フェイタルアロー作戦がユニウス4崩壊という予想外のアクシデントを除き、成功したことから大西洋連邦はプラントに対する次の手を練り始めた。
平たく言えば、プラントに対する戦争を継続し、プラントを徹底的に叩きのめすか、この辺りで条件付降伏を突きつけるかどうかだ。
ボアズが陥落し、本国防衛隊も半壊したプラントにはもう地球連合宇宙軍を止める方法は存在しない。もし戦争を続ければ今度こそプラントは
殲滅されかねない状態だった。実質的に戦争に決着はついたといえるので、このあとどのような手を打つかは重要だった。
大西洋連邦首都ワシントンの連邦議会では連邦議員が各々の支援団体の意向、自身の意思、選挙民の考えなどに基づいて激論を交わしていた。
「大西洋連邦も長きに渡った戦争による国力の消耗が激しい。すべてを戦前に戻すということで決着を図るべきでは?」
「それは甘い。連中を放置しておけば再び我々に攻撃をしてくるに決まっている!」
「では君はプラント本国に直接攻め込めと?」
「そうだ。あの化け物たちを放っておけばまた同じことが繰り返される! それを防ぐために徹底的に叩くべきだ!」
「だが戦後経済のためにはプラントを維持しておくことに越したことはない」
「融和策をとりすぎた結果、ヒトラーを増長させ、第二次世界大戦を招いた英仏の愚を繰り返すつもりか!」
「ヒトラーの台頭を招いたのは、第一次世界大戦の後始末に失敗したからだろう? 戦後処理をうまくすれば問題ない」
「それがうまくいくと断言できるのか! 連中は選民思想に凝り固まっているんだ。そんな連中がいつまでも隷属するはずがない!!」
戦争継続派と和平派が激論を交わしている最中に、別の一派が折衷案を出す。
「それならカーペンタリアとヤキン・ドゥーエを攻略し、プラントを完全に封じ込めるというのはどうでしょう?」
「それは戦争を継続するということか?」
「はい。ただしプラント本国を攻略するのではなく、あくまでも連中の軍事力の支柱のみを叩きます。牙を完全に抜けば危険性は減ります」
「だがそれでは犠牲が大きくなりすぎる。それにカーペンタリアには核と生物兵器があると聞く。危険ではないのか?」
「確かに危険ですが、彼らも核や生物兵器を使えばどんな報復を受けるかは分かっているはずです」
核兵器の保有量は地球連合のほうが圧倒的に多い。もし一発でも核兵器をザフトが使用すれば数倍の報復が行われるのは間違いない。
「ザフトも理解しているでしょう。自分たちにはすでに満足な報復手段がないことを」
「いや、質量兵器による攻撃もありうる。下手に追い詰めて自暴自棄にすれば大変なことになる。唯でさえ30万人の犠牲者を出しているのだ。
これでさらに死人を増やせば、憎悪の炎に油を注ぐようなものだ」
和平派は、これ以上の戦争継続は不利益にしかならないと主張する一方で、戦争継続派はプラントを徹底的に叩きのめして二度を歯向かわない
ように叩き潰すことを主張して両者共に一歩も引かない。
これは和平派が、戦争継続が経済に与える影響を危惧する財界の意向を受けていた事、戦争継続派は一部の軍需産業とブルーコスモス過激派の
意向を受けていたことが原因であった。自由な競争も、良質な労働力も奪われる戦争など、多くの経済人にとってみれば悪夢でしかない。
だが一方で多くの将兵の血から利潤を得ている者もいる。彼らは故郷を、家族や知人を奪ったコーディネイターに憎悪を持つ人間を煽って戦争を
煽り立てていた。
「やはり議会には戦争継続派が少なくないな」
連邦議会の様子を見ながら、大西洋連邦大統領フランシス・オースチンは苦々しく呟く。強硬派に属していたオースチンであったが、彼としては
もうそろそろ戦争の幕を閉じる必要性を感じていた。
(我々はあくまでもプラントの独立を阻止し再び隷属させるために戦っているのだ。そのプラントの社会と経済を破壊しては元も子もない)
