1945年7月、やや肌寒かった初夏に旧ソ連地域で起きた反乱鎮圧のために、ナチスドイツが黄色人種を含む有色人種で構成された武装親衛隊を投入したとのニュースは、距離の関係ですぐさまイギリスに飛び込むこととなった。
ドイツの宣伝相が「我がドイツが有色人種に門戸を開いている証拠だ」と積極的に喧伝していることもあって、イギリスではドイツの意図をつかむべく直ちに情報収集を開始していた。
「『黄色いSS』か……日本の目を気にしてのことか、それとも」
イギリス秘密情報部長官スチュワート・メンジーズは、部下からの報告を受け取った後、しばし考え込んだ。
彼の祖国・イギリスは首の皮一枚で何とか生き残っている状態なのだ。もしも、ヒトラーが何か重大な意図をもって、この宣伝工作をしているとすれば、それを見抜かなければならない。仮に失敗すればイギリスという国家の首が飛びことも考えられるのだ。尤もその前に彼の首そのものが飛ぶ可能性があるが……。
ついこの間、イランに展開していたドイツ陸軍と空軍の重要機密(新型戦車、ジェット戦闘機、暗号等々)を巧みに奪取したことで、英国秘密情報部は何とか面目を保ったものの、彼らの立場が依然として厳しいことには変わらない。彼自身の首が今なおつながっているのは、大西洋大津波の影響で情報部の責任者の首を差し替える余力がなかったこと、そして日本の中枢である夢幻会の存在を探り当て、彼らと交渉するルートを確保できたという功績があってこそだ。
(戦前の予算削減の煽りを受けたとはいえ、原子爆弾、富嶽、それに疾風……日本の新兵器を悉くつかみ損ね、米中の共謀を見抜けなかった失態は大きい。これ以上は……)
日本の切り札を知っていれば、或は米中の共謀を見抜けていればイギリスの政策は大きく違っていた……現在の苦境に喘ぐ者たちでそう思わない者はおらず、必要な情報をもたらすことができなかった情報部を責める声は依然として大きい。
インド洋演習で危うく大恥をさらすところだったイギリス海軍からは情報部に対する怨嗟の声が挙がっており、当事者であったフィリップス大将から「ティータイムを楽しむのは良いが、本業(列強諸国への諜報活動)も欠かさないでもらいたい」とくぎを刺された程だ。
そのような事情があるが故に、メンジーズは国王陛下のため、そして情報部の名誉を回復させるため連日必死に頭を働かせている。
「ドイツ外務省は『優秀な人材については、門戸を開いていることを証明する物』と返答しているそうです」
「……他は従来通り?」
「はい。中東諸国の環太平洋諸国会議参加について協議したいと」
部下の回答に、メンジーズは一旦口を閉ざす。
「ふむ……」
日本が中東を日英独の対立の場ではなく、資本主義と共産主義の対決の場にしようと持ち掛けてきたことはイギリスにとっても幸運だった。
ただでさえ息切れ気味のイギリスにとって、中東が不安定化するなど百害あって一利なしなのだ。ただし日本の影響力が中東であまり強まるのもあまり歓迎できることではない。このためイギリスはサウジアラビアにくぎを刺すことは忘れなかった。
同時にドイツとも交渉を行い、『これ以上の混乱を避けるため』に中東におけるお互いの勢力圏維持について協力し合う方向に話をまとめようとしている。
表向きは日本の提案に乗っかった形での反共連合、だがそれは同時に日本に利益を与えつつも、不倶戴天の敵であるはずの欧州枢軸をも利用して中東地域における日本の影響力を英国にとって好ましい形で制限するための枠組みでもあった。
何よりイギリスが嫌らしいのは、この枠組み作りにイラン演習における疾風ショックを利用していることだった。英国紳士達はドイツ側に「イギリスがこれ以上衰退すれば、サウジアラビアなどの親英諸国が親日に舵を切り、ドイツがいまだに対抗手段を持たない画期的な新兵器群が現地に配備される可能性がある」と情報を流し、自国は一兵も動かすことなくドイツを牽制していた。
そしてこれらの活動は厳重な防諜の下に行われていた。イギリスは戦時中に日本がドイツの暗号を破ったことを忘れていなかったのだ。
日本で得られた重要な情報についても、特に秘匿が必要なものは外交官が自身の手で持って直接本国に持ち込む程だ。すべての情報をそんな方法でやり取りすることはできないため、日本側に『ある程度』情報が漏えいしていたが……イギリスは日本に「日本が我が国に知られていることを知っている可能性がある」との前提で動いていた。
何はともあれ、イギリスは細心の注意を払いつつ、行動していた。
故に彼らはこの時期に敢えて行われたドイツの行動を注視する。
(日系、朝鮮系……様々な有色人種を参加させた部隊を使う……確かに彼らが言うように宣伝工作と言えなくともない。だが、それだけだろうか?)
