アズラエル財閥所有の高層ビルの中、アズラエルは照明が落とされた暗い部屋で、壁に設置されているモニターに映っている財界高官達
いや、より正確に言えば地球連合軍の国防産業連合の幹部達とパナマ防衛について協議していた。尤も実際には……
『アラスカに余剰戦力を集めたあとは、パナマへの増援ですか。理事、貴方はいくら国家の予算を消費すれば気が済むのです?』
『だいたい、アラスカを予定どおりサイクロプスで自爆させていれば、これほどの苦労はしなくて済んだのでは?』
半ば、アズラエルへの嫌味大会になっていた。地球連合主要国に強い影響力を持つ面々の、何の実りもない嫌味に耐えながらアズラエルは
パナマへの増援を要求した。
「パナマ宇宙港を死守できなければ、アラスカでの勝利も水泡に帰します。そうなればさらに戦争は長期化しますよ。
そうなれば、そちらもお困りじゃないんですか?」
アズラエルは重ねて、増援を促した。
「こちらも永遠に戦争をしていられるほど余裕はないのは、お歴々もお分かりのはずです。今回の戦争は旨みが少ないですからね」
『『『………』』』
今、アズラエルとモニター越しに会議をしている面々は、多くが世界有数の軍需企業を傘下にもっている。だが、彼らは軍需企業だけ
を所有しているわけではない。自動車、バイオ、ロボットなど各分野で有名な企業もその傘下に入れている。そんな彼らにとっては
今回のように長期に渡り市場を萎縮させ、軍需産業以外の産業に悪影響を与えかねない国家総力戦は好ましいものではないのだ。
「パナマを死守し、早期にプラントを叩けば地上のザフトなど放って置いても立ち枯れして自滅するでしょう」
このアズラエルの反論に、会議に参加している面々の中で最も地位が高そうな老人が尋ね返した。
『それは否定しません。ですがデトロイトやワシントンの守備隊を引き抜いたときに、連中が軌道上から降下してくることがないと
言い切れますか? ワシントンを一時的に制圧されでもしたら、理事の首ひとつではすまないのですよ?』
「ワシントン守備隊を引き抜くといっても、別に根こそぎもっていくってわけじゃないんですよ。ダガーと105ダガーを配備した
第1師団は参謀本部の直属と言う形で残しますし、スカイグラスパーを中心とした第24航空隊も展開させます。弱体化した
ザフト軍など敵ではありません」
尤もジャスティスが出てきたら陥落する可能性があるが、そこまで言う義理は彼にはない。わざわざ自分の不利になるようなことを
交渉時に言う馬鹿はいないのだから……。
(相変わらず綱渡り的な作戦だな……くそ、衛星軌道の制宙権させ確保できていれば、こんなことにはならないのに!)
地球連合宇宙軍は緒戦で大損害(第3艦隊壊滅など)を受けて、著しく弱体化していた。無論、月周辺の宙域と月−地球間航路を守るには
十分な戦力を持っているが、打って出るような余力はない。
(第8艦隊の壊滅でさらに悪化しているからな……宇宙艦隊の再建とMS、新型MAの配備を急がないと)
現在、月でもダガーの配備は始まっているが、宇宙に配備されるダガーの数は地上に配備される数に比べてかなり少ない。さすがの
地球連合も月と地球に同時にMSを大量配備するのは難しいのだ。せめてデトロイトとプトレマイオスクレーター、アラスカ以外の重要拠点に
建設中の生産ラインが稼動するまでは……。このためにアズラエルは新型MAであるコスモグラスパーの配備を急ピッチで進めていた。
無論、素人パイロットを配備しては単にザフトに撃墜スコアを献上するだけに終わるので、MAパイロットの育成もしなければならない。
彼はサザーランドを通して軍にパイロットの増員を急かしてはいるが、効果が出るのはもう少し後だ。アズラエル財閥自身も兵士の訓練などを
ビジネスとして行っているが、それとて限度がある。
(アラスカでの消耗も痛かったな。まぁパイロットは比較的大勢救助できたから、再建は早期に可能だろうけど……全く嫌になるな)
しかしここで凹んでいては、増援は得られない。アズラエルは自身が持つ権限と資金力をバックにして増援を勝ち取るべく、目の前の
メンバーに挑む。そして……
『では、南米駐留軍から陸上空母2隻、戦艦2隻と1個航空団、大西洋から1個洋上艦隊と2個航空団をまわすということで』
『参謀本部、連邦議会にはこちらからも圧力をかけておきましょう』
