アズラエルとマリアの会談の直前、L4メンデルのエターナルのブリッジで、ラクスはダコスタから聞いた報告に眉を顰めていた。
「プラントをブルースウェアが襲うと?」
「はい。マルキオ導師を経由したアンダーソン将軍からの情報では、アズラエルのごり押しでプラント本国への直接攻撃が決定されたそうです」
この言葉にラクスは深刻そうに呟く。
「いよいよ、彼らが、ブルースウェアが本性を現したのですね」
「はい。さらに地球軍は第7艦隊と独立部隊を動員して大規模な陽動作戦を行おうとしています」
ダコスタは端末を使ってが宙域図が映し出された机の上に、幾つかの光点を表示する。
「第7艦隊はボアズ、その他独立部隊はブルースウェアの後方支援を行うことになっています」
「ここまで大規模な作戦を行わせるとは………地球軍は事実上、ブルーコスモスに乗っ取られたということなのでしょうか」
「いえアンダーソン将軍が言うには、まだ軍内部には反ブルーコスモス派が多数存在し、それなりの勢力を持っているそうです。まだ巻き返しは
可能です」
この言葉にバルトフェルドは力強く言った。
「それならますます、この作戦をあっさり成功させるわけにはいきませんな」
この言葉にダコスタは頷く。
「はい。アンダーソン将軍も、ブルースウェア主力を叩くチャンスと言っていたそうです」
この言葉にバルトフェルドは獰猛な笑みを浮かべる。かつて砂漠の虎と呼ばれた男は体中に戦意がみなぎるのを感じていたのだ。
「連合の強行派を牛耳るブルーコスモスを弱体化させることが出来れば、戦争終結への道が見えてきます。この戦い、負けるわけにはいきません」
バルトフェルドはラクスに出撃許可を求めた。彼女は少しの逡巡の後、答えた。
「判りました。バルトフェルド隊長にお任せします」
「ありがとうございます」
ラクス達が出撃準備に取り掛かった頃、フェイタルアローの情報の一部をリークしたアンダーソンは、執務室で今後の展開について考えていた。
「これでラクス・クラインは動くだろう。うまくいけばアズラエルの私兵ともども消耗してくれるだろう」
彼から見ればラクスもザフトの一派だった。勿論、今のところは協力者だが、いずれは方針の違いによって相対することになると判断していた。
アンダーソンからすればラクスは使い捨ての駒に過ぎない。使い捨ての駒は、ここぞと言うときに使い捨てるに限る。
「ザフトは新しい要塞を失い、アズラエルはブルースウェア主力を失い、ラクス軍も相応の消耗を被る。勝利を得るのは連邦だけでよい」
ブルースウェア、ザフト、ラクス軍……3軍が激突するシナリオを書いたアンダーソンだったが、彼は自身が書いたシナリオの存在が察知されて
いることを、まだ知る由も無かった。
青の軌跡 第28話
アズラエル財閥の中枢であり、アズラエルの仕事場でもある執務室には、見た目は簡素であるがかなり高価な応接セットが置かれている。
アズラエルはその応接セットの黒い安楽椅子にマリアを座らせようとする。
「まあ、腰をかけてください。クラウス議員。こんなところで立ち話もあれですし」
ごごごごご、と効果音が聞こえてきそうな迫力を身に纏ってやってきたマリアの迫力に内心で気圧されたアズラエルだったが、今までの経験、
厳密に言えば苦労の甲斐あって、辛うじて精神を立て直していた。
「お気遣いありがとうございます。アズラエル理事」
「いえいえ」
そう言って、マリアを椅子に座らせると、アズラエルはテーブルを挟んで真向かいに座って秘書に紅茶を用意するように命じた。
「アールグレイを」
アズラエルは紅茶を用意するべく秘書が執務室から出て行くのを見て、徐に口を開いた。
「まったく、いきなりアポなしに来るとはどういうことです。こちらも忙しいんですよ?」
「もし、アズラエル理事がフェイタルアローについて事前に教えてくだされば、このようなことはならなかったと思いますが?」
マリアの刺々しい言葉にアズラエルは内心で苦笑した。
「……その点については、謝罪します。何しろこの作戦は機密保持が最重要なので」
