ヨーロッパにおけるザフトの牙城であったジブラルタルは、地球連合軍の猛攻によって、わずか一日で陥落を余儀なくされた。
勿論、ザフト守備軍は決死に応戦して地球連合軍に少なからざる損害を与えたものの、連合軍を押し返すまでには至らななかった。
このジブラルタル陥落によって、ヨーロッパは完全に地球連合の手に戻り、本格的な復興事業が開始されることになる。
「西ヨーロッパの再建事業への参入を急がないといけないな。うかうかしているとライバルに先を越されてしまう」
アズラエルは寄せられる報告書を見て、さらなる利潤を得るために西ヨーロッパへの進出を急がせることにした。
「只でさえ、ブルースウェアなんて言う赤字部門を抱えているからね。ここで多少は稼いでおかないと」
ブルースウェアは規模が大きい分、必要となる予算も莫大であった。アズラエルはすでにブルースウェアの一部を使って補給物資の運搬や
各種施設の警備などをさせているが、それで得られる利益は必要経費に達していない。まぁそこまで酷い赤字かと云えば嘘になるが、それでも
経営者で赤字決済を見たい奴などいない。
「BWG社よりも収益の悪い部署を閉鎖して資金を確保するしかないか……リストラはしたくはないんだけどな」
アズラエルはパソコンを使って自分の財閥の赤字部署を探しながら、どの程度、赤字部署を閉鎖するか考えた。
「何しろリストラしすぎたら社員の士気が下がるから、ある程度考慮しないとな……いっその事、ロゴスのメンバーに頼んで投資してもらうか?」
このように金策に奔走しているアズラエルの元に、クルーゼからの情報が届けられた。
「やれやれ、また金を使ったけど……まぁこれなら問題ないか」
クルーゼから寄せられたディスクには、カオシュンには核がないことに加えて、カオシュン基地の防衛網についての情報が納められていた。
これだけの情報があれば、戦闘も有利に進められることは間違いないだろう。
(これでまた、連合軍に恩が売れるか……)
アズラエルが自分の戦略を推し進めるには、地球連合軍への影響力を維持しつづける必要がある。少なくとも自分が地球連合軍にとって有益な
存在であることをアピールしておくことが必須となる。ただ喚き散らし、足を引っ張るようではいつかは駆逐されてしまうのが落ちだ。
「やれやれ、また忙しくなりそうだ」
アズラエルはそう呟くと、冷蔵庫で冷やしていた栄養ドリンクを空けて一気に飲み干した。
「さて、次は天一号作戦だな……報告を聞いておかないと」
クルーゼが流した情報を様々な角度から検証した地球連合軍は、最終的にカオシュン攻略作戦『天一号』の発動を決定した。
さらに地球連合軍最高司令部は地球におけるザフトの最大拠点であるカーペンタリアの攻略作戦の準備も進めることを決定し、必要な手続きに
入った。その主だったものが、太平洋方面への新たな部隊の配置だった。
「大西洋方面から第6洋上艦隊と第3潜水艦隊、それに第8方面軍を南太平洋に回す?」
『はい』
電話越しのサザーランドからの報告に、アズラエルは地球連合軍の決断の早さに感心した。何しろ今回、大西洋から太平洋に回航する部隊は
大西洋、大西洋沿岸地域に展開する戦力の中核である。大西洋方面に残されるのは二等級の部隊が過半になってしまうのだ。まぁジブラルタルが
陥落し、ビクトリアも奪還してるから実行可能ではあった。だがアズラエルが考えていたよりも迅速な決断と言えた。
「本気でカーペンタリアを取るつもりのようだね」
『核兵器が配備されているとなっては座視は出来ません。最悪の場合に備えてSLBMを搭載した戦略原子力潜水艦を準備しています』
「……まさか先制核攻撃を仕掛けるつもりじゃあないですよね?」
『そのようなことはありません。蒼き清浄なる世界に汚れを残すような真似は……』
だがこのとき、地球連合軍内部には一気に核の封印を解き放ち、戦争の終結を狙う勢力が存在していた。ブルーコスモス過激派はその筆頭だ。