プラントとは金の卵を生む鶏だ。歯向かってこないようにある程度痛めつけるのは必要だが、絞め殺しては意味が無い。これまでに民間人50万人
以上と軍人、軍属合わせて十数万人もの死者を出したプラントは崩壊寸前と言える状態だった。
(議会についてはマリア・クラウスを通じてアズラエルにも議会工作を手伝ってもらうしかないな。こちらは政府内の纏め上げで手一杯だ)
軍内部に存在する戦争継続派、特にブルーコスモス過激派についてオースチンは目を光らせる必要があると考えていた。血のバレンタインという
悪しき前例がある以上、彼らを警戒するのは当然だった。ましてジェネシスの存在が知られればどんな反応が出るかは目に見ている。
(ジェネシスの正体は今しばらく伏せておく必要がある。下手に過激派の台頭を招くわけにはいかん)
そう彼が考えたとき、大統領の発言を求める声が出始める。そしてその声に答えるように議長が大統領を指名した。
「大西洋連邦大統領、フランシス・オースチン」
オースチンはゆっくりと席から立ち上がり、連邦議会の壇上に上る。そしてそこで彼は連邦議会だけでなく、地球連合に大きな影響を与える
発言を行った。
青の軌跡 第36話
大西洋連邦大統領が講和を視野に入れている……この事実は発言されたその日のうちに世界中を駆け巡った。
大西洋連邦の和平派はこれに賛同を示し、戦争継続派はこれに危機感を覚えて必死に戦争を煽り立てた。一方で大西洋連邦と異なり、直接侵攻を
受けて多大な被害を被った国や地域の住人達はこれに反発した。
「宇宙の化け物を許す? そんなことが許されるわけがない!!」
「そうだ。徹底的に叩くべきだ!」
アズラエルが必死に押さえ込んだ筈のブルーコスモスの思想は、ジブリール達の宣伝とザフトの蛮行によって各地に拡散していた。
特に被害が大きい南アフリカ、黒海沿岸、東ヨーロッパではその傾向が顕著であった。勿論、中には戦争が早く終わることで元の生活を取り戻せる
のではないかと希望を抱く者もいる。だが掛け替えのないものを失い、希望を失った者達からみればプラントを残したまま戦争を終えることは
認めがたかった。生活を再建するには一刻も早い戦争終結が望ましいと思う人間も少なくないが、報復を望む人間達もまた大勢いたのだ。
民衆の間に燻る反コーディネイター感情は決して馬鹿にならないものだ。また軍内部にもコーディネイターを脅威と見る人間は少なくない。
「空の化け物を許すなどあってはならないのだ」
「そのとおりだ。プラントは徹底的に叩き、二度とこちらに刃向かってくる気を完全に奪い去るべきだ」
大西洋連邦軍参謀本部の一角では、ブルーコスモス強硬派の将校達が政府の方針に対して不満を漏らしていた。
「何が戦後経済のためだ。ここで連中に余力を残して放置すれば、さらなる災厄を生むに決まっている!」
これまでの戦闘で散々にコーディネイターたちの能力を思い知らされてきた彼らは、プラントに余力を残して戦争を終わらせることに懸念して
いたのだ。元々ザフトが作ったMSですら、元は民需品がベースとなっている。元々MSは宇宙で作業を安全・迅速にするための道具に過ぎない。
しかし彼らはこれを見事に軍事転用してのけたのだ。さらにジェネシスですら、元々は兵器ではなかった。それを地球を直接狙撃できる戦略兵器に
転用したのだ。これらの事実から、ザフト、いやプラントの技術力は脅威の一言に尽きる。
「いくら押さえつけたとしても、連中は民生品から高性能の兵器を作るに決まっている。それもこちらのものに劣らないものをだ」
彼らはコーディネイターがいつか再び蜂起すると信じて疑わない。それ故に徹底的にプラントを潰すことを望んでいた。そしてそんな彼らの
考えに付け入ることで、ジブリールは自分の影響力を広げようとしていた。