「ですが、余りに動きが早すぎます……ブルースウェアの結成、そしてその部隊編成と作戦の発令……まるで最初から仕組まれていた、いえ、
ブルースウェア自身がこの作戦のために結成されたように思えます」
「………」
アズラエルは内心でマリアの情報収集力に驚愕した。彼はマリアの台詞から、彼女がブルースウェアの細かい編成について知っていると悟った。
ブルースウェアの編成については軍とBWG社の一部の人間しか知らないはずなのだ。
(おいおい、ここまで恐ろしい人物だったのか……)
アズラエルは改めて、目の前にいる人物の恐ろしさを知ったような気がした。アズラエルの驚愕を見抜いたかのように彼女は続ける。
「そもそも理事が私をブルーコスモスに呼び戻したのは殲滅戦への移行を防ぐためです。その理事が何故、殲滅戦の幕開けになりかねない作戦を
推し進めるのですか?」
フェイタルアロー作戦が成功すれば間違いなく数十万人の死者が出る。そうなればコーディネイターのナチュラルに対する憎しみは一気に増大する
可能性が高い。誰しも親しい人間、それも武器も持たない民間人を攻撃されたとなれば、それを実行した人間達に憎悪をもたずにはいられない。
「この作戦は、今後の対プラント交渉に悪影響が出ます。最悪の場合は、地球連合がプラントの殲滅を狙っていると取られかねません」
唯でさえ地球連合は緒戦で核兵器をユニウス7に撃ち込んで27万人余りの民間人を抹殺している。講和による戦争終結を目指すマリアとしては
交渉する機会そのものを失わせかねない作戦を認めるわけにはいかない。
「プラントが徹底抗戦の構えに出れば、ブルーコスモス過激派が復権するでしょう。そうなれば後はどうなるかお分かりでしょう?」
「今回の作戦が成功すれば、プラントにそんな気概はなくなりますよ」
アズラエルはマリアの台詞を聞いて、彼女にジェネシスの情報を伝えるべきかどうか悩んだ。ジェネシスの情報は最高機密であり、それを知って
いるのは、アズラエルとその側近、それに国防産業連合主要幹部と大西洋連邦首脳部のみ。そんな情報を独断で漏らすのは些か躊躇われた。
(さすがの彼女も、ジェネシスの情報は知りえなかったようだな。だがあっさりと最高機密をもらすのも拙し。かといって沈黙も拙い)
ここで黙っていればマリアの不信を買うのは確実であり、それは必ずブルーコスモス穏健派との不協和音の種になる。そう考えたアズラエルは
ジェネシスに関する情報の一部をマリアに教えることにした。下手に探りを入れられるよりかは、ある程度情報を与えておいた方が良い。
というより、これ以上剣呑な空気の中にいるのはアズラエルには耐えられない。
「まあこんな作戦を行うには理由があるんですよ」
「それは判ります。理事が単なるコーディネイターへの憎悪だけで、こんな大規模なことをするとは思えませんから」
そう言いつつも、下らない理由でこんな作戦を決行するとしたら、袂を分かつとその彼女の眼光が語っていた。アズラエルはその鋭い眼光に
気おされるのを感じた。
「ですが如何なる理由があったとしても通常のプラントへの攻撃は容認できません。その点については修正していただきたいのです」
彼女はあくまでも第一目標である要塞・ジェネシスやその他の軍事施設への攻撃に全力を投じるべきだと言い放つ。
「作戦案にあるように、プラントそのものを破壊するよりはよっぽど効率が良いと思いますが?」
「ですがプラント本国を混乱させるには、プラントそのものを攻撃するくらい派手にしないと、陽動として成り立ちません。それに今回の作戦は
プラントの戦意を失わせることも目的なんです。さすがに本国を攻撃されるようになれば、彼らも状況が判るでしょう」
「プラント本国への直接攻撃そのものが派手だと思いますが? それに下手に本国を攻撃すれば、逆にコーディネイターの団結を助けることに
なるのではないですか? ナチュラルへの憎しみがさらに戦争を継続させるかもしれないのですよ?」
無論、彼女の言われなくともアズラエルはそれを危惧している。それに彼自身、この作戦は気に入っていない。誰しも大量虐殺者の汚名を被り
かねない作戦にGoサインを出そうとはしないだろう。
