環太平洋諸国会議の開催に日本は沸き立っていた。
 多くの日本人から見れば、この国際会議は環太平洋地域の有力者たちを帝都東京に集め、日本が太平洋の覇者であることを宣言する催し物でもある。
 サンタモニカ会談で、日本が世界を三分する三巨頭の一角であることは明らかになっていたが、影響下にある国々(多くは独立準備中)の代表者を集める会議は今回が最初だったため、国民は大いに盛り上がった。
 特に11日にお披露目された新型陸攻『天山』は多くの人間の度肝を抜いた。

「あれが新型機か!」
「疾風以外では追いつくことも困難な新型陸攻か……」

 帝都東京の空を轟音と共に駆け抜けていく4機のジェット攻撃機……五式陸攻『天山』。
 この新型機は推力5200kgを誇るターボジェットエンジン『魁』によって最高時速896km、爆弾も4トンまで搭載することが可能だった。そして航続距離も実に4000キロを誇り、その俊足と併せて敵勢力圏奥深くまで進出できる。4年前に登場した一式陸攻とは一線を画す強力な攻撃機であった。
 この従来のレシプロ機では満足に迎撃もできない高性能機の登場に国民の多くは沸き立った。
 そしてそれをマスコミは更に煽り立てた。特にラジオやテレビのニュースアナウンサーは大声で、いかに新型機が強力な兵器であるかを国民に受ける形で喧伝した。

「皇軍の新兵器が空を飛んでおります! 政府発表によれば、従来の爆撃機をはるかに超える高速を誇り、かつ長大な航続距離を持たせることに成功したとのことです!!」
「まさに世界最先端をいく次世代の攻撃機です! 列強でこの攻撃機を満足に撃ち落とせる国はいないでしょう!」
「欧州枢軸諸国が恐れおののくこと、間違いありません!」

 帝都東京の空を見れない者たちも、映像と音声から、いかに強力な攻撃機が披露されたかを知る。
 続けて軍事パレードが華やかに開始される。
 ソ連陸軍、アメリカ陸軍、中華民国陸軍を叩きのめした日本陸軍、その中でも誉れ高い近衛師団や戦車師団から抽出した精鋭の登場に国民は熱狂する。

「ドイツは確かに陸では強い。だが、我々の陸軍も決して負けていない」

 街頭TVで流される新兵器、そして帝国陸軍による勇壮な軍事パレード。それは多くの国民の士気を高めた。
 しかし国民に熱い視線を向けられる帝国軍、特に現場は短期間のうちに次々に配備される新兵器を使いこなす為の努力を必死に続けていた。

「こんな電子機器の塊と噴進式の発動機が次世代の兵器になるのか……」

 轟音と共に空に飛び立っていく天山を見送った整備士の中にはそうぼやいた者もいた。
 確かに強力な兵器が配備されるのは兵士にとってはうれしいことだ。何しろ生還できる可能性があがるのだ。
 だが同時に、『一式陸攻』に慣れた者たちからすれば「進化しすぎた」兵器の取り扱いに頭を抱えることも多々あった。何しろ一式陸攻どころか、一昔前の戦闘機よりはるかに速い上、搭載している兵器、機材も電子化が著しい。発動機などは桁違いの出力の別物。10年前、いや5年前のことを考えても、隔絶の差があった。
 日進月歩の勢いで進化していく帝国の軍事技術。このため数年前までは最新の技術だったものが、あっという間に陳腐化し旧世代のものとして扱われる状況が発生していた。
 急速に発展した軍事技術は列強を青ざめさせるような高性能兵器を短期間のうちに次々に作り上げた。だが短期間の内に次々に配備される高性能兵器は、それを取り扱う現場の負担も増加させる。
 現場にとってありがたいことに、軍上層部は問題が発生していると判断するや否や柔軟に対応した。陸海軍の垣根を超えて教訓を共有化してマニュアルを作り上げ、民間企業からも技師を派遣して原因を究明、対策を立案するなどあらゆる手を尽くした。
 これによって大きな問題にはなっていないものの、あまりのギャップに四苦八苦する人間は後を絶たない。

「やれやれ、凡人には生き辛い世の中になったな。天山に乗り込む連中も少しぼやいていたが」

 肉薄雷撃を華とした男たちもギャップに四苦八苦していた。
 「帝国海軍上層部は敵艦への肉薄雷撃は危険が大きいと判断し、敵艦の対空砲の射程外から攻撃することが出来る対艦誘導兵器を開発している」との噂は搭乗員たちの耳にも届いていた。命の危険が無くなるのは歓迎できるが、彼らが雷撃のために磨き上げた技能や積み重ねてきた経験が、無用の長物となるのではないかと危惧する者も皆無ではなかった。天山に乗っているような負けん気の強い搭乗員の多くは「新兵器だろうが、何だろうが使いこなしてナチの船にぶち込んでやるぜ!」と意気軒高だったが……。

(帝国陸海軍の将兵は何より先に新技術と戦い、その余力を以て外敵と戦う、か……)