「大西洋連邦内部の戦争継続派を結集させろ。アズラエルの切り崩し工作を跳ね返すのだ」
ジブリールはユーラシア西部にある自宅から、電話を使って各地の部下に指示を出していた。
「参謀本部内部の同志にも連絡して、軍内部の賛同者を増やせ。だが無茶はするな」
『よろしいのですか?』
「アズラエルとマリア・クラウスの影響力は絶大だ。現状で無理に勢力拡大を図っても金と労力の無駄だ」
アズラエルとマリア・クラウスを中心とするブルーコスモスの現主流派、つまりコーディネイターをナチュラルと交配させてナチュラルに回帰
させようとする派閥は実質ブルーコスモスの実権を握っていた。さらにアズラエルは財界と軍、マリアは政界を中心に取り込み工作を推し進め
た結果、各界に多大な影響力を持つに至っている。現状ではジブリールに勝ち目は無い。
「それよりも、コーディネイターに対する憎悪を煽るほうが良い。各地の様子は?」
『ユーラシア、アフリカではプラントに対する復讐を主張する人間が多くいます。早期講和を主張する勢力も少なくは無いですが』
「ユーラシアと東アジアに対する工作を急がせろ。これまでのザフトの蛮行を宣伝して、徹底的に憎悪を煽るのだ」
『ですが単に復讐のために報復を唱えるだけでは……』
「判っている。プラントを直接武力制圧すれば、これまで失ったものを取り返せる、いや戦前以上に富を搾取できると吹き込め」
『つまり金で釣ると……ですが各国政府は動かないのでは? 彼らも赤字になると思っているようですし』
「仮に政府が動かなくても、国民が信じれば戦争継続に傾く。民主主義とはそういうものだ。尤もこの場合は衆愚政治と言ったほうが適切だが」
ジブリールはニヤリと笑うと電話を切った。丁度そのとき、彼の部屋のドアを叩く音がした。
「お兄様、ただいま戻りました」
「シアか。入れ」
ジブリールがそう言った後、軍服ではなく、黒をベースとしたドレスを着たプリンシア・ジブリールがジブリールの部屋に入ってきた。
外見だけなら美少女と言っても良い彼女が着飾っている姿を他の男達が見れば、見惚れるのは間違いないだろう。恐らくアズラエルでも見惚れる
はずだ。しかし兄であるジブリールは妹の美貌にさしたる感銘を受けた様子も無く、シアを自分の机の前に立たせたまま成果を尋ねた。
「首尾は?」
「全てはお兄様のご指示通りに。しかしこの程度でよかったのですか?」
「構わん。あまり派手にやればアズラエルやクラウスに感づかれる」
「……今後は如何されるおつもりですか?」
「お前には地上で動いてもらう。すでに手駒の配置も終わっている。あとはお前が現地に行くだけだ」
「さすがはお兄様。用意周到ですね」
「そう言ってもらってとありがたいのだが……今回は忌々しいことに、コーディネイターの力を借りなければならん」
「空の化け物どもをですか?」
「そうだ。連中がいかに脅威であるかを、共存不可能であるかを実証するための方策の一つとは言え、あの連中を使って同胞であるナチュラルを
殺めるのを手助けするのは些か心苦しい」
アズラエルからは経済のことを理解しようともしない無能と思われているジブリールだが、彼は彼なりにナチュラルのために戦っているのだ。
「だが今回の策は、これ以降に続く計画の第一歩だ。躓くわけにはいかない……忌々しいことだが奴らを使うしかない」
「お察しします」
ジブリールは暫く黙ったあと、シアを気遣うように話し始める。
「それと今回の仕事は、かなり危険なものになる。本当なら別の者を派遣したいのだが……」
「お気遣いは無用ですわ。上に立つ者が多少の危険を恐れて後ろに下がるようなことをすれば、下の者に示しがつきません」
「……判った。それでは頼んだぞ」
「はい。全てはお兄様と青き清浄なる世界の為に」