『健闘を期待していますよ、アズラエル理事』
モニターに映っていた面々が、次々に消えていく。そして全てが終わると、部屋の照明がついた。
「やれやれ、面倒なことだね」
アズラエルの権限をもってすれば、今回合意した援軍を出すことなど出来るのだが、あまり横破りをすれば財界メンバーを敵に回す
可能性があった。これからブルーコスモス強硬派を抑えなければならないアズラエルとしては、余計に敵を作りたくなかったのだ。
だがこのあまりの手続きの煩雑さは、アズラエルにとって頭痛の種だった。
「連邦軍を動かすには色々と手間が掛かるな……俺独自の部隊を作るか?」
一応、アズラエル財閥は非公式だが、私兵集団を所有している。それを増強して正規軍に相当する戦闘力を持たせることを彼は考えた。
無論、維持できる兵力は高々知れているが、色々とメリットも存在する。
「俺の指示で動かせる部隊があれば何かの事態に即応できるし、すべてを極秘裏に処理できるし、敵対勢力も牽制できる」
実際に軍内部には反ブルーコスモス派が少なからず存在する。最悪の場合は実力で自分を排除しかねないほど自分を嫌っている人間も
いることを、修はアズラエルの記憶から知っていた。このために彼の無意識的な部分が自分の身を守れる力を欲していた。
そんなときに、増援と引き換えの自らの出陣を言い渡されたのだ。無意識の部分がすぐに自意識に現れるのは当然だった。
「連中は俺がヘマをしたら前線に出張った俺にすべての責任を押し付けるつもりだろう。蜥蜴の尻尾きりか……」
彼は今の会議の面々が、事態の推移によっては自分を排除することを悟った。無論、そんな事態にならないように手を打つつもり
だが、そんな事態にそなえて武力を持つことも必要だと彼は強く感じていた。
「まぁ責任者は責任を取ることがお仕事だからな。せいぜい頑張らせてもらうさ」
アズラエルがパナマ防衛戦の準備を進めている一方で、アラスカで壊滅的なダメージを負わされたザフトは部隊の再編に四苦八苦していた。
何せ投入したMSの80%を、潜水母艦は70%を喪失し地上軍はまともな作戦遂行能力を失ったのだ。ジンに至ってはほぼ全滅と言う目も
当てられない状況であり、どこかへ侵攻するという考えそのものが浮かばない。
いや、まともな指導者ならそう考えるのだが、アラスカ侵攻を強行したパトリックはこの事態の責任をごまかすために新たな作戦を求めていた。
無論、多くの指揮官達は無謀だと反論した。投入できる兵力はアラスカ戦には到底及ばず即時に派遣できる潜水母艦も多くはない。
潜水母艦は地球連合軍第4洋上艦隊に徹底的に叩かれ、残っている艦もその多くが修理を必要としている。そんな状況に加えて、ナチュラルと
正面なが殴り合って負けた事が彼らを慎重にしていた。
何故ならアラスカに配備されていた地球軍部隊は、余剰戦力であったことが判明していたからだ。余剰戦力の部隊相手でも負けたのに
正真正銘の主力部隊が展開しているパナマに侵攻すれば返り討ちどころか、包囲殲滅されかねないと判断していた。少なくとも地球連合軍の
Gに対抗できるMSがなければ、作戦の成功は覚束ないと言うのが彼らの意見だ。
「つまり絶望的なまでに兵力が不足していると、そう言いたいのだな?」
「はい。現有兵力ではとてもパナマ攻略は不可能です。仮にグングニールを使用するにしても降下ポイントの制圧もままなりません」
レイ・ユウキの言葉を聞いてパトリックは考え込む。
しばらくの熟考の後、さも忌々しげにパトリックは命令を修正した。
「……ならば、ジャスティスも投入する。それとカーペンタリアからも部隊を引き抜いて送るんだ」
「ですが!」
「降下ポイントさえ制圧すれば問題ないだろう! パナマのマスドライバーは破壊しても構わん!!」
ユウキの反論をそう封じると、パトリック・ザラはユウキに退室を命じる。
パトリックはグングニールさえ使えれば地球軍など物の数ではないと考えているのは明らかだった。しかしユウキは降下ポイントを
制圧すること自体が難しいと思っていた。パトリックの言うとおり確かにグングニールを使えば、地球軍の守備軍を無力化できる
だろうが、それは降下ポイントを制圧できればの話だ。地球軍も自分の手元に残っている最後のマスドライバーを守ろうと必死に抵抗
