南アメリカ合衆国……それは第三次世界大戦を機にブラジル、ペルーなどの南アメリカ諸国が中心となって結成された連合国家であった。

ただし元々、南米という地域はアメリカ合衆国(大西洋連邦の前身)の裏庭といえる地域であったために大西洋連邦の影響下にある国家であった。

しかしながらこの国は大西洋連邦の意向に反して、親プラント姿勢を見せていた。これは長く続く大西洋連邦の支配から脱却するためだったのだが

大西洋連邦はそんな叛乱を許すわけが無く、あっさり武力によって併合され、南アメリカ合衆国は消滅の憂き目にあった。

勿論、不平不満がないわけではないが、パナマ宇宙港を抑えられ宇宙からの資源をすべて大西洋連邦に管理されていては太刀打ちしようがなく

不満を鬱積させながら南米地域の住民は耐え忍ぶしかない状態だった。

そんな南米にある大都市の一つにして、旧ブラジルの首都・ブラジリアの一角にあるビルに旧南アメリカ合衆国軍高官が集まっていた。

「諸君、ついに我々が決起するときが来た」

ある高官の言葉に、どよめきが広がる。

「武器弾薬の備蓄も急ピッチで進んでいる。加えて切り裂きエドなど、連合軍に従事していた兵士達も近いうちに合流する予定だ」

「これで、あの傲慢な地球連合、いえ大西洋連邦に一泡吹かせることができます」

彼ら南米軍は併合されて以降、肩身の狭い思いをさせられ、一部のエースたちは各地の戦線に借り出されるなどして良い様に使われてきた。

このため幹部達は隙あらば武力で一矢報いたいと思っていた。そしてこのビルに集まっていたのはそんな将校の急先鋒であった。

だが全員がすべて、この時点での決起に賛同しているわけではなく、慎重論もあった。

「だが現在の軍備で連合軍を駆逐することは不可能だぞ?」

「別にすぐに駆逐するわけではない。当面は連中に、せいぜい南米が如何に広く統治が大変かというのを思い知ってもらうだけだ」

「つまりゲリラ戦を行うと?」

「そうだ。連中のMSの性能は確かに高い。だが遠く離れた位置から基地に放たれる小型ミサイルをすべて防ぎきることはできん」

「……正規軍による非正規戦闘ですか。確かに効果はありそうですが、民間人が弾圧される可能性があるのでは?」

「攻撃についてはザフトの敗残兵がしていることにすれば良い。幸い我が軍にはコーディネイターもいるからな」

「「「!!」」」

南米軍にも若干ながらコーディネイターは存在する。勿論、彼らは大西洋連邦に南米合衆国が併合されて以降は大半が拘束されるか厳重な監視

下に置かれていたが、それを逃れたものも存在する。そしてその多くはブルーコスモスや大西洋連邦に深い憎悪を抱いていた。

「彼らに罪をかぶせると?」

「そうだ。勿論、彼らもこの一件については同意している。彼らは自分達を弾圧した連中に一矢報いたいそうだ」

「まあ確かに我々の存在に感づかれないためには有効な手かもしれませんが……」

「卑怯なのはわかっている。だが祖国を回復するにはそれしかないのだ」

顔をしかめて言う高官に、他のメンバーも渋々と同意する。そしてその同意を持って会議は終了し、メンバーが一人一人退室していく。

そして数分でコーディネイオターを使ったゲリラ攻撃を提案した高官以外が全員会議室から出て行った。そんな高官一人が残る会議室に、一人の

スーツ姿の女性がノックも無しに堂々と入ってきた。

「順調のようね」

この女性の言葉に、高官は先ほどまで居た他の軍高官達をあざ笑うかのように言った。

「ええ。すべては順調です。まったく単純な連中です。まあそちらのほうが事を進めやすいのですが」

「ふふふ。確かに……そのとおりね」

「ザフト軍の到着は?」

「ザフトは1週間以内にカーペンタリアから出撃するらしいわ。まあこれまで散々に叩かれたから即座に大軍を編成できないみたいね」

「ということはこちらに到着するには2週間といったところですか」

「ええ。何しろ高速輸送機なんて使えないだろうし、こちらの哨戒網を突破するのに時間を喰うだろうからその程度は掛かるでしょうね」

「ではそれまでは『ザフトの協力者』による連合守備軍への嫌がらせを続けましょう。それと南米軍でも使える連中で1個師団を作っておきます。

 彼らは思想的に問題ありませんし、戦後でも役に立つでしょう」

「お願いするわ」

そういうと、女は会議室を後にした。







               青の軌跡  第38話