彼らはザフトによって核攻撃が行われる前にカーペンタリアを核の炎で焼き払い、宇宙で総攻撃に出るべきだと主張したのだ。
さらにこれに一部の強硬派が同調していることが問題を複雑にしていた。彼らはザフト軍の拠点のみを核で焼き払い、無条件降伏を強いるべきと
主張していた。この事実がサザーランドを口篭らせる。そしてこの様子からアズラエルはまた阿呆な連中が動いていることを察した。
(またか、またなのか? くそ、人の邪魔ばかりしやがって……戦争にもルールって奴があるだろうが)
確かに核兵器を使えば、ザフトに大打撃を与えられるだろうが、そうなればザフトは報復として地球に対して隕石による絨毯爆撃を実行する
可能性がある。そうなれば月基地の全戦力を使ってプラントを殲滅しても、残されるのは荒廃した世界で滅亡を待つ人類だけだ。
(やれやれ、カオシュン攻略も始まっていないのに……事態が悪化する前に核攻撃を支持する一派を押さえ込む工作が必要か)
アズラエルは酷くなる頭痛に耐えながら、子飼いの政治家や高級軍人達に連絡をとることにした。
(最近は胃の調子も悪いし、視力も落ちてるみたいだし……碌なことがないな)
アズラエルが過激派の押さえ込みに取り掛かっている頃、マリア・クラウスは穏健派の高官達と会合を開いていた。
彼らがいるのは、かつてイギリス首都であったロンドンの一角にあるビル。そこはブルーコスモス穏健派の影響力が強い財団の物件であり
強硬派の介入や過激派によるテロを大西洋連邦領土内でも恐れなくても済む貴重な場所だ。そのビルの地下会議室で会合は進められていた。
「ユーラシア連邦でも和平を考える人間は多いと?」
「はい。ユーラシア連邦軍にはウラソフ中将を中心としたグループがいますし、政府首脳部にも少なくない和平派がいます」
史実においてユーラシア連邦は強行派の大西洋連邦に引きずられる形で強行姿勢を強めていった。このために和平派の軍人、政治家は要職から
外されてしまったのだが、この世界ではアズラエルの方針転換によって大西洋連邦はプラント殲滅を打ち出していないために穏健派は未だに
勢力を維持していたのだ。無論、そんな史実など知るよしもない高官達は、ただ自分達の同志が残っていることに安堵する。
「プラントとの交渉は?」
「デュランダル氏を通じて行っています。彼はプラント最高評議会の和平派に通じていますので、ルートとしては非常に有効でしょう」
「彼以外のルートはないのかね?」
「残念ながら、プラント最高評議会の穏健派が軒並み拘束されて、実質的に壊滅状態なので……」
「そうか……ラクス・クラインも余計な事をしてくれたな」
高官の一人であるサカイはそう言って苦い顔をする。彼からすれば彼女のやっているのは和平への道を遠のかせることに他ならないのだ。
(ラクス・クラインと協力するよりも、こちらのほうが確実ではないのか? それにアズラエルも方針を変えたし……)
当初、サカイはラクスに淡い期待を持っていたが、ラクス・クラインの仕出かした失態を詳しく知ってアンダーソン達のラクス派支援に対して
疑念を持ち始めていた。この疑念はマリアとの何回かの会合やアズラエル自身の動きを通じてアズラエルの方針転換が本物であると理解したこと
で今では半ば確信に変っていた。このために彼はアンダーソン達との協力関係を少しずつ薄め、マリア達との関係を深めている。
(いっそのこと、ラクス・クラインの居城のL4のメンデルについての情報を教えておくほうがいいかもしれないな。足を引っ張る味方は
有能な敵よりもたちが悪いからな……)
アズラエル達に貸しを作るのも悪くないなとすら彼は考えていた。彼は別にアンダーソン達のようにブルーコスモスの排斥に力をいれている
わけではない。ブルーコスモスが自分達の役に立つのなら手持ちのカードにするべきだ……そんな考えを彼は抱いていた。
「第二次低軌道会戦で連合もかなりの消耗を受けたが、ザフトの被害も深刻だと聞く。現時点での講和の可能性はありえないのか?」
