ボアズで第7艦隊を中心とした連合艦隊とザフト艦隊が激しい戦いを繰り広げている頃、ブルースウェア主力艦隊はボアズを迂回してプラント

本国のあるL5に向かっていた。そんな彼らでもボアズ方面で戦闘が開始されたことは、通信傍受などで知ることが出来た。

「さすがは闘将バーク。派手にやっているようだな」

オペレーターから報告された通信量の多さから、ハリンはボアズで相当派手な戦闘が起きていることを悟った。このバークの意見に幕僚達も

頷いて見せる。

「はい。連合艦隊将兵に感謝しなければいけません」

「そうだな。これだけ派手にやりあうとなると被害も大きくなる……我々は彼らの献身的な役割に答えなければならない」

ハリンはそう呟くと確認するように参謀長に尋ねた。

「プラント本国には取り立てて不審な動きは無いのか?」

ハリンが最も気にしているのは、まさにその点であった。幾らブルースウェア主力が抜きん出た戦力を有しているとしても、単独でプラント本国を

攻略できる能力は無い。仮に相手が準備万端の状態で待ち伏せしていては全滅もあり得る。

「ザフトは動かせる戦力の多くをボアズに差し向けているようです。かなり無茶な工期で艦艇を送り出していたとの情報もあります」

プラント各地に潜入している諜報員は、ありとあらゆる場所で情報を収集している。その中でも、ドック施設関係者や各種生産施設は重点的に

情報収集が行われている。尤も彼らの多くは施設に侵入するような危険は犯さない。むしろ日頃の生活で気が緩んでいる関係者から巧みに情報を

仕入れるのだ。一人一人が仕入れる情報は多くは無いが全ての情報を総合すれば、全体像が見えてくる。

「と言う事は、ザフトにはこちらの情報は漏れていないと?」

「そう断言することはまだ出来ませんが、今までの分析から判断すれば、彼らに情報が漏れた可能性は高くは無いでしょう」

参謀長の意見に、作戦参謀は同意するように言った。

「プラント本国は比較的手薄と考えられます。これが恐らく最大のチャンスでしょう」

「そうだな……参謀長、『あれ』の準備は?」

「整っています。あとはポイント・NKに到着するのを待つだけです」

「わかった」




 ボアズで激戦が繰り広げられ、ブルースウェア主力艦隊がプラント本国を目指して進撃しているころ、地球では様々な思惑が蠢いていた。

これまでの戦局から地球連合の主導権を実質奪われてきた感のあるユーラシア連邦と東アジア共和国は、ほぼ勝ち組みが決定した大西洋連邦と

連携を深める事で連合内部での影響力を確保しようとしていた。

「まさかハイペリオンの設計図をこの目で見る事になるとはね……」

アズラエルは執務室の机のモニターに映し出されるユーラシア連邦製MS・ハイペリオンの設計図を見ながら意外そうな声で呟く。

「まあ、すでにMSの完全な自主開発を諦めたってことだろうね。まあ完全な自主開発は金が掛かりすぎるし当然かな」

ユーラシア連邦はハイペリオンに積み込んだユーラシア連邦製の新技術と引き換えに、大西洋連邦からMSの心臓とも言える小型のバッテリーや

OS、特に次世代MSに搭載するタイプの提供を申し込んでいた。さすがにOSなど重要軍事機密と言えるものは渡せないものの、ハイペリオン

に使われた技術を入手できるのならある程度の技術提供をしたほうが良いとアズラエルは考えていた。

(連中にもある程度は甘い餌を与えて置かないといけないしね……)

利益を確保することは重要だが、譲歩するべく所はしなければならない。全て総取りなどと云う事をすれば反発は必至だ。

(それにユーラシア連邦は比較的弱体化しているから、そうそうMSを大量に配備する事なんて出来ないだろうし)

