頭を抱えているのとは正反対に、ジブリールは自宅の執務室で妹のシアと共に祝杯をあげていた。
「よくやってくれた。これであの汚らわしい化け者たちを一掃することができる」
ジブリールは上機嫌の表情でシアをほめた。シアはこのお褒めの言葉を聞いて心底うれしそうな顔をした。
「お兄様からそのような有り難い言葉を聞けただけでも、頑張った甲斐がありました」
「お前は褒められること、いやそれ以上のことをしたのだ。兄として、そんなできのいい妹に礼をいうのは当然だ」
「まあお兄様ったら」
そこには見るもの全てを虜にしてしまうような笑みがあった。
「それにしてもあの失敗作の化け物と南米軍、ザフト軍もよく動いてくれました。彼らには礼を言いたいぐらいですわ」
「まあ失敗作の化け物と、ザフトは兎も角、南米軍の低脳連中には礼を言わないとな」
「南米軍の中で奮戦した部隊は、こちらのシナリオ通りブルーコスモス系の部隊ですので、マスコミも乗せ易いでしょう」
化学兵器で特攻したコーディネイターは、元々は失敗作のコーディネイターだった。遺伝子改造の技術は、確かに多くの難病を解決して多くの恩恵を
ナチュラルにもたらした。だが光が強くなればなるほど、陰もまた強くなる。遺伝子改造されながらも、親のわがままによって捨てられた子供の数は
正確にわからないほど多い。
生まれながらに祝福されなかった彼らは、自分たちを生み出す原因を作った遺伝子改造技術を憎み、さらにプラントでぬくぬくと暮らす同族たちを
嫉妬していた。そんな彼らがブルーコスモスの思想に染まるのは当たり前だった。
今回、彼らはそのうちの数名を利用したのだ。捨て駒として。
「あとは小賢しく南米を嗅ぎ回るやからも始末して、あの忌々しい砂時計を叩き壊すように世論を誘導しなければならない」
「判っています。すべては青き清浄なる世界のために」
南米戦後、ジブリールたちは、南米での化学兵器使用を声高に喧伝して地球連合の世論をタカ派有利に傾けていく。アズラエルはこれを
何とかするべく様々な手を打つが、化学兵器を使用されたことで怒り狂った民衆にはあまり効果が無かった。
さらにザフトの手によって隕石などが地球に落下した場合の被害をジブリールが宣伝したことで、今回のアメノミハシラ崩壊と相成って急速に
プラント脅威論が高まっていくようになる。
これと前後してコーディネイター系市民への差別も深刻化した。このためアズラエルはとりあえずはコーディネイター系市民や将兵の保護に
力を入れざるを得なくなり、ジブリールたちの世論工作を止める事ができなくなっていった。
アズラエルは政府、軍内部の中道派・穏健派の維持にも労力を費やしたが、過激派の影響が強まり、さらにこれまでアズラエルに従ってきた
強硬派の者達の中にも、プラントを殲滅したほうが良いのではないかと考え始める人間たちが出たことで実質的にお手上げとなった。
さらにブルーコスモスの中では、アズラエルを盟主から引きずり落し、過激派のジブリールを新しい盟主にしようという動きすら出ていた。
そんな状況の中、アズラエルとアンダーソンの会談が開かれる。
アズラエルとアンダーソンの会合は、マリア・クラウスの知人が経営する高級ホテルにある料理店で開かれた。勿論すべて貸切だ。
料理人が腕をかけて作った高級な西洋料理が円状のテーブルの上にずらりと並ぶが、誰もそれに手をつけようとはしなかった。
アンダーソンはアズラエルの丁度正面の席に座って向き合う。マリアはアズラエルの右隣に、カナリス提督はアンダーソンの左隣に座る。
「アズラエル理事、お疲れのようですな」
「判りますか?」
「ええ。連日、色々と駆け回っていることは私も耳にしています」
「それなら、さっさと議題に入りましょう。こちらも長居するほど時間の余裕はありませんし」
この言葉を聞いてアンダーソンはごく僅かに顔をしかめるが、すぐにもとの表情に戻す。
「我々は理事達との協力関係を結ぶ事を希望しています」
「ジブリールの横暴を防ぐ為ですか?」
「そのとおりです。理事、私達はプラントを完全破壊するのは望んでいません」
「それは軍人としてですか?」
「人道的な問題もあります。まあ最大の理由は理事と同じ経済です。我々は戦後に国家経済が困窮することを望んでいません」
「確かに戦争が終われば軍隊は縮小されますからね。経済の疲弊が著しければそれだけ軍縮は大規模になる」
軍の縮小は、将校が座るべきポストの減少に繋がる。それは軍人としてはあまり好ましい事ではない。
「まあ派閥を維持するには、ポストが必要ですからね」
アズラエルはとりあえず皮肉をぶつけるが、アンダーソンには通用しなかった。そんな彼を見て、アズラエルは肩を竦める。
「まあ軍人達の事情はわかっています。ですが今の状況を何とかしないとプラントの破壊は避けられませんよ」