ある高官の言葉にマリアは首を横に振った。
「和平を考える人間は別にして、まだ多くの人間が戦えると考えている節があるので無理でしょう。それに軍上層部もここで矛を収めるような
真似はしないでしょう。何しろこれだけ叩かれたのです。受けた借りは百倍にして返すと息巻くものもいます」
「……双方を納得させるには軍事的な成果がいると言うことか」
沈黙が部屋を支配した。そこには話し合いでの解決を求めながら、軍事的な成果が必要となると言う結論にたどり着いた彼らの苦悩があった。
「………まだ、まだ血が必要だと言うのか。開戦以降、あれだけの血を流してきたのにも関わらず」
サカイはそう言って苦々しい顔をする。マリアはそんな彼を慰めるように言う。
「ですが、ここまでこれたのも私達の功績です。少なくとも交渉する機会も持てずにただ戦っている状態よりかはマシな状態です」
「……そうだな。君の交渉のおかげで戦争終結への道筋を僅かばかりでも見出せた事は大きい」
この言葉に部屋に充満していた重い空気が、少し軽くなった。
「我々文官にもまだ出来ることはある。諸君、この戦争を早期に終わらせるためにも絶えず、弛まず努力していこう」
青の軌跡 第23話
カオシュン基地……台湾南部に位置するこの基地はマスドライバーを擁する宇宙港であり、さらに世界有数の大規模な湾口施設も併せ持つ
という東アジアにおいて最も重要な拠点のひとつであった。それゆえに重要度はジブラルタル以上であり、カオシュン奪還のために地球連合軍は
トーチ作戦を越える入念な準備を行い、地球連合軍有数の規模を誇る攻撃軍を編成していた。
この大軍によるカオシュン攻略戦は、アズラエル財閥ご自慢のステルス攻撃機『ジャベリン』による奇襲攻撃から幕をあけた。
「フォックス1からグランド・コントロール01。全弾発射完了。着弾観測、オーヴァ」
攻撃隊隊長のアヤノ・ミヤザキは眼下に広がるカオシュン基地の各所で起こった黒煙を脇目に無線に喋る。彼女率いる攻撃隊はつい3分前に
高高度からザフト軍の主要航空基地、主要陣地に対して対地ミサイルを直撃させた。普通ならザフト軍の迎撃を受ける筈だったが、クルーゼの
情報によって基地構造を掌握していた連合軍は事前に特殊部隊を基地に侵入させて、ザフト軍の警戒システムをダウンさせた。これによって
索敵能力を激減させたザフト軍はジャベリンから発射されたミサイルの迎撃に失敗したのだ。
放たれたミサイルの直撃を受けた航空基地、陣地は次々にその機能を停止した。これは目標の構造を事細かく把握していた連合軍がその弱点を
的確に突いたためだった。ザフトからすれば神か悪魔の仕業と言えるだろう。
「フォックス1、こちらグランド・コントロール。着弾確認。着弾結果良好」
「了解した。これより帰還する」
ほぼ予定通りの戦果を挙げたことを確認した彼女は直ちに、攻撃隊を引き上げさせる。目的を果たした以上は長居は無用だ。
「あとは、空母と基地航空隊の連中に期待するか」
姿が見えないジャベリンによって航空基地と主要防空施設を沈黙させられたカオシュンのザフト軍司令部は恐慌状態に陥っていた。
「一体、どうなっている?!」
カオシュン守備軍司令官クライスラーは司令部で、現状を確認しようとするが最初の特殊部隊の攻撃と先程の奇襲攻撃で混乱している最中で
まともな情報が入ってこない。ただ分かるのは、主だった防衛施設が大打撃を受けたというだけだ。
「は、はっ。南部沿岸砲台の爆発です!また、各所の陣地、航空基地も幾つか爆発している所があります。敵の攻撃かと!」
オペレータの報告にクライスラーは呆然とした様子で呟く。
「そんな馬鹿な……沿岸砲台は堅固な防御力を誇っていたし、対空陣地はカモフラージュしてあったはずだ。それが何故……」
カオシュン基地は非常に堅固な要塞だった。最近は補給が滞り陥落の危機に立たされていたが先日の補給のおかげで基地機能は復活していた。
だがそれも全て過去のものとなってしまった。最初の一撃によって対空火器が徹底的に叩かれ、防空能力は50%ほどに低下した。