この戦争でユーラシア連邦は重要都市が多数ある西欧に多大な損害を被り、さらに黒海沿岸など重要な資源地帯でも多大な被害を被った。

さらにユーラシア連邦は虎の子だったビクトリア宇宙港のマスドライバーまで失っている。これらの再建には長い年月と莫大な資金が必要だ。

東アジア共和国は重要都市の上海や北京などは酷い損害を受けてはいないが、長期の戦争による経済負担とNJによるエネルギー不足、さらに

力ずくで押さえ込んできた少数民族の反発が高まりで国内は少しずつ混乱しつつある。大西洋連邦も気をつけなければお膝元と言える南米で

好ましからざる騒動が起こる可能性がある。史実では連合の力が弱体化した途端に南米独立戦争が勃発したことを知るアズラエルにとっては頭の

痛い問題だった。

(やっぱりこの戦争は早めに終らせないと。まあ国防産業連合も歴々も、もうそろそろ十分に利益を得ただろうし、引き際だと言えば納得して

 くれるだろう…と言っても全てはハリン達の活躍次第だな。それにしても……)

アズラエルは心底疲れきった表情で溜息を吐くと、過労で倒れる寸前の中間管理職の40代中年男を連想させるような声で呟いた。

「最近はストレスが溜まる事ばっかり……フェイタルアローが無事に終ったら人間ドックに行くか、有給を取ってゆっくり休みたい」

人前で中々弱音を吐くことが出来ない権力者の呟きは、誰にも聞かれること無く部屋の中に消えて行った。






                 青の軌跡 第31話





 連合軍第7艦隊の猛攻によって数をすり減らしたザフト艦隊を救い出すべく、ボアズから慌しく増援部隊が出撃しようとしていた。バークは

この様子を察知しながら、さらなる攻勢に出るべく矢継ぎ早に指示を出す。

「第3、7戦隊に敵陣形中央のナスカ級3隻を牽制させろ。その隙に第1MS大隊を使ってアンソン隊とロンメル隊を回り込ませる」

「了解しました」

アークエンジェル級戦艦、準アークエンジェル級戦艦が配備された第3戦隊と第7戦隊の火力は第7艦隊において他の部隊の追随を許さない。

この2隻に火力で対抗できる戦艦はザフトには存在しない。速度ならナスカ級でも対抗出来るが、他の面では追随を許さない。

「第11、第16独立部隊の位置は?」

「それぞれ作戦通りに展開しています。今の所、両艦隊が発見された痕跡はありません」

この回答にバークは薄くと笑う。

「歓迎会の準備は万端と云うことだな」

「はい。コーディネイターどもに、プロの軍人の意地を見せてやりましょう」

バークの命令を受けた第3戦隊と第7戦隊は、ザフト艦隊の中心に展開していたナスカ級3隻に対して砲撃を集中する。ザフト艦隊の中心部だけ

あってビーム撹乱幕が濃く、さらに反撃も強いために大した有効弾を与えることは出来なかったが、艦隊の中心的存在であり、さらに艦隊旗艦を

兼ねている艦に攻撃を受けた事でザフト艦隊の動きがやや鈍る。加えて中心部の艦艇は、被害が少ない事を利用してMSの補給を行っていたので

その補給作業が妨害されたこともザフト艦隊にとってはマイナスであった。

「敵の動きが鈍ったな。アンソン隊とロンメル隊のケツを叩いて、敵艦隊後方に回り込ませろ。時間は無いぞ」

バークに言われるまでも無く、アンソン隊とロンメル隊は全速力でザフト艦隊の後方に回りこもうとしていた。この2隊はともに駆逐艦と巡洋艦

から構成された部隊であり、その足は非常に速い。

「機関が焼ける寸前まで出力を上げろ! まだ速度は出るはずだ!!」

駆逐艦の扱いに関しては連合でも指折りとされるアンソンは、管制コンピュータの警告音に悲鳴を挙げる機関長に命じて速度を上げさせる。

『ですが、これ以上は!』

「その程度で壊れるほど、この艦は柔じゃないだろう!」