ジブリールたちの扇動によって、プラントの殲滅に賛同する動きが出始めている。プラントが無条件降伏かそれに近い条件で降伏すれば別かも
しれないが、あくまでも条件付講和を申し出てくれば、連合はそれを無視する可能性が高くなっている。
「プラントは、ザフトが化学兵器を使うつもりは無かったし、持ち運んでもいないと言っていますが、今では誰も聞き入れませんからね」
東アジア共和国やユーラシア連邦は、各地の反連合運動や反政府運動に手を焼いており、これを煽ったプラントへの憎悪を募らせていた。
また彼らはプラントが各地の独立派組織や反政府組織をテロ組織と断定し、それに武器を渡しているプラントを叩き潰すべく世論工作に乗り
出していた。この2ヵ国の前身たるロシアや中国は統合戦争前に異民族を何十万、何百万人と抹殺したり、民族浄化を行っていた。
そんな彼らにとって、2000万人程度の人間を、それも遺伝子を弄くった人間を抹殺することなど良心の呵責も引き起こすものではない。
「ユーラシア連邦では穏健派の意見が無視されつつあります。東アジア共和国では、穏健派の高官が収賄罪で逮捕される可能性が高くなっている
との報告があります」
マリアの言葉に、アズラエルはため息をつく。
「つまり誰も彼も、プラントを叩きのめそうという動きに乗っかろうとしているというわけです」
そんなアズラエルにアンダーソンは反論した。
「ですが、大西洋連邦が動けば、少なくともプラントを殲滅しようとする動きは止められます」
「どうやってです? 民意はタカ派に傾きつつあるのに」
アンダーソンはアズラエルの問いに答えることなく、カナリスに発言を促した。カナリスは頷くと情報部が分析した情報を示した。
「実はこのたびの南米戦でのブラジリア基地陥落と、化学兵器使用については不可解な点が幾つかわかったのです」
「不可解な点?」
「はい。まずブラジリア基地陥落に関与したコーディネイターの兵士ですが、実はブルーコスモスの思想を持っていた可能性があります」
「ブルーコスモスの思想を? そんな馬鹿な……」
「彼は捨て子でして。彼は3歳の時に引き取られたのですが、その家族はNJで発生した混乱で死亡しています。その後、彼は軍に志願した
とのことです。軍での彼の交友関係を辿っていっていますが……ブルーコスモス系の人間と接触した形跡がありました。接触した人間はどう
やらブルーコスモスであることを表向きにしていないようで、確認に手間取りました」
「つまりブルーコスモスの一員だったと?」
「はい」
「さすがにそこまで把握していませんでした。何しろ数が多いので」
ブルーコスモスのメンバーは自称を含めて地球各地に存在する。アズラエルですら正確な数を把握しきれない。
「まあ、確かにそんな人物がコーディネイターの利益になることをするとは考えられませんね」
「ジブリールやマスコミはコーディネイターは同族意識が強いと煽っていますが、実際にはそんなことはありませんので」
「だとすると、これは誰かがコーディネイターを、ザフトを嵌める為に仕組んだと?」
「可能性は十分にあります。我々はロード・ジブリールが怪しいと読んでいます」
「確かに彼は南米で何かをしていた形跡がありますからね。しかし証拠がないと話になりません」
「こちらはマルキオ導師に接触して、ジャンク屋ギルドを利用した情報収集に努める予定です」
「あの怪しい坊さんを使うと?」
「使えるものは何でも使います。すでにわがままを言っていられるほどの余裕はありません。あと我々はジブリール一族の経営する企業の資金の
流れを追跡しています。ですが」
「護りは堅いと?」
「はい。ハッキングも試みましたが、なかなか上手く行きません」
「………」
「理事と我々が力をあわせれば、何らかの尻尾をつかめるでしょう。どうですか?」
このカナリスの言葉にアズラエルは肯かざるを得なかった。すでにブルーコスモス盟主から降ろされるのは時間の問題であり、強硬派の支持も
目減りしている。国防産業連合理事の力を使えばブルーコスモスの動きを抑えることは出来なくともないが、味方は多い方が良い。
それにアンダーソンたちとは利害が一致している。それに有能な将校も少なくない。これと友好を深められれば利益は大きい。
「……いいでしょう。あなた方と組みましょう」
この言葉に、マリアやアンダーソンもほっとした顔をした。どうやらこれまでのわだかまりからアズラエルが拒否するかもしれないと考えていた
ようだった。この反応にちょっと腹が立ったアズラエルだったが、それはそばにおいて別にことを尋ねた。
「仮に南米の化学兵器使用がジブリールの手引きだったと暴露できても、他の連合諸国がプラント殲滅を諦めるとは思えません。それに隕石に
よるアメノミハシラ破壊は、プラント脅威論をあおっています。恐らく連合政府はプラントが無条件降伏するか、それに近い条件を受託しない
と矛を収めないでしょう。それはどうするつもりです?」