さらに航空基地も激しく叩かれており、少なからざる戦闘機が地上で撃破されてしまった。これでは連合軍の爆撃機を防ぐことなどできない。
あまりの被害に呆然となる司令部。だが彼らには呆然とする暇も与えられない。沖合いに集結していた連合軍艦隊から相次いで航空機が発進し
続いて大量のミサイルが発射されたとの情報が寄せられたのだ。
「全軍に空襲警報を発令! 生き残っているディンと戦闘機を全て出せ! あと予備の対空兵器を洗いざらい出せ、総力戦だ!!」
クライスラーは立て続けの衝撃からすぐに立ち直ると、次々に指示を出す。
「ここで完敗するわけにはいかないのだ。プラントの未来のために、今しばらくは持ち堪えなければ………」
一方で、奇襲を受けたにも関わらず、ザフトが素早い対応をしてきたことに連合軍は驚きを隠せなかった。
「民兵あがりの軍事組織しては中々の対応ね」
地球連合軍第3洋上艦隊旗艦・空母サン・ジャシントのCICでザフト軍の様子が光点としてスクリーンに表示されている。そのスクリーンを
見ながら第3洋上艦隊司令官に任命されたノア・オルブライト少将はザフトの指揮官を賞賛した。
「あれだけの才能の半分ががうちの将軍連中にもあれば、もっと犠牲は少なくて済んだのにね」
「……司令、もうそろそろ私語は」
「分かってる」
彼女は参謀長のヒラガ大佐の発言を遮る。
「戦況は?」
彼女の態度に内心で溜息をつきつつも、ヒラガは生真面目に応える。
「細かい集計結果は出ていませんが、巡航ミサイルは全弾の3分の1近くが基地に命中し、かなりの打撃を与えたようです」
300を遥かに超える数の巡航ミサイルがカオシュン基地に向けて放たれたが、その半数近くは迎撃配置に付いていたMSや対空砲の盛大な
迎撃によって落とされてしまった。だが逆に言えば残り半数は基地に降り注ぎ、その6割が目標に命中した。これによってジャベリンの奇襲で
打撃を受けていたカオシュン基地の防空網がさらに打撃を受けてしまった。
「艦載機は2分後に敵と接触します。基地航空隊も3分後に目標に接触する予定です」
カオシュン攻略作戦『天一号』ではジャベリンで敵の防空能力を激減させ、続けて空母艦載機と基地航空隊で制空権を掌握。そして空挺部隊を
市街地、及びマスドライバー周辺に降下させる予定だった。連合軍は先のビクトリア攻略戦でザフトのグングニールによって奪還の目標であった
マスドライバーを眼前で崩壊させられると言う苦い経験を味わっていたために、今回は一気に目標を制圧する方針を打ち出したのだ。
グングニールの配置場所はクルーゼのもたらした情報によって判明しているので、成功する可能性が高いと連合軍最高司令部は判断していた。
だがザフトが想定以上にしぶとかった場合、成功する可能性はかなり低くなる。
(まぁ切り裂きエドと、オーブ軍のメンバーに期待するしかないか……)
彼女が内心でそう呟いたとき、オペレータから艦載機部隊がザフト軍のディン部隊、戦闘機部隊と交戦状態に陥ったとの報告が入る。
「第二次攻撃隊の準備を急がせなさい。それと空母部隊をカオシュンに近づけるように」
「しかしそれでは空母が危険にされされます」
「どうせ一撃ではケリはつかないわ。それなら何度でも反復攻撃するしかないでしょう? 陸軍を上陸させるには制空権と制海権の掌握が必要
不可欠なんだから」
「確かにそれはそうですが、万が一ということも……」
「リスクを恐れていては戦争はできない。虎穴に入らずんば虎子を得ずよ」
「……判りました」
はっきり言って無謀のようであったが、彼女にはそれなりに勝算があった。
(直掩機はレイダーとスカイグラスパーの改良型、水中用MSもフォビドゥンブルーとディープフォビドゥンを定数一杯揃えている。南太平洋で
の活躍を考慮すれば十分にいけるはず……)
闘将と言っても過言ではない彼女の猛攻は、カオシュン基地の機能を大きく削っていくことになる。