 大西洋連邦軍は南アメリカ合衆国を制圧すると、旧南アメリカ合衆国首都ブエノス・アイレスに南アメリカ方面軍司令部を設置した。

まあ方面軍といっても実際には陸軍1個旅団と戦爆その他を含めて50機しか兵力が無く、監視する面積を考えれば非常に脆弱な存在だった。

元々は南アメリカ方面軍は当初は陸軍3個師団を中核とした大部隊であったが、各地で激戦が繰り広げられるにつれ精鋭部隊が多く引き抜かれて

弱体化を余儀なくされたのだ。何しろ超大国の大西洋連邦とは言え3個師団を遊ばせておく余力は無い。

南米からザフトを完全に駆逐すると、大西洋連邦は必要最小限度の兵力を残して撤収させ、あとは旧南米軍を使って治安を維持していた。

この時点で、南米軍による反乱も懸念されたが、すぐに鎮圧できるという自信が大西洋連邦にはあった。

中小の蜂起なら指揮下にある旧南米軍と南米方面軍(必要なら増援部隊)で片をつけ、南米軍主力が蜂起した場合はパナマまで防衛ラインを

下げておき、あとは南米を封鎖。動きを封じている内にパナマに大部隊を送り込み、準備が整ったところで一気に攻勢を仕掛けるつもりだった。

しかしこの想定は大きく崩れることになる。







 南米の高地にあるブラジリア基地……旧ブラジルの首都であるブラジリアに置かれていたこの基地の要員たちはだらけきっていた。

「あ〜暇だな」

「そうだな。ザフトの連中も駆逐したし、南米軍の連中はおとなしいし」

外部の様子が映されているモニターが多数置かれている監視所にいる兵士達は、半ばだらけ切った顔で勤務についていた。

「それにしても南米軍の連中は度胸がねえな。抵抗運動のひとつもしないなんて。まあ所詮は貧乏人だから金さえもらえれば良いんだろうが」

「まあ俺としてはどっちでも良いさ。静かな方が楽だし」

「確かに楽して給料貰った方がいいな」

「ザフトのコーディネイターとガチで殺し合いなんて、嫌だからな」

「確かに。あんな化け物と真正面から殺しあえなんて給料に見合わないな」

「パイロットは給料は良いらしいが、死亡する確率も高いからな」

「それをいったら歩兵なんてどうするんだよ? 連中のほうがよっぽど死にやすいぞ?」

「どうせ、主戦場は宇宙になるんだ。歩兵の死人は減るさ」

「そうだろうな」

しかし、そんなだらけた会話は直後になった警報によって終止符を打たれる。

「何?!」

緊急警報を知らせるアラームを聞いて、一瞬兵士達は硬直した。だが即座に彼等は持ち場に戻り状況を確認する。

「基地南方から複数の高速熱源体接近! これは小型ミサイルです!!」

「何?! 直ちに基地全域に非常警報を! それと迎撃を!」

「間に合いません! 着弾まであと10秒!!」

かくしてザフトが駆逐されて以来、平穏を保っていたブラジリア基地に火の手が上がる。そしてこの攻撃は南米方面軍司令部に報告された。

「ブラジリア基地にミサイル攻撃だと?」

「はい。ブラジリア基地南方より小型の長距離ミサイル弾が発射され、基地内に着弾。5名が戦死。10数名が負傷したとのことです」

南米方面軍司令官ジェレミー・カッツ少将はこの報告に眉を顰めた。

「反連合派の攻撃か?」

「現在情報部が調査中ですが、詳細は不明とのことです。使われたのは携帯が可能な対地ロケット、対地ミサイルのようです」

「携帯式か。厄介だな」

「はい」

携帯式の対地ロケット程度ではMSは撃破できない。しかしながら基地施設を破壊することは出来るのだ。仮に何十キロも離れた位置から攻撃

されれば防ぎようが無い。

「南米軍に動きは?」

「特にありません」

「ふむ……南米軍が絡んでいる兆候は?」

「今のところは察知できていません。さらなる調査を行いますか?」

「勿論だ。連中は地球をプラントに売ろうとした裏切り者だ。とぼける様なら、徹底的に締め上げても構わん」

「判りました」

(全く、何で俺がこんな辺境でこんな部隊の指揮を………くそ、全ては南アメリカ人どものせいだ)

軍人なら誰もが持つであろう願望……大部隊を指揮して歴史に名を残したいと言う願望がひときわ強いジェレミー・カッツにとってこんな辺境の

地での任務など苦痛でしかない。軍人として、いや大人としての良識からそんな感情は表には出さないものの、内面では不満を溜め込んでいた。

(それに参謀本部の連中め、南米軍が蜂起する可能性があるのならパナマではなく、こちらに戦力を回せばいいんだ)