情報機関がドイツの真意を探る中、イギリスの現首相モズリーは「仮にドイツが対日関係の好転を図っているのだとすると拙いな」と考えていた。
「現時点で日独が戦うのは我が国の国益にならない。だが日独の関係が不必要に好転するのも我が国の国益にそぐわない」
招集された円卓会議の席で、モズリーはそう言い放った。
何しろ仮に日本とドイツの関係が良好なものとなって困るのはイギリスだからだ。日本が渋々ながら裏切り者たる英国と再び手を結んだのは、ドイツという不倶戴天の敵がいたからに他ならない。仮に日独関係が改善すれば、イギリスと手を結ぶ必要性は消滅する。
北米防疫線に関わっているため、即座にイギリスを攻撃するようなことはないだろうが、ただでさえ凋落著しいイギリスにとっては大打撃となる。
「ドイツが今の方針を転換しない限りは難しいのでは?」
そんな疑問の声に対し、モズリーは首を横に振る。
「この世に絶対はない。我々は先の大戦でそれを嫌というほど学んだはずでは?」
「……」
「ソ連への工作が露見した可能性は?」
出席者たちの視線は円卓会議に呼ばれたメンジーズに集中する。
インド洋演習で大恥をかきかけた第一海軍卿は「『また』失敗していたら、魚雷に括り付けて魚雷発射管に詰め込んでやる」という意思(殺意)を込めた視線を秘密情報部の長にぶつけていた。
「今のところ、日本側の反応はありません。我が国が工作を行っていることはある程度は察知しているでしょうが、その詳細までは掴み切れていないでしょう」
「ふむ……」
英国はロシア帝国復活のため、ソ連に対する工作を推し進めていた。
彼らはソ連軍再建のために旧アメリカ合衆国由来の大量生産のノウハウの供与さえソ連に行っていた。ソ連は日本から輸入した工作機械、イギリス経由で輸入した生産技術を用いて信頼性の高い新兵器の量産を目論んでいた。ただしこのようなソ連へのテコ入れと並行して、イギリス側は共産政権を瓦解させるべくソ連軍将校や政府高官と接触している。
8月革命と呼ばれたクーデターで排除したスターリンにすべての責任を負わせたとしても、各人が抱える不満をすべて解消できるわけではない。8月革命後の新体制に不満を持つ者はいくらでもいるのだ。
「……対ソ政策は現状を維持しよう。ただ英日関係の修復のために、次の手は打つべきだろう」
モズリーの脳裏に浮かんだのはシンガポールの利権だった。
「東インドの情勢悪化を考慮すると、シンガポールの件は譲歩するしかないだろう」
「シンガポールをですか、それは」
「海軍卿の言いたいことはわかる。だがインド情勢がここまで悪化している以上、何かしらの譲歩は必要だ。現状のままインド東部から大量の難民が東南アジアに流れ込めば、どんな事態が起きるか……」
「「「「………」」」
「それに中東の件もある。日本人が『安心』して中東行のタンカーを運用するのに、帝国海軍主導によるマラッカ海峡の安全確保は必要不可欠だ」
イギリスが露骨な裏切りをしなければ、「英軍が安全を保障する」と言っても信用されただろうが……現状では日本側で英軍を信用する者は多くない。
外交的な信用も問題だが、先の戦争でイギリス海軍がろくな活躍をできなかったという事実も大きかった。Uボートに散々に苦戦し、地中海では戦艦2隻を失った挙句に戦後はその2隻が仏の手で修復・運用されている。目立った戦果と言えば騙し討ちで討ち取った仏艦隊位という状態。インド洋演習で少しは持ち直したが、『実績がない』という事実は問題だった。
(我々(政治家)の批判(主に外交政策に関して)は結構だが、大した成果を出せなかった軍人共の不甲斐なさも我々の決断を後押ししたということを忘れないでもらいたいな)
戦後、批判されがちな政治家はそんな視線を軍人にぶつけていた。
片や軍人たちはそんな批判に対して「軍事予算を削ったのはお前らだろうが」、「そもそもナチの台頭を許したのは文官だろうが」と反発を覚えている。
モズリーも英軍の実力を不安視する感情があったが、『表立って』軍を批判するつもりはなかった。
「日本人がインド洋に出れば、セイロン島に根拠地を持つ我々、いや王立海軍とも協調せざるを得なくなる」
そして王立海軍と帝国海軍が協力して海上護衛任務に当たるという『事実』は、英国にとって大きなカードとなる。
「ただ容易に譲渡すると太平洋に利権を持つ人間が騒ぐし、連合王国の(ただでさえ低くなっている)国威が低下する。最低限の『対価』に関して慎重な交渉が必要だろう」
シンガポールは譲るが『日本を怒らせない程度の』対価を入手する……そのモズリーの意見を聞いた円卓の出席者の面々は最終的に首を縦に振ることとなる。
提督たちの憂鬱外伝 戦後編23
有色人種によって構成された武装親衛隊をドイツが結成し、実戦に投入したとの情報はドイツの宣伝もあって、世界各国の知るところとなった。
