ボアズ陥落の20分後、フェイタルアロー作戦の行く末をハラハラドキドキしながら見守っていたアズラエルの元に信じられない吉報が入る。
「ボアズが陥落した?!」
大西洋連邦軍参謀本部に詰めているサザーランドからの報告にアズラエルは思わず叫んだ。目の前の机では今日中に片付けなければならない
書類の山が彼の叫び声で崩壊してしまったのだが、アズラエルは敢て気にしないようにする。これを人は現実逃避と言う。
「たった1個艦隊であのボアズを陥落させたんですか?」
『はい。信じられないことですが、ボアズは壊滅、単なる岩の塊と化したとのことです。実質的に陥落と言えるでしょう』
サザーランドの言葉を聞いて、アズラエルはこの戦争の終わりが近付いたことを理解した。
「これで終わりですね。戦争は人と金と物が勝るほうが勝ちます。そしてザフトには、いえプラントにはもう金も、人もない」
プラント本国に潜入している諜報員から寄せられる情報は、プラント社会が崩壊の崖っぷちに立たされていることを示していた。もはや兵役を
担える若年層は殆ど存在せず、いまや14歳以下の子供達ですら戦場に駆り出す始末だ。
『カオシュンで捕虜にしたザフト兵士で子供が多かったことが、アズラエル様の判断を裏付けています』
「ありがとう、サザーランド大佐」
アズラエルはサザーランドの世辞にそう礼を言うと、椅子に深く腰掛けた。
「それにしても幾ら能力があるからって満足に訓練もしていない子供を戦場に出すとはどうにかしていますね」
やれやれ、とアズラエルは首を横に振る。
『ナチュラル相手なら時間稼ぎが出来ると思ったのでしょう。全く舐められたものです。尤もここまで弱体化したのならカーペンタリアは簡単
に落とせるでしょう』
満足げなサザーランドの台詞に相槌を打ちつつ、アズラエルは別のことを考えていた。
(連中、よっぽど追い詰められているようだな。ナチス独逸の末期みたいだ)
第二次大戦において、敗北が迫った枢軸国……厳密に言えば日本と独逸では少年兵が多数戦場に送り込まれ、その命を次々に落としていった。
アズラエルはザフトの状況が余りにそれに酷似していると感じていた。
(余りに叩きすぎると、戦後に搾り取るものがなくなるかもしれないな……最悪の場合はプラントの技術と幾ばくかの施設を収奪するのみか)
戦争が終わってみれば、残ったのは社会が崩壊したプラントと世界の半分が瓦礫と化した地球だけと言う結末かもしれないと思うとアズラエルは
ぞっとした。復興するにしてもどこから復興させるか、いや復興させるだけの余力があるのかも問題となる。
(復興事業をするにも種銭がいるからな……まあ大西洋連邦は被害が少ないからマシだけど…)
地球全土を復興するにはプラントを稼動させ再び富を吐き出させるしかないのだが、プラント社会そのものが瓦解していたらどうしようもない。
(ジェネシスを破壊したら、即座に講和だな。カーペンタリアを叩くのは止めておいたほうが良いだろう……)
地球連合軍はカーペンタリアを叩くことを構想していたが、アズラエルはこれ以上コーディネイター、それも労働力となる年齢層を殺しては
戦後においてプラントから富を搾り取れなくなると思い、早急な講和が必要だと判断した。尤も全てはジェネシスを破壊できればの話だ。
「……あとはあの忌々しい化け物砲台を叩き壊すだけですね。ハリンの健闘に期待するとしましょう」
不愉快な戦後を避けるためにも、さらに言えば彼自身の権力を維持するためにもアズラエルはハリンの成功を祈らざるを得なかった。
「……まあ今は、目の前の仕事を片付けるのが先か」
ボアズ陥落が連合軍にとって信じられない吉報なら、残されたもう一つの陣営・ザフト側にとっては信じられない凶報であった。
「ボアズが陥落しただと!?」
パトリック・ザラはボアズ陥落の報告を受けると、まずはその真偽を確認させた。彼にとってはたった1個艦隊にボアズが落とされることなど
あり得ないことだったのだ。それ故にボアズ陥落が真実であり、駐留部隊が壊滅したと聞くと彼は呆然自失となった。
「こ、こんな馬鹿な事が……」
ボアズの早期の陥落は、彼が構想していた戦略を根底からひっくり返しかねないものだった。彼としては地上軍を宇宙軍に合流させて、宇宙軍を
