南米で旧政府軍が一斉蜂起……この情報はマスコミが報道するより前に大西洋連邦首都ワシントンDCの一角にある、マリア・クラウスの議員

事務所にもたらされた。

「全く、やってくれるわね・・・・・・」

マリアはこの報告を見て思わず眉をひそめた。彼女は南米でのナショナリズムの高まりを受けて、戦後に南米を属国として再独立させることを

考えていた。このため、彼女には今回の大規模な叛乱は戦後の南米の立場を危うくするものとしか思えなかった。さらに他にも問題があった。

「これで戦争終結が遠のく。いえ下手をすればプラント政府が何かしかけてくるかもしれない……」

マリアはため息をついた。そんなマリアを慰めるように、秘書官が楽観論を言った。

「ですが、ザフトはすでにボロボロです。彼らが何かをできるとは思えませんが」

「だからよ。追い詰められた連中は何をするか予想できない。連中が拙いことをすれば、間違いなくプラント殲滅論が勢いづく」

「………」

「それに今回の動乱、どうやら戦争継続派が一枚かんでいるようだし、油断はできない」

マリアの情報網からは、この南米での動乱には戦争継続派が一枚噛んでいたことがわかっていた。

「彼らは南米への資金や物資の流れを意図的に見逃していた節がある……勿論、処罰の対象者がでるでしょうけど。そこまで厳罰を課さなければ

 ならないレベルというわけでもないからね」

「今回の一件で彼らを追い詰めるのは難しいと?」

「一回のミスで、今回の件に直接関わっていない継続派全員を裁くのは無理よ。法的にも」

マリアは忌々しさを噛み締めながら呟く。

「問題は、ブルーコスモス過激派よ。連中、南米で何をしていたのやら……」

アズラエルと同じようにマリアも独自に調査をしていた。彼女はジブリールの息の掛かった連中が南米で動いていたのは知っていたが、違法性の

ある動きを掴めなかった。むしろジブリールたちと接触した旧南米軍のブルーコスモス派の部隊は、連合に忠誠を誓って各地で奮闘している。

「これじゃあ、戦後の南米ではジブリールの影響力が拡大するわね」

マリアは、このときジブリールが今回の叛乱を利用して南米での影響力拡大を図っているのではないかと疑った。だがそれが真実であっても

全ては推測でしかないと切り捨てる。さらに南米で影響力を拡大しても、最終的にプラントをどうするかは地球連合が決めることであり、南米で

幾ら力を持っていても、大した影響はない。多少はブルーコスモス過激派の支持も集まるだろうが、プラントが生み出すであろう富の誘惑に

よって生まれる支持には圧倒的に劣っているはずだ。

「一体何が………」

さすがの彼女にも答えは見えなかった。後に彼女が今回の一件の情報操作が、自分よりも一回り年下の少女によってなされたと知った時、彼女は

唖然とすることになる。




 そのころ、大西洋連邦軍参謀本部にいるアンダーソン将軍の下にも南米動乱の情報が届けられていた。

「どう思う?」

アンダーソンはカリウスにおもむろに尋ねる。

「ザフトの支援があったことは確実ですが、連合内部の戦争継続派も何かの形で関わっていると思われます」

この答えにアンダーソンも同意するように頷く。

「情報部で何か分かった事は?」

「ジブリールが動いていること程度です。かなり情報操作が行われているようで、中々尻尾をつかめません」

「中々やるだようだな。あの男も」

「ブルーコスモス過激派の根っこはかなり深いようです。下手をすればアズラエルよりもたちが悪いかも知れません」

「確かに。アズラエルよりも打倒するべきはあの男かも知れんな……」

この言葉を聞いたカリウスは、アンダーソンにあることを提案した。

「将軍、この際、我々はアズラエルと手を組み、ジブリールを叩くべきかと」

「私に、連中と組めと?」

「はい。確かにアズラエルの横槍は忌々しいですが、国益に合致することが多々あります。しかしジブリールの場合は……」

「テロリストを煽っているのはむしろジブリールか」

「はい。それにアズラエルは、先のフェイタルアローでかなりの損害を受けています。恐らく、戦後に私設部隊で色々と連合軍の指揮系統を

 混乱させるような真似はしないでしょう」

「ふむ………」

アンダーソンは、ここでアズラエルと手を組むべきかどうか悩んだ。これまで散々にテロをあおり、軍の指揮系統を混乱させてきたアズラエルを

彼は心のそこから嫌っていたのだ。だがアラスカ攻防戦の前あたりから、アズラエルは明らかに大西洋連邦の国益を重視した行動を取っていた。

それはアンダーソンの戦略と合致するものだった。

「……アズラエルとあう事はできるか?」

「彼を手を組むと?」

「それは奴と会ってから決める」

だがカリウスは、アンダーソンがアズラエルと手を組むこと方針を固めつつあることを感じ取っていた。

(これでいい。あとは全力であのジブリールと、それに賛同する戦争継続派を排除すれば終わりだ)

国内の対プラント穏健派(実際には各派閥で色々と方針は分かれている)が結集されれば、対プラント強硬派を完全に抑えられる。それはカリウス

と、彼の上司であるオースチン大統領にとって好ましいことだった。

(問題は如何にして、この南米動乱を鎮圧するかだな………)