 史実を知る人間が聞いたらブラックジョークとしか思えないような現状にあるのが現在の帝国軍だった。
 しかしそんな帝国軍の内情を諸外国が知る訳がない。

「素晴らしい飛行機です」
「欧州諸国でさえ、あのような攻撃機は持ち合わせていません。無敵艦隊とあわせれば、欧州枢軸海軍を容易に圧倒できるでしょう」
「いや、帝国陸軍の精強ぶりも目を見張るものがあります。帝国海軍が誇る連合艦隊と併せれば、まさに敵なしでしょう」

 銀座で行われた軍事パレード、そして頭上を飛んだ天山を特設会場で見た特使たちは、口々に帝国陸海軍を称賛した。
 特に旧アメリカ陣営であり、準敗戦国扱いだったフィリピン共和国の特使は、独裁者と言われる嶋田相手に媚びを売ることを忘れない。何しろ国内の情勢不安を理由に稲荷計画の候補地から外されたこともあり、何とか日本政府によい印象を与えるべく必死だった。
 片や、稲荷計画の拠点が置かれることになるタイ王国の特使たちも必死だった。
 確かに今現在は、他国に対してリードを保っているが、それが未来永劫続く保証はない。彼らは資源と市場を抱えるインドネシアをライバル国家として特に警戒していた。
 勿論、インドネシアやベトナムなどの各独立準備政府の特使たちも日本との関係をより強固とするつもりでおり、その機会を虎視眈々と伺っている。
 そしてそれを理解できない嶋田と吉田ではなかった。

「我が国は、我が国と手を携える友邦を、外敵とあの疫病から断固として守り抜く所存です」

 柔和な表情で語る嶋田に「頼もしい限りです」と言って笑顔で頷く特使たち。
 しかし朗らかに進む会話の裏側では如何に相手から有形無形の利益を勝ち取るか……その武器を使わない言葉による戦いが行われる。そしてその戦場では外交官が主役だった。嶋田は吉田に任せつつ、如何に覇権国家というものが面倒であるかを痛感する。

(「俺のルールに従え」という立場が日本人の性に合うのか? おまけに日本は他国に上手くルールを押し付ける経験が少ないからな……)

 開国以来、日本は欧米列強から課されたルールに従って動いてきた。
 しかし列強筆頭となり、太平洋を統べる国家となった今、日本は自国の利益になるルールを他国に課し、それを守らせることをやらなければならない立場となったのだ。

(どんなに強力な軍事力と高い技術力があったとしても、この国は新興の列強国でしかないということか……だからこそ、ここで経験が多少なりとも積めればいいのだが)

 獲得した覇権を今更投げ捨てる訳にはいかない以上、今後、日本がこの混迷した世界情勢を泳ぎ切るためには、自分たちが必要なスキルを得ていくしかない。
 嶋田はこの国際会議を実りの多いものとするべく、己を奮い立たせた。




            提督たちの憂鬱外伝 戦後編28




 帝国陸軍による勇壮な軍事パレード、華々しくデビューする天山。
 それを見て喝さいを挙げたのは日本人の横で、ナチスドイツによって迫害を受ける人々も日本軍の精強ぶりを見て笑みを浮かべていた。
 何しろナチスドイツは民族浄化を国家の政策として大々的に推し進めており、ナチスドイツが世界の覇権を握ることは彼ら被差別民族の奴隷化、或いは破滅を意味するのだ。そして被差別民族の中でもユダヤ人の危機感は殊更に強かった。
 アメリカ合衆国が滅び、イギリスが頼りにならない今、多くのユダヤ人にとって日本帝国こそが自由の国だった。ましてこの自由の国は列強の中で最も繁栄を謳歌している国家となっている。それは彼らにとって『不幸中の幸い』だった。

「この国からより大きな支援があれば、中東の同胞たちの苦労も減るのだが……仙田、何か掴めたか?」

 パレードを見たヨーロッパ系ユダヤ人・アシュケナジムに属する男は公園のベンチでそう呟く。だがその横に座っていた袴姿の日本人男性、仙田と呼ばれた男が首を横に振る。

「嶋田内閣は、ドイツとの直接対決には及び腰だ。中東進出も最小限の動きに留めている。クウェートへの進出さえ、イギリスと足並みをそろえている」
「物資の輸出は?」
「問題が多い。政府は中東に肩入れするより、近場の自治都市建設に注力するつもりだ。噂では自治だけでなく自衛のための戦力が保持できるよう支援するとも」
「具体的には?」
「質の面では満州陸軍を超える兵器が有償で供与予定されるらしい。目録は後日に。まぁ有償と言っても名ばかりだろうが」
「……大陸勢力に対する盾扱いか。日本政府は傀儡の満州共和国さえ信用していないと見える」
「総合戦略研究所とその後援者たちは日本列島に隣接する大陸勢力を不倶戴天の敵と見做している。ソビエト・ロシアも例外ではないだろう」
「それが『あの』英才たちの見解、と」