(分かっているよ、そんなことは……)
アズラエルは内心で苛立ちを感じながら、何とかしてマリアを説得することにした。
(くそ、立場的には俺が上のはずなのに、何でここまで緊張しなければならないんだよ……)
だがブルーコスモス過激派を抑え、まともな戦後を迎えるには彼女の協力が必要不可欠であるのも事実だ。
アズラエルとマリアが作り出す雰囲気が一種の結界のように執務室を息苦しいものにする。先ほどアズラエルの命令で紅茶を持ってきた秘書は
この雰囲気に入るのを躊躇う。それを見たアズラエルは早く紅茶を注ぐように指示した。
(やれやれ、疲れるな)
アズラエルは秘書が注いだアールグレイを飲みながら、マリアとの会談で精神的ストレスと胃腸へのダメージが増大するのを感じた。
だがここで折れるわけにもいかない。彼は漏らす情報の選別を脳裏で行う。そんな中、アズラエルを驚愕させる台詞をマリアが放った。
「それと理事はこの作戦を厳重に秘匿しているようですが……この作戦の情報、軍内部の人間が部外に漏らしていますよ」
「………」
アズラエルは、数秒間マリアが何を言っているのか理解できなかった。その彼女の言葉が脳裏に浸透し、その意味を理解すると思わず叫んだ。
「な、何だって!?」
フェイタルアロー作戦の情報が漏洩している……それはアズラエルの戦略を根底からひっくり返しかねない事態であった。仮にこの情報が
プラント側に漏洩すれば、作戦が大失敗に終わる危険性があるのだ。もし情報を意図的に漏洩しているのなら国家反逆罪に匹敵する大罪だ。
「い、一体どこの誰が?!」
マリアはアズラエルの問に答えず、優雅に紅茶を飲む。だがその態度が余計アズラエルの癪に障る。
「……それは本当なんですか? クラウス議員」
「虚偽の情報を持って来るとでも? だいたいそんなことをすれば、今後私の信用が下がります」
「……」
自信たっぷりに云うマリアを見て、この情報が少なくとも虚偽のものではないことをアズラエルは察した。
「……貴方は、作戦を中止させようとしてこの情報を伝えにここに来たんですか?」
「中止ではなく、変更をお願いにきたのです。もう一つの理由はお分かりでしょう?」
「この作戦を行う理由ですか……」
「ええ」
そういうとマリアはアズラエルの目を見据える。
「私が知りたいのはフェイタルアローの真の目的についてです。今回の作戦、単に要塞の破壊が目的ではないのでしょう?」
「……」
「私とて独自の情報ルートがあります。少なくとも今回の目標であるジェネシスはただの要塞ではないこと位は分かります」
プラントとの接触で、向こうの高官は未だに強気でいることを知ったマリアは、その強気の元があの要塞にあるのではないかと考えた。勿論、只の
要塞なら気にする必要は無いのだが、彼女の政治家としての勘が警鐘をならしていた。
「そこまで分かっているなら別に知る必要はないじゃないですか?」
「正確に知っておかなければ、次に打つべき手が分かりません。それは政治家にとっては重要な事なのです」
もしジェネシスが人類全ての存在を脅かしかねない存在なら、プラントに対する姿勢を変化させる必要がある。彼女は確かに融和主義者だが
自分の頭に拳銃を突きつけられているような状況で融和政策を行うつもりはない。
「では、ジェネシスの情報次第で、プラントに対する態度を変えると?」
「戦後の政策にも影響します。もし地球圏を脅かすような存在を彼らが造りうるのなら、相応の対応も必要でしょう」
マリアはブルーコスモス穏健派であるが、大西洋連邦の政治家でもある。そして政治家は常に政治的信条よりも国益を優先しなければならない。
「最悪の場合、講和条件の大幅な見直しも必要になりますし」
この言葉を聴いて、アズラエルは驚いた。彼としては和平を進めるマリアがこのようなことを言うとは想像していなかった。
「それはまた……」
「政治家としては当然です。私は大西洋連邦の政治家であり、連邦市民の生命と財産を守る義務があるのです」
「それにしては、コーディネイターの一般市民が死ぬ事に反対していますが」