                  青の軌跡 第40話





 南米各地で旧南米政府軍が蜂起したことによって、各地に残っていた大西洋連邦軍は激しい戦闘を強いられていた。

ただし、大西洋連邦軍の大半はパナマ基地に部隊を引き上げていたことから、戦闘の規模はそこまで大きくなかった。数箇所の例外を除いて。

「南米軍部隊がイエローゾーンに入りました」

「攻撃開始! これ以上、基地に近づけるな!!」

例外のひとつであるブラジリア基地では、南米軍と基地守備軍が激しい戦闘を繰り返していた。迫りくる南米軍の機甲部隊に対して連邦軍は

ありったけの火力をぶつけて防戦する。あらゆる砲が火を噴き、対地ロケットが発射され、それらは鋼鉄の雨となって南米軍に降り注ぐ。

直撃弾を受けて爆発炎上するダガー、衝撃波によって各坐する戦車が相次ぐ。さらに彼らの後方にいた歩兵達は肢体をばらばらにされる。

それはまるで地獄にある人肉売り場のような惨状であった。

「こちらの砲兵部隊は何をしている!?」

勿論、南米軍も負けてはいない。ダガー部隊を支援するため、必死にブラジリア基地に激しい砲撃を加える。さらに乏しい航空兵力をやり繰り

して、ブラジリア基地に空爆を加え始める。この断続的な空爆と砲撃によってブラジリア基地の防衛力は低下しはじめる。

「くそ、あの泥棒どもが!」

連邦軍の兵士は、南米軍の姿を見てはき捨てるように言う。何しろ彼らの正面装備の多くがもともとは連邦が配備した兵器なのだ。それを彼らは

連邦軍を倒すために各地の基地から奪い取って使っているのだから、腹立たしいことこの上ない。

「押されているか・・・・・・」

基地司令部にあるモニターに映される光景は、どれも連邦軍の劣勢を示していた。南米方面軍司令部の幕僚達はこぞって渋い顔をする。

「増援は?」

「無理だろう。すでに政府は南米の一時放棄を決定している。政府にとってはザフト打倒が第一だからな」

そんな幕僚達の会話を聞いていた渋い顔をしながら、カッツ少将は命じる。

「第11独立部隊を前面に出せ。連中はまだ使えるだろう?」

「宜しいのですか? 連中は・・・・・・」

「コーディネイターだろうが、何だろうが予備兵力は使うためにあるものだ。たとえ信用し難い連中でもだ」

「了解しました」

カッツの命令によって、ロングダガーやロングダガーフォルテストラから成る第11独立部隊が前線に送り込まれた。

まず9機のロングダガーは前線に投入されるや否や、基地に侵入しようとする南米軍のダガー6機、さらに傭兵のジン4機と交戦した。

この10機の南米側MSはブラジリア基地に攻め込んできている南米軍部隊の中で最も基地に近い位置にあり、彼らの後方から歩兵や戦車部隊

が後続していた。このため司令部は、この10機の敵MS部隊を叩くように厳命していた。勿論、これまでも司令部はこの敵部隊を叩くように

幾度となく指示してきたが、敵の激しい応戦によって叶わなかったのだ。

この幾度となく、連邦軍の攻撃を撃退して前進してきた南米軍部隊は、意気軒昂だった。

「よし、このままブラジリア基地に一番乗りだ!」

彼らは己の疲労をものともせず、血路を開こうと力を振り絞る。そんな彼らは新たに現れたロングダガー9機に怯みもしない。