この疑問に答えたのはマリアだった。
「私案ですが、このような策はどうでしょう?」
アズラエルとアンダーソンが手を組むことに同意した1週間後、ブルーコスモス幹部による集会が開かれた。
表向きにはブルーコスモスの今後の方針を決める為に開かれたものであったが、実際にはジブリールがアズラエルの方針を弾劾する為に開催を
呼びかけたものだった。ジブリールは開催早々にアズラエルの方針が間違っているとを堂々と言い放ち、方針転換を支持するように訴えた。
「プラント、いや、コーディネイターは人類全ての脅威であることは明白である! 彼等を根絶する事こそ真の平和に繋がるのだ!!」
アズラエルはプラント本国を制圧して、連合の厳重な管理下におくという提案を行ったが、化学兵器使用と隕石攻撃によるアメノミハシラ崩壊の
記憶が生々しいためかジブリールに比べて賛同する人間は少ない。最終的にジブリールの方針が承認されてしまう。それは実質的にアズラエル
への不信任決議であり、直後に行われた盟主の選出選挙でアズラエルは敗れた。代わりに投票で選出されたのはジブリールだった。
ジブリールは満面の笑みを浮かべながら、アズラエルを見下すように言った。
「これからは私が盟主です。ブルーコスモスの新しい方針に従ってもらいますよ?」
だが返ってきた答えはジブリールにとって意外なものであった。
「お断りします」
「何?! どういうことです、前盟主?」
「簡単なことです。僕は今日限りでブルーコスモスを抜けるからですよ」
「「「なっ?!!!」」」
アズラエルの言葉に、多くの幹部は驚愕する。
「何を驚く事があるんです? ブルーコスモスが僕の制御下を離れるなら僕がここにいる必要性はありませんし、金を出す必要もないでしょう」
「そ、それは……」
「それでは僕も忙しいんで、このあたりで失礼しますよ」
この言葉を合図として、アズラエルにしたがっていた側近達や、マリア・クラウスなどの中道派や穏健派も相次いで席を立つ。
「き、貴様等……」
ジブリールは退室していくメンバーを睨みつけるがどうにもならなかった。
ブルーコスモスはもともと多くがアズラエル財閥などロゴスからの資金援助で運営されていた。アズラエルが抜けるということはロゴスなどの
企業体からの支援も途切れることを意味しており、その活動に多大な支障が出ることは確実だった。さらに政財界に太いパイプを持つマリアが
ブルーコスモスから離れたことで、アズラエルの時代のようにゴリ押しは出来なくなる。プラントを殲滅しても、地球にいるコーディネイターの
根絶は不可能になるだろう。そのことを思うと、ジブリールは歯軋りするしかなかった。
一方、この様子をモニタで見ていたシアは溜息をついた。彼女は現時点でアズラエルを盟主の座から引き摺り落とすことには反対していた。
彼女はアズラエルがブルーコスモスから抜ける可能性を見抜いていたのだ。勿論、進言はしたがジブリールは取り合わなかった。
(まあどうしようもないわね。今はプラントの殲滅に専念しましょう……)
彼女としてもここで打つべき手は無かった。
ジブリールたちが歯軋りしている頃、アズラエルとマリアはブルーコスモス本部を出て、黒塗りの高級車の後部座席に乗り込んでいた。
「やれやれ、まさかここで盟主から降りるだけではなく、ブルーコスモスから抜けることになるとは思いませんでしたよ」
アズラエルの言葉にマリアは苦笑しながら答えた。
「仕方ありません。我々に必要な時間を稼ぐにはそれしかありませんでしたし。それに……最悪の場合は巻き添えになります」
「確かに……」
アズラエルはそういって表面上は笑う。実際にはマリアの練った策の非情さに、少し冷や汗を流していたが。
(女って奴は恐ろしいな。見た目は綺麗でも、近づけば棘だらけというのは真実だな)
女には気をつけようと心から思ったアズラエルだった。
この日を境にしてブルーコスモスは分裂することになった。アズラエルやマリアを中心とした一派はアンダーソン将軍を中心とした一派と合流し
さらにプラントの奪還を目論む財界と手を組んで蠢動するようになる。
アズラエルがブルーコスモスから抜けた翌日、アズラエルは関係各所にある人物の捜索を要請した。
「キラ・ヤマトを探せ、ですか?」
マリアやカリウスはアズラエルの要請を聞いて不可解に思ったが、アズラエルの要請ということで、その捜索に取り組むようになる。
あとがき
青の軌跡第43話をお送りしました。それとついに百万ヒット達成しました。これも皆さまのおかげです。ありがとうございました。
さて、ラクスは死亡、アズラエルは盟主の座から追われました。そしてキラ再登場フラグ(爆)。
展開が若干強引かもしれませんが、いよいよ物語は終わりに向けて突き進みます。
駄文ですが最後まで読んでくださりありがとうございました。
青の軌跡第44話でお会いしましょう。