「人道面の問題もありますし、戦後に禍根を残します。只でさえ、血のバレンタインと言う前例があるのですよ?」
お互いに破壊をエスカレートしては、際限の無い戦いになってしまう。さらにプラントを破壊すれば、反ブルーコスモス派やプラントに利権を
持つ者達との関係が悪化するだろう。それはブルーコスモスであるマリアとしては好ましい事ではない。
「……分かりました。教えて差し上げましょう」
情報の隠匿は利益にならないと悟ったアズラエルはジェネシスの詳しい情報をマリアに伝えた。彼女は話を聞き終ると強張った表情で呟くように
言った。
「些か拙いですね……まさか、あれがそこまで危険な存在だったとは」
マリアの反応にアズラエルは満足した。
(これで、こちらの動きについてはある程度は黙認してくれるだろう……それに穏健派との仲も悪くならなくて済む)
だが情報が漏れた以上は、何らかの対応が必要だ。最悪の場合は作戦の全面中止も必要となる。アズラエルは折角の作戦を台無しにしてくれた
裏切り者の名を知るべく、マリアに問いかけた。
「で、クラウス議員。今度は、こちらからお尋ねします。今回の情報漏洩の犯人は?」
「私も具体的な犯人は特定できていませんが、連邦軍高官、参謀本部内部の人間のようです。複数のルートから参謀本部内からの漏洩が確認され
ているので、ほぼ間違いないでしょう」
「連邦軍参謀本部の人間が?」
これにはアズラエルも驚愕した。まあ普通は軍の高官が意図的に国家に背信するような行為を行うとは信じられない。
「誰に漏らしたというんです? まさかザフトですか?」
「理事も聞いたことがあるとは思いますが……あのマルキオ導師です」
「…………冗談じゃないですよね?」
「いいえ、間違いなく彼らはマルキオ導師と繋がっています。今回、彼らはプラント本国への攻撃が行われるとの情報を流しました。ですが
安心してください。少なくともこの作戦の真の目標である新型要塞については漏らされた形跡はありません」
アズラエルは作戦の見直しを決意すると同時にジェネシスそのものの存在を連合が掴んでいることが、リークされていないことに安堵する。
もし自分達がジェネシスの存在を掴んでいることを悟られればどんな厄介なことになるか判らないのだ。そんなアズラエルの思考を遮るように
マリアは話を続ける。
「情報の他に、かなりの物資が横流されているとの情報もあります」
「物資を?」
「はい。具体的な量はわかりませんが、かなりの量がマルキオ導師を通じてジャンクに流れています」
マリアは、何者かがマルキオを通じて各国の反ブルーコスモス派と結束してアズラエルに対抗しようとしているのではないかと考えていた。
(マルキオ導師の力を借りればかなりの勢力ができる……情報や物資は協力の見返りでしょうね。こんな事ができそうなのはアンダーソン将軍
ぐらいだと思うけど、まさか将軍がそんなことをするはずがないし)
さすがのマリアも、まさかアンダーソン将軍が犯人だとは。何しろアンダーソンは大西洋連邦軍の最年長の将軍であり、これまでに幾つかの軍功を
立ててきた人物なのだ。そんな人物が背信行為を行うとは思えない。
一方、史実において、マルキオがラクスと通じていたことを知っているアズラエルは、事態がかなり深刻であることを悟った。
「ありがとうございます。クラウス議員、あなたのおかげで助かりました」
アズラエルはマリアに深く頭を下げた。
「いえ、こちらこそ」
マリアとしても、今回の会談は意義深いものであった。ジェネシスの情報に加えて、アズラエルが未だに理知的な判断が出来たことを確認できた
ことは彼女にとって大いに利益になった。
(この調子なら、彼を盟主に推戴していても大丈夫ね)
マリアが帰ったあと、アズラエルは急いでサザーランドに事情を説明して軍内部の将官、特に反ブルーコスモス派の身辺調査を要請した。
アズラエルが失敗することで利益を得て、かつマルキオと組むのは反ブルーコスモス派しかないのだから、それは当然の処置であった。
サザーランドへ伝えるべき事を伝えると、次にアズラエルは急いでBWG社の回線を通じてハリンに情報の漏洩が起きていることを話した。