 大日本帝国の総合戦略研究所……その存在は日本の信じがたい躍進と共にこれまで以上に広く知れ渡るようになっていた。
 夢幻会の存在こそ一般に露呈していなかったものの、総研とその背後の後援者たちへの注目度も上がっている。そして日本の行動を推測するには総研の動きをマークし、分析することが必須と思われるようになっていた。
 このため、総研に伝手がある人間は非常に重宝された。特に日本の行動に振り回される外国勢力には。

「対独戦略を考えれば、ロシアを味方にするのが筋だと思うが」
「敵の敵は味方、の理論ならそうだろう。だがこの国からすれば敵の敵も敵でしかない。いや神聖なる本土の間近にあるだけ、より脅威と見做している」
「亡命者たちは?」
「自分たちを受け入れた日本を敵に回してまで、自分たちを追い出した人間を守るつもりはないようだ」

 日本、イギリス、ソビエト(又はロシア)が手を組めばドイツを東西から圧迫することが可能となる。しかしユダヤ人が望む手を打つ気が日本になく、それどころかドイツとある程度妥協する姿勢を見せていることが男を苛立たせる。

「ヒトラーの思想を知らないのか? 連中が勝てば日本人も我々の二の舞になるぞ」
「知っているとも。それでもファシズムより、アカが、いや統一されたロシアが危険と思われている。それに……迂闊にソ連に肩入れして北米防疫線が崩壊しては元も子もない」
「……アメリカ風邪、か。抗生物質が有効だと聞くが」
「総研は抗生物質の乱用は、従来の抗生物質に耐性をもった疫病を流行させかねないと考えている。勿論、新薬の開発は進めているようだが」

 いずれにせよ、日本はまだ動く意思がないことをユダヤ人男性は改めて認識する。

「頼れるのは自分たちだけ、そういうことか……」
「他国に無償奉仕する国家は存在しない。相応の利益を示せればこの国も動くかもしれないが……そうでなければ」

 ユダヤ人男性は思わず歯ぎしりするが、どうすることも出来ない。何しろこの国に対して大きな影響力を彼らシオニストは持ち合わせていないのだ。
 あの大西洋大津波前なら、打てる手もあっただろう。だが、彼らはあの大津波とその後の混乱で大幅に弱体化した。特にアメリカにいたユダヤ人社会は壊滅している。

(獣のようなナチの蛮行と飢餓に苦しむ同胞、それも女子供でさえも厄介者と見做すのか……)

 ユダヤ人たちが多く住むパレスチナ。イギリスの信託統治を受けているこの土地の周囲では、先の大戦終結後、ドイツ第三帝国の影響力が増していた。
 このため「このままではいずれ自分たちも強制収容所送りになるのではないか」と危惧する声がパレスチナに住むユダヤ人の間に広がりつつあった。またパレスチナ人との対立も収まる気配がなかった。
 ただし、ユダヤ人達はただ怯える訳でなく、自分たちの身を守るため民兵組織を強化していった。しかしこれもまた厄介ごとの種でもあった。
 これらの組織はアラブ人から身を守るだけでなく、イギリス当局に対するカードにもされていたのだ。ユダヤ人たちはイギリス軍に協力を申し込む一方で、イギリスがアラブ系住民に配慮しすぎると彼らが判断した場合、民兵組織の一部が反英運動の尖兵に使われた。
 ドイツの脅威がある手前、イギリス軍に対してテロ攻撃などは行わないが、イギリスにとっては『聞き分けのない』ユダヤ人たちは目の上のたん瘤だった。
 イギリスにとって幸いなことに、不倶戴天の敵となったフランスはシリアの独立運動弾圧のためにパレスチナに本格的に手を突っ込む余裕がなかった。しかしそれでも無視して良い問題ではないことには違いはない。
 もともとイギリス国民だった者ならいざ知らず、欧州から逃亡してきたユダヤ人、それも中東で問題を起こすような連中を守る余裕も意思も今のイギリス政府にはない。故に彼らは中東でこれ以上の揉め事を回避するため、ユダヤ人のパレスチナへの移民制限の強化、欧州から流れ込んだユダヤ人の極東移送を進めたかったのだ。
 当然、『約束の地』に固執する一派は猛反発するが、物資の問題は如何ともしがたかった。世界のどこを見渡しても、パレスチナに居座るユダヤ人に好き好んで支援する人間はもはやいなかったのだ。旧アメリカ、それも西海岸在住のユダヤ人たちも自分たちのことで精一杯だった。

「西海岸を中心に我々の影響力を再び拡大していくしかない」

 それが在西海岸のユダヤ人たちの考えであり、それは同時に同胞への支援が打ち切りになることを意味していた。
 戦前からナチの蛮行から逃れてきた同胞を支援する者と厄介者扱いする者とで分かれていたが、いまでは後者が圧倒的多数となっている。

「……このままでは、同胞は再び離散するしかないだろう。祖国再建は遠のくばかりだ」
「いっそのこと、別の土地に祖国を作るというのは? それならねじ込める可能性もゼロではないのでは?」
「かつて、我々が『それ』を検討した結果をあなたも知っているはずだ」
「……どうしても聖地を首都にしたい、と」
「そうだ。あの都市は本来、我々の物なのだ。あの大地を取り戻し、祖国を、子孫に誇れる国を作る。それが我々の長年の悲願なのだ」