環太平洋諸国では「有色人種(ナチの教義では劣等人種)でも優秀な人間なら登用するという姿勢を見せ、ナチスドイツへの警戒を少しでも緩めるのが狙いなのでは?」との声が多く挙がった。日本政府では「ユダヤ系の科学者でも登用できるようにするための政策では?」と考えられていた。
「イラン演習で完敗した以上、ドイツ政府が技術面の底上げを図るのは当然。ただでさ後れを取っている彼らとしてはなりふり構ってはいられないだろう」
会合の席で山本海相は日本を追撃するために、ナチスドイツが人種政策について何かしらの転換を図っているのではないかと主張した。
実際、この意見には相応の説得力があった。何しろドイツは先のイラン演習において疾風の脅威をまざまざと見せつけられている。日本の諜報部も、ドイツが死に物狂いで新型機の開発を推し進めていることを入手していたため、山本の意見に賛同する者は多かった。
「ヒトラーがあんな馬鹿なこと(人種政策)をするから、ダッソー兄弟のような有望な人間が逃げていくんだ」
隠居したにもかかわらず、元気いっぱいなマッド技術者・倉崎重蔵は研究所の面々(戦前に日本に来たドイツ人含む)の前でそう断じた。
この世界のダッソー兄弟はナチスドイツに従って反ユダヤ政策を掲げたヴィシーフランスからイタリアに逃れた末、カプローニ社と手を組んでダッソー=カプローニ社を創設していた。そしてダッソー兄弟に続くように、西欧に残されたユダヤ人のうち技術や資金に余裕のある者たちがイタリアに流れた。
ドイツ、そしてドイツに追随する国々の人種政策によって身の危険を感じた西欧各地のユダヤ系住民はユダヤ系を排斥しないイタリア王国でしか生きるすべがなかったのだ。そしてこのユダヤ人たちの手によってイタリアの産業は活性化している。
(よく考えたら、この歴史でイタリアって勝ち組だよな……いやまぁ都市間の意識の差とか、軍制とかいろいろ問題があるけど)
人伝で聞いた倉崎爺の話を思い出した嶋田は、閣僚たちの話を聞きながらイタリアの立場を羨んだ。
なお、このユダヤ人たちの流入とイタリア政府、軍の必死の努力、そしてドイツからの技術供与により、後にイタリアは実用噴進式戦闘機である『ウラガーノ』を開発する。推力1640キロを誇る軸流式圧縮式噴進発動機二基を搭載し、最高速度990キロを誇るこの噴進式戦闘機は伊空軍の能力を飛躍的に向上させ、列強に連なる国の底力を世界に示すことになる。
この新型機を差し置いても、イタリアは着々と海軍の増強も推し進めており、まだ試行錯誤を続けなければならないが、空母機動部隊の運用も決して夢ではなくなっていた。かの国は名実ともに地中海の覇者として、欧州枢軸No2としての地位を固めつつあるのが現状だ。
このようなユダヤ人の力を取り込んでパワーアップするイタリアを見た夢幻会の面々の中には「どこの後世日本ですか」と突っ込みを入れた者もいた。冗談半分で「まぁユダヤパワーで核融合炉とか電磁推進とかを開発されないだけ良かったと思うしかないだろう」と言い放った者さえいたのだから、イタリアが戦前と比べて如何にパワーアップしたかが判る。
(……イタリアからのラブコール、答える価値はあるか)
ムッソリーニ率いるイタリア政府は、様々なツテを使って日本との交渉ルートを開こうとしていた。中でもイタリアに駐在武官として赴任したことがある嶋田には熱い視線が注がれている。まぁ嶋田本人からすれば野郎どもから熱い視線を注がれても、大して嬉しくはないだろうが……。
(しかしドイツの狙いはそれだけだろうか?)
嶋田はこの宣伝工作に、何か裏があるのではないかと疑っていた。
環太平洋諸国会議の開催が迫る中、急いで集めた人員と予算で行われたと思われるこの宣伝。環太平洋諸国会議に参加する国へのメッセージなのではないかとも受け取れる。
「まぁそれだけで、ドイツに転ぶ国はそうそうないだろうが……」
ナチスドイツの条約破りは国際的に知られていた。たとえドイツが「約束を守る」と言っても「信用できない」と判断する国ばかりだろう。
嶋田もドイツが大人しいのは、日本の軍事力が侮れないこと、そしてドイツも北米防疫線維持と戦後の国内再編で忙しいためと考えていた。仮に日本が大幅に弱体化するようなこと、あるいはドイツが優位に立つようなことがあれば、言いがかりをつけて殴り掛かってくる可能性が高いと判断していた。
強硬派は「さっさとドイツを殴れ(意訳)」と主張しているが、それにも一定の理があるのだ。嶋田も先制攻撃を行うことで日本に利が生まれるならドイツを叩くこともやぶさかではない。だが『当面』はその時期ではない……そう思っているから非戦を、あるいは慎重路線を彼は唱える。
「メキシコは?」
嶋田は堀中央情報局局長に目を向けてメキシコの情勢を尋ねた。何しろメキシコは世界初の核攻撃を受けたのだ。反日感情が燻っていても不思議ではない。