ジブリールが新たな策略を張り巡らせている頃、アズラエルはフェイタルアローの後始末、講和を結ぶための世論操作、講和が締結されたときに
備えて軍需生産につぎ込んでいた資源や資金、人員を民需に振り分ける計画立案、さらにマリアに約束したプラントの再建に必要な資金の見積もり
とその捻出などなど洪水のように押し寄せる仕事の山に押しつぶされる寸前だった。
「くくく、俺はいつになったら休みが取れるんだ」
圧倒的な大軍で迫ってくるソ連軍を前に、絶望的な抵抗を続ける東部戦線のドイツ軍兵士のような表情をしながら、アズラエルは呟いた。
細かい仕事は担当部署がするにしても、最終的に決めるのは彼自身であるので、処理しなければならない仕事は山ほどある。
「くっそ〜過労死するぞ。このままじゃあ……」
だがそんなことを幾ら言っても仕事の量は減りはしない。彼に出来るのはひたすら書類の山を片付けるだけだ。そして書類を読み進めている内に
彼は自分のしてきたことが無駄ではないことを理解し、多少なりともほっとしたような顔をした。
「うん。この状況は少なくともマシなはずだな」
大西洋連邦は早期に原発が復活したことでエネルギー危機を脱しただけではなく、その豊かで広大な国土を利用して莫大な物資を生産して世界に
送り出していた。加えて史実よりもザフトの活動を抑え込むことに成功したために、地球上のシーレーン、地球と月の航路の安全が確保された。
これによってより多くの物資が各地に届けられるようになっていた。この通商路の安定は、地球の経済の安定にも寄与し、経済の破壊を抑える
効果もあった。これが無ければユーラシア連邦や東アジア共和国はさらに悲惨なことになっていただろう。
実際に史実ではユーラシア連邦は今回の戦争で受けた被害が元で、戦後に国家がバラバラとなり、内紛が多発していた。
「それにしてもユーラシア連邦、東アジア共和国の被害は大きい……ライバル国家が衰退するのは嬉しいが、商売に支障が出るのは拙いな」
大西洋連邦の莫大な供給力は国内の需要だけで全てを吸収することは出来ない。経済成長のためには海外市場が必要だった。ユーラシア連邦や
東アジア共和国は有力な海外市場であり、そこが内紛で不安定になるのは好ましくない。
かと言って、ユーラシア連邦や東アジア共和国が経済成長して大国になれば大西洋連邦の安全が脅かされる可能性がある。特に東アジア共和国は
日本を支配下に組み込む事で太平洋への橋頭堡を確保している。かの国が大国になれば大西洋連邦と太平洋を挟んで冷戦になりかねない。
大国主義丸出しで、さらに知的財産権のちの字も無いような国は非常に厄介だった。ストライクダガーを勝手に違法コピーしようとしていると言う
事実が書類の中で何件か報告されており、アズラエルにとっては頭の痛い問題となっていた。
さらにもともと東アジア共和国は多くの民族を強圧的な方法で抑えている上に人口も13億以上である。はっきり言って統一国家として存続する
には人口が多すぎた。
「東アジア共和国は華南と華北、日本の3つに分断させて別々の国にしたほうが良いな。こちらとしてもそのほうがやりやすい」
内紛が拡大するのは困るが、商売敵が増えても困る……それはアズラエルの本音でもあった。極東を三竦みにして安定させつつも、適度の緊張も
強いることで戦後も武器を売りさばくのも良いかもしれないとアズラエルは考えはじめた。
「反ブルーコスモスというか反大西洋連邦機運の高い国だしな。色々と仕組んでおくべきかもしれない」
そして書類仕事を片付けたあと、彼は今後のプラントの出方やラクス軍討伐について議論するために大西洋連邦軍参謀本部に赴いた。
数十分後、本部に着いたアズラエルを出迎えたのはサザーランドを始めとするアズラエル寄りのブルーコスモス派と穏健派の将校たちだった。
「ご苦労様です」