そう言うと、アンソンは通信を切って指揮に集中する。

「敵は?」

「敵艦隊がこちらの動きに気付いた模様です。ローラシア級3隻が迎撃に向かっています」

「3隻もか?」

アンソンはこれには些か驚きを隠せなかった。当初は40隻程度が存在したザフト艦隊はすでに30隻を切るまでにすり減らされている。

逆に第7艦隊は未だに50隻以上の艦が戦闘可能であり、戦力比は3対5、いや実質は1対2まで広がっている。この現状で別働隊を迎撃する

ために部隊を割けば各個撃破される可能性さえある。

「……恐らく、増援が来れば問題ないと思っているのでしょう」

一瞬思考を張り巡らせた後にアンソンは参謀の言葉に頷く。

「では、ここであの3隻を撃破しておけば今後の展開が楽になるということだな」

アンソンはそう言うと、MS隊の発進を命じる。

「MS隊でローラシア級と敵MS隊の動きを牽制させろ。第1MS大隊にも支援を要請しておけ」

「その内に我が隊は奴らの懐に突撃と?」

「そうだ。水雷戦隊の本懐だろう?」

オイオイと突っ込みをいれる間もなく、MS隊を発進させたアンソン隊は突撃を開始する。仮にローラシア級の主砲の直撃を受ければ、駆逐艦

は轟沈、巡洋艦でも当たり所が悪ければ同様だ。だが確実に対艦ミサイルを命中させるには距離を詰める必要がある。誘導ミサイルが健在なら

こんな危険を冒す必要はないのだが、現在はNJによって精密誘導が難しいので彼の選択は仕方がないものと言えた。

「安心しろ。そう簡単に当たらせはしない」

不安がる部下に向けて彼はそう言い切ると、連合指折りの指揮能力を持って彼は巧みに戦隊を動かす。彼は指揮下の艦長達の操艦の癖を考慮し

て次々に指示を出したのだ。その動きはまるで計算された機械のような動きであり、その戦場にいた者は驚嘆を隠せなかった。

「すごいわね、アンソン大佐は」

アンソン隊を支援するためにやってきていたシアは、アンソンの指揮振りに舌を巻き、彼女の部下もこれに同意する。

『はい。人材が払底気味の連合において、非常に稀少な軍人と言えるでしょう』

「彼をこっちに引き込めるかしら?」

『分かりません。大佐はどちらかといえば中道派なので……』

「残念ね……まあ良いわ。今は、こちらの仕事を片付けるとしましょうか。敵MSがいるとアンソン隊の突撃が難しくなるし」

シアはそう言うと105ダガーを敵のMS部隊に向けて突進させる。3機のゲイツがこちらに気付く前に彼女は次々にビームを放つ。105ダガー

とザフト軍MSの距離は、控えめに見積もってもビームの有効射程ギリギリと言える距離なのだが、彼女は面白いように命中させていく。

「な、なんだっ!?」

「何処から撃って来やがった!?」

近くにいた3機のゲイツが撃破されたのを見た他のMSのパイロット達は慌てて周囲を見渡して犯人である105ダガーを見つけ出した。

「畜生、お前が!!」

3機のゲイツが報復とばかりにビームを撃つが、彼女の操る105ダガーは巧みに全弾を回避してみせる。

「そんな頭に血が昇った状態で撃っても当らないわよ、お馬鹿さん〜」

そう言ってシアはザフト軍パイロットを嘲るが、この場合はシアのパイロットとしての操縦技能が隔絶しているからこそ当らないのであって

他のパイロットだったら1、2発は直撃を受けている。

「ば、化物か、こいつは!!」

シアが聞いたら、さぞがし機嫌を損ねるようなことを喚きながらもザフト軍パイロットは、彼らの得意な格闘戦に持ち込もうとする。

「ふふふ、馬鹿の一つ覚えね」

だが彼女は、格闘戦の誘いなどには乗らない。彼女は巧みに機体を操りゲイツから距離を取る。ゲイツはさらにスピードを上げて彼女のダガーに

追いつこうとするが、それこそ彼女の思う壺だった。