「今のところ不穏な動きはありません。領土問題で譲歩していることに加え、次に何かあれば全土がメヒカリのようになると思っているようで目立ったテロもありません」
「……まぁ抗日テロなどが起きないのは良いことか」
「引き換えに中華系住民への吊し上げが多発しています」
「……」
嶋田は何とも言えない思いを抱く。
町ひとつを完全に消滅させ、子々孫々にまで悪影響を及ぼす猛毒をまき散らす新型爆弾の存在はメキシコ人を威嚇するには十分だった。更に恐ろしいことに彼らにはその攻撃を阻止できる能力がないのだ。「次に何か仕出かせば原爆と化学兵器による無差別攻撃でメキシコを完全に滅ぼす」と列強から宣告されていることも大きかった。
メキシコ人が大人しいのは為政者にとっては喜ばしいのだが、素人目に見れば軍事力で民族浄化をチラつかせながらメキシコ人を平伏させているようにも見える。
(メキシコには飴と鞭を使っているし、そもそもの大義名分はこちらにあるが……いや、本当に後世に何と言われることやら)
そこまで考えた後、嶋田は頭を軽く振って気分を切り替える。
「何はともあれ、ドイツの動きには注意が必要だ。イラン演習であれだけ大恥をさらしたのだ。我々が環太平洋諸国会議を前に、何かしらの手を打つ可能性は否定できない」
嶋田の意見は夢幻会の見解でもあった。そして夢幻会としては会議がひっくり返るようなことがあってはならなかった。入念に準備した国際会議を台無しにされたら堪らない。
各国首脳には帝国ホテルが最高のおもてなしを以て歓迎した上、会議前日には皇居で今上陛下と拝謁。翌日には国会で首脳陣が集まって会議開催という運びになっている。
勿論、東京に入る前には配備されたばかりの大型空母『白鳳』と、イランでデビュー戦を飾った疾風、そして新型陸攻『天山』が彼らの度肝を抜く予定だ。主催者として帝国政府は大切な来賓をもてなす準備を着々と進めていた。
ただしこれらの催し物の前に、帝国政府は超弩級戦艦・大和型戦艦の建造計画と『稲荷計画』、そしてトランジスタの公表を行うと予定だ。
「まぁ一連の発表を聞けば、多少は静かになるでしょう。下手にこちらを突けば大やけどを免れないと考えるでしょうし」
「辻さん、それはいささか楽観的では?」
「『多少』ですよ。まぁ彼らはこれまで以上に、必死にこちらの情報を探ろうとするでしょう。いえ、欧州枢軸だけではないでしょうが」
日本の情報を欲するのは何も欧州枢軸だけではない。追い詰められている英ソだって喉から手が出るほど欲しい。
「まぁ英ソはあまり無茶はしないでしょうが……用心は必要でしょう。彼らの情報収集能力には定評があります」
「辻蔵相の言う通りです。今後、大学や研究施設に大々的に電子計算機を置くにしても、十分な警備が必要でしょう」
阿部内相の意見に嶋田は頷く。
軍や政府関連施設なら十分な警備体制が敷かれているが、民間の研究施設や大学の中には脇が甘い所があっても可笑しくない。
また金に困った人間が盗みに協力することは考えられた。どんなに強固なセキュリティを築いても、それを運用する人間を買収されてはどうすることもできない。
(一生遊んで暮らせるだけの金と安全を提示されて、その誘惑に打ち勝てる人間がどれだけいるか……)
嶋田が懸念するような金による誘惑以外に、関係者の家族を人質(命なり、致命的スキャンダルなりで)にされることもあり得る。
日本側も何重の防諜体制を敷き、流出後には特高警察や情報局が国外への流出を防ぐべく必死に捜査するだろうが、その努力が100%報われる保証はない。
「盗まれて海外に持ち出されることを考慮すると警察と海上保安庁の更なる協力が必要不可欠です。大陸系の犯罪組織は……非常に性質が悪い。列強の間諜ほどではありませんが、彼らが手を組むと非常に面倒なことになります」
阿部の意見に反対する者はいない。夢幻会の息のかかった人員の介入で海保と警察は横の連絡を密にしていたが、現状では更に連携を進める必要があった。
何しろ治安が依然として悪化したままの中国沿岸又は朝鮮半島を拠点とした犯罪組織による密輸入、或は彼らが手引きする密入国は日本政府にとって頭痛の種であった。海上保安庁は難民への対処に加えて、密輸への対策も並行して行わなければいけなくなり、多忙を極めている。
中国大陸内陸の戦禍から逃れてきた流民、世界中から排斥されて本土に追い返された華僑住民……着の身着のまま沿岸部に流れた人間の多くは犯罪に走るか、現地の犯罪組織の食い物にされる。更に救いがないことに現地に行政府は存在しても、実際の治安を守っているのは犯罪組織という場所は幾らでもある。
かくして大陸沿岸部(主に華北部)を覆う闇はより一層深くなる一方だった。そして日本が繁栄して光を増すほど、その闇も濃くなっていくのだ。そして日本と直接やりあうことを嫌う列強の中には、この手の犯罪組織を利用しようとする国があってもおかしくない。