アズラエルは将校達にそういうと会議室に向かう。その最中、彼は大西洋連邦軍参謀本部の空気がいつもと違うことに気づいた。
「何か空気が変といいますか、何か普段と違いませんか?」
サザーランドはアズラエルの質問に、多少言いにくそうな顔をしながら言った。
「大統領が講和を視野に入れていると発言されたことに戦争継続派が反発しているようなのです。ジブリール様も一枚かんでいるようでして」
「まったく余計なことをしてくれますね、彼は……」
早期講和を目論むアズラエルにとってみれば、ジブリールが唱えるような戦争の継続など愚策でしかない。このため吐き捨てるように呟いた。
「戦争継続派の規模は?」
「今はそこまで大きいものではりません。恐らく大多数は政府の方針に従うでしょう」
「そうですか」
「はい。ですが一部の不満分子が何かしら行動に出る可能性があります」
「まさかクーデターですか?」
「いえ、そのようなことは無いと思います。しかし講和会議を妨げるために何かしら妨害工作を仕掛ける可能性はあります」
「………」
アズラエルはその言葉を聴いて絶句する。
「まさか、そこまで………」
「残念ながら、その危険性は低くはありません。最悪の場合は参謀本部を徹底的に『掃除』する必要があります」
この『掃除』とは戦争継続派の将校をまとめて粛清することだ。勿論、旧ソ連のように処刑するのではなく、予備役に強引に編入することであり
それは軍人としてその辣腕を振るうことをできなくすることだ。だが下手にそんなことをすれば軍の反発はかなりのものになる。
「今から根回しをする必要がありますね」
「政府でも同じような意見がちらほらと出ているようです。国防長官や参謀本部部長も戦争継続派を抑えるために動き始めています」
「まあそれは好ましいですが……こちらも色々とバックアップをしないといけないですね」
また仕事が増えるのか、そう思ってアズラエルは内心で溜息をついた。
「最悪の場合は、反ブルーコスモス派であるアンダーソン将軍の力を借りなければならないかもしれません」
「あの頑固者に頭を下げろと?」
「残念ながら……」
ブルーコスモスを毛嫌いする老人の顔を思い浮かべて、アズラエルは胃痛を感じた。ブルースウェアが大打撃を受けた原因を作ったアンダーソン
将軍にとアズラエルが協力して戦争継続派を抑える……それは余りに非現実的と言えた。だがアンダーソンとラクスの関係を知らないアズラエルに
とってはそれは現実的な選択肢の一つであった。
「やれやれ……」
数分後、アズラエルは会議室に着くとさっさと席に座った。そして他の着席していたメンバーを眺めているうちにある人物に目をとめた。
「ハリン少将もこちらに来ていたのですか?」
「はい」
ブルースウェア主力艦隊司令官であったチェスト・ハリン少将はユニウス4崩壊について、事情聴取を受けていたので、フェイタルアロー作戦の後
多忙を極めるアズラエルと直接会う機会が中々なかったのだ。よってフェイタルアロー作戦が終わったあとで直接会うのは今回が初めてだ。
「このたびは、アズラエル理事にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、今回の失敗はすべてラクス・クラインと不愉快な仲間たちによるものです。ハリン少将はあの不利な状況で見事に作戦を成功させ
たのですから、十分な働きをしたといえます」
その時、アズラエルは戦争継続派将校をまとめて粛清したあと、ハリンやサザーランドなど自分の子飼いの将校で参謀本部を固めることを考えた。
(大西洋連邦軍を掌握しておけば、とりあえずは安泰だ。多少、アンダーソンが騒いでも問題なくなる)
また自分に対する悪評が増えるかもしれないが、フェイタルアローで情報漏えいで痛い目にあったアズラエルは、自分に刃向かう将校を軍中央から