するに違いない。仮に地球軍の抵抗で降下ポイントを制圧することが出来なければ作戦は水泡と帰すどころか、攻撃軍が文字通り全滅
する危険性がある。そんなことになれば、地球各地の戦線は一気に崩壊する危険性がある。だが軍の誰もが、パナマの宇宙港を制圧
する必要性を感じていた。実際にこれを放置しておけばプラントは非常に危険となる。
「しかし……できるのか?」
軍本部に戻る途中の廊下で彼は自問自答する。アラスカで失われた兵力を補充する力はザフトにはない。仮にあったとすれば、11ヶ月も戦局は
膠着しなかっただろう。
「議長はジャスティスとグングニールで攻略できると思っているが、地球軍がそんな弱敵でないのはアラスカ戦で証明されている。
いくらジャスティスとは言え、圧倒的な数の敵と相対すれば必ず敗北する」
ユウキはたった1機のMSによって、戦況がひっくり返るとは思っていない。戦争に必要なのは、敵より優秀な兵器、敵より優秀な
兵員、そしてそれを支える燃料、弾薬、食糧を用意して効率的に動かすことだ……彼は常々そう考えていた。
そして現在、ザフト軍にはそれを実践できるものは少ない。アラスカでの敗戦は歴戦の指揮官、兵士、そして多くのMSと潜水母艦
を永遠に失わせ、文字通りザフト地上軍の屋台骨をへし折った。今、ザフトに必要なのはゲイツの配備を行い、部隊を再編成する
時間なのだ。このためには余計な攻勢には出ず、完全防御を行って連合の反撃を最小限の犠牲で食い止める必要がある。
「時間がないのは議長なのだろう」
すでにアラスカ侵攻を強行したザラに対して、穏健派が突き上げを行っている。クライン親子を国家反逆罪として指名手配し、全ての罪を
穏健派に被せたとしてもこの失態は誤魔化し切れるものではない。
政治的な思惑でパトリック・ザラは無謀な作戦を強行しようとしている。だが彼にはもうどうすることも出来はしなかった。パトリック・ザラは
プラント最高評議会の議長で、プラントの国家元首なのだ。そしてザフト軍の軍人であるユウキは彼の命令を拒むことは出来ない。
かくして、翌日にはザラ議長のごり押しで第2次スピットブレイクの発動が議会で承認された。
目標は地球連合軍パナマ基地。投入する兵力はザフト軍が地上に抱える余剰兵力のほぼ全てを費やすこととなった。また宇宙軍からもジン隊を
増援として送る事が決定した。
いや、それだけではない。この作戦には本来はフリーダムの捜索と奪還に赴くはずだったジャスティスまでもが投入される。ジャスティスは
カーペンタリアへ到着後、攻略艦隊と行動を共にすることとなった。
「今度こそ失敗は許されない」
パトリック・ザラの言葉どおり、この作戦では失敗は許されない。この戦いで敗北すれば、地上兵力を大きく失ったザフト軍では連合を地上に
閉じ込められなくなる。
それはプラントを危険にさらすことに他ならない。兵士達はそのことを理解して、己に喝を入れて新たな作戦に挑む。アラスカの復讐戦だ、と
気合を入れる彼らであったが、彼らはパナマで待つ己の運命をまだ知る由もなかった。
青の軌跡 第3話
地球連合軍はアラスカで勝利したが、基地そのものへの被害は決して少なくなく、最終的にはグリーンランドに最高司令部を移す事を決定した。
アラスカ基地は以後、北太平洋における一拠点となるのだが、それはアラスカの重要性が消滅することを意味しなかった。
大西洋連邦はアラスカ基地を修復することでユーラシア連邦への睨みを利かせると同時に、その堅牢な構造を利用して安全に、そして迅速に
生産が行える軍需工場の建設を急いだ。これは表向きは地球連合はまだ軌道上の制宙権を奪還しておらず、ザフトがゲリラ的に衛星軌道から
攻撃を行えば、軍需物資の生産に影響が出ることが考えられるので、多少の爆撃があっても耐えることが出来るアラスカ基地地下に生産施設
を建設することを政府が決めた……とされているが、実際にはブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルがアラスカ基地の再建と再利用を主張した
ための処置であった。アズラエルは建設業界の一部を通して連邦議会に基地の再建をするように働きかけるように仕向け、同時に参謀本部からは
アラスカ基地の重要性を政府要人に訴えさせたのだ。
またアズラエルは基地の本格的修復と生産施設の増設を推し進める一方で、基地首脳部をブルーコスモス派で固めるように政治工作を