カッツ少将はそういって軍の対応を非難する。彼の言うことも確かに理はあったが、兵力は他の戦線でも必要としており、南米で連合に必要なの

はパナマ周辺の安全だけだった。加えて南米全土に大軍を展開させて維持するのはコストが掛かりすぎた。このために参謀本部はパナマ基地の

防衛のために兵力は増強しても、それ以外のことは不要と判断していた。

だがその判断はこの日を境に覆されていく。







 この日のブラジリア基地攻撃を合図とするかのように、南米各地に点在する大西洋連邦の拠点に対するロケット弾攻撃が本格化した。

カッツは何とかして犯人たちを捕らえようとしたが、何十キロ先から放たれるロケット弾を事前に発見することは難しく、空振りに終わること

が殆どであった。中には事前に発見できたことがあったが、犯人を捕らえることはできないでいた。

戦車で基地周辺を警戒していたら、戦車が撃破されるという醜態までさらす始末であった。このため戦車ではなくMSまで警戒に出す羽目になる。

加えてカッツは大西洋連邦本国に対して増援を要請することにした。これを受けて参謀本部は増援の検討に入った。

「この攻撃は大規模蜂起とはいきませんが、それに準じるものといえます。この際、部隊を引き上げては?」

「この程度の攻撃で引き上げれば我が軍の威信は失墜する。増援を寄越してゲリラを殲滅するべきだ」

「しかしこのような非正規戦闘は分が悪すぎます。ゲリラ戦を制するには軍事力だけでは困難です」

将校達は顔をつき合わせて話し合うが、中々妙案は出てこない。

「……やむを得ない。本国から1個師団の増援を送る。パナマ基地からも航空部隊を送り込む。あと武器弾薬も出来るだけ送る」

サザーランドは他の参謀や将校を圧倒する迫力でそういうと、直ちに増援の手配に入る。加えて政府への根回しを行い、南アメリカ政府へ圧力を

掛けてゲリラのて摘発に協力させた。

サザーランドが政府や軍内部の調整に追われているころ、アズラエルは南米での蜂起騒ぎを聞いてよからぬ予感を覚えていた。

「南米での騒乱……まさか南米独立戦争への前奏曲というわけじゃあないだろうな……」

史実を知るアズラエルとしては、南米での騒乱と聞くとどうしても南米独立戦争を思い出してしまうのだ。

「これまではロケット弾によるゲリラ攻撃程度だが……どうなるかはわからないか。全く目に見えない敵ほど面倒なものはないな」

目に見える敵なら物量にものを言わせて殴りだ押せばよい。だがこうも目に見えないとなると話は別だ。

アズラエルたちが想定したように、目に見える形での大規模蜂起ならパナマまで防衛ラインを下げればよいが、ゲリラ攻撃程度では防衛ラインを

下げることは難しい。

「ブルーコスモスの南米支部に情報収集を頼むか。あとはうちの財団の企業を使って物資の流れを調査すれば何かわかるかもしれない」

ゲリラ戦を成功させるには地元住民の協力や安全な後背地などが必要となる。この中でも後背地を突き止められれば大きな成果となる。

「それと南米政府や住民に色々と飴を与えておくのもいいかもしれないな。連合に協力すればプラントとの戦争勝利の暁には利権の一部を与える

 とでも言っておけばうまくいくかもしれない」

講和をするにしても、大西洋連邦の裏庭である南米が騒乱状態であるというのは好ましくない。アズラエルは何とかして押さえ込むつもりだった。

しかしながら南米の騒乱はさらに深刻なものとなっていく。





 カッツ少将は北アメリカから高速輸送機で急いで派遣されてきた1個機甲師団と戦闘機20機、戦闘ヘリ30機を使って基地周辺のゲリラ狩りを

開始させた。とりあえずは基地周辺の安全を確保できなければ落ち着くことが出来ない。このため狩りだしは徹底的であった。