強化・再編し、その部隊をもって地球連合軍の反撃を遅らせるつもりだった。パトリックとしても地球軍の膨大な物量をまともに相手にできない
と薄々理解してはいた。だが、ジェネシスが完成するまでの時間を稼ぐことはできると思っていた。
それゆえに、この戦略が瓦解したことを理解し、呆然となったのだ。
(防衛圏が崩壊した以上、もはや連合軍による本土攻撃を防ぐ手立てはない……最悪の場合はプラントそのものが滅亡する)
核兵器によって、或は戦艦の艦砲によって成す術も無く崩壊し、多くの市民が宇宙に投げ出される光景が、パトリックの脳裏に浮かぶ。
だがパトリックはプラントの指導者であり、プラントの建設に関わった古強者であった。何とか精神を再建すると善後策を練るためにザフト軍の
高官達を呼び、協議に入った。だが高官達から帰ってきた答えは絶望的なものばかりだった。
「プラントを守る一角を占めていたボアズを失った以上、敵の攻撃を察知するためには、今まで以上の偵察衛星や防衛部隊がいりますが、資材の
関係もあり、これ以上プラント本国周辺の防衛ラインを強化することは困難です」
「資材だけではありません。人もいません。プラント本国にいる部隊は二等級の部隊だけなので、一刻も早く地上軍を呼び戻して頂かないこと
にはどうしようもありません」
そんな高官達の泣き言に苛立ちながら、パトリックは尋ねる。
「私は泣き言を聞くために、君達を呼んだわけではない。この状況でどのような手が打てるかどうかを聞くためだ」
しかし期待したような答えはない。
「残念ながら、何もありません。動ける部隊の多くはボアズに増援として派遣したので……」
一連の会戦でザフトは少なからざる損害を受けていた。絶対量で見るなら、ザフトよりも地球連合軍のほうが大きな損害を被っているのだが
膨大な国力、さらに言えば圧倒的な人的資源によって地球連合軍は軍の再建が可能だった。しかし残念ながらザフトにはその両方が無かった。
「つまり、現状では何も手がないと?」
「端的に言えばその通りです」
将軍だけがいても、戦争は出来ない……プラントはまさにその状況に陥っていた。
「プラントにいる部隊は?」
「主に学徒兵と、訓練中の部隊です。使える部隊は一握りです」
「ヤキン・ドゥーエには相応の部隊がいますが……これを動かせばヤキン・ドゥーエとジェネシスの防衛が難しくなります」
この答えにパトリックは苦虫を噛み潰した表情しかすることが出来なかった。そんな折、会議室にボアズ陥落の報告を受けた評議会議員達が
慌てた様子で入ってくる。エザリアが財界人との会合でいない状況で、パトリックに強い口調で尋ねたのはダット・エルスマンだった。
「議長、ボアズが陥落したとの情報は本当なのですか!?」
「………そうだ。現在、軍の高官達と善後策を協議中だ。君たちはエザリアと協力して行政府や市民に動揺が広がぬように手を打っておけ」
「そんな馬鹿な。ボアズが陥落したとなれば動揺は……まさか」
「そうだ。情報管制だ。このことを行政府、いや一般市民に知られるな」
「幾らなんでも、それは……」
「ボアズが陥落したとなれば市民は動揺する。最悪の場合は社会不安の増大でプラントは内側から潰れる。それは防がなければならない」
それにダット・エルスマンが反発しようとした、そのとき、会議室に予期せぬ凶報が飛び込む。
「た、大変です。え、エザリア議員と財界人の会合が開かれているセンタービルで大規模な爆発が発生しました!!」
「「「?!!」」」
多くの議員は驚愕し、大きく目を見開く。だが間髪いれず、さらなる衝撃が彼らを襲う。
「本国防衛隊のエイト隊より入電。『我、有力な敵艦隊と交戦中!』」
それはこれから起こる喜劇と悲劇の前触れであった。
青の軌跡 第32話
ボアズ陥落を受けてパトリック達がザフト軍高官と善後策を練っていた頃、ブルースウェア主力艦隊はプラント本国をその眼前に納めていた。
「プラントよ、私は帰ってきた!」
「……何を言っているんですか、司令」
「いや、何となくこう言いたくなっただけだ。気にするな」