していた。一連の工作をするのに彼自身がVIP相手に接待や交渉をやったのだが、彼は慣れない事に疲労の連続で全てが終わった後は精神力、
体力ともに消耗しきっていた。
「つ、疲れた……そして眠い……けど、何とかなったな」
アズラエルは自分のオフィスで、最近になって感じるようになった胃痛を抑えるための胃薬を飲みながら、満足げに呟く。
「アラスカ基地はほぼブルーコスモスの勢力圏になった。カリフォルニア基地司令は元々こちらの派閥だから、あとはデトロイトと
ワシントン、それにパナマか……まぁパナマはあと少しでこちらの手に落ちるけどな」
アズラエルは、自分に従うブルーコスモスの将官を軍の要職に就けることで、軍内部へのさらなる影響力を確保しようとしていた。
無論、暴走してもらっては困るのである程度は理性がある将軍、提督を選ぶことは忘れない。
「問題は強硬派のジブリールだな。連中まで勢力が大きくなるのは拙い……どうする?」
ブルーコスモス強硬派の拡大は彼の望むところではない。彼は自分が勝ち残るために戦争に勝利するつもりであるが、さすがに
2000万人もの人間を抹殺するのは躊躇われた。彼はヒトラーにも、スターリンにも、ルーズベルトにもなるつもりはない。
このためには強硬派を抑える必要があるのだが、現状では難しいというのが正直な彼の感想だ。
「やっぱり、穏健派のてこ入れを急ぐ必要があるな。それに俺自身の派閥の強化も急がないと……」
ジブリール派とそれに連なる派閥を抑えるのは並大抵のことではないが、それをしなければプラントは消滅、下手をすれば自分自身も
失脚しかねない。一番簡単な方法として『青き清浄なる世界のために』とプラントを一つ残らず破壊、根こそぎ敵を消滅させることが
挙げられるが、彼は戦後の経済復興と技術発展の為にはプラントの力を温存する必要があると思っているので、殲滅すると言う選択肢は
今のところは却下となっている。
「アラスカ戦で活躍したバークをこちらの派閥に取り込もう。ついでに中道派の将軍達との接触も急ぐか」
アズラエルとしては非強硬派の軍高官との連携も模索していた。彼はブルーコスモス強硬派を囲い込むつもりだったのだ。
ブルーコスモス構成員は大半が穏健派、中道派、強硬派と分かれているが、この3者に共通する考えとして挙げられるのが、
最終的にコーディネイターを消滅させると言う思想だった。穏健派はナチュラルとコーディネイターを交配させて、自然消滅を目指す
べきと主張し、中道派はプラントにコーディネイターを完全に隔離したまま、彼らが自然消滅するのを待つべきと主張、強硬派は
武力によってコーディネイターを殲滅することを主張している。尤も強硬派の中には、今回の戦争で受けた打撃から回復するまでは
プラントを温存するべきではないのかと言う意見もあり、アズラエルはそれが強硬派を切り崩すチャンスと見ていた。
「飴と鞭で強硬派を切り崩して分断、各個撃破すれば何とかなる」
アズラエルの現在の思想は中道派に近い。尤もかと言って、絶対にプラントを温存すると言うことは無い。さすがの彼も自分自身
の命をかけてまでプラントを庇うつもりも、義理も無いが……。
「あとは反ブルーコスモス派の将軍連中と政府高官だよな……連中はこちらのことを毛嫌いしているからな」
地球連合軍には反ブルーコスモス派といわれる勢力が存在する。まぁ組織として成り立っているわけではないが、それでもその勢力は
決して侮れるものではない。彼らはブルーコスモスの過激な行動に眉をひそめており、それを支援しているアズラエルを目の仇に
していた。実際にブルーコスモスの後始末をさせられている大西洋連邦国務省は、反ブルーコスモスの筆頭格であった。
またテロリズムを心底嫌うアンダーソン将軍なども反ブルーコスモスを公言しており、彼がこの時点で失脚していないことが
彼自身の影響力と地位を示している。また彼はアズラエルが唱えたパナマへの増援を渋っており、彼にとって頭痛の種のような存在だ。
「強硬派のテロ攻撃をこちらが押さえ込むことを確約しないと連中は動かせない……尤もそれには強硬派を抑えることが前提条件
だから……やっぱり、めぐりめぐって強硬派を何とかしないと拙いって結論になるか」
修は自分が憑依する前に、散々好き勝手なことをしてくれたこの世界のアズラエルに対して呪詛の念を覚えた。