「それじゃあ、バイバイ」

接近して来たゲイツは、シアのバックアップをしていた彼女の部下達のダガーの弾幕に捉われ、哀れにも爆発四散した。

「コーディネイターって、ひょっとして知恵が無いのかしら? それに血も昇りやすいし」 

そう嘲笑うかのように言うと、彼女は他の獲物を狩るべく機体を翻した。




 ザフト艦隊の両翼で激戦が繰り広げられている頃、アンソン隊とロンメル隊が抜けたことで第7艦隊の対空火力は減少していた。ザフト艦隊は

これを好機として、中央で攻勢に出ることを決意する。

「敵は兵力を分散した。これは好機だ!」

ザフト艦隊司令官はそう断言すると、予備のMS部隊をつぎ込んだ反撃を命じた。戦力差が歴然としている現在、この機を逃せば包囲殲滅される

と彼は判断していたのだ。尤もこの時、彼には防御に徹して増援を待つと言う選択肢も与えられていたのだが、増援が来る前に少しでも連合軍に

打撃を与えておきたいとの考えが、彼を積極的にした。

「敵防空ラインを突破して、敵空母を粉砕しろ! ナチュラルどものMSも空母を叩けば静かになる!!」

「了解しました」

ザフト艦隊が中央で攻勢に出ようとしているとの情報は、即座に第7艦隊旗艦ワシントンに届けられた。

「ザフトが?」

「狙いは、このワシントンと、空母群でしょう。我々を叩けば第7艦隊の戦力はがた落ちですから」

バークは参謀長の言葉を聞いて僅かな間考え込む。

「……参謀長、第5戦隊と第11戦隊の間に回廊を空けておけ。それと第9戦隊をワシントン正面に配備」

「彼らを誘い込むと?」

「そうだ。例の新型防空艦のお手並みを拝見するよい機会だろう?」

バークは薄く笑いながら言うと、宙域図を睨んだ。バークの命令によって艦隊の陣形が再編された直後に、ザフト軍MS大挙襲来との報告が艦橋に

飛び込んだ。しかしそれを聞いてもバークは眉一つ動かさずに、心底楽しそうに呟く。

「コーディネイターよ、覚えておけ。ナチュラルと言うのは狡猾で、しぶとく、意地汚いのだ」

バークの呟きなど知る由も無く、ザフト軍MS部隊は兵力が分散した結果、薄くなった第7艦隊の防空網を強引に突破しようとしていた。

対艦兵器を装備したジンが第7艦隊の艦艇に次々に攻撃を加えて沈黙させ、ゲイツが迎撃に来たダガーを撃破していく。勿論、ザフト側も無傷と

言うわけではない。連合軍の決死の応戦で少なからざる数のMSが撃破されている。だがこのときの彼らには勢いがあった。

「この隙に突き進め! 狙いはナチュラルの空母だ!!」

ザフト軍MS隊は防空網に開いた穴に向けて次々に殺到する。これに対応しようとした連合軍部隊もいたが、あまりのザフト軍の進行速度に対応

することが難く、結果として多くのMSに突破を許してしまう。

「ゲイツ8機、ジン16機が前衛艦隊の防空網を突破しました。このままでは45秒後に第9戦隊と接触します」

「やはり阻止は無理だったか……ふむ、参謀長、空母群に連絡してコスモグラスパーをこちらに寄越すように伝えろ」

バークの言葉に参謀長は顔を顰める。

「MAではMSには勝てないと思いますが……」

「性能だけで戦局が決するわけではない。ようは使い方だ。だいたい税金で作った兵器を効率的に使わなくては納税者に顔向けできないだろう?」

バークの命令を受けて、コスモグラスパー12機が向かったとの報告と同時に、第9戦隊とザフト軍MS部隊が接触したとの報告が入る。

「さて、新型防空巡洋艦の実力、見させてもらうぞ」

第9戦隊は、アトランタ級防空巡洋艦3隻から構成される部隊だ。元々地球連合宇宙軍の正規艦隊は戦艦と駆逐艦で構成されていた。だがMSと

言う新たな兵器の前に本来戦艦など大型艦を守るべき駆逐艦があっさり撃破され、最終的に艦隊が維持できなくなると言うことが相次いだこと