日中戦、異常気象、北京政府の滅亡後のゴタゴタ、日本による謀略も含めて大陸では死者の数が8ケタの大台を超えた推定されていたが、それでも余剰人口がいるという事実が日本政府高官を慄然とさせる。
「全くもって大陸の住民は厄介ですね。人、時間、そして金。兄弟(中国と朝鮮のこと)揃っていくら我々に使わせれば気が済むのやら」
辻はそんな皮肉を口にする傍らで、声に出さず「大人しく大陸とシベリアで土に還るか、仲間の胃に収まればよいものを」などと毒づく。
さすがの辻もソ連に輸入された奴隷の末路を聞いて一瞬絶句したが、すぐに「まぁ人肉を食べる文化を持った地域もありますし」と考え直した。ただし会合の席でその手の食糧が日本に入ってこないように手を打つことを全力で主張していた。辻としても謎肉が混ざった缶詰が流通するのは困る。
自宅の書斎で詳細な報告を聞いた近衛は「繁殖率と言い、共食いと言い、頑丈さと言い……あの連中、ゴキブリが二足歩行するまで進化した姿じゃないのか?」と半ば冗談、つまり半ば本気で呟いた。ただし彼はそこで終わらない。このとき受けた衝撃を基に「二足歩行するまで進化したゴキブリと陸軍特殊部隊が戦う特撮映画」を作ろうと考え、早速準備にとりかかったのだ。彼の特撮オタの精神は健在だった。
兎にも角にも大陸を叩き続けると周辺にも迷惑が掛かるため、夢幻会としては痛し痒しだった。だが彼らは大陸を封鎖した上で徹底的に叩き、諸勢力を分断する決意を変更するつもりはなかった。太平洋の覇者となった日本から見て、将来的に自国の覇権に挑戦してくる可能性が高い中華思想を掲げた大陸国家など害悪でしかない。
彼らにとって何より恐ろしいのは日本の衰退期と大陸の勃興期が重なることだ。老大国となった日本が若き龍の前に敗北するような未来など見たくもない。
「華僑もできるだけ叩いておきたいものです。連中に下手に金を持たせると、何をしでかすかわかったものではありません」
辻の台詞に会合の面々は異を唱えない。先の大戦でしてやられたことを考慮すれば、華僑など中華勢力の手先でしかないと思うのは当然だった。
嶋田は軽くうなずくと、吉田に視線を向けて尋ねる。
「華僑の中には、『日本はナチスに倣って中華系市民をユダヤ人のように絶滅させようとしている』と主張している者もいると聞くが、そちらの対処は?」
「こちらの宣伝工作もあって、その手の論調に同調する者は今のところ確認されていません」
会合に出席している面々の大半は吉田の報告を聞いて満足げに頷く。これを見ていた嶋田は話を元に戻す。
「何はともあれ、ドイツの宣伝工作を真に受ける者がいる可能性があるという前提で動くべきでしょう」
この嶋田の言葉に、杉山が顔をしかめながら言う。
「一番可能性が高い、いやほぼ確実なのは隣の朝鮮住民だろう……あそこは不満分子が多い。後は各地の華僑も十分に考えられる。何しろ追い詰められているからな。金のある華僑の中にはドイツへの接近をごまかすため反日気運の強い朝鮮人を利用する者もいるかも知れん」
朝鮮駐留軍から詳細な報告を受けている杉山の言葉には重みがあった。特に史実と言われた世界の歴史を知る面々は彼の言葉を否定することは到底できなかった。
「自分たちを重用しない日本に見切りをつけて、表向きは日本に従いつつ餌をくれそうなドイツにつく。朝鮮人らしい判りやすい反応ですね。彼らはそんなに乙案あるいは甲案を発動してほしいのでしょうかね?」
呆れた辻はそう言い放つ。現在、この男が提案した対韓政策は総研を含めた関連省庁で検討が重ねられている。
色々な物議を醸しているが、当の本人はあくまで甲案は保険のつもりだったのだ。だが韓国人の動き次第では保険と思われていた案がそのまま採用されかねない。
会合の面々は乙案も甲案も出費が大きく、発動を躊躇われるので、まずはドイツに内通しようとしている人間のうち、適当な地位を持つ人間とその一族を見せしめに粛清するつもりでいたが、衝号作戦という保険を使用せざるを得なかった前例があるため、万が一の可能性を考慮せざるを得ない。
「我々が釘を刺しておきます。そうすれば、彼らも軽挙妄動は慎むでしょう」
慌てた吉田がそう主張する。何しろここで甲案が採用されたら、外務省は属国の統制もできない無能と思われる。そうすれば外務省と外交の復権がますます遠のく。
この吉田の主張を受けて、会合は「まぁ吉田さんがそこまで言うのなら」という雰囲気となり、韓国に外交面から釘を刺しておくことで合意した。
夢幻会の考えるようにナチスドイツの宣伝を真に受けるものはあまりいなかった。
日本政府も大騒ぎせず、「ドイツが日系人や朝鮮系、中華系から人を募集することは、彼らの内政問題」と言って取り合わなかった。ただし「ドイツに内通し皇国に害を与える者は容赦しない」とも発表し、ドイツに内通しようとする者をけん制した。
特に反日気運が高まっている大韓帝国に対しては「ドイツに与して帝国に敵対するなら、前回以上に徹底した報復措置を行う」と強く勧告していた。