「今のところは、飴と鞭で反ブルーコスモス派を切り崩すしかないか。やれやれ金が掛かることだね」
この場合の飴とは、地位と献金(又は賄賂)、そして愛人を意味している。無論、鞭とはスキャンダルを盾にした脅迫だ。
しかしアンダーソン達など一部の高官には、これらは通用しないだろうとアズラエルは見ている。さらに自分が進めている私兵集団の
編成と軍内部へのブルーコスモスの影響力の浸透は彼らの逆鱗に触れるだろうとも……。
「連中とは相容れない。最終的に政治力で連中を駆逐するか、それとも何かしら武力を伴う闘争で決着をつけるかの二つに一つだ」
アズラエルは最悪の事態に備えて自前の武力を確保する気だった。何せ最悪の事態というのは常に想定の斜め上を行くものなのだから。
アズラエルにとって最悪の自体を引き起こしかねない面々の筆頭格であるアンダーソン将軍は、極秘裏にマルキオ導師と連絡を
取り合っていた。それも太平洋方面軍が持つ特別回線を使って。
「クライン派が国家反逆罪で拘束か……やれやれ、彼女も早まった真似をしてくれたな」
アンダーソンはラクス・クラインのせいで、クライン派が現政権に拘束されたことを聞いて、思わず不満を漏らした。
彼らは地球連合が有利な形でプラントとの和平を結ぶように事態を運ぶことで、ブルーコスモスの発言力を削ろうとしていた。
その為に和平派ともいえるクライン派の拘束は彼らにとっては痛恨事であった。
『ラクス様にも、独自のお考えがあったのでしょう』
「………しかし、これで和平の時期は遠のく。コーディネイター至上主義のザラ政権ではこちらの言うことは聞かないだろう」
彼らはプラントの自治権容認も視野に入れた和平案の作成を行っていた。これは地球連合事務総長オルバーニが提案したものよりも
遥かにプラント側に配慮した和平案であった。これは現状では大西洋連邦市民は受け入れられない内容だが、今後の戦況と
ブルーコスモスの動き次第では、政府を動かし、世論を誘導することで和平が可能だと彼らは考えていた。無論、プラントとの交渉を
重ねる必要もあるのだが、少なくとも今のザラ政権では話し合いも困難だと言わざるを得なかった。彼らはコーディネイターの完全な
独立と対等な(又はプラントに有利な)状態での終戦を目論んでいるのだから……。
「……まぁ愚痴を言っても仕方ない。我々に出来ることを今は検討しよう」
彼らは現状を確認し、次に打つべき手を模索し始める。
「次の鍵はパナマのマスドライバーを巡る戦いになるのは間違いない」
アンダーソン将軍は、マルキオから聞いたプラントの情報(ザラ議長の独断専行)を聞いて、次のザフトの行動を正確に予測した。
「遠からずザラ議長は己の政治生命を守るためにパナマの宇宙港を攻撃してくるはず。これを退けることが出来れば、恐らくは
ザラ議長は失脚を余儀なくされる……」
『そのときが穏健派が復権するチャンスになるでしょう』
「ザラ議長が失脚すれば、次の議長は強硬派のエザリア・ジュールになる可能性が高い。だが、彼女にはザラほどのカリスマはない。
そのときが強硬派の切り崩しのチャンスだと?」
『そうです』
「こちらで何か支援できることは?」
『プラントに潜入させている諜報員を数名応援に回してください。こちらには人手が無いので』
「………早速手配しよう」
アンダーソンはこの通信を終えたあとに、必要な部署に極秘裏に指示を出した。其の中にはアズラエルが要求していたパナマへの
防衛部隊強化が含まれていた。彼としてはプラント穏健派復帰のために、一時的にとは言えアズラエルと手を組むことにしたのだ。
アズラエルは、アンダーソンがこちらの提案を認めたとの報告に、驚いた。彼は参謀本部を動かして増援を回そうかと考えていた
ので、この動きにはさすがに不意を着かれた。同時に何故、彼が急に態度を変えたのか疑問に思ったが、そこまで気を配る余裕は
彼にはなかった。何故なら彼としては目の前のパナマ戦に何とかして勝利しなければならず、他の事に気を配る余裕はなかった。
「MSのグングニール対策は終了。後はザフトがパナマにのこのこ降りてくるのを待つだけか」
アズラエルは増援として回された大西洋方面軍所属の第5洋上艦隊旗艦であるMS強襲揚陸母艦ワスプの艦上で報告を受け取っている。
一応、今回は自らの出撃となるのだが、生き残ることが最優先の彼としてはグングニールの直撃を喰らう可能性のある基地司令部に