第3洋上艦隊を主力とした機動艦隊と基地航空隊からの徹底的な攻撃に見舞われたカオシュン基地は悲惨な状態になっていた。
あちこちの対空陣地は連合軍による飽和攻撃によってその大半が破壊尽くされ、生き残っているのはマスドライバーの近くに設置されている
ものと最も火力の密度が高かった司令部周辺の陣地が殆どだった。さらに対空陣地以外にも多くの施設が破壊され、基地機能は大幅に低下した。
このために空からの攻撃を防ぎきれるかどうかは、ザフト軍航空部隊の活躍次第となったのだが……。
「ちくしょう、何て数だ!!」
「連中は一体、どれだけの戦闘機を持ち込んでいる?!」
まるで雲霞のごとく途切れることなく襲い掛かってくる連合軍航空隊に、ザフト軍パイロット達は悲鳴を挙げる。当初こそ、双方共に統制された
動きをしていたが、あっという間に統制の「と」の字も無い乱戦状態になっている。双方共に目の前の敵機に集中していたら、背後や下方から
攻撃を受けるという有様だ。
このとき、ザフトが直掩機として送り出したのはディン52機、戦闘機43機の合計95機。一方の連合軍はレイダー32機と戦闘機130機
の合計162機を送り込んでいた。無論、連合軍はこの他に爆撃機や攻撃機なども送り込んでおり、全機合計すれば250機にもなる。
さらに地球連合軍は240機の第二波攻撃隊をカオシュン基地に向かって発進させており、合計して490機がカオシュンを襲うことになる。
ザフト軍パイロットは連合軍の分厚い防衛網を突破して、爆撃機、攻撃機に攻撃を仕掛けて何機も撃墜するが、焼け石に水だった。
数に物を言わせてザフト軍の迎撃網を強引に突破した攻撃隊は、カオシュン基地に対して猛爆を開始する。1トン爆弾を、500キロ爆弾を
投下し、目標を粉砕していく。レーザー誘導爆弾や赤外線誘導爆弾も投入され、辛うじて生き残っていた対空火器も次々に破壊され瓦礫の山と
化していった。
この猛爆にさらされたザフト軍兵士達は、ただこの嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
「助けて、助けて……」
「死にたくない、母さん……」
地下シェルターでは多くの兵士、特に新米と思われる兵士達が肩を寄せ合って恐怖に震えていた。これまでの消耗でザフト軍の人的資源は枯渇
しており、カオシュン基地にもまともなベテランなど初期に比べて僅かしか残っていない。そのために新米の占める割合が増えるのは当然だった
のだが、この状況は数少ないベテラン兵士達を不安にするのに十分であった。
(大丈夫なのかよ……こんなので)
さらに新米兵士の3分の1近くが女性、もしくは少女であり開戦当初のザフト軍兵士ような精強さはない。
派手な音と衝撃が地下シェルターに伝わってくるのを感じながら、彼らは自分達の先行きが暗い事を認識せざるを得なかった。
この劣勢を覆すべく、カオシュン基地司令官のクライスラーは潜水艦隊に連合軍艦隊、特に揚陸母艦への攻撃を命じた。
いくら航空兵力で圧倒しても、陸戦のかなめである陸軍部隊を海上で葬ってしまえば、基地の陥落は免れると判断したのだ。
だが、それを予期していたノアは万全の防御体制をもって、ザフト軍ご自慢の潜水艦隊と水中用MS部隊を迎え撃つ。
「ディープフォビドゥン1個大隊と空母カウペンス、それと5個戦隊を迎撃に回しなさい。あと対潜哨戒機の増援を基地に要請するように」
「分かりました」
ノアは虎の子と言えるディープフォビドゥン1個大隊を丸々ぶつけるつもりだ。彼女はこれで完勝とまではいかないが、ザフト軍を追い払うことは
出来るだろうと思っていた。何しろ白鯨を中心とした強力な水中用MS部隊だ。これなら戦果を挙げられると彼女が判断したのも無理はない。
だが彼女は直後にザフト軍の底力を思い知らされることになる。
ジェーン・ヒューストン中尉を中心としたディープフォビドゥン1個大隊27機と相対するのは、ザフト軍潜水艦隊の精鋭ディアス隊だ。