「さすがの馬鹿共も、これだけ太い釘を刺せば静かになるだろう」
そんな楽観的な空気が日本側に流れた。
そして日本政府は「半島はしばらく抑え込められる」と判断。予定通り、大和型戦艦建造計画、稲荷計画、トランジスタの公表に踏み切った。
1945年7月16日。首相官邸に集められた報道陣の前で山本海相が超弩級戦艦2隻の建造計画を発表した。
「皆様もご存じだと思いますが、海軍は退役する伊勢型、扶桑型の代艦として2隻の超弩級戦艦を建造します。今回は、新型戦艦に関する情報の一部を発表します」
この言葉に記者からざわめきが広がる。何しろ機密のベールに包まれていた新型戦艦の情報なのだ。記者たちは一言一句聞き逃すまいと集中する。
元々、海軍が新型戦艦を建造するつもりであることは知られていた。
原子爆弾の開発は夢幻会が大戦に備えて様々な場所に少しずつプールしていた資金と技術、資源(併せればかなりの規模になる)を掻き集めて極秘裏に研究を進め、戦時に移行した瞬間に膨大な予算を公的に注ぎ込んで一気に完成にこぎ着けたという経緯があったため、土壇場まで伏せることが出来た。
しかしさすがに大和型戦艦の建造となると、議会を通さず極秘裏に進めるのは困難だった。このため議会での予算承認と各部署の調整を終えて大々的な情報公開に踏み切った。
史実大和のように、秘密兵器として建造するなら予算についてもカモフラージュを行うところだが、夢幻会はその必要性を認めなかった。見せ金である以上、日本が強力な新型戦艦の建造に踏み切ったと喧伝するほうが理にかなうと判断していた。
海軍の戦艦派は12万トン級戦艦や、46cm砲搭載戦艦のほうがインパクトが大きかったと思っていたが、41cm砲で統一して兵站への負担を最小にしたいという軍政側の要望には勝てなかった。また本命たる原子力潜水艦の開発が難航すると考えられていたことも大きい。
「技術開発は本来、試行錯誤だということを思い知らされるよ」
「知っているのと実際に作るのは違う」
未来知識を持つ技術者がそう零したように、原子力潜水艦の生産に関わった転生者がいない以上、その手の開発は試行錯誤の連続だった。
海軍上層部は原子力を動力炉とするだけ、技術開発は慎重に進めるつもりだった。何しろ下手にあせって大失敗したら目も当てられない。彼らは原潜についての開発スケジュールは史実、場合によっては史実から多少遅れることも想定している。
このため、大和型戦艦は核兵器の本格的な運用能力の付与こそ見送られていたが、将来的には戦術核兵器の搭載とその運用は『考慮』されていた。一部の人間は本格的な『水上核砲戦』も考慮すべしと主張したが、受け入れられることはなかった。
「Y型戦艦と呼称する新型戦艦は、基準排水量85000t、主砲は41cm砲12門を搭載する予定。最高速力は27ノット以上」
この台詞を聞いた日本人記者の面々が、主砲の口径に疑問を抱く。
「41cm砲、ということは長門型と同口径ですが……」
「口径は指摘通り長門型と同じであるが、長門型は9門。新型戦艦は12門。詳細な情報は公開できないが、電探および射撃指揮装置も最新鋭のものを装備するため、命中率も格段に向上します」
「なるほど。火力不足は命中率と門数で補う、と」
「加えて46cm砲の直撃に耐えうる防御力を有します。この攻防能力があれば、現在地球上に存在するどの戦艦と戦っても、負けることは無いと海軍は自負しています」
この言葉に「お〜!」というざわめきが広がる。
「また対空火器も最新鋭のものを搭載する予定です。このY型戦艦を航空機のみで撃沈するのは至難の業であると断言できます」
世界最強の大日本帝国海軍が絶対の自信をもって建造する世界最大の戦艦。その能力に誰もが感嘆した。出世レースに復活するまでの経緯から、今では不屈の愛国者と言われる山本の自信に満ちた口調と態度が、従来のカリスマと合さって記者たちの新型戦艦への期待を大きくする。
巷で航空主兵を唱える一部の人間(大半が自称専門家)からは「新型戦艦を建造するより、空母を建造した方がよい」と非難の声も挙がったが、今でも戦艦は国威の象徴であった。先のインド洋演習の前に東南アジア各地に立ち寄った伊吹型戦艦は、各国の指導者に大きなインパクトを与えている。それを考慮すると、退役する4隻の戦艦と代艦としてこの巨大戦艦を建造するのは十分な利があるのではないかと日本の記者たちは思った。
しかし一部の記者は意地悪な質問をする。
「大鳳型の追加建造はないのですか? 嶋田総理は航空主兵論者と聞きますが」
そんな記者の質問に山本は苦笑する。
「残念ながら、今回の計画では追加建造はありません。ただ空母機動部隊と基地航空隊の能力向上は図る予定です」
「というと?」
「海軍は疾風につづき、新型の噴進機を開発中で、近日中に配備します」
この発表にさらにざわめきが広がる。