こいつが司令で大丈夫かと内心で疑問に思ってしまった参謀長だったが、それを表情に出すことはない。彼の仕事はハリンの補佐なのだ。
そんな彼の葛藤を他所に、ハリンは顔の筋肉を引き締めて尋ねる。
「アーノルド隊と支援部隊は? 何しろ『表向き』の予定時刻よりも、かなり早いからな」
実はブルースウェアは作戦開始時刻を大幅に繰り上げていた。本来はボアズ戦が一段落してザフトが気が緩む隙を狙う予定だったのだが、作戦の
漏洩が確認されたので侵攻進路を大きく変更した上で時間を繰り上げたのだ。現在は第7艦隊がボアズを陥落させたことで、混乱しているザフトの
隙をつけたと言えなくともない状況であり、千載一遇の好機とも言えた。
「各部隊は所定の位置に展開しています」
「ふむ、分かった」
彼は満足げに頷いたが、心のうちでは別の感想を持っていた。
(まあ彼らの出番がないのが一番良いのだが……そうは問屋が降ろさないかもしれないな)
勿論、そんな不安な様子を部下の面前で見せはしない。下手に指揮官が不安がれば、下の人間にその不安が伝染する。そしてそれは部隊全体を
蝕み、最悪の場合は敗北する原因となる。彼は自分を奮い立たせる。
(そうだ。折角、ここまで来たのだ。これで成功すれば、俺は戦争を終結に導いた英雄になれる。そうなれば……)
そこまで考えた後、彼は張りのある声で命じる。
「全軍、攻撃を開始せよ! 目標はプラント本国!!」
ハリンの命令を受けて、ブルースウェア主力艦隊旗艦サンダルフォンを含めた戦艦群が、防衛ラインを哨戒中のエイト隊に砲撃を開始する。
エイト隊は弱体著しいプラント防衛隊の中でも、数少ない経験豊富な部隊だったが、ミラージュコロイドによって姿を隠して接近してきた敵軍を
発見することは出来ず、奇襲を受ける羽目になった。ローラシア級戦艦2隻、ナスカ級1隻が次々に大口径のビームの直撃を受ける。
「どこから砲撃を受けている!?」
指揮官がオペレータから答えを聞く間もなく、奇襲を受けた3隻は宇宙の塵と化した。何せ戦闘配置をしておらず、ダメージコントロールも満足に
する暇もなかった彼らが耐えられる筈がない。生き残った艦は慌てて戦闘配備につくが、全ては遅きに失したといえるだろう。
「何だ、あれは……」
彼らが見たのは、ミラージュコロイドを解除してその姿を現したブルースウェア主力艦隊だった。
「ば、馬鹿な、あれだけの大艦隊が何故、哨戒ラインを潜り抜けて、こんな所にいるのだ?」
辛うじて生き残ったナスカ級戦艦の艦長は、呆然自失の表情で呟く。尤も彼は即座に思考を切り替える。
「敵艦隊の詳細な情報と救援要請を本部に送れ! 我が隊はここで足止めをする!」
「艦長?!」
副長は自殺行為だ、と表情で訴えるが艦長は戦闘指揮を行いつつ副長に諭すように言う。
「ここで多少なりとも時間を稼いでおかなければ、本国は成す術もなく蹂躙されるぞ? そうなれば血のバレンタインの再現だ」
「………」
「プラント本国に残る子供達を守るのは我々の仕事だ。何としても踏ん張るぞ」
そんな彼らに、ブルースウェア主力艦隊から発進したMS部隊が襲い掛かる。彼らは期待の新型機であるゲイツで応戦する。ダガーならゲイツで
圧倒できる……これまでの経験で彼らはある程度なら戦えると思っていた。しかし、地球軍もまた新型機を開発・投入してきたことが彼らの計算を
狂わせることになる。
「ビームが効かないだと!?」
ゲイツが放つビームは、新型Gアヴァリスに直撃するも次々に弾かれる。
「ラミネート装甲って奴だ! だが無敵じゃあない。廃熱が間に合わなくなるまで撃ちまくれ!」
ゲイツのパイロット達は同僚の言葉を聞いて、攻撃を集中するが一向にアヴァリスが落ちる気配は無い。ザフト軍に動揺が広がっていく。
アヴァリスを操るヘンダーソン大尉はゲイツのパイロットの動揺ぶりを察して嘲笑する。
「新型機を作っているのはお前らだけじゃないんだよ。ナチュラルも絶え間ない努力をしているのさ」
アヴァリスはラミネート装甲を施されており、廃熱機能も大幅に強化され対ビーム防御に関しては、鉄壁と言っても良い性能を持っていた。さらに
ストライクと同様に兵装換装システムがあり、様々な局面に対応しうる能力を持っている。ストライクの後継機といえる機体だった。