 そう言い切った男は日本人男性の表情を見て苦笑する。

「自治都市については感謝している。だがそれとこれとは別なのだ」
「……理想を追い過ぎれば、足元が疎かになる。すでに自由ポーランドも動き回っている。下手を打てば、そちらの存在感は埋没しかねない」

 北米への派兵などに協力していた自由ポーランド政府、そして多数の船舶を抱える旧自由フランス政府の日本への貢献度はユダヤ人をはるかに上回っていた。そして自由ポーランド政府は次の手を打とうとしていた。

「自治都市で基盤を築くと同時に、東南アジアでは供給できない優秀な人間を供給する。これが我々が生き残る道であり、祖国奪還への道でもある」

 自由ポーランド政府首相ヴワディスワフ・シコルスキは、部下たちの前でそう断じて動き出していた。
 自由ポーランド政府は早期の祖国奪還を断念。引き換えに自治都市に拠点を置いて基盤を整え、祖国奪還の機会を待つことを選択したのだ。
 同時に彼らはイギリス政府の都合で見捨てられ、流浪の存在になったことを教訓として、日本が自分たちを容易に切り捨てられないように自分たちを売り込むつもりだ。具体的には軍事だけでなく、様々な分野で優秀な人材を多数育成し、彼らを日本勢力圏に送り込むつもりでいたのだ。何しろ安価な労働力では東南アジアには勝てないし、これから台頭する新興国の中で存在感を失いかねない。そうなれば、自由ポーランドの発言力は大きく低下することになる。彼らにとってそれは避けなければならなかった。

「彼らに倣って、我々も地道に発言力を増やしていくしかない、か……」

 そういうと男は立ち上がり、頭を下げて礼を述べた後、その場を去っていく。
 だがその去り際に男が道路の向こう側に見える神社の鳥居を見つめ、表情を若干歪ませたことに仙田は気づいた。

(ふむ……)

 そして完全に男の姿が見えなくなった後、トレンチコートを着た男が現れ、仙田の右横に座る。

「商いが順調そうで何よりだ」
「他ではなかなか手に入らない『商品』を卸しているので。まぁ最近、その客が外国の業者と揉め事を起こしそうなこと、その揉め事に我々を巻き込もうとしていることが頭痛の種ですね。特に長年、所有権で揉めている土地の問題については」
「それについては吉報がある。自称所有者の一人……そう、かの伊達男の友人は、あの土地が誰の手にも渡らなければそれで良いそうだ」
「おや? そうなのですか?」
「誰の手にもわたらず、誰もが好きな時に土地を訪れ、昔を懐かしめれば問題ないそうだ」
「それはそれは。口だけではなかったということですか」
「だが他の人間は所有を主張し続けるだろう。揉め事がこちらに飛び火しないように気をつけなければならないな。大火事に繋がる火種はさっさと処理するほうが良いこともある」

 トレンチコートを着た男、村中陸軍少将はの台詞には具体的な名前が出ていないが、込められた意図を察した男は苦笑する。

「ああ、それと知っていると思うが……最近は日本人は神に賄賂を渡せる、そんな噂が出回っている。このため、海外で色々と困ったことが起きている」
「怪しげな宗教が一部で流行っていると聞きましたが?」
「中途半端に日本の文化を取り込んだものも多い。だがそれだけなら、まだ問題は少ない。『それだけ』ならな」

 自分たちのような諜報機関が関わらなければならない事態が、それも帝国にとってあまり面白くないことが起きつつあることを男は察する。

「『神』のために働きたいなら、地元の神にでも祈ればいいのだが……どうやら、彼らは別の神に縋るようだ」
「ははは。金回りが良くなって少し調子に乗っている面々に冷や水を浴びせるのは良いかも知れませんが……事と次第によっては冷や水どころの騒ぎでは済まないのでは?」

 大西洋大津波。帝国の完全勝利の要因となった『現代の神風』は日本の宗教界の福音となった。
 富裕層は勿論、生活が豊かとは言えない層でさえ、神社や寺に寄付をしていた。この動きは文化財の保護には役立ったが、急に金回りが良くなったために、色々と生臭い話が宗教界から聞かれるようになっており、政府が注意を呼びかけなければならない状況だ。
 一方でヨーロッパ、北米の宗教界の動揺は未だに続いている。
 北米西海岸の宗教勢力は反共、反連邦を掲げることで辛うじて求心力を維持していたが、そこにかつてのような求心力はない。ヨーロッパでは無神論者が増える一方で、過激な原理主義者も増え続けていた。
 混乱が続くインド、アフリカでも宗教関係のトラブルが相次いでいる。インドやアフリカに比べればまだ安定していると言える中東でも頭の痛い問題が起きている。
 そのような情勢下で、日本の宗教を模倣した団体が他国でトラブルを起こすなど、考えたくもない。

「だからこそ、注意が必要なのだ。距離的に離れているにも関わらず、こちらに火の粉が降り注がない保証はない」
「見たことも聞いたこともない親戚の不始末を押し付けられる、と。心します……しかし、よろしいので?」