「疾風は戦闘機でしたが、まさか次の噴進機は攻撃機ですか?」
「そのとおりです。艦上攻撃機、陸上攻撃機の配備を行います。9月に開催予定の環太平洋諸国会議の際に噴式陸上攻撃機『天山』を諸外国の首脳の前で公開する予定です」
「お〜」
ドイツ軍の新型ジェット戦闘機を一蹴してみせた帝国海軍が立て続けに新型機を発表するという事実は記者たちに大きな衝撃を与える。
だが問題はここで終わらない。
「更に帝国海軍は疾風とは別に開発を行っていた噴式戦闘爆撃機も配備します」
「そ、その性能は?」
「新型機については近日中に公開する予定です。ここで言えるのは戦闘爆撃機でありながら、疾風に次ぐ空戦能力を有する機体ということだけです」
立て続けに投下される新情報に日本人記者たちは興奮する。一方、記者会見に出席できることを許された一部の外国系メディア(主に独)は顔をひきつらせた。
そんな反応を知ってか知らずか、山本は更なる爆弾を投下する。
「この新型戦闘爆撃機は友好国への輸出も考慮されています」
「輸出先は友邦フィンランドですか?」
「フィンランドは候補の一つです。輸出に際しては輸出先の国情、防諜能力も考慮します。輸出した後に技術情報が漏えいするのは我が国にとって不利益になるので」
日本人記者の間に裏切り者・英国に対する嘲笑が広がる。
片や英国系記者は肩身が狭い思いをし、イラン演習で完敗したドイツの記者は北欧や北米に日本製の新型機が配備されると考えて、冷や汗を流す。特にドイツ系記者は「これだけ災害続きなのに、新型機を配備する余裕がどこから生まれるんだ?」と疑問さえ抱いた。
しかし外国人記者も黙ってばかりでは芸がないと思い、少しでも情報を引き出そうと質問をはじめる。
「今後、空母や戦艦の更なる追加建造する予定は? 増強した艦隊で大西洋に進出する予定は?」
「嶋田総理は肥大化した軍の縮小を進めると仰られていましたが、現在の日本の動きは軍縮ではなく軍拡なのでは?」
「北欧諸国の軍事力が増強されれば、欧州のバランスが崩れるのでは?」
海外記者から寄せられる質問に対し、山本は澱みなく答える。
「追加建造は国際情勢によります。ただし現在、帝国政府は太平洋の新秩序構築に力を入れており、『積極的』に攻勢に出る予定はありません」
「軍の規模は縮小しているので、軍縮です。ただ世界情勢に対応するため質の面での向上を図っているだけです」
「周辺諸国に大きな脅威を与える意図はありません。あくまで友好国の防衛力を向上させるのが目的です」
一連の計画は自国の太平洋の覇権、そして日本陣営に連なる国々を守るためのものであることを山本は強調する。
しかし日本と相対する列強から見れば「自分たちが津波と異常気象、戦災で足踏みしている間に、独走態勢に入ろうとしている」と思わせるには十分だった。
そんな列強の思いは稲荷計画とトランジスタの公表で更に確たるものとなる。
「大日本帝国は飢餓を駆逐するため、穀物の生産性向上を目的とした『稲荷計画』に取り掛かることを宣言する」
大和型建造計画発表の後、内閣改造で副総理となった北白川宮が続けて『稲荷計画』の概要を発表する。
「我が国が開発した新たな高収量品種、病害虫の防除技術の導入、そして灌漑設備等の整備によって環太平洋諸国の穀物生産能力を大幅に向上させ、飢えを駆逐する」
夢物語のような計画に記者たちは半信半疑という顔をする。
「そのようなことが可能なのでしょうか?」
「すでに新種の開発は進んでおり、我が国では来年からこの新種のイネを用いた食糧の増産を進める予定だ。また我が国は東南アジア、北米での食糧増産を行うため、タイ王国、カリフォルニア共和国に稲荷計画の研究施設を建設する予定で、すでに根回しも完了している」
この力の入れ様に、ここにいた人間は確信した。「帝国政府は本気でこの計画が達成できると思っている」、と。
「飢えを駆逐し、貧しい人々も美味しい食べ物を口にできるようにする。そうすれば、危険な思想に同調する者はいなくなるだろう」
北白川宮がいう危険思想というのが共産主義(アカ)と国家社会主義(ナチズム)であることは明白だった。
だがここで北白川宮はもう一つの目的を言わなかった。
(そして各地の農家は、帝国が提供する種子と農薬などに頼らざるを得なくなる。それは各国への首輪となる)
農業を行う以上、種子が必要となる。農業が大規模化すれば農薬なども必須だ。夢幻会はそれらの供給源を抑えることで、各国への影響力を確固たるものとするつもりだった。
日本の支援で各国の食糧生産能力は向上する。だが同時に日本への依存を高めることになる。それは同時に各国の暴走や裏切りを防ぐ首輪の一つとなる。
だがイネ、小麦、トウモロコシ……これらの生産量が倍増すれば、食糧が不足する事態は起こりにくくなる。食糧価格が下がり、貧乏人も満足に食事がとれるようになれば政情も安定する。それどころか食糧を輸出に回すことが出来るようになれば、経済効果も期待できる。首輪であると同時、各国に相応の福音をもたらすのは間違いない。故に北白川宮は良心の呵責は覚えない。