尤も固定武装についても強化されており、カラミティのように胸部に大口径ビーム砲・スキュラが設置されている。全体的にはストライクと
カラミティを足して二で割ったような機体だ。そんな事は知る由もないザフト軍だったが、即座にビームが効かないと見ると接近戦に切り変える。
しかしながら、それを許すほどヘンダーソンは甘くはない。彼は格闘戦を仕掛けようとするゲイツをパワーに物を言わせて強引に振り切ってから
ビームの雨といっても良い弾幕射撃を行う。回避行動を取る事も出来ず、哀れなゲイツはズタズタに破壊され、爆発四散する。
「格闘戦をすれば、確かにお前らのほうが強いだろうよ。でも、そっちの思惑に乗ってやるほど、こちらはお人よしじゃあないんでね」
アヴァリスは防御力、機動力のあらゆる面でゲイツを圧倒しており、戦い方ではジャスティスやフリーダムとも遣り合える性能を持つ。
また装備しているビームライフルも従来のものよりも威力、射程、連射性能が大幅に向上しているので、火力も従来のGATシリーズを大きく
上回っている。
「よし、邪魔な連中をさっさと片付けるぞ。トライデントが通る道を確保する」
このような高性能機に加えて、ゲイツと互角以上に戦えるダガーLや105ダガー、ダガーの改良機がいるのだから手に負えない。加えて
ザフトにとってさらに不幸だったのは、ダガーLや105ダガーのような普通の機体だけではなく、さらにとんでもないMS、地球連合軍期待の
拠点攻撃用MS・トライデントが参加していたことだった。
トライデントは他のMSと比べて子供と大人ほどの、いやそれ以上の差があった。しかし巨大なボディーを持つにも関わらず、彼らはパワーに
ものを言わせた高速で次々にザフトの防衛ラインを突破していく。残されたザフト部隊はこのことを報告するしか出来なかった。
「何て速さだ!」
「本部、こちらエイト隊! 敵は圧倒的だ!! 到底喰い止められない、急いで迎撃を!!!」
悲鳴のような報告が次々に本部に押し寄せることになる。
地球軍の大艦隊襲来……この報告にザフト軍司令部はパニック状態だった。
「敵機多数、防衛ラインを突破します!!」
「エイト隊、戦力の50%を喪失した模様! フィッシャー隊も交戦中ですが、持ちこたえられません!!」
「第二次防衛ラインに敵艦隊侵入!! このままでは本土が直撃を受けます!!」
喧騒に包まれる司令部に、急いでパトリックは駆け込むと矢継ぎ早に指示を出す。
「プラント市民の避難を急がせろ! 実験部隊、教導団、あと訓練生も纏めて出せ! 総力戦だ」
「実験部隊も出すとなると試作機のザクも投入するのですか?」
司令部の幕僚が尋ねると、パトリックは当たり前のことを聞くなと言う表情で答える。
「当たり前だ。このままでは実験場ごと潰されるぞ」
「ですが、あの機体は調整が終わっていません。下手に失えば開発の遅延を齎します」
「構わん。これは命令だ」
「……判りました」
新型機や試作機の投入を、ザフトが決意したころには、すでにトライデントは防衛ラインを突破してザフトの主要軍事拠点をその射程に収めて
いた。勿論、トライデント部隊が接近していることは、防衛ラインに展開しているザフト軍部隊は察知していた。
尤も彼らの多くは訓練生、或いは即席の訓練を受けて配備されたばかりの2等級の部隊であり、さらにMSもジンが中心ではっきり言って戦力とは
言い難い品物だった。そんなジンが中心の部隊において、数少ないガンダムタイプのMSであるジャスティスに、ハイネはいた。
「こんな部隊で本当に食い止められるのかよ」
地球軌道で思い知った地球連合軍の強さから、ハイネはナチュラル、いや連合軍が如何に侮れない存在であるかを思い知っていた。このために
自分の指揮下にある部隊の錬度を見て、些か前途に不安を禁じえなかった。
「おまけにジンばかりとは……ゲイツはどうなっているんだ?」
ハイネの疑問も尤もだった。プラントは次期主力MSとしてゲイツの大量生産に取り掛かっており、相応の数を配備していた。しかしながら
その多くはボアズやヤキン・ドゥーエなどのプラント防衛のための拠点に配備され、本国に配備されている数は多くはなかったのだ。まして