「地球軍の連中に、どちらがMSの本家かを思い知らせてやるぞ。お前ら、遅れるなよ?」
ディアスは今年で40半ばを迎えるにもかかわらず、未だに衰えを知らない強靭な肉体と精神力の持ち主だった。モラシムほどの知名度はない
もののザフト軍でも有数のパイロット兼指揮官と言える。
かくして双方共に御自慢の精鋭部隊が、期せずして衝突することになる。
「よし、5機目撃墜!」
連合軍とザフト軍の会戦の第一幕は、ゾノとグーンから構成されるザフト軍水中用MS部隊と対潜哨戒機部隊の接触によって幕を開けた。
潜水艦隊を撃破すべく急行中だった連合軍の対潜哨戒機部隊は、突如として下方から浴びせられた濃密なビーム砲火によって次々にとらわれて
撃墜されていった。特にディアスの操るゾノは僅か2分で5機の対潜哨戒機を撃墜し、3機を離脱させると言う大戦果を挙げていた。
連合軍機は彼らを撃破しようと対潜ミサイルや爆雷を降り注ぐが、ザフト軍MSは巧みにこれを回避し、逆に連合軍機が予期せぬ方向の海域で
浮上してビーム攻撃を浴びせて、連合軍機を散々に翻弄する。
良い様に叩きのめされた航空隊は、慌てて遁走していった。これに取って代わるように今度はディープフォビドゥン27機で構成される連合軍の
水中用MS部隊と新たに派遣された対潜哨戒機が戦場に躍り出る。
「やりたい放題、やってくれたようだね」
ジェーン・ヒューストンは苦々しく呟くと、部下達に喝を入れる。
「いいか、お前達。ザフト軍のやつらに海が自分らだけのものでは無いことを教育してやれ!!」
「「「了解!!」」」
ディアスは即座に連合軍部隊の接近に気付いた。
「敵とおぼしき反応多数、前方および左舷方向より接近中か……ハウエル、きみの方でも確認してくれ」
センサーが捉えた敵影は大きく分けて三群だった。一つは低空で進んでくる航空機……おそらくは対潜哨戒機。
もう一つは海上を比較的ゆっくりと進んでくる巨大な反応……護衛艦または中型のヘリ空母。
そしてもう一つは、最近になってよく見かけるようになった反応……かつては友軍のみに見られた反応だ。
「2番機よりリーダーへ、前方より接近中の反応は水中用MSと思われます。ナチュラルの水中用MS部隊に間違いありません。それにしても
かなりの数です。ざっと見ても30機近くはいます」
「ついに来たか。全機、油断するな。これまでの報告ではかなりの腕のようだからな。尤も必要以上に恐れる必要は無いぞ」
「分かっています」
ディアス隊の2番機パイロット、ハウエルは軽い調子で返事をする。他のパイロットも似たような反応だ。
「よし、13番から15番機は航空機を、10、11番機は敵艦を叩け。残りは私と一緒に敵水中用MSを潰す」
「了解しました」
かくして、東アジア戦線においては最後となるであろう水中用MS同士による戦闘が幕を開けた。
ディアスはゾノ1機、グーン2機で1個小隊を編成し、ザフト軍にしては珍しく集団戦法を積極的に採用していた。
普通ザフト軍兵士は、己の能力のみを信用して連携プレイを好んでいるのだが、彼はそれは能力の過信に過ぎないと断言していた。
「いいか、必ず3機で敵を叩け。1対1なんて云う馬鹿なことはするなよ!」
ザフト軍がまともな連携を行っているのを見たジェーンは少し驚いた。
「こいつは、なかなかやるみたいだね。南太平洋の連中みたいにはいかないか……」
だがそんなことで怯む彼女はでは無い。むしろモラシムと云うライバルを失って以来、心の中で常に抱いてきた不満が解消されるかもしれない
と言う考えが脳裏に浮かび、戦意が高ぶる。
「さて、まずは最初の一撃!」
ジェーンとその僚機は最初にスーパーキャビテーティング魚雷をディアス隊に向けて放った。だがディアス隊はそのほぼ全てを軽々と回避して
見せた。いや逆に彼らもまた魚雷をディープフォビドゥンに向けて放つ。ジェーン達は回避が難しそうな魚雷だけを正確に破壊しながら回避行動を
とった。だがその直後、異変が起こる。すべての魚雷が突如として自爆したのだ。それもほぼ同時に。