『なるほど、そのようなことが』
「そうなんです。まったく余計なことをしてくれたおかげで、こっちはいい迷惑です」
アズラエルは吐き捨てるように言う。
「まったく、どれだけ苦労してこの作戦の発動を認めさせたと思っているでしょうね。全く犯人を絞め殺してやりたいぐらいですよ」
このアズラエルの愚痴に苦笑しつつも、ハリンは尋ねた。
『で、どうなされるおつもりですか?』
「最悪の場合、作戦は中止するしかないでしょう。もし作戦の全容がザフト側に漏洩していれば、部隊は全滅しかねません………」
ラクスはプラントから反逆者扱いされているが、国内にはそれなりのシンパがいる。彼らを通じて情報が漏洩していたら目も当てられない。
それどころかラクス自身が何らかの妨害工作に出る可能性がある。もし万が一、ラクスが史実のように独自の軍事力を有しているのなら、プラント
本国周辺でザフトの挟み撃ちに遭う危険性もあるのだ。
『ですが情報が全て漏れたと考えるのは時期早々です。それに仮に情報が漏れているのなら逆手にとる方法もあります』
「逆手にですか?」
『そうです。もし敵がこちらの目的がプラント本国、特にジェネシスの破壊だと知って対策を立てたとしても、我々がその事を気付いている
と敵は知っているのでしょうか?』
「……という事は具体的な策があるのですか?」
『勿論です』
「ああ、それとクラウス議員から、通常のプラントへの攻撃、特に民間人に被害が出る攻撃の中止が要請されたんです。苦労をかけますが、民間人
への被害を多少減るように作戦を変えておいてくれませんか?」
『理事、それはさすがに難しいのですが……』
多少引きつった声で言うハリンに、アズラエルは頭が下がる思いで頼む。
「お願いしますよ。何しろ先の情報漏洩の一件はクラウス議員との取り引きで知ったんですから。取り決めを守らないと立場が無いんです。
まぁ多少の被害なら誤爆ということで処理できますから」
『……ですが、プラント本国に殴りこむ以上は、数千人単位の死人が出る可能性が高いのですが』
「まあその程度なら問題ないです。攻撃してもユニウス7のように崩壊しなければ問題ないでしょう」
『分かりました。検討してみます』
「それと、変更した内容はこの回線で伝えてください。軍に情報を流す必要はありません」
『すべて独断で変えるおつもりですか?』
「どこから情報が漏れているか完全に分からない以上、当然の処置です。誰にも文句は言わせませんよ」
アズラエルとハリンが作戦の変更について話し合っている頃、ザフトではカオシュンの陥落によって変化が起こっていた。
カオシュン基地を使った時間稼ぎを主張したユウキは、カオシュン基地の早期陥落と宇宙艦隊の消耗の責任を取らされて左遷されたのだ。
そしてユウキの後任として、ラウ・ル・クルーゼが作戦本部に転任することになった。また同時にパトリックは地球からの撤退を進めると同時に
より多くの新兵を地球に送り込むことにした。表向きは兵員の交代であったが、その意味を理解している議員から多くの反対意見が出た。
「新兵といっても子供、それも14、15歳の女子がメインとはどいういうことです?」
最高評議会でエザリアはパトリックに顔を顰めながら尋ねる。強行派を自認する彼女だが、さすがにこの計画は承認できない。何しろこの計画で
送られる兵士の多くはきちんと訓練を受けていないばかりか、兵士として適していないと評価された人間が大勢いるのだ。
「これでは、彼らは生贄ではないですか」
ダット・エルスマンもそう言ってパトリックの意見に反対する。だが彼らがパトリックから聞いた言葉は自分の耳を疑うものだった。
「そうだ。彼らは生贄だ。ベテラン兵士を宇宙に逃がすための」
人的資源が枯渇しかけているザフトにとって、ベテラン兵士は新兵10人、いや下手したらそれ以上の価値がある。しかしだからと言って彼らを
死地に追いやるのは下策だった。味方の兵士をあっさり切り捨てるような軍を信用する兵士などはいないのだ。さらにプラントには出生率の低下