連合軍の反撃が強まるに連れてその消耗も鰻上りなのだ。生産力が決して豊富とはいえないザフトで、これ以上の増産は困難だった。
おまけに生産した途端に次々と消耗していくのでザクなどの次世代機やフリーダム、ジャスティスの量産機の開発・生産まで遅れを出している。
地球連合軍が新型MSの量産を行うと同時に従来機の改良型の量産も並行して推し進め、十分な数を配備しているのとは大違いだ。
「これが国力の差って奴か」
しかしここで逃げ帰るわけにはいかない。コーディネイターとしての誇りと軍人としての意地が彼を奮い立たせる。
「お前達はこの場で弾幕を張れ。あれだけのでかぶつだ、弾幕をはれば何発かはあたる。副長はここで指揮をとってくれ」
『しかし、隊長!』
少年といっても過言ではない兵士がハイネに異議を唱えるが、ハイネは頑固としてそれを受け入れない。
「お前らはまだ、ひよっこだ。本格的なMS戦闘はまだ無理だ。それに相手は新型だ。正面から戦うのにジンだとつらい」
そう言うとハイネは、技量に信頼のおける数名の部下と共に遊撃に赴く。彼らが目指すは地球軍の超大型の新型MS。
ハイネ達が独自に迎撃に赴こうとしていたころ、トライデント部隊はプラント防衛隊にその猛威を振るっていた。
トライデントは、兵装ポットから次々に大型ミサイルを発射する。訓練生達中心の部隊もこれは難なく回避するが、彼らの悪夢はそれからだった。
大型ミサイルから、次々に小型ミサイルが発射され、背後や左右から彼らを襲ったのだ。
10機は居たはずのMS部隊はそれだけで半数以上が一瞬にして撃破され、戦闘能力を喪失する。周りにしたジンが必死に銃撃を浴びせるが
PS装甲を施されたトライデントには何の意味もない。いや、多少なりとも内部機構にダメージを与えることはできるかもしれないが、撃墜する
ことは叶わない。接近戦を仕掛けようにも高い機動力と、圧倒的火力を持っているトライデントに近づくのは至難の業だ。
「駄目だ! こんな火力じゃあ落とせない!!」
彼らは戦艦の砲撃を要請するが、その戦艦にもトライデントは襲い掛かっていた。1機のトライデントは大口径のビーム砲・アグニの改良型を
通常のビームライフル並みの連射速度で発射して、次々にビームを戦艦群に撃ちこむ。
戦艦の主砲並みの破壊力を誇るアグニの連射を受けてはナスカ級とはいえ、唯で済むはずがない。わすか数分で2隻のナスカ級が脱落する。
そしてナスカ級2隻を撃破したトライデントは、戦艦用のドックのある施設に向けてありったけの火力をぶつけた。
これによってドックで出撃を急いでいた戦艦と建造中のエターナル級1隻が纏めて吹き飛び、ドック付近にあった防衛部隊の司令所の一つがこの
爆発の巻き添えで壊滅する。司令所が破壊された事で防衛ラインに大きなひび割れが生じる。そしてそれを見過ごすほどハリンは無能ではない。
「一気に突き抜けろ!」
方錐陣形を組んだブルースウェア主力艦隊は全速力でプラント防衛ラインの割れ目に突撃する。これを必死に食い止めようとするプラント防衛隊
だったが、先鋒を務めるオルガたち強化人間が乗ったMS部隊によってあっさり蹴散らされる。
「どうした、この程度か!」
核動力を得て、長い活動時間を得たカラミティはその火力に物を言わせて、出てきたザフト軍MSを片っ端から撃破していく。訓練生の乗った
ジンは大した回避行動もとれず、次々に撃破されていく。ザフト軍部隊がカラミティに接近しようとしてもオルガは巧妙に距離をとり砲戦に専念
するので接近することも難しい。何とか接近しようとしても他のMSの妨害が入る。
「そら、滅殺!!」
クロトの乗るレイダーはお得意の鉄球攻撃で少数出てきたゲイツを纏めて叩きのめす。ゲイツ部隊も反撃するが、割り込んできたフォビドゥンに
よってビームの弾道を逸らされ、その直後に誘導プラズマ砲で撃破されていく。この3機が駆け抜けたところには残骸しか残っていなかった。
また彼らとは別に、フラガが率いる強化人間の三人も相応の活躍をしていた。本来、フラガはブルースウェア所属ではないのだが、今回は特別に
アズラエルの要請(実質は命令)を受けてセラフィムと共に参加していた。
「あいつらみたいに、自由に戦いたいよ」