「何?!」
この事態に、ディープフォビドゥンのセンサーが一時的に麻痺する。この事態に一瞬だけ呆然となったジェーンだが、即座に敵の意図を察した。
「全機散開!」
『え?』
そう命令した後、彼女はすぐにその場を離れるが他の僚機の何機かは突然の事態についていけず、その場に留まったままだった。そしてそれが
生死を分けることになった。ジェーンが離れたから僅か2秒後、残っていた僚機は四方からビームと魚雷の集中砲火を浴びて四散する。
「魚雷はデコイ。本命は接近戦か……やってくれるじゃない」
被害は大きい。だが彼女はある意味で喜んでいた、モラシムと云うライバルに替わる存在がいたことを……。
「怯むんじゃないよ、お前達! 地球の海が最初は誰のものだったか、奴らに教えてやるんだ!!」
一方、何機かのディープフォビドゥンを撃破したことを確認したものの、ディアスは浮かない顔だった。
彼らは魚雷をすべて自爆させる直前に、全機を巡航形態に変形させ、素早くディープフォビドゥンがいた位置の側面や下方に回りこんだのだ。
そして爆発の影響がやや和らいだ瞬間に残っていた機体に対して集中砲火を浴びせたのだ。彼は最初の一撃で半数を撃破するつもりだった。
しかし挙げた戦果は撃墜が5と言う不本意なものであった。
「こいつは手強いかもしれんな……まぁ良い、これも給料のうちだ」
苦い顔をしつつも、ディアスはこの攻撃で連合軍水中用MS部隊の連携が崩れているであろう隙をつくことにした。連携がなっていない敵を
各個撃破するのは戦術の基本だ。
「いくぞ、お前ら。新人類の力を見せてやれ!!」
ディアスを先頭にして、グーンやゾノが次々に突撃して行く。
「まずはお前だ!」
ディアスは連携が崩れている隙をついて、1機のディープフォビドゥンに急接近する。混乱状態が続いていた敵機は出鱈目にビームを放つが
そのどれもディアス機を捉えることが出来ない。それどころか、後方からディアス機を支援している二機のグーンからの攻撃で思うように
動きが取れなくなってしまう。ディープフォビドゥンはついに離脱を断念して単機でディアスに立ち向かおうとする。だがそれこそ彼の思う壺で
あった。
「悪く思うなよ」
ディアスは敵機の放つ魚雷をすべて叩き落とすと一気に間合いを詰めて、右手のクローをディープフォビドゥンのコックピット部分に突き刺す。
そしてその直後、ゼロ距離からフォノン・メーサー砲を発射する。実弾兵器には耐性があるTF装甲でも、ビームをほぼゼロ距離で受けては
堪らない。
「まずは1機」
爆発四散する敵MSを確認すると、彼は次の獲物を探して戦場を駆け巡る。そんな中、彼はジェーンの乗るディープフォビドゥンと遭遇する。
ジェーンは生き残った僚機と巧みな連携をとり、次々にザフト軍水中用MSを次々に撃破していた。
「こいつが隊長格か……」
ディアスは敵機の中で最も手強いであろうジェーンを倒すことで、一気に戦況を有利に運ぼうとジェーンの機体に迫った。これに気づいたジェーンは
ディアス機を撃破すべく、散開させた僚機と連携して十字砲火を浴びせようとする。だがディアスはそれを予期していた。
彼は僚機にジェーン以外のディープフォビドゥンを牽制させて、巡航状態に変形させた機体をジェーンめがけて突っ込ませる。
「体当たりかい? 無謀な奴だ」
ジェーンは魚雷とビームを目一杯、ディアス機に浴びせる。だが信じられないことにディアス機はそれを全て回避して見せた。
「何?!」
信じられない、そうコーディネイターでも耐えられないであろう機動に、一瞬だがジェーンは呆然とした。
「ザフトの技術を舐めるなよ、ナチュラル!!」
水中での機動力については、グーンやゾノの方が上なのだ。そしてそれを操る操縦者の腕では性能を十分に、いやそれ以上発揮できる。
まあこの無駄に性能が高いぶん整備が難しいのだが、彼のようなパイロットの場合、そのデメリットを考慮しても尚メリットがある。
「終わりだ!」