出向くつもりはさらさらなかった。また、生き残る云々以前に、最前線でド素人の自分が出張っては足を引っ張るかもしれないとの
考えもあった。
「餅は餅屋に。戦争は軍人に任せておくさ」
そう呟きながら、彼は回されてくる書類を処理していく。そんな書類整理の最中に、彼はあることを思いだした。
「…ああ、そういえば奴らに関する報告書があったな」
彼はアラスカで活躍した強化人間とソキウス達を思い出し、机の奥底に埋まっていた関連書類を取り出して読み始める。
好奇心に駆られて文面を読み進めていたが次第に彼の眉間には皺が寄り、最後の辺りになると不機嫌そうな顔で書類を机上に放り投げた。
「あ〜やだやだ。まったくこの世界の住人はどうかしてるよ」
そこに書かれたあまりの非人道的な行為の数々にアズラエルは顔を背けたいと言う感情に駆られた。だがこれは自分が指示したことで
修が取り付く前にやったことだとは言え、アズラエル自身がやったことであると言うことを思い出しアズラエルは勇気を振り絞り
事実を直視した。都合の悪い事実から目を逸らすのは、最終的に自身の破滅に繋がりかねないのだから……。
そして、事実を直視すると次第に彼らと直に話をしてみたいと言う感情が膨れ上がってきた。
「………あってみるか」
彼らと彼らがこれから起こる戦いで駆る予定のMSはまだこのワスプの艦内で整備されているはずだ。
しかしどのように会うか?、それが問題であった。
(無難なのはやっぱり呼び出すことなんだろうな……こちらから会いに行くと色々と不都合そうだし)
仮にも自分は反コーディネイターを掲げる組織、ブルーコスモスの盟主なのだ。それが戦闘用コーディネイターにわざわざ自ら足を
運んで会いに行くのは不自然だろうと彼は思う。特にTV本編の自己中心的な性格のアズラエルを知る者から見れば不審に思うのは必定。
「………仕様が無い、ここに呼ぶか」
アズラエルは苦労するだろう担当者に心の中で合掌しながら、艦内電話でその当人に連絡を入れる。
「もしもし、僕だけど………ああ、例の連れてきた戦闘用コーディネイター、そうイレブン・ソウキスを連れて来てくれない?」
彼は外伝で読んだことのあるイレブンを指名した。別のソキウスでも良かったが、彼はあえて脱走したイレブンを選んだのだ。
最もそんなことを知る由も無い担当者は『何か拙いことしたかな?』と内心びくびくしながら尋ね返した。
『何かあれに御用があるのですか?』
「まあ戦闘用コーディネイターとやらをこの目で見ておきたいんだよ。アラスカでは相当に活躍したようだし、どんな奴らか
少し気になっているんでね」
『ですがソウキスはコーディネイターですが……』
担当者は口ごもる。何せ相手はブルーコスモス盟主。もしソキウスがアズラエルの気分を、いや万が一でも体に傷つけること
でもしたら自分は文字通り首が飛ぶ。それが分かっているだけに躊躇った。誰しも危険なことを敢えて行おうとは思わないだろう。
「問題ないさ。どうせ心理コントロールはしているんだろう? だったら安心さ」
渋る担当者を安全性が高いことを理由に説得しに掛かるアズラエル。
「それに何か問題があっても、それは僕の責任だからね」
『……わかりました。ですが私と警備員を同行させて宜しいでしょうか?』
責任をアズラエル自身が取ることを聞かされて少しほっとした担当者だったが、彼自身を含めた安全の配慮からそう懇願する。
最もアズラエルにはそれが過剰な措置にも思えたが相手がこちらのことを思って言っていると思い直すと承諾する旨を伝えた。
提案を了承された担当者が感謝の意を表するのを聞くと、アズラエルはやや不満げに受話器を置いた。
「全く、あまりに臆病になりすぎだな」
と、不満を言いつつもアズラエルはおとなしく私室で彼の到着を待った。
そして、数分後……躊躇いがちなノックがした。
「アルバート研究主任、並びにイレブン・ソキウス参りました」
アズラエルは少し間をおいて、できるだけ威厳を持たせた声で答えた。
「入れ」
「失礼します」
まず入ってきたのはソキウス達の担当を勤める科学者アルバートだ。続いてお目当てのイレブン・ソキウスが入ってくる。
そして最後に屈強な警備要員がソキウスの動きを監視するように入ってきた。
「彼がイレブン・ソキウス?」