 男はそういって周囲を見渡す。それを見た村中は首を横に振り、問題がないことを示した。

「それでは期待している」
「お任せを」






 新型陸攻『天山』のお披露目を見て喝さいを浴びせる者がいるなら、苦虫を潰したような顔をする者たちも当然ながら存在した。
 中でも険しい顔をしていたのは、日本と真っ向から向き合っている欧州枢軸の盟主・ドイツ第三帝国の人間たちだった。

「疾風、そして天山。ドイツ空軍は連中に対抗できるのか?」

 在日ドイツ大使館の会議室で報告を聞いた親衛隊将校は、険しい視線を隣にいる空軍士官に浴びせる。
 偉そうな態度と口調を隠しもしない親衛隊の人間を毛嫌いする者は多い。しかしイラン演習で手痛い大敗北を喫した空軍の将校は返す言葉もなかった。

「現在、新型機を開発中とのことですが」
「疾風と戦ってみなければ判らない、か。情報部は何か掴んでいるのか?」

 会議室の人間の視線が、国防軍情報部の人間に集まる。

「日本の新型機開発は日本陸海軍の工廠、三菱、倉崎、そしてノースロップに集中しています。この4社を中心に調査を行っていますが、疾風の後継機についての情報は未だに掴めていません。ただ疾風の改造を行うという噂は流れてきています」
「改造、だと?」
「情報を精査する限り、エンジンの換装が最も可能性が高いと我々は判断しています」
「それだけしか掴めないのかね?」

 意地の悪そうな表情で問いかける親衛隊将校に、情報部の将校は不快感を覚えるが、それを表に出すことはない。

「残念ながら、日本の防諜は決して侮れません。加えて日本では白人人口が少ない為、欧州や旧アメリカ合衆国で行ったような探りを入れることが困難です」

 ドイツ国防軍も諜報活動を軽視していた訳ではない。
 戦前はカナリス提督の指揮の下、少なくない成果を挙げてきた。しかし予算と人員の制約もあって、日本にまで十分な諜報網を形成することは不可能だった。加えて日本との戦争が勃発したことで、在日ドイツ大使は退去、大使館は閉鎖を余儀なくされ、ドイツ人が正規のルートで入国することさえ不可能になった。
 終戦後、再び入国できるようになったが日本からのマークは激しく、思うような活動は難しかった。

「そのための彼らだろう?」

 痩せ気味の親衛隊将校は東洋系の顔を持つ二人の男に視線を向ける。
 一人には侮蔑を、もう一人には軽い不信感を込めた視線を送る。
 普段から尊大な親衛隊将校の態度に腹を立てている人間も、この行動については批判しない。特に前者のように戦闘の真っただ中に寝返って友軍を後ろから撃つような連中と肩を並べて戦うなど、前線で戦う軍人からすれば「冗談ではない」のだ。
 上海の戦いで中華民国北京政府軍があそこまで露骨な裏切りをしなければ、彼らも態度を軟化させていただろう。しかしあの事件を見聞きしている人間たちとしては、米軍の二の舞になるというのは決して絵空事ではない。

「しかし……本当に大丈夫なのかね?」

 不信感が会議室に満ちるのを情報部の将校は察したが、『信用問題』について反論することはしなかった。

「陳を含めた中国系の諜報員も日本に来てから日が浅いのです。確かな情報収集には相応の時間が掛かります」

 しかしそこで背広を着た白人男性が首を横に振る。

「そもそも彼らに情報収集など出来るのですか? こちらの情報が漏えいしていないかを疑うべきでは?」

 彼は根強い憎悪と不信感を宿した目で陳と呼ばれた男をにらみつける。睨みつけられた陳は激怒して食って掛かる。

「何だと、この野郎! 一回も日本軍に勝て無かった張りぼてのくせに!」
「貴様らが大陸で何をやったか、もう忘れたのか! 生粋の嘘つき共が!!」

 旧アメリカ海軍軍人、それも壊滅したアジア艦隊の数少ない生き残りと上海の戦いで米軍によって家族を射殺された男がいがみ合う。

「何の関係もない民間人を殺害して回ったのはどこの誰だ!」
「上海の租界を襲って民間人を殺害して回ったのはそちらだろうが!! 妊婦や赤子を惨殺して喜ぶような野蛮な獣は黙っていろ!!」

 誰も止めなければ殺し合いになりそうな雰囲気になり、これを見ていたもう一人の東洋系の男性が穏やかな口調で切り出す。

「今は総統閣下の勅命を遂行するのを優先するべきかと」

 陳と呼ばれた男は、穏やかに仕切り直しを提案した男をにらみつける。

「島坂か……」
「我々は国家社会主義を信奉する同志。ここでいがみ合っている場合ではないかと」
「ぐぐぐ……」

 陳から見れば、ドイツの協力者であるとは言え、彼ら漢族を地獄に叩き落した日本人である島坂は憎悪の対象でしかない。
 何しろ中華の大地は日本の手によって徹底的に分断されて内戦状態。海外に移住した同胞も第二次満州事変の真相暴露によって日本側に寝返ることができた者以外は、迫害されて困窮するか、内戦状態の大陸に追い返されるか、あるいは強制収容所に叩き込まれるかの三択のうち何れかの道をたどることになったのだ。
 一般的な日本人なら「お前たちの自業自得」と反論するところだが、やられた側、それも無駄にバイタリティのある大陸出身者が謙虚に己を省みる訳がない。
 「アジアの長兄である中華を八つ裂きにし、長兄が収まるべき地位を不当に奪った忘恩の輩」と考える者も少なくなく、陳もその類だった。
 しかしここで憎悪をぶつける訳にはいかないことも彼は理解しており、それゆえに引き下がる。