たたき出すことに魅力を感じた。彼は僅かな沈黙の後、ハリンに向かって言った。
「まあ今はあまり大したことはできませんが、いずれは貴方の働きに見合った褒賞を出すつもりですよ」
「ありがとうございます」
アズラエルに取り入ったハリンに、周りの一部の将校から厳しい視線が向けられるが、ハリンは気にも留めない。
(このままアズラエルに取り入っておけば出世は間違いない。そうすればハリン家の復興もなる)
チェスト・ハリンの実家であるハリン家は、コーディネイター登場以前は、それなりに名の知れた実業家の家であった。しかしながらその家も
コーディネイターの登場、そして彼らが作った企業との競争に敗れて衰退した。
ハリンは軍人として名を上げる事で、家の再建を果たそうとしていたのだ。そのために彼は大西洋連邦で絶大な影響力を誇るブルーコスモスに
接近したのだ。彼は戦後にアズラエルの援助で連邦議員、できれば連邦政府の高官の地位を得ようと目論んでいた。
(このままアズラエルの力を利用してハリン家の復興を推し進めなくては……)
ハリンはアズラエルが今の方針を維持し、権勢を維持する限り、アズラエルについていくことを決めた。勿論、そんなハリンの内心に気付く事無く
アズラエルは早速会議を始める。
「現在、地球でザフト軍の勢力圏はカーペンタリアなどオーストラリア大陸北部と東部海岸のみです。ただし大洋州連邦政府はすでに、連合に
対して降伏する旨を伝えているので、仮にカーペンタリアを攻略する場合に障害となるのは現地のザフト軍だけです」
このサザーランドの言葉に、多くの将校が頷く。だがアズラエルは懸念を示した。
「ですが、カーペンタリアには核兵器と生物兵器が配備されたいたはずです。こちらはどうするおつもりです?」
「我が軍としては、カーペンタリア攻略にはアルキメデスを使うことを考えています」
「アルキメデスをですか?」
「はい。アルキメデスシステムを衛星軌道に設置し、そこから地上を照射して敵兵力を一掃します。核と生物兵器の貯蔵場所は正確には判りません
が基地全てを焼き払えば使用される危険性は大幅に減ります」
アルキメデスシステムは数十万枚の鏡とその制御システムがあればどこにでも設置できるものだ。核兵器のように放射能汚染もないので、かなり
使い勝手が良い兵器といえる。さらに威力もジェネシスを破壊してのけたことからわかるように非常に高い。どんな軍事施設でも照射されれば
あっという間に蒸発するだろう。
「幸い管制艦は残っているので、鏡さえあれば即座に作れます」
「確かに。まあ講和が実現すれば不用になるかもしれませんが、こちらに切り札があることを示すことは外交上のカードになります。急いで
必要な鏡を揃えるように伝えてきましょう」
「お願いします」
「で、ザフトはどのような反撃、もしくは動きにでると軍は考えているのですか?」
このアズラエルの問に、サザーランドとは別の将校が答える。
「現在、ザフトは地上軍の残存をカーペンタリアに集結させています。ですがザフトは潜水母艦の大量損失で外征能力を大幅に減じています」
「つまり攻勢に出る余裕はないと?」
「大規模な攻勢に出る能力はないと思われます。ただし、1個師団程度の部隊なら辛うじて可能と思われます。ザフトが少しでも自国に有利な
条件で講和を行おうとすれば、地上軍が何らかの行動に出る可能性は低くは無いと判断しています」
「具体的には?」
「ザフトの行動として考えられるのは、反地球連合感情が強い地域への支援です。特に南米、中東など反大西洋連邦感情が強い地域に何らかの
工作を仕掛けて、現地住民に反地球連合行動をとらせて、こちらの兵力を拘束することが懸念されます」
「対策は?」
「軍としては、兵力を増強することしか出来ません。政治的には、戦後に再独立を約束して懐柔するという方法はあります」