さらにカッツは旧南米軍部隊も動かした。同胞を撃たなければならないかもしれないのは酷であるが、カッツとしてはそれは当然の措置だった。

尤もカッツは旧南米軍に対しては大した成果を期待していなかった。彼としては本国からきた機甲師団に望みをかけていた。

派遣されてきた機甲師団は新型のダガーLを配備された精鋭部隊で、その索敵能力はダガーを超えていた。その能力をフルに使えばゲリラを

ある程度発見できる。実際に彼らは相応の戦果を挙げるようになる。

南米の各基地に到着してから僅か数日で、彼らは基地に攻撃を仕掛けてきたゲリラ部隊の幾つかを捕捉、撃破することに成功する。

ゲリラが持つ小型ロケット弾と軍用ジープではMSに敵う訳が無かったが、その手際のよさから彼らの能力の高さも際立っていることが判った。。

カッツは部隊の増強に喜んでいたが、死亡したゲリラの遺体や遺留品を調査していくうちに判明した事実を聞いて眉をひそめた。

「兵士は全員が旧南米軍で、それもコーディネイターだと?」

カッツ少将は増援として派遣されてきた第3機甲師団の師団長マーシュの報告に思わず腰を浮かせた。

「はい。さらに彼等が使用していたものは、多くがザフト製の兵器でした。さらに言えば押収した兵器ですが、鹵獲品にしては数が多すぎます」

「つまり何も者かから、いやザフトから支援を受けていると?」

「はい。その可能性が高いと思われます。さらに第3MS大隊からの報告では山間部での追撃線でジン3機が確認されたとのことです」

「南米からはザフトは完全に駆逐したのではなかったのか?」

「恐らく現地住民の間にザフトへの協力者がいたのでは……何しろ南米には民間人のコーディネイターがいたようですし」

「くそ、裏切り者どもが……だからコーディネイターは信用できんのだ」

「ですがナチュラルが中心の旧南米軍はそれなりに活躍しているようです。やはり地の利を知っているのは大きいかと」

「ふん、あんな連中が役に立っているのか? 弾薬や医薬品を横流しする連中が?」

南米軍兵士に対する侮蔑を露にしながら尋ねるカッツに、マーシュは即答する。

「勿論です。全員がそんな腑抜けた兵士ではありません」

「そうか。それでは南米軍の第2師団を君の指揮下に入れておく。せいぜいこき使ってやれ」

「……了解しました」

マーシュはカッツの執務室から退室すると、即座に第3機甲師団の司令部のある建物に車で向かった。第3機甲師団の司令部は南米方面軍の

司令部の建物からやや離れた位置にあったために車が必要だった。そして移動中の車の中でマーシュはカッツの態度を思い出していた。

「やれやれ、あの馬鹿将軍は本当に単純だな」

マーシュは先のカッツの態度を思い出して嘲笑う。マーシュの意見に彼の副官は大いに肯いた。

「全くです。まあ所詮はあの程度の器なのでしょう」

「だがそのほうがやりやすい。無能な味方ほど厄介なものはいないと言う言葉があるが、無能ならば黙らせたり操ることもできる」

「せいぜい踊ってもらうと?」

「そうだ。今頃奴はゲリラ掃討の成果を高らかに本国に報告しているはずだ。あとコーディネイターが裏切り者であることも」

「本国ではコーディネイターはやはり信用できないとの意見が広まると?」

「そうだ。奴がもう少し頭が回っていたらもっと細かく調査させただろうが……」

「カッツ少将にとっては、今回の失態は裏切り者によって後ろから刺されたせいだと言い訳できる……そういうことですか」

「そうだ。まあ、あの無能者の顔を見るのもあとわずかだがな」

「ということは『彼ら』の準備が?」

「ああ。近々終わるようだ。参謀長、高速輸送機の手配を急がせておけ。それと南米方面軍への仕掛けは?」