「バンディも」
「ちっ」

 バンディと呼ばれた男は巡洋艦で砲術長を務めたこともある海軍軍人であった。その彼からすれば日本人は仲間の敵なのだが……陳という最悪の裏切者がいることから憎悪の対象には成りにくかった。彼の知る限り、日本人が国際法に則って『戦争』をしていたこともそれを後押しした。
 一連のやり取りを冷めた目で見ていた者たちは旧米国人と中国人が矛を収めたことを確認すると、島坂が主張したように会議を再開した。
 気分を切り替えた親衛隊将校は情報部将校に改めて問う。

「件の反共戦線の反応は?」
「日本勢力圏、それも日本本土の目と鼻の先で奴隷貿易が横行していることを公にできましたが、あくまで現地の犯罪組織の仕業とされています」
「日本の黙認があるのは明白ではないか。あの連中が本土の目と鼻の先で何が起きているか、知っていないわけがないだろうに」
「しかし日本が奴隷貿易を斡旋していたという証拠もありませんので……」
「ふむ」
「加えて次々に公開される新兵器。そして稲荷計画という餌を前にして、多くの人間が口をつぐんでいます。日本にあまり不満を言えば、報復として自分たちが得られる利益が減らされる、いやそれ以上に恐ろしい目に遇う……そう判断しているようです」
「「「………」」」
「ただし韓国では『ロシアを叩いて同胞を救い出せ』と主張する者たちが増えています」

 その勇ましい言葉も、ドイツを当てにしたものであることは間違いなかった。
 ついでに反共を隠れ蓑にしたドイツシンパも拡大している。彼らはドイツの威を借りることで、日本の影響下から脱したいと思っている。
 仮にドイツが彼らを公然と支援すれば第三次世界大戦に突入するだろう。だがさすがのヒトラーもそこまで愚かではなかった。

「義勇兵として戦いたい者は受け入れろ。ただ、現地で騒乱を起こそうとしている者は切り捨てろ。日本相手にテロを行った者も、だ」

 ヒトラーは関係者にそう厳命していた。
 このためドイツは亡命者は受け入れたが、反政府組織への支援は断固として拒否しており、その旨のサインも日本側に示している。ドイツ外務省の迅速な対応もあって日本も文句こそつけるが、実際にドイツが反日派を支援するために動いているとの証拠がないため、積極的に動く真似はしていなかった。
 一方で韓国国内の反共勢力、より正確にはドイツシンパを封じるために軍を増派することを決定した。そしてそれはドイツ側も知るところとなっている。

「韓国国内の情勢を受けて日本陸軍も韓国へ増派する計画を検討中とのことです」
「なるほど。ある程度、反撃は出来たという訳か」
「総統閣下の目的はある程度、達せられたかと」
「よろしい。あとは韓国人が調子に乗って、会議の席で愚かな真似をすれば完璧だが……」

 親衛隊将校がここにはいない韓国人をあざ笑うかのように鼻を鳴らす。

「報告書をご覧になられたと思いますが、かの民族は政権争いで外国勢力を呼び込む癖があります。我が国がかの国を評価していると聞けば何かしらの反応を示すでしょう」
「そして日本政府はかの国の統制のために、力を入れざるを得ない、と」
「ソビエトと中華民国がああなった以上、朝鮮半島の戦略的価値は低下していますが、それでもかの半島は日本の脇腹を刺せる位置にあります。無視はできないでしょう」

 情報部の答えに陸海空の軍人たちが頷く。

「日本本土を守るためには半島の確保が必要です。もしもかの半島が敵に落ちれば、次は本土決戦。それは軍人としては避けなければなりません」

 駐在武官の台詞を聞いた親衛隊将校は、改めて某半島の住民を嘲笑う。

「いやはやポーランド人と言い、朝鮮民族と言い、東西問わず隆盛する国家の隣には劣等民族しかいないのかね?」

 親衛隊将校の物言いに異を唱える者はいない。
 陳でさえ、朝鮮人を庇う言動は一切しなかった。この事実こそが、この場にいる者たちの考えを端的に示していた。

「まぁ今回は精々、役に立ってもらおう。日本が我々以上に余力を持っている状態は好ましくないからな」

 ドイツが注目しているのは環太平洋諸国会議に続いて、日本が北米西海岸で行う予定の大規模な演習だった。
 日本としては躾けの成っていない狂犬のようなテキサス共和国、そしてその背後にいるドイツへの牽制、そして何より自国の勢力圏、それもドイツ側と接する地域にも十分な援軍を送れることを味方に示すために虎の子の翔鶴型空母2隻を中核とした機動艦隊、そして陸軍の精鋭部隊を載せた輸送船団を送り込んだつもりだった。
 そしてドイツも遠まわしに、その旨を伝えられていた。
 ドイツ側は日本の言い分を理解したが、それで終わるつもりもなかった。
 特に日本の足を引っ張る工作を進めるヒトラーは、この演習の裏には何か悪辣な目論みがあるのではないかと疑うようになっていた。