「はい。戦闘用コーディネイター『イレブン・ソキウス』です」
「ふ〜ん」
品定めをするように見るアズラエル。そして暫くすると書類を片手に持ちながら、おもむろに言った。
「確か報告書にある通りなら、通常のコーディネイターより高い戦闘能力を持つってあったけど」
「はい。それには間違いありません。乗機となるデュエルの修理も終了しており、アラスカ戦同様に高い戦果が期待できます」
アラスカ戦の際、イレブンはデュエルに乗っていたのだが、彼はカラミティを攻撃から守るために盾となって戦っていた。
このためにデュエルは中破したが、カラミティ自体は小破で済んでいた。
「へぇ〜でも、ストライクのパイロットには及ばないんじゃないの?
何せ報告にある限り、彼は奪われたG4機を相手にたった1機で戦い、そのうえブリッツ、イージスを倒しているけど」
このときイレブンの表情がわずかに変化するが、誰も気づかなかった。
「キラ・ヤマトは異常としか言いようがありません。MIAになったことは非常に残念です。
ヒビキ博士のスーパーコーディネイターである彼を調べることが出来れば……」
学者として純粋な好奇心を見せるアルバート。
「まったくもって残念です。彼なら貴重な実験体となったでしょうに」
口惜しそうに言うアルバート。
彼が口惜しそうに言うのは、キラ・ヤマトと言う実験動物が失われた事に対する悔しさがあるからであり、決してキラと言う
個人のことを惜しんでいるわけではない。それが分かるだけに、アズラエルは内心の彼に対する侮蔑を表に出さないことに苦労した。
(こいつら人の命を何だと思ってやがる……いや、サイクロプスの準備を進めた俺が言える立場じゃないか)
内心で自嘲するアズラエルに誰もが予想しなかった人物が声をかけた。
「キラ・ヤマトはそんなにも強いコーディネイターなのでしょうか?」
誰もが驚き、声の主イレブン・ソキウスを見た。慌てて叱責しようとするアルバートだったが、アズラエルはそれを止めさせる。
そしてあえてイレブン・ソキウスの問に答えた。しかもかなり誇張した内容を。
「ああ。どうやら彼は君たちソキウスより強いらしい。
何せ訓練さえなしにGを起動し、ザフト軍きっての精鋭部隊クルーゼ隊に煮え湯を飲ませ、
砂漠の虎率いるバルトフェルド隊を壊滅させ、最後には1機のGで4機のGの内2機を倒している。
恐らく最強クラスのコーディネイターだろうね。全くもってMIAとは残念だよ」
「…………」
黙り込むイレブン。
(対抗意識を燃やしているのか?)
アズラエルはイレブンの反応を見て考え込む。
(何せ、彼らはナチュラルの役に立てることを最大の喜びとしている。
もし自分達の存在意義を奪いかねない輩がいたとしてら、心中穏やかではないだろうな。
何せ時期的に自分自身の役割が終わりを告げつつあったことを理解していたはずだ。
それが一転してナチュラルの役に立てるようになったのだ。戦闘に対する意欲は人一倍高いはず……)
そこで思考を打ち切り、彼を少し落ち着かせてやろうと声をかける。
「まあその彼はMIAだ。君が気にすることはないさ。今、必要なのは君たちソキウスのような優秀なパイロットだよ」
ほっとするイレブンだが、一方でアルバートはあまりの事態に自失呆然となる。
冷静沈着をモットーとするアルバートが驚きのあまり目を丸くしたのはその驚きはどのくらいかは推し量るべし。
(何で、あの気分屋でコーディネイター嫌いのアズラエル様が……ソキウスを気遣うとは)
自分達の知る盟主とかけ離れた態度に、思わず疑念がわくアルバート。
だがそんなことは露知らず、アズラエルはイレブンに声に言い聞かせるように言った。
「アラスカ戦での戦いは見事だった。僕は君達がナチュラルに必要な存在であることがよく判ったよ。ここでも十分に期待してるよ」
「はい!!」
目を爛々と輝かせて返答するイレブン。
(ナチュラルのために戦える。戦う場を貰える)
イレブンはアズラエルに感謝していた。何故ならナチュラルのために戦う……それが彼ら、ソキウス達の存在意義なのだ。
ナチュラルのために働くことのできる、それは彼らにとって至上の喜びだ。
「……期待しているよ」
尤もアズラエルはイレブンの喜色満面の表情を見て、少し良心に痛みを感じた。
(やはり完全な心理コントロールが施されているな……彼らが自由に生きることはできないのか?