から従来艦艇の対空能力を強化する作業と並行して、対MS戦闘に長けた新型艦の開発を行った。そしてその果てに完成したのがアトランタ級だ。

これまでの対MS戦闘で得られたすべての教訓を取り入れた画期的な新型防空艦であると、連合軍艦政本部は太鼓判を押しており連合軍にとって

は切り札ともいえる艦だった。勿論、そんなことをザフト軍は知る由も無い。

「何だ、あの船は?」

ザフト軍パイロットは、敵艦隊の旗艦の前に並ぶ見慣れぬ船を見て眉を顰めるが、これまでの戦闘で幾多の連合軍艦艇を沈めた猛者達はMSの

護衛も無い状態で自分達に立ち塞がる3隻をあざ笑う。

「ナチュラルって奴は、どうかしているぜ。こんなところに3隻も新型艦を置くなんて」

「まあついでに撃破していこう。後ろから撃たれたら面倒だしな」

余裕綽々と言った態度で、第9戦隊に接近していくザフト軍MS部隊。だがそんな彼らは直後に信じられない光景を目にする。

「何?!」

突然、三隻から信じられない程の大量のビームが離れたのだ。慌てて回避しようとするものの間に合わず何機かが砲火に捕まる。

「うわあああ!!」

悲鳴と共に2機のゲイツと5機のジンが爆発する。

「何?!」

「連中、山ほど対空砲を積んでやがる!!」

「全機分散しろ! 纏っていたら的になるだけだ!!」

レーダーが利かない状態なら、まだ勝ち目はある。そう判断した彼らは四方から高速でアトランタ級に迫る。彼らの経験から、幾ら新型艦でも

一旦懐にもぐりこまれれば脆いはずと判断したのだ。しかし彼らの予想とは別に、近距離になればなるほど攻撃の激しさは増していく。

「馬鹿な、この新型艦は化け物か!!」

「熱い! 熱い!!」

「こちらグリード、被弾した! 助けてくれ!!」 

次々に撃破されていくザフト軍MS。慌てて反転したおかげで生き残ったMSのパイロットたちは呆然となった。

「何故だ、何故、あの船は……」

近距離で連合軍艦艇が脆かったのは連合軍の戦闘艦艇の兵装が砲塔式で、至近距離では旋回が間に合わないためだった。だがアトランタ級は

その欠点を克服するために別の方式で対空兵器を装備したのだ。

「コーディネイターどもめ、我々がいつまでも同じやり方で戦うと思ったのか」

アトランタ級巡洋艦『ジェノー』の艦長はそう言って、これまでのやり型どおりに突撃してきたザフト軍パイロットをあざ笑う。

「艦長、コスモグラスパー隊が到着します」

「そうか。全機を撃墜することも出来るが……まあ多少は連中にも美味しいところを分けてやらなければな」

艦長がそう言うや否や、12機のコスモグラスパーが辛うじて生き残ったザフト軍MSに彼らの背後から襲い掛かる。ザフト軍MSからみれば

新手の敵が弱敵であるMAとは言え、驚異的な防空能力を持つ新型艦と挟み撃ちにあったのだ。溜まったものではない。

さらに生き残ったMSも少なくない損傷を被っており、万全とは言いがたい状態だった。前後から攻撃を受けた彼らはMSの本来の持ち味である

機動性を封じられたまま、次々に撃墜されていった。そして数分後、すべてのザフト軍MSが撃墜されたことが確認される。

「防空網を突破してきた敵機の全滅を確認しました」

報告を受けたバークは第9戦隊の能力を見れたこともあってか、非常に満足げに頷く。

「かなり使えるな。あの新型対空砲は。生きて帰ったら従来艦にも配備するように上申しておくべきだな」

アトランタ級に配備された対空ビーム砲『ゴールキーパー』は固定型CIWSユニットと呼ばれているもので、これはユニット化されたビーム砲を

ポット苗のように船体に設置。発射時にユニット内部に設置したフォビドゥンのフレスベルグの小型版でビームの歪曲誘導を行い目標に当てる