「こりもせずに。返り討ちだ」

これまでの戦果で自信をつけていた彼らは、ロングダガーを新たに自分の撃墜数に加えるべく戦いを挑む。だが新たな敵はこれまでとは明らかに

レベルが違うことを彼らはこの直後に思い知らされる。

ロングダガーは巧みな機動によって、彼らの放つビームを避けていく。左に、右に・・・・・・まるでMSを自分の手足のように操って。

「こいつら!?」

ナチュラルでも使えるようになったとはいえ、ナチュラルがMSをそこまで巧みに扱うのにはかなりの経験と反射能力が必要だ。それをやすやすと

やってのけるということは、目の前の敵手がよほどの腕前を持っていることに他ならない。

自分達がとんでもない敵と合間見えたことを自覚したのもつかの間、6機のロングダガーが放ったビームが相次いで南米軍MSに直撃する。

このうち、防御力が比較的弱いジン4機が撃破されてしまう。ダガー2機も中破し戦闘能力を喪失する。

10機中6機が喪失、或いは戦闘不能なら、本来は撤退してもおかしくない。だがここで持ち場を離れれば後方にいる戦車部隊や歩兵部隊が

蹂躙されてしまう。それゆえに残ったダガー4機は踏みとどまる。だがその決死の決意もすぐに無意味なものと化した。

4機のロングダガーは、南米軍のダガーに接近戦を挑んだ。右手でビームサーベルを構えるとナチュラルでは耐えられない速さで一気にダガーの

懐に飛び込んだ。南米軍のダガーはこの動きにまったく対応できず、ビームサーベルで、ある機体はコックピットを串刺しに、ある機体は腰を

境にして真っ二つに分断されて爆発四散した。

邪魔者をすべて片付けた9機のロングダガーは、南米軍のパイロット達が必死に守ろうとした戦車や歩兵を蹂躙した。

戦車には、戦車の防御力が最も弱い上部に頭部のバルカン砲をお見舞いして炎上させ、歩兵や歩兵が乗るトラックは弾の無駄を省くとばかりに

蹴飛ばし踏み潰していく。この一方的虐殺が終わった後に残されていたのは死体の山と、かつてはMS、或いは戦車だった残骸のみだった。

第11独立部隊の参戦によって、南米軍の攻撃は次第に鈍化していくことになる。そしてそれは連邦軍にとって戦線を整理するチャンスとなる。

「疲労が著しい部隊から後退させて補給と整備を」

カッツの指示を受けて、前線に展開している部隊が後退を開始した。その様子を見ながら、幕僚達は今後のことを話し合う。

「何とか撃退したが、戦況は厳しいな……」

「弾薬はまだ何とかなるが、兵の疲労も無視できん」

そんな会話を聞きながら、南米方面軍司令ジェレミー・カッツは内心で焦りを何とか表にでないように努力していた。

(まずいな。まさか撤収作業にここまで梃子摺るとは……早くしなければ孤立してしまう)

ブラジリア基地が強固な防御施設を持っており、さらに配備されている部隊が如何に強力であっても孤立無援になれば陥落は免れない。

さらにクルーゼ率いるザフト軍が各地で南米軍を支援している。彼等がこの基地に駆けつければ脱出する暇も無いかもしれない。

(こんなところで捕虜になって溜まるか。早く撤退しなければ……それにしてもこれだけ撤収作業が遅れるとはどういうことだ?)