だが彼らを救うにしても、何にしてもすべては戦後だな……戦争に勝って終わらなければすべては狸の皮算用に終わる)
すでに記憶が無く、ただ凶暴性が残っているだけの三馬鹿トリオより彼らのほうが助けられる可能性が高いな
とアズラエルは思いながら、取り留めのない会話をしたあとに彼らに退室を命じる。
「ああ、忙しい所すまなかった。もう下がってもいいよ」
「はっ」
いそいそと下がっていくメンバー。だがアルバートだけがドアから出て行くときに、アズラエルに向かって振り返って尋ねた。
「盟主、何かあったのですか?」
「何もないさ」
「ですが、盟主の態度が違いすぎます」
不信感を漂わせたアルバートの言葉に、アズラエルは彼が不審に思っていることを悟った。
(そんなに違いすぎるのか? まあ確かにTV本編や小説を見る限りじゃかなりの気分屋と言うかガキだからな)
今後はもっと気をつけるべきかな?、と思いつつもアルバートの不審をかき消すために答える。
「戦争は気分より、効率だよ。たとえ自分が嫌っている相手でも使えるものは使うのが戦争だろう?」
「それはそうですが………相手はあのコーディネイター、空の化け物です。気遣う必要など」
「戦争で必要なのは使える兵士だ。連合に忠誠を誓うのなら使うし、役に立つならそれなりの扱いはするさ。
それに君たちも彼らが脱走するのに備えて色々と準備しているんだろう?」
「………」
アルバートは黙る………だが、それは彼の無言の肯定であることをアズラエルは理解した。
「僕だってあんな化け物を使いたくはないさ。でもこのパナマ防衛戦は戦局を左右する重要な物だろう?」
アズラエルは子供に言い聞かせるように説明を続ける。
「だから使える物は使う。反コーディネイターは大いに結構。でも感情ばかりを優先しては戦争も、そして商売もできない。
全ては青き清浄なる世界の為に………彼らには精々捨石になってもらうさ」
全てを嘲笑するような笑みを浮かべて言うアズラエル。彼は内心で冷酷な悪役を演じきったと自負した。
一方でアルバートは別のことで感心していた。
(気分屋の盟主が感情を制御しておられる……コーディネイターを打倒するために精神的な成長を遂げられたのか)
アズラエルが現実に対応する為に精神的成長を遂げたと勘違いしたアルバートは納得の意を示した後に部屋を後にした。
アルバートが部屋を後にしたあと、アズラエルは少し冷や汗を流しながら机に突っ伏した。
(……俺ってそんなに不審に思われるのか? やっぱり、もっと反コーディネイター感情を前に出す必要があるのか?
だけど戦争を個人感情の好き嫌いでやっていたらとんでもないことになるからな……)
嫌いな奴でも役に立つなら使うというのがアズラエルに取り付いた修の信条なのでそう簡単には変えられない。
(だいたい、あのチームワークが全然取れない三馬鹿よりもチームワークが取れるソキウスのほうが使えるんじゃないのか?)
TV本編における三馬鹿トリオの行いを振り返り、彼らの扱いにくさを思い出す。
(かといってGATシリーズはこれから連合の旗頭になるからな……コーディネイターを前に出せないのはわかる。
しかしあまりに使えないようだと……拙いな。まぁあのトリオのサポートをさせるのが今の所は上策か)
アズラエルは勝手気ままに動く三馬鹿トリオを遊撃部隊として使い、真面目にこちらの命令を聞くであろうソキウスシリーズは
ここ一番のところで使う予備部隊とするか、とアラスカ戦の様子を頭に浮かべながらそう思った。