「政府も南米をいつまでも直接統治することはしないでしょう。唯でさえあそこは民族問題などを抱えていますからね。直接統治はコストが
高すぎます」
アズラエルはそう言って肩をすくめる。
「しかし南アメリカ合衆国は親プラント国で、侵略した我々を恨んでいます。何かしら援助を受けて蜂起する危険性は決して低くはありません。
仮に彼らが蜂起した場合、パナマ基地が真っ先に狙われるでしょう。そのときはどうします?」
パナマ基地は宇宙港だけではなく軍需工廠が多数存在する重要拠点でもある。ここを制圧されれば、大西洋連邦本国が危険にさらされるだろう。
「カリフォルニア基地から第9師団、第32航空団を回しておきます」
「海軍は?」
「海軍は艦艇のオーバーホールを行っている上に、カーペンタリアの封じ込めにも艦を割かなければならないので、大して戦力を回せません」
「アズラエル様、これだけ兵力を与えておけば十分だと私は判断します」
サザーランドの言葉にアズラエルは暫く黙った後に頷いた。アズラエルも南アメリカ軍が幾ら頑張ったとしてもパナマを陥落させられるとは
考えていなかった。また仮にザフト地上軍が支援したとしても、精々第一次防衛ラインを突破するのが精一杯だろうと判断した。
「中東については現地政府に任せます。アフリカからザフトをたたき出した今、あそこに大した価値はありませんので」
「まあそれが妥当でしょう。他に彼らの行動として考えられるのは?」
「他には我が軍の月面基地へのゲリラ的な攻撃です。今回、我が軍はミラージュコロイドを使った大規模な奇襲攻撃を実施しました。これを
彼らが使えば、月基地への攻撃が可能になります」
「だとすると、月面周辺の哨戒ラインを強化する必要がありますね」
「我が軍は偵察衛星や哨戒艦の配備も急いでいますが、現在は正面戦力の回復に重点を置いているので数が足りません。出来れば理事の
ブルースウェアにも協力をお願いしたいのですが」
「こちらも先の作戦で手痛い損害を受けて余裕はないのですが……まあ半個艦隊程度なら」
「構いません。20隻程度でも貸していただければ、十分です」
「ですが、20隻も貸すとなると、例のラクス・クラインをリーダーとするテロ組織の制圧が難しくなりますね」
「その点については心配要りません。3ヶ月以内には連合宇宙軍の再建は完全に終了します。そのときに正規軍の大兵力で彼らを潰せます」
「2ヶ月で攻勢に出たいのです……さすがに3ヶ月も待てません」
「2ヶ月となると2個艦隊程度しか出せませんが」
「構いませんよ。2個艦隊あれば十分です。うちも修理が終わる艦艇が20隻はあります。それにトライデントも投入すれば十分です」
「判りました」
そのあとも続いた話し合いの末、今後はザフト軍の動きを封じて政府が考えているような有利な講和を結ぶ環境を作るという結論に終わった。
「では、サザーランド大佐、大統領たちへの説明、あと軍内部の取りまとめを頼みましたよ」
「判りました」
アズラエルはそう言って大西洋連邦軍参謀本部を後にした。そしてアズラエルは本社に向かうヘリの中で、まもなく戦争が終わると思った。
(これで戦争は終わる。コーディネイターはまだ苦難の道を歩んでもらうが……曲がりなりにも戦争だけは終わる)
アズラエルは恒久に続く平和などありえないと思ってはいたが、一時的にとは言え平和が訪れるのは歓迎するべきことだ。
(問題は戦後のプラントの統治だな。戦前に戻すだけでは同じことを繰り返すことになる……親地球連合派のコーディネイターを使って管理する
というのも手だな。異民族を統治するために異民族を使うというのは古来から使われてきた手だし。ふむ、地球連合に協力したコーディネイター
をプラントに送り込むというのも上策か。それに連中を特権階級として送り込んでおけば、プラントのコーディネイターの反感を裏切り者に