彼等の撤退が遅れていたのは南米軍のゲリラ攻撃だけではなく、輸送機の整備ミスなど多々のトラブルが発生していたためだった。カッツから

すれば弛んでいるとしか思えない失態だった。

「まったくどいつもこいつも……」

カッツの呟きを聞いて、幕僚達も苦笑いする。彼等もまた大なり小なり思うところがあったのだ。そんなとき、通信仕官が連邦軍参謀本部から

通信文が届けられたことを告げる。

「内容は?」

「これから2時間後に、基地周辺に展開している敵部隊に対して大規模な空爆を行うとのことです。この際に部隊は脱出せよ、と」

「そうか。だが全部隊を一気に撤収させられないな。殿を残す必要がある」

この言葉を聞いた幕僚の一人がコーディネイターが多くいる部隊を挙げた。

「第11独立部隊を、あの改造人間達の部隊に殿をさせれば宜しいのでは? 連中なら喜んで捨て駒になるでしょう」

地球連合に籍をおくコーディネイター達は各地の戦線で獅子奮迅の働きを示していた。全ては自分達の存在意義と忠誠を万人に認めてもらう為に。

それを幕僚達は利用しようとしていた。

「そうだな。だがあまり露骨にすると、参謀本部が五月蝿いぞ? 何しろ最近は連中の人権保護を訴える輩もいるしな」

「ですがロングダガーを含む強力な部隊であることは事実です。それに最悪の場合は降伏をする権限を与えておけば問題ないと思います」

「まあそれもそうだな」

司令部でそんな会話が交わされているころ、基地の一角では数名の将校が人目を憚る様に集まっていた。そのうちの一人が声を潜めて尋ねた。

「管制センターへの細工は?」

この質問に将校の中で比較的若い外見を持つ少佐が答えた。

「計画通りだ。まあ予定よりも早く仕上がったがね」

「さすがはコーディネイターといったところだ。こうも完全にやってのけるとは」

「だがそれゆえに脅威なのだ。あの化け物どもは」

この言葉に他の将校達が一様に肯く。

「連中の始末と脱出路の確保は?」

「そちらも大丈夫だ」

「そうか。ふふ。これであの化け物たちを軍組織から追い払える」

これを聞いた他の将校達はニヤリと笑って肯く。

「そうだ。すべては青き清浄なる世界のために」

大西洋連邦軍内で色々な動きがある一方、基地を包囲している南米軍部隊は、これまでの度重なる敗退を受けて焦り始めていた。

「本部に援軍を要請しましょう」

参謀長は、司令官にそう進言する。だが師団長はあまり乗り気ではなかった。

「援軍要請は早い。 このまま包囲していてもいずれは……」

南米方面軍司令部のあるブラジリア基地は自分達の独力のみで制圧したいと師団長は考えていた。多くの民族や国家が集合して出来た南アメリカ

合衆国では内輪では主導権争いが激しい。その中で何らかのアドバンテージを得るには、手柄が必要だったのだ。

「このまま梃子摺るほうがよっぽど拙いのでは?」

「だが………」

そんなとき、南米軍の本部から予期せぬ通信文が届いた。

「援軍だと?」

「はい。本部はブラジリア基地攻略のために援軍を出すとの事です」

通信仕官がおずおずと本部からの通達が書かれた紙を司令官に差し出す。司令官はそれを見るや否や愁眉を開いた。

「なるほど英雄様がやってくるか。それに基地内に特殊部隊が……」

「司令?」

司令官は怪訝な顔をする幕僚達に、すぐに紙を手渡した。そうすると幕僚達もみな同じような顔をした。

「分っただろう?」

「はい。それでは早速準備に取り掛かります」






 南米方面軍が南米軍の攻勢を撃退した数時間後、轟音と共に北東から大西洋連邦軍所属の大型爆撃機と戦闘機があわせて30機ほど現れる。

勿論、南米軍はこれを撃退しようと迎撃機を繰り出すが、大西洋連邦軍の戦闘機サンダーボルトの前では分が悪く逆に撃墜されていく。

爆撃機隊は悠々と基地周辺に展開している南米軍に爆弾の雨を降り注ぐ。基地内に轟く爆発音と衝撃波が、その爆撃の凄まじさを雄弁に物語る。

「よし撤収する」

敵からの攻撃がほぼ止まったことを確認したカッツは自分達が乗る輸送機を飛ばすように指示した。この指示に従い次々に発進していく輸送機。

これを見て南米軍の一部の部隊が空爆による被害を覚悟した上で突っ込んでくるが、それを殿として残っている第11独立部隊が阻止していく。

脱出する味方を支援するべく第11独立部隊のロングダガーは、自分達の2倍以上の数を誇る南米軍のダガー部隊相手に互角以上に戦って見せた。

敵の攻撃を基地施設を遮蔽物代わりに巧みに避けるものの、攻撃が輸送機に及びそうになるとその身を盾にして護ろうとする。

「さすがはコーディネイターというべきか」

カッツはロングダガー隊の活躍を見て、感嘆する。同時に彼はコーディネイターがやはり危険ではないのかという危惧に襲われた。

(連中をナチュラルの社会に解き放つのは、虎を野に放つと同義だ)