と言う大きな社会問題もある。ここで次世代を担う子供達が大勢死んでしまっては、プラント社会が将来崩壊する危険性があった。
「宇宙軍から兵力は抽出できないのですか?」
エザリアの言葉にパトリックは首を横に振る。
「無理だ。現在、宇宙軍は決戦に備えてフリーダム、ジャスティス及びその量産型の配備を急いでいる。この高性能機をうまく活用するには
ベテランパイロットが必要なのだ」
「フリーダム、ジャスティスを地上に回すことは出来ないのですか?」
「撤退する予定の地球に、切り札を回すことなどできん」
切り札であるジェネシスと核動力MSは、パトリックが考える宇宙での決戦に必要不可欠なものであった。これらを揃える為になら、多少の犠牲は
やむを得ないと彼は考えていた。
「もはや地上で勝利を収めることは不可能なのだ。現状では、宇宙で決戦を挑みナチュラルを打倒する他に方法は無い」
「そのための生贄に、これだけの兵士を、子供達を送り込むと?」
「そうだ。すべてはプラントの未来を守るためだ」
このパトリックの言葉を聴いて、エザリアは血がにじむかもしれないほどの力で己の手を握り締めた。
(何が、プラントの未来を守るためだ。その未来を担うべき子供達を生贄にする時点で、貴方にそんな台詞を吐く資格は無い!)
彼女自身強行派であったが、これ以上戦いを続けるのは無意味であることを理解し、何とか連合と講和を結ぶべく動いていた。だが残念ながら
その努力は未だに実ってはいない。ダット・エルスマンを含めた数名の議員は講和に賛成しているものの、多くの議員は未だに徹底抗戦の姿勢を
崩してはいなかった。彼らは新型機とコーディネイターの能力を信じており、宇宙で全力で戦えば負けないと信じていたのだ。
(確かに量産型のフリーダム、ジャスティスは強力だ。だがそれだってそんなに多くの数を揃えられるわけではないんだぞ)
ザフトは新兵のために操縦しやすい機体を作るのではなく、ベテランパイロット達が使う一騎当千の高性能機の開発に血眼になっていた。すでに
新兵をMSにまともに乗れるようになるまで訓練する余裕が無いとは言え、余りに愚かな方針であった。
(それに戦争には質も必要だが数も必要なのだ……それを判っているのか?)
質で圧倒するには、それなりの技術格差が必要となる。開戦初頭こそはNJとMSという組み合わせで従来のドクトリンに従って開発・配備され
た連合軍の兵器を圧倒した。連合軍の兵器はどれもが無線や誘導兵器が使えることを前提に作られていたのだ。だからこそ、NJによって変化した
戦場で、NJの存在を前提にして作られたMSに敗れた。しかし今では連合もNJの影響下で戦う術を身につけ、MSまで配備している。
両軍の格差は、開戦初頭ほどはないのだ。この状況では幾ら少数の高性能機が奮闘しようとも戦線が破られるのは目に見えている。
(ジェネシスに期待すると言っても、未だに試射もできない状況なんだぞ)
史実を上回る消耗を補填するのに、MSの生産に予算と資源が多く必要としたのでジェネシスの工事は遅れていた。本来ならもう完成している頃
だったのだが完成は伸びに伸びており、このままでは年明けになる可能性すらある。
(それまでに連合が攻勢に出れば、間違いなくプラントは滅びる……)
先の第二次軌道会戦で多大な損害を与えたとは言え生産力に勝る連合なら今年中には兵力の補充を済ませることが出来るだろう。下手をすれば
今年中にプラント本国へ侵攻してくるかもしれない。
(手詰まりか……)
彼女の脳裏には、圧倒的な数を誇る地球連合軍の前に奮闘空しく撃ち滅ぼされていくザフトとプラントの姿があった。
あとがき
青の軌跡第28話お送りしました。マリアとアズラエルの会談、難しかったです。
さてハリンによる作戦の一部変更、そしてそれを知らぬまま出撃するラクス軍……また色々と派手なことになりそうです。
ザフトもいよいよ追い詰められて行きます。戦争が終っても、彼らの未来は暗いような気が(汗)。
それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。