というものだ。固定式のため目標への指向時間が無く、より多目標への対応ができ、さらに従来のイーゲルシュテルンより可動部が少ないため

故障率の低下、整備の簡略化がはかれると言う利点を持っている。

「さて、敵は先の攻撃でスタミナが切れた。一気に攻勢に出るぞ」

バークのいう通り、予備兵力をつぎ込んだザフト軍の攻勢は大失敗に終わり、貴重な予備兵力を消耗しきってしまった。これはザフト艦隊に

後詰めのための兵力がないことを意味している。ザフト艦隊司令部は顔面が蒼白の状態だろう。

「第3戦隊、第7戦隊を前面に押し出して攻勢をかける。諸君、ここが攻め時だ!」

予備兵力を失ったザフト軍に対して、第7艦隊は中央部で容赦の無い攻撃を開始する。現時点で数でザフト軍を圧倒していた第7艦隊は断続的な

波状攻撃を繰り返してザフト軍に絶え間ない消耗を強いた。予備の無いザフトは部隊を満足に交代させることが出来ず、次第に戦力を枯渇させて

いった。そしてそんな彼らにさらに追い討ちをかけることが起こる。そう両翼で進撃していたアンソン、ロンメル隊がついに戦線を突破してザフト艦隊

の後方に回りこんだのだ。






 シア達の奮闘もあってか、アンソン隊は立ちはだかっていたローラシア級3隻に向けて、近距離から大量のミサイルを放つことに成功した。

近距離から放たれたミサイルを全て撃墜できるわけがなく、ローラシア級3隻は次々に撃破され、アンソン隊を阻止する事に失敗した。

爆発炎上するローラシア級を横目に見ながら、アンソン隊はそのままザフト艦隊左後方に回りこむ事に成功。ほぼ同時刻にロンメル隊も右後方に

まわりこむ事に成功する。それはザフト艦隊が三方から包囲されたことを意味していた。

「全艦、総攻撃!! 一隻たりとも生きて帰すな!!!」

バークの命令と共に苛烈な砲火が三方位から次々に撃ち込まれ、ザフト艦隊は文字通り袋叩きにあった。このままでは増援が来る前にザフト艦隊

が全滅しかねない危機的な状態と言える。紅蓮の炎の中に沈んでいくザフト艦隊を見ながら、バークはボアズの様子を尋ねる。

「敵の増援は?」

「先ほどボアズを出撃。突撃陣形を組んでこちらに向かっています。進撃進路はほぼこちらの予想通りです。接触は10分後です」

「飛んで火にいる何とやらだな」

バークはブリッジのメインモニター上の宙域図に表示されているザフトの増援部隊の位置とその予想進路、自軍の位置関係を一瞬で把握すると

即座に命令を下す。

「第11独立部隊に少なくとも40分は敵増援を足止めするように命じろ。その内に目の前の艦隊を殲滅する」

ボアズから急行していたザフトの増援部隊は20隻から構成される艦隊だ。彼らは無様にも包囲殲滅の危機に立たされた味方艦隊を救うために

最短コースで進撃を続けていた。

「ナチュラルごときに何を苦戦するというのだ。さらに同数でここまで劣勢にされるとは」

増援部隊司令官は、苦戦する部隊の指揮官を詰る様に呟く。これを聞いた部下が艦隊司令官を庇うように言った。

「相手は、地球軍最強の第7艦隊との話です。それに新兵器も投入していたようですから……」

部下の言葉に司令は溜息をつく。

「戦争初期は5対1でも互角に戦えたと言うのにな……」

圧倒的少数だったザフトが戦場で有利に立てたのは、MSと云うアドバンテージを持っていたからに他ならない。だが最近は地球連合軍もMSを

保有するようになり、そのアドバンテージは消滅。最近ではザフト軍を上回る性能を誇るMSさえ戦場に投入してくる始末だ。

量で負け、質でも負けるようになればザフトに勝ち目は無いことは明らかだった。

「ジャスティスとフリーダムを持ってこれればよかったのだが……奴め、臆病にも程がある」