右手のクローを繰り出すディアス。だが、ジェーンはこれまでの敵機のように簡単にはやられてくれない。
「その程度で!」
咄嗟にランスでクローを受け止める。さらに彼女は踏み込んで、ディアスのゾノに左足で蹴りを喰らわせる。一瞬だが、距離が離れた隙に彼女は
ありったけの火力をディアス機に撃ち込んだ。ビームが、魚雷がディアス機に迫る。ディアスは咄嗟に機体を巡航状態にして離脱を図った。
海面に向かって全力で上昇するがすべてを回避できない。さすがにあれだけ近距離で放たれては手の施しようが無く、右足が破壊された。
「ちぃいい!!」
コックピットに鳴り響くアラーム。さらにこれまでの戦闘で弾薬とバッテリーが消耗しており、これ以上の戦闘続行は困難と彼は判断する。
「ハウエル、敵艦隊に向かった連中は?」
『空母1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦6隻を撃沈した模様です。艦載機もかなり撃墜したとの報告もあります』
「良し、撤退するぞ」
『艦隊は叩かないのですか?』
「こちらも消耗している。現状で敵主力とぶつかっても大した戦果は挙げられない。撤退する」
『では再出撃を?』
「状況次第だ」
このとき、ザフト軍水中用MS部隊に襲われた連合軍艦隊はかなりの打撃を被っていた。空母カウペンスを中心とした対潜部隊が壊滅させられ
さらに主力空母直属の護衛艦も何隻か撃破されていたのだ。さらに流れ弾で揚陸母艦1隻が舵を損傷して離脱を余儀なくされている。
あまりの被害にノアも作戦の変更が必要になるかもしれないと考えたほどだ。もし、あと数隻でも潜水母艦が作戦に参加していれば連合軍に作戦の
継続を断念させることも不可能ではなかっただろう。だが、アラスカ戦やパナマ戦での消耗がそれを不可能にしていた。
「こちらに三隻、いや二隻でも多く艦があれば……」
ディアスは口惜しげに戦場を後にした。一方のジェーンも苦い顔をしていた。
「遣りたい放題、やってくれたようだね」
ディープフォビドゥンは27機のうち、実に13機が未帰還。実に半数が失われたのだ。さらに帰還後に8機が修理不能と判断され、最終的には
消耗が8割近くに上るという大損害を被った。さらに護衛すべき揚陸母艦にもダメージを与えられたとあっては戦略的に大敗と言ってもよい。
「今回はしてやられたね……でも、次回はこうはいかない」
彼女は次に出会ったときに必ずディアスを倒すことを決意するが、彼女とディアスがこの戦争で戦ったのはこれが最初で最後となる。
彼らが再び合間見えるのは、もう暫くあとのことであった。
ザフト軍水中用MS部隊の攻勢を辛うじて退けた連合軍は、カオシュン制圧を目指して進撃を開始する。
まずカオシュン攻略の主目的であるマスドライバーの奪取のために、大陸基地から送られてきた空挺部隊がステルス輸送機『ドラグスター』から
宇宙港周辺に降下しようとしていた。
「敵さん、まだこちらに気づいていないか……ま、ビクトリアよりかは楽な戦いになれば良いんだけどな」
空挺部隊の中の一人、切り裂きエドという二つ名を持つエドワード・ハレルソンがいた。彼はビクトリア攻略戦と同様に愛機のソードカラミティ
とこの作戦に参加していた。
『隊長、時間です』
「……判ってる。エドワード・ハレルソン、ソードカラミティでるぜ!」
輸送機から次々に降下していくMS群。それはカオシュン攻防戦の本格的な死闘の開幕を告げるものだった。
あとがき
お久しぶり、earthです。青の軌跡第23話をお送りしました。
水中戦闘が書くのが難しくて、ひどく苦労しました。それにあまりうまく書けていない様な気が……精進が必要ですね。
さて次回第24話は切り裂きエドことエドワード・ハミルトンとオーブ軍に活躍してもらおうかと思っています。
まぁ予定なので多少の変更があるかもしれませんが。
それでは駄文にも関わらず、最後まで読んでいただきありがとうございました。
青の軌跡第24話でまたお会いしましょう。