だがその危惧はすぐに終わる。いや正確にはそんなことを考えることができなくなったのだ。

突如として響く爆発音と衝撃波。それは基地内ではなく、明らかに至近で発生したものだった。

「二番機が撃墜されました!」

「何?! 敵からの攻撃か!?」

「違います。基地の方向からです!!」

「何だと?!」

カッツは輸送機の窓から下を見るが、何も見えない。だがその直後、彼の乗る一番機も被弾した。右翼から炎が吹き出てエンジンが止まる。

「一体何が……」

だが彼の呟きに答える者はいなかった。パニックに陥る機内の人間には彼の疑問を聞く余裕も、そして必要もなかった。

南米方面軍司令部を乗せた輸送機は右翼が千切れ飛ぶと、すぐに制御を失って地表へ激突した。生存者はいなかった。

これによって南アメリカ方面軍司令部は全滅し、南米方面軍の指揮系統は瓦解することになる。

南米方面軍司令部を載せた輸送機が撃墜された直後、基地を防衛していた第11独立部隊は背後からミサイル攻撃を受ける。

「何をしている?!」

ロングダガーのパイロットはそう怒鳴ると、メインカメラがある頭部を後ろに向ける。するとそこには信じられない光景があった。

「馬鹿な、何故基地の防衛施設がこちらを攻撃している?!」

だが彼は驚愕したものの即座に立ち直り、友軍に状況を報告しつつ自分達に攻撃を加えてくる基地の防衛施設を破壊した。

「それにしても何がどうなっている?」

状況を聞いて駆けつけた友軍のロングダガー1機と共に彼は持ち場を死守しようとする。だがその時、信じられない命令が彼のコックピットに届く。

『第2小隊は防衛拠点を放棄し第4ゲートに集結せよ』

「どういうことです。隊長!?」

『敵の特殊部隊が基地内に進入した。歩兵部隊は防戦したが、防衛施設のいくかを奪われた。敵の大軍が流れ込んでくる』

「な?!」

だがこれは驚くべきことではない。もともとこの基地は南米軍のものであり、その構造はおおよそ彼らは把握している。如何に基地を改築しても

ある程度の抜け穴は残っている。今回はそこをつかれたのだ。本来なら降伏するべきところなのだが、彼等にそんな考えはなかった。

「撤退するにしても、こっちのブロックにあるエネルギータンクや弾薬庫はどうするんですか?」

『可能な限り自爆させる。それよりも時間がない』

「……了解しました。第4ゲートに向かいます」

だが彼らはもっと早く脱出するべきだった。もし彼らがより早く離脱していれば、彼と出会わなかっただろう。そう、南米の英雄と。

彼らが拠点から後退しはじめたころ、アラーム音が鳴り響く。彼らは敵機の接近を悟ると即座に身構える。

「あれは、ソードカラミティ? まさか……切り裂きエドか」

尤も相手の正体を知ると、3人のパイロットは誰もが知っている南米出身のエースパイロットが自分達の敵手として登場したことに慄く。

「くっ! あれを近寄らせるな! 接近戦は不利だ!!」

彼らはソードカラミティを近寄らせない為に、ビームライフルで弾幕を張る。だが彼らは直後に信じられないものを見る。

「ビームを対艦刀で弾いた?!」

ソードカラミティは何と自分に当たると思われるビームのみを、対艦刀で弾き返して進んできたのだ。それはコーディネイターである彼らから