フォビドゥンのパイロット、アウル・ニーダは自由奔放に戦う強化人間達を見て羨む。しかし即座に怒鳴り声が響く。
『アウル! フォーメーションが乱れているぞ!』
ガンパレルでジン3機を血祭りに挙げつつ怒鳴りつけてくるフラガにアウルは露骨に嫌な顔をする。
「はいはい。全く、それにしてもスティングやステラはよく我慢出来るよな」
『命令だからな』
『ムウの命令だから』
「……はいはいはい、分かりましたよ、分かりました」
ちなみにフラガに統率された三人組は、他の強化人間たちよりも大きな戦果を挙げた。
勿論、量産MSの活躍も見過ごせない。高い錬度を誇る彼らは素人同然のザフト軍パイロットが操るMSを鴨のように容易く撃墜して艦隊の進路を
確保していく。そして進路を確保した艦艇は、自分の進路上にあるプラントに次々に砲撃を浴びせる。しかしながら、彼らは手当たり次第に
攻撃しているわけではない。彼らはプラントのインフラ施設などを集中的に狙っていたのだ。特に採光ミラーは農業生産に必要であり、これを破壊
されればその修理のために多大な労力が必要となる。本来ならプラントごと破壊すれば良いのだが、それだと被害が大きくなりすぎるのだ。
「ピンポイント攻撃をしろ、とは上も無茶を言いますね」
「仕方あるまい。下手にプラントごと潰したり、犠牲者を出せば穏健派が騒ぐ。他にもプラント利権を持っている連中も煩い」
参謀長の不満をなだめるようにハリンは続ける。
「連中は戦前のようにプラントを植民地にして甘い汁を吸いたいのだ。そんな連中から見れば宝の山であるプラントの破壊は許容できるものでは
ないのだろう。それに………我々としても多少は『仕事』があってほうが良いだろう?」
「……まあそれは確かに」
「人間には敵がいるのだよ」
彼らが乗るアークエンジェル級戦艦サンダルフォンは、目の前にいる敵部隊にバリアントやゴットフリートを浴びせて撃破していく。その爆発光が
サンダルフォンのブリッジを照らす。そこには破壊と殺戮を振りまきながらも、心底楽しそうにいる男の顔があった。
一方、セラフィムではミナカタ艦長がザフトが余りに簡単に突き崩されていくのを見て、渋い顔をしていた。
「……艦長、どうしたのですか?」
副長が不可解な表情で尋ねる。
「……これは戦闘などではない。単なる虐殺だ」
「ですが楽に勝てるほど良い事はないのでは?」
「それは分かっている……分かっているのだ。相手は憎きザフトであることもな、いやだからこそか」
彼は自分達を今まで苦しめてきたコーディネイターがあっさりやられていく事に違和感を感じていたことに気付いたのだ。
(所詮、コーディネイターも訓練をしなければナチュラルを越えることは出来ない、そう言うことか)
ブルースウェア主力艦隊は、圧倒的火力を叩きつけながら前進していく。立ち塞がろうとするプラント守備軍はまるで砂の城のように良い様に
突き崩されていく。奇襲を受けて浮き足立っていたこと、さらに錬度の高い部隊が軒並み前線に出向いていたことがこの状況を招いたのだ。
だが体勢を立て直せば、ザフト軍がブルースウェア主力艦隊を殲滅するのは決して不可能ではない。ここはザフト軍の中枢であり、多数の基地
が存在するのだ。錬度は兎に角としても予備兵力は段違いだし、補給能力や整備能力については艦隊とは比べ物にならない。
幾ら今現在の所、ザフトを押しているとはいえ、ブルースウェア主力艦隊は所詮は1個艦隊程度に過ぎないのだ。
長期戦になれば勝ち目が無いのはブルースウェアのほうなのだ。そしてそのことを理解しているパトリックは何としても敵艦隊を潰そうとする。
「ヤキン・ドゥーエからの増援を出せ。何としても敵艦隊を撃滅しろ!!」
パトリックとしては、唯でさえ負け戦が続いているのに、ここでプラント本国を良い様に攻撃され被害を出したとなれば彼の政治生命は危機的な
状態に置かれる。ヤキン・ドゥーエの指揮官やプラント本国防衛隊の指揮官をスケープゴートにしてしまえば問題は先送りできるかもしれないが
今までの負け戦のことを考えれば、彼の権威が大いに傷つくことは間違いない。
(こんなところで終わりはせん。いや終わらせはせん!!)