向けることが出来るかもしれないし……)
しかしそれは全て早期講和を達成したあとの話であることに彼は気づくと、自分が狸の皮算用をしていたことに苦笑した。
「確かにちょっと気が早すぎですね」
だがこのとき、彼は心もどこかですでに戦争に決着はついたと思っていた。ジェネシスとボアズを失い、地上軍もカーペンタリアを除いて実質的に
消滅したザフトには地球連合軍の攻勢を止める方法はないのだ。このまま戦争を続ければプラントは破滅に追い込まれる。
まともな国家指導者なら、このあたりで両手を挙げるはずだ。そうなればクルーゼが幾ら頑張っても世界を破滅に追い込むことは出来ない。
また平和になればジブリールなどのブルーコスモス過激派も力を失っていく筈だ……そんな楽観的な考えが彼の頭の片隅で少しずつ生まれていた。
人は時として信じたい情報を真実として信じる。例えそれが偽りであっても。そしてそれはアズラエル、いや修でも例外ではなかった。
アズラエルと同様に、マリア・クラウスは講和に向けた動きを加速させていた。
尤も彼女はある程度面識があったプラントの財界のトップが暗殺されたためにプラントとの交渉ルートが大幅に狭まれたことに非常に痛手を
感じていた。だがそんなことを表に出す事無く、彼女は再びスカンジナビア王国にとび、デュランダルと話し合いを続けていた。
「それではプラントでも、講和に向けた機運があると?」
「そのとおりです」
デュランダルの言葉を聞き、マリアは曲りなりにも講和の道筋が開けたと思った。勿論、目の前の男が真実を言っているという証拠は無いが、現状で
プラントが戦争を継続しようとするのは自殺行為と同義であることから、彼女は真実だと判断していた。
「しかしプラントが現状で講和を結ぶには、かなり不利な条件を飲む必要があります。パトリック・ザラが承知するでしょうか?」
「ザラ議長もこれ以上の戦争継続は困難と思っているのは事実です。多少不利な条件なら呑むでしょう」
(多少じゃあすまないと思うけどね……)
もし大西洋連邦政府がプラントとの講和を行うとすれば、間違いなくザフトの解体、最高評議会の解体と連合政府の人間を加えた再編成と
莫大な賠償金を突きつけるだろう。賠償金こそはアズラエルのおかげで多少返すのに猶予を与えられるが、それでも彼らがそれを呑むかどうかは
微妙と言えた。プラント政府や社会はこれまでの戦争で大きく弱体化している。果たして戦後に社会が維持できるかどうか怪しかった。
暗殺された財界の人間は、プラントの建設に関わった世代であり、リーダーシップと能力、さらに多くの修羅場を経験した貴重な人材だった。
(財界人たちが生きていれば経済面でリーダーシップをとってもらうことも可能だったのに……)
マリアは心の中でテロの犯人を呪った。一方のデュランダルは地球連合が出す条件が非常に過酷なものになると判断していた。
(恐らく連合政府はこちらが二度と刃向かえないように、過酷な条件を突きつけるだろう。そしてそれを呑めば、現時点では滅亡を免れるが
戦前を上回る搾取と完全な植民地化が待っている。そしてコーディネイターと言う種は絶滅にむかうだろう)
完全な隷属と緩やかな滅亡が待つ未来……それはデュランダルにとっても認められるものではなかった。
「クラウス議員、我々も平和の回復を望んでいます。決してこれまでの努力は無駄にはなりませんよ」
デュランダルはそう言いつつも、コーディネイターが種として独自に存続できる道を模索するようになる。
あとがき
青の軌跡第36話をお送りしました。今回は主に大西洋連邦側の動きでした。
次回は他の人間達の動きになると思います。拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。
青の軌跡第37話でお会いしましょう。