見ても明らかに異常だった。ソードカラミティはビームを弾きながら、ジリジリと彼らとの距離を詰めてくる。

「切り裂きエドは本当にナチュラルなのか?!」

それはあまりに理不尽な光景。それは彼らコーディネイターからすれば信じられない光景。

「ナチュラルが、コーディネイターを越えられるなどあるはずが……」

高い能力を得るために、種の生存さえ危うくなるような遺伝子の改変を施した彼らにとっては、それは耐えられない現実だった。

尤も彼らはその辛い現実からすぐに解放されることになる。己の死によって。

ある程度、距離を詰めたソードカラミティは、次の瞬間、損害をものともせずに一気にロングダガーに接近。慌ててビームサーベルに持ち替え

ようとしたロングダガー3機を相次いで叩ききった。

「逃げようとする輩を倒すのは好きじゃあないんだが、ここでお前達を逃すわけにはいかないんでね」

エドは倒れ付す3機のロングダガーを見てそう呟くと、他のロングダガーを狩るべく基地の奥へ歩いていった。その頃、エドが基地に進入したこと

さらに基地の防衛設備が奪われたことで基地内部は大混乱に陥った。

「馬鹿な? 何故こうも簡単に侵入された?! 対人センサーは?!」

殿として残っていた第11独立部隊の司令官はあっさりと基地内部に南米軍の特殊部隊が侵入したことに驚きを隠せなかった。

「分りません! センサーの一部が誤作動を起こしていたとしか……」

オペレーターたちも何がどうなっているのか分らず混乱する。そんな中、司令室の後ろ側の扉が開かれる。

司令官が何事かと後ろを向いた、その瞬間、彼の眉間を銃弾が貫いた。鮮血を噴出しながら司令官はその場に倒れた。

「なっ?!」

オペレーターたちも何がどうなっているのか分らなかった。何故なら、司令官を殺害したのは連合軍の制服を着た人間だったからだ。

「全ては青き清浄なる世界のために」

その人物はそう呟くと、司令官を殺害した者の後ろから複数の自動小銃を持った兵士達が司令室に入り、次々にオペレーターを殺害していく。

数分後、司令室は爆破され、ここにブラジリア基地司令部は壊滅した。その後、炎を上げて壊滅していく基地から兵士達は地下の脱出ルート

を使って速やかに脱出していく。

「証拠は?」

「我々に関する証拠は隠滅済みです。『真の裏切り者』の証拠はすでに」

「そうか。ならいい」

彼らが安全圏に逃れた直後、ブラジリア基地は陥落した。




 南米軍司令部は各地からもたらされる戦勝報告に沸き立っていた。

「ブラジリア基地もついに陥落。これで南アメリカの主要拠点はほぼ我々の制圧下に入った」

「やりましたな。これであの侵略者どもから郷土を奪い返しました」

幕僚達は、南米の主要拠点が南米軍の支配下にあることを示している作戦図を見て満足げに言った。

「あとはパナマ基地だ。あそこを占領できれば交渉に入れる」

南アメリカ合衆国の生産力は、大西洋連邦の生産力の20分の1程度に過ぎない。はっきり言って正面から戦い続ければ敗北は必至だった。

その状況を打開する手段がパナマ基地の占領だった。パナマ基地はマスドライバーを有する宇宙港だけではなく、MS生産工場を含む軍需工廠