司令はそう言ってフリーダムとジャスティスを手放さなかったローゼンバーグを詰る。彼としては味方を助けるために切り札ともいえるあの2機を

寄越せと要塞司令部に申し込んだのだが、ローゼンバーグは要塞を守る為に彼らが必要だと言って手放さなかったのだ。

「ここで使わずに、いつ使うというのだ!」

だがここで文句を言っても仕方が無いと思い直し、司令は第7艦隊のアンソン隊を後方から攻撃することで包囲網を突き崩し、友軍を救出する

べく動き出す。だがその直後、信じられない報告が彼の耳に飛び込んだ。

「か、艦隊3時の方向に敵艦多数出現!!」

「何?! 馬鹿な、センサーは何を……まさかミラージュコロイドか!!?」

だがさすがに司令を務められることだけあって、彼は即座に第11独立部隊がどうやって側面をついたのかを理解する。そしてそれは正しかった。

バークはブルースウェアが作り出したミラージュコロイドによる奇襲作戦をこの戦いで用いたのだ。ザフトはこの度、アルテミスを陥落せしめた

方法で意趣返しをされたと言える。

「艦隊、回頭右90度、迎え撃つぞ!!」

だがザフトが動く前に、いち早く連合軍が動く。敵の側面をついた第11独立部隊は、このチャンスを逃すことなく全力射撃を叩きこんだ。

戦艦3隻、駆逐艦9隻、特設空母3隻、工作艦4隻から構成される第11独立部隊は増援艦隊に対して決して優勢とは言えない戦力ではあるが

敵の側面からの奇襲と云う状況が、彼らを一時的に優勢にしていた。

増援艦隊が連合軍の伏兵に捕まり、主力艦隊は第7艦隊に包囲殲滅される寸前……ザフト軍にとって状況は最悪を通り越して危機的状態だった。

しかし彼らにとっての災厄はまだ終らない。バークは増援艦隊の足止めに成功との報告を受けると、彼が練ったボアズ作戦における最終幕を

開始する事を命じた。

「第16独立部隊に『扉は開いた』と打電しろ」

「了解しました」





 第16独立部隊司令官・スコットは『扉は開いた』との電文を受け取るや否や、即座に作戦開始を命じる。

「いよいよ、俺達の出番だ! 下手なミスをした奴は、基地に帰って24時間耐久訓練だぞ!」

彼は部下達にそう言って激を飛ばす。

「よし、ミラージュコロイド解除後! 全艦全速!!」

スコットの命令によって第16独立部隊を覆っていたミラージュコロイドが解除され、ボアズの目と鼻の先に姿を現す。そして彼らは全速でボアズ

に向かって進撃する。本来ならミラージュコロイドで隠れたまま接近したいのだが、これ以上近付けば熱源探知で気付かれる可能性があった。

ミラージュコロイドを張ったまま進撃するよりは、戦闘隊形をとって進撃したほうが良いと彼は判断したのだ。

「ブリッツ隊に、敵MS発進口と対空砲の爆破を命じろ」

「了解しました」

第16独立部隊の出現に慌てたのは、ボアズ司令部だった。要塞駐留艦隊が壊滅していくと言う最悪の状況の中で、突然として新手の敵艦隊が

現れたことに恐慌状態に陥っていた。ローゼンバーグは切り札の投入を決める。

「フリーダムとジャスティスを出せ! 何としても接近を食い止めろ!!」

だが彼らの処置はすべて手遅れであった。慌てて発進させようとしたフリーダムとジャスティスは、MS発進口に突如として姿を現したブリッツの

ビームライフルによって、身動きが殆ど取れない状態であっさりと撃破される。しかも核エネルギー動力機であったこの2機が破壊されたことで

2つの機体が搭載していた原子炉がメルトダウンを起こし、ボアズ内部で深刻な放射能汚染が発生したのだ。

「畜生、技術部の連中は何を考えて、あんな機体を作ったんだ!!」

緊急報告が次々となだれ込む司令部の中で、呪の言葉を吐く司令部要員達。だが彼らにとっての災厄はまだ終らない。第16独立部隊が要塞に