パトリックはそう心の中で呟き、闘志を燃やす。そして彼と同様なことを思う人間もいた。
「このまま好き勝手にやって帰れると思うな!!」
ハイネが乗るジャスティスは、プラント守備軍を良い様に蹂躙するトライデント部隊に襲い掛かる。彼はトライデントの弾幕を巧みに回避して
接近に成功すると、近距離からビームライフルとフォルテリス・ビーム砲、さらに機関砲を浴びせる。
高出力のPS装甲も、これだけの火力の集中砲火を浴びては堪らない。装甲に次々に穴が開き、炎が出始める。しかしそれでもなお、トライデント
は落ちない。
「なんて堅さだ!」
しかしこれまで無敵を誇っていたトライデントが深手を負ったのを見て、ザフト軍の士気は否応にも高まる。
「いいか、こいつらだって無敵じゃあない! 数はこちらのほうが多いんだ。戦線は支えられる!!」
ハイネはそう言って友軍を鼓舞すると、友軍機が撃破されて少し狼狽しているトライデント部隊、そして外周部の防衛ラインを突破してきた
連合軍MS部隊に攻撃を仕掛けた。
プラントが地球連合軍艦隊の攻撃を受けているとの情報は進撃中のラクスたちにも届けられた。
「プラントが?」
「はい。40隻程度の艦隊が出現し、プラントに猛攻を浴びせているとのことです」
エターナルのブリッジで、ラクスはダコスタの報告に顔を顰める。間に合わなかったとの自責の念が浮かぶが、直ぐに思考を切り替える。
「……それにしても、作戦開始が予定よりも早いですね」
「恐らく作戦開始を繰り上げたのでしょう。ボアズが陥落した今、時間をおけばザフトが警戒を強めるのは間違いないですから」
「確かにそうですね。それにしても、まさか、ボアズがたった1個艦隊の手で陥落させられるとは思ってもいませんでした」
「バーク司令は連合でも指折りの指揮官と聴きます。恐らく何らかの奇策があったのでしょう」
「彼がこちらよりの人物だったらよかったのですが………」
戦力が少ないラクスとしては、優秀な指揮官は一人でも欲しいのが本音だった。バルトフェルドは優秀ではあるが、それでも一人しか優秀な
指揮官がいないのは心もとないものなのだ。尤もそれが無いものねだりに過ぎないことはラクスも判っていた。
「プラントに急ぎましょう。このままでは手遅れになります。プラントの強硬派を排除しても、プラントが滅ぼされては意味がありません」
かくしてエターナルを中心とした不正規艦隊はプラントの宙域に向かう。
連合軍、ザフト、そしてラクス軍と呼ばれることになる軍事組織の戦いが始まろうとしていた。
あとがき
お久し振りです。earthです。3月中に書くといいながら遅くなって申し訳ございません。
就職は無事に決まりましたので、これからは何とかペースを回復できると思います。33話は来月には掲載したいと思っています。
ある提督の憂鬱は……もう少し時間が掛かりそうです。いえ、当時の日本の工業力の低さを見るとどう足掻いても(汗)。
え〜拙作ですが、最後まで読んでくださりありがとうございました。第33話でお会いしましょう。