でもあるのだ。その生産力を確保できれば当面は何とか戦線を維持できる。

さらにマスドライバーを人質にすれば、大西洋連邦を交渉の席に引きずり出すことも不可能ではない……それが彼等の考えだった。

「ザフト軍は?」

「再編成後にパナマ方面に向いました。ですが……」

「正面から戦うつもりはない、そうだろう?」

「はい。連中は我々と大西洋連邦を潰し合わせるつもりです」

この言葉を聞いた他の幕僚達には苦い表情が浮かぶ。彼等からすれば自軍のみが消耗するのは面白いはずがない。

「奴等からすれば、俺達がパナマを奪い取れれば僥倖。そうはいかなくともある程度消耗させれば上出来としか思っていないだろうな」

表向き同盟を組んでいるはずのザフトを彼等は心の底ではあまり信用していない。勿論、ザフトもあまり南米軍を信用していなかったが。

「どうします?」

「連中にはパナマ基地守備軍の注意をひきつけてもらうさ。何しろ指揮官は『あの』クルーゼだぞ?」

この言葉に多くの幕僚達はニヤリとした。

「それよりも、例の連中は?」

「すでにブラジリア基地から順次発進したとのことです」

「そうか。パナマ攻撃部隊とのタイミング合わせは?」

「すでに連絡はとってあります。大丈夫です」

彼らの作戦が当たれば非常に大きな成果を得ることは間違いなかった。それゆえに彼らはこの作戦に大きな期待を寄せていた。

「南米独立はこの作戦にかかっているからな」

だが彼らはまだ知らない。彼らの作戦こそが、この動乱を望んだ人物の真の狙いであったことを。









 パナマ基地では、シアがいち早くブラジリア基地陥落の報告を副官から受け取っていた。しかし彼女が興味あることは別にあった。

「輸送機は?」

「すでに発進したとのことです。恐らく4時間もあればパナマに到着するでしょう」

「そう。こちらの歓迎会の準備も万端だし、騒がしくなるわね。何しろアズラエルの横槍で強化人間や新型Gもあるし」

「たまにはあの男もよい仕事をします」

「あの男は金だけ出していればいいのよ。まったく金しかとりえが無いのに。まあいいわ。私達も配置についておきましょうか」

「まだ早いのでは?」

「せっかく南米の田舎から、高価な飛行機や船で得意げな顔でやってくる役者様よ? 誠心誠意もてなさないと」

「確かに。彼らにはこちらのシナリオ通り、踊ってもらいましたからね」

「せめてのお礼に、苦しめずに逝かしてやらないとね。そう、自分達南米軍の完全な破滅を見ないうちに」

シアは愉快で愉快で堪らないといった表情で言うと、格納庫に向かった。











 あとがき

 お久しぶりです。earthです。青の軌跡第40話をお送りしました。

南米軍は順調にピエロをやってくれました。ジブリールの陰謀の第一段階はここに無事に終了しました(爆)。

次はいよいよ第二次パナマ基地攻防戦です。南米軍の奇計に嵌り苦戦する大西洋連邦軍。そしてジブリールの陰謀も形を見せ始めます。

苦境に立つアズラエルは次第にアンダーソンたちと協調していくように……。

駄文にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

青の軌跡第41話でお会いしましょう。