向かって突撃してきたのだ。彼らは何とか迎撃しようとするが、ブリッツにMS発進口を悉く潰され、対空砲も隕石攻撃で半減させられ、さらに

先ほどの核エンジン搭載機のメルトダウンによる混乱のせいで満足な迎撃ができなかった。

「戦艦ミシシッピを突入させろ」

スコットの命令と共に、1隻の戦艦がボアズのドック入り口に向けて突進する。この戦艦こそがボアズに対する最後の攻撃だった。戦艦では

到底考えられないほどの速度で突撃して行くミシシッピ。何とかザフト軍はミシシッピを撃破しようとするが、第16独立部隊がそれを阻む。

「無人戦艦をボアズに突入させるなんて、何とも無茶な戦術だな」

スコットは無人で突き進むミシシッピを見ながらそう苦笑する。実は彼の言う通り、ミシシッピは無人であり、自動操縦で動いていたのだ。

「西暦では要塞を封じ込めるのに旧式の船を沈めて、要塞の出入り口を封鎖する作戦もありましたが、まさかこの御時世に同じ事をするとは」

幕僚の一人は、そう言ってスコットに同意する。だが彼らとしてもこの戦術が成功すればボアズを当分は使い物にならなくすることが出来るので

その必要性と重要性は理解していた。ボアズの機能を奪えば、ザフトの勢力圏は一気に後退する。そうなればザフトは地球とプラントの通商路を

維持することが出来なくなるだろう。それは無資源国家であるプラントにとっては致命的になる。

「まあ戦争の趨勢を決める作戦に選ばれただけでも、光栄と思わないと罰が当るな」

彼がそういった直後、少なからざる損傷を被りつつも、ついにミシシッピはボアズの宇宙船ドックに突入した。この戦艦は内部に存在する様々な

構造物と衝突しながらも、戦艦特有の厚い装甲で要塞内部に入り込む。そして……その僅かな後、その使命を果たした。

ミシシッピの艦内に設置された多数の弾薬は順次爆発を起こし、ミシシッピを内部から破裂させる。これに推進用の燃料の誘爆も加わる。

眩いばかりの閃光が要塞内部で発生した直後、すべてを薙ぎ払うかのような爆風と衝撃が要塞内部を駆け巡った。要塞のあちこちに置かれた

出入り口から炎が吹きでて、要塞の様々な場所で亀裂が走り、破片が飛び散る。それはボアズ要塞の断末魔の悲鳴であった。

「勝ったな」

バークはそう言うと、目の前にいる艦隊の殲滅を急がせる。と言っても目の前のザフト艦隊はボアズの惨状を見て、半ば士気を喪失しており、これ

までの消耗も相成って、もはや艦隊といえる存在では無くなっていた。実際に単独で逃走を図ろうとする戦艦もいる始末だ。

「士気を喪失したか、だが手を抜いてやる理由にはならない」

かくしてボアズ宙域で、苛烈な殲滅戦が行われることになる。





 かくして数時間後、ザフト軍が誇った宇宙要塞ボアズは単なる石ころと化し、駐留艦隊も全滅した。

80隻近く存在した宇宙艦隊と展開していたMSが全て失われたばかりか、制宙権の要とも言えるボアズが消滅したことは国力で劣るザフト

にとって致命的損害と言えた。だが彼らの不幸はまだ終らない。次の災厄が、彼らの生存の地であるプラント本国に迫っていた。











 あとがき

earthです。お久しぶりです。

青の軌跡第31話をお送りしました。さてボアズ要塞が実質陥落しました。ザフト宇宙軍は大打撃です。

尤も第7艦隊も結構、被害を受けてはいますが……まあ得られた戦果に比べれば十分許容範囲でしょう。

次回はついにブルースウェアによるプラントへの殴りこみです。ついにでにラクスたちも出ると思います。

青の軌跡第32話で御会いしましょう。

それと、このたび登場した対空ビーム砲『ゴールキーパー』のアイデアを提供して下さった邦一さん、ありがとう御座いました。