「また何か企んでいるのではないのか? それとも何かが起きる前触れか?」

 酷い謂われ様だったが、これまで散々に痛い目に遇わされたヒトラーからすれば、そう思うのも当然なのだ。
 故にヒトラーは環太平洋諸国会議への工作だけでなく、この演習についての情報を会議への工作に『支障がない範囲』で出来るだけ入手するように指示を出したのだ……指示を出されるほうは堪ったものではなかったが。
 兎にも角にも、在日独大使館に集まっている面々も先日まで方々を走り回り(おかげで親衛隊将校はダイエットに成功)、情報をかき集め……ある推論を出すことになった。

「メキシコ、そして中南米諸国の締め付け、それも考えられる」
「メキシコか……」

 メキシコはその位置から北米防疫線の後背地として期待されていた。だがドイツは同時に、カリフォルニア進出のための拠点化を目論んでいた。
 曲がりなりにもメキシコ合衆国は巨大な人口、豊富な資源を抱えた国であり、メキシコを欧州枢軸陣営に取り込むことができれば、不安定なテキサス共和国より安全な橋頭保を確保することが出来る。だが露骨にメキシコを取り込めば、日本を刺激しかねないことも彼らは承知している。
 このため、ドイツ資本の進出と併せたメキシコ経済界への浸透、それに北米防疫線の維持負担低減を名目にしたメキシコ再軍備に便宜を図るなど、少しずつメキシコとの友好を深めていくつもりだった。

「我々の目論みを見抜き、メキシコ人に釘を打つのが副次的な目的なのでは?」
「……まさにこの国にしかできない砲艦外交だな」

 様々な意見が出る中、親衛隊将校は大まじめな顔で言い放つ。

「ユダヤ人よりも強欲で、共産主義者より陰謀を好む連中のことだ。また何か悪巧みをしていも不思議ではない」

 一般的な日本人からすれば「人聞きの悪いことを」と悪態をつきそうな評価だったが、実際に日本が、正確に言えば夢幻会が行ってきた陰謀、謀略はエゲツナイものが多く決して事実無根ではない。特に衝号作戦、夢幻会が極秘中の極秘としたこの作戦で実行された内容とそれによる影響は人類史上を見ないモノとなっている。
 そう、どんなに声高に、それも偏見や嫉妬、妄想などを基にして日本が悪辣だと批判する者がいても、現実はそれ以上であるのだ。
 夢幻会の暗部に深くかかわってきた辻は欧州で言われている日本への中傷誹謗を聞いて「やれやれ、風評被害がひどいですね。まぁ実態はもっと酷いんですが」と笑ったほどだ。
 尤もそんなことを知る者はこの場にはいない。日本での情報収集に力を入れているイギリスもそれは同様だった。

「さて、日本はどのような手を打つか……いや、何を考えているか」

 銀座でパレードが行われたためか、いつもより人通りが少なくなった道路の端に止められたロールス・ロイス製のファントムV。
 そしてその中に集まった英国諜報員たちは、ドイツ側の内情(諜報員の仲の悪さ)にほくそ笑みつつも、日独の動静に目を光らせていた。
 天山については「まぁ日本だから仕方がない」と半ば諦観の念をもって受け入れられ、改めて調査を行うことにしていた。散々、驚かされ続けた彼らにとってこの程度のことは驚くに値しないことなのだ。
 むしろ彼らは新兵器の存在自体より、日本が次々に開発する新兵器を使ってどのような動きをするかに着目した。

「日本は射程と搭載量を増やした新型の弾道弾の開発も進めていると聞く。そのような兵器がアラスカに配備されれば北半球のかなりの地域が、弾道弾の射程に収まる」
「ドイツの伍長殿はそれに気づいて、足を引っ張ろうとしている、と?」

 ドイツが色々と策動しているのはイギリスの知るところとなっていた。
 そしてイギリスとしては少しでも日本に恩を売るため、様々な情報を日本側にリークしている。

「ドイツ人に我々程の力はない。現状では日本側が公開した見せ札を探るので手一杯だ。まぁ彼らが見せ札につられるのは構わないがね」

 同時にイギリスも対日情報収集活動を怠らない。
 MI6は苦しい台所事情の中から、優秀な人間を多数選抜して日本に派遣していた。本国でも大勢の専門家が招聘され、日本の歴史、社会、文化などあらゆる方向から分析を行っており、その本気度が伺える。

「見せ札? ということは天山も、あのY型戦艦もかね?」
「対米戦の時、彼らは短期間のうちに米国中枢を破壊しようとした。ならばドイツにも同様の戦略をとる可能性はある」
「ふむ。彼らはを速戦即決を是としている。それを考えると確かにあり得るだろう。実施するかどうかは兎に角、その能力があるという時点でカードになる」