そんな彼に、英国の記者が質問をぶつける。
「この計画はすべて日本勢力圏のみで行われるのでしょうか?」
「稲荷計画は現時点で我が国と友好的な関係を持ち、かつ治安が安定した国々を対象にしている。対象を拡大するかは状況次第だろう」
北白川宮ははぐらかしたが、実際には華南連邦も対象に加える予定だ。
華南連邦が抱える地域は有力な穀倉地帯もある。華南連邦の穀物生産能力が向上するのは、日本にとってもメリットが大きい。
逆に史実で緑の革命によって穀物生産能力を飛躍的向上させたインドは、今回は対象外となった。何しろあまりに治安が悪すぎる。下手な手を打つと巻き込まれかねない。
「5億人近い人民を抱えた亜大陸で、宗教、民族間の紛争に巻き込まれるのは御免こうむる」
それが夢幻会の本音だった。
夢幻会は周辺地域やインド洋のシーレーンに悪影響が出ないように手は打つが、大々的に救援の手を差し伸べるつもりはなかった。
その結果、何千万の犠牲が出ることも彼らは許容するつもりでいる。とりあえず後々、後ろ指をさされない程度に『人道支援』はするものの、あくまで申し分程度だ。
「……インドでは多くの市民が飢えに苦しんでいると聞きますが?」
日本人記者の質問に、北白川宮は苦い顔をする。
「我々もインドの惨状は聞き及んでいるが……この稲荷計画はあくまで東南アジアや北米を想定している。今すぐにインドにまで支援を行うのは不可能だ」
「では将来的には?」
「仮にインドの情勢が安定化すれば、稲荷計画で得られた成果を供給することも吝かではない。我々はインドの新政府の努力に期待している」
「インドの治安回復のため、インドに派兵する予定は?」
「それはこの会見で述べることではない」
北白川宮は取り付く島もなかった。
「この計画の目標は『帝国臣民と友邦の国民が餓えの恐怖から解放する』ことだ。無暗に支援の手を広げて計画を破綻させては本末転倒になってしまう」
北白川宮は大日本帝国政府はインドに介入する意思がないことを遠回しに告げる。
集まった記者たちは「もう少し欲張ってもいいのではないか?」と思ったが、日米戦争においてフィリピンを封鎖にとどめ、最終的に無血開城に追い込んだ嶋田総理の戦略眼を思い出すと「何か深謀思慮があるのだろう」と思い直した。
片や海外の記者、特にドイツ系は「あれだけ地震と津波に襲われたにも関わらず、これだけ大規模な計画を進める余力がまだあるのか」と薄ら寒い感覚を覚えた。
(イラン演習で、我が国の最新鋭機を叩きのめしただけでは飽き足らず、我が国のビスマルクを超える戦艦や新型ジェット機を作り、更に新たに開発した高収量品種による食糧増産計画だと? 連中は本気で世界征服でもする気なのか?)
会合の面々が聞けば「18億人の人間を統治する? ははは、御冗談を」と笑い飛ばすか、「これ以上、俺たちの仕事を増やすな!」と怒鳴るだろう。
家に帰れず、仕事場で寝泊りする者が増えている霞が関、市ヶ谷の住人なら、満面の笑み(ただし目は除く)を浮かべて「お前ら、寝言は寝てから言え」と言うだろう。
だがここに居る記者たちに日本帝国の管理人たち(オーナーは陛下)の本音が聞こえる訳がない。彼の前にあるのは着々と、そして抜け目なく力を蓄えている太陽の帝国の姿だった。
この日本政府による大和型戦艦(Y型戦艦)建造計画、新型機配備計画、そして稲荷計画の発表は、欧州列強に大きな衝撃を与えることになる。
しかし彼らの驚きはそれだけで終わらない。この発表の翌日、日本の理科学研究所がトランジスタの公表に踏み切ったのだ。
これまでの常識をひっくり返すような画期的な電子計算機。それを10年近く隠匿していた事実と共に。
あとがき
提督たちの憂鬱外伝戦後編23をお送りしました。
今回は少し早足で大和型戦艦、稲荷計画、トランジスタの公表まで進めました。一連の反応は次回以降に。
次は環太平洋諸国会議開催まで進めたいですが……進められるかは不明です。
それでは拙作にもかかわらず最後まで読んでくださりありがとうございました。
戦後編24でお会いしましょう。
今回採用させていただいた兵器です。グアンタナモさんの作品(設定スレ その25の633)を採用させて頂きました。
◆ ダッソー=カプローニ <ウラガーノ>戦闘機
◆ 諸元
乗員 : 1名
全長 : 11.74m
全幅 : 13.16m
全高 : 4.14m
自重 : 5,242kg
発動機 : BMW003C軸流式圧縮式噴進発動機(推力 : 1,640kg)二基
最大速度 : 990km/h
実用上昇限度 : 13,000m
航続距離 : 920km
固定兵装 : 20mm航空機関砲四門
搭載可能兵装重量 : 1,800kg(爆弾、ロケット弾等)