「方面軍司令部の同胞たちは、すべての仕掛けの準備は万端とのことです」

「彼らの退避の手引きは?」

「全ては滞りなく進んでいます」

「そうか。なら良い……そういえば彼女は?」

「すでに司令部についておられます」

「ならば急がなくては。女性を待たせるのは礼儀に反する」







 南アメリカ情勢の緊迫化は、大西洋連邦本国でも暗い影を落としつつあった。

大西洋連邦の前身であるアメリカ合衆国は、20世紀中盤のベトナム戦争、そして21世紀初頭のイラク戦争で味わった泥沼のゲリラ戦を思い出し

て一刻も早い情勢の安定化を主張する一派が台頭していた。

そんな中で、コーディネイターがゲリラの手引きをしていると言う情報が流れたことで、反コーディネイター感情が盛り返し始めた。

「あの馬鹿どもが、力だけでゲリラ戦に勝てると思っているのか!」

アズラエルは、勢いを多少ながら盛り返し始めたジブリールたちに苛立ちを隠せなかった。

「正規軍がゲリラに勝ったためしは殆ど無いんだぞ。全くそれを理解しているのか……」

古今東西、ゲリラ対正規軍の戦いでは大半がゲリラが勝利している。何しろ正規軍はあくまでも敵国の軍事力を粉砕するために整備されている。

いわば見える敵を撃破するためのものだ。だがゲリラは見えない敵に分類される。おまけにゲリラを原住民が支援しているとなれば彼らを発見し

撃滅するのは非常に困難になる。だがこのまま放置しておくわけにもいかない。

「コーディネイターをすべて強制収容所に放り込むという手も無くはないが、そんなことをすれば現地住民の反感を買うばかりだし……」

さてさてどうするか…・・・とアズラエルが頭を悩ましている最中に、驚くべき報告がブルーコスモスの南米支部から齎された。

「何者かが物資を南米に流していると?」

『はい。ジャンク屋経由ですが、かなりの量の物資が南米に流入しているようです。また旧南米軍の武器庫からも物資が消えているようです』

「……具体的には?」

『ジンやバグーなどのMS、さらに各種重火器、ゲリラが使用している小型のミサイルなど様々です。軍情報部も確認しているようです』

「……小火器だけではなく、それだけのものが」

『一部のジャンク屋が金儲けのために運び屋の真似事をしているようです。旧南米軍の武器庫からの流出は兵士達の小銭稼ぎが原因だとされて

 いますが実際にはゲリラに共感した連中が横流しを黙認しているようです」

「ジャンク屋の金の亡者供め……」

電話越しに聞こえたアズラエルの呟きに南米支部長は人の事が言えるのかと突っ込みたかったが、何とかそれを我慢する。

『どこから物資が流れているかについては調査中ですが、武器の量からしてかなりの影響力のある組織が背後にいるようです』

「判りました。他には?」

『ジブリール様の過激派が南米での活動を活発化させています』

「………」

アズラエルはいるかどうか判らない神を呪う。そして一通り心の中で罵倒したあと、静かに尋ねた。

「それはコーディネイターに対するテロを企てていると?」

『はい。南米在住のコーディネイターへのテロが計画されているようです。また南米方面軍や第3機甲師団の将校と接触しているようです』

「軍と?」

『恐らくゲリラの関係者のコーディネイターへのテロを行うための情報収集かと思われます』

「……判りました。引き続き調査を行ってください。必要ならいくらでも予算を回します」

ブルーコスモスの資金はアズラエル財閥を含むロゴスが出資していたが、その中でもアズラエル財閥の出資額は群を抜いていた。このために

ブルーコスモスの財布の紐をアズラエルは握っている。よってある程度の融通は利くのだ。