 イギリス側は日本が南ではなく、欧州枢軸諸国及びソ連の中枢を直接攻撃できるようになるため北、特にアラスカと弾道弾に重点を置くのではないかと推測していた。
 かといって大和型戦艦(表向きはY型戦艦)など、通常戦力を軽視することもできなかったが……。

「しかし日本は韓国への懲罰は必要最低限にとどめている。まぁあのような面倒ごとが多い地域を併合するのが嫌なのはわかるが」
「彼らは昔から海外勢力を呼び込む悪癖がある。それを何とかしなければ一帯が不安定なままになるぞ」
「……今回の会議は試金石の可能性がある」
「韓国が足を引っ張り続けるなら、何か手を打つと?」
「『夢幻会』、あの組織ならすでに何かしら手を打っていても不思議ではない。件の西海岸演習でさえ、何かしら別の意図と目的があっても驚かないぞ?」

 『夢幻会』。その単語を聞いた面々は若干ながら顔をしかめる。
 彼らにとっては夢幻会とは自分たちを欺き、長きにわたり歴史の陰に隠れて列強を常に出し抜いてきた謎多き組織であり、今や列強の頂点となった大日本帝国の『奥の院』だ。この組織の存在と動向をもっと早くから掴むことができれば……そう思わない者は英国にはいない。
 しかし過去のことを悔いても意味がないことをこの場の彼らはよく分かっており、すぐに気分を切り替えた。

「確かに、かの組織なら何か動いているかも知れないな」
「しかしあの組織に手を突っ込もうとすれば、英日関係を悪化させる。合法的な活動で情報を収集していくしかない」

 在日英大使館の働きで僅かなりとはいえ印象を良くしたとは言え、今の英日の関係では、強引な方法を取ることは出来ない。故に彼らは地道な諜報活動を進めていくという選択肢しかなかった。
 いずれにせよ、今後、韓国が日本の逆鱗に触れるようなことがあれば間違いなく、かの国は歴史上の存在になるというのはその場にいる人間の共通した認識だったが。

「そのあたりの情報も入手するべきだろう。だが今はこの会議について注力するべきだろう。反共戦線の件もある」
「話し合いではなく、日本が決定した事実を通達するだけの場だろう。まぁ日本のことだ。多くの国が秩序作りに参加したという『体裁』を整えるだろうが」

 イギリス人から見ても、環太平洋諸国会議に参加する東南アジアの新国家群は日本の傀儡国家、あるいは準植民地でしかない。
 整備されつつある日本式の政府機構、法体系を考慮すれば、日本が間接的にこれらの地域を支配しようとしているとしかイギリス人には思えなかった。
 かと言ってそれを道徳面で批判するつもりもない。直接統治が割に合わなければ間接統治で富を吸い上げるというのは、経済的に合理的な選択肢なのだから。

「問題はそれが我が国にとっての利益になるかどうか、だ。今度は失敗する訳にはいかない。今の二流扱いをかつてのように一流に戻す必要がある」
「まぁ日本は我々のことを『まだ』一流と評価しているようだが」
「商売敵に一番高評価をもらうとは……」

 イギリスが誇る諜報機関・MI6。かつては一流の扱いだったが、数々の失態によってイギリス国内では二流の扱いを受けるに至った。
 ただしそのMI6を散々に出し抜いたとされる日本側はイラン演習後にドイツの機密情報を盗み出したMI6を『侮りがたし』として、マークしていた。

「兎にも角にも、ことは慎重に、そして確実に進めなければならない。ここで失敗すれば、祖国は……沈む」

 追い詰められたイギリス人も動き出す。
 そして各国の思惑が入り乱れる中、環太平洋諸国会議は進む。
 誰もが己が知りうる情報を基に様々なリスクとリターンを見積もり、少しでもリターンを得ようと動いた。それは夢幻会もそれは織り込み済みのことだった。
 だが他者が日本と夢幻会に与える評価と、夢幻会の自己評価にあまりに大きな差異があることは織り込めていなかった。
 そしてそのツケは、すぐに回ってくることとなる。
 日本から遥か遠い地で起きた轟音を合図にして。





 あとがき
 お久しぶりです。earthです。
 提督たちの憂鬱外伝 戦後編28をお送りしました。
 リアルの都合で中々更新できなくてすいませんでした……おまけに話もあまり進んでいないし(汗)。
 それでは拙作にもかかわらず最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
 戦後編29でお会いしましょう。






 今回採用させていただいた兵器です。

提督たちの憂鬱 設定スレ その13 849
<天山>五式陸上攻撃機
全長:20.3m 全高:4.7m 全幅:20.7m
最高速度:時速896km 航続距離:4000km(フェリー時:7200km)
実用上昇限度:1万7千m 自重:13980kg 乗員数:3名
エンジン:<魁>ターボジェットエンジン(推力5200kg)×2
武装:爆弾4トン搭載可能(または対地・対艦ミサイル×4・胴体爆弾倉のみだと×2)