そのブルーコスモスの金庫番である金蔓でもあるアズラエルは電話を切ると、思わず頭を抱えた。

「何者かの物資援助、激化するゲリラ攻撃と南米軍内部の裏切り者、それに釣られて過激派の活動の活発化……かなり拙い状況だな

 このままだと南米での大規模戦争は不可避に……」

そう呟いた途端にアズラエルはあることを思いついた。

「ちまちまと一つずつ解決せずに、問題を一まとめにしてしまえば楽か? 敵勢力が南米を動乱に導こうとしているのなら、こちらが望むように

 戦争を誘導すれば……」

アズラエルは暫く考え込んだ後に、ある人物に電話をかけた。







 南米方面軍はゲリラ掃討のために、ゲリラが潜伏しているとされる山間部で大規模な掃討作戦を実施したものの、その強圧的な姿勢に対して

南米各所では反発が拡大しつつあった。さらに日頃あれだけ威張っていた大西洋連邦軍が、たいした数ではないゲリラに良い様に翻弄されるのを

見て大西洋連邦恐れるに足らずと言った空気が漂い始めた。この空気を読んだ連邦軍はパナマ基地の守備軍の一部と本国で編成したMS部隊を

南米に派遣することを主張し始めた。これに対して文官たちの間では南米の独立を確約することでゲリラの懐柔を図ることが提案された。

加えて財務長官のサムナーは大軍の派遣は財政上好ましくないとして軍の方針に真っ向から反対する。

「唯でさえ宇宙艦隊の再建に金が必要となっているのだ。これ以上戦線を増やさないで欲しい」

だが大西洋連邦の裏庭である南米を早期に安定させるためだと言う軍の説明にはある程度の説得力があり、中々意見が纏まらない。

そんな折、ザフト潜水艦隊が南米に向っているとの報告が連邦政府、連邦軍参謀本部に齎された。

「どうやら南米の連中はザフトと手を組むことで独立を狙っているようだ」

ホワイトハウスでザフト軍出撃の報告を聞いたオースチンは、ザフトと南米のゲリラが内通していると確信した。また連邦情報省から、何者かが

それもザフトではない第三者の組織が武器を南米に流しているとの報告を聞いたオースチンは現状で南米の維持に固執すれば被害が大きくなると

判断して、南米方面軍の撤収を決定した。

「キンケード大将、従来の計画に基づいてパナマ基地の兵力増強を急いでくれ。ウォーレス商務長官とサカイ国務長官は南米の在外資産の凍結と

 経済封鎖の準備を。あと在南米邦人と企業の資本の撤収も準備させておいてくれ」

「了解しました」

「あとジャンク屋ギルドにも圧力をかけておけ。南米に物資供給を行えば大西洋連邦への攻撃とみなすと」

「!! 大統領、それは」

サカイが反対しようとするが、オースチンはそれを手振りで押し留める。

「ジャンク屋を敵に回す行為であるとはわかっている。だが、もはや連中の自由を保障する意味はない」

生産力を回復させ、さらに物流も戦前とまではいかないが、大幅に回復した連合にとってジャンク屋ギルドの価値はそこまで高いものではなく

なっていた。それどころかザフトにも物資を流す彼らの存在は次第に疎ましいものになっていた。

「我が国の邪魔になるのなら潰す……それだけだ」

それはジャンク屋ギルドを潰すことも厭わないという意思表明であった。

そしてジャンク屋ギルドは、大西洋連邦、さらに地球連合の方針転換によって後に窮地に立たされていくことになる。









 あとがき

 青の軌跡第38話をお送りしました。今回は南米動乱編の序章といったところです。次回からはついに本格戦闘の幕開け(の予定)です。

南米軍の蜂起、ザフトの介入、ブルーコスモス過激派の工作などなど、南米は戦災に見舞われるでしょう。

それでは駄文にも関わらず最後まで読んで下さりありがとうございました。

青の軌跡第39話でお会いしましょう。